1. 日本に産する下記遺跡的ザトウムシの隔離分布について考察した:
Sabacon (ブラシザトウムシ属) (Troguloidea, Ischyropsalididae);
Dendrolasma parvula (カブトザトウムシ) (Troguloidea, Trogulidae);
Crosbycus dasycnemus (ケアシザトウムシ) (Troguloidea, Nemastomatidae);
Caddo agilis (マメザトウムシ),
C. pepperella (ヒメマメザトウムシ) (Caddinae),
Acropsopilio boopis (アワマメザトウムシ) (Acropsopiloininae) (Caddoidea, Caddidae); Triaenonychidae (ミツヅメザトウムシ科) (Travunoidea).
2.
Sabacon は北半球に制限され, ヨーロッパ西部, ネパールヒマラヤ, 東アジア, 北アメリカ西部及び東部に不連続的に分布, 日本が分布の中心となっている. 西部北アメリカの
Sabacon は日本に強い類縁をもっが, 東部北アメリカのそれはむしろヨーロッパに類縁を示す.
3.
Dendrolasma は日本と西部北アメリカだけに分布する. 日本の
D. parvula は, アメリカの
D. mirabilis 及びその近縁種にきわめてよく似ている. 本属及び
Sabacon 属の分布は, かつて, おそらく第3紀および洪積世に, ベーリング陸橋を通じて日本を含む東アジアと北アメリカ西部間に動物相の交流があったことを示唆する.
4.
Crosbycus dasycnemus は世界でも日本と北アメリカ東北部だけにしか発見されない. 本種は,おそらく白亜紀終りか第3紀初期に発達していた, 日本 (東アジア) からアラスカを経て北アメリカ東部にまで及んでいた連続分布のなごりとみなされる.
5. Caddinae は北半球に限られ, バルト海コハクからの1化石種のほか, わずかに
Caddo agilis,
C. pepperella の2種が, 日本と北アメリカ東部に知られるにすぎない. 姉妹亜科 Acropsopilioninae は,
Acropsopilio 属を除き, 典型的な南半球分布を示す.
Acropsopilio は南•北両半球に分布 (日本, 北アメリカ東部, メキシコ, 南アメリカ南部, ニュージーランド), しかも, その1種
A. boopis は日本と北アメリカ東部に共通している. 日本と北アメリカ東部に共通な Caddidae の3種は, 過去におけるユーラシア-東部北アメリカにわたる連続分布のなごりと思われる. さらに
Acropsopilio boopis の日本及び北アメリカにおける存在は, 南半球の Acropsopilioninae の北半球起原を暗示する.
6. Triaenonychidae は南半球温帯に優先的に分布, 一部が東アジア及び西部北アメリカに出現する.その分布型は Caddidae によく似ており, その起原においても Caddidae との類似性が期待される. 東アジアと西部北アメリカの本科は瓦いに強い類縁を示し, この場合にもベーリング海峡を通じての両地域間の動物相の交流が示唆される.
7. Caddidae における分類学的問題を論議し, かつ最近日本の動物相に加えられた
Caddo pepperella,
Acropsopilio boopis の簡単な記載を,
Caddo agilis の変異などとともにしるした. なお
Caddo 属2種の生態的隔離についても述べた.
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