智山学報
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67 巻
選択された号の論文の11件中1~11を表示しています
  • 宮坂 宥峻
    2018 年 67 巻 p. 1-19
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    本論文では『初会金剛頂経』降三世品における思想背景を他経典との関連を中心に考察を行った。まず「理趣経」類本との関係を探り、『理趣経』との成立関係についても私見を述べた。次に栂尾祥雲によって指摘されたDevīmāhātmyaとの関係について考察を行った。また両経典において重要となるスンバとニスンバについて、仏典には降三世品以前から既に説かれており、特に「降三世明王の大呪」の前身が『蘇悉地羯羅経』に説かれていることから、栂尾氏が主張するDevīmāhātmyaから降三世品へという成立の順序に対して異見を示した。最後に『金剛手灌頂タントラ』における諸天降伏との関連について考察を行った。降伏のプロセスなど類似している点がある一方、諸尊の数やグループなど、降三世品において発展的に整理が行われていることが理解された。
     以上の内容を総じて降三世品の思想背景について考察を行った。
  • 安井 光洋
    2018 年 67 巻 p. 21-33
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    Bhāvivekaの著作Prajñāpradīpa(PP)はNāgārjunaの主著Mūlamadhyamakakārikā (MMK)の注釈書であり、チベット語訳(PP Tib.)と漢訳『般若灯論釈』(灯論)が現存している。これら2種の翻訳について、これまでの研究において扱われてきたのは専らPP Tib.であり、灯論について論じられたものは極めて少ない。その理由としては灯論の訳者である波羅頗迦羅蜜多羅Prabhākaramitraによる漢訳の不備が挙げられる。
     しかしながら、近年の研究において「灯論の価値が見直されるべき」という提言がなされ、改めて灯論に関する研究が行われるようになった。そしてそれらの研究に基づきAkahane[2013]ではPP Tib.と灯論について「両訳のサンスクリット原点が異なっていた」という仮説が提示された。
     これについて、実際に両訳の相違点を精査したところ、PP Tib.と一致しない灯論の記述の中で、先行する漢訳MMK注釈書である青目釈『中論』(青目註)と一致するという例が確認された。青目註は鳩摩羅什による漢訳のみが現存している。
     よって本稿においてはそれに該当する例をPP Tib.、灯論、青目註の3種のテキストの中から挙げ、比較を行うことで、灯論について上記先行研究の仮説とは異なった観点から考察を試みた。
     実際に例として挙げたのはMMK第18章第7偈と、それに対する灯論と青目註の注釈である。この注釈の中で、灯論に青目註と同一の記述が認められ、さらにそれはPP Tib.には見られないものであった。また、その青目註の記述については、訳者である羅什によって意訳された偈頌と対応した内容となっているため、原典由来の記述ではなく、羅什によって加筆されたものであると考えられる。そのため、灯論に見られる同一の記述については同論の漢訳の際に先行して漢訳されていた青目註の記述から流用されたものであるという結論にいたった。
  • 田村 宗英
    2018 年 67 巻 p. 35-43
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
  • ―― A Critical Edition and a Translation of the Sanskrit Ḍākārṇava Chapter 50-8 ――
    Tsunehiko SUGIKI
    2018 年 67 巻 p. 45-87
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    The Śrīḍākārṇavamahāyoginītantrarāja (“The Glorious Ḍāka’s Ocean Great Yoginī Tantra King,” abbreviated to Ḍākārṇava) is a scripture belonging to the Cakrasaṃvara portion of the Buddhist Canon. The Ḍākārṇava was compiled in the eastern area of the Indian subcontinent sometime between the late 10th and the early 12th centuries. This paper provides the first critical edition and English translation (to show how I have understood the syntax) of a Sanskrit text of the 8th section of the 50th chapter of the Ḍākārṇava, as well as a preliminary analysis of its contents. The text of its Tibetan translation (by Jayasena and Dharma yon tan) is also provided here as supporting material.
  • ――「広釈魔事対治門」を中心として――
    中村 本然
    2018 年 67 巻 p. 96-137
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    『釈摩訶衍論』は修行論として、止観の法門を重視する論を展開する。修行者にとって魔事は克服すべき課題であり、『釈摩訶衍論』の論主にとっても念頭から離れることはなかった。「広釈魔事対治門」では、魔・外道・鬼・神の四種の仮人について詳細な考証が施されている。中でも修行者を迷わせる外道に多方面からの検討がみられる。『大乗起信論』の注釈書である元暁の『起信論疏』には、諸魔を天魔、鬼を堆愓鬼、神を精媚神とする。法蔵の『大乗起信論義記』は元暁の解釈を引き継ぐ姿勢を窺わせる。報告では、止観の修行に注目した『釈摩訶衍論』の論主の趣旨に迫ることにした。
  • 我妻 龍聲
    2018 年 67 巻 p. 139-175
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    本稿では現行の智山声明の反音曲を中心に呂律の旋律構造の考察を試みた。智山声明の由里は商と徴に付き三重の宮にはユリソリが付く。由里とは核音に付く働きである。核音とは旋律の中心となる音で由里が付く商、徴、三重宮が智山声明の核音である。この商、徴、三重宮の間隔は四度である。四度音程の音の集まりをテトラコルドという。智山声明では商、徴、三重宮を核音とするテトラコルドが三段に重なる旋律構造であると考える。また、商、徴、三重宮は上下に音を持ち四度下に音を持つ。これは導音と上主音と下方に属音を持つ主音の位置と考えられる。呂音階で導音、上主音、属音を持つのは商である。この事から智山声明は呂音階商旋法が四度音程で三段に重なる旋律構造であると考える。以上の視点から智山声明の旋律構造について考察してみたい。
  • 大谷 由香
    2018 年 67 巻 p. 177-197
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    入宋僧俊芿(一一六六~一二二七、入宋:一一九九~一二一一)は、自身が留学前に日本で学んだ日本天台の円戒思想を中国に伝えた。俊芿は留学中、如庵了宏(?〜一二〇〇〜一二一一頃)に師事し、俊芿同様に了宏に師事していた鉄翁守一は、俊芿が紹介した日本天台の菩薩戒単受の思想に影響され、新しい南山宗義の解釈を主張するに至る。これに反論したのが上翁妙蓮(一一八二〜一二六二)である。守一・妙蓮両者の間には論争が繰り返された。
     商船に乗って日中間を往来する多くの日本僧が二人に師事した。南宋代南山宗内の論争は、彼らによって、リアルタイムで日本に伝えられたと考えられる。
     特に入宋して妙蓮に師事した真照(?〜一二五四〜一三〇二、入宋:一二六〇〜一二六三)は、後に東大寺戒壇院の長老となる凝然(一二四〇〜一三二一)と同門であった。このため、凝然は妙蓮に至る系譜を南山宗の正統に位置づけ、日本においては守一が異端、妙蓮こそ正義と決定している。さらに凝然は、この論争の後、中国においては正しい戒律が行われなくなったと述べ、正統は日本にこそ残ったと示唆する。
  • ――高山寺での活動を中心として――
    小宮 俊海
    2018 年 67 巻 p. 199-222
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    洛西栂尾高山寺(以下、高山寺)は、鎌倉初期に明恵房高弁(一一七三~一二三二)(以下、明恵)が中興開山以来、現在にいたるまで膨大な典籍文書が所蔵される。この高山寺経蔵は、貴重な資料を伝存する宝庫として名高い。これら所蔵される典籍文書については、『高山寺経蔵典籍文書目録』全五冊(以下、『高山寺目録』)として刊行され、現在その全貌をある程度窺い知ることができる。
     本稿では、現在の高山寺経蔵の基礎をなしたとされる慧友僧護(一七七五~一八五二)(以下、慧友)の事績について、その果たした役割や活動の目的を明らかにする。慧友の七十八年という長い生涯は、一貫して幕末の高山寺において、荒廃した境内堂宇ならびに経蔵聖教の修繕・整備を精力的に推し進めたことがわかる。その功績は、現在貴重な多くの資料を伝存する高山寺経蔵を考える上で極めて重要である。
  • ――日本華厳宗諸師との比較を通して――
    鈴木 雄太
    2018 年 67 巻 p. 223-242
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    「初発心時便成正覚」は『華厳経』に説かれ、華厳宗における成仏論のキータームである。この語については、古くから様々な議論がなされてきた。本稿は、聖憲を中心として凝然門下に属する日本華厳学僧たちの解釈を考察したものである。聖憲は、華厳学僧としての一面とともに、真言学僧としての一面も持ち併せている。「初発心時便成正覚」は、華厳宗のみならず真言宗にとっても重要なタームであり、両教学(華厳教学・真言教学)に造詣の深い聖憲の主張をみることで、「初発心時便成正覚」を捉える際に華厳と真言で解釈に相違があることも確認できた。また最後には、聖憲の学僧としての立場にも言及した。
  • ――戒の名称の多様性とその解釈について――
    池田 友美
    2018 年 67 巻 p. 243-256
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    本論文は空海以降の日本密教における戒律観についての考察である。
     空海ら入唐八家によって日本にもたらされた密教の教えとその戒については古来さまざまな解釈がある。本論文では、特に安然(八四一-九一五?)と杲宝(一三〇六-一三六二)に焦点を当てる。
     安然は台密の教えを形作った人物の一人である。彼は自著『観中院撰定事業灌頂具足支分』において密教の戒と繋がりの深い灌頂について述べている。そこでは『大日経』の戒を七つに分けて説明している。
     杲宝は『大日経疏演奥鈔』において安然の七つの戒について自らの意見を述べている。彼は安然の七種戒の中の独立した二つの戒について、十善戒と三世無障礙智戒とは、実質同内容ではないかとの疑義を呈している。杲宝は覚苑の『大日経義釈演密鈔』の記述を引き、二つが実質等しいものであることを指摘しようと試みている。
     言うまでもなく安然と杲宝の間には大きな年代の差がある。安然は早くから『大日経』中の戒の多面性に思考を巡らせていたが、同時期における真言教団ではそれがどのように考えられていたか、安然ほど特筆すべきものは見当たらない。
     約四百年の時を経て、杲宝により東密でも安然の議論に焦点が当てられた。このことについて、当時どのようなきっかけがあったか検討することは今後の課題である。
  • 倉松 崇忠
    2018 年 67 巻 p. 257-270
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/03/30
    ジャーナル フリー
    本稿では『倶舎論記』における非択滅の考察を行っている。『倶舎論記』は唐の時代に書かれた『倶舎論』の注釈書であるが、『倶舎論』には見ることのできない非択滅の用例が見られる。そこで本稿では、『倶舎論記』がこのような非択滅解釈を行った理由を、『成唯識論』の記述を用いて考察している。
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