日本物理学会誌
Online ISSN : 2423-8872
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72 巻, 1 号
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巻頭言
目次
物理学70 の不思議
現代物理のキーワード
解説
  • 渡辺 悠樹
    原稿種別: 解説
    2017 年 72 巻 1 号 p. 10-18
    発行日: 2017/01/05
    公開日: 2017/12/28
    ジャーナル フリー

    金属や絶縁体,磁性体などの物性物理学において古くから研究されてきた相の他に,近年では「ワイル・ディラック半金属」や「量子スピン液体」といった比較的新しい電子状態の研究が興味を集め,物性物理学の主要な研究テーマの一つとして世界中の研究者を巻き込んだ研究が進められている.

    ワイル半金属とは,3次元空間において伝導バンドと価電子バンドの計2バンドがブリルアン域内の一点で接触し,その近傍で線形分散を示すバンド構造を持つ物質のことである.ワイル半金属のバルクの電気磁気応答はカイラル量子異常と関連しており,これがどのような実験的シグナルとして現れるのかが注目を集めている.さらにワイル半金属の2次元表面には,通常の2次元電子系ではあり得ない「閉じていないフェルミ面」が現れるという興味深い性質を持つ.ワイル半金属に限らずより一般に,3次元空間において「面」ではなく「曲線」や「点」で伝導バンドと価電バンドが接する半金属は,通常のフェルミ面の場合とは異なる物性を示すことが期待され,これを実現する物質の探求が盛んに行われている.

    一方,相互作用が強くバンド描像が成立しない領域で注目されているのが量子スピン液体である.強い電子間相互作用によって電子が局在しモット絶縁体となると,残されたスピンの自由度が問題となる.十分低温では反強磁性秩序などの磁気秩序が生じてしまうことが多いが,カゴメ格子などの幾何学的フラストレーションを持つ格子では磁気秩序が抑制され,スピンの自由度があたかも「液体」のように固まらずに残ることがある.絶対零度においても磁気長距離秩序を持たないスピン系は量子スピン液体と総称されるが,一口に量子スピン液体と言っても多種多様な可能性が残されている.例えば電子のスピンと電荷の自由度が分離したり,ボソンでもフェルミオンでもないエニオン統計に従う準粒子励起が現れる「トポロジカル秩序相」の一種となる可能性が指摘されており,量子コンピューターや次世代デバイスへの将来的な応用が期待されている.

    理論的な興味だけでなく応用の可能性も秘めるこれらの非自明な電子状態が「一体どのような場合に実現するか」を明らかにすることは,物質探索の指針となる指導原理を与えたり,そこで起こる物理現象を深く理解したりするために重要である.

    これまで半世紀をかけて発展させられてきたLieb-Schultz-Mattis定理は,量子多体系が実現し得る可能な状態を「単位胞当たりの電子数」に基づいて制限する非常に一般的な定理である.例えば,単位胞当たりに奇数個のスピンを含むカゴメ格子上のスピン模型が「磁気秩序などの長距離秩序を示さず,かつギャップが開いている場合には,トポロジカル秩序を持つ非自明な量子スピン液体にならなければならないこと」をこの定理は保証している.しかしこの定理はスピンのどの成分も保存しない強いスピン軌道相互作用がある系には適用できなかった.本稿では,任意のスピン軌道相互作用がある場合や,ノンシンモルフィックな空間群の対称性を有する場合にLieb-Schultz-Mattis定理を拡張し,より広いクラスの系に対してより厳しい制限を課せるようにする.そしてその結果が量子スピン液体やワイル・ディラック半金属の探索にどのように役立つのかについて紹介する.

  • 當真 賢二
    原稿種別: 解説
    2017 年 72 巻 1 号 p. 19-27
    発行日: 2017/01/05
    公開日: 2017/12/28
    ジャーナル フリー

    ブラックホールは,一般相対性理論が予言する最も強い重力場のことであり,入ってしまうと光さえも出て来られないという領域である.これまでの40年以上の多波長電磁波観測の結果,宇宙にはブラックホールと考えられる天体が数多く存在することが明らかになってきた.最近では,重力波の検出により,さらに直接的にブラックホールの存在が証明された.

    ブラックホールは周囲の物質をすべて吸い込んでしまうというイメージがあるかもしれない.実際にはそうではなく,ブラックホールのスケールの数倍外側では,重力と遠心力が釣り合ったケプラー運動が可能である.そのような領域からは光が逃げ出ていて観測できるし,またプラズマ粒子の一部も高エネルギーを獲得して遠方まで逃げ出すことができる.

    物質がブラックホール周辺から逃げ出す過程の中で最も顕著で不可思議なものが,相対論的ジェットである.これはブラックホール周辺から細く絞られて流れ出す,速度が光速にきわめて近い噴流である.銀河はその中心に超巨大なブラックホールを有すると考えられているが,銀河のうちの活動的なものに相対論的ジェットが付随している場合がある.また宇宙で最も明るい突発現象であるガンマ線バーストは,恒星サイズのブラックホールが高密度な環境で誕生した際に駆動する相対論的ジェットを正面から見たものであると考えられている.

    相対論的ジェット形成には多くの基本的問題が残っている.まずジェットのエネルギー源が確定していない.物質源も不明である.さらに物質を細く絞りつつ光速近くまで加速する機構についても未だ議論が続いている.そしてジェットがブラックホールの大きさの10億倍程度もの長さスケールにわたって安定的に流れる理由,かつ安定な流れの中の一部が散逸して輝く理由も明確でない.

    これらは長年にわたって議論されてきているが,ここ10年数値シミュレーション研究が大幅に発展したのを契機に,議論の枠組みがそれまでと質的に変わった.また問題には他の相対性理論が重要でない天体の物理に基づく直観では理解しにくいものがある.本稿では,そのような点に留意し,諸問題に対する現在の議論の枠組みを丁寧に説明することを試みる.そのあとエネルギー源について焦点を絞り,回転ブラックホールがプラズマ中に定常的に電磁エネルギー流を作るというBlandford-Znajek過程についての理解の進展について詳述する.

    相対論的ジェット形成は,相対性理論とプラズマ物理の間にある基礎物理的な問題であるが,その謎の解明は多くの関連分野に波及するだろう.ガンマ線バーストの起源は星の進化論や重力波生成と密接に関連している.また宇宙最遠方の天体の一つでもあり,観測的宇宙論に貴重な情報を提供する.およそ100億光年という長い距離のガンマ線伝播という事実を使って量子物理の検証にも使われる.活動銀河のジェットは,銀河や銀河団の進化に影響を与える.また両者のジェットはともに高エネルギー宇宙線や高エネルギーニュートリノの放射源の候補である.さらに偏光を含む最新電磁波観測の発展を促す.本論には,これらの関連する話題や将来への展望も紙面の許す限り含めたい.

最近の研究から
  • 水島 健
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 1 号 p. 28-33
    発行日: 2017/01/05
    公開日: 2017/12/28
    ジャーナル フリー

    近年,トポロジーを基軸とした新たな物質観が広がりをみせている.ここでいうトポロジーとは電子状態の「連続的にほどくことのできない捻れ」の尺度であり,輸送係数の量子化やギャップレス励起状態といった量子現象として顕在化する.量子ホール効果やベリー位相の発見に端を発するこの物質観は「対称性の破れ」などで説明できない量子相の物理を説明してきたが,現在では,対称性というエッセンスを加えることで物質の詳細によらない普遍的な視野を与えるものとして注目されている.対称性の破れによって生じる量子現象の好例である超伝導・超流動相にもこの概念は適用され,マヨラナ粒子のようなトポロジカルな背景を持つ準粒子が物質の新しい機能性をもたらすと期待されている.

    本稿では,超流動3Heを基軸として,トポロジーと対称性が密接に絡み合った量子現象を紹介する.典型的なフェルミ液体である3Heはスピンと実空間における独立なSO(3)回転対称性という高い対称性を保つ.超低温下では,スピンS=1,軌道角運動量L=1の内部自由度を持ったクーパー対形成が起こり,A相とB相という多重超流

    動相が実現する.B相はBalian–Werthamer(BW)状態とよばれ,自発的対称性の破れを通してスピン・軌道相互作用が発現する.この状態に内在する非自明なトポロジカル構造については1988年にSalomaa–Volovikによって明らかにされたが,近年になり時間反転対称性や粒子・正孔対称性との関係性が明示され,3次元トポロジカル超流体の典型例としてその学術的価値が再認識されている.一方で,時間反転対称性を自発的に破ったA相の低エネルギー準粒子はワイル粒子のように振る舞うことが1980年代中頃からVolovikにより指摘されており,実際にカイラル異常に起因した量子現象を検出したとの実験報告がなされている.また,トポロジカル物質研究の芽生え以前から,3Heではアンドレーエフ束縛状態の研究が盛んに行われてきた歴史がある.マヨラナ粒子はトポロジカルな起源を持つ特殊なアンドレーエフ束縛状態である.ゆえに,これまでの3Heにおける表面状態の研究は基盤的知見として重要である.

    このような背景を踏まえながら,本稿では磁場中のBW状態に現れるトポロジカル相とそれに付随する新しいタイプの量子相転移を紹介する.時間反転対称性が破れる磁場下においてもトポロジカル相とその帰結である表面マヨラナ粒子が存在するが,一方で,臨界磁場において非トポロジカル相へ相転移する.このトポロジカル相転移は磁場中のBW状態で保たれていた離散対称性の自発的破れと,それに伴う「イジング秩序の形成」に起源を持つ.この臨界磁場は自発的な対称性の破れと同時にトポロジカル相転移が起こる奇妙な量子相転移点であり,さらに,そこでは表面マヨラナ粒子が有限の質量を獲得する.本稿では,この新奇量子相転移の詳細に加え,このトポロジカル相に現れる表面マヨラナ粒子の磁場応答とその背後にある離散対称性との不可分な関係性を明らかにする.

    3Heは異方的超伝導の雛形として長い研究の歴史を持ち,バルク超流動相に関する曖昧さのない確固とした知見が蓄積されてきた.さらに,等方的なフェルミ液体であるがゆえの高い対称性,4He原子層のコーティングによる表面の鏡面性の制御,さらには,ナノスケールの制限空間への閉じ込めによる多彩な超流動相の実現などという著しい特徴を持つ.このように,超流動3Heは様々な量子凝縮系に発現するトポロジカル量子現象研究の格好の舞台である.

  • 深川 宏樹
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 1 号 p. 34-38
    発行日: 2017/01/05
    公開日: 2017/12/28
    ジャーナル フリー

    物理法則の中には「ある汎関数に停留値を与える現象が起こる」と言い表せるものがあり,これらの総称を変分原理と呼ぶ.良く知られた例は,解析力学で教えられるハミルトンの原理である.散逸のない系の運動方程式は,作用汎関数に対する停留値問題を解くことで求まる.

    散逸のない完全流体に対しても,各流体粒子に付随した物理量の時間発展を見るラグランジュ描像では,質点系と同様にして運動方程式を得る.一方,空間に固定された点での物理量の時間発展を見るオイラー描像では,変分原理で完全流体の運動方程式を得るには,ラグランジュ座標が補助場として必要である.この定式化が通常の変分原理とは異なるため,補助場を巡って様々な議論がなされた.我々は,この定式化が「評価汎関数に停留値を与える最適制御を求める」という最適制御理論の枠組みの中にあることを見出した.物理系を制御入力のある力学系(制御系)とみなし,作用汎関数を評価汎関数とみなせば,最適制御理論はハミルトンの原理の自然な拡張となる.これを用いれば,完全流体の速度場は制御入力に,ラグランジュ座標は制御される状態変数に,ラグランジュ座標と速度場の関係は制御関数に,それぞれみなせる.

    次に,散逸のある物理系について述べる.粘性流体では粘性により力学的なエネルギーが熱エネルギーに不可逆的に変換され,単位時間あたりの散逸されるエネルギーの量は散逸関数で表される.これを考慮に入れた変分原理にオンサーガーの変分原理があり,ソフトマター分野では広く使われている.ただし,この変分原理では,散逸関数が二次形式に限られるなどの制限がある.

    我々は,オンサーガーの変分原理とは異なる方法として,先ほどの制御理論による枠組みを拡張して,散逸関数に制限がなく,より一般的な系を記述できる変分原理を提案した.散逸系ではエントロピーの時間発展は,他の物理量の時間発展に依存するが,エントロピーの値は他の物理量と時間の関数では与えられない.このような依存関係を非ホロノミック拘束条件と呼び,系を非ホロノミック系と呼ぶ.我々は,非ホロノミック系の最適制御問題を定式化し,これを散逸系に適用することで,散逸系の運動方程式を導出した.

    通常,ナビエ・ストークス方程式は,運動量保存の式に,圧力や応力の具体的な式を代入して導出される.さて,ネーターの定理によると,系に連続な対称性が存在すれば,これに対応する保存則が存在する.例えば,空間並進対称性は運動量保存則を,空間回転対称性は角運動量保存則をそれぞれ導く.したがって,物理系の運動方程式は保存則を導く対称性を満たすことが要請される.また,運動方程式が偏微分方程式で与えられた場合には,系の時間発展は初期条件と境界条件に依存し,物理系では境界値問題が良設定になることが求められる.更に,マクロな系では,エントロピーの時間発展が熱力学第二法則を満たす必要がある.我々は,物理系を制御系とみなしたときに,制御関数,汎関数,拘束条件を先に述べた物理系が持つ制約に矛盾しないように定める方法も与える.

    本稿の前半では,我々の変分原理を質点系の例で説明し,後半では,ニュートン流体や粘弾性体の運動方程式の導出をする.我々の方法は,既存の散逸系の変分原理にあった汎関数に課せられた制限がなく,より複雑な系の運動方程式の導出ができる.

  • 宮町 俊生, Manuel Gruber, Eric Beaurepaire, Wulf Wulfhekel
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 1 号 p. 39-44
    発行日: 2017/01/05
    公開日: 2017/12/28
    ジャーナル フリー

    単一分子で構成される分子デバイスは従来のシリコンデバイスと比較してさらなる高集積化や低消費電力化が可能であり,単一分子デバイス開発に向けて基礎,応用の両面から勢力的に研究が行われている.単一分子を利用したスイッチやメモリーはこれまで分子の形状変化に伴う電気伝導度の変化を利用してきた.電気伝導度に加えて単一分子のスピンを制御することは近年,関心が高まっている分子スピントロニクスデバイス実現のために必要不可欠である.この条件を満たす分子として我々は外場刺激(温度,圧力,磁場,電場,光等)が誘因となって分子形状が変化し,さらに分子中に含まれる遷移金属イオンのスピン状態が高スピン状態と低スピン状態の間で変化するスピンクロスオーバー(SCO)錯体に着目した.

    本研究ではSCO現象を示すFe(1,10-

    phenanthroline)2(NCS)2[以下,Fephen]単一分子のスピン状態,電気伝導度を極低温走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて制御することを試みた.金属銅基板にFephen単一分子を吸着させた場合,STM構造観察からFephen単一分子は2つの分子構造をとることがわかった[分子(I),分子(II)].極低温走査トンネル分光(STS)測定による電子状態観測の結果,分子(I)にのみフェルミ準位近傍に鋭いピーク構造が現れた.観測されたピーク構造はファノ関数でよく再現されることから近藤共鳴に由来すると考えられる.近藤共鳴状態は不対スピンの存在を示唆しているため,分子(I)は高スピン状態,近藤共鳴を示さない分子(II)は低スピン状態と結論づけた.

    STM / STS測定で得られた結果を裏付けるため,元素選択的にFephen単一分子のスピン状態を明らかにすることが可能な放射光X線吸収分光 / X線磁気円二色性(XAS / XMCD)測定を行った.金属銅基板上のFephen単一分子のFe 2p XASスペクトルは高スピン状態と低スピン状態のバルクXASスペクトルの線形結合で再現可能であった.また,高スピン状態を示すピーク構造にのみXMCDシグナルが観測された.XAS / XMCD測定により得られた結果はSTM / STS測定によって示されたFephen単一分子の高スピン状態と低スピン状態の共存を強く示唆する.

    次にSTMによるスピン状態のスイッチングを試みたが,Fephen単一分子のスイッチング機能は金属銅基板との強い相互作用のため失われていることがわかった.この問題の解決策として金属銅基板に絶縁体窒化銅単原子膜を挿入し,基板と単一分子間の相互作用を弱めた.結果,STM / STS測定で金属銅基板の場合と同様に,近藤共鳴を示す分子(α:高スピン状態)と近藤共鳴を示さない分子( β:低スピン状態)が存在することがわかった.金属銅基板上とは対照的に窒化銅上ではSTMによって近藤共鳴ピーク構造の形成,消失を制御することができ,Fephen単一分子間のスピン状態のスイッチング機能は保持されていることがわかった.さらに,スピン状態スイッチングは電気伝導度スイッチングと結びついており,Fephen単一分子のスピン状態と電気伝導度の両方を制御することに成功した.観測されたスイッチング動作は可逆的かつ一意的であり,単一分子メモリーとしての条件を満たしている.

  • 吉田 賢市, 伊藤 正俊
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 1 号 p. 45-49
    発行日: 2017/01/05
    公開日: 2017/12/28
    ジャーナル フリー

    原子核中の核子は,他の核子との相互作用によって自己無撞着に形成される一体場中を運動し殻構造を作り出す.核子の一粒子運動状態は,特に奇数個の核子数をもつ原子核の基底状態あるいは低励起状態に見られる.分子の変形(ヤーン・テラー効果)に類似して,フェルミ面近傍に一粒子状態の近似的縮退がある場合には,回転対称性を自発的に破ることで系のエネルギーを下げ,変形状態が発現する.

    また一方で,原子核には,多数の核子の運動がコヒーレントに関与した集団運動が現れる.その代表例は巨大共鳴と呼ばれる振動励起モードである.中性子群と陽子群が逆位相で振動するアイソベクトル型巨大双極共鳴は,光(ガンマ線)吸収断面積の系統的な測定によって,アルファ原子核からウラン原子核まで普遍的に現れることが確立している.巨大四重極共鳴は,1970年代に東北大などでの電子非弾性散乱によって初めて観測され,のちに陽子やアルファ粒子の非弾性散乱などで次々と測定されている.一方,巨大単極共鳴は,測定の困難さから,信頼できる結果が出始めたのは90年代になってからである.巨大単極共鳴は圧縮型の振動励起モードであり,天体物理への応用として核物質の非圧縮率の決定のため,球形原子核を中心に測定されてきた.

    希土類原子核は,中性子数の変化とともに球形から変形へと変容することが知られている.そこで,サマリウム同位体を典型例として,巨大共鳴に対する変形効果が実験的および理論的に議論されてきた.巨大単極共鳴は変形の発達に伴い,元の共鳴エネルギーより低いエネルギー領域に新たなピーク構造が現れることが観測された.原子核の一粒子運動・集団運動を統一的に記述できるとされる原子核密度汎関数理論(DFT)の最近の発展で,変形原子核の巨大共鳴状態が微視的に計算できるようになり,2ピーク構造の表れは変形効果であることが定量的にも示された.

    しかし,質量数の小さな原子核の中で特に大きく変形している24Mg核においては,理論計算では同様に二つの共鳴ピークが現れることが予言されたものの,テキサス農工大の実験では観測されなかった.実験の設定の問題により観測できなかったのか,あるいは軽い原子核では,巨大単極共鳴の発現機構が重い原子核とは異なるのか分からなかった.もし後者であれば,現在の理論枠組みを超えた新しい枠組みとメカニズムが必要となる.

    そこで,大阪大学核物理研究センター(RCNP)において,24Mg核に対するアルファ粒子非弾性散乱実験が遂行され,鉛やサマリウムなどの重い原子核の実験で培われた高分解能・低バックグラウンドの測定手法により,二つの共鳴ピークが存在することが初めて発見された.これにより,変形原子核の巨大単極共鳴は2ピーク構造をもち,それは理論計算の分析から巨大四重極共鳴との結合効果によるものであるとの理解が確立した.

    本研究の成果は,原子核DFTが核子の自由度から出発して,原子核の集団運動,特に線型応答を定量的に議論できるものであることを示したことである.今後,この理論は未知の原子核における新奇な集団励起モードを探求する際の大きな指針を与えてくれるものと期待できる.また,阪大RCNPの加速器・測定器は,核子ダイナミクスの性質を詳らかにしてくれる強力な装置であることが示され,今後も,原子核が見せる多様で多彩な励起モードの性質の解明において世界をリードしていくものと期待できる.

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