機器分析の最近の進歩にもかかわらず,湿式分析は今なお標準的分析法の地位を保っている.分析の進歩はこれまでより以上に高純度,高収率の分離や微量物質の取り扱いを要求する.これらの要求はイオン交換や溶媒抽出のように溶解度などの制約を受けない分離法により解決される.一方,EDTAなどによる錯滴定はこれまで扱いえなかった物質にまで容量分析の対象を広げた.これらの分離分析の基礎になる溶液内の錯形成の問題は本誌上でもたびたび講座や解説に掲載された.本号から新たに,錯形成よりももっと弱い結合,イオン会合や水とイオンとの間の相互作用などについて数人の著者による解説を連載する.
分析化学の理論的基礎は質量作規則であり,このなかにわれわれは活量という量を取り入れている.これがどんな量であるかを知ることは分析化学者に必要な常識であろう.また,湿式分析法は普通,電解質の水溶液を扱っていることから,このシリーズの企画がなされた.
食塩を水に溶かすと,Na
+とCl
-に解離することはよく知られている.本号では“これらのイオンが水中でどのような力の場にあるか”についての解説を取り上げる.
次号では“イオン間の相互作用”について取り上げる予定である.硫酸マグネシウムを水に溶かした場合,たとえ希薄溶液でも,Mg
2+とSO
2-4の間にクーロン力が働き,種々の物理量は完全解離であると仮定した場合からずれてくる(たとえば電気伝導度が小さくなる).この章は,われわれに解離度の概念をはっきりさせてくれると同時に,われわれがふだん強電解質と考えているものでも,完全解離していないことを教えてくれる.この知識はイオン交換や溶媒抽出などの場合に,特に役だつであろう.硫酸マグネシウムの水溶液の濃度が高くなると,イオンに水和した水の割合が増し,自由な水が連続一様であると仮定した理論(Debye-Hückelの理論)は,近似的にも成立しない.さらに濃度が高まると,イオンふんい気の重なり合いが出てくる.そのような意味から,極端に濃い溶液とみなされる溶融塩の最近の進歩の一端が,さらにまた,水とイオンの間の反応,結合の問題が解説される予定である.
イオン会合(クーロン力)から錯形成(配位結合)の間は連続的で明確な線は引けない.したがって,この一連の解説をどこまで広げてよいかは今のところ決まっていない.号が進むにつれて多少難解な部分も出てくることと思われるので,あるいは解説の解説が必要になるかも知れない.また,非常に重要なことが欠けているかも知れない.一つのテーマについて,数名の方々による分担執筆という,この新しい試みを実行するに際して,編集委員が各著者の間の連絡に立って調整をはかって読者の期待にそうことができるよう心がけたつもりではあるが,このシリーズのみでなく,このような試みに対してもまた,読者が積極的な注文や建設的な意見を寄せてくださることを期待する.
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