日本物理学会誌
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78 巻, 4 号
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巻頭言
目次
解説
  • 伊藤 克司
    原稿種別: 解説
    2023 年 78 巻 4 号 p. 180-189
    発行日: 2023/04/05
    公開日: 2023/04/05
    ジャーナル 認証あり

    1998年ダラム大学のパトリック・ドレイとアムステルダム大学(現トリノ大学)のロベルト・タテオは,ある量子可積分模型の熱力学的ベーテ仮説(Thermodynamic Bethe Ansatz, TBAと略す)方程式の数値解から得られた結果と量子力学の2重井戸型ポテンシャルの束縛状態のエネルギーの結果を比較し,その間に奇妙な一致があることを見つけた.彼らは他のポテンシャルの場合も一致することを確認すると,この対応を“驚くべきつながり”と称し論文にまとめた.

    彼らの動機となったのはパリ–サクレー大学のアンドレ・ボロスによる量子力学の完全WKB解析におけるスペクトル行列式のみたすある関数関係式であった.ドレイとタテオはこれが量子可積分模型におけるY-系と呼ばれるものと一致することを看破したのであった.

    一方でその関数関係式は1970年代に数学者の渋谷泰隆による常微分方程式のストークス現象の解析から得られたものとも一致しており,その記述を用いて対応が数学的に整備された.その後様々な常微分方程式の例で量子可積分模型との対応が確認され,2007年のドレイ–ダニング–タテオのレヴュー論文から“ODE/IM対応”という名称が一般的になった.ODEは常微分方程式,IMは可積分模型を表す.ODE/IM対応はこのように常微分方程式のスペクトル問題と量子可積分模型における関数関係式の問題の間の対応という形に定式化される.

    ボロスが考えたシュレーディンガー方程式の解のħ補正を全て含む完全WKB解析において,波動関数のWKB展開は一般に漸近級数であり,収束半径ゼロの発散級数となる.彼は,リサージェンスと呼ばれる,漸近級数をボレル再総和法で扱い発散を処理する方法を用いて,スペクトルを非摂動効果まで含め厳密に計算する手法を与えた.この方法では漸近級数は別の複素平面における収束級数に変換され,その全平面に解析接続された関数をラプラス変換でもとに戻すことによりWKB周期を扱う.変換された関数のもつ特異点の情報はラプラス変換の積分路を定義する際の曖昧さを生じるが,一方で非摂動効果に関する有用な情報を与える.WKB周期の不連続性を具体的に与える公式はデラバエレ–ファムの公式として知られている.

    一方で1994年サイバーグとウィッテンにより発見されたN=2超対称ゲージ理論の低エネルギー有効理論の厳密解の発見により,超対称ゲージ理論の強結合領域における物理の理解が大きく進展した.特にBPS状態と呼ばれる超対称性で保護された状態のスペクトルの研究においてTBA方程式が現れた.BPS状態のスペクトルは真空の変化により壁越え現象を起こし,その変化はTBA方程式で解析された.このTBA方程式の壁越え公式とWKB周期の不連続性を表すデラバエレ–ファムの公式との関係が筆者を含むグループにより明らかにされた.さらにこの対応により,これまで困難であった一般の多項式型ポテンシャルの場合の量子力学のスペクトル問題を量子可積分模型のTBA方程式で定式化する強力な手法が与えられた.

    以上のようにODE/IM対応は,常微分方程式のWKB解析,量子可積分模型,超対称ゲージ理論といったある意味全く異なる対象を結びつける不思議かつ興味深い対応となっており,それぞれの分野に新しい発展をもたらしている.

  • 山内 大介
    原稿種別: 解説
    2023 年 78 巻 4 号 p. 190-197
    発行日: 2023/04/05
    公開日: 2023/04/05
    ジャーナル 認証あり

    月面に天文台を作る,というマンガのような話が,人類未踏の宇宙を探るために大真面目に検討され,現実になろうとしている.

    宇宙の一番星が輝きだすよりも以前の時代(宇宙年齢40万年~1億年ごろ)のことを宇宙の暗黒時代と呼ぶ.宇宙の暗黒時代においては,宇宙空間には中性水素ガスとわずかなヘリウムが漂うだけで星や銀河などの輝いている天体は1つとしてない.そのため,可視光や近赤外線による宇宙大規模構造観測や電波による宇宙マイクロ波背景輻射観測では見ることができない.この時代を観測しうるほとんど唯一の方法は,中性水素の超微細構造間の遷移に伴う波長約21 cmのスペクトル線である21 cm線である.21 cm線は宇宙空間の膨張によって波長が伸びるため,観測波長ごとに異なる時刻の宇宙の物理的状態を反映した情報を我々に提供してくれる.

    宇宙論観測における中性水素21 cm線の観測量としては,グローバルシグナルと呼ばれる当時の中性水素ガスの平均輝度温度を測定する方法と,輝度温度の空間的なゆらぎを測定する方法の主に2つがある.その中でも特に,暗黒時代グローバルシグナルは星形成や宇宙再電離などの影響を受けないことから,純粋に宇宙論のみで理論値が与えられる.もし理論予言と異なるシグナルを測定することになれば,それは「標準宇宙論の破れ」の証拠となる.一方で,暗黒時代21 cm線輝度温度の空間的なゆらぎは,観測周波数ごとに異なる時刻の物質の密度ゆらぎの情報が直接反映されている.バイアス因子などの不定性なく精密な理論予言が行えるだけでなく,宇宙マイクロ波背景輻射や宇宙大規模構造の観測では測定の難しい小スケールのゆらぎを精密に捉えることができるため,インフレーションや暗黒物質などの多様な物理現象への知見を得ることができる.さらに,他の宇宙観測と比較して十分大きな3次元的観測体積を持つことから,これまでにない観測精度で宇宙論パラメータを決定できる.

    現在,地上において中性水素21 cm線を用いた遠方宇宙,特に宇宙の夜明けから再電離期(1億年~数億年ごろ)をターゲットとした観測が多数実施・計画されている.その中でも,2018年にEDGES(Experiment to Detect the Global EoR Signature)実験により,宇宙年齢2.3億年ごろに対応する21 cm線周波数帯のグローバルシグナルの吸収線が世界で初めて報告され,注目されている.

    一方で,暗黒時代に対応する21 cm線の周波数は50 MHz以下と非常に低いため,地球の電離層の影響により地上からでは観測することが難しい.暗黒時代を観測できる最も有利な,おそらく現時点でのユニークな観測場所として月が注目を集めている.現在,日本を含め複数のグループが検討を進めており,近い将来に実現するかもしれない.実現すれば,宇宙論・素粒子物理学・天文学など複数の分野で,多くの重要な知見が得られると期待されている.

    そもそも30 MHz以下の低周波数帯域では天文観測が行われたことがない.この帯域で宇宙がどんな姿を見せてくれるのか,どんな興味深い物理現象が見つかるのか,宇宙論に限らずとも月面天文台は我々に新しい宇宙の側面を見せてくれるはずである.

最近の研究から
  • 伊藤 将, 内田 就也
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 4 号 p. 198-203
    発行日: 2023/04/05
    公開日: 2023/04/05
    ジャーナル 認証あり

    魚や鳥の群れによる運動は,古来より人々を惹きつけ,情景の一部として詩歌の題材にもなってきた.環境に応じて変幻自在に形を変えるその動きに人々は魅せられてきたのである.それは科学者も例外ではなく,20世紀後半から様々な生物の集団運動に関する知見が得られてきた.

    魚の群れの特徴は,群れ全体が向きを揃えて一つの方向に進行するパターンに加えて,球状,トーラス状,リング状,円柱状といった多様な形状の回転パターンを示すことである.回転する魚群のサイズは,個体数にして数万匹以上,直径にして体長の数十倍以上に及ぶことがある.ここでまず浮かぶ疑問は,群れの回転は何によって生じるのかということである.個々の魚は左回り,右回りなど特定の方向に旋回する性質を持たないにもかかわらず,群れとなったときには回転パターンを示すことが知られている.また,水面や岸といった境界から離れたところでも,回転する群れが生じることが知られている.すなわち,回転する魚群は,個体間の相互作用による自発的対称性の破れによって生じているということができる.

    多様な魚の群れの形態を説明するため,個々の魚を自己駆動粒子とみなしたモデル化が試みられてきた.これらのモデルでは,各個体を自身が生み出す推進力によって運動する点状粒子とみなし,個体間の相互作用によって位置や速度が変化する.魚の相互作用については実験による定量的な測定が困難であるため,現象論的なアプローチが取られてきた.その一つは,ポテンシャルを用いて等方的な引力や斥力を記述するもの,もう一つは,距離と方向によってはたらく相互作用のタイプをゾーン分けするゾーン型モデルである.後者では,魚の視野が限られていることに着目して後方に死角を設けたり,個体の運動の向きを揃える配向相互作用を取り入れることが多い.

    これらのモデルによって,回転する群れのパターンが得られた一方,群れのサイズの再現性には大きな問題があった.まず,これらのモデルでは体長の数十倍以上に及ぶ巨大な群れを再現することができていなかった.むしろ,個体数を増やすほど長距離ではたらく引力が卓越して群れの直径が小さくなり,数千匹が同時に相互作用しながら剛体回転するような状況が見られた.一方,実際の群れの中では視野や流れは他の個体によって遮蔽され,密度が高いほど有効的な相互作用距離は短いと考えるのが自然であろう.つまり,相互作用距離は一定ではなく,周囲の個体の相対的な配置によって変化すると考えられる.そこでわれわれは,各個体の近傍にいる一定数以下の個体に作用するトポロジカル相互作用を採用した.トポロジカル相互作用は鳥(ムクドリ)の群れのモデルにおいて初めて導入された概念であり,個体間の距離ではなく相対的な配置(トポロジー)によって決まる相互作用である.今回のモデルでは最近の実験的知見に基づき,群れの内部では引力ははたらかないとする.一方,周囲の魚が少ないとき,すなわち群れの外側や境界付近にいる魚は,群れの内側に入ろうとする逃避行動を示すが,これを引力として導入した.

    このモデルによって体長の数十倍の大きさの回転魚群を発生させることができ,ベイト・ボールとして知られる球状の群れや,重力の影響で鉛直方向に伸長した円柱状の回転パターンを初めて再現することができた.さらに群れのサイズについて定量的な解析を行い,トーラス状の群れの大きさ(射影面積)と個体数の間に成り立つべき乗則を再現することができた.

  • 蓑輪 陽介
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 4 号 p. 204-208
    発行日: 2023/04/05
    公開日: 2023/04/05
    ジャーナル 認証あり

    液体ヘリウム4を2.17 K以下まで冷却すると現れる超流動ヘリウムは,比較的簡便に1025個オーダーもの膨大な数の粒子からなるボース–アインシュタイン凝縮体を用意できるという特異な系である.そのため,超流動ヘリウムは,その物性研究だけでなく,大きな体積を長時間保持できるという特徴を活かした量子流体の乱流(量子乱流)の研究の舞台としても使われてきた.

    超流動ヘリウムの研究において,光は非常に大きな役割を担う.よじ登り(creeping)効果などの特異な超流動の振る舞いを「見る」という研究から始まり,不純物原子の導入や精密分光など,光の持つ遠隔性・精密性・高い自由度を活かした研究が行われてきた.

    超流動ヘリウム中の量子渦の研究にブレークスルーをもたらした2006年の研究も,光を利用して量子渦を可視化するというものである.液体ヘリウムに,外部からヘリウムと水素の混合ガスを注入すると無数の固体水素微粒子をつくることができる.もしも水素微粒子の近くに量子渦が存在する場合,渦周りの速度分布によって圧力勾配が生じるため,水素微粒子は渦芯へと向かい,渦芯上で安定し,量子渦と一体となって運動する.この状態で,微粒子群からの光散乱を結像することで,量子渦を可視化することができる.この可視化手法は革新的であり,量子渦のダイナミクスの研究に大きく貢献した.しかし,一方で,この手法において,水素微粒子は単なる散乱体でしかなく,光との相互作用も弱い.

    量子渦上に安定化する微粒子の材料を,もっと光との相互作用の強い材料に変えることができれば,光散乱の効率をあげるだけでなく,発光過程の利用や光の運動量の利用など,多彩な研究展開が期待できる.そこで我々は,ガスの注入とは全く異なる発想で多様な材料を利用できる手法としてレーザーアブレーションによる微粒子作製に着目した.実際に,超流動ヘリウム中に設置された金属や半導体のレーザーアブレーションによって,様々な性質を持つ微粒子をその場で作製し,大量に散布することに成功した.さらに,これらの作製された微粒子は,確かに量子渦の渦芯上に安定化し,その振る舞いが可視化されることも実験的に確認された.

    量子渦のような一次元位相欠陥に普遍的な現象として,再結合が知られている.2本の位相欠陥が交差した瞬間に互いの部分を交換し,つなぎかえが起こる現象である.我々の実験でも,量子渦の再結合現象が観測され,そのダイナミクスは次元解析から予想される通り,べき乗則に従うことが示された.

    光との相互作用が強い微粒子を積極的に利用する研究の一例として光トラップが挙げられる.通常,光トラップは常温の水溶液中で行われることがほとんどであるが,もしも超流動ヘリウム中でも光トラップが利用可能になれば,微粒子を通じた量子渦のダイナミクスの精密測定や,量子渦の光操作,摂動印加など,これまでと質的に異なる研究の可能性が広がる.最近の我々の研究で,実際に超流動ヘリウム中での単一微粒子の光トラップが可能であることがはじめて実証された.この光トラップを利用して,どんな研究が切り拓かれていくのか.光を積極利用した量子渦・量子流体研究が,今まさに大きく展開しつつある.

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