地球環境
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最新号
シカの増加と生物多様性の未来
選択された号の論文の12件中1~12を表示しています
  • 前迫 ゆり
    2025 年30 巻1 号 p. 1
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     シカの個体数増大による影響は、深刻な農林業被害にとどまらず、生態系にさまざまな影響をもたらし、自然環境の大きな脅威となっている。その背景には、里地里山の管理不足や狩猟者の高齢化といった人間社会の変化、地球温暖化といった気候変動などがあげられる。この全国的なシカの増加と分布拡大によって、森林や草原の生物多様性の減少が進行しており、時に、斜面崩壊といった災害をも引き起こしている。その対策として、シカの個体数管理や植生保護柵(防鹿柵)設置が行われているが、それらは必ずしも生物多様性の減少を食い止めることに成功しているとはいえない(前迫・高槻, 2015)。

      さらには生態系管理の目標となるシカの適正個体数、守るべき自然生態系や生物多様性のありようについて科学的な根拠が十分にあるとはいえず、多くは数十年という短期的な環境変遷に基づき、議論されている。しかし、生態系保全にあたっては、シカの個体数管理のみならず、自然生態系や生物多様性の長期的変動を見据えて、現在および未来に保全すべき生態系について科学的に議論し、環境保全の目標を考える必要があるだろう。

     日本の生態系において、もともとシカがどのように生息してきたのか、シカがどのような環境下で進化してきたのかを解明することは環境保全において不可欠であり、生物多様性の保全について、生物群集の挙動に関する科学的根拠に基づく目標設定が必要である。

     2030年までに達成すべき社会的ミッションとして「ネイチャーポジティブ」が掲げられている。これを達成するためには、森林、草原、湿地、そして高山植生において、ニホンジカの採食圧によって進行している自然生態系の劣化を食い止め、生物多様性の減少を増加に転じること、未来にわたって豊かな自然を回復・保全することが重要な現代的課題といえよう。

     シカの増加によって生じている生態系への影響によって、生物群集はどのように変化し、生物多様性は減少しているのだろうか。なぜシカが増加することが問題なのか。生物多様性の喪失が社会にどのような影響をもたらすのか、といった現代的課題に応えるために、シカの長期的変動をとらえるとともに、生態系の挙動を明らかにする研究の集約が必要である。さらにはそれを社会実装とするために、科学的データに基づいた市民、行政、研究者間でのサイエンスコミュニケーションも不可欠であろう。

     本特集では、人間社会がシカの増加をもたらした関係性や生態系の変化について考究するとともに、各地の植生および生物群集の挙動をとらえる研究にフォーカスし、シカの増加と社会の変遷、さらには社会と生物多様性の関係性を解き明かすことを目指した。本特集に掲載された11編の記事はシカが生息する生態系が抱える現代的課題に関する研究成果を集約するとともに、進展段階にある新規性に富む研究も掲載し、シカの影響が生態系や社会に及ぼす影響や課題について探求している。本特集記事から、生態系保全の視座を共有し、生物多様性を回復させる社会実装につながることを期待してやまない。

     さいごに、本特集を企画いただいた一般社団法人国際環境研究協会、ご執筆いただいた著者のみなさま、真摯な査読をいただいた匿名レフェリーのみなさまに深謝する。

  • 高槻 成紀
    2025 年30 巻1 号 p. 3-12
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     シカ(ニホンジカ)は1970年代までは生息が限定的で、その頃のシカと植生との関係の研究は特殊な現象と見られていた。しかし1990年代以降は全国的に拡大し、その影響も当初は農林業被害であったが、自然植生への影響と捉えられるようになった。シカの影響は採食による植物葉の除去によるものが大きく、植物側の反応の仕方により群落レベルで複雑な変化をもたらす。またシカの間接効果は広範に及ぶことを紹介した。シカ増加の背景となる要因を挙げたが、単独で説明できるものはなく、農山村の過疎化との同期性が強かった。長期的に見れば戦後の一次産業軽視と、長期的国土計画の欠如によるところが重大であり、野生動物と日本人の関係は今後とも更に深刻さを増すであろう。その解決には分野を超えた研究協力と、行政による総合対策の促進とマスメディアによる広報が不可欠であることを指摘した。

  • 揚妻 直樹
    2025 年30 巻1 号 p. 13-27
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     自然生態系は自然撹乱体制によって非平衡状態にあり、それが生物多様性をもたらす源泉と考えられるようになった。それを踏まえて自然生態系や生物多様性の保全を進めるために生態系管理(生態系を基準とした管理:ecosystem-based management)が提案されている。この生態系管理における重要な指針として、自然変動幅(natural range of variability)がある。常に変動する生態系において、現状が自然現象として起こり得る状態か否かを、それまでの変動の大きさから判断するものである。そこで、過去から現在までのニホンジカの生息状況を日本各地で検証し、シカ個体群の自然の変動幅を把握した。その結果、一般に増え過ぎであると認識されている現状のシカの生息状況は、自然の変動幅に収まっている可能性が高いことが分かった。逆に、生息分布域と個体数が1970年代まで一時的に縮小していた原因は、大規模な生息地破壊などの人為的な悪影響にあると考えられた。つまり、日本列島にはシカが多く生息し、それが普通の自然生態系である状態が相当期間、維持されてきたことが示唆された。そのため、シカの生態系への影響は自然撹乱体制の1つとみなせると考えられた。これらのことは、日本本来の自然生態系と生物多様性を保全するためには、シカが多く生息するのが普通だった時期(状態)の自然生態系を一定規模で確保しなくてはならないことを意味している。

  • 中静 透, 黒川 紘子, 小黒 芳生, 柴田 銃江
    2025 年30 巻1 号 p. 29-40
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     1980年代初頭に大台ケ原のブナ-ウラジロモミ林に設置したベルトトランセクトで、林冠木、ササ類、および樹木実生に対するニホンジカの影響を調査し、林冠木-ササ類-樹木実生-ニホンジカの相互作用について論じた。ウラジロモミの優占度が低くスズタケの優占する森林(OB1)とウラジロモミがブナと同等の優占度を持ち林床にミヤコザサが優占する森林(OB3)の2か所に調査地を設定した。1980年代には両者ともササ類が優占し、樹木の更新は妨げられていたが、1990年代にはシカの影響が顕著となった。OB1では林冠木の樹皮剥ぎは少なかったが、スズタケへの採食の影響が大きく、OB3ではウラジロモミの樹皮剥ぎが多く、林冠ギャップが増えたが、ミヤコザサはシカの採食影響が小さかった。両者ともに2000年代初めに防鹿柵が設置されたが、OB1ではその後のスズタケの回復は遅く、林冠ギャップを中心に樹木が更新した。一方、OB3では、防鹿柵設置後のミヤコザサの回復が早かったため、樹木はほとんど更新しなかった。樹種やササの種類によるシカとの相互作用の違いにより、40年間の森林動態は大きく異なった。

  • 前迫 ゆり
    2025 年30 巻1 号 p. 41-51
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     植生学会及び著者らが行った北海道から九州までのシカの植生への影響に関するアンケート調査(2009年及び2019年実施)において、シカの植生への影響が「ある」とする回答は47.7%、10年前と比較して2019年にはおよそ10%増加していた。なかでも、「林床植生の衰退」は常緑広葉樹林で高い数値を示した。本稿ではこのアンケート調査の概要を紹介し、日本の植生に対するシカの影響について解説する。つぎに日本においてもっとも古くから過密度シカ個体群が生息している春日山原始林(照葉樹林)において実施したシカ柵実験区の植生変化を紹介する。とくに国内外来種のナギと外来種のナンキンハゼの拡散と定着に注目する。過密度シカ個体群によって数百年かけて照葉樹林から常緑針葉樹林(ナギ林)への不可逆的変化が生じていることが明らかになった。今後の生物多様性回復においては、「エビデンスにもとづいた保全」への視点と市民-行政-研究者らが科学的情報を共有するサイエンスコミュニケーションを根幹とした順応的管理が肝要である。

  • 高木 俊人, 荒木 祥文, 兼子 伸吾
    2025 年30 巻1 号 p. 53-61
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     人類の出現は、大規模な生態系再編成を引き起こしたとされる。本稿では、人間活動がもたらした野生生物の集団構造の変化の一例として、近畿地方のニホンジカとオオセンチコガネの集団構造が、歴史的な人間活動によって形成されたことを示唆した遺伝解析の研究成果を紹介する。紀伊半島のニホンジカは、奈良公園、半島東部、半島西部の大きく3つの遺伝的集団に分かれ、奈良公園集団は約2,000年前に、東部と西部の集団は約700年前に分岐したと推定された。中でも奈良公園のニホンジカは他では確認されない独自の遺伝子型を有し、歴史的な人間活動の強い影響を示した。一方、シカを含む哺乳類の糞を利用する食糞性甲虫のオオセンチコガネは、近畿地方では地理的に分化した3つの色彩多型を有することで知られるが、遺伝的背景との組み合わせから5つの地域集団で構成されており、これらは約4,000年以内という短期間のうちに急速な色彩の多様化を遂げたことが示された。以上は独立して実施された研究であるが、その集団構造や形成過程に多くの共通点と関連性を示している。生物の遺伝構造や形態的な多様性にも影響を及ぼしうる人間活動の影響を踏まえ、生態系の管理や保全に対しどう向き合うかについて、これらの知見は重要な指針を提供する。

  • 門脇 浩明
    2025 年30 巻1 号 p. 63-70
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     シカによる植生の過採食(以下では食害とする)が植物群集の多様性や種組成に与える長期的な影響を理解するためには、食害の直接的影響だけでなく、間接的な経路を通じた波及的効果も含め、総体として評価する必要がある。間接効果の経路のうち、森林生態系における重要性が指摘されながらも、十分に検証されていないのが土壌微生物を介した効果である。本稿では、シカと土壌微生物は一見直接的な関係がなさそうに思えるが,生態系というマクロな視点ではその関係が重要であることを述べ、シカ食害が土壌微生物群集の構造と組成に及ぼす影響を評価するために行った調査結果について紹介する。続いて植物と土壌微生物の相互作用の単純な理論モデルを用いて、植生回復において土壌微生物が果たしうる役割について明らかにする。それらを踏まえ、植物と土壌微生物の相互作用の観点から、シカ食害の生態系への波及効果と森林再生への新しいアプローチについて考察する。

  • 大橋 春香
    2025 年30 巻1 号 p. 71-80
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     本稿では、シカの高密度化による生態系への影響の特徴について解説し、広域(全国)および局所(植生型)スケールでの植生の保全危急性評価を試みた事例を紹介した。広域スケールでは、シカの分布確認年代が古い地域で生態系への影響が顕在化しやすいことに着目し、保全上重要な「自然植生」におけるシカの分布確認年代を気候帯および積雪条件に基づいて整理した。その結果、最大積雪深50cm未満の冷温帯および亜高山帯~高山帯の自然植生の50%以上でシカの分布確認年代が古く、生態系への影響が顕在化しやすいことが明らかになった。局所スケールでは、秩父多摩甲斐国立公園において植物群落を単位とし、構成種に含まれるレッドデータブック(RDB)掲載種およびシカの高密度化に対して脆弱性の高い種の割合を指標とした保全危急性評価を行った事例を紹介した。今後、複数のスケールで植生の保全危急性を整理していくことで、対策の優先順位の検討に資すると考えられる。

  • 川西 基博
    2025 年30 巻1 号 p. 81-93
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     九州と屋久島の低地は照葉樹林を構成する植物の種多様性が高い地域である。古くからヤクシカの生息地として存続してきた屋久島低地の照葉樹林では、ヤクシカの採食の影響が強く現れて林床植生が衰退しているものの、シカの密度は不均一で採食植物が更新している地域もある。口永良部島では高密度のヤクシカ状況下で人工林の造成や火砕流による攪乱が生じると不嗜好植物の優占度がさらに増加し、種多様性が低下した状況にあることが確認された。一方、九州では九州山地を中心にシカの被害が深刻であるが、大隅半島の高隈山地はかつてシカが分布しておらず近年になってシカの分布拡大が確認された。高隈演習林では2014年にシカが確認されてから約10年間、植生への影響が軽微なまま推移しており、遅滞相にあると考えられた。植生の構造や種多様性に大きな変化のない現段階のうちにシカ柵等の植生保護策をとることが望まれる。

  • 幸田 良介
    2025 年30 巻1 号 p. 95-104
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     我が国における野生鳥獣管理の基盤である各都道府県の第二種特定鳥獣管理計画(ニホンジカ)の管理目標の設定状況を整理するとともに、今後都道府県において必要な方針や課題について検討した。2016年の状況に比べると全国的に計画策定や定量的な目標設定が進んでいるものの、生態系への影響に関する取り組みが不十分な都道府県が依然として多い状況が明らかとなり、定量的かつ簡便なモニタリング調査が可能な植生への影響評価指標の確立が必要であることが示唆された。また、各管理目標に用いた指標間の関係性を評価し、被害低減に必要なシカ個体群管理目標を設定できるよう、各都道府県の試験研究機関の体制整備や人材育成が必要であると考えられた。加えて、対策の3つの柱である「個体群管理」「被害防除対策」「生息環境管理」を総合的に実施できるよう、行政部局間の連携体制の構築も重要であると考えられた。今後はNbS、グリーンインフラ、ワンヘルスといったより広い視点からシカ問題を捉えなおし、行政部局間の連携を築いていくことで、総合的な対策を進めることが必要であろう。

  • 明石 信廣
    2025 年30 巻1 号 p. 105-111
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     シカの生息密度が高まって稚樹の成長量以上に採食されると稚樹は急速に減少して森林は代替安定状態となり、その後にシカの生息密度を低下させても植生の回復は難しい。森林の更新プロセスを維持するためには、稚樹が成長を続けられるレベルでシカの生息密度を管理する必要がある。北海道の森林の林床でしばしば優占するササは、シカの冬季の重要な餌資源となるとともに、ササの下の稚樹等が採食されるのを防御する効果や、被陰により稚樹の成長を低下させる効果もある。稚樹が積雪に埋没するとシカに採食されにくくなるなど、ササと積雪はシカや稚樹に複雑な影響を及ぼす。シカが増加した現在、北海道の多くの地点で稚樹の減少が続いている。地域の狩猟者等だけでシカ対策を実行するのは難しく、森林の多面的機能を維持していくためには、森林に生息するシカを管理するための社会のしくみづくりが求められる。

  • 湯本 貴和
    2025 年30 巻1 号 p. 113-118
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/05/21
    ジャーナル フリー

     『世界遺産をシカが喰う』出版後およそ20年で、ニホンジカの自然植生への影響は各地に拡大し、深刻化を増した。第二種特定鳥獣管理計画によって、各地で生態系被害防止のための個体数管理が進んでいるが、農林業被害と違って必ずしも地域住民の全面的支持を得ていない。80種類(種、亜種、変種)を超える固有植物を擁する屋久島でも、ニホンジカ固有亜種のヤクシカ(Cervus nippon yakushimae)によって林床植生が衰退し、希少植物が大きく減少している。ヤクシカ個体数管理は2009年の屋久島世界自然遺産地域科学委員会の発足によって著しく進み、ピーク時の2013年度〜2016年度では捕獲数が毎年ほぼ5000頭に及んだ。しかしながら、屋久島学ソサエティが主催したシンポジウムでは、ヤクシカの捕殺とその廃棄について島民から多くの疑問が寄せられ、対策が受容されているとは言い難い状況が判明した。その要因の1つは、科学者の間に意見の対立があることだと考えられる。サイエンスコミュニケーションの前提として、根拠に基づいた科学的な合意を示すことが科学者コミュニティーに求められる大きな役割である。それなしではサイエンスコミュニケーションそのものが成立しないことを忘れてはならない。

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