日本物理学会誌
Online ISSN : 2423-8872
Print ISSN : 0029-0181
ISSN-L : 0029-0181
76 巻, 1 号
選択された号の論文の22件中1~22を表示しています
巻頭言
目次
解説
  • 内野 瞬
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 1 号 p. 4-12
    発行日: 2021/01/05
    公開日: 2021/01/05
    ジャーナル フリー

    ミクロとマクロの中間領域の量子現象を扱うメゾスコピック系は,物性物理において盛んに研究が行われてきた.特に,半導体等の微細加工技術を駆使したサブミクロンスケールでの制御により,バルク系では観測の難しい様々な物性が明らかとなっている.

    最近では,真空中に捕獲された原子集団を扱う冷却原子気体が,メゾスコピック系研究の新たなプラットフォームとして登場している.冷却原子気体は,原子間相互作用,量子統計性,内部自由度といった系の性質を特徴づける自由度の多くを制御することができる.このため,複雑な量子現象の本質を検証するシミュレーターとして,様々な用途が現在議論されている.特に,近年の量子気体顕微鏡技術の発展によって,マイクロメートルスケールでの系の制御が可能となっており,その応用の一つとして,メゾスコピック系がクローズアップされている.冷却原子気体におけるメゾスコピック系研究は,「アトムトロニクス」ともよばれており,欧米のグループを中心に実験報告が相次いでいる.

    特に,スイス連邦工科大学(ETH)の実験グループにより実現されている2成分フェルミ原子気体を用いた2端子の量子ポイントコンタクト系では,原子間相互作用を変化させることで,多彩な量子輸送現象が発現する.原子間相互作用の影響がほとんど無視できる場合には,コンダクタンス量子化などのコンストリクションの詳細によらない普遍的な輸送現象が観測され,これまで半導体系で行われていた実験とコンシステントな結果を与える.しかし,原子間の引力相互作用を強くすることで到達可能な超流動転移の近傍領域では,量子化値を超えるコンダクタンスが観測された.その後,この異常なコンダクタンスの振る舞いは,超流動揺らぎに起因するCooperペアの輸送により理解できることがわかった.また,原子間相互作用を特徴づけるs波散乱長が発散するユニタリー極限では,超流動転移温度がフェルミ温度の1/5程度と非常に高いため,現在の冷却技術でも超流動ポイントコンタクト系の輸送現象を観測することができる.このユニタリー極限において実験で観測された非Ohmicな輸送特性は,多重Andreev反射を考慮した輸送理論と良い一致を示すことがわかった.さらに,フェルミ原子間の引力相互作用が非常に強い領域では,系はボース粒子である分子の集まりとみなすことができる.このとき,分子の熱的ド・ブロイ波長が平均粒子間距離に比べて十分長ければ,系は弱く相互作用するボース–アインシュタイン凝縮体となる.このような場合の量子ポイントコンタクト輸送では,凝縮体と自発的対称性の破れに伴う南部–Goldstoneモード間の交差効果が重要な役割を果たし,OhmicなDC輸送やWiedemann–Franz則の破れなどが予言される.

    ともに操作性の高い人工量子系と形容される冷却原子気体と固体のメゾスコピック系が,接点をもつことは自然なことであろう.ただ,これらの系では得意・不得意とする領域が異なるのも事実である.今後は,お互いが相補的な役割を果たしていくことで,メゾスコピック領域で生じる量子現象の包括的な理解につながることが期待される.

最近の研究から
  • 竹内 道久
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 1 号 p. 13-16
    発行日: 2021/01/05
    公開日: 2021/01/05
    ジャーナル フリー

    理論的には約50年前に予言され,長らく探索が続けられていたヒッグス粒子が,2012年にLHC実験において発見された.これにより,素粒子標準模型を構成するすべての素粒子が揃い,素粒子間にはたらく相互作用が正確に記述できるようになった.現在,ヒッグスに関する様々な性質が測定されているが,大きなずれは報告されておらず,自然に対する人類の理解が極小の世界まで正しいことが確認されたと言える.

    一方,暗黒物質の存在や宇宙にほとんど反物質が存在せず,ほぼ物質のみから構成されていることなど,標準模型だけでは説明できない現象が依然残っており,更なる新物理,新粒子の発見が期待されている.

    我々の世界では,空間反転変換P(鏡に写した世界を考える変換),荷電共役変換C(粒子と反粒子を入れ替える変換)を考えることができ,これらの変換の下での物理法則の不変性を議論できる.標準模型では,P対称性が大きく破れている一方で,C,Pを同時に変換する,CP対称性はほぼ成り立っており,わずかなCP対称性の破れが小林–益川行列に存在するのみである.しかし,既知の宇宙における物質・反物質非対称性は,このわずかなCPの破れに比較して大きく,標準模型を超えたCPの破れの素が必要であると考えられている.

    この謎を解く鍵がヒッグスセクターにあることは十分考えられ,例えば,超対称模型では,2つのヒッグス場が必要となり,必然的に新たなCP位相の自由度が登場する.このように,発見されたヒッグス粒子のCP量子数の測定は,標準模型を超える物理に迫る第一歩として重要である.

    LHC実験における,ヒッグス粒子のCP量子数の決定方法としては,ヒッグス粒子のZボソン対への崩壊事象を用いる方法や,ヒッグス粒子と同時に2つのクォークが生成する事象を用いて,2つのクォーク間の角度相関(方位角相関)を用いる方法等がよく知られていた.

    後者の方法については,クォークは実際には,ジェットとよばれる粒子の束として観測されるため,クォークからジェットへの変換過程の摂動QCD理論に基づく予言が重要となるが,不定性も大きい.我々は,同様に摂動QCD理論に基づくが,更によい近似が可能となるような,イベント形状変数を定義し,これを用いてCP量子数を判別する方法を提案した.

    我々は,摂動QCD計算に基づくモンテカルロシミュレーションを行い,ジェット方位角相関,イベント形状変数,それぞれを用いたヒッグスのCP量子数の測定精度を比較した.その結果,あるイベント形状変数(横方向スラスト)を用いる方法がより高い感度をもつことを示した.両者は相補的な関係にあり,同じ物理量を様々な手法で測定することで,現象への理解をより深めることに役立ち,また,摂動QCD理論の検証という側面でも意味をもつ.

    LHC実験は,13 TeVで稼働したRun 2が139 fb-1の積算ルミノシティを蓄積して終了した.Run 3が2022年から再開され,3年間稼働し14 TeVに到達,350 fb-1を蓄積する予定である.新粒子が発見されれば,そのCP量子数の測定にも同手法が応用できる.近い将来,標準模型を超える新物理の発見・解明の報告を期待したい.

  • 近藤 徹
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 1 号 p. 17-22
    発行日: 2021/01/05
    公開日: 2021/01/05
    ジャーナル フリー

    複雑な機能をもつ機械の動作原理を探るには,部品ごとに分解して構造を見てみるのが手っ取り早い.精巧な時計などは1千点以上の部品が組み込まれており,1つ1つが各々目的をもって設計されている.精密な分子機械である生体系では,機能的な最小単位であるタンパク質が部品となり系を構築する.ここでも構造情報は何よりも大事である.近年ではX線結晶回折法やクライオ電子顕微鏡を用い,タンパク質構造を原子分解能で可視化できるようになった.

    一方で,タンパク質のような複雑な高分子は無数の構造自由度をもち,数多くの準安定状態が存在する階層的なエネルギー地形となる.そのため,通常の生理環境下では熱的な摂動を受け,構造が絶えず揺らいでいる.また,環境条件(温度やpHなど)が変化すると,それに応答する形で構造も歪む.金属材料などの安定物質で構築される一般的な機械とは大きく異なる点である.特に,機能分子近傍の構造変化は,分子物性(エネルギー準位や酸化還元電位など)や反応効率(分子間距離や配向に依存)に大きく寄与するため,生体機能そのものに影響し得る.そこで,分子動力学計算などを用いて構造揺らぎや構造変化の影響が調べられ,最近では光合成タンパク質などの巨大で複雑な系の解析にも成功している.このように,計算科学主導で生体系の動的挙動と機能の相関が研究されている.

    これに対して実験的な解析例は非常に少ない.問題は,構造揺らぎや構造変化のトリガー制御が難しく,レーザーなどで同期測定できない点にある.さらに,通常の溶液系を対象とした光学測定では数兆~数京(1012~1016)個の粒子を一度に観測するため,不規則かつ微小な構造変化は平均化されて観測できない.このような場合に単一タンパク質分光が威力を発揮する.タンパク質1粒子ごとに蛍光強度,寿命,スペクトルなどの時系列データを解析することで,アンサンブル測定では顕わにならない動的特性を評価できる.

    そこで,タンパク質の構造揺らぎという新たな指標を用い,光合成光反応の制御機構を調べた.光合成系には光捕集アンテナタンパク質が存在しており,光を効率良く吸収し,光電変換を担う反応中心タンパク質へ光エネルギーを輸送する.その量子収率はほぼ100%に達しており,弱光下でも持続的に光合成反応を行える.逆に強光時は光吸収が過剰になり,系が損傷してしまう.従って,光環境変動に対応するための防御機構が備わっているはずである.

    アンテナタンパク質LHCSR1は強光下で大量に生成され,過剰な光エネルギーを熱として捨て去る光保護機能をもつ.単一LHCSR1の蛍光を観測すると,蛍光の強度と寿命が時間とともに変動した.強度と寿命の2次元で統計分布を調べ,色素近傍の構造揺らぎに伴うエネルギー輸送のON–OFFスイッチ現象を明らかにした.さらに蛍光寿命の揺らぎの相関解析から,単一タンパク質内に存在する複数の揺らぎ成分の定量評価に成功した.LHCSR1には複数の色素が結合しており,それらが各々別々に揺らぐことで,個別のON–OFFスイッチとして機能している.

    強光下では光反応に伴う水の酸化が増加し,生体内のpHが低下する.そこで低pH条件で解析を行ったところ,各ON–OFFスイッチで揺らぎ特性が変化し,エネルギー輸送能が低下した.つまり光合成系は,光環境の変動に応じてタンパク質の局所的な揺らぎ特性を変化させ,エネルギー輸送量を調整し,光反応のフィードバック制御を実現している.生物はタンパク質の構造柔軟性を巧みに利用し,環境変動に賢く対応している.生体系の本質に迫るには,これら動的な物性の理解が必要不可欠である.

  • 益田 隆嗣, 林田 翔平, 松本 正茂
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 1 号 p. 23-27
    発行日: 2021/01/05
    公開日: 2021/01/05
    ジャーナル フリー

    粒子の運動状態を理解することは物理学の普遍的なテーマであり,特に固体中の何らかの秩序からの励起状態として現れる準粒子の振る舞いはこれまで盛んに研究されてきた.その準粒子の運動は,秩序変数の位相と振幅の揺らぎに対応する2つのモードで記述される.位相モードは南部–ゴールドストーンモードともよばれ,結晶の音響フォノンや磁性体のマグノンがよく知られている(用語解説の図参照).振幅モードは結晶の光学フォノンが古くより有名であるが,ヒッグス素粒子の発見に触発されて,近年では量子臨界点近傍の磁性体においてヒッグス振幅モードの実験的検証が数多く行われるようになった.一方,これらのモードが混成した状態は,CsNiCl3においてその存在が理論的に指摘されていたが,大気圧下で磁気秩序が生じるため,量子臨界点への実験的なアクセスが不可能であった.また当時の分光器性能では詳細なモード解析は困難であった.このため,最新の分光器と新しいモデル物質によるハイブリッド励起の実験的研究が待たれていた.

    本研究では,系統的な圧力下中性子非弾性散乱を用いて,フラストレート磁性体CsFeCl3の量子臨界点近傍においてヒッグス振幅モードと位相モードのハイブリッド励起の存在を検証した.低圧の量子無秩序状態では,自発的対称性の破れが無いことを反映し,2つのモードの区別はなく,縮退したスペクトルが予想される.一方量子臨界点から十分離れた高圧の秩序状態では,位相モードは音響的な低エネルギー励起として,ヒッグス振幅モードは光学的な高エネルギー励起として,それぞれ独立に存在すると予想される.これら2つの対照的なスペクトルが,圧力によりどのように移り変わっていくのかを調べるため,臨界圧力近傍の秩序状態で中性子スペクトルを測定した.すると,2つのモードはエネルギー的に接近しているものの,交差することはなく,反発していることが観測された.このことは,位相モードとヒッグス振幅モードが混成していることを示している.量子臨界点近傍でモード間の混成は強く,臨界点を跨いだスペクトルの連続的変化が保たれている.

    低圧の量子無秩序相ではスピン波にギャップが存在しmassiveであるのに対し,高圧の秩序相ではギャップは消失しmasslessとなっていることが観測された.つまり,量子臨界点を跨ぐことでスピン波の速さが大きく変化している.このことは,圧力によるスピン流や熱流の制御の可能性を示唆するものである.

    ハイブリッド励起は磁性体のみならず,電荷密度波系,スピン密度波系,冷却原子系など自発的対称性が破れた系一般に存在しうるものであり,今後様々な系での検証が期待される.さらにスペクトルの詳細形状を解析することにより,混成効果が励起の寿命に与える影響についても検証可能である.今後,理論・実験両面で,混成状態に関する研究が大きく進展することが期待される.

  • 湯井 悟志, 小林 宏充, 坪田 誠
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 1 号 p. 28-33
    発行日: 2021/01/05
    公開日: 2021/01/05
    ジャーナル フリー

    超流動とは極低温において流体の粘性が消失する現象であり,量子凝縮によって引き起こされる.超流動の流体力学は量子流体力学ともよばれ,様々な量子凝縮系(例えば,超流動ヘリウム4やヘリウム3,冷却原子気体,中性子星)において研究されている.超流動の現象論としてティサとランダウにより2流体模型が提唱されて約80年が経過したが,その理解は未だ十分ではない.その難しさの原因は,2流体が相互作用しながら運動することにある.これは2流体結合ダイナミクスとよばれ,量子流体力学において重要な問題である.近年,実験に大きな進展があり,この問題に挑戦する土台が整った.そこで我々は数値計算により超流動ヘリウム4の2流体結合ダイナミクスの解明に取り組んだ.

    2流体模型によると,超流動ヘリウム4は超流体と常流体の混合流体として理解される.ここで登場した超流体は量子凝縮成分に由来する非粘性の流体である.一方,常流体(熱励起成分)は粘性流体である.超流動中では,これら2流体が別々の密度と速度をもって運動している.

    2流体模型は量子乱流状態でどのような運動を行うのかは解明されていない.量子乱流とは超流体の乱流であり,量子渦が毛玉のようなタングルを形成した状態である.量子渦を介して2流体間に相互摩擦が発生するので,量子乱流状態では2流体が双方向に影響を与えながら運動しているはずである.しかし,実験でそのような2流体結合ダイナミクスを見ることは難しかった.

    ところが,近年の実験の発展により2流体それぞれの運動が可視化できるようになった.2流体模型の描像を明白に可視化した点で,これらは驚くべき実験である.我々は特に次の2つの実験に興味をもった.1つ目は,熱対向流で量子乱流を駆動し,常流体速度場を可視化したものである.この実験では,常流体の層流がポアズイユ流から平坦化することが明らかになった.平坦化の原因は常流体が量子乱流から受ける相互摩擦だと予想されたが,実験では明らかにならなかった.2つ目は,熱対向流中の常流体の速度ゆらぎの測定であり,古典流体力学だけでは説明できない異方的な速度ゆらぎを観測した.

    このように2流体結合ダイナミクスが原因と予想される現象はいくつも観測されてきた.しかし,ほとんどの理論的および数値的研究は1方向結合(常流体速度場を固定する)で行われてきた.そこで,我々は2流体模型を連立して扱い,量子乱流状態において2流体結合ダイナミクスが引き起こす現象を解明したいと考えた.ここでの目標は上述の2つの奇妙な実験結果の原因を明らかにすることである.

    以上のような動機のもと,我々は数値計算を用いて2流体結合ダイナミクスを研究した.超流体は渦糸模型でよく記述され,常流体はナビエ–ストークス方程式に従う.これら2流体を相互摩擦を介して連立することで,2流体結合ダイナミクスをモデル化できる.結果として,我々は計算機上に熱対向流中の量子乱流をつくりだし,実験と整合性のある結果を得ることに成功した.2流体結合ダイナミクスの研究は始まったばかりであり,今後も量子流体力学特有の物理が解明されるだろう.

話題
JPSJの最近の注目論文から
PTEPの最近の注目論文から
歴史の小径
ラ・トッカータ:あの研究の誕生秘話
学界ニュース
新著紹介
図書リスト
掲示板・行事予定
編集後記
会告
本会刊行英文誌目次
日本物理学会 賛助会員
feedback
Top