研究の背景
気候安定化のために、世界は温室効果ガス排出を大幅に削減し、化石燃料利用を制限した「低炭素社会」を構築しなければならない。日本もここ半世紀のうちに、今の60%~80%もの削減が要請されよう。果たして、そのような削減ができるのだろうか、そのためには今からどのような手を打って行かねばならないのだろうか。「脱温暖化2050研究プロジェクト」はこうした疑問に答えるために、2004年から5年計画で、環境省地球環境研究総合推進費戦略研究のひとつ(S-3)として開始され、2007年2月にその中間報告が発表された(http://2050.nies.go.jp)。本号はこれに参加した研究者による現時点での知見を取りまとめた論文を収録している。
中間報告は、「日本を対象に、2050年に想定されるサービス需要を満足しながら、主要な温室効果ガスである二酸化炭素を1990年に比べて70%削減する技術的なポテンシャルが存在する」ことを結論としている。そしてその「低炭素社会」の実現に向けて、今から国民が目標を共有し、社会システムやインフラを徐々に代替してゆき、技術が確実に導入できるように適切な政策を打ってゆくことの必要性を示している。
「低炭素社会」とは、単に供給エネルギー源を低炭素にすれば実現できるといった生易しいものではない。研究結果の示すところでは、まずエネルギー需要側での省エネルギーに向けて、大きな意識・行動・システムの変革が必要である。高エネルギー消費を前提とする今の技術社会を、半分のエネルギーで効用を確保できる社会システムに代えてゆかねばならない。そのためには産業構造、国土構造、経済構造自体を低炭素時代に向けて大きく舵を切らねばならない。本研究で描かれた「低炭素社会」の実現は、そういう意味で今世紀の日本再構築のひとつの軸になるものである。
折しも2007年5月24日、日本は、ハイリゲンダムG8サミットで、2050年世界の温室効果ガス半減を提言した。2007年12月、国際社会は、2009年までに世界のすべての国が参加する、京都議定書約束期間以降の世界気候政策新レジーム構築に向けたバリロードマップを設定した。2008年7月洞爺湖サミットで、日本は主催国として温暖化防止の国際的リーダーシップをとろうとしている。さまざまな国際交渉に、日本自身がどこまでやればどれだけ削減できるのかの腹づもりを持って臨むことの必要性はいうまでもない。
気候安定化には途上国の温室効果ガス削減への参加が必須である。先進国が陥った高エネルギー消費技術社会に落ち込まないで、どのようにして途上国の低炭素社会下での成長を可能にするか。今後の国際協力における日本の一番の貢献は、「低炭素社会」が実現可能であることを身をもって示すことにある。そのために、この70%削減可能性の提示が、世界の模範となる「日本モデル」を実現する一歩となるのではなかろうか。
本号の構成
研究内容は大きく3部に分かれる。第一は、科学および国際政治の面からみた低炭素時代への必然性と日本の削減目標設定の意義を示す2論文である。ここでは、シナリオ構築は国際政治動向に対して頑健なものである必要性を指摘し(太田 ら)、現在進行中の国際制度枠組再構成検討の中では、いずれにしても日本は2050年までに70%~90%もの大幅削減が要請されることを示している(蟹江 ら)。
第二は、温室効果ガス大幅削減可能性を検討する統一シナリオの検討であり、2050年の社会ビジョンの提示、そこでの整合ある低炭素社会シナリオの作成とその実現可能性検討、バックキャスティングによるシナリオ実現に向けた政策手順検討からなる。まず、国民の低炭素社会ビジョン共有のために、2050年に想定される日本の社会経済の姿として、活力ある技術社会とゆったり自然調和社会の2イメージを描き(榎原 ら)、適切な技術開発と選択によって、どちらの社会イメージでも温室効果ガス排出70%削減は可能であることを示し(藤野 ら)、その達成のためにはインフラ投資などを早期に始めることの必要性を述べる(増井 ら)。
第三はいわば各論になるが、低炭素社会を構築するいくつかの分野で、さらに深めた削減の考え方が論じられている。エネルギー分野では、大きく変わる需要形態に低炭素エネルギー源がどう組み合わせ得るかを論じ(藤野 ら)、交通部門においては自動車技術進歩と地域にあわせた交通体系整備に向けた施策・政策を提示(松橋 ら)、住宅・オフィスを主体とした削減可能性を日本の都市単位で検討(伊香賀)、湿系バイオマス利用による都市での削減効果算定(荒巻 ら)、ITによる情報化がダイナミックに環境配慮を浸透させ、新たな社会システムが創造される可能性を想定した低炭素化検討(藤本 ら)などである。また既成の産業社会構造を低炭素社会に導くための社会調整メカニズムとしてエコロジカル・モダナイゼーションの観点から、セクター間のダイアログ推進、スマートレギュレーションの利用が提案されている(山田 ら)。これら各論は、必ずしも全分野を網羅したものではないが、上記のシナリオ作成検討をそれぞれに裏打ちする論考である。
本研究はいまだ途上にある。今後なさねばならない研究としては、ここで設定したビジョン達成に向け、そこへ至るための道筋・障壁・政策を示すことである。産業部門のイメージはまだ十分には書ききれていない。本研究をさらに発展させるには、本号の第一段で論議されている国際政策検討の中で、ここで打ち立てた日本モデルと先進工業国や発展途上国とのモデル比較によって、低炭素世界論議を深める材料にしてゆく努力が必要であろう。
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