智山学報
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最新号
選択された号の論文の13件中1~13を表示しています
  • 両部神道の形成―鎌倉時代を中心に
    伊藤 聡
    2022 年 71 巻 p. 7-66
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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  • 福田 亮成
    2022 年 71 巻 p. 67-93
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     隆瑜(一七七三~一八五〇)撰の『五輪九字明秘密釈拾要記』は、興教大師覚鑁(一〇九五~一一四四)の主著である『五輪九字明秘釈』の唯一の註釈書である。原本は、自筆本が智山書庫(京都・智積院)に所蔵され、『智山書庫所蔵目録』第一巻二三九頁の下段に、『五輪九字明秘密釈拾要記』、写、五巻五冊として登録されており、『智山全書』五に収録され、刊行されている。

     本論文は、『大正大學研究紀要』第八十五(平成十二年三月)に、隆瑜撰『五輪九字明秘密釈拾要記』の研究(一)としてその翻刻文を投稿し、その後数回にわたり継続したが、その五分の三ほどで、いまだ完成していない。これらにもとづき、隆瑜撰『五輪九字明秘密釈拾要記』の研究(一)を『仏教文化論集』第十二輯(平成二十九年、川崎大師教学研究所)、(二)を『智山学報』第六九輯(令和二年、智山勧学会)、(三)を『川崎大師教学研究所紀要』第五号(令和二年、川崎大師教学研究所)、(四)を同紀要第六号(令和三年)(五)を『智山学報』第七〇輯(令和三年)に書き下し文と引用資料の典拠を示し投稿したが、本論文はその(六)である。

  • 中村 本然
    2022 年 71 巻 p. 95-124
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     『大乗起信論』は染法と浄法が相熏相生して断絶しない様相を真如・無明・妄心・妄境界の四法の熏習を通じて論証する。真如の熏習は自体相熏習と用熏習の二種によって明かし、自体相熏習を無漏の法を具有して、不可思議業の作用によって境界の性となることを論じる。『釈摩訶衍論』は自体相熏習中に「用熏習」や「熏習」の語を付加した註釈を施す。また自体相熏習と用熏習の両者を法身自然熏習門・応化常恒熏習門とする理論を構築する。

     用熏習者については、改めて縁相散示生解門として総説と別説の二方面から釈明する。まず総説で『釈論』は用熏習者を「用熏習とは」と、人格を有する「用熏習の者」とする解釈を試みる。用熏習の相について、慈行などは業用自在無礙門と縁熏習鏡の教説を示唆することになる。別説は有簡択縁と無簡択縁によって示される。即ち『起信論』にいう差別縁を有簡択縁、平等縁を無簡択縁と捉え直した論を展開し、無簡択縁は未入正位と已入正位の二門として説示される。未入正位では、十信の凡夫と一切の二乗と三賢の菩薩等は、未だに正体智や後得智を得ることなく、如理を証することもないと明かされ、已入正位では地上の菩薩が内に正体智を証得し、外に後得智を得て、一分の智用は正しく如来と等しく、本熏力によって自然に修行し真如を増長して無明を滅することが論じられる。

     已入正位所説段の『釈論』(『大正大蔵経』所収)には、『起信論』(真諦譯)の引用文に差異がみられ、真諦譯にない文が挿入されている。問題となる引用文が、新譯の実叉難陀譯と酷似することは興味深いことといえよう。

  • ―近世史料『結衆帳』について―
    伊藤 尚徳
    2022 年 71 巻 p. 125-142
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     前山寺(長野県上田市 真言宗智山派)は、中世から近世にかけて多くの学僧が教学を学んだ真言宗の談林であり、膨大な聖教が現存する。その聖教調査の過程で発見された『結衆帳』は、江戸時代中期から明治時代まで、前山寺で行われていた報恩講の百二十年間の記録である。智山派で行われる報恩講の法要は、近世をとおして僧侶の修学システムとして機能していた。そこで本稿では、『結衆帳』の分析をとおして、近世の僧侶たちの修学の様相の一端を明らかにしている。

     また、前山寺をはじめとする地方の談林においては、本来の修学規定にとらわれない、独自の修学方法がとられていたことを指摘している。

  • ―新義派僧知順の活動を例として―
    髙橋 秀慧
    2022 年 71 巻 p. 143-156
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     本稿は、近世智積院衰退の指標とされてきた常住僧(在山学侶)の減少要因について、先行研究を踏まえ全体的な点検を行った後、特に幕末期の動向に注目して考察を行った。これまで、幕末期の智積院衰退要因は、文久二年以降の土佐藩による智積院陣所化を中心に論じられてきた。無論、陣所化によって平時の山内運営に大きな影響を受けたことは否定しえないが、逆言すれば、陣所化が可能なほど常住僧が減少していたともいえる。そこで本稿では陣所化より少し前の時期、特に安政期に注目し考察を試みた。具体的には、本山留学を口実に政治運動に参加し、「志士」化した新義派僧、知順の動向を踏まえ、幕末における智積院修学を取り巻く状況について、政治史・社会史的な観点を加味して考察する視点を提示した。

  • ―「四種身」に対する解釈を中心として―
    鈴木 雄太
    2022 年 71 巻 p. 157-176
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     聖憲は、頼瑜の加持身説を継承し、「新義教学の大成者」と称される。聖憲を代表する著作に『大疏第三重』があるが、その特徴として様々な事柄に対して、「自証説(古義)の義は…」「加持説(新義)の義は…」と並列させて説明することが挙げられる。本稿では、その中から「四種身」を取り上げ、聖憲のいう「自証説の義」と「加持説の義」の妥当性を検討するとともに、聖憲が「新義教学の大成者」といわれる所以についても考察した。

     その結果、聖憲のいう「自証説の義」が道範・杲宝・宥快など古義の学僧の見解とは一致せず、「加持説の義」が必ずしも頼瑜の見解というわけではないことが分かった。すなわち、聖憲が「新義教学の大成者」たる所以は、古義や頼瑜の学説を単に整理したのではなく、新義教学の独自性をより一層明確化させる形で体系化したところにある。

  • 倉松 崇忠
    2022 年 71 巻 p. 177-193
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     本稿は、近世日本の倶舎学における受蘊の解釈を考察するものである。『倶舎論』は、受蘊を「随触を領納する」と定義する。この定義の随触が具体的に何を指しているのかに関して、『光記』が「触に随う境」と解釈し、『宝疏』が「受に随う触」と解釈するという論争がある。日本においても、『光記』『宝疏』の解釈のどちらが正しいのかについて論争があり、「受蘊の名所」として、『倶舎論』の論争における難所の一つとされている。近世日本で著された注釈書の内、普寂の『倶舎論要解』、快道の『倶舎論法義』が『光記』の解釈を支持し、湛慧の『倶舎論指要鈔』、法宣の『倶舎論講義』、佐伯旭雅の『倶舎論名所雑記』は『宝疏』の解釈を支持する。本稿は、この解釈の違いが何故生じたのかを考察するものである。

  • ―真言行者の資格とは何か―
    山尾 宥勝
    2022 年 71 巻 p. 195-213
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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    戒体とはもともと経典にある概念ではなく、後代の論師が徐々に発展させたものであり、灌頂において授与される密教戒の戒体についても、経論には明確に説かれてはいない。先行研究によれば、戒体思想の淵源には、僧団員とそれ以外とを分けるものとしての意義がある。この意義を密教戒について当てはめれば、入壇の資格即ち真言行者となる資格とは何かということと、それはどのようにして授与されるのかが問題となる。これらの点について考察することで、密教戒についてより整理して議論することができる。本論では主に『大日経疏』や空海『三昧耶戒序』の教説によりながら、律蔵の視点も取り入れて、三昧耶戒の戒体説に対する新しい視点を提示した。結論では、入壇の初めに授与されるのは、身口意の三業を諸仏に捧げよという教戒であり、それは空の智慧によって実現される。灌頂入壇においては、勝義菩提心の象徴の授与が重要な意味を有すると考えられる。

  • 阿部 貴子
    2022 年 71 巻 p. 0013-0032
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     本稿では、『法蘊足論』から『声聞地』への影響を検証するために、『法蘊足論』「無量品」の四無量定を考察し、他の有部文献や禅経典への影響を併せて検討した。この結果、『法蘊足論』に引用される経文は「勝解」を含むものであり、他の有部論書とともに『声聞地』に継承されたことが分かった。また『法蘊足論』は、言葉よりも禅定の重視という点で『修行道地経』に共通し、四無量定の対象という点で『修行道地経』を経て『坐禅三昧経』『達磨多羅禅経』『婆沙論』『声聞地』へと影響を与えたことが分かる。また『声聞地』の特徴である九種心住を含む止観理論は、『法蘊足論』の四無量定の集中方法に基づくことが明らかとなった。よって『声聞地』は禅経典や阿毘達磨論書の影響も受けているが、『法蘊足論』の修行論に自らのヨーガ理論構築の要素を見出していたといえる。

  • 田村 宗英
    2022 年 71 巻 p. 0033-0044
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     本稿では、筆者が研究を続けているVajravidāraṇa-dhāraṇīのVimalamitra注について採り上げる。Vajravidāraṇa-dhāraṇīの注釈の中でもVimalamitraは2本(Toh.2681, Toh.2682)著わしており、当該陀羅尼を重要視していたことがわかる。主に本論文では、陀羅尼の功徳に着目して、注釈を比較検討した。概ね、Toh.2682にはToh.2681の引用とみられる箇所が散見され、Toh.2681を意識しつつToh.2682の広注釈が著されたことが見てとれる。また内容について、一部を比較検討したのみではあるが、思想は一貫しているように見え、同一人物の著作と推定される。

     またToh.2682の広注釈が著された理由については、Vajravidāraṇa-dhāraṇīが実践においても広く活用されていた可能性を示していると考えられる。

  • 宮坂 宥峻
    2022 年 71 巻 p. 0045-0059
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     本論文は『金剛頂経』所説の瑜伽成就法であり、経典の基本的構造にも反映されている四種印智が、『理趣経』並びにその類本においてどのように説かれているのか、その内容を概観し考察を行ったものである。『金剛頂経』において四種印智の置き換えとされる「身語心金剛」が、「理趣経」では四種の印として第六段において説かれており、特に金剛印についてその変遷を中心として探った。

     「金剛印」は、玄奘訳(菩提流志訳、金剛智訳)の段階では「金剛智印」であったものが、不空訳以降において「金剛印」と変遷していた。また不空訳以降の類本では金剛印の内容について差異があることが明らかとなった。それらを踏まえ、本論の最後では理趣経と『金剛頂経』との関係性について考察を行ったものである。

  • 児玉 瑛子
    2022 年 71 巻 p. 0061-0077
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     ダルマキールティの論理学において、実例は論証因に含まれるものとみなされ、独立した論証式の構成要素として定義づけられることはない。ダルマキールティが論証因の特質として重視するのは〈本質を介した必然関係〉、すなわち結果因がもつ因果性と本質因がもつ同一性である。そうした〈本質を介した必然関係〉を明示することが実例の役割であるが、同類例と異類例では、その役割について差異が見られる。ダルマキールティは、ディグナーガの説を発展させ、究極的には同類例をも含む実例が不要であるとするのに対し、ダルモーッタラは、異類例は実在物である必要はないが、必ず述べられるべきものであると解釈する。ダルマキールティは〈本質を介した必然関係〉の理解を重視しており、彼の実例に関する記述からは、あくまで推理論の体系としてそれを取り扱う態度が見られる。一方、ダルモーッタラは論証の形式を重視する傾向があり、彼の実例に関する解釈には、論証が推理論に統合される以前の、討論術としての論証概念が色濃く残っている。

  • 青原 彰子
    2022 年 71 巻 p. 0079-0091
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/02/04
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     ツォンカパ(Tsong kha pa)著『道次第大論』(LRCM)『道次第小論』(LRCB)によれば道次第とは顕密共通の道である。ジャムヤンシェーパ著『静慮無色定大論』(SZCM)はLRCM, LRCBに従って止観による修習の次第を説いている。密教についてもSZCMは幾許か止観による次第を描出している。下位の三つのタントラにおいては (1) 本尊を所縁とする九種心住→ (2) 止の完成→ (3) 法身の獲得のために無我を所縁とする伺察修、および、色身の獲得のために本尊瑜伽の二つを修習する→ (4) 観の完成および止観双運の達成。この順序で修習される。無上瑜伽タントラにおいては、止の完成前に勝れた観が生じることがある。SZCMはツォンカパの密意を受けて、止観修習次第における無上瑜伽タントラの特殊性を説いている。密教におけるこの止観次第の枠組みは実際の密教経典を読む際にその理解を助けるだろう。

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