日本物理学会誌
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77 巻, 9 号
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巻頭言
目次
交流
  • 一杉 太郎
    原稿種別: 交流
    2022 年 77 巻 9 号 p. 592-601
    発行日: 2022/09/05
    公開日: 2022/09/05
    ジャーナル フリー

    機械学習とロボットが「自動的・自律的」に実験的研究を進める時代がやってきた.研究現場にそれら技術の導入を進めれば進めるほど,「人間の研究者は何に注力すべきか」について,深く考えさせられる.そのような時代における「研究者の役割」が今,問われている.

    大きな問題意識として,若手研究者の「極めて貴重な時間」をいかに充実させるかという点が挙げられる.政府の人口統計によると,日本は少子化が進み2020年の出生数は約80万人.この数字は,147年前[明治6年(1873年)]の出生数とほぼ等しい.複雑さが大きく増している現代社会を少人数で支えるうえ,さらに発展させる方策を考えねばならない.

    そのような背景にもかかわらず,私の研究室の学生らは,私が学生の時と同じ手順で今も実験している.教育や研究は本当にこれで良いのだろうか? 自らを超える人材の育成が我々のミッションだと認識している.我々のコピーを作るのではない.その問いに答えるためにも若手研究者の研究環境のあり方を大いに議論すべきである.

    研究者は「知的好奇心を原動力として,ワクワクしながら創造的な研究に取り組む」.これはいつの時代にも不変である.それに加え,科学と社会への貢献も果たしたい.そして,「研究者は輝いている」と社会から認知され,若者が研究者を志す社会となってほしい.そのためには,研究に対する考え方,研究自体の進め方に変革が必要である.

    現代社会は機械学習とロボット無しには成り立たない.研究の現場にもそれらが入っていくのは当然の流れである.その際,それら技術が,「単に時間短縮や効率化に貢献する」とだけ捉えていたら,認識を変えなければならない.本質は,「研究者が新しい発想・考え方を得る」という点にある.これら技術をそのように使いこなせる人材や組織が,今後,研究界で伸びていくだろう.

    世界の現状を概観すると,実験の時短・効率化という観点では,原理実証は終わったと言って良い.現在は,その技術を様々な物理・化学実験に広げる段階にある.そして,「新たな発想の獲得」について,試みが始まったばかりである.実験の自動化・自律化技術を活用すると,これまでとは「質が異なる新たな勘・コツ・経験」を掴む可能性が高い.特に,より俯瞰的な視野から見る,新たな物理観・化学観・科学観を研究者は獲得すると考えている.それこそが,今起きている変革の最大の狙いである.

    もちろん,人間の五感を総動員し,手先を使って実験的研究を進めることは極めて重要であり,今後も強力に推し進めるべきである.単純作業を繰り返して勘を掴み,合成法や計測法について新たな発想を行い,新学理を構築することは人間しか成し遂げられない.そのため,機械学習とロボット,そして人間が協調して研究を進める姿が将来像として見える.その時,研究者はより自由な発想ができ,より創造性が高まると期待できる.

    そのような時代において,科学者のリテラシーとは,機械学習とロボットの可能性と限界を知り,これら技術を投入すると最大の成果が得られる課題を見抜く目だと考えている.それを身につけることにより,「研究者は何に注力すれば良いのか」が見えてくる.

解説
  • 船木 靖郎
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 9 号 p. 602-610
    発行日: 2022/09/05
    公開日: 2022/09/05
    ジャーナル フリー

    有限個の核子(陽子と中性子)が強く自己束縛した系である原子核は,核子が空間的に十分詰まった密度の飽和性を示す一方で,核子間2体力が良い近似で平均場に繰り込まれることも知られている.フェルミ粒子である核子が次々にエネルギー軌道を占有した殻模型構造は,この平均場構造の代表例であり,基底状態に代表される飽和密度領域での原子核構造の基本的性質として理解されてきた.

    そのような通常の飽和密度領域から離れ,より低密度領域で起こる主要な現象の一つが,クラスター化である.核子の媒質中で複数の核子集団が束縛状態を作りサブユニットとして析出する現象である.このようなクラスター化現象は,原子核,無限個の核子からなる核物質系を問わず,核子多体系一般に低密度領域で普遍的に存在することが知られている.そのようなサブユニットとしての安定な最小単位はα粒子(ヘリウム原子核4He)である.α粒子はボーズ統計に従うことから,核物質系でのαクラスター化は同時にボーズ–アインシュタイン凝縮という観点からも注目を浴びることになった.

    原子核でのαクラスター構造は,古くは1930年代から調べられてきたが,2000年代になり核物質系での研究に触発される形で,αクラスターのボーズ凝縮という観点から研究されるようになった.その結果特に,有名なホイル状態や16O核の4α分解しきい値近傍の励起状態で,核子すべてがαクラスターとして分解し,かつそれらがすべてガスのように互いの相関無く自由に運動し,同一の最低エネルギー軌道を占有するというα凝縮状態が実現されていることが分かってきた.

    一方で,このようなα凝縮状態は,原子核中に出現する数多くのクラスター構造状態の中では特別な状態であると考えられた.クラスターが空間局在し,その平衡点周りにゼロ点振動しているようなもの,というのが他の大多数のクラスター構造状態に対する基本的理解であった.この典型例は,20Neの16O+αクラスター構造状態,α直線鎖状態等であり,20Neの16O+αクラスター状態では,対応する正負パリティの回転帯スペクトルが観測されており,それらを正しく再現するためには,まさにクラスターの空間的局在化が必須条件であった.

    それにもかかわらず2010年代に入り,α凝縮状態のようなクラスターのガス的構造に立脚した,非局在型クラスター模型波動関数が,16O+αクラスター構造を完璧に記述することが示されたのである.串刺し団子のような形態と考えられてきたα直線鎖状態に対しても同様であった.これは一次元上でのガス的α凝縮という新奇な構造を示すものである.

    これらの事実が明らかになるにつれ,α凝縮構造からその他多数のクラスター構造を統一的に記述するための重要なパラメータの存在が浮かび上がってきた.核子の殻模型構造を持った基底状態に対し,そこに埋め込まれたクラスタ―間の相対自由度が励起され,新たにクラスターによる平均場が形成される.このクラスターポテンシャルは,あたかも構成クラスターを内包する「器」のように解釈でき,その「器」の形状こそが重要なパラメータであることが分かってきた.そして基底状態から出発し,α凝縮状態へと至るクラスター構造形成発展の道筋は,この「器」の膨張発展として記述できる可能性が示唆されている.

最近の研究から
  • 藤田 智弘, 南 雄人
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 9 号 p. 611-615
    発行日: 2022/09/05
    公開日: 2022/09/05
    ジャーナル フリー

    あなたは右利き・左利きどちらだろうか? 我々が左右対称ではなく利き手があるということは,物理的には鏡像反転対称性すなわちパリティ対称性が破れていると表現できる.最近,宇宙にも利き手があるという報告がなされた.もちろん宇宙には手はないが,宇宙の中を飛ぶ光に複屈折(birefringence)というパリティ対称性を破る兆候が観測されたのである.

    複屈折とは直線偏光している光の偏光面が回転する現象である.光が方解石や水晶などの異方性結晶の中を通ると複屈折が引き起こされることが知られている.偏光面の回転方向は右回りと左回りがありえるため,どちらかが選択される複屈折はパリティ対称性を破る現象である.素朴には真空である宇宙空間での複屈折,すなわち宇宙複屈折が起きるとは考えにくい.

    しかし,2020年に宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の衛星観測データを解析し,宇宙複屈折の兆候を観測したという報告がなされた.ビッグバンの際に発せられた光は,宇宙年齢である138億年にわたって宇宙を飛び続けたのち,欧州宇宙機関のPlanck衛星によって観測された.その結果によると,138億年の伝搬でCMBの偏光面が地球から見て右回りに0.35±0.14度回転していることが分かった.

    従来の観測では,宇宙複屈折の検出が難しかった.直線偏光を測定する検出器が回転していると,誤った複屈折角度を測定してしまうため,正しい観測のためには精度のよい検出器の較正が必要である.しかし,従来の観測では検出器の較正の系統誤差が大きいことで,観測が制限されていた.今回の観測では,Planck衛星がCMBの光だけではなく天の川銀河の光も観測していることを用いて検出器の較正をおこなった.地球に近い銀河の光が複屈折されていないことを利用すると,検出器の回転を較正できるのである.

    それにしてもなぜ,宇宙空間が複屈折を引き起こすのだろうか? 宇宙空間を満たしている未知の存在が,光の偏光面を回転させているのかもしれない.実際,超新星の観測などから我々の宇宙は加速膨張していることが知られており,その原因として暗黒エネルギーなる未知のエネルギーが宇宙空間を満たしていると考えるのが現代宇宙論では標準的である.暗黒エネルギーが宇宙膨張だけでなく光にも影響を与えるとすれば宇宙複屈折を説明できるかもしれない.

    暗黒エネルギーの候補かつ,光と相互作用し,さらにパリティ対称性を破るような仮説的存在としてAxion-Like Particle(ALP)が素粒子物理学・宇宙論ではよく知られている.実際,宇宙複屈折の報告前から,ALPは暗黒エネルギーとして宇宙を満たしているのではないかという提案がなされていた.さらに最近の詳しい研究によると,その質量が小さすぎない限りはALPは他の実験結果と無矛盾に観測された宇宙複屈折を説明できることが報告されている.

    CMBを観測する将来計画として,Simons ObservatoryやLiteBIRD衛星などが推進されている.これらの将来観測によって宇宙複屈折もより高精度で測定されることが期待される.さらに,宇宙複屈折の異方性(空の方向依存性)や時間発展を用いることで様々なモデルの検証もおこなえる.宇宙の利き手をめぐる研究は我々の宇宙物理への理解を大きく進めてくれるかもしれない.

  • 渡辺 真仁
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 9 号 p. 616-620
    発行日: 2022/09/05
    公開日: 2022/09/05
    ジャーナル フリー

    通常の結晶では原子は周期的に配列しており,その電子状態は系の並進対称性に基づいたブロッホの定理によって理解することができる.ところが,周期性をもたない原子配列をもつ結晶が存在することが1984年にダン・シェヒトマンによって発見され,そのような新たな結晶構造をもつ固体は準結晶とよばれている.

    準結晶は,周期結晶では許されない5回回転対称性などの特有の回転対称性をもつ.その結晶構造のもとでどのような電子状態が実現し,物性を発現するかは現在でも完全には解明されておらず,現代物理学のフロンティアとして注目を集めている.特に3次元準結晶において,磁気長距離秩序が実現するか否かは未解明の重要な問題であった.

    準結晶と同じ局所原子配置をもち,かつ周期性をもつ結晶を近似結晶とよぶ.これまでの精力的な実験研究により,希土類元素を含む近似結晶において磁気長距離秩序が実現することが観測されている.磁性を担うのは希土類原子の4f電子である.希土類原子は20面体の頂点に位置しており,その内側と外側に化合物を構成する原子が(マトリョーシカ人形のように)入れ子状に多面体の殻構造をつくっている.

    結晶中の電子はまわりのイオンから静電場を受ける.その総和を結晶場とよぶ.希土類系化合物において,4f電子状態を理解するうえで,結晶場は非常に重要であることが,周期結晶ではよく知られている.しかしながら,これまで準結晶ならびに近似結晶の結晶構造のもとでの結晶場の理論が存在せず,4f電子の強相関電子状態,特にその磁気的性質の理解を妨げていた.

    最近,希土類系準結晶と近似結晶一般の結晶場の理論が点電荷モデルに基づいて定式化され,結晶場の微視的な理論解析が可能となった.この理論が希土類元素のTbを含む準結晶ならびに近似結晶に適用され,結晶場が理論的に明らかとなった.その結果,結晶場基底状態はユニークな磁気異方性を示すことがわかった.さらに,この磁気異方性の効果を取り入れた有効モデルの解析が行われ,20面体上に多様な磁気構造が実現することが理論的に示された.

    興味深いことに,ヘッジホッグ(はりねずみ)状態や渦巻き状態などの非共面磁気構造が20面体上に出現し,それらは非自明なトポロジカル数で特徴づけられることも見出された.これらの状態は近似結晶においてヘッジホッグ–反ヘッジホッグ,渦巻き–反渦巻き反強磁性秩序を形成し,磁場をかけると磁化が急激に増加するメタ磁性とトポロジカル相転移を同時に起こし,トポロジカルホール効果を示すこともわかった.

    さらに,Tb系準結晶において,各20面体のフェリ磁性状態が一様に配列した強磁性長距離秩序が理論的に発見された.準結晶Au–SM–Tb(SMはSi,Ge,Gaなどの元素)および近似結晶の組成を変化させることで,様々な磁性とトポロジー状態を生成できることもわかった.また,準結晶の各20面体のヘッジホッグ状態が一様に配列したヘッジホッグ長距離秩序も理論的に発見された.

    最近希土類系準結晶Au–Ga–R(R=Tb, Gd)において,磁化率と比熱,中性子散乱の実験が行われた.驚くべきことに,強磁性長距離秩序が低温で発見された.

    これらの希土類系準結晶における磁気長距離秩序の理論的・実験的発見により,準結晶の電子状態と物性の理解に新たな進展がもたらされた.

  • 田島 裕康, 布能 謙
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 9 号 p. 621-626
    発行日: 2022/09/05
    公開日: 2022/09/05
    ジャーナル フリー

    大きな流れは大きな抵抗を生む.こうした関係は,電気抵抗や摩擦など,自然界のいたるところに見出すことができる.例えばオームの法則によれば,発熱量は電流量の二乗に比例する.

    近年,こうした関係をより一般に「流れの大きさ」と「エントロピーの増大速度(散逸)」の間の関係と捉えた様々なトレードオフ不等式が,非平衡統計力学の分野で導出されている.なにを流れの大きさととらえるかには確率の流れからエネルギー流まで幅があるが,本質的なメッセージは同一である.すなわち,流れを大きくすることと散逸を小さくすることは両立しない.

    この「流速・散逸のトレードオフ」は,まず物理学の基礎的な面において非常に重要な意味を持つ.具体的には,このトレードオフは熱力学第二法則をより精密にしたものとして捉えることもできる.熱力学第二法則がエントロピーの増大の程度を予言しないのに対し,このトレードオフはエントロピーの増大速度の下界を指定する.

    流速・散逸トレードオフはまた,量子計算におけるゲート操作の速度限界や,分子モーターの動作精度と熱力学的コストの関係など多岐にわたる応用を持つ.特に重要な応用として熱機関の効率とパワーの間のトレードオフがあげられる.熱機関の効率上限がカルノー効率であることはカルノーの定理によって予言されるが,この効率上限を達成する方法としてよく知られるカルノーサイクルは,パワーを0にしてしまう.そして,カルノー効率を達成しつつパワーを正にする方法があるかないかは,少なくとも熱力学の範囲では結論が出ない.ところが流速・散逸トレードオフから導かれる白石–齊藤–田崎限界は,そのような方法が存在しないことを厳密に示す.熱機関は現代文明の基礎をなすデバイスの一つなので,このことは非常に重要な結論であるといえる.

    このような重要性から研究が進む一方,量子重ね合わせが流速・散逸のトレードオフにどう影響するのかについては,あまり理解が進んでこなかった.このトレードオフは不可逆性とエネルギーの流れの間の基本的な関係であり,そこに量子効果がどのような影響をもたらすのかは非常に興味深い問題と言える.さらに,このトレードオフは熱機関の性能に対する制限を与えるため,このトレードオフに量子効果がどのように寄与するかを理解できれば,量子効果が熱機関の性能にどのような影響を及ぼせるかを理解できる可能性が高い.

    こうした状況を踏まえ,我々は流速と散逸のトレードオフ,特に熱流と散逸のトレードオフに対する量子重ね合わせの影響を解析し,系統的な規則を得ることに成功した.得られた規則は以下の3つである.

    1. 異なるエネルギーの準位間の重ね合わせ(コヒーレンス)はトレードオフを強める.すなわち,異なるエネルギー間のコヒーレンスは熱流のエネルギーロスを強める.

    2. 縮退間のコヒーレンスはトレードオフを弱める.すなわち,縮退間のコヒーレンスは熱流のエネルギーロスを弱める.

    3. 縮退間のコヒーレンスが十分な量ある時には,トレードオフが実効的に無効化され,熱がエントロピーの増大なく流れることが可能になる.このことは,マクロな大きさの熱の流れで,エネルギーロスのないものを実現できることを意味する.

    我々の規則は直接的に熱機関をはじめとしたエネルギーデバイスに応用できる.特に規則3からは,カルノー効率を実効的に達成しつつ,有限のパワーを持つエンジンを実際に構成できる.こうした夢のエンジンの実現のための最初の手掛かりとなること,そして不可逆性と量子性の深い関係を理解する一助となることが期待される.

  • 守谷 頼, 竹山 慶, 笹川 崇男, 町田 友樹
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 9 号 p. 627-631
    発行日: 2022/09/05
    公開日: 2022/09/05
    ジャーナル フリー

    二次元物質と呼ばれている物質群がある.英語でいうとTwo-dimensional materialである.この物質を説明する際に,我々はよく二次元物質とは膜厚が1原子または1分子層の単結晶薄膜のことである,という言い方をする.これは構造による分類であり,平面的なものは二次元的であり,立体的なものは三次元的であるという見方であろう.これは直感的にはわかりやすい.しかし,我々も含め,二次元物質の研究者はこの説明の詳細に立ち入ろうとはしない.例えば,厚みが数原子層は二次元物質と呼ぶべきであろうか? 数原子より少し厚かったらどうか? どの程度厚くなると二次元物質ではなくなるのか? 明確に分けるのは難しそうである.

    構造ではなく,性質から分類するのはどうであろうか.二次元物質とはその性質が二次元平面内の成分のみで記述されるとしてみる.例えば伝導率が二次元平面内の成分のみで記述できて面直方向成分を持たないという考え方である.この考え方はすぐに問題に突き当たる.例えば,2層の二次元物質では層間を電子が自由に飛び移ることが可能であり,また面直方向の格子振動も存在する.2層は二次元物質と呼んではいけないのか? これはなかなか同意されそうにない.総じて,二次元物質と三次元物質の境界というのはぼんやりしていて,明確に分けることが困難なのではないだろうか.

    このあいまいな,二次元にも三次元にも属さない領域の研究についてここでは触れたい.二セレン化タングステン(WSe2)という結晶を例に挙げる.この物質は層状の結晶構造を持っており,一層のWSe2のシートを積み重ねた構造をしている.1つの層内は結合が強い一方で,層間はファンデルワールス(vdW)力で弱くつながっているため,比較的簡単に,テープなどを使って,結晶を剥がして1層,2層まで薄くすることができる.1層のWSe2は伝導電子が面内方向にのみを移動するため,二次元物質である.では,2層,3層,4層,と厚くすると何が起こるのか? 複数層になると,電子は層内の移動に加えて,層間を飛び移って移動できるようになる.この面直方向に移動する電子の波は上下の表面で反射され,その結果面直方向に定在波を形成する.定在波が形成されることによりエネルギーは離散的な値をとる.これがサブバンド量子化と呼ばれる現象である.vdW界面で劈開された結晶の表面には未結合手が存在しない.そのため原子レベルで平坦かつ化学的に安定な結晶表面が得られる.このような理想に近い表面が存在するため,WSe2のサブバンド量子化は,結晶をテープで薄片化するだけで自然に現れる,安定なファンデルワールス量子構造である.

    我々は共鳴トンネル効果を用いることによって,数層のWSe2内のサブバンド量子化準位の観測に成功した.二次元物質を数層積み重ねることで,二次元物質が本来持つ二次元平面内の自由度に加えて,面直方向の量子化という新しい自由度を操ることができるようになった.これは二次元の物性と呼ぶべきであろうか,それとも三次元の物性だろうか? 我々はこの現象は,二次元でも三次元でもない2.5次元の物性と呼ぶのがふさわしいと考えている.

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