バングラデシュにおける地下水のヒ素汚染による健康障害は,インド・西ベンガル州のそれと同様に深刻である.ラジシャヒ大学地質鉱山学部の研究グループは,1996年以来,日本の応用地質研究会やアジア砒素ネットワークのメンバーと共同して,バングラデシュの20県でヒ素汚染の調査をおこなっている.これまでの現地調査や収集したデータによると,飲料水のWHO最大許容ヒ素濃度(0.05mg/l)を超える高濃度のヒ素に汚染された地下水は,20県すべてにおいて発見されている.バングラデシュには全部で64の県があるが,応用地質研究会とラジシャヒ大学の研究グループは,このうち30県の地下水はヒ素により汚染されているとの疑いを持っている.住民に安全な水を供給するためには,バングラデシュ全域で調査をすすめることが重要である.現在のところ,地下水中のヒ素の起源はよくわかっていない.しかしながら,自然の地球化学的プロセスをへて,鉱物中のヒ素が地下水中に溶け出したと考えられている.高濃度のヒ素汚染は,地下水中の第1鉄の減少と,第四紀の沖積層ないしデルタ堆積物からなる被圧帯水層または半被圧帯水層からの地下水揚水と関係している.ヒ素の起源と移動を解明するためには,サンプリング深度を確認し,帯水層そのものの調査をおこなうことが重要である.ガンジスデルタにおけるヒ素汚染地域は広大な範囲におよび,そこには多くの人々が生活している.これらの人々を救うためには,あらゆる種類の国際援助を駆使して問題解決に取り組む必要がある.もし,ヒ素汚染に対する予防措置が直ちにとられなければ,数多くの人々の死亡が避けられない深刻な状況となっている.まず,人々にヒ素汚染問題の深刻さについて知ってもらうことが,予防措置の第一歩となろう.
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