現代においては,歯と顎骨の不調和(discrepancy)の進行はきわあて早く,その速度は今後ますます加速され,不正咬合や多くの歯科疾患に対して直接,間接の影響をもたらすであろうことが指摘されている(井上,1980)。
この現象は,食生態の変化との関連のもとに,人類の進化にともなって起って来たものと解釈されているが,とくに,この2~3000年ほどの期間に,その変化は急速に進行していると考えられている。
本研究は,現代人を対象として,10年という比較的短い間隔で,不正咬合とその病因の頻度,Tweed 法による discrepancy の大きさおよびその算定要素の変動などについて調べようとしたものである。調査対象としては,岩手県衣川村の住民の中から,1924~1926年,1934~1936年,1944~1946年,1954~1956年,および1964~1966年の10年毎の各世代に生れた5世代のもの,288人を抽出した。これらのうち,不正咬合とその病因の判定ができたものは,256人であり,さらに discrepancy の大きさの算定が可能であったものは,204人であった。
調査結果は,各項目とも,世代間の変動が大きかった。不正咬合の頻度では,第2次世界大戦を境として,上顎前突が極端に減少し,逆に,下顎前突および叢生が増加を示した。不正要因では,同じ時期に functional型の要因が減少し discrepancy 型の要因が増加していた。Discrepancy の大きさと頻度との間には,はっきりした平行関係はみられなかった。算定要素については,available arch length と requiredspaceとに,また basal arch length と head plate correction とに類似性がみられた。
とくに興味深かった点は,discrepancy の増大が,歴史時代においては主として顎骨の縮少によって起ったのに対して,現代においては歯の大きさの増大もまた大きく関与していることが知られた点であり,しかも,歯の大きさと,10才時の平均カロリー摂取量とが0.91という高い相関係数をもっていたことである。
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