日本物理学会誌
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76 巻, 6 号
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巻頭言
目次
解説
  • 茅根 裕司, 西野 玄記
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 6 号 p. 332-338
    発行日: 2021/06/05
    公開日: 2021/06/05
    ジャーナル フリー

    皆さんは,2014年3月の「インフレーション起源重力波の世界初観測」の記者会見を覚えているだろうか? この発表は新聞等でも大きく取り上げられ世間を賑わせた.実は発表の直後からその解釈を巡り様々な議論があったのだが,その顛末が宇宙論界隈以外でどれほど認知されているだろうか?

    ビッグバン宇宙論が確かになった現在,宇宙の開闢とその後の進化を説明することができる「インフレーション」の検証が課題となっている.この理論によれば宇宙は開闢直後に指数関数的に膨張したことが予言されており,その際,時空の揺らぎである重力波が生成されることが期待されている.つまりこの「インフレーション起源重力波=原始重力波」が観測できれば,宇宙開闢の現場に迫ることが可能になる.

    原始重力波は,宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background, CMB)に特殊な直線偏光パターン「Bモード」を残すことが知られている.2014年の報道は,南極のBICEP2実験がこのBモードを検出したというものであった.

    実は発表当時から「我々の銀河にあるダスト(宇宙塵)からの熱放射・偏光をどうやって分離したのか?」が,問題視されていた.当時,ダスト偏光にもっとも感度をもつとされたPlanck衛星の高周波数(353 GHz帯)観測の結果は公開されていなかったため,多くの研究者がPlanckでの検証を心待ちにしていた.最終的には,2015年までに2つの実験が共同解析することで,信号は全てダスト起源であったことが明らかになり,現在もBモード探査が続けられている.

    日本の機関も多く参加するPolarbear実験は,2012年からチリ・アタカマ砂漠の標高5,200 mで観測を行ってきた.実はPolarbearはBICEP2の記者会見に先んじて,世界で初めて「重力レンズ起源」のBモードスペクトルを報告している.重力レンズ起源Bモードは,宇宙の大規模構造のトレーサーとして重要な測定である.その後Polarbearは2017年まで観測を続け,やはりPlanckの高周波数観測を使ってダスト偏光を分離することで,BICEP2の観測結果がダスト偏光のみで説明可能であることを再確認した.

    2020年現在,インフレーション起源Bモードは検出されていない.研究者たちは検出を目指し,精力的に次世代実験を進めている.2019年にfirst lightを迎えたSimons Array実験はPolarbearのアップグレード実験であり,これまでの約20倍の感度をもつ.Simons Arrayではダスト偏光を独自に除去するために,高周波数を含む合計4周波数帯で観測を実施する.

    更にはSimons Arrayを発展させたSimons Observatory実験の建設も始まり,近い将来,インフレーション起源Bモードの検出が現実的になってきている.また重力レンズ起源Bモード観測と光赤外サーベイ,例えばすばる望遠鏡による宇宙の大規模構造観測を組み合わせることで,修正重力やダークエネルギーの検証も期待されている.これは,ニュートリノ総質量の測定,そして素粒子実験による質量自乗差測定と組み合わせることで,ニュートリノ質量階層性の決定にも繋がる.

    次の10年間も宇宙論の最前線であり続けるBモード観測から目が離せない.

  • 青木 隆朗
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 6 号 p. 339-348
    発行日: 2021/06/05
    公開日: 2021/06/05
    ジャーナル フリー

    共振器に閉じ込められた光と原子が量子力学的に相互作用する系を共振器量子電気力学(Cavtiy Quantum ElectroDynamics, CQED)系という.CQED系では,共振器内の量子ダイナミクスを光と原子のコヒーレントな相互作用が支配し,通常の系では散逸過程に阻まれて困難な,純度の高い量子状態の生成や特異な現象の観測が可能になる.これらの特長から,CQED系は光と原子の量子性を探求する上で理想的な実験対象であり,量子力学の基礎に関わる重要な問題がCQED系を用いて実験的に調べられてきた.さらに次の段階として,CQED系をユニットとしてこれを多数結合した量子ネットワークの実現が期待されている.

    また,CQED系は量子計算の実現に有力な系であると期待されている.特に近年では,光共振器の代わりに超伝導電気回路を,自然原子の代わりに人工原子を用いた回路量子電気力学(circuit QED)系が考案され,世界中の多くのグループがcircuit QED系に基づいた量子計算機の実現を目指した研究を進めている.

    しかし,circuit QED系に限らずどの物理系を用いた実験でも,現在実装できている量子ビットの数は数ビット~数十ビット程度に留まっており,現在の技術の延長では将来的にも数百ビット程度が限界であると考えられている.この限界を打ち破り,大規模な量子計算を実現する方法として,多数の小規模な量子計算機を接続してネットワーク化する分散型量子計算の手法が提案されている.すなわち,量子ネットワークによる量子計算である.

    ここで,circuit QED系では,光子の周波数がマイクロ波領域であり,量子性を保つためには接続チャンネルを含めた系全体を数mK程度の極低温に冷却する必要があるため,そのままでは分散型量子計算に適さない.室温でも量子性を失わない光領域の光子でcircuit QED系をネットワーク化するために,マイクロ波光子を光領域の光子に変換する研究も進められているが,高い効率の実現は大きな課題である.

    そのため,光領域の光子と直接相互作用するイオントラップ系を用いた手法が分散型量子計算の実装として有力視されている.しかし,イオントラップ系を用いた手法は,ユニット間の接続が確率的にしか動作しないため,効率が悪い.

    一方,光領域のCQED系を用いた分散型量子計算の手法が理論的に研究されている.光領域のCQED系を用いた手法は,ユニット間の接続が決定論的に動作するという大きな利点をもつ.しかしながら,従来の光領域のCQED系は自由空間共振器を用いたものであり,スケーラビリティに乏しい.さらに,ファイバー光学との整合性が悪く,極度に複雑で精密な調整・制御が必要なため,損失を低く抑えつつ多数のCQED系を連結してそれらを同時に使用することが極めて困難であった.

    これに対し,最近,さまざまなナノフォトニクスデバイスを用いたCQED系の研究が次々と始まっている.特に,ナノ光ファイバーCQED系は,ファイバー光学との整合性が高く,スケーラビリティに優れる.さらに,共振器との結合レートを保ったまま多数の原子を結合可能という特長ももつため,量子ネットワークや分散型量子計算の実現に適していると期待される.

最近の研究から
  • 勝野 弘康, 上羽 牧夫
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 6 号 p. 349-354
    発行日: 2021/06/05
    公開日: 2021/06/05
    ジャーナル フリー

    右手は,鏡に映した右手と重ね合わせることができない.このような性質をカイラリティ(キラリティ)とよび,このような性質をもつ結晶をカイラル結晶とよぶ.アミノ酸や糖といった多くの生体内分子の結晶も同様に,鏡に映した自身の像と重ね合わせられない.右手に対して左手が存在するように,多くの生体内分子や結晶も自身の鏡像の分子とその結晶が存在していて,両者は生体への反応が全く異なることが知られている.サリドマイド薬害のように,片方は薬になるが,もう片方は毒となってしまうことがある.カイラル対の分子や結晶は熱力学的には同等であるため,通常の合成方法で作ると両者が同等にできる.これを避けて作り分ける方法の有名な例が2001年ノーベル化学賞の不斉合成である.不斉合成では触媒によって片方だけを優先的に合成している.

    2005年にヴィエドマによって見出された方法は,それまでと全く異なる方法である.実験は,等量のd–体とl–体の塩素酸ナトリウム粉末結晶とガラスビーズを水に入れてかき混ぜつづけるものである.約1日後には片方だけの結晶が生き残り,もう片方の結晶は完全になくなる.片方の量を過剰に入れておくと,必ず多い方のタイプが生き残る.その後,有機物でも類似の現象が確認されている.この場合には,分子のカイラリティも変わっているということになる.共通する特徴はd–体とl–体の結晶量の差を示す鏡像体過剰率が指数関数的に増幅することである.オストヴァルト熟成のような場合,過飽和溶液中に大きな結晶と小さな結晶があれば,はじめは両者ともに成長できるが,いずれは小さな結晶はなくなり大きな結晶だけが成長する.通常,この過程は非常にゆっくりとした過程であり,指数関数的な変化を伴うものではない.それゆえ,オストヴァルト熟成とは全く異なる熟成だろうと考えられている.現在では,ヴィエドマの実験でみられた現象はヴィエドマ熟成とよばれるようになっている.

    分子が一つずつ結晶に組み込まれて成長するという従来のシンプルな描像では,この結果を説明することができない.我々は,微小なカイラルクラスタの合体による結晶成長というアイディアを基礎として,統計力学に忠実な模型を構築し,ヴィエドマ熟成の説明に成功した.粉砕によって生成された微小なカイラルクラスタによって,結晶は大きな成長速度をもつ.結果として,初期状態で量が多いタイプはより大きな成長速度をもち,分子を通じて相手のタイプを食い尽す.その他,添加物による線形増幅や鏡像体過剰率増幅中の異常分布変化のような,ヴィエドマ熟成に関連した実験結果を統一的に理解できる.マクロな操作である結晶粉砕によって,クラスターサイズ空間での定常的な流れが誘起され,自己触媒効果であるクラスタ反応が有効に働く.その結果,不斉な反応がなくとも,自明な平衡状態ではなく,カイラル対称性を破る非自明な定常状態へと系が急速に緩和する.

  • 溝川 貴司, 岡﨑 浩三
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 6 号 p. 355-359
    発行日: 2021/06/05
    公開日: 2021/06/05
    ジャーナル フリー

    バンド絶縁体は結晶格子の周期ポテンシャルによるバンドギャップ形成に由来し,その単位胞あたりの電子数は偶数である.それに対して,単位胞あたり奇数個の電子をもつにもかかわらず電子間クーロン斥力による電子局在によって生成する絶縁体はモット絶縁体とよばれる.モット絶縁体に分類される物質の多くではスピンや軌道の秩序に伴い単位胞が拡大し,単位胞あたりの電子数が偶数になる.そのため,「秩序がもたらす周期ポテンシャルの効果もあるので純粋なモット絶縁体とは言えない」という主張がある.しかし,それらの物質がスピンや軌道秩序の転移温度以上でも絶縁体である場合にはモット絶縁体と考えて問題ないことが広く認識されている.

    単位胞あたりの電子数が偶数である状況において,伝導帯と価電子帯の間にエネルギーのギャップが存在しない半金属を考えてみよう.半金属において,伝導帯の電子と価電子帯の正孔がクーロン引力によってお互いを束縛して励起子となりBCS的に凝縮することが理論的に予測されている.この凝縮によってギャップが形成されて系が絶縁体となる可能性があり,そのような絶縁体は励起子絶縁体とよばれる.波数空間で伝導帯の底と価電子帯のトップが異なる場所にあれば,それらの波数の差に対応する周期のポテンシャルが必然的に発生してギャップが形成される.この場合,励起子絶縁体はバンド絶縁体の一種に過ぎず,モット絶縁体のような真贋論争は起きない.

    上述の励起子絶縁体は超周期の格子変形を伴うため,電子格子相互作用と電子正孔間相互作用のいずれが主役を演じているかについて論争が絶えない.励起子絶縁体の候補物質のTiSe2では,格子変形が非常に大きいことから電子格子相互作用の方が主体であるとする説がある.一方,パルス光励起で壊されたポテンシャルの周期が回復する時間スケールを測定することで電子正孔間相互作用が支配的であることを示した研究があり,論争が続いている.

    それでは,伝導帯と価電子帯が波数空間で同じ場所にある場合はどうだろうか.別の候補物質であるTa2NiSe5では,この状況が実現していることが角度分解光電子分光(ARPES)で確認されている.単位胞内でTaサイトの電子とNiサイトの正孔が励起子を形成し,仮に励起子絶縁体になった場合でも周期に変化は起きない.しかし,励起子絶縁体の転移と考えられている328 Kでの相転移ではTa–Ni結合長の変化に伴い直方晶から単斜晶へと結晶構造の対称性が低下するため,電子格子相互作用の寄与も無視することはできない.

    時間分解ARPESによる我々の最近の研究で,Ta2NiSe5は励起子絶縁体から半金属への光誘起相転移を示すことが発見された.この光誘起相転移のダイナミクスの解析から,電子正孔間相互作用が駆動する励起子絶縁体と半金属との相転移であることが示されている.まだ論争は残っているが,Ta2NiSe5は励起子絶縁体であると結論する研究者が増えている.

    直方晶の半金属相では結晶の対称性から伝導帯と価電子帯の混成が禁止されており,半金属相は伝導帯と価電子帯が交わるフェルミノードをもつことが示唆されている.電子格子相互作用は副次的な役割を果たしている.単斜晶への変形によって励起子が形成されたTa–Ni結合が安定化され,秩序変数の位相がロックされる.光励起された電子と正孔によって電子正孔間クーロン引力が遮蔽されて励起子絶縁体相が崩壊すると,おそらく直方晶の構造に向けて格子系の時間発展が始まる.励起後1 ps程度の時間が経過し励起子が再形成されて電子系にバンドギャップが開くと,単斜晶の構造に向けて緩和していくと考えられる.

  • 金澤 輝代士
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 6 号 p. 360-364
    発行日: 2021/06/05
    公開日: 2021/06/05
    ジャーナル フリー

    物理学にはブラウン運動を代表とする確率現象が多く存在し,それらは確率過程として記述されることが多い.そして,確率過程の枠組みとして最も確立しているクラスはマルコフ過程である.

    マルコフ過程とは,現時点の情報だけを元に時間発展が完全に決まる確率過程クラスであり,数学的に洗練された様々な枠組みが既に出来上がっている.実際,マルコフ確率過程(マルコフ確率微分方程式)の設定が具体的に与えられた場合,対応するマスター方程式(またはフォッカープランク方程式)を導出することによって,固有値問題に帰着させることができ,系の性質を体系的に理解することが可能である.

    一方で現実の物理現象の多くはマルコフ過程ではなく,非マルコフ過程であることも知られている.即ち,過去全ての時系列情報があって初めて,時間発展を記述することができる.例えば,歴史的に最初に発見されたブラウン運動を思い出してみよう.ブラウン運動は水中の微粒子を題材としたものであり,流体力学相互作用に由来して強い非マルコフ性を示すことが実際に知られている.このような非マルコフ過程に,一般の非線形系を含めて適用可能な処方箋は現在確立していない.

    そこで最近筆者とD. Sornette(ETH Zurich, SUSTech)の研究グループは,このような非マルコフ過程を体型的に取り扱う解析手法を研究している.特に我々はホークス過程とよばれる複雑系物理学の非マルコフ確率過程のモデルに着目し,ホークス過程に適用可能な場の理論的な解析手法を構築した.ホークス過程とはバーストを伴う臨界現象を説明する時系列モデルであり,地震・社会現象・疫病・神経系といった幅広い分野で活用されているモデルである.本解析手法を用いて我々は臨界点近傍におけるホークス過程の定常分布の漸近系を調べ,非普遍的な指数をもつべき分布が,一般のホークス過程で現れることを発見した.

    本手法の鍵となるアイディアは非マルコフ・ホークス過程を高次元のマルコフ過程に埋め込むことである(マルコフ埋め込み法).この方法を用いることで,非マルコフ過程であっても,マスター方程式のような従来のマルコフ過程の枠組みが適用可能になる.我々の論文では一般のホークス過程に対してこのマルコフ埋め込みの手法を適用し,無限次元空間のマルコフ場の確率過程にマップする理論解析手法を開発した.結果,場の理論型のマスター方程式を用いた漸近解析手法が有効であることがわかった.

    この手法の適用範囲はオリジナルのホークス過程だけに留まらず,より広いクラスの非マルコフ過程(例えば,非線形ホークス過程や,より一般の非マルコフ点過程など)の解析に応用できることが徐々にわかってきた.更に本手法は形式的に非エルミート場の量子論と形式的な対応関係が存在することがわかった(例えば,一般化ランジュバン方程式は調和振動子場の非エルミート量子論と対応関係がある).今後は非エルミート場の量子論と非マルコフ古典確率過程の一般的な数学的関係を調べることで,幅広い非マルコフ系に対して適用可能な新しい理論的枠組みを構築することができる可能性があるのではないか,と筆者は考えている.

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