本特集をまとめるに当たって,まず日本生態学会の例会において,「火山と陸域生態系」と題するシンポジウムを企画した。生態学において火山噴火はかく乱要因としてしか認識されていない問題を指摘し,さらに,陸域生態系の維持要因としての火山の重要性を指摘することが本シンポジウムの目的であった。このシンポジウムは日本生態学会62回大会(2015年3月 鹿児島大学)において開催され,本特集に寄稿して下さった,井村隆介氏,渡邉哲弘氏,上條隆志氏,そして私が講演を行った。シンポジウム企画中に,奇しくも御嶽山において噴火が起こった。噴火が自然災害として取り扱われている最中でのシンポジウムであったが,シンポジウムの趣旨はよく理解され,盛会であった。本特集は,シンポジウムで発表された4つの話題に加え,加藤和弘氏,平舘俊太郎氏,吉野正敏氏に更に論文を執筆していただくことによって,より多面的な視点から火山と生態系を論じたものである。
本特集をまとめるに当たって,私たちが火山から受けている恩恵を強調することを心掛けた。平舘氏論文を読んでいただくと,日本の農業が噴火から実に多様で大きな恩恵を受けていることを分かっていただけると思う。しかし,読者の皆さんには,まず最初に井村氏の論文を読んでいただきたい。過去10万年の間に大きな規模の噴火が度々起こり,日本列島の自然環境は噴出物によって大きな影響を受けていることが説得力を持って示されている。「考え方が変わった」という思いを持たれる読者もおられるかもしれない。地質学分野の論文は,短い時間スケールで物事を見がちな私のような者に大局的な視点を与えてくれる。渡邉論文では,火山灰土壌の生成過程や特徴について平易に説明していただいた。一般的に,日本の畑作などの農業にとって火山灰土壌はリン欠乏を引き起こす問題の多い土壌として捉えられることが多い。しかし,渡邉氏の論文では,火山灰土壌の肥沃性がよく解説されている。上條ほか論文と加藤・樋口論文では,主に三宅 島を例にとり,溶岩原において生物群集がどのように発達(遷移)していくのかを解説していただいた。溶岩流上の遷移は一次遷移の代表例として知られ多くの研究例があるが,特に栄養塩や食物を介在した生物間の複雑な相互作用として遷移が進んで行く様子を解説していただいた。溶岩流上の一次遷移は一様に進行する,という教科書的な見方への反証になっているはずである。吉野論文では,火山噴出物がどのように気象や気候に影響を与えるのかを概説していただくと同時に,風土や文明史といった側面にも触れていただいた。噴火が農作物の冷害を引き起こし,歴史的に人々の暮らしに影響を与えてきたことがつづられている。最後に,私の担当章では,火山砕屑物が森林生態系維持に及ぼす効果を厚いデータを示して解説しようと試みたが,関連する論文をあまり捜すことができなかった。特に,日本においてはそれが顕著で,日本の森林生態系に火山灰などの砕屑物がどのような影響を与えてきたのかを明らかにした研究例は非常に少なかった。井村氏の論文は「今後は火山学者と生態学者が協力して研究を進めていく必要があろう」と締めくくられている。本特集がその契機となることを期待したい。さらに,災害と恩恵を調和的に考えるような新たな概念の形成につながることを,本特集の担当者として切望する。
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