日本物理学会誌
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81 巻, 9 号
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巻頭言
目次
交流
  • 髙薮 縁
    原稿種別: 交流
    2026 年81 巻9 号 p. 486-493
    発行日: 2026/09/05
    公開日: 2026/09/05
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    すでに8年前になるが,2018年7月豪雨が西日本の広域を襲い,237名もの人命が失われて日本社会に衝撃を与えた.その後2019年には,台風19号が台風本体から離れた東北地方の広域に大洪水を,2020年7月豪雨は九州の球磨川などの大規模氾濫をもたらすなど,毎年のように広域豪雨が日本社会を脅かしている.最近では,2024年9月に日本海側の広域を豪雨が襲い,地震からの復興途上であった能登半島地方に甚大な被害をもたらした.2025年8月上旬には,それまで猛暑・渇水に悩まされていた日本海側の地域や九州地方に突如として記録的豪雨が襲いかかり,土砂災害や浸水などを引き起こした.世界でもドイツやスペインなどこれまで比較的穏やかであった中緯度域での記録的豪雨被害が後を絶たず,地球温暖化に伴う気候変動の影響が懸念されている.

    一方,初の衛星搭載降水観測レーダーが地上約400 kmの軌道に上がってから28年余となる.水平約5 km,鉛直約250 mの解像度を持つ3次元レーダー観測によって,それまで地上降雨の強度分布推定に限られていた衛星からの降水観測が,立体的な降水強度分布推定へと革新的に進化した.これにより,対流性降水,層状性降水など降水システムの内部構造を観測し,雨の強さや拡がりのみならず雨をもたらすシステムの特徴を把握できる観測データがグローバルかつ継続的に蓄積されてきた.

    大雨をもたらす降水システムには大きく分けて2種類がある.1つは,背の高い積乱雲で激しい雷雨をもたらす.単独の積乱雲の水平スケールは1-10 km程度で,寿命は数時間である.雷雲が集団で存在することもある.もう1つは,「メソスケール対流システム」(Mesoscale Convective Systems,略称MCS)と呼ばれる組織化した降水システムである.MCSは,積乱雲群が短時間で消えていかずに,それを起源とするぶ厚い層状雲の広がりを持つようになり,数十kmから数百kmのメソスケール循環を伴うようになったものである.この状態を「組織化した」と呼ぶが,そうなると半日以上も降水システムとして維持され,時には豪雨をもたらすことがある.気象衛星ひまわりの熱帯域の画像に見られる数百kmスケールの雲の塊は雲クラスターと呼ばれ,MCSの代表格である.拡大して捉えれば梅雨前線や台風もその仲間と言える.

    ここでは,豪雨をもたらす降水システムの構造を近年の衛星観測が蓄積した膨大なデータから調べると共に,その環境場の特徴を抽出し,豪雨の仕組みについて考えた.そして,近年豪雨が増えているという実感と地球温暖化による気候変動との関係について考察した.

    一連の研究は,広域な大雨が,激しい対流に伴う雷雨よりもMCSによって多くもたらされることを示した.MCSは環境の気温成層がさほど不安定でなくても,大気が上空まで非常に湿り湿潤絶対不安定層(MAUL)が出現しやすい環境で形成・維持されやすいので,地球温暖化に伴う大気水蒸気量の増加と共に増えていると理解できる.

解説
  • 桂木 洋光
    原稿種別: 解説
    2026 年81 巻9 号 p. 494-502
    発行日: 2026/09/05
    公開日: 2026/09/05
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    米や小麦などの穀物,風に舞う砂,すし詰めの満員電車内の人々,これらはいずれも「粉体」とみなせる.粉体は「散逸を伴う固体粒子群」として物理的には定義され,多くの自然現象において登場し,極端に言うと,万物と何らかの関係を持っている.そのため,粉体は様々な自然現象に多様性をもたらす主要な構成要素の一つとなっている.

    言うまでもなく,地球や太陽系固体天体の表面は砂礫や土砂によって覆われている.そのため,地球を含めた固体天体表面の地形進化はもちろん,地表に生息する生物の生態でさえ,粉体の物理挙動による制約を大きく受けている.

    粉体現象の多くは,驚くほどシンプルな物理実験の積み重ねによって,その深淵に潜む仕組みが紐解かれつつある.粉体の示す多彩な複雑挙動や物理風景について,特に摩擦や付着性が大きな役割を果たすいくつかの現象を以下に紹介する.

    例えば,砂山を回転させると遠心力の影響により変形する.この回転による砂山の変形は,重力・遠心力・摩擦力のバランスのみを考えたモデルで良く説明されることが最近の系統的実験で明らかになった.また,この系における安息角を特徴付ける粉体の摩擦係数が遠心力の影響を受けて変化し得ることも,この実験により示された.このような砂山の回転による変形は,小惑星などの自転する微小重力天体の表面地形進化という風景の素過程と関連する.

    また,粉体粒子に比べて大きな固体塊を粉体層に準静的に陥入させると,特有の抵抗力が生じる.この抵抗力は,摩擦による滑り線モデルで定量的に記述され,陥入体積に比例する項を持つことから,粉体におけるアルキメデスの原理に対応すると解釈されている.

    一方,濡れた粉体は,その付着性により有限の付着強度を持つ.この性質は砂浜に生息するスナガニの巣穴の崩壊条件と関係する.この関係性は,状況を単純化した物理実験により定量的に明らかにされている.同様の空洞崩壊の力学は,彗星表面に見られる地盤沈下的地形の解釈にも有用であり,付着性粉体が見せてくれる物理風景の普遍性を表す要素となっている.

    液層に浮遊する柔らかい粒子群にせん断を加えると,間欠的な滑りイベントが発生する.この滑りイベントの統計分布はスロー地震と同様の特徴を示すことが,最近の実験により明らかになった.このように,地球規模の現象を室内実験で再現できる点も粉体実験研究の利点の一つである.

    これらの一見異なる現象群の研究に共通する問いは「粉体の力学応答は,どのような素過程の組み合わせとして理解できるのか」である.上記のように多様な自然現象と関連する粉体現象の背後にある物理的共通点として,摩擦や付着性のほかに,粉体の粒子ネットワーク構造が作るフォース・チェーン(力鎖)がある.フォース・チェーンや粒子配置が複雑な現象をもたらす過程を物理的に理解する試みは,現在様々な角度から活発に研究されている.

    粉体物理の基礎的理解の深化は,粉体の関わる多様な自然現象の詳細な機構解明に欠かせない要因であるとともに,自然界に遍在する複雑現象を統一的に理解するための重要な手がかりを与えるとも考えられ,今後も一層の発展が望まれる.

最近の研究から
  • 今田 正俊
    原稿種別: 最近の研究から
    2026 年81 巻9 号 p. 503-507
    発行日: 2026/09/05
    公開日: 2026/09/05
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    AIや機械学習の手法の開発や活用が社会全般,経済,産業活動から日常生活まであらゆる局面で活発化している.自然科学研究も例外ではない.もともとAIの手法には物理学で培われた考え方や概念に起源を持ち,それを応用したものも多い.最近はこれを物理学に逆輸入し活用する潮流があり,実験,理論を問わず急激に活発化している.

    物理学における難問の一つに量子多体問題がある.量子多体系を厳密に扱おうとすると,古典的な原理に従うコンピュータでは,単純には系のサイズの指数関数に比例する計算時間やメモリーを要し,どんなスーパーコンピュータを用いても充分大きな系を扱うことはできない.しかし,自然は究極において量子力学の法則に従う多体系であると現在信じられているから,量子多体問題をより良い近似で解くことは自然科学全般にわたる波及効果の大きな挑戦的課題である.

    例えば物性物理学においては,電子間のクーロン斥力相互作用の効果の大きな強相関電子系と呼ばれる物質群の物性と現象の機構を理解することが挑戦的課題である.強相関電子系では強い量子ゆらぎや量子もつれと多体効果が相俟って,未踏でエキゾチックな量子液体や高温超伝導の舞台となり,多くの全く異なる相が激しく競合するために,高い精度の量子多体解法が望まれてきた.多体量子系を扱うためにファインマンの経路積分の考え方を利用する量子モンテカルロ法やさまざまな変分波動関数法が提案され,それぞれに大きな成果をあげてきたが,いろいろな困難や限界があって,万能で強力な方法は見つかっていない.

    この量子多体問題にAIや機械学習を活用する研究が10年ほど前から発展している.その中で,制限ボルツマンマシンを用いて基底状態の波動関数を表現する方法が発展の当初から活発に研究されてきた.量子多体問題で使われる制限ボルツマンマシンでは,物理変数と相互作用する隠れ変数と呼ばれる古典変数を導入し,それら 物理変数と隠れ変数 が作るネットワークで決まる仮想的なハミルトニアンを定義する.この仮想ハミルトニアンから決まる分配関数に対して,隠れ変数の自由度の部分対角和を取ったものが,物理系の基底状態波動関数をよく近似するように,ネットワークのつながり方を最適化することで,高い精度を示している.しかし制限ボルツマンマシンやそのほかの機械学習法では 隠れ変数が古典変数であり,非局所的な量子もつれを古典変数でどこまで効率よく表現できるのか不明である.そこで隠れ古典変数を量子化し,多体フェルミオン系の場合は,隠れたフェルミオンを導入してフェルミマシンと呼ぶネットワークを構成し,基底状態を表現しようとする提案がなされた.

    強相関電子系である銅酸化物高温超伝導体では強相関効果のために,真空中では素粒子である電子が物質中で2種類のフェルミオンに分裂して「2重人格」的にふるまい,観測される電子はその両者が量子もつれした複合体であると考えることで多くの実験や理論計算の結果をうまく説明できる.つまり電子の「分数化」を支持する研究が蓄積してきている.フェルミマシンはこの分数化による量子もつれ構造を自然にかつ容易に表現する方法を提供し,今後,複数の相が激しくせめぎ合って競合する様相や,強い量子もつれを可視化して,強相関電子系の普遍的かつ特有の実体解明に貢献しうる.また,量子もつれの物理をあらかじめ組み込んだAIと将来に期待されている量子コンピュータとの連携も期待できる.

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