日本物理学会誌
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73 巻, 2 号
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巻頭言
目次
現代物理のキーワード
交流
  • 伊藤 昇
    原稿種別: 交流
    2018 年 73 巻 2 号 p. 76-84
    発行日: 2018/02/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    3次元空間において1本の閉じた紐を結び目と呼び,その一般化,互いに交わらない有限個の結び目の和集合を絡み目と呼ぶ.

    かつて19世紀にはガウスが絡み目の絡まり具合を記述する(後にマクスウェルにより再発見された)公式を電磁気学から導き出し,また平面曲線を文字列で考察していた.それは「ガウスによるガウスのための結び目研究」であったろう.その後,ケルヴィン卿が渦原子論,いうなれば「世界は結び目でできている」と提唱し,テイト,マクスウェル等も参画したとされる結び目研究は「物理学者による物理のための結び目研究」だったと考えられる.

    テイトは「結び目の表」を作成した.テイトの時代には,「与えられた結び目がほどけるかほどけないか」,「2つの結び目が移り合うか否か」を判定することに役立つ写像(結び目不変量と呼ばれる)はなかったはずなので,リストアップは困難を極めたことであろう.結び目を何らかの方法ですべてリストアップすることは現代数学においても重要課題の1つである.それを完遂するため「2つの結び目が移り合うか否か」を完全判定する結び目不変量の発見も重要課題となっている.テイトはこの数学の根本問題に関して,予想を提唱している.ジョーンズ多項式(1984年)が現れるころまで長い間解決せず,テイト予想と呼ばれた.しかし,その後ケルヴィンの渦原子論の否定があった.そのためだろうか,結び目の物理研究は依然続いたはずだが,ケルヴィンらの「物理のための結び目理論」はいつしかトポロジーの一分野「結び目理論」として「数学者による数学のための結び目研究」として引き継がれたようである.

    1927年のライデマイスターの定理は1つの結び目が2つの平面投影図をもつとき,それらが移り合う必要十分条件を与え,1928年には結び目に関するアレクサンダー多項式という写像が発見された.テイト予想はライデマイスターの平面投影図による結び目の理解に深く関わるものであり,アレクサンダー多項式は結び目の構造を映し出すことは現在明らかになっている.

    ジョーンズ多項式がウィッテンによってチャーン–サイモンズ理論のウィルソンループの期待値として解釈され,物理学の結び目理論は脚光を浴びた.数学においてもジョーンズ多項式はコンツェビッチ不変量の理論,リー環に対応するコード図を用いた積分理論が広く展開された.この時期の結び目理論研究は物理学による刺激により,爆発的なものとなった.その後,ガウスの平面曲線論のアイデアを広く一般化したトゥラエフによるナノワード理論によってコード図の概念は精密に研究され,ジョーンズ多項式は結び目の情報をすべて使っているわけでないことが証明された.

    2000年代に入り,ホモロジー論を使ってジョーンズ多項式は新たな物理パラメーターを獲得することになる.このパラメーターを解釈しようとする物理研究が盛んに行われ,引き続いている.またDNAにおける生物研究,高分子化合物や材料といった化学研究,飛行機の揚力や量子渦糸の物理量を計算する物性物理,あるいは統計物理や場の理論の研究において結び目理論は陰日向に顔を出している.結び目の数学が分野問わず「世界を理解する1つの手段」として捉えられ,物理研究を積極的に発展させる時代に再びなったのかもしれない.

最近の研究から
  • 南部 伸孝
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 2 号 p. 85-90
    発行日: 2018/02/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    凝縮系の化学反応を理論的に記述するために,様々な提案がなされている.その中で,主に利用されているモデルの一つが,溶媒環境に関する誘電体媒質モデルがある.溶媒効果を取り込むために,溶媒により発生する環境を「連続する媒質」と考える理論である.具体的には,溶質あるいは反応分子は,ある一定の空間を作り,その空間の中に存在する.さらに,その空間より外は,溶媒分子により決められた誘電率を持つ連続媒質と仮定する.そして,このモデルに基づき溶質分子の電子状態を解くことが,計算化学では一般的である.この方法は,溶媒に関するシミュレーションなどを不要とするため,計算コストが低く実験研究者にとっても容易に計算ができる非常に優れた手法であり,一定の有効性がある.しかし,異なる溶媒分子ではあるが,誘電率がほぼ同じ溶媒分子が存在する場合,誤った結果を生む場合がある.

    このような状況の中,我々は凝縮相での化学反応において溶媒分子を明示的に考慮する計算方法を開発した.この方法では,溶質分子の電子状態を量子論に基づき直接解き,力場などの情報を得る量子論に基づくQM(Quantum Mechanical)モデルと,溶媒分子を,従来から分子動力学(Molecular Dynamics, MD)シミュレーションにて利用されている部分電荷を持つ分子力場と考える分子力学に基づくMM(Molecular mechanical)モデルから構成される.つまり,量子論と古典論を混合したQM/MMモデルと呼ばれる.さらに,溶媒分子による遠距離相互作用をもたらすクーロン力を考慮するため,Ewald総和法を導入する.誘電体媒質モデルと比較すると,化学反応に伴う個々の部分電荷を持った溶媒分子の運動も,正確に考慮することができるモデルとなる.

    そしてこの方法を,溶液内光異性化反応へ応用し,溶媒分子に依存し反応収率や電子励起状態の性質が異なることを,初めて示すことに成功した.具体的には,二つの光異性化反応(i)メタノール溶媒における(Z)-ペンタ-2,4-ジエンイミニウムカチオン(PSB3)および(ii)エタノール/ヘキサン溶媒における1,3-シクロヘキサジエン(CHD)へ応用し,凝縮系における光化学反応ダイナミクスの特異性を解析した.

    PSB3の光反応においては,類似分子で観測された異性化における生成比率の傾向を再現し,二つの寿命を持つ理由を見出した.特に,溶媒を明示的に考慮する全く異なった理論に基づく結果を再現することができたことが,とても興味深い.

    さらに,ヘキサンおよびエタノール溶媒を用い,ほぼ無極性の溶質であるCHDの励起状態での挙動に対する溶媒効果を解明した.エタノール溶媒中では,CHDは励起状態で極性を示し,励起状態の寿命や生成比が,気相での結果と類似することを見出した.ところがヘキサン溶媒中では,CHDは無極性を保持し長寿命となり,生成比においてヘキサトリエン(HT)が多く生成するエタノール溶媒中や気相の結果と真逆になった.

    このように,溶質と溶媒間の微視的相互作用が反応に大きく影響を与えることが判明した.ここで得られた結果は,一般の凝縮相での化学反応においても重要になるものと思われる.

  • 水上 琢也, 槇 亙介
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 2 号 p. 91-96
    発行日: 2018/02/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    生命現象において,プロトンの重要性を示すことがらは枚挙するにいとまない.水素結合のほどよい特異性と結合の強さは,DNAの相補性に基づく二重らせん構造形成に本質的である.酸性細胞小器官は,物質の細胞内への取り込みや細胞内での輸送において重要な役割を果たす.また,生体膜内外のプロトンの電気化学ポテンシャル勾配は,アデノシン三リン酸(ATP)の合成を駆動する.

    蛋白質は,生命現象の現場において多様な働きをする生体高分子である.ATP合成に際しても,蛋白質であるATP合成酵素が中心的な役割を果たす.蛋白質は,20種類のL-アミノ酸がペプチド結合によって連なった鎖状高分子である.多くの蛋白質は,アミノ酸の並びにしたがって,特異的な立体構造を自発的に獲得(フォールディング)し,その機能を発揮する.蛋白質の生物学的機能を捉えるためには,その立体構造についての知見が必須であることを考えると,フォールディング機構の解明は,生命現象を理解するために避けて通れない問題である.フォールディングの自発性は,その機構を物理学に基づいて理解できることを意味しており,この観点から盛んに研究が行われている.特に,フォールディング中間体や反応の遷移状態を,構造・エネルギーの面から特徴付けることにしばしば焦点がおかれている.

    蛋白質の構造形成においても,プロトンが重要な役割を果たす.pH中性付近の生理的条件下において,蛋白質は天然状態にある.酸性条件下においては,天然状態はプロトン化によって不安定化され,変性・失活―酸変性―するに至る.(脱)プロトン化が蛋白質の構造変化を引き起こすわけだが,その主な要因として,蛋白質分子とプロトンとの間の親和性(pKa)や,蛋白質分子内の電荷間相互作用があげられる.例えば,蛋白質が持つカルボキシル基をはじめとするプロトンの解離基は,水素結合等の特異的な相互作用を通じて蛋白質を安定化していることがある.このとき,解離基のプロトン化状態が変わると相互作用がなくなり,蛋白質は酸変性する.これらの相互作用は,解離基のpKaに反映される.また,酸性条件下においては,プロトン化によって蛋白質分子は正に帯電する.静電エネルギーによる不安定化を解消するために,これら正電荷同士は離れようとし,蛋白質は酸変性する.

    これまでの多くの研究では,親和性のみを考慮したモデルが用いられ,静電エネルギーの影響が考慮されることはほとんどなかった.我々は,統計力学に基づき,二つの寄与を取り入れたイジング様モデルを構築した.このモデルを,モデル蛋白質キモトリプシンインヒビター2とアポミオグロビンについて,pHによるフォールディング速度論に適用した.フォールディング反応の各段階における構造安定化機構について,反応初期においては電荷間相互作用からの寄与が大きく,律速段階を含む反応後期においては解離基とプロトンとの間の親和性からの寄与が増加することが分かった.

    本モデルは,pH(プロトン)によるフォールディングについてミクロな描像を与えるだけでなく,塩やリガンドによる構造形成への適用も可能である.

  • 土師 慎祐, 齋藤 了一, 向山 敬
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 2 号 p. 97-102
    発行日: 2018/02/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    “異なる二つの量子系を結合する”とどうなるか,というトピックが今注目を集めている.

    実験物理分野における近年の大きな成果の一つは,物質の状態を量子レベルでコントロールできるようになったことではないだろうか.これまでに,イオンや原子などの単一粒子はもちろん,最近では超伝導素子,マクロなスケールの機械振動子といった巨視的な物質に至るまで,その状態を自在に操ることができる時代になった.さらに今日ではそういった個々の量子系を結合させた,いわゆる“ハイブリッド量子系”に関する研究に大きな関心が寄せられている.例えば,長いコヒーレンス時間を持つ固体中のスピンは優れた量子メモリとして利用できるし,フォトンは理想的な量子情報の運び手として機能する.これら相補的な系を組み合わせることで,全体として様々な機能をあわせ持つ量子デバイスを構築しようというわけである.もちろんその先には,大規模な量子情報処理システムの実現が大きな目標としてある.

    こういった流れの中,ハイブリッド系の新たな可能性として最近注目されているのが,冷却イオンと中性原子気体を用いた「極低温イオン・原子混合系」である.冷却イオンと原子気体はともに理想的な孤立量子系とみなせるが,その温度(エネルギー)領域,相互作用の強さなどが比較的近いスケールにあり,相性の良い組み合わせと言える.特に,イオン・原子混合系では原子気体に電荷という自由度を組み込むことができ,原子気体のみでは実現できなかった凝縮体中の電荷不純物や固体系などの新奇な物質のシミュレーションへの応用が可能となる.さらに,イオン・原子間の相互作用には多様な反応性過程も含まれるため,このような系は極低温化学反応を調べるのに適した良いモデル系とも言える.

    これまでの冷却イオンや冷却原子に関する研究では,真空装置中でのトラッピングやレーザー冷却などの基本となる実験技術を共有し,量子シミュレーション,精密測定といった同じ研究分野で応用されながらも直接的な結合が行われる機会がなかった.しかしながら最近になってトラップ・冷却技術の発展に伴い,両者の混合の実現が各所から報告されるようになってきた.

    著者らのグループにおいても,このようなイオン・原子の混合系に着目し研究を行っており,mK温度領域でのイオン・原子間衝突の観測に成功した.本研究ではイオンを捕獲するためのイオントラップと,原子を捕獲するための光双極子トラップを融合することでハイブリッドトラップを構築し,イオンと原子の混合気体を生成している.また最近,ハイブリッドトラップ中での電荷交換反応の検出に成功し,その反応断面積を詳しく調べることができた.

    こういったイオンと原子のハイブリッドトラップ系に関する研究は近年ようやく本格化したということもあり,未解明な部分が多く残されているのが現状である.これからエキサイティングな研究成果が飛び出す可能性もあり,今後の発展が期待されるフィールドであるともいえる.

  • 俣野 和明, 米澤 進吾
    原稿種別: 最近の研究から
    2018 年 73 巻 2 号 p. 103-108
    発行日: 2018/02/05
    公開日: 2018/10/30
    ジャーナル フリー

    自発的対称性の破れは超伝導の本質にかかわる概念であるが,物理学全般においても重要な位置を占める.あらゆる超伝導体において,超伝導状態が実現する際にはゲージ対称性が破れることは知られている.このゲージ対称性以外にも対称性が破れる超伝導状態があるかどうかに以前から興味が持たれており,例えば,結晶構造の持つ回転や反転操作に対する対称性を超伝導波動関数の位相自由度の部分で破った超伝導状態などがこれまで発見されてきた.しかし,超伝導位相以外の自由度,すなわち超伝導波動関数の振幅部分やスピン部分において対称性の破れた超伝導はこれまでに知られていなかった.特に,これらが結晶の持つ回転対称性を自発的に破るような超伝導は,液晶において回転対称性が自発的に破れるネマティック相との類推から「ネマティック超伝導」と呼ぶことができる.

    このような新奇な超伝導を示す可能性のある物質として,CuxBi2Se3が最近注目されている.この物質はトポロジカル絶縁体である母物質Bi2Se3(三方晶;120度回転の対称性を持つ)に銅をインターカレートしたもので,約3ケルビン以下で超伝導を示す.俣野らはCuxBi2Se3x~0.3)単結晶試料の核磁気共鳴(NMR)実験を行い,超伝導状態においてスピン磁化率が異方的になっており,さらにその異方性が結晶の対称性から期待される対称性を破った2回対称性を示すことを発見した.この結果は,クーパー対がスピン自由度を持つスピン三重項超伝導状態が実現し,スピン空間が異方的になっていることの初めての明確な観測例である.さらに,スピン空間が結晶の回転対称性をも破ったスピン・ネマティック超伝導と呼ぶべき状態が実現していることも示している.また,比熱実験により,米澤らはこの物質の比熱の磁場方向依存性が180度周期の振動を示すことを明らかにした.このことは,超伝導波動関数の振幅が結晶の持つ回転対称性を自発的に破る,いわばギャップ・ネマティック状態が,実現していることを意味している.このCuxBi2Se3において発見されたスピン三重項・ネマティック超伝導状態は,これまでにはない対称性の破れを伴った,全く新しい種類の超伝導であるといえる.

    理論的には,この物質におけるスピン三重項・ネマティック超伝導状態は,波動関数が非自明なトポロジーを持つ(つまり「ねじれて」いる)トポロジカル超伝導状態でもあると考えられている.トポロジカル超伝導性の確認には特有の表面状態を表面敏感な手法で観測することが必要で,実際にCuxBi2Se3でもそのような実験結果が報告されている.しかしながら表面測定は一般的に試料や手法依存性が大きく,議論が収束しづらいという点が常に付きまとう.一方,NMRと比熱は共にバルク敏感な手法であり,上述の実験結果は,トポロジカル超伝導性を不確実要素の少ないバルク測定から明確にしたという側面も持つ.このようにバルク測定でトポロジカル超伝導性が実証できることを示せたことは,この研究分野の重要な一歩である.

    このネマティック超伝導は,奇パリティー性とスピン自由度を持つ巨視的波動関数によって実現しており,これまでに知られている液晶や伝導電子系におけるネマティック相とは質的に異なっている.一方,種々のトポロジカル欠陥など従来のネマティック相で知られている現象がネマティック超伝導ではどのように起こるのかというのも興味深い問題である.そういった意味で,CuxBi2Se3のネマティック超伝導状態は,超伝導の範囲を超えた,ネマティック相の新たな研究の舞台としても期待される.

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