日本物理学会誌
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巻頭言
目次
解説
  • 八田 佳孝
    原稿種別: 解説
    2026 年81 巻2 号 p. 54-59
    発行日: 2026/02/05
    公開日: 2026/02/05
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    強い相互作用の基礎理論である量子色力学(Quantum Chromodynamics,QCD)が確立して半世紀が経った.しかし我々は,自然界の根源要素である核子(陽子と中性子)と原子核を,どれくらい深く理解しているだろうか.ナイーブには陽子は,3つのクォークによる,非摂動的な低エネルギー束縛状態とみなせる.一方で深非弾性散乱(Deep Inelastic Scattering,DIS)のような高エネルギー実験では,ファインマンのパートン描像が成り立ち,陽子はほとんど相互作用しないクォークとグルーオンの束のように振る舞う.低エネルギーと高エネルギー,あるいは強結合と弱結合で見える,陽子の全く異なる2つの顔.これらはQCDの漸近的自由性により,連続的に繋がっているのだろう.ならば,陽子の基本的性質や内部構造を,パートンの自由度で説明することは可能だろうか.例えばクォークの運動エネルギーは,陽子の質量938 MeV/c2にどれほど寄与しているだろう.グルーオンの軌道角運動量は,陽子スピン/2のどれくらいの割合を占めるだろうか.

    高エネルギー反応では,陽子内部のクォークとグルーオンは,通常パートン分布関数(Parton Distribution Function,PDF)q(x),g(x)で記述される.ここでxは,パートンが持つ運動量の,陽子の運動量に対する割合を表す.このことから,パートンは単に1次元的に陽子と平行に走っていると思われがちだが,実際には3次元的な運動量を持っている.また,陽子の半径程度の空間に,3次元的に分布している.さらに,異なるパートン同士はスピンやカラー,位置,運動量空間で相関している.このように陽子内部は,本来複雑な相対論的量子多体系なのである.同様に,原子核も究極的には,クォークとグルーオンの多体系として理解することができるであろう.こうした新しい自由度は, 横運動量依存パートン分布関数(Transverse Momentum Dependent distribution,TMD)や,一般化パートン分布関数(Generalized Parton Distribution,GPD)など,PDFの概念と定義を拡張することによって取り入れることが可能である.TMDやGPDは,QCDの因子化定理を通してDISなどの様々な実験の観測量と結びついており,グローバル解析を通して決定することができる.

    アメリカのブルックヘブン研究所で2030年代半ばに,Electron-Ion Collider(EIC)による新たなDIS実験が開始される.上に述べたような,陽子や原子核の多次元的な内部構造のQCDに基づく理解を主要な目的とし,質量やスピンの起源,高密度グルーオン物質の解明に迫る.EICは現時点で建設が正式に決定している,唯一の次世代大規模加速器実験である.今後数十年にわたってアメリカ,そして世界の原子核物理の大きな潮流の一つになることは間違いない.EICのルミノシティは先行実験であるHERA(ドイツDESY研究所の加速器)の1000倍を誇る.さらに陽子と電子を同時に偏極させることが可能で,名前の通り重イオン(原子核)標的のDISを行うこともできる。この「初めてづくし」のユニークで多才な加速器で,QCDと核子構造物理の新しい時代が幕を開けようとしている.

最近の研究から
  • 塚田 暁, 大西 哲哉
    原稿種別: 最近の研究から
    2026 年81 巻2 号 p. 60-65
    発行日: 2026/02/05
    公開日: 2026/02/05
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    これまで不可能とされてきた電子散乱による短寿命不安定核(RI:Radioisotope)の構造研究,その第一歩を,我々はついに現実のものとした.

    電子散乱は,電磁相互作用という理論的に最も信頼のおける手段を用い,原子核の構造を曖昧さなく決定する強力な方法である.例えば電子弾性散乱によって導出される原子核内電荷分布は陽子の波動関数の重ね合わせを直接反映する重要な物理量である.20世紀には多くの安定核が詳細に調べられ,原子核物理学の発展に大きく寄与してきた.一方で,同世紀末頃から,生成した不安定核をビームとして利用する技術が大きく発展した.安定核では見られない新奇な構造が次々と明らかになり,原子核物理は新たな時代に突入したといえる.

    不安定核を含めた統一的な核構造モデルの構築は,現代核物理における大きな目標のひとつであり,世界各地の研究機関が大型RIビーム施設を整備し,活発な研究が展開されている.不安定核は,例えば中性子星の内部や超新星爆発,中性子星連星合体など宇宙での極限環境で現れ, その性質は宇宙における元素合成過程や核物質の状態方程式を説明する重要な役割を担っていると考えられる.こうした状況下,電子散乱を不安定核に適用したいという願いは自然な流れであるが,標的作成の困難さのため不可能と考えられていた.短寿命核は瞬く間に崩壊し,通常の電子散乱で必要とされるような高密度の静止標的を用意することができなかったためである.

    この困難に対して,我々は「自己閉じ込め型不安定核標的(SCRIT:Self-Confining RI Ion Target)」を発案し,理化学研究所にSCRIT電子散乱施設を建設した.SCRIT法は,電子蓄積リング内の電子ビーム自身が形成する電場を利用することで,標的イオンを3次元的にトラップし,極少数のイオンでも電子ビームとの高頻度衝突を実現する革新的技術である.これにより必要とされる標的数を従来の1018-20cm-2から10桁低い109cm-2にまで下げることができる.さらにSCRIT施設では不安定核をオンライン生成し,イオンビームとして供給する.これにより,生成量の少ない短寿命核を標的とすることが可能となる.2004年の着想以来,20年に及ぶ開発と試行錯誤の末,我々はついに世界初となる「オンライン生成不安定核標的を用いた電子散乱実験」に成功した.

    最初の標的核としては137Csを選んだ.比較的寿命が長く,かつイオン源からの取り出しやすさなどの利点を活かした選定であった.ウランの光核分裂反応によって生成されたCs同位体を取り出した後,質量差を利用して137Csを選び出し, 最終的に純度99.5%以上の高品質なRIビームを得て,ただちにSCRIT装置へと導入した.散乱電子の運動量・角度・位置を測定した結果,137Csからの弾性散乱角度分布は,核サイズから期待される理論曲線と一致した.

    137Csの寿命は約30年と比較的長いが,オンライン生成から短時間での捕獲・測定という全過程を完全に模擬することで,より短命な核種への応用可能性を現実的なものとして示す結果である.

    現在,RIオンライン生成のための電子ビームパワーを約100倍に増強する計画が進んでおり,関連施設のアップグレードと併せて,数年以内には様々な短寿命核の核内電荷分布測定が実現される見通しである.その際,次なるマイルストーンとして不安定核領域での二重魔法数核132Snの核内電荷分布測定を予定している.

    電子散乱は,将来的に不安定核構造研究における標準的なツールになることが予想される.本研究は,その実現に向けた重要な一歩である.

  • 大塚 啓, 石黒 奎弥
    原稿種別: 最近の研究から
    2026 年81 巻2 号 p. 66-70
    発行日: 2026/02/05
    公開日: 2026/02/05
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    超弦理論と機械学習.一見すると,この二つの分野は全く異なる領域のように思えるかもしれない.超弦理論は,重力を量子化し自然界のすべての力を統一することが期待されている理論である一方,機械学習はデータからパターンを抽出し,予測や分類を行う計算機科学の一分野である.しかし,近年この二つの分野が交わることで,超弦理論がもつ新たな理論構造の理解や技術的進展が生まれつつある.以下では,超弦理論と機械学習の融合がどのように進んでいるのか,その背景や課題,そして今後の展望について解説する.

    2017年6月のほぼ同時期に4つの研究グループが,超弦理論と機械学習の融合に関する研究を発表し,その後,主に以下の二つの方向性で進んでいる.ここでは,紙幅の都合上,超弦理論と素粒子標準模型の関係に焦点をあて,その他の文脈での超弦理論と機械学習の融合には立ち入らない.

    1点目は,「超弦理論の数理的な構造の解析」についてである.超弦理論の低エネルギー有効理論は,1+9次元時空上の理論であり,9次元空間のうち6次元空間(余剰次元空間)が十分に小さくなっていること(余剰次元空間のコンパクト化)で,現在の高エネルギー実験・宇宙論観測と矛盾していないと考えられている.この余剰次元空間として6次元カラビ・ヤウ多様体を含む様々な多様体が考えられているが,その解析には代数幾何学やトポロジーの知識が必要である.機械学習・深層学習を用いることで,これらの数学的構造をより効率的に解析する手法が開発されている.

    2点目は,「String Landscapeの探索」である.6次元余剰次元空間を小さくコンパクト化する機構を考える際,余剰次元空間上に電場や磁場,様々な次元をもったブレーン(膜)などの力学的自由度を導入可能である.これらの力学的自由度は,10500以上もの4次元真空(String Landscape)を導くことが知られ,その中から素粒子標準模型を導く現実の宇宙に対応する状態を見つけることが大きな課題だと考えられている.

    これまで統計的な手法を用いてString Landscapeを研究するアプローチは幅広く行われてきたが,機械学習の発展に伴い,この無数のString Landscapeを導く超弦理論の力学的自由度が機械学習で対象とするビッグデータとみなされた.その後,機械学習を用いて効率的にString Landscapeを探索する研究やLandscape構造の分類などが行われている.

    超弦理論から導かれる有効理論を解析してみると,素粒子の世代数は6次元余剰次元空間の幾何学量を含む様々なトポロジカル量で決定される.しかし,無数のトポロジカル量のうち,どのトポロジカル量が素粒子の世代数を本質的に決定するのかは明らかにされていない.そのため,無数のString Landscapeが我々の宇宙を記述する解を含んでいるのかどうかを一つ一つ調べるブルートフォースアプローチが用いられてきた.

    そのような中,著者らはLandscapeを探索するアプローチを行った.特に,IIA型超弦理論の交叉D-ブレーン模型にオートエンコーダと呼ばれる深層学習を活用することで,素粒子の世代数が特定のトポロジカル量により決定されることが明らかになった.機械学習は人類がこれまで認知していなかった新たな知見をもたらし,従来のアプローチと組み合わせることで,String Landscapeの全体像が今後解明されていくことが期待されている.

  • 伊藤 悦子
    原稿種別: 最近の研究から
    2026 年81 巻2 号 p. 71-76
    発行日: 2026/02/05
    公開日: 2026/02/05
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    宇宙の始まりの頃のような高温下や中性子星の内部のような低温高密度下など,極端な環境における物質の性質を理解することは物理学者にとって常に挑戦的かつ刺激的なテーマである.音速は物質の硬さを表す指標であり,圧力がどれほど早く伝わるかを決定する.素粒子のダイナミクスを記述する理論では,音速の上限は「光速(c)の1/√3」という予想が信じられてきた.c/√3という値は,内部エネルギー密度eと圧力pe=3pを満たすときに実現され,例えば相対論的な自由場理論において実現する.この上限値は「共形バウンド」と呼ばれている.しかし,中性子星内部に対応するような高密度下でも,このバウンドは成り立つのだろうか.

    物質構造の最下層であるクォークとグルオンの基本法則は量子色力学(QCD)で描かれる.低温低密度でQCDはハドロンやその共鳴状態を理想気体として扱う模型でよく近似できる.密度がゼロの時は音速もゼロなので,密度を上げるとゼロから正の値へ変化すると予想がつく.一方で低温かつ高密度極限ではクォーク同士の距離が近づくため,QCDの漸近的自由性から相対論的な自由場とみなす近似がよくなり,共形バウンドの値に近づくはずだ.問題は中間密度領域の振る舞いで,そこには中性子星という実在する物体で実現している密度領域も含まれるため,注目を集めている.

    ハドロン内部のクォーク間相互作用は強結合であるため,QCDの現象に対する理論的研究には非摂動的定式化に基づいた数値計算が最も強力な手段である.現在までにモンテカルロ法の一種である重点サンプリング法を使った格子QCDと呼ばれる計算法が開発され,その計算結果は加速器実験の結果をよく再現し,QCDが核子らのミクロ理論として正しいことの定量的証拠を与えてきた.しかし,有限密度領域では符号問題が生じ従来法では扱うことができない.一方,3つのカラーの自由度を一つ減らして2カラーQCDという「QCD型理論」に対しては,数値計算上の工夫を凝らすことで高密度領域も従来のアルゴリズムで計算できる.この手法の発展により,近年,QCD型理論の有限密度領域における第一原理計算が推し進められている.

    その結果,まず,広い温度密度領域での真空の性質を示す相図が第一原理計算によって明らかになってきた.低温領域では密度を上げていくと,「ハドロン相」から「ボーズ-アインシュタイン凝縮(BEC)相」,「BCS相」へと遷移していくことがわかった.さらに,BEC相からBCS相へ変化するくらいの高密度領域で,音速がc/√3の壁を超える可能性があることが示唆された.格子QCDの研究が始まって以来40年以上にわたり,QCDやQCD型理論の低温・高温領域で数多くの計算が行われてきたが,第一原理計算で共形バウンドの破れが確認されたのは初めてで,QCD型理論における新たな現象である.

    また,近年の中性子星観測でも質量と半径関係から高密度物質の状態方程式を再構築すると,対応する音速がc/√3を超えることを支持する傾向が報告されている.つまり近年になって,純粋に理論的研究と観測の双方から高密度下では共形バウンドが破れる可能性が議論されるようになった.今後さらに計算手法が進み,観測精度も向上すれば,自然界の物質に対する音速の上限に関する結論は一層明確になるだろう.QCD型理論の高密度領域の第一原理計算は最近になって大規模計算が可能となった分野である.音速の振る舞い以外にも高密度領域における未知の現象が今後も明らかになっていくのかもしれない.

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