日本物理学会誌
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73 巻, 12 号
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巻頭言
目次
解説
  • 岩下 拓哉, 江上 毅
    原稿種別: 解説
    2018 年 73 巻 12 号 p. 832-841
    発行日: 2018/12/05
    公開日: 2019/06/24
    ジャーナル フリー

    液体やガラスは,我々の生活にとって必要不可欠なものであるが,実はその正体は未だに謎に包まれている.ガラスは液体を急冷することで作成することができるが,その過程で粘度のような流動特性が15桁以上もの急激な増加を示し,この現象はガラス転移と呼ばれる物性物理学の未解決問題として知られている.どのように液体内部で原子・分子が運動しているのか? 液体の運動論構築もまた,統計物理学の重要な課題である.しかしながら,液体の構造とダイナミクスの関係性は未だに謎に包まれたままである.事実,単純な液体の流動特性を予測する統計力学的処方箋さえ発見されていない.このように,液体やガラスの物理は未解明な部分が多く残されており,理論的および実験的研究が精力的になされている.

    液体やガラスに共通する基本的な特徴のひとつは,結晶のように原子・分子が規則正しく配列している周期構造ではなく,原子配列が長距離秩序のない乱れた構造状態にあるということである.しかも,液体は気体と違って凝固体であり原子の運動や構造は強い相互関係をもっている.液体やガラスの構造はまったく無秩序ではないわけである.

    さて,我々はどれほど乱れた構造状態についての理解があるのだろうか? X線や中性子散乱などで得られる構造関数を思い浮かべる読者も多いかもしれない.または,丸い球が乱雑に詰め込まれた状態を想像するかもしれない.驚くべきことに,乱れた無秩序な構造がもつ基本的性質を統一するような深い議論はあまりなされていない.

    無秩序な構造状態がどのような経路を経て異なる構造状態へ遷移するのか? その遷移過程の素過程の基本的性質について,最近の我々の研究成果に基づいて解説する.取り扱うのは,冷却過程のガラス転移現象と高温液体の2つの問題であり,それぞれ異なるアプローチにより無秩序な状態間遷移の素過程を明らかにした.無秩序な構造の素励起に関する新しい物理を構築することは,液体やガラス,およびガラス転移現象の解明に直結すると期待している.

    近年,計算機能力の向上により,無秩序な構造状態の素励起に関する計算データを大量に取得できるようになっている.液体やガラスの複雑な状態を記述するために高次元のポテンシャルエネルギーランドスケープ描像という概念が提案されているが,我々は計算機を用いてその概念と状態間遷移の素過程との関連性を明らかにした.

    第一の問題では,分子動力学シミュレーションにより作成されたガラス構造に対してその活性化状態を探索・サンプリングする計算手法を適用し,ポテンシャルエネルギーランドスケープ上の状態間遷移の素過程の性質を網羅的に調べた.そのデータに基づいて構築した現象論モデルが,液体からガラス化の冷却過程を定量的に記述できることを示した.

    第二の問題では,高温液体の運動に潜む素過程を明らかにするために,隣接原子の数である配位数に着目した.液体の運動を配位数空間上での不連続な状態遷移の集合とみなし,局所構造変化と状態間遷移の関係性を明らかにした.さらに,我々の提案する液体運動の素過程が,液体の物性である粘度と密接に関連づいている明確な証拠を見出した.

  • 大橋 洋士
    原稿種別: 解説
    2018 年 73 巻 12 号 p. 842-851
    発行日: 2018/12/05
    公開日: 2019/06/24
    ジャーナル フリー

    「冷却フェルミ原子ガス」と「中性子星」―片や地上の実験室で人工的に作り出された希薄な気体,片や宇宙の彼方に存在する半径10 km程の高密度天体―前者の最近の発展の紹介と共に,一見関係のない両者を結びつけることがこの解説の目的である.

    冷却フェルミ原子ガスとは,ガス化したアルカリ金属原子40Kや6Liを磁気的,光学的手法で空中に捕獲し,フェルミ縮退温度以下の極低温(≲O(μK))まで冷却した量子気体である.フェッシュバッハ(Feshbach)共鳴により原子間にはたらく引力相互作用の強さを自在に制御できるという画期的性質を有しており,この特長を活かすことで超流動転移とBCS-BECクロスオーバーが2004年に実現した.後者の現象では,引力相互作用が強くなるにつれ,超流動の性質が通常の金属超伝導で議論されるBCS状態から,超流動転移温度以上で形成された強く結合した分子ボソンのボース・アインシュタイン凝縮(Bose-Einstein condensation, BEC)への連続的な移行が見られる.両者の中間領域はクロスオーバー領域,あるいはユニタリ領域と呼ばれ,クーパー対の形成と解離で特徴付けられる対形成揺らぎが系の物性を支配する.

    超流動化が成功した2004年当初,超伝導研究の分野に比べ,充実しているとはとても言えなかった観測可能量のリストは,その後の努力で着実に増え,今では熱力学量など,多くの物理量が精密に測定できるようになった.これに呼応して理論も発展し,現在,BCS-BECクロスオーバー領域で観測された物理量を,全てではないものの,強い引力相互作用に起因する対形成揺らぎを考慮することで,定量的レベルで説明できる水準に達している.

    もう一つのキーワードである中性子星は,超新星爆発の残骸として生まれ,中性子が主たる構成成分であると考えられているものの,未だ謎の多い天体である.近年,太陽質量の2倍に匹敵する重い中性子星の存在が確認され,それが既存の理論のいくつかを棄却することから,あらためてその内部状態に注目が集まっている.なかでも,内部組成と密接に関係する状態方程式は,トールマン–オッペンハイマー–ヴォルコフ(Tolman-Oppenheimer-Volkov, TOV方程式と組み合わせることで,共に観測可能な中性子星の質量Mと半径Rの関係式(M-R relation)を与えることから,特に重要視されている.

    我々は,中性子星の表面近傍の比較的低密度領域で実現しているとされる中性子の超流動状態が,ユニタリ領域にあるフェルミ原子ガス超流動と類似していることに着目した.もちろん,両者は完全には同じでないが,後者に対する実験結果を定量的に説明できる理論を出発点とし,2つの系の差異を理論的に補正することで,これまで原子核物理学の分野で議論されてきた状態方程式のうち,低密度領域が再現できることを示した.この領域は,状態方程式以外にも,中性子星の冷却やグリッチ現象とも関連していると考えられており,従来の原子核物理学からのアプローチに加え,冷却フェルミ原子ガス物理学から中性子星の謎に迫る新たな展開が今後期待される.

最近の研究から
  • 野口 篤史, 岡田 彪利, 山崎 歴舟, 中村 泰信
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 12 号 p. 852-858
    発行日: 2018/12/05
    公開日: 2019/06/24
    ジャーナル フリー

    列車のレールに耳をあてると,遠くを走る列車の音が聞こえることを知っている読者もいるだろう.金属でできたレールの中では音は遠くまで伝搬する.固体中の音波の中で「最も遅い」ものをレイリー波と呼び,この波は物体表面上をほとんど減衰することなく伝搬することが知られている.こうしたレイリー波などの表面弾性波をエレクトロニクスデバイスに組み込む試みは70年代から盛んに行われている.音速は光速に比べてずっと遅いため,同じ周波数の音波の波長は電磁波のものに比べておよそ5桁も短く,デバイスも非常に小型になる.こういった特徴により,携帯電話用のマイクロ波フィルターなど,小型音波デバイスがさまざまな形で利用されている.

    近年になり,表面弾性波の量子レベルでの操作が着目されている.高い周波数と長い寿命を併せ持つ表面弾性波は,少ない熱励起と長いコヒーレンス時間により,それ自体としても量子系として優れた特徴を持っている.また,さらにピエゾ効果などの弾性効果を利用することで,固体デバイス中の様々な自由度と結合させることができるため,異なる量子系を結ぶための架け橋としての役割が期待されている.2014年には超伝導回路で構成された人工原子に表面弾性波フォノンを吸収させる実験が報告された.その他にも量子ドットや固体中の電子スピンなどと組み合わせた,表面弾性波を用いた量子デバイスの研究が広くなされるようになってきた.

    上記のように異なる量子系を結合させた系をハイブリッド量子系と呼ぶ.機械振動子と電磁波の結合を利用する量子オプトメカニクスや,原子と光を相互作用させる共振器量子電磁力学など,多岐にわたるハイブリッド系が研究されている.ハイブリッド量子系は,異なる量子系の利点を互いに活かすことで,量子情報技術の発展に貢献することができる.このようにして,量子レベルの感度で物理量を測るセンサーや,量子中継器や量子メモリといった量子コンピュータの要素技術など,様々な研究が報告されている.

    筆者らのグループにおいても,超伝導量子回路を表面弾性波と組み合わせたハイブリッド量子系の研究を行っている.最近の研究では,表面弾性波・超伝導量子ビット・マイクロ波共振器からなるハイブリッド量子系を実現し,その系を利用した表面弾性波の超高感度測定に成功している.こうしたハイブリッド量子系の研究のさらなる発展により,表面弾性波を量子レベルで扱うことができるようになり,その量子としてのフォノンの様々な量子状態制御や超伝導量子ビットとの量子もつれの生成,また量子メモリの開発など,より発展的な量子ハイブリッド系の実験につながると考えられる.

    筆者らは,さらに表面弾性波とレーザー光の相互作用制御や,それらを用いたマイクロ波–光量子変換器に向けた研究に取り組んでいる.音波と光の光弾性効果による結合を光共振器によって強めることで,光を用いた表面弾性波の量子レベルの制御,またマイクロ波–光間の量子変換器など,量子インターフェイスとしての応用を考えることができる.

  • 杉野 文彦
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 12 号 p. 859-863
    発行日: 2018/12/05
    公開日: 2019/06/24
    ジャーナル フリー

    量子もつれ(エンタングルメント)は量子力学においてよく現れる現象で,古典力学では説明できない相関を与える.これは量子力学において状態の重ね合わせができることに由来している.有名な例はアインシュタイン,ポドルスキー,ローゼン(EPR)のパラドックスの説明に使われる,スピン↑,↓を取りうる2粒子ABの状態|ψ〉=(|↑〉A |↓〉B +|↓〉A |↑〉B )/√2であろう.ABが遠く離れている場合,Aのスピンが観測で確定した瞬間に遠方のBのスピンも決まることになる.この相関は,|ψ〉がAの状態とBの状態の単純なテンソル積で表せないことに依拠している.

    物性理論や素粒子理論で主に扱う量子多体系は(格子化された)空間の1点1点にスピンなどの粒子状態が付与されている.上と同様にして,空間を2つの部分ABに分けたときに,全系の状態が部分系Aの状態と部分系Bの状態のテンソル積で書けるか否か?でABの間のエンタングルメントの有無がわかる.

    エンタングルメントについてその有無だけではなく,全系の状態が部分系のテンソル積状態からどの程度外れているかを定量化する物理量として,エンタングルメントエントロピーがある.局所相互作用する系の基底状態では,通常エンタングルメントエントロピーはABの境界の面積に比例し,面積則と呼ばれている.ABの相関を与える局所相互作用は境界上に存在することから,ギャップのある系では相関長が有限で面積則が成り立つ.他方,ギャップのない臨界系では面積則の破れが見られるが,20年以上にわたり,その破れはせいぜい部分系のサイズのlog程度で増大すると信じられてきた.

    最近,MovassaghとShorにより,(基底状態が)厳密に解ける1次元量子スピン系でこの信念を打ち破るものが発見された.その模型(Motzkinスピン鎖模型)のハミルトニアンは最近接相互作用から成るが,エンタングルメントエントロピーが部分系のサイズの平方根で増大し,logに比べてはるかに大きな面積則の破れを示す.彼らはこれを「超臨界エンタングルメント」と呼んだ.格子サイト当たりの自由度はスピン1のアップ,ダウン,ゼロにカラー(色)と呼ばれる自由度(k=1, 2, …, s)をアップスピンおよびダウンスピンに付加したものである.つまり,s種類のアップ,ダウンの自由度がある.ハミルトニアンには,同色のアップスピン,ダウンスピンの対をエネルギー的に有利にする項があり,これが超臨界エンタングルメントに重要である.以降,これらの模型の拡張・変形が進められ,部分系の体積に比例するエンタングルメントエントロピーを示す模型も構築されている.筆者を含むグループは,この種の模型のスピン自由度を行列的な自由度に拡張した.これによりスピン配位に関し連結/非連結の概念を導入することができ,励起状態において局所化現象を見い出した.

    また,相関関数の計算も行われており,連結2点相関関数が遠方でも非零で残り,クラスター分解性を破ることが指摘されている.このことから,局所相互作用項から成るハミルトニアンおよびラグランジアンで定義される場の量子論であっても,真空のエンタングルメントが強い場合は,場の量子論で通常満たすべき性質と考えられてきたクラスター分解性が破れる可能性が示唆される.実際にそのような場の理論を構成することや,繰り込み群や普遍性などの概念の適用可能性を調べることは量子場の理論の未知の側面の追究につながるだろう.

    このような大きなエンタングルメントエントロピーを示す量子系に関して,ホログラフィック原理の立場からの解釈について研究が進められている.ブラックホールの情報問題やワームホールとの関係も興味深い.

  • 石川 忠彦, 腰原 伸也, 羽田 真毅
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 12 号 p. 864-869
    発行日: 2018/12/05
    公開日: 2019/06/24
    ジャーナル フリー

    光照射により固体中に光励起状態を作ると,それをきっかけとした物性変化が永続的にもしくは過渡的に起こることがある.電場や磁場に誘起された状態変化とは違いこの光励起による状態変化は,用いる波長を選ぶことにより非接触かつ選択的に励起状態を作り出せるなどの特徴を持つ.また,励起光としてパルス光を用いれば,現在我々が制御可能なうちで最短時間幅での状態変化を起こせることも重要で,非常に高速に自在な物性制御を実現観測できる魅力がある.このような光誘起現象研究の進展のためには,光励起によって引き起こされる電子状態や結晶構造の変化を,初期段階から経時的に観察し,どのような速さで,かつどのような順番で変化が進むかを調べる,光誘起ダイナミクスの研究が必要不可欠である.

    光誘起ダイナミクスの初期過程を見るためには,物質を構成する原子群の動く速さ(フォノンや分子振動の周期)を考えると,非常に高い時間分解能(サブピコ秒:ピコ秒は10-12秒)を持つ測定手法が必要である.それを実現するのが,ポンププローブ型の時間分解分光法である.サブピコ秒程度の時間幅を持つ超短時間幅パルス光を,光励起とスペクトル観測の両方に用いることで,高い時間分解能を達成できる.しかし,光学スペクトル変化の観測だけでは,光誘起ダイナミクスの一側面しか見ていない.そこで,別の種類の目として,時間分解電子線回折測定が注目を集めている.励起光パルスと完全に時間的同期のとれたサブピコ秒の時間幅を持つ電子線パルスを利用すれば,ポンププローブ型の時間分解構造解析により,原子や分子が動く様子を高い時間分解能で直接観測することが可能となる.

    我々は最近,光励起により引き起こされる高速な状態変化の様子を,時間分解分光およびパルス電子線による構造解析により観察し,「分子動画」の作成に成功した.対象としたのは,分子性結晶であるMe4P[Pt(dmit)2 2の電荷分離相である.電荷分離相では,価数の異なるPt(dmit)2分子二量体が整列した結晶構造となっている.二量体内電子遷移を光励起することにより,二量体の構造変化と電荷分離相崩壊の過程,さらにはその回復の過程を「分子動画」により,直接眼で見ることが可能になった.この手法の活用で,スペクトル測定だけでは理解不能であった構造変化ダイナミクスの観測が可能となり,分子変形,格子変形,電子構造変化の間の密接な関連性を,なるべく先入観がない形で,比較し議論することができるようになった.このような汎用的かつ多角的な評価法でダイナミクスを観測することは,多彩な光誘起現象について,今まで気づかなかった新しい見方を与え,そのミクロ機構解明,さらには今後の新しい光機能性物質の開発に役立つと考えている.

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