日本物理学会誌
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74 巻, 1 号
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巻頭言
目次
シリーズ「人工知能と物理学」
解説
  • 澤 博
    原稿種別: 解説
    2019 年 74 巻 1 号 p. 14-23
    発行日: 2019/01/05
    公開日: 2019/07/10
    ジャーナル フリー

    電気を流す有機物を合成する.これが「有機物は絶縁体である」という通常の常識を破る化学者の挑戦の一つであった.有機物は基本的に原子間の結合に持てる電子を使ってしまって,導電性という自由度を失っている.ところが,分子を形成する分子軌道の中で,フロンティア軌道の電子(いわゆる価電子)に自由度が残されるとき,金属的電気伝導だけでなく超伝導などのエキゾチックな物性を示すことがある.物質を構成する分子や原子の価電子の自由度に拮抗した相互作用が存在するとき,多体問題として扱われる多彩な電子相が現れる.現在では,多くの有機物,分子性結晶が合成され,超伝導や磁性など様々な物性を示す物質群が合成可能となった.これらの構成分子のなかの電子状態を記述するための量子化学計算は進化し重要な位置を占めているものの,結晶や凝集体の物性を計算によって全て予測することはいまだ困難である.様々な物性を総合的に理解するためにも,その舞台である結晶中の電子密度,とりわけ価電子密度の実験的な観測が必要である.

    主に電子による散乱であるX線回折実験を用いて結晶からの回折強度と位相の両方が決定できれば,原理的には逆フーリエ変換によって電荷密度分布を得ることができるはずである.しかし,現実の回折実験では有限な回折データしか得られないという原理的な限界が存在する.更に,物性に直接寄与する価電子帯だけの電荷の実空間情報を抽出することは殆どできない.我々はこの限界に挑戦するため,大型放射光施設SPring-8で得られる高輝度・高分解能なX線と良質な単結晶試料を用いて,結晶中の価電子密度分布を分離観測できることを示した.原子の持つ内殻の電子分布を差し引いた価電子情報だけを抽出するこの手法を,コア差フーリエ合成解析(CDFS; Core Differential Fourier Synthesis)法と名付けた.新手法の有効性の検証のために,多角的に物性が調べられた標準的な物質として,擬1次元性分子性導体(TMTTF)2PF6を選びこの手法の精度を精査した.同形の結晶構造を持つ一連の物質群には,低次元電子系に特有な,電荷密度波,スピン密度波に加えて,分子性伝導体として圧力下で初めて超伝導が観測されるなどの多彩な電子相が発現することから,1980年代から精力的に研究されてきた.分子性導体における電子相関によるMott絶縁相の存在,誘電率測定による電荷秩序相への転移など,この系の多彩な電子相がクローズアップされた.精力的な研究にもかかわらず,電荷秩序相の電荷の偏在の直接証拠を捉えられず“structure-less transition”と呼ばれて,実に40年間ミステリーであった.

    我々は,CDFS法によりTMTTF分子のフロンティア軌道の電子雲を捉えて電荷秩序の詳細を解明した.内殻電子と価電子を切り分けることで価電子状態を評価でき,TMTTF分子内の実空間電荷密度分布を得ることに成功し,多くの物理学者の予測が正しかったという長年の謎に決着を得た.CDFS法はまだ始まったばかりの新しい手法であるが,分子性結晶という複雑な系で成功を収めたことで,回折実験から電荷密度分布を得るための新たな選択肢を提供すると考えている.この手法には特殊な技術は必要なく,良質な単結晶と高品質の放射光X線回折データを得られる施設の利用で,誰にでも測定・解析が可能である.分子性結晶だけでなく遷移金属酸化物など多彩な物質群にも適用可能であり,軌道の物理の観点からこの手法の活用と様々な展開を期待している.

  • 石田 憲二, 青木 大
    原稿種別: 解説
    2019 年 74 巻 1 号 p. 24-33
    発行日: 2019/01/05
    公開日: 2019/07/10
    ジャーナル フリー

    強磁性体は磁力線を発するのに対し,超伝導体は磁力線を外部にはじき出すことから,強磁性と超伝導は相反する物理現象として直観的には理解できる.しかし両現象を示す物質(強磁性超伝導体)が1958年にB. Matthiasらにより発見され,その後もいくつかの超伝導体で報告されている.最初に報告された(Ce1-xGdx)Ru2では,Gdの局在4 f 電子が強磁性を,Ruサイトの結晶中を伝導する電子(遍歴電子)が超伝導を担っている.また,層状構造の銅酸化物高温超伝導体でも強磁性超伝導体が報告されており,RuSr2YCu2O8(強磁性転移温度TCurie~150 K,超伝導転移温度TSC~45 K)では,RuO2層で強磁性が,CuO2層で超伝導が起こっていることが知られている.このように,2000年までに知られていた強磁性超伝導体は,異なる結晶サイトの電子による強磁性と超伝導の住み分けが起こった状態であった.

    それまでの「常識」を覆す報告が,2000年にCambridge大とCEA-Grenoble(フランス原子力庁)の共同研究からなされた.彼らは,52 Kで強磁性を示すウラン化合物UGe2が,圧力下で強磁性状態を保ったまま0.7 Kで超伝導を示すことを報告した.この物質では強磁性と超伝導の起源はともにウラン元素によるものと考えられ,超伝導研究者に大きな衝撃を与えた.この発見以降,圧力を加えなくても超伝導を示す強磁性体URhGeやUCoGeが発見された.これらウラン系強磁性超伝導体では強磁性状態から超伝導転移を起こし,両現象は遍歴的なウラン5 f 電子によることが実験から示された.従ってこれらの物質における強磁性と超伝導の関係,超伝導の対状態に興味が集まっていた.

    ウラン系強磁性超伝導体に見られる共通の特異な現象として,超伝導上部臨界磁場の異常な振舞いが挙げられる.通常の超伝導体では磁場を印加すると超伝導転移は抑制されるが,これら強磁性超伝導体では外部磁場により超伝導の増強が見られる.特にURhGeでは直方晶のb軸方向に磁場を印加した場合,磁場で抑制された超伝導が,9–13.5 Tの高磁場領域で再び現れる.その一方,磁場が強磁性モーメント方向(c軸)成分を少し持つだけで,強固だった超伝導は急激に消えてしまう.ウラン系強磁性超伝導体の超伝導は,印加磁場とその方向によって強められたり抑制されたりし,磁場に対して敏感に変化することが示された.

    この特異な上部臨界磁場の振舞いを理解するために,磁場を精密に制御して各軸方向の,電気抵抗や比熱,熱伝導,核磁気共鳴の測定が行われ,強磁性ゆらぎの磁場依存性が調べられた.その結果,強磁性磁気ゆらぎと超伝導に正の相関があることが明らかになった.また強磁性臨界ゆらぎによる超伝導の増強は,最近の一軸圧の実験からも示された.これらの実験結果は,強磁性ゆらぎがスピン三重項超伝導を引き起こしているとする理論モデルでよく理解することができる.ウラン系超伝導体では通常超伝導を抑制するはずの強磁性相互作用により,通常とは異なるスピン三重項超伝導が引き起こされていることが確実となった.

    今回のウラン系強磁性超伝導体の研究は,単にウラン化合物の超伝導の問題にとどまらず,磁気ゆらぎを起源とする超伝導や,スピン三重項超伝導を理解する上からも重要な研究内容である.

最近の研究から
  • 森山 翔文, 野坂 朋生
    原稿種別: 最近の研究から
    2019 年 74 巻 1 号 p. 34-39
    発行日: 2019/01/05
    公開日: 2019/07/10
    ジャーナル フリー

    微視的な世界を探索する素粒子物理学において,最終理論は存在するのだろうか.ここで,最終理論とは,自然界に存在するありとあらゆる相互作用を,高エネルギー領域を含めて正確に記述する理論を指す.原子を単位とする元素表が,陽子や中性子を単位として修正され,さらに,クォークやレプトンを単位にする素粒子標準模型に到達した.そのような素粒子物理学の歴史にいつか終止符が打たれるのだろうか.

    歴史的に見ても,感情に訴えても,そのような夢物語はすぐには受け入れがたい.しかし,素粒子物理学の現状には最終理論の形跡がある.ゲージ群による統一を見ても,超対称性による統一を見ても,統一のプロセスが際限なく継続されるものではなく,どこかで打止めになる構造を持つ.最終理論が存在するかという崇高な疑問よりも,現時点でより生産的な疑問はおそらく,打止めの構造があればそれを実現する理論は何か,という問いであろう.

    約30年前に人類が到達した暫定的な答えは,超対称性を持つ弦理論(超弦理論)である.超弦理論が最終理論だとすれば,それは一意的であることが望ましい.10次元時空において無矛盾な超弦理論は,摂動論的な解析から5種類存在することがわかっていたが,これらはさらに11次元時空上に存在すると仮定されるM理論を巻き込んで,双対性を通じて互いに等価であることがわかってきた.

    超弦理論の発展とともに,超対称性を持つ重力理論(超重力理論)が構築できる最大時空は11次元であることがわかり,M理論の設定と明快に整合する.M理論の低エネルギー有効理論が11次元超重力理論であると仮定すると,超重力理論から,M理論にはM2膜とM5膜が存在することがわかる.超弦理論で知られていた弦や様々なDブレーンは次元還元により再現される.

    これらの進展を経て,最大時空次元を持つM理論こそが最終理論だと考えられている.しかし,このM理論は超重力理論を通じて得られる知見以外,謎に包まれている.超重力理論の解析から,N枚のM2膜やM5膜の上の場の理論はそれぞれN 3/ 2N 3に比例する自由度を持つことがわかるが,これらの場の理論が具体的に何であるかは知られていなかった.特に,超弦理論のDブレーンを記述する,N 2の自由度を持つ“行列”の場の理論と比べると,M理論の不思議さが際立つ.

    長い探索の末,近年,M2膜を記述する場の理論は超対称チャーン・サイモンズ理論であることが発見された.この理論の自由エネルギーはN 3/ 2に比例し,超重力理論の予言を再現する.高い見地に立つと,N 3/ 2の自由エネルギーを持つ一連の理論を系統的に研究することにより,M理論の地図が解明されていくであろう.

    高い超対称性のため,これらの理論における経路積分は行列模型に帰着する.最近の著者らの研究において,M2膜の行列模型が詳しく調べられた.二重展開となる非摂動項の展開係数は無数の発散点を持つが,格子状に完全に相殺されている.これは,弦理論の非摂動論的な効果の発見後に唱えられてきた教義「弦理論は弦のみの理論ではない.様々な膜まで含めて初めて無矛盾である.」を実現していると解釈できる.

    さらに研究が進展して,この行列模型は,位相的弦理論,曲線の量子化,可積分非線形微分(差分)方程式と同様の構造を持つことがわかった.これらを指針に,M理論の地図が解明されつつある.

  • 石川 顕一, 佐藤 健
    原稿種別: 最近の研究から
    2019 年 74 巻 1 号 p. 40-45
    発行日: 2019/01/05
    公開日: 2019/07/10
    ジャーナル フリー

    高強度のフェムト秒レーザーパルスを原子や分子に照射すると,摂動論では取り扱うことができない非線形光学効果が起こる.光子エネルギーがイオン化ポテンシャルより小さくても光が十分強ければ多光子イオン化が起こるが,強度が~1013 W/cm2を超えると,原子・分子はさらに必要以上の光子を吸収してイオン化する(超閾イオン化,above-threshold ionization).1014 W/cm2以上の強度では,レーザー場でゆがめられたクーロンポテンシャルの壁を電子がトンネル効果で抜けることでイオン化する(トンネルイオン化).また,このような高強度のレーザーに照射された原子・分子からは,その数十倍以上もの周波数を持つ高次高調波が発生する.高次高調波を使ってアト秒光パルスを発生することができ,物質中電子の超高速運動を観測したり制御したりすることを目指すアト秒科学の発展につながっている.

    これらの高強度場現象を数値シミュレーションするにはどうすればよいであろうか.基底状態については,量子化学計算コードを使って,数十・数百もの電子を含む大規模な系の電子状態を求めることが可能になっている.これとは対照的に,高強度レーザー場における多電子系のダイナミクスの実時間シミュレーションは発展途上である.イオン化を取り扱うために必要となる大きな空間領域や,基底状態よりも顕著に現れる電子相関といった困難を乗り越えるため,新しい理論の開発が盛んに進められている.

    このような状況の中,我々は,多配置展開に基づいて高強度場現象を第一原理シミュレーションする計算手法(時間依存多配置自己無撞着場法)を開発することに成功した.この方法では,1電子関数であるスピン軌道から構成した様々な電子配置(スレーター行列式)の線形結合として,全電子波動関数を表現する.複数の電子配置を用いることで電子相関を記述でき,展開係数だけでなくスピン軌道も時間変化させることで,比較的少ない数のスピン軌道で強レーザー場中での励起やイオン化を高精度に追跡することができる.深い軌道に対応し常に2つの電子に占有されているコア軌道と様々な電子の詰め方を考慮するアクティブ軌道に分類することで,精度を犠牲にすることなく計算に必要な電子配置の数を大幅に減らすことができるようになった.軌道の数や分類を変えたり一部のコア軌道を凍結したりすることで,計算の精度を系統的に制御でき,また,現象のメカニズムについての物理的な洞察を得ることもできる.

    いくつかの具体的な計算例をあげると,例えば,36電子系であるKrからの高次高調波発生を定量的に計算した.また,電子相関が関与する高強度場現象の代表例であるHeやNeの非逐次2重イオン化を第一原理的に再現した.これらはいずれも,実際に実験で用いられる標的原子である.さらに,一次元モデル原子でのシミュレーションではあるものの,通常は一電子過程ととらえられている高次高調波発生において,電子相関がそのスペクトルに定性的な変化をもたらすことを予言する結果も得ている.

    我々は,電子だけでなく核の量子ダイナミクスもシミュレーションする手法や,多配置展開ではなく結合クラスター理論の時間依存版の開発にも成功している.多くのすぐれた手法が開発され,「第一原理高強度場物理」が花開くことを夢見ている.

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