日本物理学会誌
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77 巻, 3 号
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巻頭言
目次
解説
  • 武田 真滋
    原稿種別: 解 説
    2022 年 77 巻 3 号 p. 136-144
    発行日: 2022/03/04
    公開日: 2022/04/05
    ジャーナル フリー

    統計物理系の物理量を計算するうえでモンテカルロ法は非常に有効であり大きな成功を収めてきた実績がある.しかし,この方法ではボルツマン因子を確率として扱うため,もしそれが負または複素数の場合はこの方法はそもそも使えなくなってしまう.これを一般的に符号問題と呼ぶ.この問題は計算科学の様々な場面で顔を出し,多くの研究者を悩ませてきた.実際,この問題に対抗すべく多種多様なアイデアが提案されては結局は失敗するという無残な光景がしばらくの間繰り返され,さらには,符号問題解決という切実な願いを踏みにじるように,この問題はNP困難であることが証明されてしまった.つまり,符号問題を打ち負かそうとどんなに工夫をしようが,一見封じ込めたようにみえたとしても,別の形でしっぺ返しがくることを予見している.ということは,符号問題のために解析することが難しいモデル,例えば素粒子物理学の中でいえば,有限クォーク数密度QCDやカイラルゲージ理論などの非摂動的ダイナミクスを第一原理計算によってうかがい知ることは不可能なのだろうか? もちろん,答えは否である(と考えたい).実際,NP困難性は符号問題に対する一般的な解法の存在を否定しているだけであり,特定のモデルや理論に対する個別の回避法の存在は否定していない.

    符号問題の回避策の一つとして最近注目を集めているのがテンソルネットワーク法である.その特徴は,特異値分解に基づく定量的な情報圧縮と実空間くりこみ群による物理自由度の粗視化のアイデアを取り入れている点である.物性系では,量子多体系の変分問題を解く方法として,素粒子系では主に,経路積分を直接評価する方法として発展している.

    一方,テンソルネットワーク法の課題に目を向けると,2つの問題が残されている.1つ目は,高次元系での計算コストが非常に高くなるという問題である.2次元系ではモンテカルロ法と並ぶ,あるいは場合によってはそれを凌ぐような精度を達成しているのに対し,そのコストが次元に関して指数関数的に増大することから高次元系での研究は低次元系ほどは進んでいなかった.しかし,近年,コスト削減アルゴリズムの開発が特に日本を中心として活況を呈しており,現在利用可能な計算資源でも単純な内部自由度をもつ系であれば,3ないしは4次元系における精密計算も視野に入ってきた.今後は,コスト削減のために犠牲となった近似精度の向上が鍵となるであろう.

    2つ目の課題は情報圧縮の可否の問題である.どのような系でもテンソルネットワーク法を適用すれば情報圧縮が可能であるという保証はなく,現在のところその可否を個々の系で調べるしかない.よって,理論空間の中でモンテカルロ法でもテンソルネットワーク法でもアクセス不可能な領域が存在するかもしれない.それら以外の方法でも解析できないような理論が存在するのだろうか,など計算の可能性という観点から問題を掘り下げるのも興味深い.今後はテンソルネットワーク法を進化させてその実績を積み上げるのはもちろんのこと,その概念的な位置づけの理解を深めていくことも重要なテーマになるであろう.

  • 田財 里奈, 大成 誠一郎, 紺谷 浩
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 3 号 p. 145-154
    発行日: 2022/03/04
    公開日: 2022/04/05
    ジャーナル フリー

    金属中の無数の電子が織りなす「多彩な自発的対称性の破れ」は,金属電子論における現代の中心的課題である.最近そのバラエティーが急速に拡大し,量子液晶として包括的に研究されている.その一方で,「なぜ量子液晶が発現するのか?」や「量子液晶の対称性がどのように決定されるのか?」という根本的問いに対する答えは見つかっておらず,物理現象の基本原理はいまだ謎に包まれている.これらの解明は,理論家に課された重要課題であり,そのための理論整備が急速に進められている.

    この新潮流の中で,従来の近似理論を超えた多体効果である「揺らぎ間の干渉効果」,すなわち量子的もつれ合いの重要性が徐々に明らかになってきた.この干渉効果は,電子の軌道占有数の偏りである「軌道秩序」や,電子の原子間の飛び移りの大きさが空間的に増減する「ボンド秩序」,原子間を永久自発電流が流れる「電流秩序」といった多彩な量子液晶相を生み出す.これらの液晶秩序は,鉄系超伝導体や銅酸化物超伝導体をはじめ,Ir酸化物,重い電子系において相次いで発見され,この分野の発展の大きな契機となった.

    例えば鉄系超伝導体FeSeにおける液晶相は,回転対称性を破る「ネマティック秩序」であり,その終端で観測される高温超伝導や量子臨界現象などの新規創発現象が,現在精力的に研究されている.また各種銅酸化物やIr酸化物,層状カゴメ格子金属においては,ナノスケールのループ状の電流秩序が相次いで報告され,量子液晶相の研究は現在活況を帯びている.

    液晶秩序を統一的に研究するうえで,「構造因子fk)」を導入すると,対称性に注目した見通しのよい議論が可能である.例えば銅酸化物超伝導体などで実現するd波対称性のボンド秩序の構造因子は偶関数fk)∝k 2xk 2yであり,電流秩序は奇関数fk)∝kxである.また,量子液晶は微視的に「電子・正孔対のボースアインシュタイン凝縮」であり,クーパー対の凝縮である超伝導現象との類似性は,理論構築の上で重要なヒントを与える.

    fk)を仮定なく(コントロールされた近似で)最適解を求める手法として,(i)熱力学ポテンシャルの極値条件である密度波方程式を解く手法と,(ii)汎関数くりこみ群理論に基づき構造因子を最適化する手法がある.これらの手法に基づき,鉄系および銅酸化物で観測される偶パリティの軌道・ボンド秩序,フラストレート系における奇パリティの電流・スピン流秩序が,量子揺らぎ間の干渉機構で自然に解釈できることがわかった.

    さらに最近の話題として,新規カゴメ格子系超伝導体AV3Sb5(A=Cs, Rb, K)におけるDavid Star電荷秩序の正体が,干渉機構によるボンド秩序であることを提唱した.この系の超伝導転移温度は電荷秩序の量子臨界点近傍で最大になるため,ボンド秩序の量子揺らぎが超伝導を媒介している可能性がある.「ボンド揺らぎが糊となってクーパー対が形成されるという新規超伝導機構」により,s波超伝導や,トリプレットp波超伝導が実現する可能性がある.幾何学フラストレーションと量子干渉機構との協力により豊かな量子相転移が出現し,今後の新展開が期待される.

最近の研究から
  • 川田 和正, 大西 宗博, 佐古 崇志, 瀧田 正人
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 3 号 p. 155-160
    発行日: 2022/03/04
    公開日: 2022/04/05
    ジャーナル フリー

    宇宙線は宇宙から等方的にやって来る陽子を主成分とする高エネルギーの原子核である.1912年の宇宙線発見以来,そのエネルギースペクトルは10桁以上にわたり観測されてきたが,その起源,加速機構や伝播など多くの謎が残されている.宇宙線スペクトルは冪関数で表されるが,最も顕著な特徴は4 PeV(=4,000 TeV)付近の折れ曲がりであり,そのエネルギー以上で宇宙線フラックスの減少割合が高くなる.

    この観測結果から,少なくともPeV付近までの宇宙線は銀河系内の天体,例えば超新星残骸で加速されていると考えられてきた.しかし,宇宙線をPeV付近に加速できる「ペバトロン」と名付けられた天体の探索が長年続けられてきたが,そのような天体の正体はいまだ不明である.

    荷電粒子である宇宙線は銀河磁場によって曲げられ到来方向を失うため起源の特定は難しいが,直進するガンマ線はそれを可能にする.PeV宇宙線は起源天体近くの分子雲と衝突すると,宇宙線エネルギーの約10%(=100 TeV)をもつガンマ線を放射するため,100 TeV以上のガンマ線観測はペバトロン特定の強力な手段となる.しかし,これまでに実験的に知られている銀河系内天体における宇宙線の加速限界は,超新星残骸のガンマ線観測から0.01 PeV程度であり,ペバトロンの加速エネルギーには全く達していない.

    Tibet ASγ実験は,中国チベット自治区の高原(標高4,300 m)に設置された空気シャワー観測装置により広視野で宇宙線・ガンマ線の観測を行っている.高エネルギーガンマ線(または宇宙線)は,大気中で「空気シャワー」と呼ばれる粒子カスケードを起こし,シャワー状に粒子が地上に降り注ぐ.この空気シャワー中の粒子を,多数の粒子検出器からなる空気シャワー観測装置で捉え,元のガンマ線のエネルギーと到来方向を決定する.また,ガンマ線信号に対して雑音となる宇宙線を排除するために,空気シャワーに含まれるミューオンを利用する.空気シャワー中に含まれるミューオン数を測定するために,ミューオン以外の粒子が十分吸収される地下に,約3,400 m2の水チェレンコフ型ミューオン観測装置が建設された.ガンマ線起源の空気シャワー中のミューオン数は,宇宙線起源のそれと比べて極端に少ないため,ガンマ線と宇宙線の選別が高精度で可能になった.

    これにより,100 TeV以上で宇宙線雑音を1,000分の1に減らすことに成功し,超新星残骸/パルサー星雲である「かに星雲」から世界で初めて100 TeVを超えるガンマ線を統計的有意に観測した.ガンマ線の最高エネルギーは450 TeVにも達し,当時観測史上最も高いエネルギーのガンマ線の検出に成功した.これは,PeV近くまで加速された電子が低エネルギーの光子を叩き上げる逆コンプトン散乱によってガンマ線が放射されていると考えて矛盾がなく,宇宙線の起源とは言えなかった.しかしその後,超新星残骸「G106.3+2.7」と分子雲の方向が重なる場所からも100 TeVを超えるガンマ線の観測に成功した.これは,PeV宇宙線が分子雲と衝突して発生した中性パイ中間子の崩壊を通してガンマ線が発生したと考えるのが自然であり,ペバトロンの有力な候補の発見となった.

  • 後藤 郁夏人
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 3 号 p. 161-166
    発行日: 2022/03/04
    公開日: 2022/04/05
    ジャーナル フリー

    物が地上に落下する現象や地球が太陽の周りを回る現象,これらの背後にはいずれも重力が作用している.今から100年前,アインシュタイン(A. Einstein)によって重力とは時間と空間の歪み(時空の幾何の性質)に他ならないことが明らかにされ,それに基づき一般相対性理論が構築された.一般相対性理論が天体などのマクロな重力現象を記述する一方,ミクロな振る舞いは量子論の法則に支配される.この二つの理論を柱として現代物理学は発展してきた.現代物理学が挑む最大の問題の一つに,これら二つの理論を如何に“量子重力”として統一的に理解できるかという問題がある.

    量子重力を理解するうえで大きな鍵を握る,ブラックホールの情報問題という長年未解決の大問題が知られている.この問題はホーキング(S. Hawking)によって発見された,ブラックホールの熱放射現象(ホーキング放射)に起因する.この放射によりブラックホールはエネルギーを失い,小さくなっていき,最終的に消滅してしまう.この現象はブラックホールの蒸発と呼ばれる.

    ここで蒸発前にブラックホール内部に何か情報を隠し込んだとしよう.ブラックホールが蒸発し,消滅すると,この情報は宇宙から完全に消えてしまうように思われる.これは量子論のユニタリ性と矛盾する.これがブラックホールの情報問題である.

    以上の議論はホーキング放射が完全な熱放射である(ブラックホールの温度の情報しかもっていない)ことを仮定していた.蒸発後に時空に残されたホーキング放射にブラックホール内部の情報がすべて含まれていれば,このパラドクスは回避される.

    ホーキング放射の中にブラックホール内部の情報が含まれているかどうかを知るにはホーキング放射のエントロピーの振る舞いを調べればよい.もし,蒸発に伴ってホーキング放射のエントロピーが増大していく一方であるならば,ホーキング放射にはブラックホール内部の情報が全く含まれていない.一方,ホーキング放射がある時刻を境に減少し,最終的にゼロになればブラックホール内部の情報はすべてホーキング放射の中に含まれていることになる.

    最近,筆者を含む研究グループは重力の経路積分という方法を用いて,蒸発するブラックホールにおけるホーキング放射のエントロピーを計算した.重力の経路積分は量子重力の計算を時空の幾何を用いて近似的に行う手法である.エントロピーの計算は元の時空をn個に複製したレプリカ時空を用いて行われる(レプリカ法).単に元のブラックホール時空をn個に複製したものを用いてホーキング放射のエントロピーを計算すると,時間とともに増大していく振る舞いが得られる.これは元々ホーキングが得た情報の損失を示唆する結果である.

    一方,重力の経路積分では,その他様々な時空の幾何からの寄与を考え合わせ,重力の量子揺らぎの効果を取り入れることができる.今回の重要な発見は,n個に複製された各時空を繋げるワームホールと呼ばれる時空構造が重力の量子効果によって形成され,このワームホール時空がレプリカ法で計算されたホーキング放射のエントロピーの振る舞いを大きく変えるということである.実際,このワームホール時空を考慮しホーキング放射のエントロピーを計算すると,従来の計算と異なりエントロピーはある時刻を境に減少に転じ,最終的にゼロになることが確かめられる.

    今回の発見は,ホーキング放射にブラックホール内部の情報が含まれていることを示唆し,ブラックホール情報問題の解決に向けた重要な知見になると考えられる.一方,ブラックホールの情報回復をもたらす蒸発過程のメカニズムはいまだ理解が不十分であり,量子重力の基礎的なメカニズムの理解に密接に関わるものと考えられる.

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