日本物理学会誌
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72 巻, 12 号
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巻頭言
目次
現代物理のキーワード
交流
  • 石井 邦彦, 田原 太平
    2017 年 72 巻 12 号 p. 854-861
    発行日: 2017/12/05
    公開日: 2018/09/05
    ジャーナル フリー

    我々の研究室名には「分子分光」という言葉が冠されている.「分子分光」とは,分子の構造やダイナミクスを光の吸収・散乱・放射の精密な計測を通して明らかにすることを目的とする,主として物理化学に分類される研究分野である.特に,光と分子の多様な相互作用を利用して新しい計測の方法論を開拓し,これを未解明の分子現象に適用することが重視されており,分光法の開発そのものが研究分野の重要な位置を占めている.

    今世紀に入ってからこの分子分光分野の最先端で,二次元分光法と呼ばれる方法をよく目にするようになった.ここで述べる二次元分光法は,「二次元的な空間広がりをもつ系に対する分光イメージング」を指すのではない.簡単に言うと,二つの物理量の関係(相関)の有無を,二つの量をそれぞれ縦軸と横軸に取った二次元プロットを用いて解析する実験手法のことである.さらにはこのプロットを利用して,「片方の量が変わった時に,もう一つの量が影響を受けるか否か」を系統的かつ網羅的に調べる分光手法ということができる.その二次元プロットのパターンから,一次元のスペクトルからは得られない高度な情報,例えば系の不均一性やそのダイナミクス,分子内・分子間相互作用などを読み取る.それぞれの二次元分光法に対して,通常そのベースとなる分光計測法が存在しており,その意味で二次元分光法自体が実験法として新しい特定の原理に基づいた手法というわけではない.むしろ,多量のデータを収集して俯瞰的に解析することで,従前の方法では見え難かった複雑な現象を歴然とした形で可視化することにその本質がある.つまり,種々の分光法を二次元分光法へと発展させることで,一つの測定量を議論しているだけではなかなか見えてこない不均一性やダイナミクスが直感的に理解しやすい形で捉えられるようになるのである.このような方法論が可能になったのは,レーザーの安定性の向上など分光関連技術の進歩により実験の精度が改善したことや多数回の実験が比較的容易になったこと,さらにはPCの処理能力の向上で多量のデータを容易に扱えるようになったことが背景にある.

    我々は最近,一分子蛍光計測法を基盤とした新たな二次元分光法として,二次元蛍光寿命相関分光法を提案した.この手法はタンパク質など多自由度をもつ分子系に特徴的な,熱揺らぎによる自発的な構造ダイナミクスを可視化することを目的に開発したもので,一分子計測法としては最も高いマイクロ秒レベルの時間分解能で構造選択的なダイナミクス計測が可能である.我々はこれをシトクロムcの折り畳み過程の研究に適用し,複数の変性中間体の存在とマイクロ秒以下からミリ秒以上までの時間スケールにまたがる階層的な構造遷移の様子を可視化することに成功した.階層的なダイナミクスを解明するためには時間軸のダイナミックレンジの広さが重要であるため,この手法は生体高分子の構造揺らぎという重要な問題に対して本質的な寄与をなしうると考えている.これは一つの例だが,いくつかの分野で分光データの二次元マッピングが成功を収めており,既存手法とは一線を画す応用展開が広がりつつある.

最近の研究から
  • 白石 直人, 齊藤 圭司, 田崎 晴明
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 12 号 p. 862-866
    発行日: 2017/12/05
    公開日: 2018/09/05
    ジャーナル フリー

    熱力学は理工系の大学生のほぼ全員が学ぶ基礎的な物理学の分野である.第一法則と第二法則を中心にした独自の論法から非自明で実用的な結論が導かれる様子に感銘を受けた人も多いだろうし,一方で,力学や電磁気学とは違って曖昧模糊としたマクロな対象を扱う奇妙な学問だと感じた人もいるだろう.いずれにせよ,熱力学は遠い過去に完成された学問であり,その周辺には研究すべき素材など残されていないと思っている人がほとんどだろう.

    しかし,実際には,熱力学に関わる未解決問題は数多く残されていて,現代的な研究の対象にもなっている.本稿では,その一例として,熱力学の定番の対象である熱機関に関する我々の新しい定理を紹介する.我々は,おそらくカルノーの時代から多くの人が抱いただろう「許される最大の効率であるカルノー効率を達成し,かつ仕事率がゼロでない熱機関は可能か?」という疑問に対して「不可能だ」という一般的かつ決定的な結論を得たのである.

    熱力学の教科書に登場するような一般的な熱機関を考えよう.高温の熱浴から熱を吸収し,低温の熱浴に熱を放出し,吸熱量と発熱量の差を力学的な仕事として外に取り出す装置だ.熱機関は石炭による火力発電などで今も用いられている.

    効率(吸収した熱のうち仕事として利用された割合)は熱機関の性能を表す重要な指標である.熱力学で学んだように,効率は熱浴の温度だけで決まるカルノー効率を決して超えない.一方,実用性を考えると,仕事率(単位時間あたりに生み出される仕事)も重要な指標である.

    有名なカルノー機関の場合,効率は望みうる最大のカルノー効率を達成するのだが,準静的過程を用いるため仕事率の方はゼロになってしまう.これでは使い物にならない.この状況は,効率を高くしたために仕事率が犠牲になったように見える.これはどのくらい一般的なことなのだろうか? 物理法則が許す範囲で,ありとあらゆる仕掛けを用い,様々な賢い工夫をするとして,効率はカルノー効率に一致するが仕事率はゼロにならないような熱機関を設計できるだろうか? 我々はこの自然な疑問を解決した.我々は,一般的な熱機関の効率と仕事率がきれいなトレードオフの関係を満たすことを証明し,その帰結として,このような「夢の熱機関」は決して作れないことを示したのである.

    この結果の背景には非平衡統計力学の研究の蓄積がある.そもそも,この研究では「マクロな系をマクロな視点から扱う」という熱力学の方法を離れ,無数の微小な粒子についての古典力学とマルコフ過程によって熱機関を記述している.このようなモデル化の方法はアインシュタインのブラウン運動の理論以来の長年の研究に支えられている.

    さらに,今回の結果が可能になったのは,非平衡統計力学の分野でこの20年ほどの間に急激に進展した「ゆらぐ系の熱力学」についての知見があったからだ.ゆらぎの定理,ジャルジンスキー等式などのキーワードを目にしたことがあるかもしれない.これらのテーマに関連して深められたエントロピー生成率の概念などが我々の仕事でも重要な役割を果たしている.「ゆらぐ系の熱力学」の従来の研究の多くはミクロな系で意味を持つ新しい物理を指向していたが,本研究のように,ミクロな視点に立つ非平衡統計力学からマクロな系のマクロな性質を議論する方向もこれからさらに発展していくことを期待している.

  • 明 孝之
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 12 号 p. 867-871
    発行日: 2017/12/05
    公開日: 2018/09/05
    ジャーナル フリー

    原子核は複数の陽子と中性子が核力により自己結合する系である.最近の原子核研究の方向性として,生の核力から出発して原子核を記述する「第一原理計算」が発展している.核力の特徴は強い短距離斥力と非中心力である大きいテンソル力である.この記事では,筆者らが最近構築した原子核の新しい第一原理計算法「テンソル最適化反対称化分子動力学」(Tensor-Optimized Antisymmetrized Molecular Dynamics,以下TOAMD)を紹介する.

    反対称化分子動力学(AMD)は,1990年代に構築された原子核の構造と反応を統一的に記述する理論である.原子核構造として特に軽い質量数の原子核の記述に威力を発揮し,原子核内でα粒子などの数個の核子が集まり分子的な形状を呈するクラスター構造の生成と消滅を扱うことができる.ただし,AMDでは核子がガウス型の波束であるため,生の核力が持つ短距離斥力とテンソル力を扱うことができない.代わりに原子核の実験データを再現する現象論的な有効核力を用いる枠組みとなっている.

    一方,筆者らはこれまで一粒子描像に基づく殻模型を採用して,その基底関数に核力が生む重要な多体相関,特にテンソル力が生む相関を取り込む研究を行ってきた.その模型をテンソル最適化殻模型とよぶ.一般に殻模型は一粒子描像がよく成り立つ状態の記述は得意であるが,炭素12原子核に現れる3個のα粒子が緩く結合したホイル状態など,クラスター状態の記述は不得意である.

    クラスター状態は原子核の重要な形態であり,原子核反応や元素合成に直接関係する.そこで筆者らはAMDを基底関数に採用し,核力の特質に対応した相関関数を掛けることで生の核力を扱える方法を発展させた.相関を波動関数に掛ける場合,「ジャストロー法」が有名である.ジャストロー法では2粒子間にはたらく相関関数を定義し,それを全ての粒子間に作用させる.この方法は原子核のみならず,物性や原子・分子などの幅広い分野で使われている.TOAMDにおいても相関関数をAMD基底関数に掛けるが,相関関数Fによる冪級数展開(1+FF 2+…)を行う.それはジャストロー法と以下の違いがある.

    1. 各粒子間に作用する相関関数は複数ある.

    2. 各冪に含まれる各相関関数は全て独立に扱われる.

    3. 全ての相関関数は,系の全エネルギー変分計算により最適化される.

    TOAMDではハミルトニアンと相関関数の多重積が出現し,それをクラスター展開法で扱う.クラスター展開のため,核力は2体力でも,扱う演算子は2体以上の多体となり質量数までの多体項が生じる.TOAMDでは,相関関数の冪級数から生じる全ての多体項を取り入れることでエネルギー変分原理が保持される.相関関数は複数個のガウス関数で展開され,その展開係数を全系のエネルギー固有値問題を解いて決定するため,相関関数の形状に先見的な要素は入らない.したがって,用意した全ての相関関数が求めた原子核の各状態ごとに独立に最適化される.これらの効果により,TOAMDは軽い原子核の精密計算のエネルギーを再現することが示された.

    TOAMDは基盤が完成しその有効性が示された.発展性のある方法であり,今後はより質量数の大きな原子核への適用,核力に基づくクラスター状態の理解,および核力のなかでも3体核力の効果を検証する方法として適用していくことが考えられる.

  • 養田 大騎, 横山 毅人, 村上 修一
    2017 年 72 巻 12 号 p. 872-877
    発行日: 2017/12/05
    公開日: 2018/09/05
    ジャーナル フリー

    固体結晶中の電流とスピン磁化はさまざまな形で相互変換することが近年の研究により明らかになってきており,スピントロニクスへの応用などさまざまな面で興味深い現象となっている.さまざまな理論的枠組みの整備が進み,またスピンを観測するための実験手法の開発・発展が進んできたことがその背景にある.例えばスピンホール効果は,試料に電流を流すとそれに垂直にスピン流が誘起される現象であり,さまざまな金属や半導体でその測定がなされ,その逆効果である逆スピンホール効果はスピン流の検知手段として広く使われている.またエーデルシュタイン効果は,電流誘起スピン磁化とも呼ばれ,電流を試料中に流すと試料全体が磁化する現象である.これは,試料のバンド構造がスピンの向きに応じて分裂しているため,電流を流すと電子の分布が非平衡へとずれるために生じる.これらの現象は全て,固体中のスピン軌道相互作用に起因し,電子の軌道運動が多様な形でスピンに影響を及ぼすものであり,一般に重い元素を含む物質で大きくなる.

    本稿ではこれらとは全く異なる起源により,固体中で電流と磁化が結びつく現象を新たに提案する.固体結晶のなかにはさまざまな特異な結晶構造を持つものがあり,例えばテルルやセレンの単体はらせん状の原子鎖を束ねたようなカイラルな結晶構造をしていて,結晶には右回りらせんと左回りらせんの2種類が存在する.これはソレノイドと類似しているため,ソレノイドとの類推かららせん軸に沿った方向に電流を流すことで磁化すると予想される.さらにその磁化は,らせんの巻き方を逆にすると反転すると予想される.この予想を立証するために我々は,結晶中の電流により軌道磁化が誘起される現象を定式化した.さらにその性質をみるために,らせん状の結晶構造を持つ模型を作って,確かにこうした結晶を持つ金属に電流を流すと軌道磁化が出ることを確かめた.

    さらにその軌道磁化の振る舞いを詳しく解析し,与えられた電流密度に対してどのような場合に軌道磁化が大きくなるかを調べた.その結果,ワイル半金属という状態にあるときにこの軌道磁化が大きくなることが判明した.またこうしたカイラルな結晶構造での各単位胞をミクロなソレノイドとみなした場合に,各単位胞あたりのソレノイドの巻数に対応する無次元量ξを定義して,その振る舞いを調べた.するとワイル半金属の場合にはξが1を大きく上回る場合があることがわかり,これは古典的ソレノイドとの類推からでは予想できない,量子論による特異的な増大であるといえる.

    物理的な起源でいえば,この効果は前述のエーデルシュタイン効果において,スピン磁化を軌道磁化に置き換えたものであり,その意味でこの効果を軌道エーデルシュタイン効果と言ってもよい.ただし通常のスピンのエーデルシュタイン効果と異なり,ここではスピン軌道相互作用は必要とせず,そのため軽い元素からなる結晶でも,その結晶構造によってはこの効果が大きくなると期待される.

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