1. 頂尾長2.5cmから82cmに及ぶ胎児を含む30例の牛妊娠子宮の小丘間領域組織について,鉄とカルシゥムの分布を検索した.各例の材料において,組織片を子宮角の4ヵ所から採取した.ただし,妊娠初期のものでは2ヵ所の組織片のみを検索した.この他,頂尾長4.7cmから71cmに及ぶ胎児を持つ23例の妊娠子宮から得られたplacentomeを,さらにこの目的のために用いた.鉄の検出にはBerlin blueの方法を,またカルシウムの検出にはvon Kossaの方法をそれぞれ用いた.
2. 頂尾長が25cmから50cmまでの範囲にある胎児を含む子宮の表面上皮には微量ないし適量の鉄が,微細顆粒の形で識別された.一方,子宮腺においては,妊娠のごく初期のものから,上皮ならびに分泌物中に不変的に,粒子あるいは不定形堆積の形で鉄が検出された.ここに述べた上皮性の鉄は,いわゆる子宮乳を構成する成分と考えられる.また,これらの鉄はその領域の栄養膜に吸収されるものと思われる.
3. 上皮による分泌産物としての鉄とは別に,placentome内部には次に述べるように,別な形式とみなされる陽性反応が認められた.Placentomeの(母体性)中隔組織と絨毛膜栄養細胞層との間の腔所には,母体性血液の溢血が非常にしばしば出現する.この領域のarcadezoneの栄養細胞は大量の黄褐色の色素を保有する.一方,この溢血区域には,鉄に対する陽性反応が時として確認された.
4. 母体から胎児への鉄の伝達に関して,本研究の成果からふたつの経路が存在する可能性がある.すなわち,第1は膜性絨毛膜の栄養細胞層を介する経路である.この場合は腺上皮からの分泌性産物の鉄が上記栄養細胞にとりこまれる.第2は,placentomeのarcade領域の栄養細胞層を介する経路である.この場合は,ごく普遍的に出現する母体血液の溢血に由来する鉄が上記栄養細胞にとりこまれる.これに関連して,鉄反応は胎盤の胎児性部分,すなわち絨毛性絨毛膜ならびに膜性絨毛膜にはほとんど確認されなかった点が注意されるべきである.
5. 本研究の結果は,牛胎児における造血が妊娠のごく初期,すでに始まっていることを示している.また,今回の所見を,著者らの既報の所見とともに考察する時,胎児にこのようにして伝達される鉄の総量は妊娠の進行とともに増加しているものと考えられる.ここに述べてきた鉄とは別に,子宮内膜には粗大顆粒状の鉄を含む支質細胞がしばしば出現する.これらの細胞の分布と出現経過に関する所見に従えば,ここに述べた鉄は発達する胎児には利用されないものと推察される.
6. カルシウムは專らplacentomeにのみ検出され,小丘間領域には全く見い出されない.ごく例外的な場合,たとえば退行過程の上皮においてカルシウムの沈着がおこる.Placentomeにおいて,カルシウムは第3表に示すように,究極的には母体性および胎児性両者のすべての組織要素に検出された.
7. 鉄の場合と同様に,胎児へのカルシウムの伝達についてふたつの経路があるように思われる.すなわち,その第1は陰窩傾域を介する経路である.この場合,カルシウムが母体性要素から胎児側へと胎盤障壁の細胞層を段階的に移動するのが,追跡される.第2の経路はarcade領域の栄養細胞層を介するもので,ここでは溢血した母体血液成分が上記栄養細胞にとりこまれる.
8. 胎児が頂尾長32cmに達する時期には,カルシウムはplacentomeの組織要素のほとんどすべてにわたって検出される.このことは,牛の胎児において,骨の石灰化が上述の時期に始まっていることを示すものと受け取れるであろう.第3表に要約された結果から,母体から胎児に伝達されるカルシウムの総量は,妊娠の進行とともに増加しているようにみえる.
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