電気化学バイオセンサは,生物認識素子と信号変換器である電極を利用することで,対象物質との化学的相互作用を検出する装置であり,酵素を用いたアンペロメトリック電気化学センサが汎用されている.その中でも,第三世代型バイオセンサは,直接電子移動(Direct Electron Transfer; DET)型酵素と電極のみで構成されるシンプルで理想的なシステムである.本システムは,従来技術では必要なメディエータを要求しないため,安価,低副反応リスク,高い生体適合性などの利点を有している.そのため,「いつでも」・「どこでも」・「誰でも」使用できるバイオセンサ技術を実現することが可能となり,サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合した未来社会「Society 5.0」において,革新的技術として期待されている.本稿では,DET型酵素及び第三世代型バイオセンサの開発研究事例を紹介し,特徴的な要素技術や今後の展望などについても記載する.
さまざまな疾患のバイオマーカーとして臨床上重要な「乳酸(lactate)」は,体内でエネルギー物質として再利用されたり,さまざまな細胞現象を引き起こすシグナル分子として働くことが近年わかってきた.これまで,測定試料の分取や測定箇所への電極の挿入が必要なことから一細胞レベル(さらにはサブセルレベル)の空間分解能で乳酸を直接観察することが困難であった.上述の乳酸の新しい役割を検証するには乳酸動態を高い時空間分解能で観察することが必須である.本総説では高い時空間分解能をもつgenetically encoded蛍光バイオセンサーを中心に,近年多く報告されている乳酸バイオセンサーについて概説する.
小角中性子散乱法はソフトマターのサブミクロンスケールの構造解析に用いられる手法であるが,水素と重水素で散乱長が大きく異なることを利用すると,ダイナミクスの評価にも用いることもできる.著者らはこの手法を使ってリン脂質のベシクル間の移動やベシクル膜内のフリップフロップの速度の計測に初めて成功し,リン脂質の種類によるこれらの速度の違いや,リン脂質輸送タンパク質の脂質輸送活性,膜貫通ペプチドによるリン脂質フリップフロップ誘起効果を明らかにしてきた.現在では多くの小角散乱研究者によってこの手法が実施されている.本論文ではこの手法の詳細と事例を紹介する.
簡便にどこでも手に入る市販試薬は,その分子構造に対する相互作用を適切に選定することで,ケモセンサのビルディングブロックとして機能する.ケモセンサの交差応答性を活かしたアレイは,同時に多成分の化学情報を分析するための有力なツールとなり得るが,パターン認識を達成するためには,豊富な化学情報を含む指紋パターンを得る必要がある.本論文では,市販試薬を適切に組み合わせて,分子間相互作用に基づきケモセンサの調製を行う「ゼロ有機合成」のアプローチとそれを活用したパターン認識駆動型の化学センシングについて述べる.本アプローチで設計・調製した自己集合型ケモセンサは,電気的に中性な糖類,オキシアニオン類,金属カチオン種に対するパターン認識能を示し,当該手法の有用性を示している.従来の共有結合に基づく設計から,分子間相互作用による自己集合型ケモセンサへの転換は,高度な実験スキルや専門知識を有さずとも,誰もが簡便に分析ができるようになるためのきっかけになると確信している.
ラマン顕微法は,蛍光顕微法を凌駕する多重検出能を有した顕微法として注目を集めている.近年では高感度な顕微鏡やラマンタグプローブの開発によって微弱なラマン散乱を検出することによる感度の低さが克服されつつあり,生体適合性が飛躍的に向上した.著者らは特に,ラマン顕微法に利用可能な有機小分子プローブに取り組んでおり,加水分解酵素と反応することによって信号がoffからonに変化するactivatable型ラマンプローブの開発に成功してきた.さらに最近,開発したプローブの更なる構造展開を行うことで,ヘテロな性質を有する生体組織にも適用可能な新規ラマンプローブの開発にも成功した.本稿では,はじめに生体ラマンイメージングの動向を概論したのち,著者らが開発したラマンプローブについての研究成果を報告する.
光源に異なる波長を有する発光ダイオード(LED)を用い,順次点灯させて4波長の吸光度を測定できる吸光度検出器と,直流3 Vで駆動できるマイクロリングポンプを用い,簡易で小型のフローインジェクション分析装置を開発した.吸光度検出器は,465 nm,525 nm,625 nm及び850 nmの測定が可能であり,JIS K 0170に規定されているアンモニア,亜硝酸・硝酸,ふっ素化合物,クロム(VI)などの測定波長に対応している.マイクロリングポンプはローラーポンプの一種であり,試薬溶液に有機溶媒が含まれる場合や,比色試薬が着色している場合には,脈流に起因するノイズが生じる.また,キャリヤー,試薬溶液と試料溶液の屈折率が異なる場合は,シュリーレン効果による偽ピークが現れる.これらの妨害については,2波長で吸光度を測定して差吸光度を用いることと,試薬溶液の組成の最適化で除去できた.先に述べた物質のうち,硝酸,りん酸及びクロム(VI)について,JISの条件を一部変更して応用したところ,良好な定量性能を得られた.