日本物理学会誌
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77 巻, 5 号
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巻頭言
目次
解説
  • 平石 雅俊, 岡部 博孝, 門野 良典
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 5 号 p. 278-286
    発行日: 2022/05/05
    公開日: 2022/05/07
    ジャーナル フリー

    水素(H)はあらゆる物質に入り込む普遍的な不純物であり,鉄における水素脆性の例に見られるように,時として材料の性質を大きく左右する.半導体の分野においても,シリコン中でHがホストの導電性に大きな影響を及ぼすことが知られて以来,Hの挙動は大きな関心の対象である.これまでの研究からは,取り込まれたHの大部分は他の欠陥中心( p型・n型を問わず)と複合体を作り,それらの電気活性を奪う不動態化が起きることが知られている.このようなHを含む複合欠陥については既に様々な実験手法で解析が行われ,その局所構造が解明されつつある.

    一方で,もうひとつの重要な問題であるH自身の両極性不純物としての活性については,依然として未解明な部分が多い.製造プロセスなどで取り込まれるような微量のHは,多くの場合孤立した欠陥中心として存在すると考えられる.そのような孤立Hの挙動を理解することは,実用上だけでなくHが関与する電気活性全体を理解するための基礎的な学理という意味でも重要である.しかしながら,実際の材料中では孤立したHの相対的な存在量は少なく,それを直接的に観測する手法も限られている.

    このような背景の下,孤立Hの局所電子状態について実験的に情報を得られる数少ない手段として応用されてきたのが,素粒子ミュオン( μ)を使う方法である.ミュオンは陽子の1/ 9,電子の206倍の質量を持ち,電子との相互作用では断熱近似がよく成り立つため,物質との相互作用(化学的性質)という意味ではミュオンは水素の軽い放射性同位体,つまり擬水素(Mu)とみなすことができる.

    特に近年,酸化亜鉛(ZnO)の意図しないn型伝導の起源として格子間Hの可能性が第一原理計算によって指摘されて以降,酸化物を中心にn型不純物(ドナー)としてのHの電子状態をMuで調べる研究が盛んに行われてきた.しかしながら,観測されるMuの荷電状態が,Hについての第一原理計算で得られる熱力学的な電子準位(E+/-)からの予測と必ずしも一致しない,という基本的な問題が残っていた.

    そこで我々は,これまでにHについての第一原理計算が行われた酸化物を中心に,Hの両極性という観点からMuの実験結果について再検討を行った.その結果,Muの電子状態はE+/-で記述される熱平衡状態ではなく,μ注入に伴う電子励起に付随した緩和励起状態であり,それらが第一原理計算で準安定状態として予測されるアクセプター準位(E-/ 0),およびドナー準位(E+/ 0)を伴った電子状態に対応する,というモデルに到達した.そこで,この「両極性モデル」に従って,アクセプター/ドナー準位とバンド構造との関係からMuの荷電状態が決まると仮定すると,実験結果を統一的に記述できることを見出した.

    このモデルは,第一原理計算からは予想されないZnO,TiO2などの「浅いドナーMu」の起源についても,「ドナー束縛励起子」という新たな可能性を提示するなど,擬水素Muからの情報を的確に解釈するための強力な手段となりつつある.また,Hについての第一原理計算の解釈をこのモデルによって深化させることで,励起状態を含むHの電子状態の全体像の理解へとつながることが期待される.

最近の研究から
  • 中村 哲, 永尾 翔, 田村 裕和, 山本 剛史
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 5 号 p. 287-292
    発行日: 2022/05/05
    公開日: 2022/05/07
    ジャーナル フリー

    陽子と中性子は電荷の有無という大きな違いがあるがほぼ同じ質量をもち,さらに核力に対する振る舞いもほぼ同じである.例えば陽子1個と中性子2個から構成される三重水素(3H)と陽子2個と中性子1個からなるヘリウム3(3He)は鏡映核の関係にあり,ほぼ同じ質量(約2,800 MeV/c2)をもつが,この両者の質量差から,陽子と中性子の質量差およびクーロン相互作用の効果を除外して,核力による3Hと3Heの束縛エネルギー(それぞれ約8 MeV)の差を求めると,わずか0.07 MeV程度しかない.これは陽子・陽子間と中性子・中性子間の核力の強さがほとんど等しいことを示している.このような陽子と中性子の入れ替えに対する核力(そして原子核)の対称性を荷電対称性(Charge Symmetry)という.

    核子だけで構成される通常の原子核に,最も軽いハイペロンであるラムダ粒子を束縛させたものをラムダハイパー核と呼ぶ.半世紀ほど前に実施された実験結果に基づいて,通常の原子核では良く成り立っている荷電対称性が4ΛH(三重水素にラムダ粒子が束縛した系)と4ΛH(ヘリウム3にラムダ粒子が束縛した系)の間で大きく破れているのではないか,と言われてきたが,その証拠とされる実験結果の一部は統計量,分解能のどちらも不十分であり,ラムダハイパー核における大きな荷電対称性の破れの有無は確定していなかった.

    この状況を打破すべく,我々は最新の実験技術を駆使した2つの実験をドイツMAMI電子加速器施設と茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCで行った.

    MAMIにおいては薄い9Beフォイルに1.508 GeVの電子ビームを照射した.生成されたハイパー核の破砕反応から生じた4ΛHハイパー核は,その多くが標的中に静止して弱い相互作用により4He+πに2体崩壊する.このとき放出されるπの運動量を精密に測定することにより,親核である4ΛHの基底状態の質量を過去の実験より10倍良い分解能で測定することに成功し,電子ビームを用いて生成したラムダハイパー核の崩壊π中間子分光法という新しい実験手法が確立した.この測定により4ΛH,4ΛHeの基底状態(スピン0)のラムダ束縛エネルギーに対して,その存在が示唆されていた大きな荷電対称性の破れが確かに存在することを明らかにした.

    一方,J-PARCハドロン施設においては,従来の4ΛHeの励起エネルギー測定で使用されていたNaI(Tl)検出器の25倍の分解能をもつゲルマニウム検出器群Hyperball-Jを用いて4ΛHeのスピン1の励起状態からスピン0の基底状態への脱励起に伴うγ線を精密分光することに成功した.この結果から4ΛHeの励起状態(スピン1)と基底状態(スピン0)のエネルギー間隔は従来信じられていた値と大きく異なり,4ΛHと4ΛHeの励起エネルギーに大きな荷電対称性の破れがあることを示した.さらに,励起状態(スピン1)のラムダ束縛エネルギーでは荷電対称性の破れは小さいことも分かった.

    これら2つの新測定により,質量数4ラムダハイパー核において確かに荷電対称性が大きく破れていることと,その破れ方がスピンに依存するという新たな知見が得られた.この現象はまだ理論的に説明できず,核力(バリオン間力)の我々の理解が不十分であることをさらけ出した.謎の解明に向けた研究が進められている.

  • 横溝 和樹, 村上 修一
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 5 号 p. 293-297
    発行日: 2022/05/05
    公開日: 2022/05/07
    ジャーナル フリー

    近年の実験技術の発展により,外部環境と相互作用する非平衡系の研究が大きく進展している.特に,外部環境の自由度を消去することで非平衡系を非エルミートハミルトニアンで有効的に記述できる.このような非平衡系は非エルミート系と呼ばれ,平衡系では見られない豊かな物理を示す.

    よく知られた例として非平衡系の境界条件への鋭敏性が挙げられる.例えば,平衡系では系が十分に大きければ任意の境界条件の下での物理は変わらない.この事実は,ブロッホの定理による物質の電子のバンド構造の計算を可能にする.一方,非平衡系では境界条件の選択が物理に重要となる場合がある.当然,このことは非エルミート系にも当てはまる.境界条件鋭敏性によって見られる現象の1つに非エルミート表皮効果が挙げられる.周期ポテンシャル中の非エルミート系において,この効果により,開放境界条件の下でのバルクの固有状態は系の端に局在する.

    したがって,非エルミート系の解析には注意が必要になる.一般に,周期境界条件と開放境界条件それぞれの下でのエネルギーバンドは全く異なる.前者はブロッホの定理から計算できる.一方,後者はどのように計算すればよいか知られていなかった.その結果,非エルミート系においてはバルクエッジ対応が破れると考えられていた.

    本研究では周期ポテンシャル中の非エルミート系に着目し,開放境界条件の下でのエネルギーバンドの計算方法を構築した.これが非エルミート系におけるブロッホバンド理論である.この理論は,有限サイズの系のエネルギー準位が,熱力学極限ではある幅をもつ連続的なバンドを形成するという点に着目する.そして,このエネルギーバンドは複素数の値を取るブロッホ波数から与えられる.エルミート系の場合にブロッホ波数kが実数の値を取ることと比較すると,複素ブロッホ波数kは非エルミート系に特有である.また,複素ブロッホ波数kに対して,β≡eikの集合は複素平面上で閉曲線をなす.この閉曲線を一般化ブリルアンゾーンと呼ぶ.

    一般化ブリルアンゾーンはエルミート系では必ず単位円であるが,非エルミート系では一般に微分不可能点をもつ閉曲線となる.また,系のパラメータに依存してその形状が変化する.さらに,大きなサイズの系に対する数値対角化を実行することなく,開放境界条件の下でのエネルギーバンドの漸近形を求めることができる.重要なことは,この結果は系の端の状況に依存しないことである.また,その他にも様々な物理が一般化ブリルアンゾーンから明らかになる.例えば,一般化ブリルアンゾーンから定義されたトポロジカル不変量はトポロジカルエッジ状態の存在を予言することができる.実際,量子光学系における実験によって一般化ブリルアンゾーンを用いたトポロジカルエッジ状態の出現の予測が正しいことが実証されている.

  • 早川 竜馬, Tuhin Shuvra Basu, 若山 裕
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 5 号 p. 298-303
    発行日: 2022/05/05
    公開日: 2022/05/07
    ジャーナル フリー

    単分子を集積回路の構成要素とする分子デバイスのアイディアは,1974年にAviramとRatnerによる分子ダイオードの提案に始まる.その後,単分子接合を効率的かつ再現性よく形成する技術が確立され,単分子トランジスタや単分子メモリなど興味深いデバイス提案がなされてきた.しかしながら,50年近く経った現在でも,未だ実用化には程遠いのが現状である.分子の持つ“優れた量子機能”を如何に実用デバイスの中で発現するかが重要な鍵となる.

    一方で現在のエレクトロニクスを支えるシリコンデバイスも大きな転換点を迎えている.素子の微細化によるトランジスタの高性能化は限界を迎え,従来とは異なる新しい動作原理で駆動するトランジスタの開発が求められている.そのため,ソース電極からドレイン電極へ流れる電荷の流れをトンネル効果により制御するトンネルトランジスタは,高速動作,低消費電力を兼ね備えた次世代トランジスタとして期待されている.しかしながら,“0”と“1”の2値動作という点では従来のトランジスタと変わらない.

    上記背景から,筆者らは現在のシリコンプロセスに適合した分子トランジスタを開発するため,分子を量子ドットに用いた縦型トランジスタを提案している.分子は,原子レベルで厳密に規定された均一な粒子であり,サイズ分布の無い理想的な量子ドットとして機能する.分子の持つ離散準位(分子軌道)を利用した単電子トンネル伝導を誘起できれば,低消費電力化に加え,多値化が実現でき,トランジスタのさらなる高性能化が期待できる.これまで,トランジスタの基本構造である金属–絶縁体–半導体構造の絶縁膜にC60分子を始め様々な分子を集積し,2重トンネル接合として機能することを示してきた.本研究では,上記トンネル素子をさらに縦型トランジスタのチャネル層に応用し,分子軌道を反映したトンネルトランジスタ動作を実証したので報告する.

    C60分子は3重縮退した最低空軌道と5重縮退した最高被占軌道を持つ.そのため,単一電荷が縮退した分子軌道へ注入されると帯電エネルギーにより縮退準位がシフトし,異なる準位として観測される.実際,20 Kにおいて測定したドレイン電流–ドレイン電圧特性において,縮退した分子軌道が等間隔に観測され,単電子トンネル伝導を確認した.オーソドックス理論を用いたシミュレーションから導出したトンネル接合容量を用い,量子ドット径を算出したところ1.3~1.9 nmとなった.これは,C60分子1~2個分に相当する.チャネル層には104–105個の分子が存在しているが,各分子が孤立分散しているため,少数分子に起因するトンネル伝導を観測できる.また,300 Kにおいても上記伝導機構が維持されており,室温動作も視野に入る.さらに僅か5 nmのチャネル長であるにもかかわらず,4桁にわたるドレイン電流のゲート変調に成功した.これは,分子軌道の変調効果に加え,シリコン基板内に形成される空乏層によりドレイン電流が効果的に制御された結果で,分子をシリコンデバイスに集積する一つの利点と言える.今後,様々な機能性分子を用い,無機材料では実現できない“分子固有の機能”を兼ね備えた次世代トランジスタが実現できると期待される.

  • 岩井 伸一郎, 川上 洋平, 伊藤 弘毅, 米満 賢治
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 5 号 p. 304-309
    発行日: 2022/05/05
    公開日: 2022/05/07
    ジャーナル フリー

    近年の超短パルスレーザー技術の発展は,電子温度の上昇に隠されていた物質の光励起の「内側」をもあらわにしつつある.わずか数フェムト秒(1フェムト秒=千兆分の1秒)に集中した~V/Åにも及ぶ瞬時電場振幅は,「ペタ(千兆)ヘルツ」というとてつもない高周波数で駆動される新たな光エレクトロニクスを創成しつつある.こうした研究は,主にバンド絶縁体やグラフェン,ナノ金属などで進められているが,電子の多体効果が顕著な強相関電子系では,一電子描像を超えた光強電場効果も予想される.電子間クーロン反発のエネルギーが数eV(h /(1フェムト秒):hはプランク定数)であることを考えれば,こうした極短時間のアプローチが,相関電子の本質に迫り,その潜在能力を活かすための突破口になる可能性も期待できる.

    一般に,光パルスの照射は瞬時に物質の電子温度を上昇させ,強相関物質の特徴的な秩序状態を熱的に壊してしまう.仮に電子温度が上昇する前に光電場の印加を完了できたら何が見えてくるのだろう? よく知られているように,光の振動電場Et)を物質に印加しても通常パルス全体で正味の電流密度jは生じない.オームの法則( jt)=σEt),σは伝導度)が成り立てば,光によって生じる光電流の時間積分はゼロになるからである.しかし,光による電場の印加が電子間散乱の時間よりもずっと短時間で完了するならば,電子は光電場Et)によって加速され,電流は電場の時間積分j(τ)∝∫0τ Et)dtで与えられる.この無散乱電子加速による電流(無散乱電流)は,キャリアエンベロープ位相(CEP)と呼ばれる時間軸上における振動電場の位相パラメータ(包絡線関数と光の搬送振動の相対位相)に依存して変化する.このように,「電子温度が上昇する以前の時間」には,これまでの常識とは異なる新たな光物性や光機能への鍵が隠されている.

    我々は,有機超伝導体を対象に,パルス幅6フェムト秒の極超短パルスとそのCEP制御技術を用いた光強電場効果の測定を行った.電子温度の上昇に要する時間が比較的長い(~40フェムト秒)有機物質を対象とすることによって,無散乱電流による光強電場効果を捉えることに成功した.注目すべきことに,これらの光強電場現象(電荷の同期振動による誘導放出と,無散乱電流による(電流誘起)第二高調波発生(SHG))は,超伝導転移温度よりも高い温度領域で観測される超伝導ゆらぎ(クーパー対の短距離相関)によって異常増大を示す.10フェムト秒以下という極超短時間における誘導放出の温度依存性は,超伝導の微視的機構が,超伝導ギャップよりもはるかに高エネルギーの相互作用と関係していることを強く示唆している.このように,電子温度の上昇に隠されてきた光励起の「瞬間」を捉えることによって,強相関電子系の新たな物性研究と光機能探索が可能になると筆者らは考えている.

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