超流動は量子凝縮状態がもたらす魅力的かつ不思議な巨視的現象である.障害物(散乱体)があったとしても,超流動状態では粘性も摩擦もなくさらさらと流体が流れ,エネルギー散逸が生じない.理論的観点からながめても,流れのある状態を平衡統計力学で扱えるので興味深い現象である.1938年のAllen,Misener,Kapitzaによるヘリウム4超流動の発見後,ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)系超流動の研究は着実に発展してきた.一方,近年になり超流動現象の基本的理解を改めて整理することがより重要になっている.さまざまな物質でBECや超流動状態が実現できることにより,多様なプローブ技術と多様なパラメータ(相互作用の強さ,粒子密度,温度,外場)でBECや超流動性を研究できるようになったためである.実際,冷却原子気体におけるBEC(Anderson, et al. 1995; Davis, et al. 1995),磁性絶縁体TlCuCl3におけるマグノンBEC(Nikuni, et al. 2000),エキシトン・ポラリトン系,エキシトン系におけるBECと超流動性(Kasprzak, et al. 2006; Amo, et al. 2009; Yoshioka, et al. 2011)が報告されている.超流動と言っても一つの現象を指すのではなく,それに関連した複数の現象が存在する.ヘス・フェアバンク効果(回転する容器の中で静止し続ける効果),永久流状態(静止した容器の中で半永久的に回転し続ける状態)がそれである.前者は波動関数の位相の固さ(rigidity)に由来し,後者は永久流状態の準安定性に由来するという違いはある.また,ジョゼフソン効果と呼ばれる現象(マクロ波動関数の相対的な位相差によって超流動流が流れる効果)もある.いずれにしても,これらの現象はBECにおけるマクロ波動関数の存在に起因するとされている.超流動が起こるためには,このマクロ波動関数の存在だけでなく,密度ゆらぎが小さいことも必要である.ヘス・フェアバンク効果では,回転容器にある凸凹(あるいは散乱体)の存在が暗黙のうちに仮定されている.永久流状態の準安定性では,マクロ波動関数の振幅が大きく空間変化すると,エネルギーが著しく高くなることが前提になっている.つまり,暗黙のうちに密度ゆらぎが小さい(密度が変化しにくい)ことが仮定されている.このように考えると理想ボース気体がなぜ超流動性を示さないのかが自然に理解できる.理想ボース気体の圧縮率は無限大であり,密度変化のエネルギーコストは著しく低い.このため容器形状に不均一性(あるいは散乱体)があると,超流動体自身を安定に支えきれないのである.摩擦なしに流れる超流動にも臨界速度と呼ばれる限界の速度がある.この臨界速度以上で速く流すとエネルギー散逸が発生する.たとえば,障害物があると,この障害物付近から量子渦やソリトンなどの位相欠陥が生成され,エネルギー散逸が生じる.この臨界速度の値自体は,系の詳細(障害物の配置や形状,ポテンシャルの強さなど)に依存し,予言することは難しい.ここ数年の我々の研究で,超流動体の位相欠陥生成時における不安定性とその臨界速度は,密度ゆらぎの増大で特徴づけられることがわかった.その結果を踏まえ,超流動の不安定化は「速度の増大とともに密度ゆらぎが大きくなり"やわらかく"なったときに生じる」というシナリオを提案した.このシナリオでも凝縮体の存在だけでなく,超流動の安定化/不安定化に密度ゆらぎが一役買っている.
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