日本物理学会誌
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75 巻, 10 号
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巻頭言
目次
現代物理のキーワード
解説
  • 山本 剛
    原稿種別: 解説
    2020 年 75 巻 10 号 p. 610-618
    発行日: 2020/10/05
    公開日: 2020/12/10
    ジャーナル フリー

    近年,超伝導体を用いた電気回路で量子計算機を実現しようとする研究が非常に活発に行われている.約20年前にクーパー対箱とよばれるデバイスを用いて1量子ビット動作が実証されて以来,巨視的量子現象とよばれる超伝導の強固な量子コヒーレンスと固体素子であるがゆえの集積技術との相性の良さを併せもつとの期待から,世界中のグループにより精力的な研究が続けられた.その結果,コヒーレンス時間,読出し方法,ビット間結合方法など様々な要素技術が大きく進歩した.昨年2019年にはGoogleらの研究チームが,53個の超伝導量子ビットからなる回路を用いて,ある問題の解を古典計算機よりも高速に求めるという量子超越性の実証実験を報告した.20年間の技術蓄積は確かに膨大であり,特に分野外の方や新たにこの分野に挑戦しようとする方には,どこから手を付けてよいか分からないということもあるかもしれない.しかし,各要素技術において様々な試行錯誤がなされた結果,比較的単純な現在の主流方式というものが存在し,それは上記Googleらの実験にもあてはまる.

    まず超伝導量子ビットの基本回路構成であるが,これはトランズモンとよばれるもので,その実体は非線形インダクタであるジョセフソン接合とキャパシタの単純な並列共振回路である.インダクタが非線形であるために,通常のLC共振器と異なり,離散準位のエネルギー間隔が一定でなくなる.それらの離散準位のうち最低二準位を量子ビットとして用いるのである.量子ビットの典型的なエネルギー準位間隔は,周波数に換算して5 GHz,温度に換算して~240 mKである.従って,熱揺らぎの影響を十分小さくするために,希釈冷凍機を用いて10 mK程度に素子は冷却される.また量子ビットの1ビットゲート操作は,この準位間隔に共鳴するマイクロ波パルスを照射することによって行われる.

    一方,量子ビットの読出しについては,分散読出しとよばれる手法が用いられる.分散読出しとは,量子ビットと分散的に結合した共振器の共振周波数が,量子ビットの状態に依存することを利用した読出し方法である.比較的容易に高効率かつ非破壊的な読出しが実現できるが,量子ビットと結合した共振器を微弱なマイクロ波でプローブするため,量子誤り訂正などで必要となる単一試行での読出しを十分な精度で行うためには,非常に低雑音なマイクロ波増幅器が必要となる.そしてそのようなマイクロ波増幅器として,やはりジョセフソン接合を含んだ超伝導回路で実現されるジョセフソンパラメトリック増幅器が用いられる.

    このような現行方式は,今後もしばらくは主流であり続けると思われる.しかし,例えば分散読出しを行うための現在の実験セットアップは,パラメトリック増幅器以外にも体積のかさばる半導体低温増幅器やアイソレータなども必要で,単純なスケールアップは数100ビット程度の回路規模で破綻すると思われる.また最近ではトランズモンよりもノイズ耐性に優れた改良型量子ビットの研究も盛んに行われている.他にも希釈冷凍機内のマイクロ波ケーブルの配線,量子ビットチップの高密度配線技術,制御エレクトロニクスなど大規模量子計算機実現に向けて,まだいくつものブレークスルーが必要であり,今後ますます分野横断的な研究開発が必要となってくるであろう.

最近の研究から
  • 枝川 圭一
    原稿種別: 最近の研究から
    2020 年 75 巻 10 号 p. 619-624
    発行日: 2020/10/05
    公開日: 2020/12/10
    ジャーナル フリー

    固体を原子配列の秩序性の観点から分類すると,大きく3種類に分けられ,結晶,アモルファス,準結晶とよばれる.結晶の原子配列は周期的秩序で特徴づけられる.つまり,ある構造単位(単位胞)が周期的に繰り返された原子配列をもった固体物質を総称して結晶とよぶ.結晶がもつ周期性のような,長距離の原子配列秩序をもたない固体物質も存在する.そのような物質はアモルファスとよばれる.物質科学の長い歴史の中で比較的最近まで,原子配列の秩序形態は結晶とアモルファスの2種類に分類できると思われていたが,1984年に第3の秩序形態をもった物質,準結晶が発見された.これは結晶がもつような周期的秩序はもたず,代わりにフィボナッチ配列に代表されるような準周期的な長距離秩序をもつ.1992年に国際結晶学連合において,結晶の定義が準結晶を含む形に改定されたが,本稿では,便宜的に「結晶」を従来の意味で用い,「準結晶」と区別する.

    結晶は通常,溶融状態から冷却の過程で核発生し,続いてそれが成長することで形成する.ここで「成長」は,すでに形成した固相の表面に液相側から原子がくっついて固相–液相界面が液相側に進むことに他ならない.このとき結晶は,単位胞が周期配列した構造をもつため,液相側から固相表面にやって来た原子がどこにつくべきか,固相表面近傍の局所領域の原子配列を見るだけで容易にわかる.そのような局所ルールを満たしたときにエネルギーの利得が最も大きくなるような原子間相互作用となっていれば,結晶が物理的に成長可能となるわけである.

    準結晶も結晶と同様に溶融状態から冷却の過程で核発生–成長により形成する.このとき周期的秩序の代わりにフィボナッチ配列のような準周期的秩序をもった準結晶がどのような機構で正しく成長できるか,自明ではない.成長の際に原子がつくべき位置を常に正しく決めるような局所ルールは一見存在しないように思われ,準結晶の成長機構の解明は準結晶発見当初から重要課題の一つと考えられてきた.これまでにこの問題に関して多くの理論的な考察がなされ,様々な理論モデルが提案されてきた.特にOnodaらは2次元準結晶のモデル構造であるペンローズタイリングについてその成長を可能とする局所ルールがあることを発見し,そのようなルールに基づいた成長モデルを提案した.これは現在までに最も支持されている成長モデルとなっているが,その実験的な検証はなされてこなかった.

    そこで我々は,透過電子顕微鏡による高分解能観察法を使って,準結晶が成長する様子をその場観察することを試みた.用いた試料はAl–Ni–Co系の正10角形準結晶である.まず,溶融状態から急冷することにより準結晶の微細粒の多結晶試料を作製し,電子顕微鏡の中で試料を1,183 Kまで加熱して,準結晶粒が成長する過程をその場観察した.その結果,成長過程で頻繁に配列の間違いが導入され,その後その間違いが修復される過程が繰り返されることがわかった.そのような間違いの導入と修復は,成長先端部にとどまらず,成長先端から20 nm程度内側までの比較的広い領域で観察された.これは,Onodaモデルのように局所ルールにより常に正しい構造を保ちながら原子がついていく理想的な成長様式とは異なっている.準結晶が安定平衡状態であれば,常に正しい構造を保って成長する機構が働かず頻繁に間違いが導入されても,その後の原子の再配列による修復によって正しい準結晶構造が実現するはずである.我々の観察結果は,現実の準結晶の秩序形成がそのような機構によることを示唆している.

  • 渡部 洋, 妹尾 仁嗣, 柚木 清司
    原稿種別: 最近の研究から
    2020 年 75 巻 10 号 p. 625-630
    発行日: 2020/10/05
    公開日: 2020/12/10
    ジャーナル フリー

    1911年に低温下の水銀で発見されて以来,超伝導は物性物理学の主要なテーマとして研究されてきた.通常の金属状態からの相転移によって電気抵抗がゼロになり,マイスナー効果(完全反磁性)や磁束の量子化などの特異な現象を示す.超伝導は電子が2つずつクーパー対と呼ばれるペアを形成し凝縮することで実現するが,本来クーロン斥力で反発する電子がどのようにしてクーパー対を作るのか? 新たな超伝導物質の開発や転移温度の向上のためにも,その発現機構の解明は重要課題である.

    超伝導物質の中でも特に高い転移温度を持つ銅酸化物高温超伝導体では,クーロン斥力によって電子が局在したモット絶縁体相に隣接して超伝導が現われ,電子スピン間の反強磁性相互作用がクーパー対形成のカギになると考えられている.本稿の主題となる有機導体の代表的な物質群κ-(ET)2 Xでもモット絶縁体相に隣接して超伝導が現れる.この系は銅酸化物と類似の二次元的な電子構造を持つため,同様のスピン間反強磁性相互作用による発現機構が提示され,しばしば「モット絶縁体近傍の超伝導」という共通の位置づけがされてきた.

    しかし近年,これらの二次元有機導体のモデルにおける超伝導相の安定性を疑問視する理論研究が複数発表され再検討が求められている.またκ-(ET)2 Xで発現する物性一般において,上記のスピン自由度のみならず電荷自由度の重要性も実験・理論双方から指摘されている.さらに,銅酸化物と異なり本系に特徴的な三角格子構造による幾何学的フラストレーション効果も重要である.これら複数の要因からκ-(ET)2 Xではモット絶縁体と超伝導に加えて電荷秩序・量子スピン液体といった創発現象も見られる.超伝導発現機構の解明にはこれらも含めた総合的な理解が必要であり,その上で初めて物質開発や新物性探求へのフィードバックが可能になる.

    そこで我々は,従来のモデル化で無視されがちだったκ-(ET)2 Xに特有の分子配列を取り込んだモデルを精密な数値計算によって解析した.反強磁性モット絶縁体,超伝導,複数の電荷秩序が競合した基底状態相図が得られ,超伝導は電荷秩序の近傍で安定化することが分かった.これは従来の有機導体における超伝導発現機構に一石を投じるものであり,スピン間の反強磁性相互作用に加え電荷の揺らぎが不可欠であることを示す結果である.

    また,最近の電子数制御の実験的展開に対応する計算も行った.電子数変化による各秩序相の安定性の敏感な変化を見出し,超伝導ギャップの対称性が入れ替わる可能性を提示した.具体的には,銅酸化物のモデルで見られるd波一重項状態と,κ-(ET)2 Xの三角格子構造に適合した拡張sd波一重項状態と呼ばれる異なる対称性の超伝導相が競合する.電子数変化によって電子構造が変化し,幾何学的フラストレーションの度合いも変わることで両者の安定性が入れ替わるのである.

    これら一連の解析によって,κ-(ET)2 Xでは分子配列によってもたらされる電荷の揺らぎとスピンおよび電荷自由度における幾何学的フラストレーションが超伝導発現に重要な役割を果たすことが分かった.複数の状態がエネルギー的に拮抗し,わずかなパラメータの変化でそれらを行き来する状況のため,精密な数値計算によって初めて定量的に統一的な描像を得ることができた.本研究が有機導体の超伝導発現機構に新たな視点を与え,他の物質系に対する理解を深める結果にもつながることを期待したい.

  • 有友 嘉浩, 宮本 裕也, 西尾 勝久
    原稿種別: 最近の研究から
    2020 年 75 巻 10 号 p. 631-636
    発行日: 2020/10/05
    公開日: 2020/12/10
    ジャーナル フリー

    核分裂は,有限量子多体系の中でも質量数の大きな核子系に特徴的な,非常にユニークな現象である.これは核力による引力と陽子間のクーロン力による斥力との競合によって生じ,陽子数の大きな原子核では後者が勝るため,核分裂した後の2つの原子核の方が安定となることに起因する.

    基底状態の原子核から核分裂するに至る途中の経路にはエネルギー障壁があり,トンネル効果によって自発核分裂する場合,その部分半減期は障壁の高さと厚さによって決まる.ウラン近辺の原子核は,古典的液滴模型が予測するように真っ二つに割れる(対称分裂)のではなく,質量数100程度と140程度の異なる質量数に分かれる(非対称核分裂)ことが知られている.

    質量非対称に分裂する理由は原子核内の殻構造に起因すると考えられるが,歴史的には原子核のもつ「魔法数」を明らかにすることと深く関わっている.魔法数とは,原子における希ガスのように,周辺の原子核に比べて安定となる核子数である.

    液滴模型は,原子核のバルクな束縛エネルギーをよく再現するものの,実験的事実である原子核の魔法数を説明することができない.原子の周期性は,個々の電子が他の電子とは無関係に固有な軌道の上を運動するという,独立性に起因する.MayerとJensenらは,この概念を原子核中の核子の運動に取り入れ,独立粒子模型(殻模型)によって魔法数を説明することに成功した.液滴模型と殻模型という一見相反する模型の融合によって原子核の性質を系統的に説明できる点は,有限量子多体系である原子核の性質の巨視的な振る舞いと微視的な振る舞いの特徴によるものである.こうして,ウラン領域の非対称分裂は,殻構造によって安定化される核分裂片を形成するために起こると考えられてきた.

    その後,さらに陽子数が多い原子核の分裂が調べられ,対称分裂を好むものがいくつもあることがわかってきた.特に,フェルミウム(原子番号100)では,フェルミウム257から258へと中性子が1個増えるだけで非対称分裂から対称分裂へと分裂様式が大きく変わる.しかも,分裂片の質量分布が極めてシャープになるという,通常の非対称分裂には見られない特徴があり,それはウランの核分裂と異なる殻構造が支配していることを示唆している.

    核分裂の質量対称性・非対称性を理解するため,これまでは主に,原子核の形状(変形)を定義し,それぞれの形状に対して殻構造を取り入れたポテンシャルエネルギー曲面を計算することによって,この変形パラメータ空間内における核分裂経路を見出す手法が採用されてきた.しかしそれだけでは,フェルミウムの核分裂で観測された,中性子1個の違いで分裂様式が突然変化する理由を明確に説明することができなかった.

    そこでわれわれは,ポテンシャル曲面上をベースに原子核形状が時間発展する,動力学模型によって核分裂過程を調べた.その結果,核分裂の対称・非対称の変化を生むメカニズムを理解するに至った.重いフェルミウム同位体になると,シャープな対称核分裂につながる鞍部点が下がり,ウランなどでよく知られている非対称核分裂の鞍部点と競合する.このポテンシャル起源の要因に加え,原子核固有の振動運動によってこれら競合する鞍部点のどちらかが選択されるという,動力学的要因が分裂様式の決定に重要な役割を果たすことが明らかになった.

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