日本物理学会誌
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78 巻, 12 号
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巻頭言
目次
最近のトピックス
解説
  • 浅田 秀樹
    原稿種別: 解説
    2023 年 78 巻 12 号 p. 692-699
    発行日: 2023/12/05
    公開日: 2023/12/05
    ジャーナル 認証あり

    「三体問題」は,万有引力における3個の質点の運動方程式に対する解を見つける問題である.三体問題に対する特殊解はいくつか得られたが,一般解探しに終止符を打ったのがポアンカレである.彼の結果は,「カオス現象」の一例である.そして,三体問題に対する一般解は,未だ見つかっていない.

    万有引力は,ケプラーの惑星運動に関する法則を説明する.一方,一般相対性理論が1915年に登場し,宇宙膨張,中性子星,ブラックホールなどにまつわる天文観測を説明する.この理論では重力場が物理的自由度を有するため,物体の運動は,万有引力に対する運動方程式には従わない.本稿の目的は,一般相対論的な三体系に関する近年の研究を紹介することである.

    一般相対性理論の効果を取り入れた運動方程式として,古くからアインシュタイン–インフェルト–ホフマン方程式(EIH方程式)が知られている.この方程式における力は,もはや保存力ではない.力が物体の速度にも依存するためである.

    EIH方程式を手計算で扱うのは困難だが,3個の質点に対するEIH方程式の特殊解が得られている.いわば,一般相対論的三体問題の解である.得られたEIH方程式の解は,ラグランジュ点の一般相対論的な拡張である.

    また,万有引力における三体問題に対して,3個の質点の質量が等しい場合に「8の字解」が2000年に発見された.この解は,3個の質点が閉曲線である「8の字」の形状をした同一の軌道の上を永遠に回り続けるというユニークな状況を表現する.このため,天体力学の研究者だけでなく,数学者や物理学者の関心も集めた.EIH方程式に対する三体問題もまた,「8の字解」を許すことが示された.

    ところで,一般相対性理論には重力波の自由度が存在する点も三体問題に大きく影響する.万有引力は保存力だが,古典電磁気学における電磁波と同様に,重力波もまた系のエネルギーや角運動量を運び去るためである.重力波放出によりエネルギー等を失う結果,一般相対論的三体問題の解が表す系は永年的に収縮する.例えば,正三角形の各頂点に質点が配置する厳密解(正三角解とよばれる)をラグランジュが発見しており,その一般相対論版は,重力波放出の結果,相似系を保ちながら収縮する.ただし,3個の質点が同じ質量でない場合,その3個を頂点とする三角形の辺の長さは互いに異なり,もはや正三角形ではない.

    巨大ブラックホール周りの中性子星などのコンパクト天体が,三体問題における古在–リドフ機構(本誌73, 202(2018)参照)とよばれる共鳴現象により大きく軌道変化し,極端な質量比で巨大ブラックホールに徐々に接近する天体を形成すると予想されている.それから放出される長波長の重力波が将来のスペース重力波望遠鏡で検出されることが期待されている.

    また,PSR J0337+1715とよばれるミリ秒パルサーと白色矮星を内側に含む階層三体系が2014年,発見された.そして,その三体系の軌道計算と観測結果の一致から,「強い等価原理」が高精度で成り立つことが示された.今後,新しい階層三体系が発見され,より強力な検証が可能になることを期待したい.

最近の研究から
  • 石井 悠衣, 森 茂生
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 12 号 p. 700-705
    発行日: 2023/12/05
    公開日: 2023/12/05
    ジャーナル 認証あり

    ミスフィット構造やインコメンシュレート構造をご存知の方がいるかと思う.これらの構造では,2つの異なる周期構造が1つの結晶構造内で組み合わさって存在している.それでは,SiO2ガラスなどで見られるネットワーク状の非晶質構造が,並進対称性を持つ結晶構造と組み合わさることはできないのだろうか? つまり,結晶の周期性とガラスの非周期性が共存することはできないのだろうか?

    まさにこのような状態が,構造の量子相転移と呼ばれる,絶対零度での構造相転移によって実現することを見いだした.構造相転移とは,固体の結晶構造が別の結晶構造に変化する相転移である.構造相転移の起源の1つに,ソフトモードと呼ばれる,原子振動のパターンがある.通常,ソフトモードの振動周波数(ω)が温度低下に伴って徐々に減少していき,ある温度(T≠0)でω=0となったとき,その原子振動パターンを反映した結晶構造に構造相転移する(ソフトモードの凍結).構造量子臨界点とは,構造相転移を元素置換などによって絶対零度まで抑制することで現れる,絶対零度での相転移点である.

    通常の相転移が熱ゆらぎによって駆動されるのとは異なり,量子相転移の駆動力は量子ゆらぎである.これまでに,磁気転移を絶対零度まで抑制することで現れる,磁気的な量子臨界点の研究が盛んに行われてきており,そこではスピンの量子ゆらぎが支配的であることが知られている.したがって,構造量子臨界点では,何らかの構造のゆらぎが支配的になっているものと考えられるが,詳細は不明であった.

    本研究では,Ba1-x Srx Al2O4という構造量子臨界物質に注目し,その構造量子臨界点近傍で見られる局所構造変化,それによって発現する格子ダイナミクスや,フォノンが関連する熱物性(比熱・熱伝導率)の解明に取り組んだ.母物質BaAl2O4は結晶質の固体であり,AlO4四面体が頂点酸素を共有することで3次元的につながったネットワーク状の結晶構造を有す.また歪みを誘起する音響ソフトモードに起因して450 Kで構造相転移する.Sr置換量xの増加により相転移温度が低下し,x=0.1付近で構造量子臨界点が現れる.物性測定の結果,構造量子臨界点近傍では,過剰な格子比熱や熱伝導率プラトーといった,一般に非晶質固体でよく見られる熱物性へと変化していることがわかった.

    放射光X線を利用して結晶構造を詳しく調べたところ,通常の構造相転移で期待されるような長距離秩序構造が,構造量子臨界点に向かって著しく抑制されていることがわかった.このことは,構造量子臨界点組成に向かって,ソフトモードの振動の位相が揃いにくくなっていることを意味している.また放射光X線による局所構造解析の結果,構造量子臨界点以上の組成では,もともと原子振動の小さいBa原子は理想的な位置付近にとどまっているものの,AlO4ネットワークにおいて理想的な原子配列からのずれが生じていることが判明した.

    さらに,中性子を用いてその原子振動状態を詳しく解析したところ,構造量子臨界点組成に向かって原子振動が全体的に大きく減衰し,結晶であるにもかかわらず,非晶質固体の中性子散乱スペクトルに変化していることが明らかになった.このスペクトル変化は,局所構造解析から明らかになったAlO4ネットワーク上の原子配列の乱れに起因していると考えられる.つまり,構造量子臨界点では,振動の位相がバラバラの状態で音響ソフトモードが停止する(凍結する)ことで,Ba副格子は結晶の並進対称性を維持しながら,AlO4ネットワークではまさにガラス状となった「副格子ガラス状態」が実現していると結論づけられる.

  • 重松 圭, 清水 啓佑, 北條 元, 東 正樹
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 12 号 p. 706-710
    発行日: 2023/12/05
    公開日: 2023/12/05
    ジャーナル 認証あり

    情報通信技術関連機器のエネルギー消費は年々増大し,深刻な状況になりつつある.科学技術振興機構低炭素社会戦略センターの試算によると,日本/世界の情報通信技術関連機器のエネルギー消費量は,2016年の41/1,170 TWhから,2030年には1,480/42,300 TWhにまで増大すると予測される.2020年の全世界のエネルギー消費量が約26,000 TWhであることを考えると,情報通信技術のエネルギー消費問題がいかに顕著で喫緊であるかがわかる.この問題に対応するため,デバイスの省エネルギー化,ネットワークの効率化,新たな原理の素子の開発など,多方面からの取り組みが行われている.

    なかでも,低消費電力・高記録密度・不揮発性の次世代メモリデバイスの開発は,エネルギー消費の大幅な低減をもたらすと考えられ,世界中で重点的に研究が進められている.こうした観点から注目されるのが,マルチフェロイック物質である.我々の研究グループは,菱面体晶ペロブスカイトのビスマスフェライト(BiFeO3)のFeサイトにCoを一部置換したBiFe1-x Cox O3において,電場印加で磁化を反転する結果を得た.

    現行で使用されているHDD(Hard Disk Drive)やMRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)等の磁気メモリは書き込みのためにコイルに電流を流して磁場を発生するため,電力消費が本質的に避けられない.また,近年研究が進展している,電子スピンの自由度を活用するスピントロニクスメモリにおいても,情報の書き込みにはスピン偏極した電流を生成する必要がある.一方で,強磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質で,磁化と電気分極の相関が十分に強く,電気分極の反転に伴って磁化を反転することが可能ならば,電場書き込み・磁気読み出し(電圧駆動)のメモリ動作を実現できる.このメモリの電場印加による情報書き込み過程には,分極反転電流以外の電流による電力消費を伴わないので,超低消費電力メモリとしての可能性が期待される.このアイデアは,世界的に展開されているマルチフェロイクス材料研究の一つの大きな目標とされており,基礎研究の段階では,これまでDy0.75Gd0.25FeO3などいくつかの物質で実験的に達成されている.しかしながら,これらの物質では強磁性と強誘電性のいずれかが-200°C以下の低温でしか現れないため,実用材料として見なすことは難しい.

    一方BiFe1-x CoxO3では,弱強磁性と強誘電性が室温で共存し,この弱強磁性の出現がスピン構造変化に由来した本質的なものであることを明らかにしてきた.また,BiFe0.9Co0.1O3のエピタキシャル薄膜においても上記のスピン構造変化による弱強磁性の存在を確認したうえで,同一視野における強誘電ドメイン・強磁性ドメインを観測し,室温で電場印加によって電気分極を反転させた際に,磁化の方向が反転することが実験的に確かめられた.この特性を生かせば,不揮発性・高安定性という現在の磁気メモリの特徴を生かしつつ,電場書き込み磁気読み出しのメモリデバイスを実現できるのではと期待される.

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