日本物理学会誌
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77 巻, 10 号
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巻頭言
目次
交流
  • 西道 啓博
    原稿種別: 交流
    2022 年 77 巻 10 号 p. 656-665
    発行日: 2022/10/05
    公開日: 2022/10/05
    ジャーナル 認証あり

    宇宙開闢後わずか38万年後の姿を捉えた,宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background, CMB)は,観測可能な最大スケールにおける宇宙の姿を明らかにした.全天のあらゆる方向から届く,灼熱のビッグバン宇宙の黒体輻射の名残りは,到来方向に依存してO(10-5)の微小な温度の違い(揺らぎ)を示しており,その詳細な分析がΛCDMモデルと呼ばれる現代の標準宇宙モデルの確立に決定的な役割を果たした.ところが,最近になってCMBと近傍宇宙の観測との矛盾が取り沙汰されている.ハッブルテンションと呼ばれるこの問題は,ΛCDMモデルの綻びを示しているかもしれない.

    CMB期から遥かな時を経て,微小な種揺らぎは重力により増幅され,やがて形作られる星,銀河,銀河団といった階層的な宇宙の大規模構造.宇宙初期の姿を2次元天球面上のスナップショットとして写し出したCMBに対して,大規模構造は非線形進化を経て作られた複雑なネットワーク状の3次元パターンであり,潜在的により多くの情報を有している.時間的にも距離スケール的にもCMBとは相補的な大規模構造は,ΛCDMモデルの妥当性をより厳密に検証する可能性を秘めている.

    大規模構造の観測データから宇宙モデルやそこに内包される宇宙論パラメータを導くには,理論予言と観測データの比較に基づく統計推論が必要となる.様々なモデルとパラメータの組み合わせの中で,観測を最もよく再現するものは何かという問題である.これを高精度に行うには精巧な理論予言が必要となる.宇宙の構造形成シミュレーションは,計算コストの高さから長らく統計推論への応用が叶わなかった.近年飛躍的に進展したデータ科学的方法論は,文字通り天文学的に大容量のデータを用いて人類が実証可能な最大スケールの現象を解き明かそうという宇宙論においても有用である.上記の問題は,いわゆる「シミュレーションに基づく推論」の範疇にあり,宇宙論,物理学だけに留まらず気象科学,生態学,疫学,分子動力学,工学,経済学などの諸分野に共通する大きなテーマとなっている.

    シミュレーションに基づく宇宙論を可能とすべく,我々は大規模シミュレーションデータベースの構築と,エミュレータの開発を目的とした「ダーククエスト計画」を2015年より推進している.2018年には初期のデータベースに基づく,ソフトウェア「ダークエミュレータ」の完成を見た.その後,模擬観測データを用いた種々のテストをクリアした後,このほどすばる望遠鏡が世界最高精度で測定した重力レンズ効果,およびスローン・デジタル・スカイ・サーベイが提供する現存する最大の銀河の3次元地図へと応用し,遂に宇宙論的帰結を導くことに成功した.計算コストの大きなシミュレータをエミュレータに置き換えることが,シミュレーションに基づく推論の具体的な実装例として機能することを実証した.

    今後ますます増える観測データと,先鋭化するデータ科学の方法論の応用は,宇宙論の景色を大きく変えるかもしれない.すばるが,日本が,世界の宇宙論をリードするには,このような新しい手法が導き出した帰結を,どれだけ説得力を持った形で世に提示できるかが1つの鍵になるであろう.今後の展開からますます目が離せない.

解説
  • 花井 亮
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 10 号 p. 666-674
    発行日: 2022/10/05
    公開日: 2022/10/05
    ジャーナル 認証あり

    言うまでもなく,この自然界は相転移であふれている.気液相転移,常磁性・強磁性転移,常伝導・超伝導転移等の熱平衡系における相転移に加え,レーザー発振や同調現象等,非平衡状態で見られる相転移も数多く存在する.

    熱平衡状態における相転移の理解には,ランダウ理論が大きな成功を収めてきた.この理論は,相転移を特徴付ける秩序変数を変数に持つ自由エネルギーの形を,系の持つ対称性から規定することで,相転移の普遍的な性質を探る理論体系である.所謂「自由エネルギー最小化原理(以下,「最適化原理」と呼ぶ)」に則った単純な現象論でありながら,この理論は系の詳細に依らない,相転移の普遍的な性質の多くを抽出することができる他,繰り込み群等のより洗練された理論の出発点にもなっている.

    熱平衡系で採用されるこの「最適化原理」は,現在知られている(本来自由エネルギーが定義できない)多くの非平衡相転移にもかなり有用な考え方である.レーザー発振,群れ,有向パーコレーション等の多くの非平衡系における相転移点の存在は,現象論的なランダウの自由エネルギーを導入することで簡潔に説明することができる.この場合,非平衡性は揺動散逸定理を破るノイズによりもたらされる空間・時間揺らぎを通してのみ現れる.

    しかし,よくよく考えてみると,最適化原理では記述できない現象は,自然界に多く存在する.例えば,(唐突に感じられるかもしれないが)捕食者であるライオンと,被食者である鹿が近くに出くわした場面を想像してみよう.このような状況になると,前者は後者を追いかけ始めるだろう.これは,前者が後者に与える影響と後者が前者に与える影響が異なる,つまり非相反相互作用が両者に働いているからに他ならない.この現象は,最適化原理では理解することができない:むしろ,お互いの実現して欲しい状況が真逆であるため,最適化の方法が見つからず,追いかけっこが始まってしまうわけである.

    ランダウ理論を運動方程式に立脚した形に拡張することによって最近提唱された非相反相転移は,まさにこのような時間依存する「追いかけっこ状態」へと多体系が相転移するような,新しいクラスの非平衡相転移である.この相転移現象は,上の説明から示唆されるように,最適化原理に則らない,非平衡系特有の現象である.これは連続対称性を自発的に破り,「追う側」と「追われる側」に対応する複数の秩序変数で記述される非平衡系で一般に現れ,量子開放多体系である励起子ポラリトン凝縮から結晶成長に至る幅広い系で起こる.

    顕著なのは,その臨界性の現れ方の特異性である.通常の最適化原理に則った系では,臨界現象は互いに直交した励起モードのうちの一つの減衰時間が発散することで起こる.一方,非平衡系では一般に,励起モードは互いに直交しない.その結果,励起モードがゴールドストーン・モードと合体する点が現れ,これが非相反相転移の臨界点を与える.この「臨界例外点」では,揺らぎが空間4次元以下で発散する等の異常な臨界現象が生じる.その他,ヒステリシスや時間(準)結晶等,現れる物性は多岐に及ぶ.その一般性の高さから,今後,物理学のみならず,工学や生命科学等,幅広い分野への波及が期待される.

  • 後藤 雄二, Ralf Seidl, 中川 格
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 10 号 p. 675-684
    発行日: 2022/10/05
    公開日: 2022/10/05
    ジャーナル 認証あり

    陽子は高エネルギーにおいて量子色力学(QCD)に基づきクォークとグルーオンから構成されると理解されているが,陽子のスピン量子数1/ 2をその構成要素から説明することは長年の課題である.陽子のもう一つの量子数である電荷+1は3つの価クォーク電荷の総和でうまく説明できるため,陽子のスピンも同様に価クォークのスピンが担うと思われた.

    実際に高エネルギー偏極レプトン散乱実験でクォーク・スピンの寄与を測定してみたところ,現在までにその寄与はせいぜい30%程度であることが判明している.これは「陽子スピンのパズル(謎)」と呼ばれ,高エネルギーQCD分野における未解決問題の一つである.

    では残りの70%はどこから来ているのだろうか? ここで浮上してきたのが,グルーオンのスピンである.陽子はクォークとグルーオンで構成されているから,クォーク・スピンで説明がつかない分はグルーオン・スピンの寄与で補われるのだろうと予想された.

    クォーク・スピンの寄与の特定に華々しい実績を残してきた高エネルギー偏極レプトン散乱実験だが,レプトンが散乱される際に交換される仮想光子は,陽子内のグルーオンと直接相互作用をしないため既存のレプトン散乱実験ではグルーオンに対する感度は余り高くない.そこで米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)では,世界で唯一の高エネルギー偏極陽子–陽子衝突型加速器を用いてグルーオン・スピンの寄与の測定に挑んだ.

    2001年から10年以上に及ぶ実験で,ようやくグルーオン・スピンの寄与はゼロではなく,おおよそクォーク・スピンの寄与ぐらいである証拠を掴んだ.まだその精度は十分と言えるほど高くないが,クォークとグルーオンのスピンの寄与を足し合わせても,陽子のスピン全てを説明することはできない可能性が出てきた.陽子の構成要素はクォークとグルーオン以外にないのだから,それらのスピンの寄与を足し合わせて陽子スピンにならなければおかしいのではないか? 何か見落としはないか?

    クォークとグルーオンは陽子という閉じられた空間内で運動をしているので,それらの軌道角運動量も陽子スピンに寄与できる.つまり陽子スピンには,クォークとグルーオンのスピンの寄与とそれらの軌道角運動量の和で与えられる「スピン和則」が成り立つ.軌道角運動量の測定を目的とした実験も既に多く存在するが,測定した観測量と軌道角運動量を関連付けるのは一筋縄ではいかないため,現時点では軌道角運動量の寄与はあまりよくわかっていない.しかし近年実験手法もより洗練され,理論の発展も著しく,軌道角運動量を特定する土台が急速に整備されつつある.

    陽子スピン1/ 2を構成要素から説明する研究は,陽子スピンに寄与しうるそれぞれの成分を一つ一つ高精度で測定し,最終的にスピン和則が満たされることを確かめるのがゴールである.そのためにはクォークとグルーオンのスピン,及び軌道角運動量の寄与をそれぞれ精密に測定しなければならない.スピンパズルは偏極陽子–陽子衝突実験で解決まであと一歩のところまで追い詰めた.この追求のバトンは,2030年頃にBNLで実験開始が予定されている世界初の電子–イオン衝突型加速器に引き継がれる.

最近の研究から
  • 本多 正純
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 10 号 p. 685-689
    発行日: 2022/10/05
    公開日: 2022/10/05
    ジャーナル 認証あり

    近年量子計算機を取り巻く技術が急速に発展している.ここでは“ユーザー”として,このような発展が場の量子論の数値シミュレーションにどのように役立つかを考える.場の量子論は様々な物理学における共通言語であるが,一部の特殊な例を除いて解析的に解くことは難しい.それゆえしばしば数値計算に頼りたくなるが,現時点では既存の手法では効率的な数値シミュレーションが難しい場面も少なくない.

    通常場の量子論の数値シミュレーションでは,ラグランジュ(経路積分)形式の場の量子論に対して格子正則化を行い,物理量を表す多重積分にモンテカルロ法が適用される.これはボルツマン重みで与えられる確率で場の配位を生成し,積分を生成サンプルに関する平均によって近似する方法である.しかしながら,ボルツマン重みが正の実数でない場合は,確率解釈を直接適用することができないため,何らかの工夫が必要となる.特に,被積分関数が激しく振動するような場合は様々な工夫を凝らしても解析が難しいことが知られている(符号問題と呼ばれる).これは物理的には例えばトポロジカルな相互作用や化学ポテンシャルがある場合,実時間系などにしばしば現れる.

    一方ハミルトン(演算子)形式に基づいた数値シミュレーションの場合,技術的に行う問題は積分ではないため,符号問題ははじめから存在しない.しかし場の量子論の状態空間は典型的に無限次元であり,正則化を行った後でも状態空間の次元は“自由度”の増加に対して指数関数的に増大する.そのため非常に大きな次元をもつベクトル空間上で線形代数を行わなくてはならず,典型的には莫大な計算コストがかかる.しかし量子計算機を用いれば,少なくとも一部の問題に関しては計算量が劇的に少なくなることが期待されている.

    場の量子論を量子計算機に乗せるには,状態空間が有限次元になるような正則化を行った後に,スピン系に書き換えれば良い.多くの場合,はじめに時空の内の空間部分に格子正則化が適用される.フェルミオン場の場合はこれだけで状態空間が有限になり,適当な変換の下でスピン系に書き換えることができる.ボソン場では,特殊な場合を除いて格子に切ってもなお状態空間は無限次元となっているため,数値シミュレーションを行うためにはさらなる正則化が必要となる.

    本研究において,我々はチャージqシュウィンガー模型の基底状態を構成し,様々な物理量の計算を行った.シュウィンガー模型は作用にシータ項と呼ばれるトポロジカル項をもつが,その係数が小さくないときは符号問題により通常のモンテカルロ法による解析が困難なことが知られている.この模型は境界条件をオープンに取りガウス則を用いると,純粋にフェルミオン場のみをもつ系になり,比較的容易にスピン系に書き換えることができる.基底状態の構成には,断熱近似を量子回路により実装するアルゴリズムを用いた.

    現在のところ,量子計算機の実機では必要な量子ビット数に対して誤りが少ない結果を得るのは難しいので,ここではシミュレータを用いて数値シミュレーションを行った.最もよく研究されてきたq=1の場合は,カイラル凝縮と呼ばれる量をシータ項の係数が大きい領域も含めて解析を行い,その連続極限を量子シミュレーションの文脈で初めて取ることに成功した.より一般のqの場合は,重い荷電粒子の間のポテンシャルを計算した.フェルミオンの質量が小さいときに信用できる解析的な計算から,このポテンシャルの定性的な性質は,粒子の電荷やシータ項の係数の値に強く依存することが期待されている.シミュレーションにより,このような振る舞いが有限質量でも起きることが分かった.

実験技術
  • 齋藤 真器名, 山口 毅, 長尾 道弘
    原稿種別: 実験技術
    2022 年 77 巻 10 号 p. 690-697
    発行日: 2022/10/05
    公開日: 2022/10/05
    ジャーナル 認証あり

    凝縮系中における原子・分子の並進運動は,拡散係数などの物質輸送特性はもちろん,系の粘弾性特性や破壊力学特性など様々なマクロ物性や機能の微視的起源となっている.したがって,物質特性や機能を制御する上で,微視的な構造や運動を理解することは必要不可欠である.

    一口に原子・分子スケールの運動といってもその微視的描像の理解は困難である.測定対象中の運動の特徴的時間(または振動数)スケールは,例えばNMRや誘電緩和分光法などにより比較的広い時間(振動数)領域で決定することができる.しかし,これらの方法では通常どのようなサイズ(空間スケール)の運動が起きているのか直接知ることは難しい.

    一方,サブnm程度の波長をもつ電子・中性子・X線などを用いた散乱(回折)実験を行うことで測定対象中の微視的な構造情報を得ることができる.さらに,非弾性・準弾性散乱実験を行うことで,対象中の定常的な微視的ダイナミクスの観測が可能となる.

    右図に既存の微視的ダイナミクス測定法がカバーする時間・空間領域を示す.この図中には従来法では観測できない領域(破線で囲まれていない領域)がある.この事実は,人類がいまだに身近にある物質中の運動の全貌,すなわち物質特性の微視的起源を知る実験的手段を有していないことを示している.

    近年,放射光により生成された14 keVの単色メスバウアーガンマ線を用いて時間領域干渉計を構築することで,準弾性散乱実験が本格的に可能となってきた.通常の干渉計はビーム経路を空間的に2方向に分岐するが,時間領域干渉計はガンマ線の経路を時間–空間方向に分岐し,再度経路を重ねあわせてガンマ線の干渉パターンを観測するユニークな干渉計である.時間領域干渉計を散乱実験に組み込むことで,同一の散乱経路を異なった時間に通過したガンマ線の干渉パターンを得ることが可能となり,散乱試料中の微視的構造の時間変化を干渉パターンの変化として精密に観測することができる.

    右図に示すように,時間領域干渉計を用いることで,原子・分子レベルの空間スケールに対応する波数q領域において,ナノ–マイクロ秒スケールの時間領域で準弾性散乱実験が可能となってきた.この時間・空間スケールでは,過冷却液体,ガラス,ソフトマターなど様々な系において原子・分子の運動が起こっているが,測定の困難さからその微視的描像はよく分かっていなかった.

    これまで,時間領域干渉計により深く過冷却した液体,メソスケールの構造を有する高級アルコール,脂質膜などの様々な系において新しい微視的ダイナミクスの知見が得られ,それによる物質特性の微視的理解が可能となってきている.

    さらに現在核モノクロ法とよばれるメスバウアーガンマ線を用いた新しい準弾性散乱測定法が開発されている.これらの新しい測定系と既存の測定系による相補的な研究によって,今後さらに広い時間・空間スケールにおけるダイナミクス測定が可能となり,様々なマクロ物性や機能の微視的起源が解明できると期待される.

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