和牛の成牝牛を用い,牛の生体審査において皮質の良好なものと然からざるものとの間に,皮膚組織に如何なる差異があるかを検討し,なお,さらにそれらをなめし皮とした場合に組織学的に,また銀面の様子に如何なる相違があるかを研究した。
その結果,皮膚組織において概して皮質の良好なものの方が皮革資源として不利な条件を多く有することを見出し,実際それをなめし皮とした場合たおいてもその厚度は薄くまた銀面も綺麓でないことを確かめ,事実なめし皮の伸度及び抗張力において皮質の良好なものの方がむしろ劣ることを証明した。惟うに牛の生体における皮膚は被毛,角,蹄など之共にその牛の資質を表現するものとして尊ばれ,その審査における重要性も專らそこにある。しかして和牛の場合はその資質のうち,皮膚によつて判断されるものは,その肉質,飼料の利用性及び泌乳能力であろうと思う。かかる資質の方からいえば皮膚としては,どうしても幾分薄めのものになり,彈力性ある柔軟なものの優れていることを我々は経験から知つているのである。従つてそれをなめし皮とすれば当然上述の如き結果を生ずるおけである。ことに皮質のよいようなものは一般に他の資質を表わすもの全般においても優れているものが多く,かかるものは然らざるものよりも繁殖に供されることも多く,分娩回数も自ら多くなり勝ちであろう。するとかかる牛に屠段時期は得てして老令に近くなり,経産年数の増加と共に,益々その皮膚は薄く,その質は惡化し勝ちである。かかる種畜として牛をみる場合においては原皮の生産は全く副産物にして,これに重点をおくわけにはゆかない。即ち牛の資質を表現する皮膚と皮革資源としての皮膚とはその優良性において完全に平行するものではないといえるであろう。
ただし皮質の良否による組織学的差異は一般に牛体の前躯において著しく,後躯においてはその差は比較的少い。牛体の後躯はなめし皮とした場合,最も重要なる部分である。従つてかかる重要なる部分において皮質の良杏による差が比較的少いということは,皮革資源として考えた場合に,皮質の良好なものにとつて幾分都合よきことといえるであろう。なおまた薄いなめし皮は薄いなりにその用途力があると思う。上述の結果は大体,底革用になめし,またそれに近い用途を考えて利,不利を論じたのであるが,甲革,袋物などの用途を考えれば,論はまた幾分別になるであろう。従つてその用途について十分なる考慮を払う以上,生体審査における皮質の良否によるなめし皮の品質の差異は,実際問題としては左程大なる間題ではなかろうと思う。
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