東京2020パラリンピック競技大会開催を機に、障害の有無にかかわらず誰もが自分の可能性を発揮でき、互いを尊重し合える共生社会実現の機運が高まっている。果たして放送はどのような役割を果たせるのであろうか。NHK放送文化研究所は2019年3月、「文研フォーラム2019」の中で「共生社会実現と放送の役割~東京2020パラリンピックをきっかけに~」と題したシンポジウムを開催した。パネリストは、1998年長野パラリンピック金メダリストで、パラリンピック教育を通じて障害者の理解促進に取り組むマセソン美季氏、イギリス・チャンネル4で2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロのパラリンピック放送に携わり、現在は商業テレビのITVでダイバーシティー部門の責任者を務めるアディ・ロウクリフ氏、NHKで東京2020パラリンピック関連の取組みを指揮する樋口昌之氏。シンポジウムの中でマセソン氏は、工夫次第で誰もが同じ舞台に立てるという、共生社会に通じるパラリンピックの理念を意識した放送が必要とした上で、アスリートのインパクトや魅力を伝えることは障害者への偏見を打ち壊す一方、障害者=アスリートといったステレオタイプの障害者像を刷り込むリスクにつながることにも言及。多様な障害者の社会参加に繋がる放送が重要だと語った。ロウクリフ氏は、パラリンピック放送のエポックとなったロンドン、リオ大会のチャンネル4の斬新な視聴促進キャンペーンや、現在携わるITVの番組や制作現場のダイバーシティー化について報告。一般番組や制作現場に当たり前のように障害者が登用される状況をつくり、その視点を入れることが、共生社会を実現する上で重要だと発言。さらにダイバーシティー化によって生まれる多様な視点は、創造性あふれるコンテンツの開発や、イノベーションにも繋がると語った。またNHKの樋口氏は、2018年ピョンチャン大会を機に起用した障害者リポーターの存在が、制作現場に少しずつ意識変化を及ぼしていることを報告。東京2020パラリンピックに向けては、自国開催という絶好の機会をどう生かしきるかが大事であり、周知広報を徹底するともに、競技中継だけでなく選手の人生や取り巻く環境などを丁寧に描き、障害者に対する理解を深めていきたいと述べた。パラリンピック放送は、共生社会実現に向け、健常者の障害者に対する偏見を打破する起爆剤となり得るが、決して万能薬ではない。放送事業者には、その契機を最大限に生かすことと同時に、一時的な盛り上がりに留まらない持続的な取り組みが求められる。そのためには、放送事業者自らが多様性を受け入れる組織となることが重要であり、パラリンピックの自国開催は改革の大きな契機でもある。
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