昨今の再生プラスチックの利用促進に向けた課題の一つとして,再生したプラスチック材料の品質及び安全性の確保が挙げられている.本報告では,国内リサイクラーの協力の下に収集した再生プラスチックペレット試料を熱脱着ガスクロマトグラフ質量分析計により分析し,クロマトグラムデータの多変量解析を行うことで,試料の由来を分類することが可能かを検討した.階層型クラスター分析の結果,煩雑なピークアノテーション作業なしでも各試料のガスクロマトグラムデータから由来ごとの分類が可能となった.さらに主成分分析の結果から,由来が容器包装リサイクルプラスチックの再生プラスチックについては,フタル酸エステル類が由来を特徴づける成分の一つとして寄与している可能性が高いことが示唆された.本報告の結果から,再生プラスチック中の化学物質分析を安全性確認の視点だけでなく,新たな品質評価手法として活用できることが期待できる.
固体材料中総フッ素量を評価するツール開発のため,PFASが混練されたABS樹脂であるNMIJ CRM 8155-a(ペルフルオロアルキル化合物分析用)に含まれる総フッ素量を定量した.当該CRMには既知量のPFASを添加したが,混練・成型中にペルフルオロオクタン酸が分解・揮散し,仕込値とは異なる総フッ素量であることが示唆されている.そこで,総フッ素量を定量するために,燃焼─イオンクロマトグラフ(Combustion-ion chromatograph, CIC)分析と中性子放射化分析を行い,結果を比較した.分析試料として切り出し試料及び凍結粉砕試料を準備し,得られた結果を比較したところ,両分析結果ともに凍結粉砕試料が有意に総フッ素量が高かった.これは凍結粉砕時の非意図的な汚染が原因である可能性が考えられた.切り出し試料では,両分析結果はそれぞれ以下の通りであった(CIC分析59 mg kg−1,中性子放射化分析76 mg kg−1).結果として,NMIJ CRM 8155-aに含まれる総フッ素量がある程度明らかとなり,今後総フッ素の分析・評価ツールとしての活用が期待される.
イオンクロマトグラフィー(IC)は,イオン交換樹脂固定相,溶離液,そしてサプレッサ付導電率検出器で構成されるイオンの分離定量方法である.ICは水質管理項目に挙げられるイオン分析に活用される機会が多いが,他にも工業,医薬品,食品の各分野に加え,半導体産業等にも利用されるようになった.これらの分野では,適切な試料の前処理や後処理を行い,イオンの高精度分析を達成する.前処理法(プレカラム法)には,共存物質から分析イオンを抽出する操作,検出感度の向上のための濃縮,高濃度の塩を取り除く脱塩等がある.一方,後処理法(ポストカラム法)には,プレカラム法と同様に濃縮,サプレッサのような検出応答を向上させる方法や,分離されたイオンを選択的に検出する誘導体化法等がある.本稿では,1970年代から2020年代までに報告されたICにおける主要なプレカラム法及びポストカラム法について概説する.
金属ナノ粒子は,分散状態によって可視光領域での分光特性が大きく変化するため,視認センシング用センサー材料として用いられている.しかしながら,この金属ナノ粒子センシングのメカニズムは,溶液中における金属ナノ粒子の急峻な平衡過程の変化を観測する必要があるため,従来の時間分解能の低い分析技術では十分に評価することが困難であった.本研究では,空間及び時間分解能に優れる光熱変換顕微鏡を利用した溶液中における金属ナノ粒子の新規な分散状態の評価法の開発を目指した.異なる濃度の鉛(II) イオン水溶液の添加によって水中でチオリンゴ酸修飾銀ナノ粒子のさまざまな分散状態を誘起し,多波長励起光を備えた光熱変換顕微鏡により粒子単位で多色イメージングした.銀ナノ粒子の凝集によって生じる光物性の変化をパラメーターとして求め,それを鉛(II) イオン濃度に対してプロットしたところ,従来法の消光スペクトル測定時と同様のプロファイルを示した.本分析法は,溶液中での金属ナノ粒子の凝集挙動の連続モニタリングなど幅広い利用が期待される.
近年,高機能性成分を含む食品の開発が盛んで,その一つとしてガレート型カテキンを強化した緑茶,いわゆる濃いお茶が販売されている.これらの評価には逆相HPLC法が汎用されるが多くはC18カラムを用いたグラジエント法が用いられる.今回,高分離性能が既存HPLC装置により容易に得られるコアシェル(CS)型HPLCカラムに着目し,4タイプ8種類のCS型逆相カラムを用いて,緑茶に含まれる茶カテキン8種類とカフェイン,計9種類の成分分離について検討した.分離条件は品質管理法として好ましいイソクラティック法とした.その結果,フェニル型,ビフェニル型カラムで良好な分離が達成され,その分離選択性に特徴が見られた.これら成分の溶出挙動について考察するとともに,高カテキン含有緑茶飲料中の9成分の定量法を設定しバリデーションを実施した.良好な直線関係(r>0.998)と回収率(96.7〜101.2%)が得られ,バリデートした本法により含有量を測定した結果,ラベル表示量を満足する値及び従来の緑茶飲料に比べガレート型が多く含まれていることが確認され,本法は実試料の分析に適用できることが分かった.
尿中のナトリウムイオン・カリウムイオン濃度比(Na/K比)は,食塩や野菜・果物の摂取量を評価する重要な指標であるが,従来の測定方法は手間がかかり,日常利用には適していない.本研究では,Na/K比を簡便かつ迅速に測定できる「P-Scanナトカリ」を開発し,その妥当性を検証した.P-Scanナトカリは,ナトリウム,カリウム,塩化物イオンの三つの固体接触型イオン選択性電極と小型測定器で構成されている.実際の尿検体を用いた測定では,全自動分析装置で測定したナトリウムイオンと塩化物イオンの濃度に高い相関が確認された([Na+]=0.972[Cl−],R2=0.976).この関係を利用し,P-Scanナトカリでは対極に塩化物イオン電極を用いることで,ナトリウムイオン電極の電位差とカリウムイオン電極の電位差から尿中のNa/K比を算出した.その結果,P-Scanナトカリで得られたNa/K比は全自動分析装置と良好な相関(97検体の直線回帰式: y=1.218x−0.464, R2=0.736)が得られた.
植物由来バイオマスを塩酸で前処理後,過マンガン酸カリウムを用いて酸化処理し,発現したカルボキシ基に生体内触媒であるリパーゼを吸着させ,バイオマスを基体とする固定化リパーゼを調製した.XPSにより,アミノ酸由来の窒素原子ピーク(399.9〜400.0 eV)が観測され,リパーゼの固定化を確認した.固定化リパーゼの吸着量は,ブナ<スギ<タケ<ケナフ<イネの順であり,草本系バイオマスが木質系バイオマスと比して多い.また活性は,ケナフ<イネ<ブナ<タケ<スギの順であり,木質系バイオマスが高い.リパーゼの吸着量はセルロース含有率,活性はバイオマスの高次構造を維持しているリグニン含有率に由来すると推察している.これらの結果から,リパーゼ活性が最も高いスギを基体とする固定化リパーゼをエステル化反応に使用した.モノカルボン酸とエタノールに固定化リパーゼを加えるとエステルが合成され,触媒としての利用が可能であった.
本研究では,市販の酸化染毛剤で染色した毛の表面増強ラマン散乱(surface-enhanced Raman scattering, SERS)分析を行うために,銀鏡反応で作製した銀ナノ構造体を利用することの有効性を検討した.染色した毛試料の通常ラマンスペクトルでは,染料に由来するラマンピークはみられなかった.一方,本研究で作製した銀ナノ構造体を毛試料に接触させたものを測定したときには,染料に由来するラマンピークが観測された.これは,SERSによりラマン散乱が増大したためであり,この結果により,銀鏡反応で作製した銀ナノ構造体が毛のSERS分析に有効であることが示された.