日本物理学会誌
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巻頭言
目次
解説
  • 佐藤 讓, 末谷 大道
    原稿種別: 解説
    2025 年80 巻11 号 p. 618-626
    発行日: 2025/11/05
    公開日: 2025/11/05
    ジャーナル 認証あり

    私たちの身の回りには,一定のリズムで運動していると思われていた現象が,ふとした瞬間に大きく乱れるようなことがある.たとえば流体乱流,放電,神経スパイクや心拍,人や動物の群れなどがあげられる.そうした現象の背後には,秩序と無秩序が入り交じるような動力学構造が潜んでいる.注目すべきは,これらのシステムの「安定して穏やかに振る舞っているかと思えば,突如として激しく乱れ,また落ち着きを取り戻す」といった一見複雑で不規則に見える振る舞いが,実は現象を超えて共通する普遍的な力学構造を持っている点である.このような特徴を持つ現象は間欠性(intermittency)とよばれている.また,最終的には安定な定常状態に落ち着くようなシステム(エネルギーの流入と散逸がある系)であっても,その定常状態に至るまでの過程が極端に長く続き,カオス的な振る舞いを示すことがある.こうした長期的かつ複雑な過渡的ダイナミクスは,超過渡過程(super transient)として知られている.

    間欠的ダイナミクスは,たとえば滑らかな流れと突発的な乱流のように秩序だった運動(ラミナー相)と無秩序な運動(バースト相)との間を交互に遷移するのが特徴である.ラミナー相とバースト相の間の遷移は様々な力学系モデルで再現され,理論的に詳細に解析されている.間欠性や過渡過程のダイナミクスは異常な統計的性質を示す.具体的にはラミナー相の持続時間がべき乗分布に従ったり,非ガウス的なゆらぎを示したり,時間平均と集合平均が一致しないといった現象が見られる.こういった「異常統計性」は,従来の統計的枠組みによる記述ではうまく扱うことができなかった.しかし近年の力学系理論やエルゴード理論の進展に伴い,異常統計性を持つ間欠性や過渡過程のダイナミクスを体系的かつ明確に分類・理解できる枠組みが整ってきている.異常統計性は時間や空間に依存して異なる様相を示すため,それぞれの現れ方に応じて分類される.異常統計性が時間構造として生成される間欠性を時間間欠性(temporal intermittency),空間構造として生成される間欠性を空間間欠性(spatial intermittency),両者が同時に現れる間欠性を時空間欠性(spatiotemporal intermittency)とよぶ.

    カオスの発見により,かつては「多数の自由度を持つ複雑なシステムに特有」と考えられていたランダム性が,ごく少数の自由度を持つシンプルな系でも生成されうることが明らかになった.同様に,間欠性と過渡過程,それに伴う異常統計性も多自由度系だけではなく,少数自由度系においても普遍性を持つ.とくに,不安定な状態への分岐点付近で様々なタイプの間欠的ダイナミクスが観測され,それぞれ異なるメカニズムで「秩序」と「無秩序」の間を行き来する運動を実現する.

    時空間欠性の研究には,歴史的に日本の物理学者が大きな貢献をしてきたことを強調しておきたい.間欠性や過渡的ダイナミクス,その異常統計性は決定論的力学系に潜む不確実性の構造を明らかにするものであり,多様な応用分野への波及が期待されている.これらの研究は,自然界に存在する多くの未解明な複雑現象の理解に対して新たな鍵を提供する可能性を秘めている.

最近の研究から
  • 桑原 拓巳
    原稿種別: 最近の研究から
    2025 年80 巻11 号 p. 627-632
    発行日: 2025/11/05
    公開日: 2025/11/05
    ジャーナル 認証あり

    ダークマターの存在は,宇宙論や天文学的な観測によって強く支持されている.一方で,加速器実験等により確立されてきた素粒子標準模型にはその候補となる粒子がいないため,ダークマターの存在は素粒子物理に残された未解決問題の一つである.

    現在までにダークマターの候補を含む多様な素粒子模型が提唱されているが,どの模型が最も有力であるかは依然として特定されていない.そのなかで熱的ダークマターのシナリオは多くの素粒子物理の未解決問題の解決に関連していたため,長い間最も有力なシナリオであると考えられてきた.そのため熱的ダークマター模型は様々な実験手法によって長きにわたり検証されてきたが,模型を特定するための有意な結果は得られていない.これらの事実から熱的ダークマターを棄却したと結論するのは早計ではあるが,同時に熱的ダークマターにこだわる必然性もない.最近では熱的ダークマターとは異なる枠組みも注目を集めており,関連する研究が活発に行われている.

    その一つとして,ダークセクターに基づく素粒子模型が近年よく考えられるようになった.ダークセクターは既知の素粒子とは基本的に相互作用を持たないが,宇宙論などの制限を克服するためにこれら二つをつなげるポータル粒子が導入される.これまでに提案され,検証されてきた模型の多くは,ダークマター粒子とポータル粒子のみを含む簡素化された模型であった.そのような模型に対してはダークマターの質量として広い領域が許されるため,様々な実験によって網羅的に探索することが望まれる.

    強結合ダークセクター模型は,素粒子標準模型における強い相互作用のアナロジーに基づいたダークセクター模型である.素粒子標準模型では,クォークの持つカイラル対称性の自発的破れによってハドロンの質量が現れ,その質量スケールは強い相互作用に起因している.そのアナロジーからダークハドロンの質量はハドロンの質量と近しい値,すなわち典型的な質量スケールは100 MeV程度(ダークメソン)から1 GeV程度(ダークバリオン)と期待できる.また,陽子の安定性やパイ中間子が持つアイソスピン対称性とのアナロジーから,安定なダークハドロンが存在しうる.そのような安定なダークハドロンが,強結合ダークセクター模型におけるダークマター候補の粒子である.強結合ダークセクター模型では対称性などによりダークセクター粒子の質量スケールや相互作用の構造が決まっていて,将来実験での検証範囲にあることは魅力的な側面である.

    ポータル粒子は宇宙論的な問題を解決するだけでなく,地上実験での検証にも利用できる.近年注目されている長寿命粒子探索実験の多くはポータル粒子の標準模型粒子への崩壊を探索していて,特にその固有崩壊長が1 mから100 m程度の粒子をターゲットにしている.その多くは大型の素粒子実験に比べると安価で稼働までの期間が短いため,従来とは異なるアプローチでの素粒子標準模型を超える物理の探索に大きな期待が寄せられている.

    各々異なる実験がその実験設備の構造や特性などに基づいて異なる崩壊長を探索しているため,簡素化された模型に対しては異なるポータル粒子の質量や相互作用の大きさへの制限を与えることになる.一方で,強結合ダークセクター模型では,ダークハドロンの質量スペクトルによって同じパラメータの下で異なる寿命を持つダークハドロンが存在する可能性がある.つまり,簡素化された模型とは異なり複数の長寿命粒子信号が自然と期待され,複数の(異なる寿命領域を探る)長寿命粒子探索実験に異なる役割を与えうる.

  • 姫岡 優介
    原稿種別: 最近の研究から
    2025 年80 巻11 号 p. 633-637
    発行日: 2025/11/05
    公開日: 2025/11/05
    ジャーナル 認証あり

    生物は,常に成長・増殖を続けるのではなく,環境に応じて活動を一時的に停止する能力を持つ.大腸菌といった単細胞の生物も同様であり,栄養が豊富な環境下では活発に増殖する一方,飢餓などのストレスに晒されると,細胞の活動を極度に抑えた休眠状態(ドーマント状態)へと移行することが知られている.休眠状態にある細胞はしばしば高いストレス耐性を伴い,抗生物質の効果を弱める要因となるため,基礎生物学から医療応用まで幅広く注目されている.さらに興味深いことに,栄養などの条件が全て揃った環境であっても,集団のごく一部が,あたかも自ら選ぶかのようにこの休眠状態にあることが,様々な実験から明らかになっている.この一見不可解な現象がどのような内部メカニズムによって引き起こされるのか,その詳しい仕組みの解明は重要な課題のひとつである.

    生命現象を「システム」として捉え,定量的な理解を目指すのが「システム生物学」と呼ばれる分野である.システム生物学はこの30年ほどで,細胞内情報伝達,遺伝子回路,形態形成メカニズムなど,実験と理論の両輪で生命現象の数理的理解を発展させてきた.特に微生物の増殖や代謝を対象とする研究の発展は著しく,定常的に増殖している微生物の細胞内状態を数少ないデータから予測する手法や,環境条件・細菌株の詳細によらず成立するマクロ現象論が発見されている.

    しかし近年,微生物の増殖や代謝状態について単純な法則が成立するためには,潤沢な栄養下で細胞がストレスなく増殖できていることが極めて重要であることが指摘されるようになった.潤沢な栄養・低ストレスというのは実験室環境では実現可能ではあるが,自然環境では滅多に遭遇できるものではない.乏しい栄養・高ストレス環境で進化をしてきたであろう生物の理解のためには,そのような環境下における,低増殖状態(増殖速度が低い状態)の微生物の振る舞いを深く理解する必要がある.

    そうした文脈でしばしば取り上げられるのが,大腸菌をはじめとした微生物の増殖と休眠に関する現象である.大腸菌は至適条件下で約20分ごとに自己複製を遂げるという,他の生物と比べても極めて高速な増殖速度を誇る一方,飢餓や高温といったストレス環境下では細胞の代謝活性を抑えた休眠状態に移行できることが知られている.さらに興味深いことに,たとえ至適条件下であっても極微量の細胞が休眠状態にあることが,様々な実験から示唆されている.

    この休眠状態への遷移が細胞内部で起こる代謝反応系の揺らぎを引き金として生じる可能性を探るため,大腸菌の中心代謝経路を常微分方程式系でモデル化し,数値シミュレーションが行われた.その結果,代謝物質濃度の変動が発端となり,一部の反応経路が大きく活性を失って成長速度がほぼゼロに近い状態へ移行する様子が確認された.低活性状態への移行のメカニズムを解析するためにモデルを段階的に縮約し,最終的に2変数で表される単純化モデルを得た.単純化モデルの解析により,ATPやADPなどのエネルギー補酵素とカップルする反応が鍵となっており,無益回路(Futile Cycle)の暴走がエネルギー資源を使い果たすことで代謝全体が低活性状態へと転移するという仕組みが明らかになった.

  • 徳本 有紀, 枝川 圭一
    原稿種別: 最近の研究から
    2025 年80 巻11 号 p. 638-643
    発行日: 2025/11/05
    公開日: 2025/11/05
    ジャーナル 認証あり

    固体物質の構造はその物理的性質を決定づける重要な要素である.従来,固体物質は原子配列が周期構造をもつ「結晶」と長距離秩序をもたない「アモルファス」に分類されていた.1984年にそのいずれとも異なる構造をもつ第3の物質「準結晶」が発見された.これは周期性とは異なる準周期性とよばれる並進秩序と,5回回転対称性など周期構造と相容れない回転対称性で特徴付けられる長距離秩序をもつ.このため,原子配列の周期性を前提とするブロッホの定理はそのままの形では準結晶に適用できず,ブロッホ波数はよい量子数とならない.このような準結晶において超伝導などの電子の長距離秩序が存在し得るのかは,準結晶発見以来の大きな問いであった.これに対し,2018年にAl–Zn–Mg系準結晶で準結晶において初のバルク超伝導が発見され,それを契機に理論研究も盛んに行われてきている.準結晶における超伝導を担う電子対はどのように形成されるのか,それにより現れる超伝導特性にはどのような特徴があるのか,という新たな問いが生まれている.

    我々は最近,Ta–Te系準結晶が転移温度約1 Kでバルク超伝導を示すことを発見した.これは準結晶では2例目である.ただし,1例目のAl–Zn–Mg系準結晶が熱力学的準安定相であるのに対し,Ta–Te系準結晶は熱力学的安定相であるため,大きな単結晶が得られる可能性がある.また転移温度が1例目と比較して約20倍高く,準結晶の超伝導特性の実験的解明に有用な物質として期待されている.現状得られている試料は粉末焼結法で作製した多結晶体であり,粒サイズは直径数十μm,厚さ約1 μmと小さい.このため物性測定は多結晶試料に限られているが,超伝導が壊れる磁場(臨界磁場)の温度依存性において,通常の結晶とは異なる振る舞いが観測されている.Ta–Te系準結晶は準結晶の中でも唯一のファンデルワールス層状物質であり,かつ唯一の遷移金属カルコゲナイドでもある.ファンデルワールス層状物質の代表格であるグラファイトや遷移金属ダイカルコゲナイドでは,単層化によりバルクとは異なる新奇な物性が発現することが知られている.また,遷移金属ダイカルコゲナイドでは遷移金属とカルコゲンの組合せによって金属,半金属,半導体など多様な電子物性が示されている.したがって,Ta–Te系準結晶は薄膜化や組成制御によりさらに新奇な物性の発現可能性も秘めている.

    最近の準結晶の超伝導の理論研究では,その特異な構造秩序ゆえに従来の結晶では見られないタイプの電子対が形成される可能性やトポロジカル超伝導の実現可能性などが予測されている.また,超伝導体に外部磁場を印加したときに超伝導体内部に侵入した磁束量子がピン止めされやすいサイトがあることが予測されており,磁場に対して頑強な超伝導状態が発現することが示唆されている.果たしてこうした特徴的な状態,振舞いが実現するのであろうか.現在我々は単結晶試料の作製にも取り組んでおり,今後単結晶試料を用いた詳細な電子状態の解析や,種々の物性の圧力・磁場依存性,方位依存性の測定など,広範囲な研究の進展が期待される.

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