鉄系高温超伝導体の1つであるFeSeを1層(原子3個分の厚さ)だけSrTiO_3基板上に作成すると,超伝導転移温度(T_c)が100Kに達する可能性が報告され,大きな注目を集めている.FeSeバルク試料のT_cは約8Kであり,単層にすることでT_cが一桁も上昇することになる.また,これまで発見されたバルク鉄系高温超伝導体におけるT_cの最高値(56K)をも遙かに凌駕している.はたして,この高温超伝導は本物だろうか?この点を明らかにするため精力的な研究が行われており,これまでに中国と米国の3つの研究グループが独立にFeSe単層膜の作成に成功し,いずれも超伝導の発現を支持する結果を報告している.このことから,超伝導が発現していることは間違いないと考えられる.しかし,FeSe単層膜の作成が難しいことに加えて,作成した単層膜が大気中で不安定なことなどから,正確なT_cの決定は難しいのが現状である.これまでに報告されたT_cは,20Kから100K以上まで大きなばらつきがあり,"高温"超伝導が起きているかについて統一的な見解は得られていない.もし単層膜で高温超伝導が実現しているとすると,自然に浮かぶ疑問は,「バルク体から単層膜まで,どのように超伝導が変化するか?」である.この点について,2層以上の多層膜では超伝導が完全に消失するという興味深い結果が報告されている.単層膜の上にもう1層FeSe膜を追加しただけで,なぜ劇的なT_cの変化が起こるのか,また,それが本質的な変化であるのかどうかは明らかになっていない.この問題の解決は,「なぜFeSe単層膜が高温超伝導を示すか?」を理解する上で極めて重要である.本稿では,膜厚を系統的に変化させたFeSeの高品質薄膜をSrTiO_3基板上に作成し,角度分解光電子分光法(Angle-Resolved PhotoEmission Spectroscopy; ARPES)を用いて電子状態のその場観察を行った研究について紹介する.1番目の重要な成果として,単層膜において超伝導の発現を示す超伝導ギャップを直接観測し,その温度変化から,T_cが約60Kであることを見出した.このT_cは,バルクFeSeの8Kを遥かに超えて高温超伝導と呼べるほど高い.2番目の成果として,FeSe薄膜の表面にK原子を吸着させることで,薄膜中の電子量を広い範囲にわたって制御できることを見出した.この手法を用いて,これまで超伝導を発現しないとされてきた多層膜においてもT_c〜50Kの高温超伝導を発現させることに成功した.3番目の成果として,超伝導相図の膜厚・ドープ量依存性を確立した.膜厚が薄いほどT_cは高く,FeSeとSrTiO_3との界面が高温超伝導の実現に重要な役割を果たしていることを明らかにした.また,電子ドープ量に対して,T_cがドーム型を示すことも見出した.さらに,単層膜で電子量を増やすことで,60Kよりも高いT_cが実現される可能性を示した.このように,SrTiO_3上のFeSe薄膜は,さらなる高温超伝導の探索や,二次元超伝導の研究に魅力的なプラットフォームを提供する.また,FeSeに限らず他の超伝導体においても,それを原子層薄膜化することで,バルクを超える高いT_cを実現する可能性もあり,今後さらなる研究の進展が期待される.
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