分析化学
Print ISSN : 0525-1931
74 巻, 9 号
特集:拡がる! 分析化学と溶液化学の境界
選択された号の論文の17件中1~17を表示しています
巻頭言
総合論文
  • 城田 秀明, 清水 柾子
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 405-417
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    液体・溶液における分子間振動や集団的配向運動は,約200 cm−1以下の低振動数領域に現れる.この振動数領域に現れる分子運動を精度よく観測する手法の一つにフェムト秒ラマン誘起カー効果分光法(femtosecond Raman-induced Kerr effect spectroscopy: fs-RIKES)がある.fs-RIKESはフェムト秒レーザーパルスを使ったポンプ─プローブ法による時間領域の分光手法であり,レイリー散乱の影響を除いた低振動数ラマンスペクトルが得られる.本稿ではこの分光手法を説明し,液体・溶液の低振動数スペクトル(特に分子間振動バンド)の解析・分析例を紹介する.特に,著者らが取り組んできた芳香環の特徴的な分子間振動運動が与えるユニークなスペクトル形状及びその電荷の影響について解説する.また,単純な分子液体の分子間振動が主に寄与している低振動数スペクトルバンドの振動数と液体のバルク物性の関係についても見てゆく.

  • 梅木 辰也
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 419-426
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    近年,大気中におけるCO2濃度の増加を背景に,CO2の分離・回収技術への関心が高まっており,既存技術の高度化や新規技術の開発が急務となっている.CO2分離・回収技術の一つである化学吸収法は,CO2と反応基質を含む溶液との化学反応を利用して,低分圧(低濃度)のCO2を溶液中に溶解する手法である.この過程では,CO2が反応基質に直接結合する2分子反応に加え,溶媒自体が反応基質として関与する3分子反応も存在することが知られている.特に,3分子反応においては,溶媒のブレンステッド酸塩基性が反応の進行に重要な役割を果たす.著者らはこれまで,環境負荷の低い液体を溶媒とする溶液を対象に,溶媒が反応基質として関与する3分子反応の機構解明に取り組んできた.本論文では,(1)水,(2)イオン液体,(3)深共晶溶媒をそれぞれ溶媒とする溶液系について,それらの溶媒が反応基質として関与する3分子反応機構の特徴を概説する.

  • 重信 圭佑, 都築 誠二, 篠田 渉, 上野 和英
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 427-436
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    脱炭素化社会の実現に向けた取り組みにおいて,リチウム系二次電池の重要性は日々高まっている.現状,二次電池の課題として「電池容量の向上」や「充電・放電の高速化」が挙げられる.電解液のイオン輸送特性は,これら課題に深く関与しており,特に電解液中におけるリチウムイオン輸送特性の向上が急務である.従来の理想・希薄溶液論においては,イオンが完全解離し,それぞれが独立に輸送されることが前提とされている.しかし,実際の電解液中ではイオン間及びイオン─溶媒間の相互作用が顕著であり,そのような相互作用を無視した議論ではイオン輸送の詳細な理解には限界がある.したがって,イオン間の相互運動相関を考慮した新たなアプローチが必要不可欠である.本稿では,Onsager輸送係数を用いた濃厚電解液理論により,イオン伝導率・リチウムイオン輸率に代表されるリチウムイオン輸送特性の詳細を解き明かし,イオンダイナミクスの解析に基づいた新規電解液設計の指針を示す.

  • 吉田 亨次, 永井 哲郎, 山口 敏男
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 437-445
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    水は常にバルクとして存在しているのではなく,自然界には微小な空間に閉じ込められた状態にある水が存在している.そこでは界面(表面)と接している水分子の割合が相対的に多くなり,バルクの水とは異なった性質を示す.微小空間に閉じ込められた水の量はわずかで従来のX線散乱による構造解析は困難であった.近年,シンクロトロン放射光による強力なビームの利用や二次元検出器などの開発により,微小量の溶液の構造解析が可能になった.本論文では,マイクロチップに閉じ込められた水やイオン交換膜中の水の構造解析の結果を紹介する.前者はマイクロフルイディクスなど微量の液体を分析する手法に関連し,後者は燃料電池の開発に基礎的な貢献を行う.さらに,空気中で超音波浮遊させた単一液滴を測定した結果も示す.液滴の結晶化過程を観察し,Mg(NO3)2過飽和水溶液の局所構造を決定した.

  • 高椋 利幸
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 447-458
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    HPLCの溶離液として用いられる水と水溶性有機溶媒との混合溶媒中における溶媒クラスターの形成を定量的に観測する小角中性子散乱法(Small-Angle Neutron Scattering, SANS)について解説した.このSANS法では1H原子よりも2H原子のほうが高い中性子散乱能をもつことを応用して,一方の溶媒分子に重水素化物を用いることで溶媒クラスターを観測しやすくした.アセトニトリル─水混合溶媒では,上部臨界溶液温度が観測されるアセトニトリルモル分率xAN=0.38付近で,温度低下にともない溶媒クラスターが最も顕著に発達した.2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)及び1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)と水との混合溶媒中ではトリフルオロメチル基(CF3)が一つ多い後者のほうが低モル分率で顕著な溶媒クラスターを形成した.さらに,有機溶質分子であるジオール,アミド,ジペプチドが溶媒和クラスターに取り込まれることをSANS法によりメゾスコピックに,NMRやIR法によりミクロスコピックに観測した.

  • 堀川 裕加
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 459-467
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    真空中では安定に存在できない液体試料に対し,真空中でのみ伝搬可能な軟X線を照射できる溶液セルの開発後,軟X線分光法によるさまざまな液体試料の電子状態測定が進められてきた.アンジュレータービームラインであるSPring-8 BL17SUでは円偏光,縦横偏光を入射光として利用することが可能であり,強度の高い円偏光を利用した通常の吸収・発光分光に加えて直線偏光を利用した偏光依存性測定も溶液試料の測定に応用されてきた.この総説では液体試料測定の中でも特に偏光依存性測定を利用した分析事例について紹介する.分子の配向がランダムな液体試料に対しても励起軌道を選択することで発光の異方性を調べることが可能である.まず,液体試料において偏光依存性が出現する原理の説明を行った後,三つの系について分子軌道対称性判別を応用した例を紹介する.

  • 神﨑 亮
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 469-478
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    酸塩基反応は分離や濃縮など分析化学的操作の起点である.水が酸塩基反応の媒体となり得るのは,水がH供与性と受容性を併せ持つためである.非水溶媒でも同じ性質を持つものがある.これらの溶媒中では自己解離反応が起こっており,この反応は酸塩基反応媒体として最も基本的である.本稿では,近年,酸塩基反応媒体として注目されている,プロトン性イオン液体(PIL),超濃厚電解質水溶液,及び深共融溶媒(DES)中における自己解離平衡や関係する酸塩基反応について得られた,著者のこれまでの成果を概説する.PILでは,構成イオンの水溶液中の酸塩基性が,PILの酸塩基挙動におおむね反映されていると結論付けられた.リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)アミド超濃厚電解質水溶液では,Debye-Hückel理論からの予想に反して,水素イオン活量がエンタルピー的な要因によって増加し,結果として自己解離反応が抑制されることが示された.DESにおいては,自己解離平衡に成分間の相互作用が影響することが示唆された.これらの知見は,新しい溶媒の酸塩基特性の理解と溶媒設計への指針において,重要な示唆を与えるものである.

  • 金崎 悠, 河野 雄樹, 牧野 貴至
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 479-486
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    本研究では,カーボンニュートラル実現に向けたCO2分離回収技術の一環として,ジアミン系混合イオン液体を用いた高性能なCO2分離膜の開発を行った.異なる機能をもつ2種のイオン液体を混合することで,従来では困難であった希薄なCO2の高捕捉性と高脱離性の両立を実現した.開発した混合イオン液体を多孔質膜に含浸させたイオン液体膜は,単一イオン液体膜と比較してCO2透過係数と選択率のいずれにおいても高い値を示し,既報の高分子膜の性能上限を大きく超える性能を示した.また,イオン液体の加速劣化試験法を構築し,酸素存在下での分解メカニズムと分離性能への影響を評価した結果,イオン液体の分解がある程度進行した段階でも分離性能が保持されることを確認した.本成果は,Direct Air Capture等の低濃度CO2分離に有望な材料設計指針を提供するものである.

  • 岡村 恵美子
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 487-498
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    生体は多量の水を含むことから,水の存在を考慮した溶液中の生体反応の解析が重要である.NMR法は,分子の動きを妨げることなく自然のままを観測可能な「非破壊計測法」で,生体分子の会合や輸送メカニズムを原子レベルで解析するために有効である.また,リアルタイム計測は,反応過程を追跡する優れた手段で,中間体・中間状態の捕捉に役立つものと期待される.著者らは,溶液NMRを用いて,(1)NMRによる膜への薬物の分配・結合のin situ定量と膜の中の「運動」の解析(2)In cell NMRによる「生きた」細胞への薬物輸送のリアルタイム計測(3)アミノ酸の異性化とペプチド鎖切断反応,ペプチドの凝集過程のリアルタイムNMR計測と速度論解析などを実施してきた.本稿では,これらのテーマについて著者らの研究例を中心に紹介し,今後についても展望したい.

  • 藤井 香里
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 499-512
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    イオン液体(Ionic Liquids; ILs)はかさ高いイオンから構成され,塩でありながらも100度以下の融点を持つ物質として定義される.化学反応の溶媒としてILsをとらえると,反応分子と多様な分子間相互作用を形成できることやナノスケールでの液体構造の不均一性に加え,反応の時間スケールに競合する遅い粘性緩和により,水や有機溶媒とは大きく異なる溶媒効果を示すことが期待される.著者らの研究グループでは,ILs及びプロトン性イオン液体(Protic Ionic Liquids; PILs)中における溶質分子の光化学反応ダイナミクスを実時間観測することで,これらが示す反応溶媒としての特徴の解明に取り組んできた.本論文では,溶質分子・PILs間プロトン移動反応と,ILs中における光解離反応とそれに続く再結合反応を取り上げる.時間分解分光計測から,溶媒PILs/ILsがピコ秒・ナノ秒で進行するこれらの反応の速度論にどのように作用するのかを考察する.

  • 黒木 菜保子
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 513-522
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    溶液中で形成される分子間相互作用ネットワークは,化学反応の進行や物性の発現を支配している.ゆらぎを伴った相互作用ネットワークの構造を定量的に理解することは,新たな溶液の設計や機能の予測において重要な鍵となる.本研究では,量子化学に根差したフラグメント理論に基づき,溶液内の相互作用を高速かつ高精度に評価するいくつかの手法を提案した.イオン液体や超臨界流体,オスモライト水溶液を対象として,溶液を構成する分子の幾何的特徴・電子的特徴から,溶液の構造や熱力学・動力学に関する物性を評価した.提案手法は,いずれも経験的パラメーターに依存しないため,未知の化学現象の予測にも適用可能な汎用性を有する.機能溶液物理化学の深化に向けた,新たなアプローチを提供する.

  • 藤田 恭子
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 523-528
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    新規生体分子溶媒の創出を目指し,イオン液体に微量の水を添加して調整する“水和イオン液体(Hydrated ionic liquids)”を提案してきた.水和イオン液体は,構成イオンの分子設計及び含水率の制御により,タンパク質や酵素,核酸などの高次構造を保持した可溶化を実現する.水和イオン液体に溶解することで,緩衝液中では観測されない長期安定化やリフォールディング誘起といった特異的な現象も報告してきた.水和イオン液体中で観測される生体分子の溶解性や構造形成,安定性には,構成イオンと存在する水分子の状態が関与することを示唆してきた.そこで,構成イオンや含水率を系統的に変化させ,イオンと水の相互作用や水素結合ネットワークについて解析を行ってきた.構成イオンのコスモトロピシティに応じた水素結合ネットワークの変化や,中間水の形成が観測された.本稿では,水和イオン液体中の水分子の特性と,それが生体分子の構造安定性や機能発現に及ぼす影響について,これまでの研究成果を中心に概説する.

  • 芹澤 信幸, 片山 靖
    原稿種別: 総合論文
    2025 年74 巻9 号 p. 529-541
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    非水電解液中における電気化学反応に伴う電極の質量変化及び動的反応界面における電解液の局所物性(粘性率及び密度)変化をインピーダンス法の水晶振動子測定法を用いてその場解析した.イオン液体中における金属の電気化学的析出・溶解及び有機電解液中でのLiの挿入・脱離反応に伴い,電極近傍で形成する濃度分布を反映した電解液の局所物性変化が観測された.電極反応に伴い電解液の局所物性が大きく変化する場合には,電極質量の変化を解析する際にみかけの共振周波数変化から局所物性変化の寄与を差し引く必要がある.電解液の組成によって溶存化学種が変化する溶媒和イオン液体及びクロロクプレート系イオン液体中における金属の析出・溶解反応に伴い観測された電解液の局所物性変化は,金属錯体の濃度分布に加えて過渡的な溶液構造の変化を反映していると考えられた.

報文
  • 澤山 沙希, 田島 絢, 藤井 健太
    原稿種別: 報文
    2025 年74 巻9 号 p. 543-547
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    イオン液体(IL)は,不燃性や電気化学的安定性といった電気化学デバイス用電解液として要求される性質を所有する優れた溶媒であり,Liイオン電池や電気二重層キャパシタ等,実利用を想定した応用研究は古くから報告されている.最近では,イオン伝導や電極反応と直接かかわるイオン溶媒和,特に,分子論に基づく溶液構造研究の重要性が指摘され,電解液設計の重要指針の一つとなりつつある.本稿では,ILを溶媒とするLiイオン電池用電解液に対してRaman分光スペクトルの定量解析と量子化学計算を組み合わせた構造分析研究を行い,IL電解液中に特有な溶媒和Liイオンの構造特性を決定するとともに,中性配位子の添加によるイオン溶媒和の構造制御について検討した.

  • 渡辺 日香里, 奥積 幸汰, 四反田 功, 板垣 昌幸
    原稿種別: 報文
    2025 年74 巻9 号 p. 549-558
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    水系リチウムイオン二次電池(ALIB)用電解液として,超濃厚電解質水溶液(SCES)が注目されている.しかし,現在報告されているSCESはLiと配位していないバルク水が数十% 含まれており,これが電池性能の劣化につながると考えられる.一方でイオン半径の大きなアルカリ金属イオン(Cs, Kなど)は水分子同士の水素結合を破壊する程度に近隣の水分子を引きつける効果がある.本研究ではCs, Kを添加することで電池性能にどのような影響を及ぼすのかをATR-IR/Raman分光,XPS分光及びインピーダンス法を用いて調査した.ATR-IR/Raman測定よりCs,K塩を添加したSCESにおいて,バルク水の割合が減少し,陰イオン周りの液体構造も変化することがわかった.これにより,電極界面に形成される被膜成分が変化したことが示唆された.SCESを用いたALIBのサイクル安定性は,イオン半径の大きなアルカリ金属イオンを添加した系の方がLiを添加した系よりもよく,電極界面に形成される被膜成分の違いが影響を与えていると考えられる.

  • 松田 玲依, 牧 秀志
    原稿種別: 報文
    2025 年74 巻9 号 p. 559-568
    発行日: 2025/09/05
    公開日: 2025/10/15
    ジャーナル フリー

    溶媒を対象とする定量1H NMR法及びLiイオンを対象とする定量7Li NMR法によって,高濃度Li塩水溶液中の溶媒分離イオンペア(SSIP)及び接触イオンペア(CIP)の生成挙動を解析した.まずそれぞれのNMRケミカルシフトの電解質濃度依存性から,イオンペア生成に伴うイオン水和構造及び溶媒の水素結合ネットワークの変化が確認された.定量7Li NMRのシグナル面積強度は電解質濃度と直線関係がある一方,定量1H NMRでは水和圏の水分子の低い運動性,及び水分子の活量の低下によって,本来観測されるべきシグナル面積強度を大きく下回る結果となった.さらに定量1H NMRによる水の非検出量は,イオンペア形成によるイオン水和構造の不安定化に伴う水和水の自由水への解放によって減少傾向となることが確認された.1H NMR及び7Li NMRのケミカルシフトと定量1H NMRによる水の非検出量の電解質濃度依存性は,SSIP及びCIPが形成を開始する電解質濃度において共に特徴的に変化した.

feedback
Top