日本物理学会誌
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78 巻, 6 号
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巻頭言
目次
解説
  • 兼村 晋哉, 藤井 恵介
    原稿種別: 解説
    2023 年 78 巻 6 号 p. 306-313
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/06/05
    ジャーナル 認証あり

    素粒子の標準理論によると,素粒子の相互作用のあり方はゲージ原理で決まり,質量は対称性の自発的破れで作られる.標準理論は実に半世紀以上にわたる膨大な実験的,理論的努力によって検証され続け,そして確立したのである.標準理論最後の未発見粒子であった,対称性の破れを引き起こすヒッグス粒子がCERN(欧州原子核研究機構)のLHCで発見されてから早11年の歳月が流れた.しかし,LHCをはじめとする各種高エネルギー実験では,標準理論の予想を超える新しい素粒子や新奇な現象は未だ発見されていない.ヒッグス粒子の性質については,質量をはじめ,クォークやレプトン,光子やWボソン,Zボソンとの結合の強さ等が測られており,理論・実験の不定性の範囲で標準理論の予言と今のところコンシステントである.

    標準理論の実験的成功にもかかわらず,多くの研究者が標準理論はあくまで暫定的な理論であり,将来は新しい理論に置き換わると信じている.理論的な観点からは階層性問題や強いCP問題,さらには相互作用の大統一やクォーク・レプトンの世代構造等が未解決である.実験的には標準理論で説明できない諸現象としてニュートリノ振動問題,宇宙バリオン数非対称問題,暗黒物質問題等の存在がよく知られている.標準理論の理論的な問題を克服し,かつ実験で確立している未解決の諸現象を説明するためには,標準理論を超える新しい物理理論が必要なのである.これまでに標準理論を超える物理模型は数多く提案されており,各種の実験で検証されつつあるが,決め手となる証拠は見つかっていない.

    ヒッグス物理はこの状況を打開する新物理の窓として期待される.11年前のヒッグス粒子発見で新物理に迫る足がかりが得られた.標準理論では暫定的に1種類のヒッグス場が導入されるが,超対称性理論等が予言するように複数のヒッグス場がある可能性もある.そのような理論ではヒッグス粒子と他の素粒子の結合の強さに標準理論予想からのズレが現れる.将来の精密測定でこれらのズレが検出されると,その大きさから新粒子の質量が間接的に得られる.さらに様々な結合に現れるズレのパターンから新物理の模型を選別することも可能である.また,電弱対称性の自発的破れの本丸であるヒッグス場の真空凝縮のエネルギー構造(ヒッグスポテンシャル)は未検証であり,将来のヒッグス場の自己結合の強さの測定等によるヒッグスポテンシャルの検証によって,対称性の破れの背後の物理や宇宙初期に生じた電弱相転移の本質に迫ることができる.

    ヒッグス粒子の精密測定による新物理探求において,計画中の国際リニアコライダー(ILC)は理想的である.最近の素粒子物理欧州戦略等でも示されたように,最優先の次期コライダー計画は衝突エネルギー250 GeV程度の電子・陽電子衝突型加速器(ヒッグスファクトリー)との認識が世界的に共有されている.特に線形加速器であるILCは,エネルギーの拡張性を有し,偏極ビームを活用することにより「ファインマン図を見るが如く現象を見る」ことを可能にする.ILC実験は,将来の高輝度LHC実験や各種フレーバー実験,宇宙重力波観測実験等と合わせてヒッグスセクターの物理を徹底的に解明し,そこから新物理理論に迫る研究の中心となる重要な実験である.

最近の研究から
  • 清水 宏太郎, 奥村 駿, 加藤 康之, 求 幸年
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 6 号 p. 314-319
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/06/05
    ジャーナル 認証あり

    パソコンやテレビの液晶画面の明るい部分を,少し離れたところからスマートフォンのカメラで写してみてほしい.元の画面には見られなかった縞模様が現れ,さらに拡大・縮小・回転することで模様が変化するだろう.こうした縞模様はモアレと呼ばれ,複数の波の重ね合わせによって元の波と異なる超構造が現れる極めて普遍的な干渉現象である.モアレの最大の特徴は,重ね合わせる波をわずかに変えるだけで,生じる干渉縞が劇的に変化する点にあり,例えば測長や屈折率測定,物体の表面の凸凹を精密に測定するトポグラフィーなど,様々な場面に応用されている.

    モアレは,我々の目に見える世界だけでなく,原子や電子といったミクロな世界にも顔を出す.その最たる例が,二次元物質であるグラフェンをひねって重ね合わせた場合である.そこでは,ひねり角をわずかに変化させるだけで,元のグラフェンには見られない超伝導性やモット絶縁体状態が現れる.これは,ひねりによって格子構造に様々なモアレが生じ,その上を運動する電子の状態に劇的な変化がもたらされることによる.こうした格子モアレと呼ぶべき現象は,二次元物質の新しい物性を開拓する重要なツールの1つとなっている.

    我々は,この電子スピン版として「スピンモアレ」という概念を提唱する.ある種の磁性体では,電子スピンが螺旋のような周期的な構造を形成し,それらが複数重ね合わさることで超構造を生じる.こうしたスピンモアレを制御できれば,格子モアレのように新しい電子状態を生み出すことが可能となるはずである.

    スピンモアレには,格子モアレには見られない利点が多く存在する.まず,スピンモアレは電子スピンによって生じることから干渉縞のパターンが多彩なことに加えて,スピン間の角度に応じて生じる有効的な電磁場(創発電磁場)の変調を伴う.また,積層構造による格子モアレは二次元に限られるが,スピンモアレは三次元でも可能であり,重ね合わせる波の数にも原理的な制限はない.加えて,格子モアレは構造を変化させることは容易ではないが,スピンモアレは磁場や電場,圧力,温度といった外部パラメタを通じて柔軟に変化させることができる.さらには,ある種のスピンモアレには磁気スキルミオンや磁気ヘッジホッグと呼ばれるトポロジカルな構造を伴うことから,新しいトポロジカル現象を開拓できる可能性がある.

    このようなスピンモアレを制御することは,その上を運動する電子の新しい機能を引き出し,新たな磁気・電子デバイスを開拓する上で重要な課題である.我々はこの問題に理論的に取り組み,スピンモアレの様々な変調がトポロジーや創発電磁場に劇的な変化をもたらすことを見出した.具体的には,重ね合わせるスピンの波の振幅や伝搬方向の相対角,位相などを変化させた場合に生じる多彩な磁気相転移やトポロジカル転移,それらに伴う創発電磁場の変化を解明することに成功した.

    このようなスピンモアレの制御――スピンモアレエンジニアリング――は,磁性体の新しい磁気・電子状態を開拓する重要なツールとなる可能性があり,ひねった積層グラフェンとは質的に異なる物性を引き出すことができるかもしれない.我々の研究成果は,こうしたスピンモアレエンジニアリングという新たな方向性の端緒と位置付けられるものである.

  • 阿部 智広, 藤間 崇
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 6 号 p. 320-325
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/06/05
    ジャーナル 認証あり

    素粒子論では,さまざまな文脈から,通常の物質となんらかの弱く相互作用をする暗黒物質を新粒子として導入する模型が議論される.特に,宇宙初期において高温高密度の熱浴中で物質粒子の衝突から暗黒物質が生成されるシナリオは以前から注目を集めている.このようにして生成される暗黒物質は「熱的暗黒物質」とよばれる.

    ファインマン図から容易に想像できるように,熱的暗黒物質は,物質粒子への対消滅,逆に物質粒子からの対生成,さらに物質粒子との散乱など,さまざまな物理過程を持つ.測定された暗黒物質のエネルギー密度を説明するためには,暗黒物質の対消滅断面積が3×10-26 cm3/s程度でなければならない.これにより,暗黒物質と通常物質との間の相互作用の大きさを見積もることができる.

    暗黒物質と通常物質の散乱過程を地球上で検出しようという試みがある.このような実験は直接検出実験とよばれる.これまで数多くの直接検出実験が行われたが,暗黒物質が検出されたという有意なデータは得られていない.これにより,暗黒物質と核子の間の散乱断面積に上限を与えることができる.現在最も強い制限を与えているのはLZ実験で,例えば暗黒物質の質量が30 GeV/c2のときの散乱断面積の上限は6.5×10-48 cm2となっている.これは,熱的暗黒物質で期待される素朴な散乱断面積よりも相当小さい.すなわち,熱的暗黒物質は実験的に排除されつつあるのが現状である.

    しかし,これによって熱的暗黒物質は完全に排除されたと結論するのは早計である.上記の議論は,対消滅断面積と散乱断面積が比例するという素朴な仮定に基づいている.もし何らかの機構で対消滅断面積を維持しつつ散乱断面積を抑制することができれば現実と矛盾することはない.

    そのような機構を実現する模型として「擬-南部ゴールドストーン暗黒物質模型(pNG DM模型)」が提案された.これは近似的な大局的対称性が自発的に破れた際に生じる粒子を暗黒物質とする模型である.この模型において,pNG DMと原子核の散乱振幅は,移行運動量の二乗に比例する.直接検出実験において移行運動量は非常に小さいことからpNG DMと原子核の散乱断面積は強く抑制される.一方で,pNG DMの対消滅断面積は散乱断面積と異なり抑制されることはない.したがって,pNG DMは熱的暗黒物質でありながら現在の直接検出実験の結果と矛盾しないという興味深い性質を持つ.

    上記の散乱抑制のため,pNG DMは標準的な熱的暗黒物質に比べて早い段階において通常物質を含む熱浴から脱結合を引き起こす可能性がある.特に,暗黒物質がヒッグス粒子の共鳴を通じて対消滅する場合には無視できない影響がある.そのため,先に述べた対消滅断面積(3×10-26 cm3/s)を得るには,この効果を考慮しなかった場合に比べて最大で1桁程度大きな暗黒物質–ヒッグス結合が必要となる.これにより,ヒッグス粒子の暗黒物質への崩壊率は最大で2桁程度大きくなることから,ヒッグス粒子の精密測定を通じた検証が期待される.このような新奇な現象が起こることもpNG DMの特色である.

  • 武田 健太, 野入 亮人, 樽茶 清悟
    原稿種別: 最近の研究から
    2023 年 78 巻 6 号 p. 326-331
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/06/05
    ジャーナル 認証あり

    量子コンピュータは,量子もつれや重ね合わせといった量子力学的な原理を用いて計算を行う新原理のコンピュータである.現在では商業的にも実機が利用可能となり,一般社会においても認知されつつあるが,実用的な課題を解決できる性能は得られていない.その最大の障害は,量子情報が本質的に環境雑音などによる誤りに弱く,大規模な量子コンピュータにおいては計算結果が雑音に埋もれてしまう問題である.そのため実用的な量子コンピュータでは,量子誤り訂正と呼ばれる誤りを検出および訂正しつつ量子計算を行う仕組みが必須であると考えられている.量子誤り訂正では,計算に用いる量子ビットよりも多くの補助量子ビットが必要となるため,現実的には100万という膨大な数の量子ビットが必要であると言われている.しかし,現在最も研究が先行している超伝導回路やイオントラップなどの物理系においても,この目標からはほど遠い.

    そこで我々は,集積可能な物理系として最もよく知られる半導体デバイスを用いた量子コンピュータの研究を行っている.半導体量子コンピュータでは,ゲート定義型量子ドットと呼ばれる,微細加工によって作製したゲート電極によって単一の電子を閉じ込めることのできる構造を用いる.単一電子の持つスピン1/2自由度は,最も典型的な量子力学的な2準位系であり,量子ビット実装のために必要な数々の性質を持つ.まず,スピンは磁気的な自由度のため,半導体環境中で最も大きな問題である電荷雑音に対して鈍感であり,長いコヒーレンス時間を持つ.加えて,ゲート定義型量子ドットの閉じ込めポテンシャルは電気的に制御可能であるため,高速かつ柔軟に量子ビット操作に必要なパラメータを制御することで,量子コンピュータにおいて重要な単一量子ビット操作や2量子ビット操作を実装することができる.

    本研究では,特に産業的な半導体製造技術と高い整合性を持つSiを母材とする半導体量子ビットを用いた.これまでの半導体量子ビットの研究では量子誤り訂正の実現に必須であるとされる,99%以上の操作忠実度を超える2量子ビット操作は困難であった.我々の研究では,試料構造およびスピン操作方法を最適化することで,従来の報告例に対して10倍操作を高速化し,99%以上の操作忠実度を持つユニバーサル量子操作を実現した.続けて,3量子ビット試料においても高忠実なユニバーサル量子操作を実現し,3量子ビット最大もつれ状態の生成に成功した.この状態は,3量子ビットを用いた最も基本的な量子誤り訂正の実行に有用である.この誤り訂正では,1量子ビットに対して2つの補助量子ビットを用いて3量子ビットもつれ状態に符号化し,もつれ生成と逆操作を行うと,補助量子ビットの状態が誤りの情報を反映して異なることを利用し訂正を実行する.我々は補助量子ビットの状態に応じてデータ量子ビットの回転を行う3量子ビット操作を用いることで訂正部分を実現し,量子誤り訂正の原理検証に成功した.これらの研究によって,半導体量子ビットの基本動作を確立することができたといえる.本研究を受けて,今後は集積技術を用いた誤り耐性半導体量子コンピュータ実現のための大規模化に向けた研究開発が一段と進むことが期待される.

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