中性子星は超新星爆発によって生じる小さな天体で,これまでに約1,600個が発見されている.太陽と同程度の質量を持ちながら半径は10km程しかない.その内部は,大まかに「クラストと呼ばれる表面に近い部分は原子核と電子からなり,コアと呼ばれる中心に近い部分は原子核が融けた一様な物質からなる」と考えられているが,詳細は謎に包まれている.特に,コアは密度が1cm^3あたり1兆kgにも達する極限的な環境であるため,未知の物質が実現している可能性が高い.例えば,核子からなる核物質だけではなく,ハイペロンが混在した物質も存在すると予想されている.また,コアの最深部には,バリオンすらも融けたクォーク物質が存在している可能性も指摘されている.2010年には太陽質量の2倍に及ぶ重い中性子星が発見され,中性子星内部に対するこれまでの定説は塗り替えられようとしている.カシオペア座Aと呼ばれる比較的地球に近い超新星残骸の中性子星で観測された表面温度の経年変化も,中性子星の内部がこれまで考えられたよりも複雑な事を示唆している.日本のKAGRAを初め,世界中で建設中の重力波望遠鏡が数年後に稼働を始めると,2つの中性子星の合体から放射される重力波を検出できる可能性があり,今後,中性子星内部の理解が大きく進むと期待されている.このように,中性子星は素粒子・原子核・宇宙物理学における最前線のテーマであり,その解明は現代物理学における最も重要な挑戦のひとつである.中性子星の重要な性質である質量と半径は,内部にある物質(中性子星物質と呼ぶ)の状態方程式から決まる.これまでの中性子星の研究には,実験データを基に推測された核物質の状態方程式が用いられてきた.例えば,核子散乱の実験データを再現する核力を用いて計算した状態方程式である.しかし,中性子星のコアは極限的な環境であるため,地上の実験で得られるデータでは不足する可能性がある.例えば,ハイペロンの間に働く力は,将来にわたって,実験から引き出す事は困難かもしれない.このような場合に期待されるのは,素粒子標準理論に基づいたアプローチである.クォークを支配する力学は量子色力学(QCD)と呼ばれ,現代の素粒子標準理論の一部である.陽子や中性子の質量も,陽子や中性子の間に働く力(核力)も,原理的にはQCDで説明される.しかし,QCDの非摂動性のため,これらをQCDから導く事は容易ではない.特に,核力をQCDから導く事は,絶望的に困難で現実的には不可能と考えられた.ところが,2007年,格子上に実現したQCDの数値計算から核力を導き出す画期的な方法が開発された.一方で,核力から原子核および核物質の性質を導き出す事も容易ではない.しかし,原子核物理学には長い歴史があり,専用の理論や手法が多く蓄積されている.従って,新しい画期的な方法と実績のある原子核理論を組み合わす事によって,QCDを基礎にクォークから原子核や核物質に,さらには中性子星に迫る事が可能になると期待できる.実際に組み合わせて核物質の状態方程式を計算したところ,飽和性など,定性的に望ましい結果が得られ,このアプローチの有望性が確認された.また,クォーク質量と中性子星最大質量の興味深い関係を引き出す事ができた.本研究の結果は,計算機の速さの制約から,現実と定量的な比較ができるものではない.しかし,この点は京コンピュータを使う事で確実に克服される.また,本研究のアプローチでは,ハイペロンを取り入れる拡張に本質的な困難はなく,不定性なしに実行できるので,中性子星の理論研究が格段に進歩すると期待される.
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