1991年の経済自由化以降のインドの急速な経済発展は,空間構造を再編するともに国民生活に大きな変化をもたらしている。しかし,他方で地域格差の拡大も指摘されており,貧困層の多い農村部の動向が特に注目される。本研究では,インドの低開発地域の農村をとりあげ,就業機会に焦点を当てて近年の変動を検討した。対象としたのは,北部山岳地域のウッタラカンド州・ナイニータール近郊の1集落である。この村は,山間地域にありながらも多様な就業機会に恵まれている。これは村内で商品生産的な農業が展開するとともに,ナイニータールの労働市場で様々な農外雇用が提供されていることによる。世帯経済の面では,農外雇用からの収入に依存する世帯が多い。特に所得の高い世帯は,教員や公務員などの高額の給与所得者に依存する傾向がみられる。他方,多くの世帯が労働集約的な野菜栽培を営み,額は少ないものの,世帯経済を補完する収入を得ている。この集落では,農外雇用の拡大と農業生産の発展が並進する形で,世帯経済の向上を実現させてきた点が注目されよう。雇用機会の拡大および世帯経済向上の一因は,高い教育水準に求められる。近隣で得られる豊富な教育機会を活かして,高学歴化が男女を問わず進行している。高学歴者の一部には潜在的な失業問題もあるが,全体として高学歴化が安定した職種への就業につながっているといえよう。本事例は,インドの低開発地域の1農村が後進的な状態から脱却しつつあることを示している。都市近郊に位置するため,ウッタラカンド州全体に直ちに一般化できないものの,インド農村の変化として注目すべき事例であるといえよう。
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