理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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基礎理学療法
一般演題 口述
  • 菊本 東陽, 丸岡 弘, 伊藤 俊一, 星 文彦
    p. Aa0122
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 活性酸素・フリーラジカルは生命維持に不可欠なものであり、肺から取り込んだ酸素はミトコンドリア伝達系によって、何度か活性酸素・フリーラジカルに変化しながら水になる。しかし、すべての活性酸素・フリーラジカルが水になる訳ではなく、余剰分は細胞や組織に損傷を与える。それを防ぐために各組織に抗酸化酵素(抗酸化能)が存在するが、この抗酸化能の低下や活性酸素(酸化ストレス度)過多は老化や生活習慣病などの原因となることが報告されている。また、身体活動量の増加や有酸素運動(持久運動)の実施は、生活習慣病の発生を予防する効果があり、健康づくりの重要な要素であるとして推奨され、持久運動は酸化ストレスに好影響を与えるものと推察される。本研究の目的は、長期間の持久運動が酸化ストレスにおよぼす影響とその際の高濃度酸素吸入による酸化ストレス抑制効果について検討することである。【方法】 対象は、Wistar系雄性ラット(4週齢)20匹とし、無作為にコントロール群(CON群:n=10)と高濃度酸素吸入群(O2群:n=10)の2群に区分した。持久的運動装置は、動物用トレッドミル(TM)を使用した。運動条件は両群共にTMの運動強度を速度20m/min、傾斜10度に設定し、1日1回30分、週3回の頻度で連続4週間走行させた。O2群に対しては、高濃度酸素発生装置(IST社製酸素発生装置NOZOMI OG-101、28% O2、3L/min)を接続した麻酔ボックス(サンプラテック社製MAB-1)内にラットを放し、TM走行前の30分間高濃度酸素を吸入させた。測定は運動期間前後にTM走行時間、酸化ストレス防御系の変化について実施した。TM走行時間の変化量の測定は、TMの運動強度を速度25m/min、傾斜20度とし、運動の終了基準はTM走行面後方の電気刺激の間隔が5秒以内となった時点とした。酸化ストレス防御系は活性酸素・フリーラジカル分析装置(H&D社製 FRAS4)を使用し、酸化ストレス度(d-ROM:酸化ストレスの大きさ)と抗酸化能(BAP:抗酸化力)を測定し、d-ROM/BAP比(RB比:潜在的抗酸化能)を算出した。なお、d-ROMとBAPの測定には、尾静脈を一部切開し、採血を行い、遠心分離後の血漿を用いた。本研究で得られた数値は平均値±標準偏差で表し、有意差の検定はMann-Whitney U検定を行い有意水準5%で処理した。【説明と同意】 本研究は本大学動物実験委員会の承認を得て実施した(承認番号8)。【結果】 (1)TM走行時間の変化:TM走行時間について、TM運動開始前はO2群:940.2±302.1秒、CON群:894.3±243.0秒、TM運動終了後はO2群:1729.5±296.9秒、CON群:1694.3±382.2秒であり、平均変化量はO2群:789.3±446.9秒、CON群:800.0±396.6秒であった。両群ともにTM運動前後の比較で有意なTM走行時間の延長を認めた(p<0.01)が、平均変化量の両群間の比較では有意差を認めなかった。(2)酸化ストレス防御系の変化:d-ROMにおいて、TM運動開始前はO2群:286.5±30.1、CON群:254.5±14.5、TM運動終了後はO2群:247.9±22.3、CON群:287.9±29.4、平均変化量はO2群:-38.6±35.6、CON群:33.4±29.6であった。BAPにおいて、TM運動開始前はO2群:2884.8±169.9、CON群:2794.3±152.1、TM運動終了後はO2群:2927.9±933.9、CON群:2759.7±304.7、平均変化量はO2群:43.1±852.3、CON群:-34.6±328.6であった。RB比において、TM運動開始前はO2群:10.1±1.0、CON群:11.0±1.0、TM運動終了後はO2群:12.1±5.0、CON群:9.8±2.0、平均変化量はO2群:2.0±4.7、CON群:-1.3±2.1であった。いずれの値もTM走行前後の比較および平均変化量の両群間の比較では有意差を認めなかった(単位はいずれもU.CARR)。【考察】 本研究において、長期間の持久運動は酸化ストレス防御系に影響しないことが示唆された。また、高濃度酸素吸入は、運動や長時間運動時の身体ストレスを軽減し、疲労回復や集中力を向上する効果のあることが指摘されている。しかし、本研究のTM開始前の高濃度酸素吸入の検討では、ラット個体間のばらつきが大きく、長期間の持久的運動の酸化ストレス防御系への影響を認めることができなかった。この原因として酸素濃度、暴露方法(暴露時間、タイミング)などの条件設定の問題が推察され、今後検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 理学療法の対象者は、その疾病や障害特性により、心肺持久力や活動性が低下している場合が多く、通常の運動負荷であっても身体ストレスは容易に上昇することが推察される。したがって本研究で示した、長期間の持久運動負荷による酸化ストレスへの影響や酸化ストレスを抑制する方法の検討は低体力者に対するより効果的な運動強度を設定する上で有意義と考える。
  • 石井 秀明, 西田 裕介
    p. Aa0123
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに,目的】 近年,疲労は中枢と末梢の要因の相互作用によって生じると考えられており,疲労の捉え方が変化している。その捉え方の変化の中で末梢の器官・臓器からのフィードバックにより,疲労が生じると考えられている。疲労が身体の適応に必要であることを考慮すると,末梢の呼吸循環代謝応答の変化の中で疲労へ影響する要因を同定することはトレーニング効果を向上させるために重要であると考えられる。そこで,今回,筋疲労における呼吸循環代謝応答の中で脳血流に影響を与える要因を同定することを目的に検討を行った。【方法】 対象は,心血管系に関連のある疾患の既往のない若年健常男性11名(平均年齢20±1歳,平均身長170.9±3.7cm,平均体重61.0±5.9kg)とした。測定は,背臥位で5 分間の安静後,設定負荷強度で持続的な把握動作を120秒間実施した。設定負荷強度は最大随意収縮(Maximal Voluntary Contraction: MVC)の10%,30%,50%とした。測定項目は,筋電図計による積分筋電図・中間パワー周波数,血中乳酸濃度,血糖値,平均動脈圧,呼吸交換比,筋血流,脳血流とした。脳血流は,近赤外線分光法による光トポグラフィ装置ETG-7100(日立メディコ製)を使用し,3列×10行のプローブ(47チャンネル)を国際10-20法に定められたCzを中心に装着した。解析には,運動中の酸素化ヘモグロビン値を用いて,体性感覚領域を反映すると考えられる領域を関心領域とした。統計的検討は,筋疲労のポイントを同定するために,中間パワー周波数の運動開始時・30秒・60秒・90秒・120秒の前後5秒以内で安定した3秒間の値を用いて負荷強度間と時系列の二要因の比較に二元配置分散分析を行い,その後多重比較検定にて検討した。また,脳血流に影響を与える要因を同定するために,負荷強度ごとに脳血流を従属変数として,それ以外の測定指標を独立変数として重回帰分析を用いて検討を行った。値は運動終了30秒前から運動終了時の間に得られた平均値から安静時の平均値を引いた変化量もしくは変化率を用いた。尚,解析はSPSS 16.0 Japaneseを使用した。また,全て有意水準は危険率5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 全対象者には,事前に実験の目的と方法を文面及び口頭で十分に説明し,参加の同意を得た。また,本研究のプロトコルは聖隷クリストファー大学研究倫理委員会の承認を得た。尚,血中乳酸濃度と血糖値の測定は,被験者自身が採血し,検者が測定を行った。【結果】 中間パワー周波数は繰り返しのある二元配置分散分析の結果より,交互作用は認められず,負荷強度〔F(2,20)=9.11,p<0.05〕と時系列〔F(4,40)=5.56,p<0.05〕の要因に主効果が認められた。また,多重比較検定の結果,30%MVCは運動開始と120秒値,50%MVCは運動開始と90秒値,運動開始と120秒値に有意差が認められた(p<0.05)。強度間には,10%MVCと50%MVCの間で有意差が認められた(p<0.05)。重回帰分析の結果,10%MVCは,適合する独立変数がなかった。30%MVCは血糖値が適合し,標準偏回帰係数は-0.646であった。50%MVCは血中乳酸濃度と血糖値が適合し,標準偏回帰係数はそれぞれ0.754,0.687であった。【考察】 中間パワー周波数の結果より筋疲労は30%MVCと50%MVCで生じ,50%MVCで最も生じたと考えられる。また,重回帰分析の結果,筋疲労が生じた30%MVCと50%MVCでは,代謝に関与する血糖値と血中乳酸濃度が影響する要因として抽出された。特に,乳酸は血糖よりも標準偏回帰係数が高いことから,乳酸が脳血流へ大きく関与すると考えられる。これは,求心性神経に作用することや,運動皮質の興奮性に関与するといった乳酸の特徴が関係すると考えられる。つまり,骨格筋の代謝の変化は脳へ疲労の情報を入力する役割を有することが示唆される。【理学療法学研究としての意義】 トレーニング効果を向上させるために疲労は阻害因子である。しかし,疲労を伴うことによってトレーニングに身体が適応し,トレーニング効果があらわれる。そのため,運動に対して身体を適応させる方法として,骨格筋の代謝を制御することは,効率よくトレーニング効果を引き起こすための重要な要因であると考えられる。よって,運動療法プログラムを立案する際には,骨格筋の代謝に着目してトレーニングを選択することが重要であることを本研究は示唆する。従って,本研究は運動療法プログラムの立案の際の基礎研究として意義があると考えられる。
  • ─ramp負荷とenduranceテストの比較から─
    原田 鉄也, 山本 純志郎, 岡田 哲明, 田平 一行
    p. Aa0124
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 ramp負荷試験では漸増的に増加する負荷に対する身体の応答を反映し、ATやPeak Wattなどを算出することができる。一方、enduranceテストは、一定の高負荷において症候限界性まで実施するテストであり、運動持続時間を評価するテストである。先行研究ではトレーニング効果の反応性として、enduranceテストでは漸増負荷試験と比較し、運動効果の感受性が良いという報告がある。両テスト共に運動耐容能を評価するテストであるが、その特徴は十分に明らかになっていない。今回、両テストにおける呼吸・循環・筋酸素動態の特徴を明らかにすることを目的とした。【方法】 対象は健常男子大学生16名(平均年齢21.9±0.8歳)とした。各被験者において自転車エルゴメータ(Corival,Load社)を用いてramp負荷試験とenduranceテストの2試験を実施した。その間、呼気ガス分析、循環応答、骨格筋酸素動態を測定した。なおエルゴメータの回転数は60rpmを維持させた。ramp負荷試験ではrest(安静)を3分間行い、運動は20Watt/minずつ負荷を増加させ、症候限界に至るまで運動を行った。その後、recover(回復)を3分間行った。enduranceテストではrest、recoverはramp負荷試験と同様に行った。また運動はramp負荷試験での最高の負荷率の80%(80%peak Watt)にて運動を行い、症候限界に達するまで運動を行った。運動の中止基準は、自覚症状・他覚症状・心拍数(目標心拍数85%HRmaxに達した場合)・血圧(250/120mmHg以上、血圧上昇不良、低下傾向)・修正Borgスケール(呼吸困難感、下肢疲労感が10に達した場合)・動脈血酸素飽和度(SpO289%以下)・回転数(60rpmを維持できない場合)とした。検査項目は呼気ガス分析装置(MetaMax3B,Cortex社):breath by breathにて、酸素摂取量(VO2)、二酸化炭素排出量(VCO2)、分時換気量(VE)を測定。PORTAPRES(FMS社):収縮期血圧(SBP)、1回拍出量(SV)、心拍数(HR)、末梢血管抵抗(TPR)を測定。NIRS-組織血液酸素モニター(BOM-L1TRM.オメガウェーブ社):還元ヘモグロビン(以下Deoxy-Hb)を測定。修正Borg scale:息切れ感、下肢疲労感の自覚症状を測定。解析は、運動終了直前の30秒間の平均値を解析に用いた。各指標の運動負荷試験間の比較は対応のあるt検定を用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に基づき、すべての被験者に方法、目的、リスクについて説明し同意を得た。【結果】 換気指標ではVO2、VEに差はみられなかったが、VCO2がramp負荷で有意に高い(p<0.05)結果となった。循環指標では、SV、TPRには差は認められなかったが、HR、SBPがramp負荷試験において有意に高い値(p<0.05)となった。筋酸素動態では、Deoxy-Hbがenduranceテストにおいて有意に高い値(p<0.05)となった。自覚症状では息切れ感、下肢疲労感いずれも有意差はみられなかった。【考察】 換気指標においてVO2、VEにおいて有意差はなく、ramp負荷試験では、VCO2が高い値となった。これは乳酸の産生が原因と考える。運動強度の増加に伴い、無酸素運動の割合が増してくる。無酸素運動では乳酸が産生され、筋内では乳酸性アシドーシスを防ぐためにHCO3 の緩衝系作用が働き、その際二酸化炭素が排出される。実際ramp負荷の方が、最大仕事率が高いことから乳酸産生が高かったものと考えられた。循環指標では、SVやTPRに有意な差はなく、HR、SBPがramp負荷試験において有意に高い値となった。これらのことから、ramp負荷試験の方がより心負担が大きい運動であり、換気指標の結果を踏まえると、ramp負荷試験では呼吸・循環などの酸素供給系の要素が強い負荷試験と考えられる。筋酸素動態では、enduranceテストにおいてDeoxy-Hbが有意に高い結果となった。Deoxy-Hbは筋の酸素抽出能を反映するため、enduranceテストの方が筋の酸素抽出が行われていると考えられる。一方ramp負荷試験では、循環器での結果も考慮し、血液供給は十分であるが、筋の酸素抽出が十分に行われていないと考えられる。これらから、enduranceテストでは酸素利用系の要素が強いと考えられた。自覚症状では、息切れ感・下肢疲労感共に有意差はなく、自覚的運動強度に差はないと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 Enduranceテストでのトレーニング効果の反応性の良さは筋有酸素能の改善を反映していると推測された。そのため運動持続時間を延長する場合には、筋有酸素能の改善を行うことが望ましいと考えられる。また運動耐容能の評価としてさまざまな負荷試験があるが、それぞれの特徴に留意して適切に実施することや、結果を解釈することが望ましいと考えられた。
  • 吉田 隆紀, 中川 政文, 鈴木 俊明, 伊藤 倫之
    p. Aa0125
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 近年,Pederson BKらはinterleukin-6(以下IL-6)を,糖代謝,脂肪代謝の活性化,造血幹細胞の活性化,神経修復の活性化等を有する多機能サイトカインであるとし,これらの作用を通じて,運動負荷が免疫系・代謝系へと作用すると報告している.これまでの知見では,血清IL-6の産生には運動強度と運動時間が影響する.また, Jones DAらは暑熱環境下での運動が血清IL-6を上昇させると報告し,筋収縮が血清IL-6を上昇させる理論に加えて温熱ストレスが血清IL-6上昇に関与することを示唆させる.しかし糖尿病や動脈硬化を抱える中高年者や障害者とって,長時間や高負荷の運動,高温環境下での運動は困難である.そこで今回,筋収縮する骨格筋部位そのものを加温することで,身体的負担を軽減し, 運動で誘発される血清IL-6の産生が増大するという仮説を立て検証する. 【方法】 測定参加者は,20~35歳の健常な男性7名(年齢26.7±0.63歳,身長170±0.71cm,体重64.2±0.77kg)である.場所は温度25°相対湿度60%の人工気候室で行い, 温熱方法は,電気式ホットパック(カナホット.株式会社カナケン)を大腿部に巻いて弾性包帯にて固定した.運動方法は,自転車エルゴメータ運動を最大酸素摂取量(以下VO2max)60%の運動負荷で実施した.参加者にホットパックを大腿部に施行し,30分間加温する条件(以下H条件),ホットパックを大腿部に巻いて加温しないで30分間の運動をする条件(以下E条件),ホットパックを大腿部に施行し30分間加温中に運動を実施する条件(以下EH条件)の各条件を一週間以上空けて測定した.分析項目はIL-6, アドレナリン, ノルアドレナリンとし, 採血時期はEx前・後,Ex後2時間に行なった.なお統計学的検討には3条件から得られたEx前・後,Ex後2時間の各測定値と各条件間を比較し, 一元配置分散分析を用い,post hocテストで多重比較法Tukey-Kramerの方法を用いて実施した.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の内容はヘルシンキ宣言のもとに実施し,和歌山県立医科大学倫理員会で承認され,測定に先立って測定参加者には研究の主旨と方法を十分説明し, 同意を得てから実施した.【結果】 血清IL-6は, E条件では運動前・後, Ex後2時間で変化はなかったが, H条件, EH条件は, Ex前・後と比較してEx後2時間に有意な上昇が認めた.またEx後2時間ではH条件に比較してE条件は変化がなかったが, Ex条件は有意な上昇を認めた. アドレナリンは, H条件では運動前・後, Ex後2時間で変化はなかったが, E条件, EH条件は、Ex前, Ex後2時間に比較してEx後に有意な上昇が認めた. またEx後ではH条件と比較してE条件, EH条件に有意な上昇を認めた. ノルアドレナリンは,H条件, E条件では運動前・後, Ex後2時間で変化はなかったが, EH条件では、Ex前, Ex後2時間に比較してEx後に有意な上昇が認めた.またEx後ではH条件,E条件に比較してEH条件に有意な上昇を認めた. 【考察】 3条件プロトコールの結果, E条件の血清IL-6は変化がなかった. 過去の報告ではBruunsgaar Hらは, 自転車エルゴメータ運動をVO2max80%の負荷で30分間実施することで血清IL-6が2倍に上昇した.Timmons BWらは, 自転車エルゴメータ運動をVO2max65%の負荷で90分間実施することで血清IL-6が3倍に上昇したと報告した.E条件の測定結果は,過去の報告を考慮すると運動強度が低いことや運動時間が短いことが, 血清IL-6の上昇に至らなかった原因であると推察する. H条件はEx前・後から比較してEx後2時間で血清IL-6が有意に上昇した.これは運動誘発性の血清IL-6以外に局所温熱刺激のみにも血清IL-6が反応する可能性を示唆した.しかしながらEx後2時間にH条件に比較しEx条件は有意な上昇を認めた.これはH条件への温熱ストレス量が少なかったという原因のためと考える. そしてEH条件は,Ex前・後から比較してEx後2時間に血清IL-6が有意に上昇し,VO2max60%,30分間の運動で血清IL-6の誘発を確認した.その理由は大腿部に温熱刺激を加えて運動したことによって,アドレナリン及びノルアドレナリンの双方がEx前と比較してEx後に有意な上昇を認め, この濃度の上昇が骨格筋のアドレナリン・ノルアドレナリン作動性に働き,筋収縮から誘発される血清IL-6産生を増大させたと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 本研究は, 運動中の骨格筋に局所温熱刺激を加えることで, 運動時に誘発される血清IL-6の産生を増強することを明らかにした.これは長時間や高負荷の運動が困難な高齢者や障害者の身体的負担を軽減し, 免疫・代謝機能の改善に役立つと考える.
  • 安岡 良訓, 児嶋 大介, 木下 利喜生, 星合 敬介, 大古 拓史, 坪井 宏幸, 谷名 英章, 橋崎 孝賢, 森木 貴司, 梅本 安則
    p. Aa0126
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに】 運動負荷が糖代謝,脂質代謝へ影響を与える機序として,骨格筋の収縮により産生されるインターロイキン-6(IL-6)が重要な役割を果たしていると報告されている.IL-6はこれまで炎症性サイトカインとして知られていたが,運動によるIL-6上昇は,TNF-αなどの炎症性サイトカインの上昇なしに,IL-1raやIL-10等の抗炎症サイトカインの上昇を導くことが報告されている. これまで,健常者ではランニング,自転車エルゴメーターや膝伸展運動で血中IL-6濃度が上昇したと報告され,IL-6の骨格筋からの分泌には,ある程度の運動時間と強度が必要とされている. 運動を連続して行うためにはスポーツへの関与が望ましく,その中でもゴルフは長時間の運動が可能であり,歩行を中心とした中等度の活動量が得られることが報告されている.この事からゴルフによる運動でIL-6上昇が予測されるが,これまでゴルフラウンドによるIL-6動態に関する報告はない.そこで我々は,18ホールのゴルフラウンドが血中IL-6濃度に変化を与えるがどうかを検証する目的で実験を行った.【方法】 被検者は健常者9名(平均年齢31.1±4歳,平均±SD)とし,除外基準は糖尿病の既往,心疾患,進行性の疾患,骨関節疾患を有する者とした.被検者は実験室に到着した後,心拍数をモニターする為の無線測定器を装着し,30分の安静座位をとった.その後,血中IL-6濃度,血中TNF-α濃度,hsCRP,ミオグロビン,CK,アドレナリン,白血球分画,HCTを測定するため採血を行った.採血後,被検者はこちらで用意した朝食を摂取した. その後,被検者は18ホールのゴルフラウンドを行った.ラウンド中,被検者は歩いて移動し,ゴルフバック,クラブ等は電動カートを使用し搬送した.ラウンド中の飲食はこちらで用意したスポーツドリンクのみとした.ラウンド終了後,直ちに採血を行った.その後,安静座位をとり,1時間後に再び採血を行い実験を終了した.統計学的検討には,ANOVAを行い,post hocテストとしてSheffe's testを用い,有意水準5%未満を有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は倫理委員会の承認を得た上で行った.被験者には実験の目的,方法および危険性を書面と口頭で十分に説明し,実験参加の同意を得て実験を行った.【結果】 全被検者は18ホールのゴルフラウンドを終了し,所要時間は303±4.3分であった.ラウンド中の平均心拍数は安静時と比較して有意な上昇を認め,回復1時間後で安静レベルへ戻った.血中IL-6濃度は安静時と比較し,ラウンド終了後で有意に上昇し,回復1時間後でもその上昇は維持した.ミオグロビン,CK濃度もラウンド終了後に有意な上昇を認め,回復1時間後で上昇を維持した.血中TNF-α濃度,hsCRP濃度に変化はなかった.白血球,単球数はラウンド終了後に有意な上昇を認め,ラウンド1時間後もその上昇は維持された.アドレナリンは実験を通して変化はなかった.HCTはラウンド終了後に変化はなく,回復1時間後で低下した.【考察】 IL-6濃度が上昇した要因に関して,本実験ではミオグロビン,CK濃度に上昇が認められるものの,TNF-α,CRP濃度に変化を認めなかった.この事から炎症性カスケードによるIL-6上昇の可能性は低いと考えられる.またアドレナリン濃度が変化しなかった事から,骨格筋のアドレナリン刺激によるIL-6mRNA転写促進の可能性も低いと考えられた.さらに,単球数の上昇を認めているが,先行研究において運動による末梢血単球数の上昇はIL-6濃度に関与しないことが報告されており,IL-6濃度の上昇が単球由来である可能性も否定的である.よって,本実験のIL-6濃度の上昇は,骨格筋の収縮によって誘発されるといった過去の報告を支持する. 筋収縮に由来する血中IL-6濃度の上昇は,運動強度と時間,活動筋肉量に関連があると言われている.ゴルフは18ホールのラウンドで約7km歩き,その歩数は10,000歩以上になると報告されている.我々の知る限り,歩行を運動方法としたIL-6濃度の上昇は,運動後変化しないか上昇しても約1.5倍程度である.今回,ラウンド終了後の血中IL-6濃度は安静時の約7倍の濃度を認めた.これは18ホールのゴルフラウンドが,骨格筋からIL-6を誘発するには十分な時間と強度であった事が考えられる. 本実験により,18ホールのゴルフラウンドを行うことで,TNF-αの上昇なしに血中IL-6濃度が上昇することが証明された.ゴルフラウンドはIL-6上昇の観点から,炎症を誘発せずに行うことが出来る有益な運動方法であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 運動が身体に及ぼす影響を科学的に調査し,新たな知見を得ることは,健康の維持・増進に関して、リハビリテーション医学の貢献に寄与するもだと考える.
  • 片浦 聡司, 鈴木 重行, 松尾 真吾, 波多野 元貴, 岩田 全広, 坂野 裕洋, 浅井 友詞
    p. Aa0127
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 スタティックストレッチングの介入効果に関する研究は多く存在するが、それらの研究で用いられているストレッチング強度は、被験者の主観による規定が多く、また多様な表現があり、その強度は研究ごとに異なっている。先行研究では、ストレッチング強度の違いによる、いくつかの指標への効果について散見されるが、ストレッチング強度を定量的に変化させて、静的トルク、最大動的トルク、stiffness、ROMといった評価指標を同時に測定し、比較・検討した報告はない。そこで、本研究は、ストレッチング強度の違いが、各評価指標に与える影響を検証することを目的とした。【方法】 被験者は健常学生18名(男性9名、女性9名、平均年齢20.6±1.2歳)とし、対象筋は右ハムストリングスとした。被験者は股関節および膝関節をそれぞれ約110°屈曲した座位(以下、測定開始肢位)をとり、等速性運動機器(BTE社製PRIMUS RS)を用いて測定を行った。ストレッチング時間は180秒とし、ストレッチング強度は大腿後面に痛みの出る直前の膝関節伸展角度を100%とし、80、100、120%の3種類(以下、80%群、100%群、120%群)とした。評価指標は、静的トルク、最大動的トルク、stiffness、ROMの4種類とした。各強度におけるストレッチング中の静的トルクは、ストレッチング開始時と終了時のトルクを比較した。最大動的トルク、stiffnessは測定開始肢位から大腿後面に痛みの出る直前の膝関節伸展角度まで5°/秒の角速度で他動的に伸展させた時のトルク-角度曲線より求めた。最大動的トルクはトルクの最大値とし、stiffnessは、ストレッチング前の膝関節最大伸展角度からその50%の角度までの範囲で回帰直線を算出し、その傾きと定義した。ROMは膝関節最大伸展角度とした。実験はまず最大動的トルク、stiffness、ROMを測定し、60分の休憩後、各強度のストレッチングを行い、同時に静的トルクを測定した。ストレッチング後は、再びストレッチング前と同じ手順で最大動的トルク、stiffness、ROMを求め、ストレッチング前後の値を比較した。被験者は異なるストレッチング強度を用いた全ての実験を24時間以上の間隔を設け行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は名古屋大学医学部生命倫理審査委員会(承認番号:11-511)および日本福祉大学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会(承認番号:11-07)の承認を得て行った。実験を行う前に、被験者に実験内容について文書及び口頭で説明し、同意が得られた場合にのみ研究を行った。尚、被験者がストレッチング中に苦痛を訴え、実験の中止を希望した場合は、速やかに実験を中止した。 【結果】 静的トルクは全ての群において、ストレッチング後に有意に低下した。最大動的トルクは80%群で変化せず、100、120%群においてストレッチング後に有意に増加した。stiffnessは、80%群で変化せず、100、120%群においてストレッチング後に有意に低下した。ストレッチング後のstiffnessは80%群と120%群との群間に有意差が認められた。ROMは80%群で変化せず、100、120%群においてストレッチング後に有意に増加した。ストレッチング後のROMは80%群と100%群および120%群との群間に有意差が認められた。【考察】 静的トルクが全ての群で低下したことから、80%以上の強度においても、筋が伸張され、Ib抑制が関与したと推察する。最大動的トルクは先行研究より、痛み閾値に関連するstretching toleranceを反映すると報告されている。最大動的トルクが100%以上の群で増加した結果から、100%以上の強度では、痛み閾値の上昇とともにstretching toleranceが増加したと推察する。stiffnessは先行研究より、筋腱複合体の粘弾性を反映すると報告されている。stiffnessは100%群で低下し、120%群では100%群と比較してさらに低下した結果から、100%以上の強度で筋腱複合体の粘弾性などの力学的特性が変化し、強度が増すにつれ変化が大きくなると推察する。これらの結果より、ROMが100%以上の強度で増加した要因は、最大動的トルクの増加によるstretching toleranceの増加、およびstiffnessの低下による筋腱複合体の力学的特性の変化が関与すると考える。【理学療法学研究としての意義】 一般的にストレッチングを行う際の強度は、痛みが起こらない点がよいとされる。しかし、筋腱複合体の力学的特性を変化させるためには、軽度または中等度の痛みを感じる点でのストレッチングが有効であることが示された。ストレッチング強度の違いによる効果が明らかになったことで、目的に沿った、より有効なストレッチングを施行する一助となるのではないかと考える。
  • 酒井 孝文, 河村 顕治, 山下 智徳
    p. Aa0128
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 人は加齢に伴う筋力低下、バランス能力の低下などにより歩行中の転倒事故が増大し、それに伴う身体機能の低下、動作能力の低下が、高齢者の寝たきりを引き起こす要因となっている。転倒予防を行う上で、加齢に伴う歩行の変化の抽出は重要な研究課題といえる。これまで、一定時間以上の連続歩行を計測し、歩行中の連続した足圧や連続した足圧中心(以下、COPと略す)について、加齢変化による影響の幾つかの報告を行ってきた。今回、足圧分布計測システムをベルト面下に配置したトレッドミルを用いて、健常若年者と健常高齢者の歩行分析を行った。本研究の目的は、連続歩行におけるCOP左右軌跡からみた加齢による特徴を明らかにすることである。【方法】 対象は健常若年者64名(男性32名、女性32名)、年齢19.4±0.6歳、健常高齢者32名(男性10名、女性22名)、年齢76.0±4.6歳である。方法はビデオ画像と同期した足圧評価解析機能を有するトレッドミル(Zebris WinFDM-T、Zebris Medical GmbH)を用いて30秒間の歩行の計測を行った。被験者は事前に数分間の練習を行い、トレッドミル歩行に十分に慣れた後、安全に歩行可能な至適速度にて計測を行った。転倒事故を防止するため、トレッドミルの前方に手すりを設置し、後方と側方に介助者を配置した。足圧データは両脚支持期を含めた踵接地から離床までのCOPを用いた。本システムではバタフライイメージでCOPの軌跡が出力される。COPの位置は左右方向で表示し、左右軌跡の移動距離と、中心点の軌跡を算出した。統計処理は群間比較でMann-Whitney検定を行った。すべての検定において、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、吉備国際大学「人を対象とする研究」倫理規定、『ヘルシンキ宣言』あるいは『臨床研究に関する倫理指針』に従う。吉備国際大学倫理審査委員会に申請し、審査を経て承認(吉備国際大学倫理審査委員会 受理番号:08-05)を得た。対象者に対し、臨床研究説明書と同意書にて研究の意義、目的、不利益および危険性、口頭による同意の撤回が可能であるということなどについて、口頭および書類で十分に説明し、自由意志による参加の同意を同意書に署名を得て実施した。【結果】 若年群のCOPは左右移動距離11.15±0.79%、中心軌跡0.50±0.45%であった。また、時間距離的因子は歩行速度64.2±10.3 m/min 、重複歩距離62.6±8.7 % 、歩調59.4±3.9 strides/minであった。高齢群のCOPは左右移動距離12.52±1.64%、中心軌跡0.72±0.57%であった。時間距離的因子はそれぞれ26.0±11.9 m/min、33.3±12.3 %、55.0±10.0 strides/minであった。群間比較において高齢群は、COPは左右移動距離に有意な増大(p<0.001)を示した。時間距離的因子では高齢群は歩行速度の低下(p<0.001)、重複歩距離の低下(p<0.001)、歩調の低下(p<0.05)を示した。【考察】 高齢者の左右方向へのCOPの移動距離は健常者に比べ増大していた。しかし、左右方向へのCOPの同調性の変化は認められなかった。先行研究において高齢者は小刻み歩行、すり足歩行、歩隔の拡大などにより、踵ロッカーを機能させるために必要な踵接地が十分に行えておらず、前足部へ偏位した代償的なパターンでの重心制御によって歩行を遂行していると報告している。つまり、前方向へのCOPの移動し、前足部という狭い部位にて重心制御を行うことで不安定性を増加させている。そのため、この不安定性を打ち消すために左右方向への重心の移動距離を増大させる歩行様式を獲得したと考えられる。また、前方への重心の変位、左右方向への重心移動距離の増大といった不安定な歩行を固定化されたパターンで行っていると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本システムにより、これまで困難であった多歩数計測、信頼性の高い解析が可能である。また、加齢による足圧の変化を明確にすることで、健康寿命の増進や疾患の特異的な足圧様式の考察を深める基盤となり、理学療法学研究としての意義は大きい。
  • 鈴木 博人, 小田 ちひろ, 佐藤 萌, 布施 かおり, 星 佳織, 吉崎 寛之, 藤澤 宏幸
    p. Aa0129
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 脳卒中片麻痺患者において非対称性の歩容(非麻痺側下肢の歩幅の減少)が残存する場合が多い.Kahn(2009)は脳卒中片麻痺患者の歩容に対する一つの介入法として,トレッドミル外にて麻痺側下肢を支持に利用し,非麻痺側下肢のみでステップを行うトレーニング(unilateral step training:UST)を提唱した.また,2週間のUST実施したところ,非対称的な歩幅の改善が認められたと報告している.しかし,USTにおける筋活動量や呼吸循環応答に関する結果は明確に示されていない.以上の経緯より,本研究の目的は,健常者において左下肢をトレッドミル外の台に載せ,右下肢のみトレッドミル上で連続ステップ(unilateral step:US)した際の体幹・下肢筋活動と呼吸循環応答への影響を明らかにすることとした.【方法】 対象は,喫煙歴のない健常青年10名とした(男性4名,女性6名:年齢21.3 ± 1.1歳)とした.測定項目は,筋活動量(最大随意収縮時の筋活動量:MVCを含む)および呼吸循環応答とした.筋活動量の測定について,被検筋を左右の脊柱起立筋,大殿筋,中殿筋,大腿二頭筋,大腿直筋,ヒラメ筋の計12筋とした.呼吸循環応答の測定は, Breath-by-Breath法にて酸素摂取量,酸素脈,呼吸数,一回換気量,分時換気量を測定した.測定条件について,運動パターン条件はトレッドミル歩行(treadmill walking:TW)とUSの2種類,歩行速度条件は30 m/min,60 m/minの2種類,合計4条件とした.測定手順であるが,各条件を十分に体験させた後,TWを先に実施させ,その後USを実施させた.各運動パターン条件において,安静座位を3分間とらせた後,30 m/min,60 m/min の順にそれぞれ3分間実施させた.USを行う際は,左下肢を荷重計の上に載せ,右下肢をトレッドミルのベルト上に載せた.また,右立脚時に左下肢へ体重の30 %(± 10 kg)を荷重するよう指示した.データ解析として,一歩行周期をフットスイッチのデータから決定した.また,筋電波形は, MVCを100 %として各筋電位を基準化した.また,呼吸循環応答の指標について,代表値を各条件終了直前30秒間の平均値とした.統計解析として,筋活動量の積分値と最大値および呼吸循環応答の各指標について,運動パターン(2水準)と歩行速度(2水準)の2要因で二元配置分散分析(被験者内計画)を行った.また,多重比較にはSchafferの方法を用いた.統計学的有意水準は危険率5 %未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の主旨を説明し,書面にて同意を得た.また,未成年者に対しては保護者からの同意も得た.【結果】 筋活動パターンは,TWと比較しUSにおいて左下肢の全被検筋に変化がみられ,収縮時間が延長していた.左下肢各被検筋の積分値において,左大腿直筋の積分値にのみ運動パターンの主効果が認められた(p<.05).左下肢全被検筋の最大値を分析した結果,運動パターンの主効果が認められ(p<.05),USで低値となった.呼吸循環応答に関しては,酸素摂取量・酸素脈(p<.001),一回換気量(p<.01) ,呼吸数(p<.05)に運動パターンの主効果が認められた.酸素摂取量,酸素脈,一回換気量はUSで低値となり,呼吸数はUSで高値となった.また,一回換気量では交互作用が認められ(p<.05),両歩行速度条件でUSが低値となった(p<.01).【考察】 USで筋活動パターンの曲線がなだらかとなり,股関節周囲筋において収縮時間がTWに比べ延長した.このことは,USにおいて左下肢の運動が支持中心となっていたことが考えられた.呼吸循環応答では, USで酸素摂取量,一回換気量,酸素脈が低下し,呼吸数では増加していた.酸素摂取量が低下した要因としては,左下肢でのステップ運動が消失したことにより,股関節周囲筋以外の筋活動が減少し,左下肢全体での筋活動量も減少傾向にあることが考えられた.また,USでは筋の収縮時間が延長することで,筋ポンプ作用が低下したと推測された.それに伴い静脈環流量も低下し,一回拍出量も低下したと考えられた.このことは,一回拍出量の指標である酸素脈が低下したことからも理解できる.【理学療法学研究としての意義】 本研究により,TWとUS時の筋活動量および呼吸循環応答の違いが明らかとなった.TWと比較すると,USは少ない酸素摂取量で股関節周囲筋の活動が維持された.したがって,低体力者において支持性を高める筋活動を促しながら反復練習が可能になると考えられる.しかし,USでは筋活動の変化に伴い,呼吸・循環調節に変化が現れることが可能性もあるため,リスク管理に配慮する必要がある.
  • ─体幹加速度の変動性による検討─
    飯倉 大貴, 小宅 一彰, 山口 智史, 井上 靖悟, 菅澤 昌史, 藤本 修平, 森田 とわ, 田辺 茂雄, 横山 明正, 近藤 国嗣, ...
    p. Aa0130
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 歩行の安定性は、多関節の協調した運動によって成立している。高齢者においては、筋力低下や関節可動域制限など多様な身体機能低下の影響によって、歩行中の協調的な関節運動が減少する。この協調的な関節運動の減少は、歩行を不安定にし、転倒を引き起こすと考えられる。しかしながら、高齢者における歩行分析では、歩行の不安定性に多くの要因が影響を与えるため、個々の要因を客観的に分析することは困難である。今回、高齢者の歩行における不安定性を理解するために、健常者を対象に関節運動制限を行った歩行を分析することで、膝および足関節が歩行の安定性にどのような役割を持っているのかを検討した。 【方法】 対象は健常男性10名(年齢25±4歳、身長1.73±0.04m、体重60.9±6.0kg:平均値±標準偏差)とした。関節運動制限は、1)通常歩行、2) 両側膝運動制限(以下、両膝制限)、3)両側足運動制限(以下、両足制限)の3条件とした。関節運動制限は、装具を用いてそれぞれ足関節底背屈0°、膝関節伸展0°とした。課題は速度60m/minの歩行をトレッドミル上で行った。測定順は1)2)3)とし、十分な練習後に計測した。 歩行の安定性の指標として、体幹加速度から得られる変動性を用いた。体幹加速度の測定には小型無線加速度計(ワイヤレステクノロジー社)を使用した。加速度計は第三腰椎棘突起部に弾性ベルトで固定し、サンプリング周波数60Hzで記録した。歩行周期は前後加速度のピーク値に基づき特定し、定常歩行10周期分の加速度データを用いた。1歩行周期時間を100%として正規化した後、体幹加速度の変動性を求めるため、歩行周期間における加速度波形の変動から標準偏差の平均値を算出した 。今回は、歩行の安定性を三次元的に評価するために前後、上下、左右の3方向のデータを用いた。また右踵部にフットスイッチを貼付し、重複歩幅を算出した。 統計解析は、関節運動制限が歩行安定性に与える違いを検討するために、それぞれの方向において、一元配置反復測定分散分析と多重比較法(Tukey-Kramer法)を用いて検定した。 さらに、関節運動制限が影響しやすい方向を検討するため、 各方向において通常歩行との差を求め、両膝制限と両足制限それぞれで方向の差について、上記と同様の検定を行った。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 所属機関の倫理審査会で承認後、全対象者に十分に研究内容を説明し、同意を得た。【結果】 両膝制限および両足制限は、通常歩行と比較して、前後、上下、左右すべての方向で、体幹加速度の変動性が有意に増加し、不安定性が増大した。また、両膝制限は、両足制限と比較し、前後、左右方向で有意に不安定性が増大した。 関節運動制限が影響しやすい方向は、両膝制限において、上下方向が前後および左右方向と比較し、有意に高値を示し、上下方向における変動性に強く影響を与えていた。両足制限においては、上下方向が左右方向と比較して、有意に高値を示し、上下方向における変動性に影響を与えていた。 一方で、 重複歩幅においては、すべての歩行で有意差を認めなかった。【考察】 両膝運動制限および両足運動制限は、3方向すべてにおいて、歩行の不安性を増大させ、その影響は上下方向において著明であった。さらに、両膝運動制限は、両足運動制限よりも前後および左右の不安定性をさらに増大させていた。これらの結果から、歩行の安定性には特に膝関節機能の影響が大きく、膝関節運動制限は歩行を不安定にし、転倒リスクを高める可能性が示された。 足関節と膝関節の協調した運動は、歩行中の上下運動を制御するために重要である(Perry,1992)。荷重応答期では、足関節底屈運動を伴う膝関節屈曲運動が生じ、その後に足関節背屈運動を伴う膝関節伸展運動によって、重心の急激な上下位置の変化が制御され円滑な運動が可能になる。そのため、足関節と膝関節いずれか一方が制限されると、協調した運動が困難になり、特に上下方向における不安定性が増大したと考えられる。また両膝関節制限は、前後および左右の方向で両足関節制限より不安定性が増大した。これは、伸展位に保持されることで、遊脚相での下肢振り出しが困難になるため、体幹や両股関節よる代償動作が生じ、不安定性を増大させるためと推察される。【理学療法学研究としての意義】 連続した歩行周期間における歩行パラメータの変動は、転倒の発生との関連が報告されている。今回、関節運動制限が歩行不安定に及ぼす影響について、体幹加速度の変動性から明らかにした。
  • ─股関節と足関節の関係性について─
    近藤 崇史, 福井 勉
    p. Aa0131
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 歩行周期において踵離地(以下:HL)は立脚期を100%とした時に49%(Perry 1992),58%(Kerrigan 2000)などと報告されているが,理学療法における歩行観察場面ではHLのタイミングが早い症例と遅い症例を経験する.HLのタイミングが早い症例では膝折れなどが,遅い症例ではアキレス腱炎(入谷2006)やロッキングなどを引き起こすとされている.歩行時のHLから遊脚期にかけては足関節底屈モーメントが遠心性パワーから求心性パワーへと切り替わり大きな力がかかるとされる.しかし,HLのタイミングの違いが下肢各関節のメカニカルストレスに変化を及ぼすかについての詳細は明らかにされていない.Horak(1986)は静止立位時の外乱に対する姿勢制御戦略として足関節戦略(ankle strategy),股関節戦略(hip strategy)を報告し,姿勢制御戦略を足関節と股関節の関係性により説明した.最近ではLewis(2008)が歩行時に対象者に異なる蹴り出しを行わせることで足関節と股関節が相互に力学的代償を行うと報告した.われわれはこの足関節,股関節の関係性がHLのタイミングに影響を与えると推察し,歩行時のHLのタイミングの違いと股関節,足関節の力学特性の関係性を検討することを本研究の目的とした.【方法】 対象は健常成人男性12名(年齢:30.1±1.6 歳)とした.測定には3次元動作解析装置(VICON Motion system社)と床反力計(AMTI社)を用いた.標点はVicon Plug-In-Gait full body modelに準じて反射マーカー35点を全身に添付した.各対象者には自由歩行を連続7回行うよう指示し,分析には自由歩行時に1枚のフォースプレート上を歩くことに成功した下肢の力学データを左右分けることなくすべて採用した.計測値として歩行速度および歩行時の股関節・膝関節・足関節の関節角度,関節モーメントおよび関節パワーを算出した.解析項目として1.HL時の股・膝・足関節の関節角度・モーメント・パワーの値(以下:HL値),2.立脚期の股・膝・足関節の関節角度・モーメント・パワーの最大値(以下:ピーク値)を抽出した.さらに,1.各HL値とHLのタイミング(歩行周期中の百分率;%)の関係を分析し,2.各ピーク値とHLのタイミング(歩行周期中の百分率;%)の関係を分析した.統計分析は統計ソフトSPSS 18J(SPSS Inc.)を使用した.統計手法には偏相関分析を用い(制御変数;歩行速度),有意水準は1%未満とした.【説明と同意】 文京学院大学大学院保健医療科学研究科倫理委員会の承認を得たうえで,対象者には測定前に本研究の趣旨を書面及び口頭で説明し,参加への同意を書面にて得た.【結果】 全対象者の自由歩行から立脚期の力学データが抽出可能であった下肢は123肢(左下肢53肢,右下肢70肢)であった.1.HL値では,HLのタイミングが遅れるほど股関節伸展角度の増大(r=-0.82),股関節屈曲モーメントの増大(r=-0.55),足関節底屈モーメントの増大(r=0.49),股関節負のパワーの増大(r=-0.786),足関節負のパワーの増大(r=-0.71)との間に有意な相関関係を認めた.2.ピーク値では,HLのタイミングが遅れるほど足関節背屈角度の増大(r=0.59),股関節屈曲モーメントの減少(r=0.41),足関節底屈モーメントの増大(r=0.663),股関節負のパワーの増大(r=-0.536),足関節正のパワーの増大(r=0.67),足関節負のパワーの増大(r=-0.68)との間に有意な相関関係を認めた.【考察】 健常者のHL時の力学的特性として,HLのタイミングが遅れるほど股関節屈曲筋および足関節底屈筋の遠心性活動を高めていることが示唆された.さらにピーク値ではHLのタイミングが遅れるほど,股関節屈曲筋が活動を減少させていくのに対して,足関節底屈筋が求心性・遠心性活動をともに高めていることが示唆された.これらのことよりHLのタイミングが遅れるほど,発揮しづらい状況となる股関節屈曲筋の力学的作用を代償するために,足関節底屈筋が活動を高めていることが推測された.上記の理由からアキレス腱炎などHLのタイミングが遅れる特徴を有する症例では,股関節機能の代償による足関節底屈筋の力学的過活動がメカニカルストレスを引き起こし障害へとつながると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 歩行観察時にHLのタイミングを指標とすることで,足関節の代償性過活動による機能・能力障害を有する症例に対し,股関節・足関節の相互の関係性を考慮に入れた理学療法介入を可能にすることを提示できたことに,本研究の意義があると考えられる.
  • ─脳卒中左片麻痺症例検討─
    田上 未来, 林 知広, 長谷川 真人, 奈良間 和子, 中田 金一, 河本 浩明, 山海 嘉之
    p. Aa0132
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 ロボットスーツHAL福祉用(以下,HAL)は,体に装着することにより,身体機能を拡張,増幅,強化する当社(CYBERDYNE株式会社)が開発した世界初のサイボーグ型ロボットである.HALは,下肢の主要な筋に電極を貼付し,動作時に発現した微弱な生体電気信号をもとに,股・膝のパワーユニットを制御することで,歩行動作を支援する.2011年10月現在,国内外の医療福祉施設113か所において約256台のHALが稼働しており,リハビリテーション分野で,歩行支援ツールとして期待されている.我々は,HALおよび運用技術の開発・策定を目的に,HALFITという種々の障害者にHALを用いたトレーニングを提供する新しい施設を運営している.今回は,当該施設においてHALを用いた歩行トレーニングを実施し,歩行能力の変化が見られた脳卒中左片麻痺症例についてHALが身体に及ぼす影響について検討したので報告する.【方法】 対象は,2010年1月17日に脳出血発症し,左片麻痺(Brs.stage下肢III)を呈した49歳の女性である.発症後9ヶ月間リハビリテーション病院にて理学療法施行され退院,自宅改修準備のため1ヶ月間老人保健施設に入所後,2010年10月より在宅生活となった.2週間に1度入院していたリハビリテーション病院で理学療法を継続し,週に2度訪問リハビリテーションでマッサージ師の下肢マッサージを継続している.当該施設でのトレーニングは,退院後1ヶ月経過した2010年11月14日より,週に1度30-40分HAL装着下で平行棒内歩行より開始した.毎回HAL装着前後に10m歩行テストを実施し,歩行時間,歩幅,歩数を計測し経過観察した.また,HAL装着下での平行棒内歩行中のデータとして,HAL専用靴の足底に内蔵されている床反力センサーの研究データを使用した.床反力センサーは,サンプリング周波数100Hzで,一側下肢全体にかかる荷重圧,足部前方,後方にかかる荷重圧の,初回装着時と装着3回目のトレーニング中の変化を観察した.【倫理的配慮、説明と同意】 ロボットスーツHAL装着にあたり,本研究の趣旨に関する説明を十分に行い,書面にて同意を得た.【結果】 装着前10m歩行時間は,初回85.00秒,3回目59.53秒とHALを使用したトレーニングにより顕著な短縮を認めた.また装着前後においても歩行時間の顕著な短縮を認め,初回では装着前85.00秒から装着後61.52秒と23.49秒の顕著な短縮を認めた.さらに,装着前歩数および歩幅は,初回53歩,18.87cmから3回目43.5歩,22.99cmと歩数減少と歩幅拡大を認め,装着前後比較では,初回53歩,18.87歩からトレーニングにより43歩,23.26cmと顕著な変化を示した.床反力センサーの一側下肢全体の荷重圧は,初回麻痺側では,非麻痺側に比し半分程度の荷重圧となり麻痺側下肢への荷重が不十分であった.それに比し3回目は,非麻痺側と麻痺側の荷重に差を認めなくなり,麻痺側への荷重増大を認めた.また,麻痺側足部前方の荷重圧は,初回に比し3回目に顕著な増大を認めた.さらに,非麻痺側下肢においても,同様の変化が認められた.【考察】 本症例は,HAL装着トレーニングにより非麻痺側,麻痺側ともに足部前方荷重圧の顕著な増大を認めた.これは,HALが装着者の生体電気信号をもとに,歩行時蹴りだしの動作を支援した可能性を示唆する.先行研究では, 片麻痺歩行の特徴として,麻痺側,非麻痺側共に健常者に比べ立脚後期の股関節伸展角度が小さいとされている.これに対し,理学療法では,歩行時蹴りだしを意識したトレーニングなどを実施することが多いが,HALを使用した歩行トレーニングによっても,同様の変化を装着者に与える可能性が示唆された.また,HALが麻痺側のみならず非麻痺側にも同様の変化をもたらし,HALにより麻痺側の支持性をも支援したことが,麻痺側下肢全体の荷重圧を顕著に増大したと考えられる.HALは,装着者の意思に応じた微弱な生体電気信号によって駆動され,それと同時に装着者の身体を動かすことになるため,理学療法トレーニングと類似した変化を身体に与える可能性が示唆された.今後は,関節トルク,重心位置などのより詳細な検討が必要である.【理学療法学研究としての意義】 近年ロボティクス技術の発展に伴い,不全脊髄損傷者や脳卒中片麻痺者での歩行練習にロボットが使用され,その効果が報告されている.これらの新しい技術が,身体に及ぼす影響について検証することは,理学療法領域における新たな治療技術を模索するうえで重要と考える.
  • ─健常者における呼気ガス分析─
    北谷 亮輔, 大畑 光司, 伊藤 寿弘, 金沢 星慶, 澁田 紗央理, 橋口 優
    p. Aa0133
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 近年、脳卒中や脊髄損傷後などの下肢機能障害や歩行障害に対するリハビリテーションにおいて、数種類のロボットが臨床で使用されており、歩行機能改善に向けた治療介入としての有用性が報告されている。しかし、従来の歩行支援ロボットの多くは、Treadmillや体重免荷装置などを備えているため、設備が大きく、操作も煩雑であることが問題点として挙げられる。本田技術研究所により近年開発されている「リズム歩行アシスト」(以下歩行アシスト)は屋外での使用も可能な腰部に装着する歩行支援ロボットである。歩行アシストは約2kgと軽量であり、歩行比(歩幅を歩調で除した値)を制御しながら股関節の屈曲と伸展をアシストする。しかし、この歩行アシストにより得られる効果について、詳細な検討は行われていない。GottschallらはTreadmill上で遊脚側下肢を体重の10%の力で前方へ引くアシストを行うと、酸素摂取量と股関節屈曲筋の筋活動が減少したと報告している。歩行アシストによる股関節屈曲アシストでも同様の効果が生じる可能性があり、本装置を使用することにより、健常者において歩行効率を向上させることが出来るかどうかを明確にすることは、有疾患者へと効果的に適応させるための基礎的資料として非常に重要である。本研究の目的は、呼気ガス分析を用いて、健常者における歩行アシストによる歩行効率への影響を明らかにすることである。【方法】 対象は若年健常者10名(平均年齢24.4±3.5歳、男性5名、女性5名、平均体重57.3±10.1kg)とした。アニマ社製携帯型呼気ガス分析計エアロソニックAT-1100を使用し、座位における安静時、歩行時の酸素摂取量(以下VO2)(ml/min/kg)、心拍数(以下HR)(回/min)を測定した。測定条件は歩行アシストによる股関節屈曲・伸展アシスト量を0Nm(アシストなし)、3Nm(アシストあり)の2条件にて、快適歩行速度と最大歩行速度で測定を行った。測定は屋内に1周40mの歩行路を設置し、各条件にて5分間平地歩行を行わせた。測定順序は疲労による影響を考慮し、快適歩行速度の2条件から測定した後、最大歩行速度条件を測定した。各歩行速度でのアシスト量の順序は無作為とし、被験者にはアシストの有無を知らせずに盲検化を行った。各歩行前には10分間座位での休憩を行い、後半5分を安静時の呼気ガス値として測定を行った。安静時、歩行時の後半2分間の呼気ガス値の平均値を算出し、VO2とHRの歩行時から安静時の値を引いた値を解析対象とした。歩行後半2分間の歩行距離を測定することで歩行速度(m/min)を算出し、VO2とHRを歩行速度で除した値をそれぞれVO2コスト(ml/kg/m)、HRコスト(回/m)として算出した。統計処理は、アシストの有無による歩行速度の比較を対応のあるt検定を用いて検討した。VO2、HR、VO2コスト、HRコストに対して、アシスト量と歩行速度の2条件における反復測定二元配置分散分析を行い、本研究の有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 研究者、共同研究者と利害関係を持たないボランティアを募り、測定方法および本研究の目的を説明し、同意を得た後に行われた。【結果】 快適歩行速度、最大歩行速度ともにアシストの有無で歩行速度に有意差は生じなかった。歩行速度が増加すると、VO2、HR、VO2コスト(p<0.001)、HRコスト(p<0.05)が有意に増加した。また、アシスト量が増加すると、VO2、HR、VO2コスト、HRコスト(p<0.05)で有意な減少が得られた。VO2では2条件による有意な交互作用が認められ(p<0.05)、アシストなしと比較してアシストありでは、VO2は快適歩行速度では約8%、最大歩行速度では約10%減少していた。【考察】 アシスト量が増加すると、VO2コスト、HRコストともに有意に減少したことから、健常者において歩行アシストにより歩行効率が向上することが示された。DanielssonらによるとTreadmill歩行時に30%の体重免荷を行うとVO2に9%の減少率が得られたと報告されており、今回の歩行アシストによる3Nmの股関節屈伸アシストでは、同程度の歩行効率の向上が得られたことが示唆された。また、今回の結果では、特に最大歩行速度での歩行効率向上が大きいことが考えられる。今後の研究において、健常者よりも歩行効率が低下している有疾患者に対して、歩行アシストにより得られる効果を歩行効率のみでなく、運動学的変化や介入効果など詳細に検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 従来の歩行補助装置と比較し、軽量で設備の必要もないリズム歩行アシストを、有疾患者に対して効果的に適応するための基礎研究として、健常者において呼気ガス分析による歩行効率の変化を検討し、歩行効率の向上が得られたことである。
  • 波多野 元貴, 鈴木 重行, 松尾 真吾, 片浦 聡司, 岩田 全広, 坂野 裕洋, 浅井 友詞
    p. Aa0134
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 これまで、スタティックストレッチングの即時効果を検討している先行研究において、効果の持続時間はほとんど検討がなされていない。少数の先行研究からは、大半の評価指標において、ストレッチングの効果の持続時間は数十分以内であることが示唆されるが、これらの結果については、ストレッチング時間や強度、対象筋などの設定の違いから、先行研究間の単純な比較は困難であり、多くの指標について同時に、かつ詳細に検討している先行研究はない。そこで、同一条件下で、各指標に及ぼす効果の持続時間を詳細に検討することで、ストレッチングによる正の効果(伸張時の抵抗の減少、ROM増大等)と負の効果(筋力の低下等)がそれぞれどの程度持続していくかが明らかとなれば、より目的に沿った、有効なストレッチングを実践するための一助となると考えられる。そこで、本研究は、ストレッチングが各指標に及ぼす効果の持続時間を明らかにすることを目的とした。【方法】 被験者は健常学生20名(男性9名、女性11名、平均年齢20.5±1.2歳)とし、対象筋は右ハムストリングスとした。被験者は股関節および膝関節をそれぞれ約110°屈曲した座位(以下、測定開始肢位)をとり、等速性運動機器(BTE社製PRIMUS RS)を用いて測定を行った。ストレッチングは300秒間、大腿後面に痛みの出る直前の膝関節伸展角度で保持し、ストレッチング開始時と終了時の静的トルクを比較して、低下していることを確認した。評価指標は、stiffness、最大動的トルク、ROM、筋力の4種類とした。stiffness、最大動的トルクは測定開始肢位から膝関節最大伸展角度(大腿後面に痛みの出る直前)まで5°/秒の角速度で他動的に伸展させた時のトルク-角度曲線より求めた。stiffnessは、ストレッチング前の膝関節最大伸展角度からその50%の角度までの範囲で回帰直線を算出し、その傾きと定義し、最大動的トルクはトルクの最大値とした。ROMは膝関節最大伸展角度とした。筋力は、測定開始肢位での膝関節屈曲の最大等尺性筋力とした。実験はまずstiffness、最大動的トルク、ROM、筋力を測定し、60分の休憩後、ストレッチングを行い、同時に静的トルクを測定した。ストレッチング後は、測定開始肢位にて10分、20分、30分のいずれかの安静を取った(以下、10分群、20分群、30分群)。安静後は、再びストレッチング前と同じ手順でstiffness、最大動的トルク、ROM、筋力を求め、ストレッチング前後の値を比較した。被験者は異なる安静時間を含めた全ての実験を24時間以上の間隔を設け行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は名古屋大学医学部生命倫理審査委員会(承認番号:11-510)および日本福祉大学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会(承認番号:11-07)の承認を得て行った。実験を行う前に、被験者に実験内容について文書及び口頭で説明し、同意が得られた場合にのみ研究を行った。尚、被験者が実験の中止を希望した場合は、速やかに実験を中止した。【結果】 静的トルクは全ての群で、ストレッチング後に有意に低下した。stiffnessは、ストレッチング後に20分群のみ有意に低下した。最大動的トルクおよびROMは、全ての群で有意に増加した。筋力は、全ての群で有意に低下した。【考察】 静的トルクの低下から、ストレッチングは全ての群で同様に行えたと考えられ、筋が伸張され、Ib抑制が関与したと推察する。stiffnessは先行研究より、筋腱複合体の粘弾性を反映すると報告されている。stiffnessの結果より、筋腱複合体の粘弾性など、力学的特性の変化は20分から30分後までには消失する可能性がうかがえた。最大動的トルクは先行研究より、痛み閾値に関連するstretching toleranceを反映すると報告されている。本実験では最大動的トルクおよびROMにおいて効果が30分以上持続することが示唆された。したがって、筋腱複合体の力学的特性の変化が持続していない場合にも、ROMの増加が保たれており、これは主に痛み閾値の上昇とともにstretching toleranceが増加したことが要因であると推察する。また、筋力はストレッチング後30分以上低下した状態が持続することが示唆された。但し、この筋力低下は統計学的に有意な差ではあるが、その割合は5%に満たないものであり、目的によって重要性が異なると考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究から、評価指標ごとに効果の持続時間が異なることや、効果の主たる要因が経時的に変化することが示された。このことから、理学療法士がストレッチングを目的に沿った、より有効なストレッチングを施行するには、各指標に対する効果の持続時間への考慮が必要となると考える。
  • ―スタティックストレッチングとの比較―
    中村 雅俊, 池添 冬芽, 徳川 貴大, 市橋 則明
    p. Aa0135
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 ストレッチングは関節可動域(Range of Motion:以後ROM) の改善や筋腱複合体(Muscle-Tendon Unit:以後MTU)全体の柔軟性あるいは筋の柔軟性を増加させるために用いられている.近年,我々はスタティックストレッチング(Static Stretching:以後SS)がMTU全体および筋のスティフネスを減少させるためには最低2分間のSS施行時間が必要であることを明らかにした(体力科学59巻6号).臨床現場ではSSに加えホールドリラックスストレッチング(Hold Relax Stretching:以後HRS)もよく用いられている.HRSは対象筋を痛みのない位置まで最大に伸張した肢位でSSを行った直後に対象筋の等尺性収縮を行い,その後さらにSSを行うストレッチング法である.HRSがROMに与える即時効果を検討した報告はあるが,MTU全体や筋のスティフネスに及ぼす即時効果やSSとの違いを報告した研究は見当たらない.本研究の目的は,2分間のHRSがMTU全体や筋のスティフネスに与える即時効果をSSの即時効果と比較検討することである.【方法】 対象は下肢に明らかな整形外科的疾患を有さない健常成人男性14名(年齢21.9±1.1歳,身長171.0±3.7cm,体重63.5±8.9kg)とした.腹臥位・膝関節完全伸展位で足関節を等速性筋力測定装置のフットプレートに固定して他動的に足関節を背屈させた時の足関節底屈方向に生じる受動的トルクをHRSおよびSS介入前後に測定した.解析には全ての被験者が可能であった足関節背屈0°から背屈30°の値を使用し,受動的トルクの変化量を角度の変化量で除した値をMTU全体のスティフネスと定義した.また同時に超音波診断装置を用いて,足関節背屈0°から背屈30°まで背屈した時における腓腹筋の筋腱移行部(Muscle Tendon Junction:以下MTJ)の移動量を測定した.受動的トルクの変化量をMTJの移動量で除することで筋のスティフネスを算出した.スティフネスは一般的に硬さを表す指標であり,この値が小さいほど柔軟性が高いことを意味する.なお,測定中は足関節周囲筋(内・外側腓腹筋とヒラメ筋,前脛骨筋)の表面筋電図により,筋の伸張反射や痛みによる防御性収縮が起きていないことを確認しながら行った.HRSは上記の測定と同様の装置を用い,腹臥位・膝関節完全伸展位で対象者が伸張感を訴え,痛みが生じる直前の足関節背屈角度で15秒間背屈方向へSSを行った直後に5秒間底屈方向に最大等尺性収縮を行い,その後10秒間同じ角度で背屈方向へSSを行った後,底屈30°まで戻すというHRSを4セット,計2分間施行した(HRS群).SSはHRSと同様の足関節背屈角度で30秒間SSを行った後,底屈30°まで戻すというSSを4セット,計2分間施行した(SS群).なお,HRSとSSは1週間から2週間の間隔をあけて利き脚(ボールを蹴る側)で施行した.統計学的処理は各群におけるストレッチング前後の比較をWilcoxon検定,ストレッチング前およびストレッチング前後の変化率の群間比較をMann-Whitney検定を用いて行った.有意水準は5%未満とした. 【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の内容を説明し,研究に参加することの同意を得た.なお,本研究は本学倫理委員会の承認を得た.【結果】 両群ともにストレッチング後にMTU全体のスティフネスは有意な減少がみられた(HRS群:介入前1.49±0.22Nm/deg,介入後1.40±0.21Nm/deg,SS群:介入前1.37±0.16Nm/deg,介入後1.08±0.19Nm/deg).介入前後の変化率ではSS群はHRS群よりも有意に大きな値を示した(HRS群:6.2±7.6%,SS群:21.1±5.5%).また筋のスティフネスは両群ともストレッチング後に有意に減少し(HRS群:介入前47.9±17.8Nm/cm,介入後38.8±13.5Nm/cm,SS群:介入前46.0±21.5Nm/cm,介入後32.1±17.1Nm/cm),SS群はHRS群よりも有意に大きな変化率を示した(HRS群:17.1±13.1%,SS群:32.7±11.6%).なお,ストレッチング前におけるMTU全体と筋のスティフネス値は両群間に有意な差は認められなかった.なお,全ての受動的トルクや背屈ROM測定中には最大収縮の5%以上の高い筋活動は認められなかった. 【考察】 本研究の結果,HRS,SSともにストレッチング後にMTU全体と筋のスティフネスは減少し,その変化率を比較するとHRSよりSSの方が大きな値を示した.これらのことからHRSとSSはともにスティフネスを減少させる効果があるが,その効果はHRSよりもSSの方が高いことが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 本研究よりスティフネスの減少を目的としてストレッチングを施行する場合にはHRSよりSSが推奨されることが示唆された.
  • 佐藤 久友, 淵岡 聡, 黒川 洋輔, 高山 竜二, 大野 博司, 佐浦 隆一
    p. Aa0136
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 股関節浅層にある殿筋群などは股関節作動筋として股関節の運動に関与する。一方、股関節深層にある短外旋筋群は力学的支持器や深部知覚の感覚器としての機能を持つことから、歩行の安定性向上に寄与すると考えられているが、その詳細な働きは明らかではない。そこで、本研究では股関節外旋筋群の機能を明らかにするために股関節外旋筋群を疲労させることで一時的な筋力低下を生じさせ、筋力低下の出現前後での歩行に関する空間的、時間的パラメータの変化を生体力学的手法によって測定し、股関節外旋筋群の筋力低下が歩行に与える影響を検討した。【方法】 健常成人18名(平均年齢25.7歳)、男性10名、女性8名を対象とした。なお、重篤な内部疾患や神経筋疾患、姿勢制御に影響を与える下肢・体幹の整形外科疾患の合併や既往のあるもの、股関節伸展0°位での内外旋可動域の差が15°以上あるものは、研究対象から除外した。測定する下肢側は無作為に決定した。被験者を体幹直立位で股関節および膝関節を90°屈曲位の端坐位とし、体幹を固定するために両手でベッド端を把持させた姿勢で、短外旋筋群を疲労させるための運動を行わせた。運動負荷強度は股関節外旋筋力の最大値の30%とし、セット間に15秒の休息を設けながら、30秒間の等尺性収縮を10セット行った。なお、この強度と頻度で運動させた場合には運動後に股関節外旋筋力が有意に低下し、短外旋筋群が選択的に疲労することをあらかじめ先行研究で確認した。歩行解析は短外旋筋群を疲労させる筋疲労誘発運動の実施前後で快適歩行速度下にて3回実施した。赤外線反射マーカーを身体セグメント35か所に貼付し、3次元動作解析装置(VICON 460)と床反力計(AMTI)を用いてマーカーの時間的な変位や軌跡から空間的、時間的パラメータを算出した。解析するパラメータは歩行速度、立脚時間、両脚支持時間、ケイデンス、ストライド長、1歩行周期における立脚相の割合とした。立脚時間は測定側の下肢が床反力計に踵接地してから足先が離地するまでの時間とした。また、両脚支持時間は、接地から立脚前半の床反力鉛直成分の最大値までを立脚前半、立脚後半の床反力鉛直成分の最大値から足先が離地するまでを立脚後半と規定した。統計解析は対応のあるt-検定を用いて行い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 この研究は大阪医科大学倫理委員会と大阪府立大学倫理委員会に承認されている。また、研究を行うにあたり、対象者に本研究の主旨を文書および口頭で説明し、文書にて研究参加への同意を得た。【結果】 筋疲労誘発運動前後での立脚時間は、運動前0.617秒から運動後0.608秒(p = 0.015)へと有意に短くなり、立脚前半の両脚支持時間も運動前0.143秒から運動後0.139秒(p = 0.038)へと短縮した。また、立脚後半の両脚支持時間は運動前が0.146秒、運動後は0.142秒(p = 0.058)と有意差は認めなかったが短縮する傾向にあり、結果としてケイデンスも運動前116.8steps/min、運動後118.0 steps/min(p = 0.080)と増加傾向を示した。一方、歩行速度は運動前1.197m/sec、運動後1.198 m/sec、ストライド長は運動前1.241m、運動後1.230m、1歩行周期における立脚相の割合は運動前60.00%、運動後59.66%であり、いずれも疲労誘発運動前後で有意な変化を認めなかった。【考察】 通常、加齢や下肢の障害により立位時の支持性が低下すると歩行速度は遅くなり、それに伴い立脚時間や両脚支持期が延長するので、ケイデンスは低下すると考えられる。しかし今回の検討では疲労誘発運動前後でケイデンスは低下しなかった。これは、対象が健常者であり、短外旋筋群の疲労による一時的な筋力低下を股関節浅層の筋群などで代償することにより、疲労誘発運動後でもケイデンスを増加させ、歩行速度や1歩行周期における立脚相の割合を一定に保つことが可能であったと推測される。しかし、疲労誘発運動後には下肢の支持性の指標である立脚時間や両脚支持時間が短縮したことから、股関節深層にある短外旋筋群が下肢の支持性に大きく関与している可能性が示された。【理学療法学研究としての意義】 股関節の短外旋筋群は歩行時の下肢の支持性に寄与していることが明らかとなった。下肢疾患を有する患者や高齢者の歩行の安定性を改善するためには、短外旋筋群の筋力強化が重要である可能性が示唆された。
  • 田中 和彦, 石田 紘也, 上村 直也, 川本 智恵, 吉村 孝之, 上谷 友紀
    p. Aa0137
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 大腿四頭筋は四つの筋より構成され、膝関節の機能としての支持性と可動性の両方を担う重要な組織である。特に臨床上、内側広筋の萎縮は膝関節自動伸展不全や膝蓋骨不安定症との関連があり、その運動療法に関連する報告を散見するが、その対応に苦慮することが多い。  今回、内側広筋の筋線維角を膝関節肢位によって検討するとともに、その得られた知見より運動療法への展開ついて若干の考察を加え報告する。【方法】 対象は本研究に同意を得た健常成人男性10名(平均年齢26±7歳、身長173.4±5.9cm、体重61.2±6.5kg)の右膝関節とした。膝関節に既往のある者は除外した。被検者を端座位とし、超音波診断装置(東芝メディカルシステム社製 Xario)を用いて内側広筋の筋線維を描出した。測定肢位は膝関節伸展位、45°屈曲位、90°屈曲位とし、測定部位は内側広筋の最も遠位部(以下、膝蓋骨内側縁)、膝蓋骨上縁、膝蓋骨上5cm、および10cmの高さの内側広筋とした。 内側広筋の筋線維の描出方法は膝蓋骨内側縁では膝蓋骨上縁レベルの内側広筋に対してプローブを短軸にあて、そこから遠位に移動することで内側広筋の最も遠位部を描出させ、その部位を中心にプローブを回転させながら内側広筋の筋線維が一直線上なる画像を描出した。他の3つは膝蓋骨上の各高さにプローブを短軸にあて、そこから内側に移動することで大腿直筋と内側広筋の筋間中隔を描出させ、筋間中隔を中心にプローブを回転させながら内側広筋の筋線維が一直線上なる画像を描出した。その際のプローブのなす直線と下前腸骨棘と膝蓋骨上縁を結ぶ線との角度を前額面と矢状面よりゴニオメーターを用いて計測した。計測は3回実施し、その平均値を用い、各測定部位における膝関節肢位間の筋線維角を比較検討した。統計処理にはSPSS(17.0)を用いて一元配置の分散分析にて有意水準5%とした。さらに級内相関係数ICC(1,3)、ICC(2,3)にて信頼性を検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者には本研究の目的を十分に説明し同意を得た.【結果】 計測方法における級内相関係数は検者内で0.91、検者間で0.82と高い信頼性を示した。前額面における内側広筋の筋線維角は膝関節伸展位、45°屈曲位、90°屈曲位の順にて膝蓋骨内側縁で平均45.9±7.2°、44.7±5.5°、44.5±4.1°であり、有意差を認めなかった。膝蓋骨上縁で平均45.1±6.3°、40.1±6.0°、40.0±6.2°であり、有意差を認めなかった。5cm上部で平均39.1±4.3°、35.2±3.6°、27.8±5.9°であり、伸展位と45°屈曲位に対して90°屈曲位で有意に鋭角であった。10cm上部で平均35.9±3.5°、28.6±4.8°、24.9±4.9°であり、伸展位に対して45°屈曲位と90°屈曲位で有意に鋭角であった。矢状面上において同様に膝蓋骨内側縁で平均47.9±6.7°、46.8±8.3°、41.6±5.5°であり、有意差を認めなかった。膝蓋骨上縁で平均29.6±5.6°、25.7±6.7°、22.3±5.0°であり、有意差を認めなかった。5cm上部で平均20.3±6.5°、16.6±3.6°、11.0±5.4°であり、伸展位と45°屈曲位に対して90°屈曲位で有意に鋭角であった。10cm上部にて平均16.9±4.1°、12.0±3.3°、9.0±3.3°であり、伸展位に対して45°屈曲位と90°屈曲位で有意に鋭角であった。【考察】 諸家による内側広筋の筋線維角では、林らが解剖用遺体を用いて腱膜板に最も近位で付着する筋線維角は25.6°、膝蓋骨に最も遠位で付着する筋線維角は40.8°と報告しており、Liebらは、切断肢を用いて一般的に呼称される内側広筋の筋線維角で15~18°、斜走線維で50~55°、と報告している。今回の我々の報告との違いは対象を屍体ではなく、成人生体としたために生じたと考えた。さらに我々は伸展位だけでなく、膝関節の各肢位で検討したことで、伸展運動時における内側広筋の筋線維角の変化を知ることができたと考えた。内側広筋の筋収縮方向は膝関節の伸展運動方向と一致していないために内側広筋の筋収縮により生じる張力は前額面上で伸展成分と内側成分に、矢状面上で内側成分と深層成分に分散する。これらの成分は筋線維角から捉えることができる。各肢位における内側広筋の筋線維角の比較より膝蓋骨内側部と膝蓋骨上縁部では全肢位にて筋線維角の変化がなかったため、各成分張力の変化も認めないと考えられる。膝蓋骨5cm上部では90°屈曲位にて鋭角を示したことから伸展成分の増大、内側と深層成分の減少、膝蓋骨10cm上部では45°屈曲位にて鋭角を示したことから伸展成分の増大、内側と深層成分の減少が考えた。 【理学療法学研究としての意義】 内側広筋の運動療法では、内側広筋を分けて捉え、その部位での筋線維角の特徴を踏まえた上で運動に最適な膝関節の肢位や運動範囲を考慮することで、内側広筋の各張力成分に対応した筋収縮を高めることができると考えた。
  • 荒川 高光, 寺島 俊雄, 三木 明徳
    p. Aa0138
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 内側広筋は解剖学的に斜頭が存在すると報告されて以来(Lieb and Perry, 1968)その解剖学的な分類と機能について議論されてきた筋である。しかしながら、内側広筋斜頭に関しては、線維の方向が他の部と違い膝蓋骨に横から付着するもの(Lieb and Perry, 1968)という説が一般的であるが、その線維方向だけで斜頭を決定している報告(Peeler et al., 2005)や大内転筋腱から起こる部分が斜頭であるとする説(Williams, 2005)があり、定義が一定でない。さらには解剖学的に分けられないという報告(Hubbard, 1997)も存在するなど、その解剖学的詳細が明らかになっているとは言い難い。よって今回われわれは、内側広筋の起始と、内側広筋起始の周囲にある広筋内転筋板に着目し、その機能的意義や臨床上の応用について詳細に検討を加えることとした。【方法】 本学医学部の解剖学実習に提供された遺体8体12側(右6側、左6側)を使用した。関係構造物の破損が激しい場合や遺体の固定の状態のため、全例で両側を使用することはできなかった。内側広筋、大内転筋など、広筋内転筋板と関係する筋群を中心に詳細に解剖した。大腿動脈、大腿静脈、大腿神経、およびそれらの枝たちも広筋内転筋板との関係に注意して詳細に解剖した。その後、広筋内転筋板を切開して翻転し、大腿動脈、大腿静脈、大腿神経の枝たちの位置を確認後、それらを適宜翻転しながら、内側広筋を起始に向かって詳細に解剖した。とくに内側広筋の起始・停止を詳細に観察し、スケッチとデジタル画像にて記録した。【説明と同意】 本研究で使用した遺体は死体解剖保存法に基づき、生前に適切な説明をし、同意を得ている。解剖は全て、定められた解剖実習室内にて行った。【結果】 内側広筋と広筋内転筋板は全例で認められた。広筋内転筋板は大内転筋の腱部の一部が外側上方へと張り出して腱膜となるが、12側中10側で長内転筋の停止腱からも広筋内転筋板へ連続する腱膜が存在した。内側広筋の起始を観察すると、大部分は深層の大腿骨粗線内側唇から起こる部が占めるが、下部浅層約4分の1には、広筋内転筋板から起こる内側広筋の筋束があった。深層から起始した筋束も、下部浅層の広筋内転筋板から起こる筋束もお互いに並んで外側下方へと走行した。停止は、膝蓋骨内側へと放散する筋束もあるが、横膝蓋靱帯などの膝関節内側の関節包へと連続するものも一部認められた。【考察】 内転筋管は大腿動脈と大腿静脈が前方から後方へと通過する管であり、その前壁に張る腱膜構造が広筋内転筋板である。今回、われわれの観察により、広筋内転筋板は大内転筋の腱部のみでなく、長内転筋の停止腱からも線維が関与することが明らかになった。内側広筋の下部浅層の筋束は広筋内転筋板から起こり、膝蓋骨や膝関節内側の関節包に停止する。よって内側広筋の下部浅層の筋束は、他の内側広筋の筋束よりも起始が前に位置することとなり、そのため筋腹も前方へと移動する。体表解剖学において内側広筋の下部は外側広筋と比較して前方へ膨らんで観察される。すなわち、体表解剖学的に観察できる内側広筋が前方へ膨らんだ下部こそ、広筋内転筋板から起こる筋束の部である可能性が高い。大内転筋や長内転筋の一部の筋束がその筋の停止腱から広筋内転筋板を介して内側広筋と連続する構造は、機能的に二腹筋の構造を呈していると考えたい。すなわち、大内転筋や長内転筋の収縮があって初めて内側広筋の下部浅層の筋束は起始が固定されるのかもしれない。言い換えれば、立位・歩行時に股関節外転筋群が収縮して片脚立位を保つと、股関節内転筋群の収縮が抑制され、内側広筋の下部浅層の筋束はその起始の固定を失ってしまうため、内側広筋の下部浅層の筋力を十分に発揮できない可能性がある。内側広筋の斜頭は解剖学的には明確に分離できなかったが、広筋内転筋板から起こる筋束として定義することが可能ならば、機能的・臨床的意義は高いと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 長い間問題となっていた内側広筋斜頭の解剖学的事実を明らかにし、内側広筋の機能的・臨床的な応用を新しく提唱できたと考える。
  • ─3次元CTでの解析─
    堀江 翔太, 石原 康成, 立原 久義
    p. Aa0139
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 凍結肩では,肋骨・胸椎と肩甲骨の運動異常が生じており病態の一つと推測されている.しかし,健常者の肋骨運動が明らかになっていないため凍結肩患者での評価を困難にしている.本研究の目的は,健常者における上肢挙上時の肋骨・胸椎と肩甲骨の動きを評価しその特徴と年代による違いを明らかにすることである.【方法】 対象は肩疾患の既往のない健常者で,男性18名,女性15名である.これらを20代の若年者群(以下Y群)(男性10名,女性7名,平均年齢24.9歳)と40~60代の中年者群(以下M群)(男性8例,女性8例,平均年齢51.5歳)の2群に分類して,肋骨・胸椎と肩甲骨の動きを評価し年代別の特徴を検討した.測定方法は,肩下垂位,160°挙上位の2肢位で胸部3次元CTを撮影し,骨格前後像にて肋骨・胸椎と肩甲骨の動きを評価した.肋骨の動きは,肋椎関節を基準として肋骨先端の上下方向への移動距離を測定した.胸椎の動きは,胸椎伸展角度を測定した.肩甲骨の動きは,肩甲棘の角度を測定し,肩甲骨の上方回旋角度に対する肩甲上腕関節での挙上角度の割合(Scapulohumeral rhythm,以下SHR)を測定した.統計学的検討にはMann-Whitney’s U検定を使用した.【倫理的配慮、説明と同意】 病院倫理委員会の承認を得た上で,本研究の目的とリスクについて被験者に十分に説明し,同意を得た.【結果】 対象全体の下垂位から160°挙上位での肋骨移動距離は平均5.6mm(最大は第5肋骨で10.3mm)であった.M群では平均5.2mm(最大は第5肋骨で9.4mm), Y群では平均6.0mm(最大は第5肋骨で11.2mm)であり有意差はなかった.男女別に比較すると,男性ではY群に比べM群の第2~4肋骨で動きが小さかった(p<0.05).女性では2群間に差はなかった.対象全体の下垂位から160°挙上位での胸椎伸展角度は平均3.6°であった.M群では平均3.8°であり,Y群では平均3.4°であり有意差はなかった.対象全体の下垂位から160°挙上位でのSHRは平均2.6であった.M群では平均2.4,Y群では平均3.0であり,M群で有意にSHRが小さかった(p<0.01).男女別に比較すると,男性では2群間に差はなかったが,女性ではY群のSHRが大きかった(p<0.01).【考察】 本研究より,上肢挙上に伴う肋骨運動は年代によらず,第5肋骨を中心に挙上しており,同様な運動パターンを示すことが明らかとなった.また,男性では加齢に伴い肋骨運動が低下する可能性が示唆された.さらに,SHRは若年女性で大きいことが明らかとなった.従来の報告では加齢に伴い肩甲胸郭関節の動きが低下しSHRが大きくなるとされている.しかし,本研究では若年女性でSHRが大きく,肩甲胸郭関節の動きが少なかった.この原因として,現代の女性は昔の女性と比べ生活様式の多様化,体型・下着などの変化により胸郭・肩甲骨運動の変化が生じている可能性がある.このため,若年女性の胸郭・肩甲骨運動は中年女性に比べて少ない傾向にあったと考察した.今後は,現代の若年女性の下着・体型等の変化による身体変化が胸郭・肩甲骨運動に及ぼす影響を検証していきたい.【理学療法学研究としての意義】 凍結肩では,肋骨・胸椎と肩甲骨の運動異常が生じており,病態の一つと推測されている.本研究により,健常者における上肢挙上時の肋骨・胸椎と肩甲骨の動きが明らかとなった.今後,凍結肩患者と比較することで病態を明らかにし,より有効な理学療法を提供できる可能性がある. 
  • ─床反力、股関節屈曲角度に着目して─
    森田 智美, 宮崎 純弥
    p. Aa0140
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 足関節背屈制限を有する場合、一般的な立ち上がり動作と比較して床反力の前方分力・垂直分力が増大すると報告されている。これらは、動作遂行の困難さを示す指標になり得るとも報告されている。しかし、足関節背屈制限は立ち上がり動作を困難にすると考えられるが、具体的にどの程度の制限が動作遂行を妨げるのかは明らかでない。本研究の目的は、短下肢装具を用い4種類の足関節背屈制限を設け、背屈可動域と床反力前方分力・垂直分力のピーク値および離殿時の股関節屈曲角度との関係を明らかにすることで立ち上がり動作に必要な背屈可動域を検討することとした。【方法】 健常な男性30名(年齢:21.3±0.9歳、身長:172.8±5.3cm、体重:63.6±8.8kg)を対象とした。金属支柱付き短下肢装具(ダブルクレンザック)を用いて4種類の可動域(背屈可動域15°,10°,5°,0°)を設定し、各々の装具を左下肢に装着した状態と、制限を設けない状態(一般的な立ち上がり動作)での合計5条件でランダムに椅子からの立ち上がり動作を行った。床反力計とビデオカメラを用いて、各々の条件での前方分力・垂直分力のピーク値および離殿時の股関節屈曲角度を求め、一般的な立ち上がり動作と比較した。統計処理はSSSP Statistics 17.0を用いて一元配置分散分析を行い、有意差が認められた場合にはBonferroniの方法に従い多重比較検定を行った。なお、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は目白大学倫理員会の承認を得た。また、対象者には本研究の趣旨を説明し、書面にて実験への同意を得た。【結果】 一般的な立ち上がり動作では、前方分力・垂直分力の値は離殿時にピークとなり、前方分力は平均68.5±22.7(N)、垂直分力は平均1298.6±64.9(N)、股関節屈曲角度(体幹―大腿のなす角)は離殿時に最小となり、平均55.7±7.2(°)であった。足関節背屈制限を設けた場合、一般的な立ち上がり動作と比較して、前方分力・垂直分力のピーク値の増大および離殿時の股関節屈曲角度の減少がみられた。前方分力のピーク値は背屈可動域5°、0°の条件で、垂直分力のピーク値は背屈可動域0°の条件で有意に増大した。離殿時の股関節屈曲角度は背屈可動域5°、0°の条件で有意に減少した。【考察】 床反力前方分力は床を後方へ蹴る力を表し、垂直分力は床を真下へ踏み込んで重心を上方へ移動させる力を表している。足関節背屈制限を設けた場合、下腿に対して足部が相対的に後方に位置することができない。足部が下腿に対して後方に位置できない状態で立ち上がり動作を行うためには、股関節を過度に屈曲させ重心を前方に移動させる必要がある。また、股関節を過度に屈曲させた状態から重心を上方へ移動させる場合、股関節伸筋群の活動が増加し、床を踏み込む力が増大する。そのため、背屈制限を設けることで前方分力・垂直分力のピーク値の増大および股関節屈曲角度(体幹-大腿のなす角)の減少がみられたと考えられるが、背屈可動域15°、10°の条件では一般的な立ち上がり動作との有意差は認められなかった。以上の事から、立ち上がり動作を容易に行うために必要な背屈可動域は10°以上である可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、日常生活において最も重要な動作の一つである立ち上がり動作について足関節背屈制限が動作に影響を及ぼすについて検討した。その結果、床反力と股関節屈曲角度に及ぼす影響が明らかになり、立ち上がり動作と足関節背屈制限の関係について明らかにした点が理学療法学的意義において価値が高いと考えられる。また、立ち上がり動作分析の基礎的知識と動作能力向上を目指す際の治療的目標になり得ることからも価値のある研究と言える。
  • 高畑 哲郎, 髙橋 精一郎, 中原 雅美, 岡 真一郎, 矢倉 千昭
    p. Aa0141
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 下肢筋の簡易的な筋機能評価として,時間や回数を指標とする椅子立ち上がり動作を用いたパフォーマンステストがある.しかし,立ち上がり動作は対象者の体格の違いにより力学的な仕事量にも差が生じるため,立ち上がりの時間や回数よりも,体格を考慮し力学的な筋パワーを意識した指標の方が下肢筋の筋機能を反映する可能性がある.Takaiらは,中高年者を対象に,10回椅子立ち上がりテスト(Sit-to-Stand test:以下,STS)を実施し,時間や体格などから立ち上がり1回当たりの仕事率を算出したパワー指標は,時間を指標とした従来の方法よりも膝伸展筋の横断面積,等尺性運動での膝伸展トルクと有意な相関があったと報告している.しかし,椅子立ち上がりテストにおけるパワー指標の報告は少なく,パワー指標の加齢による変化を調査した報告はない.そこで,本研究は,若年者と中年者を対象に,年代別によるSTSの所要時間(以下,STS-T)およびパワー指標(以下,STS-P)と等速性膝伸展運動における最大トルク,平均パワーとの関係を検証することを目的とした.【方法】 対象者は健常成人82名(男性41名,女性41名)であった.対象者の基本特性は年齢43.7±17.0歳,身長1.63±0.09m,体重59.0±10.7kg,下肢長0.78±0.05mであった.STSはCsukaらが報告した方法に準じて実施し,STS-Tを測定した.STS-PはTakaiらが報告した次式で求めた.STS-P(W)= [下肢長(m)-椅子の高さ(m)]×体重(kg)×重力加速度(m/s2)×立ち上がり回数(回)/立ち上がり時間(s).筋機能測定はBiodex(Biodex社)を用いて,利き足の等速性膝伸展力を測定した.角速度は60deg/sec,180deg/secに設定し,各々5回,10回の膝関節伸展運動を最大努力で行わせ,最大トルク,平均パワーを測定した.統計解析は,対象を若年者群(20~30代),中年者群(50~60代)に分類し,群間における基本特性,STS-T,STS-Pおよび等速性膝伸展力測定の結果の比較にはMann-Whitney U検定を用い,STS-T,STS-Pと等速性膝伸展力との関係についてはSpearmanの順位相関係数を用い,危険率5%未満をもって有意とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は国際医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得ており,全ての対象者に書面にて研究の目的,内容を説明し,同意を得たうえで測定を実施した.【結果】 基本特性,測定結果の年代による比較では,身長,体重,下肢長および STS-Pに有意差がなかった.STS-T,STS-Pと膝伸展筋力との関係において,STS-Tは若年者,中年者ともに膝伸展筋力と有意な相関がなかった.STS-Pは,若年者では60 deg/secの最大トルク(r=0.85,p<0.01)および平均パワー(r=0.87,p<0.01),180 deg/secの最大トルク(r=0.84,p<0.01)および平均パワー(r=0.84,p<0.01)と高い正の相関があった.中年者では60 deg/secの最大トルク(r=0.72,p<0.01)および平均パワー(r=0.71,p<0.01),180 deg/secの最大トルク(r=0.76,p<0.01)および平均パワー(r=0.74,p<0.01)と高い正の相関があった. 【考察】 STS-P(動作能力による指標)は下肢筋の筋機能を反映するものの,年代による差がみられなかったことにより,中年までは加齢による変化が小さいことが示された.これは,一般に加齢による筋機能低下は中年以降にその低下率が大きくなること,また椅子立ち上がり動作のようなパフォーマンスはバランス能力なども含む複合的な動作であるため,加齢による下肢筋の筋機能低下の程度と必ずしも一致しないことが理由として考えられる.STS-Pに等速性膝伸展力との高い正の相関がみられたことにより,下肢筋機能を評価する際には筋パワーを意識した力学的な指標を用いることが有用であると考えられるが,今後70~80代の高齢者も含め,さらに対象数を増やし,加齢による筋機能とSTS-Pとの関係の変化を明らかにする必要があると考える. 【理学療法学研究としての意義】 力学的な指標としてのSTS-Pと下肢筋の筋機能との関係,また加齢による変化を明らかにすることは,リハビリテーション対象者への下肢筋機能評価における一助になると考える.
  • 吉田 忠義, 梁川 和也, 藤澤 宏幸
    p. Aa0142
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 理学療法を行う際、対象者に一足一段と二足一段の階段昇降練習や指導を行う。これまで、我々は一足一段と二足一段という異なる昇段パターンで速度と運動効率の関係を検討した。その結果、遅い速度では一足一段の運動効率は二足一段よりも低い値を示した。これは遅い速度での階段昇段において、一足一段のステップ頻度が二足一段よりも少なくゆっくりと昇段し、片脚立位姿勢保持といった鉛直方向への重心移動に関与しない筋活動に酸素を多く消費したためと考えられる。また、遅い速度において一足一段の長い片脚立位姿勢保持が運動効率を低下させているならば、単脚支持相の時間を短く、つまりは、片脚立位姿勢保持時間を短くすることで効率を改善させられる可能性が考えられる。臨床においては、低体力者に遅い速度にて一足一段の階段昇段を指導する場合もあり、効率の良い一足一段を指導することができれば、身体への負荷も軽減できると考える。以上の経緯より、本研究の目的は階段昇段における一足一段の単脚支持相の時間変化が運動効率に与える影響を明らかにすることである。【方法】 対象は健常成人男性11名で年齢23.3±2.7歳、身長169.9±3.6cm、体重65.6±6.0kgであった。階段は、公共の階段(段差17.5cm、奥行き30.0cm、23段/階、傾斜角30°)を使用した。階段昇段における単脚支持相の時間条件は、一足一段で鉛直方向への速度(ステップ頻度)を3.5m/min(20steps/min)として、ステップ頻度に自然に合わせた昇段(以下、普通)とステップ頻度に合わせながら単脚支持相の時間を短くした昇段(以下、短縮)の2条件とした。階段昇段は、一人の被験者が2条件を実施するように無作為に抽出し、それぞれの条件で3分間の連続階段昇段を行った。安静時間は各条件で5分とした。測定項目は、酸素摂取量(VO2)と心拍数とした。また、測定機器は携帯型呼気ガス分析装置(アニマ社製AT‐1100)、ポラール心拍計(キャノントレーディング社製S610i)、デジタルメトロノーム(セイコー社製SQ100‐88)を用いた。階段昇段時のVO2は、3分目の定常状態を確認し、それを代表値として体重で除して標準化した。階段昇段時の運動効率は、Gaesserらの報告した機械的仕事を階段昇段時の消費エネルギーで除して百分率として算出した。統計解析は昇段時のVO2と運動効率に対して、単脚支持相の時間条件の比較のために対応のあるt検定を用いた。統計学的有意水準は危険率5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には事前に研究の趣旨や安全性を十分に説明し、書面にて実験参加の同意を得た。【結果】 階段昇段の普通と短縮のVO2を比較した結果、短縮は普通よりも有意に低い値を示した(p<0.05)。一方、普通と短縮の運動効率の比較では、短縮は普通よりも有意に高い値を示した(p<0.01)。【考察】 本研究の結果、単脚支持相の時間を短縮したほうが普通よりも運動効率は高い値を示した。普通の昇段は、ステップ頻度に自然に合わせたリズムで昇段するため、短縮よりも片脚立位姿勢保持を要求される。そのため、普通の昇段は短縮よりも片脚立位姿勢保持といった重心移動に関与しない筋活動に酸素を多く消費したため、運動効率は短縮よりも低くなったと考えられる。一方、短縮の昇段はステップ頻度に合わせながら単脚支持相の時間を短く昇段するため、普通の昇段よりも両脚支持の時間が長くなり運動効率が高くなったと考える。したがって、階段昇段における運動効率には、片脚立位姿勢保持への酸素消費が関係し、単脚支持相の時間を短縮することにより,効率を改善できることが明らかになった。【理学療法学研究としての意義】 階段昇段において単脚支持相の時間を短縮する指導は、低体力者への介入として有用であると考える。
  • ─床上動作と椅子動作の比較─
    佐々木 和宏, 神先 秀人
    p. Aa0143
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 本研究の目的は,高齢者における身体機能の維持を図る上で和式生活の意義を検討するために,椅子への着座・起立動作と床への着座・起立動作の差異を,体幹・下肢の筋活動および運動学的観点から明らかにすることである.【方法】 床上における着座・起立動作を日常的に行っている高齢者15名(男性10名,女性5名;年齢74±5歳)を対象とした.計測には三次元動作解析装置,表面筋電計,床反力計を用いた.各被験者には三次元計測に使用する赤外線反射マーカーを身体の35箇所(plug in gait全身モデル)と,筋電図測定のための電極を右側第4腰椎レベルの腰部脊柱起立筋,外側広筋,大腿二頭筋,前脛骨筋,腓腹筋外側頭に貼付した.動作は椅子への着座・起立動作と,3種類の床への着座・起立動作 (床上動作)の合計4種の課題を行った.床上動作は1.四つ這い位を経由する,正座から立位,2.しゃがみ位を経由する,長座位から立位,3.片膝立ち位を経由する,正座から立位の3課題である.各試行より動作時間,運動学的データとして3方向における重心移動の軌跡,股関節,膝関節,足関節の屈伸(底背屈)角度,腰椎の前後屈角度,体幹の傾斜角度を,筋電図学的データとして平均筋電位,最大筋電位,筋積分値を算出した。また,得られた1回の着座・起立動作における筋積分値を歩行時の筋積分値にて除し,歩数へと換算し1日の活動量に対する影響を考察した.統計処理は各パラメータの3回の平均値を用いて,反復測定分散分析および多重比較検定を行い,各条件間で比較した.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は山形県立保健医療大学倫理委員会の承認を得ている.また被験者には測定前に研究の目的や方法について説明し,文章にて同意を得た【結果】 全ての床上動作は椅子動作と比較し,動作時間が有意に延長した.重心移動幅に関して,側方移動幅は全ての床上動作,前後移動幅は四つ這い位としゃがみ位経由の床上動作が椅子動作と比較し有意に大きな値を示した.矢状面の関節運動範囲に関しては,体幹,膝関節,足関節において,床上動作が椅子動作と比較し高い値を示した.筋活動に関して,平均筋電位は,四つ這い位経由の床上動作時の脊柱起立筋と外側広筋が椅子動作と同程度であり,しゃがみ位経由の床上動作時の脊柱起立筋と外側広筋は有意に減少していた.最大筋電位および筋積分値,筋活動量を歩数に換算した値は,3種類の床上動作における全被験筋の値が椅子動作より有意に大きい値を示した.特に片膝立ち位経由の床上動作が最も高い値を示し,歩数への換算値においては椅子動作の歩数換算値がそれぞれ脊柱起立筋9.2歩,外側広筋14.8歩,大腿二頭筋5.1歩,前脛骨筋8.7歩,腓腹筋3.2歩であり,片膝立ち位経由の床上動作における歩数換算値は,脊柱起立筋25.0歩,外側広筋37.2歩,大腿二頭筋28.5歩,前脛骨筋27.2歩,腓腹筋20.0歩と椅子動作と比較し有意に多い歩数となった.【考察】 本研究の結果より,床上動作は椅子動作と比較し大きな重心移動や,体幹・下肢関節可動域を必要とすることを示された。 特に床上動作は椅子動作と比較し,膝関節伸筋だけではなく足関節底背屈筋のより大きな筋活動を必要とすることがわかった.前脛骨筋を含めた足関節背屈筋の低下は膝伸展筋と同様,転倒の危険因子として挙げられていることから,床上動作の継続が転倒予防の運動学的一要因として有効である可能性が示唆された.また,下腿三頭筋を含めた足関節底屈筋の低下は歩行速度の低下と有意に相関があるとされており,床上動作の継続が,歩行速度の維持に貢献できる可能性があると考えられた.したがって,床上動作を高齢者の生活パターンの一部として取り入れることは,椅子動作のみの生活パターンと比較し,高齢者における関節可動域や筋力,バランス機能の維持に有効である可能性が示唆された.但し、加齢による身体機能低下により,動作時における転倒の危険性増加や,関節に過度の負担を強いるといったリスクも考えられる.また,個人の精神的価値観,社会的価値観,環境因子も影響するため,今後それらの要因を含めた,床上動作継続の意義を検討する必要があると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 日常での生活レベルや運動機会の維持が身体機能低下の予防に重要であると考えられる.そして,これらの活動量の比較を生活全体の中で行う必要があると思われる.本研究ではこの比較を起居動作に限定して行った.その結果,床上動作が椅子動作よりも多くの筋活動,体幹・下肢関節運動範囲,重心移動幅を必要とすることが明らかになった.このことにより,和式生活を維持することの意義を運動学的に説明することができたと考える.
  • 新井 清代, 丸山 仁司, 勝平 純司
    p. Aa0144
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 寝返り動作は身体背部すべてがベッド上に接した状態で開始され,支持基底面が連続的に変化する非常に複雑な動作であり,動作を客観的に分析した研究はわずかである.このことから,理学療法士が患者に対し寝返り動作を指導する場合,様々な動作方法で行われている現状にある.また,若年健常者における寝返り動作開始時,下肢での床押し力で体幹運動パターン(骨盤と肩甲帯が分離して回旋,骨盤と肩甲帯が同時に回旋)が判別できると報告されている.そこで本研究は,寝返り動作のパターンを決定する要因が動作にどのような運動学,運動力学的な影響を及ぼすかを明らかにすることを目的とした.【方法】 対象は若年健常者11名(平均年齢21.9±1.8歳)とした.計測は体表に赤外線反射マーカー26点を貼付し,三次元動作解析システムVICON 612(カメラ8台)と筋電計(DKH社)を用いて行った.寝返り動作計測に先立ち,静止立位の測定を行い,その後,動作時間(「できるだけ速く」,「3秒」)と下肢での床押し力(「床をできるだけ強くおす」,「床をできるだけ押さない」)で条件設定し,右側への寝返り動作を施行させた.計測したマーカー位置より上部体幹(体幹に対する頭部の)角度,下部体幹(骨盤に対する体幹の)角度を算出し,静止立位角度により補正した.動作時のベッド床反力の変化を簡易ベッド下に配置した6枚の床反力計により計測した.動作時の右内・左外腹斜筋,右腹直筋,左腰背筋の筋活動を筋電計より計測した.各筋電図測定値は最大随意収縮時の振幅値を100%として正規化した.各条件下で行った測定値の平均を最大随意収縮値で除し,最大随意収縮に対する割合(%MVC)を求めた.分析は,体幹角度,体幹筋活動値,ベッド床反力値の平均値を従属変数とし,動作時間と下肢での床押し力の2要因で二元配置分散分析を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,国際医療福祉大学倫理委員会の承認を得,対象者に書面及び口頭にて説明し,承諾を得て行った.【結果】 体幹角度では,下肢での床押し力の要因で,上部体幹の屈伸角度,下部体幹の屈伸・回旋角度に主効果がみられ,強い床押しをさせた場合,動作中の体幹角度の減少と骨盤からの回旋運動が起こる動作パターンとなる傾向がみられた.一方,床を押さないよう指示した動作では,動作中の体幹角度の増大と頭部からの回旋運動が起こる動作パターンとなる傾向がみられた.体幹筋活動では,下肢での床押し力の要因により,腹直筋・外腹斜筋活動値に主効果がみられ,強い床押しをさせた場合,腹直筋・外腹斜筋活動値の減少が見られた.ベッド床反力は,動作時間において,左右成分に主効果がみられ,動作時間が速い動作の方が,大きい値を示していた.【考察】 寝返り動作開始時,下肢で強く床を押させた動作では,体幹角度値が小さくなったことから,体幹パターンは骨盤と肩甲帯があまり分離しないで回旋するパターンとなることを意味していた.しかし,床押しにより,動作開始時に骨盤の速い回旋運動が起こることで,床押しをできるだけさせないように指示した動作に比べ,動作中の腹直筋・外腹斜筋活動値の減少が見られた.一方,床押しをできるだけさせないよう指示した動作では,骨盤と肩甲帯の分離は大きいが,頭部・肩甲帯からの回旋運動となり,動作中の体幹角度や腹直筋・外腹斜筋活動値が大きい値となっていた.すなわち,強い床押しは,床押しにより得られた反動を利用し,骨盤の速い回旋運動が誘発され,身体の中で比較的重い骨盤・下肢からの動作となるため,腹直筋・外腹斜筋活動値の減少が見られたと考えられた.骨盤と肩甲帯の分離運動は,寝返り動作のみならず,起き上がり,前方リーチ,その場での360°ターンといった身体活動において重要な要素である.しかし,本研究の結果より,寝返り動作開始時,下肢での床押しを利用することで,体幹の分離運動のみならず,下部体幹(骨盤)からの分離運動を行わせることで腹直筋・外腹斜筋活動の面では効率の良い動作が行えると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 今回の寝返り動作における運動学的分析により,下肢での床押し力を活用させた寝返り動作では,速い骨盤の回旋運動が起こることで,腹直筋・外腹斜筋活動が減少することが明らかとなった.これらの結果は,腹直筋・外腹斜筋の筋力低下を有する症例に対し,動作指導を行う場合に有効であると考えた.
  • ─人工股関節置換術後症例を対象とした検討─
    南角 学, 秋山 治彦, 西村 純, 藤田 容子, 吉岡 佑二, 河合 春菜, 西川 徹, 柿木 良介
    p. Aa0145
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 進行期または末期の変形性股関節症患者では,日常生活で痛みの回避や歩行の安定性を得るために杖の使用を余儀なくされる.一方,人工股関節置換術(以下,THA)術後で股関節痛が改善すると,独歩(杖などの歩行補助具を使用しない歩行)の獲得や歩容の改善を目標に,運動療法に取り組むことが多い.片麻痺や大腿骨頸部骨折後の症例では,日常生活での移動手段に関連する運動機能や移動手段を判別できる明確な基準値が明らかとされており,より適切かつ根拠のある目標設定が可能となっている.しかし,THA術後の日常生活における移動手段に関わる因子を詳細に検討した報告は少なく,不明な点が多い.そこで,本研究の目的は,THA術後6ヶ月の日常生活における移動手段に関わる因子ならびに移動手段を判別できるカットオフ値を明らかとすることである.【方法】 対象は片側変形性股関節症により初回THAを施行され,術後6ヶ月が経過した72名(男性15名,女性57名,年齢:60.1±11.8歳,BMI:22.6±3.3kg/m2)とした.手術方法は全例前外側アプローチ方法であり,術後の理学療法は当院のプロトコールに準じて行い,術後4週で退院となった.THA術後6ヶ月における術側の下肢運動機能として,股関節痛,股関節屈曲の関節可動域,股関節外転筋力,膝関節伸展筋力,脚伸展筋力を測定した.股関節痛は日本整形外科学会の股関節判定基準の点数,股関節屈曲の関節可動域はゴニオメーターを用いて測定した.また,股関節外転筋力は徒手筋力計(日本MEDIX社製),膝関節伸展筋力および脚伸展筋力はIsoforce GT-330(OG技研社製)により等尺性筋力を測定した.股関節外転と膝関節伸展筋力値はトルク体重比(Nm/kg),脚伸展筋力は体重比(N/kg)にて算出した.さらに,THA術後6ヶ月での移動手段を調査し,日常生活において杖を使用していない症例(以下,A群)と,杖を使用している症例(以下,B群)の2群に分けた.統計処理には,各測定項目の2群間の比較は,カイ2乗検定,対応のないt検定,Mann-WhitneyのU検定を用いた.また,2群間で有意差を認めた項目を説明変数,THA術後6ヶ月の移動手段を目的変数としたロジスティック回帰分析を行った.さらに,ロジスティック回帰分析により有意な項目として選択された要因については,ROC曲線を用いてTHA術後6ヶ月の杖使用の有無を最適に分類するカットオフ値および感度と特異度を求めるとともに曲線下面積(以下,AUC)を算出した.なお,統計学的有意基準は5%未満とした.【説明と同意】 本研究は京都大学医学部の倫理委員会の承認を受け,各対象者には本研究の趣旨ならびに目的を詳細に説明し,研究への参加に対する同意を得て実施した.【結果と考察】 両群の割合はA群41名(56.9%),B群31名(43.1%)であった.年齢は,A群56.3±11.5歳,B群65.1±10.5歳であり,B群がA群と比較して有意に高い値を示した.性別,BMI,股関節痛,股関節屈曲角度に関しては,両群間で有意差を認めなかった.また,下肢筋力に関しては,股関節外転筋力はA群0.76±0.20(Nm/kg),B群0.58±0.21(Nm/kg),膝関節伸展筋力はA群2.11±0.62(Nm/kg),B群1.54±0.50(Nm/kg),脚伸展筋力はA群11.16±3.88(N/kg),B群6.11±1.87(N/kg)であり,全ての下肢筋力はB群と比較してA群のほうが有意に高い値を示した.ロジスティック重回帰分析を行った結果,THA術後6ヶ月での杖使用の有無に関わる因子として年齢と脚伸展筋力が選択された.さらに,年齢のROC曲線より求めたカットオフ値は67.5歳(感度51.6%,特異度87.8%)であり,AUCは0.70であった.また,脚伸展筋力のROC曲線より求めたカットオフ値は8.07(N/kg)(感度87.1%,特異度82.9%)であり,AUCは0.92であった.以上から,THA術後6ヶ月における杖使用の有無に関わる最も重要な評価項目は脚伸展筋力であることが明らかとなった.さらに,THA術後6ヶ月における脚伸展筋力が8.07(N/kg)以上の症例は,術後6ヶ月の日常生活において杖が不要となる可能性が高くなることが示された.【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は,THA術後の運動療法を実施していくためのより適切かつ根拠のある目標設定のために有用な情報であり, 理学療法学研究として意義のあるものと考えられた.
  • 馬場 康博, 対馬 栄輝, 重岡 直基
    p. Aa0146
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 歩行中の体幹運動の異常を把握するために,立位での体幹の姿勢反応を評価することがある.対して端座位における体幹の姿勢反応は,下肢の影響を極力取り除いた体幹機能を表していると考える.下肢に機能的異常を来す者では,下肢の影響を受ける立位と端座位の体幹姿勢反応は異なるはずである.しかし体幹・下肢に障害の見られない健常者では,立位と端座位での体幹姿勢反応は,ほとんど相違ないと推測する.そこで,基礎的な知見を得るために,健常成人を対象とした立位と端座位における体幹姿勢反応の比較を行った.具体的には,立位・端座位のそれぞれで体重を左右に移動させたときの肩甲帯と骨盤の傾斜角度を測定し,その関連性について検討した.【方法】 対象は健常成人41名とした.平均年齢は23.0±3.1歳,身長は166.9±6.4cm,体重は58.3±6.3kgであった.あらかじめ被験者の左右肩峰と左右腸骨稜に,マーカーとして直径2.5cmの赤色玉ウキを貼付した.端座位における測定では,被験者を治療台に深く腰掛け,下腿と台の間は手掌1枚分空くようにさせ,足底は非接地となるようにした.立位の測定では,開始肢位は両下肢を股関節の幅程度に開くようにさせた.端座位,立位のどちらにおいても両上肢を胸の前で組ませ,被験者には「体重を左(右)へ,できるだけ遠くまで移動して下さい」という指示を与え,最大限に側方へ体重移動させた.測定の順序は,立位,端座位の順で行い,左右の施行順序はランダムとし,左右とも2回ずつ実施した.測定の前に,動作を習得させるための練習として,左右方向へ各1回ずつ運動を行わせた.これらの運動で側方移動時の姿勢は各被験者の任意とし,端座位における殿部,また立位における下肢が支持面から離れることも被験者の任意とした.被験者には最大に移動した姿勢を保持した状態で「はい」と言わせた.一連の運動は,デジタルスチルカメラ(CASIO社製EXFH100)を用いて240fpsで撮影した.カメラは,前額面後方の2.5mの位置に,被検者が可能な限りカメラの中心に写るように設置した.記録した映像はパソコンにてArea61ビデオブラウザver.5.3.1(freeware)を用いて静止画として保存した.静止画をもとに,画像解析ソフトImageJver.1.41(freeware)を用いて,マーカーを目印に左右肩峰を結ぶ線と水平線のなす角度(肩甲帯傾斜角度),および左右腸骨稜を結ぶ線と水平線のなす角度(骨盤傾斜角度)を測定し,2回分の平均をデータとした.また骨盤傾斜角度から肩甲帯傾斜角度を引いた値を体幹の立ち直り角度とした.以上の手順は全て同一の検者が行い,事前に再現性(ICC(1,1)ρ=0.91~0.95)が高いことを確認した.画像の解析によって得られた左右方向の肩甲帯傾斜角度,骨盤傾斜角度,体幹の立ち直り角度において,立位と端座位の間の相関係数を求めた.統計的解析にはSPSS12.0Jを用いた.【倫理的配慮】 この研究はヘルシンキ宣言に基づき,被験者には実験前に実験内容を十分に説明し,書面で同意を得た.また,弘前大学大学院医学研究科倫理委員会の承認を受けて実施した(整理番号:2010‐150).【結果】 左右の肩甲帯傾斜角度,骨盤傾斜角度,体幹の立ち直り角度について,立位と端座位の関係をPearsonの相関係数によって求めたところ,右方は順にr=0.75(p<0.01),r=0.17,r=0.65(p<0.01),左方は順にr=0.68(p<0.01),r=0.28,r=0.51(p<0.01)であった.【考察】 立位と端座位における肩甲帯傾斜角度と体幹の立ち直り角度は高い相関があった.このことから立位と端座位の姿勢調節として肩甲帯と胸腰部は,同様の姿勢戦略で対応していたと考える.しかし,骨盤傾斜角度は立位と端座位で有意な相関を認めなかった.これは,骨盤が下肢機能の影響を受けている可能性を表しているかもしれない.立位においては,体重移動側と反対側の下肢の姿勢反応によって,端座位とは異なったと推測する.例えば,下肢に障害を来す患者の立位と端座位の肩甲帯傾斜角度と体幹の立ち直り角度を観察して,その違いを検討すると,下肢障害の影響を推定する上でも,有効な情報となるだろう.【理学療法学研究としての意義】 立位と端座位の姿勢反応の関係が明確になったことにより,立位と端座位の姿勢反応が異なる例では,その原因を追究する必要性があるといえる.また,下肢の整形外科疾患で術後免荷を要される時期であっても,端座位で姿勢反応から立位の姿勢反応を推測するための指標,さらには治療の一指標となり得る点でも本研究の意義がある.
  • 中西 純菜, 木藤 伸宏, 仲保 徹, 松岡 さおり, 冨永 渚, 日野 敏明, 原口 和史
    p. Aa0147
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 特徴的な不良姿勢と呼吸運動の異常は結びつくことが多い。理学療法の臨床において,呼吸困難を有する患者に対し,姿勢を改善することで呼吸困難が緩和することは報告されている。しかし,実際に不良姿勢が胸郭運動にどのような影響を与えているかは明らかにされてない。そこで本研究では座位姿勢に着目し,骨盤傾斜角度を変化させた時の胸郭運動に及ぼす影響について検討したので報告する。【方法】 被験者は,健常男性7名(平均年齢22.6±4歳)とし,取り込み基準は,脊柱や肋骨に外傷の既往のない者,著明な呼吸器疾患を有さない者,非喫煙者とした。座位条件は,足底非接地状態で骨盤を中間位にした座位,人為的に骨盤を後傾位にした座位の2条件とした。骨盤後傾は傾斜角度計にて同側のASISとPSISの角度を計測し,明らかに中間位と異なることを確認した。計測の各条件組み合わせを,(1)骨盤中間位での座位-骨盤後傾位での座位と,(2)骨盤後傾位での座位-骨盤中間位での座位の2つとし,ランダムに実施した。計測課題は,まず任意座位での最大吸気と最大呼気を計測した後、各条件で通常呼吸と深呼吸を,それぞれ吸気から5回行った。呼吸速度は任意の速度とした。計測はカメラ8台よりなる三次元動作解析システム(Vicon Motion Systems社,Oxford)を用いて,体表に26個のマーカーを貼付して行った。マーカーの位置から全胸郭容積と,さらに胸郭を左右上部胸郭、左右下部胸郭の4つに区分した。各々の6面体の容積は,Fortranで作成した容積計算プログラムにより求めた。算出した胸郭容積から,吸気時の最大容積を最大値,呼気時の最小容積を最小値,その差を変化量とし,各々の条件から求めた。各々の条件での胸郭容積の最大値,最小値,変化量は,最大吸気と最大呼気の各値で正規化した。統計学的解析には対応のあるt-検定を用い,深呼吸,通常呼吸時の容積の最大値,最小値,変化量を骨盤中間位と後傾位で比較した。優位水準は5%とした。【説明と同意】 本研究は、ヘルシンキ宣言に基づき計画し、広島国際大学の倫理委員会にて承認を得た。さらに,本研究はすべての被験者に研究の目的と内容を説明し,文章による研究参加への同意を得た後に実施した。【結果】 骨盤後傾座位時の骨盤後傾角度は,31.09±6.22°であり,骨盤中間位座位時の骨盤後傾角度15.59±5.90°より有意に後傾していた。深呼吸時において,骨盤後傾座位時の全胸郭容積の最大値(94.01±1.51%)と下部胸郭容積の最大値(91.75±4.03%)は,骨盤中間座位時の全胸郭容積の最大値(96.90±2.49%)と下部胸郭容積の最大値(96.77±3.81%)よりも有意に小さかった(p<0.05)。その他のパラメータは,骨盤後傾座位時と骨盤中間座位時において有意差は認められなかった。通常呼吸時において,全てのパラメータは,骨盤後傾座位時と骨盤中間座位時において有意差は認められなかった。【考察】 本研究結果より,通常呼吸では,骨盤後傾位と骨盤中間位での胸郭容積の最大値と最小値全てにおいて有意差は認められなかった。通常呼吸において,吸気は横隔膜が下降することによって行われているため,大きなエネルギーを必要としない。つまり,通常呼吸時の骨盤中間位と骨盤後傾位では,有意差を生じるほどの胸郭運動の変化を引き起こすまでには至らなかったものと推測される。さらに,本研究結果より非足底接地状態での座位姿勢において,骨盤後傾位での深呼吸では骨盤中間位と比較して,吸気時に下部胸郭の運動が拡張せず,呼気時により縮小することを示した。これは通常呼吸とは異なり,骨盤後傾位に伴う胸椎後彎の増加した姿勢では,横隔膜が弛緩し,下降している状態であり,吸気時に横隔膜が機能せず十分な吸気を行うことができない。そのため,腹部を膨張させることにより腹腔を陰圧化して横隔膜の下降を補助していると考えられ,この作用により吸気量を確保していることが推測できる。本研究結果から観察された骨盤後傾位での深呼吸時の胸郭運動様式は,横隔膜の機能低下を招き,呼吸機能障害に寄与する要因の一つとなりえることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果より,骨盤後傾座位の結果、脊柱後彎により呼吸様式が非効率的なものになり,呼吸機能に悪影響を与えていることが示唆された。骨盤後傾座位は呼吸に対して胸郭運動の機能低下を引き起こし,機械性受容器への関与や横隔膜の機能低下,mechanical linkageの破綻といった,筋骨格系や神経生理学系へも影響を与えていると推測される。よって,骨盤後傾座位の改善を図ることで,呼吸しやすい環境を作り,より効率的なアプローチが可能になるものと考える。
  • 斉藤 嵩, 勝平 純司, 丸山 仁司
    p. Aa0148
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 運動連鎖は関節運動が隣接する関節に運動を波及することを指し,理学療法の評価,治療の際にもよく用いられる.入谷らは足関節回内が下腿内旋,大腿内旋を起こすと述べている.また,最近の三次元動作解析装置を用いた研究により両脚立位,片脚立位時の足関節肢位の影響が体幹部の運動に連鎖すると報告されている.しかし,これらの研究は足関節肢位の設定を回内位のみで行っている.そのため,両脚立位では運動の自由度に欠けること,また,片脚立位では狭い支持基底面内でバランスを保持するために体幹部に姿勢変化が起きたのか,足関節肢位の違いが姿勢変化を起こしたのかはわからない.よって,今回は,足関節肢位を前後,左右軸周りの全極性の角度を用いて設定し,片脚立位を計測することで,足関節肢位の変化が下肢関節,骨盤,胸郭に運動学的にどのような変化を与えるかを明らかにし,足関節が起こす運動連鎖を理学療法の評価に役立てることを目的とする.【方法】 対象は整形外科疾患および神経疾患などの既往のない健常若年成人男性36名(年齢22.5±2.8歳,身長170.8±5.3cm,体重62.9±8.2kg)とした.計測動作は10秒間の片脚立位とした.計測条件は通常の片脚立位(以下Normal)に10°の斜面台を利用して足関節を回内位,回外位,底屈位,背屈位に変化させた片脚立位4条件を加えた計5条件とした.片脚立位は右足を立脚側とし,左足を股関節,膝関節90°とし,遊脚側とした.計測機器には三次元動作解析装置(VIOCON社製)を用いた.計測パラメータは関節角度(足関節角度,膝関節,股関節,骨盤角度,胸郭角度,骨盤に対する胸郭角度)とした.解析には安定した3秒間のデータの平均値を用いた.統計学的処理はPASW18.0 を用い,多重比較検定Bonferroni法を使用し,各条件間で比較した.有意性の判定は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は国際医療福祉大学院の倫理委員会の承認を得た後,被験者には十分説明をし,文書による同意を得てから行った.【結果】 足関節肢位は斜面台により変化させることができた.矢状面上では回内位,回外位,底屈位で膝関節屈曲角度のみに変化がみとめられ,有意に増大した.前額面上では,回内位にて骨盤右傾斜角度,胸郭左傾斜角度が他の条件に比べて有意に増大した.回外位では他の条件に比べ,有意に膝関節外反角度が減少し,股関節外転角度が増大した.水平面上では,胸郭角度には条件間で有意差がみられなかった.一方,骨盤,股関節は回内位,背屈位とNormal,回外位,底屈位との間で有意差がみられ,回外位,底屈位ではNormal,回内位,背屈位との間でも有意差がみられた.【考察】 矢状面上では,Normalと比べ他の条件間で有意差がみられたのは,回内位,回外位,底屈位での膝屈曲角度の増大のみであった.これは矢状面上で起こる足関節肢位の変化は,膝関節のみで対応できたことを示している. 水平面上では骨盤と股関節に有意差がみられた.外返し動作には回内と背屈が含まれ,内返し動作には回外と底屈が含まれる.骨盤と股関節には外返しを含む肢位と内返しを含む肢位の間で有意差がみられたが,胸郭回旋角度には有意差がみられなかった.このことは,水平面上では,足関節肢位による影響を打ち消すように股関節と骨盤の角度変化が生じて,胸郭まではその影響が至らないような運動連鎖を用いているためと考えられる.しかし,前額面上ではNormalに対し,回内位では骨盤と胸郭の側屈角度に有意差がみられた.回外位ではNormalに対し,膝関節,股関節に有意差がみられた.回内位では,斜面台10°の設定では関節可動域による調整域が狭く,下腿部を大きく外側に傾斜することができないため,体幹部にてコントロールした.それに対し,回外位では可動域は20°であるため調整域が回内位に比べて広いため,下肢でのみ対応できたと考える.【理学療法学研究としての意義】 片脚立位は支持基底面内の床反力作用点を全身によりコントロールする動作である.先行研究では,足関節回内位が両脚立位,片脚立位時に下肢,骨盤に影響を与えることがわかっていた.今回の研究により新しく,足関節の状態に関わらず,主に骨盤以下の関節による運動連鎖を用いて姿勢を安定させることがわかった.これらの結果は,健常若年成人から得られたものであるが,疾患者を対象とした理学療法における評価,治療の際の一指標として役立てることができると考える.
  • 田中 勇治, 望月 久
    p. Aa0149
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 高齢者の転倒率は,一般成人より高いことが知られている.高齢者の転倒は種々の要因により説明されているが,その中で立位姿勢のバランスが重要であることが報告されている.実際の転倒状況において支持基底面が固定された立位での動作中や立ち上がり座り動作時などでの転倒報告があり,立位姿勢が不安定であることが推測される.一方,いわゆる重心動揺のような静的バランスとは関係しないとの報告が散見される.このような動作時には支持基底面を固定した状態で随意的に重心を移動する範囲(重心移動域)が狭くなっていると考えられる.広い重心移動域を有していれば,立位でのリーチ動作,振り向き動作また歩行開始時に安定した状態から動き出すことが可能であると考えられる.したがって重心移動域を測定すれば立位姿勢の安定性を評価することが可能である.そこで本研究では,立位姿勢の安定性と関係が深いと考えられる重心移動能力の加齢による変化を明らかにするため,立位姿勢で前後および左右への重心移動域,重心動揺面積を測定し,さらにこれらの結果から得られる安定域面積および姿勢安定度評価指標(以下,IPS)について加齢との関係を検討した.【方法】 被験者は事前に測定に関する十分な説明を行い同意を得た104名(女57名,男47名,年齢18-96歳)であった.18~80歳の学生と大学職員および60歳以上の養護老人ホーム居住者のうち明白な中枢神経疾患のない者で,このうち60歳以上の者については過去1年間の転倒経験回数を聞き取り調査した.測定には重心動揺計を使用した.測定位は,足底内側を10cm離した開脚立位とし,支持基底面の中央付近で最も安定した位置,および随意的に重心を前方,後方,右方,左方に移動した位置でそれぞれ10秒間足圧中心を測定した.前後移動域は前方および後方の動揺中心間の距離,左右移動域は右方および左方の動揺中心間の距離とした.また,この2つの距離を乗じて安定域面積を求めた.重心動揺面積は5つの重心動揺面積の平均値とした.IPSは元法に従ってlog[(安定域面積+重心動揺面積)/重心動揺面積]で求めた.さらに立位姿勢の安定性を簡便に測定可能なfunctional reach test(以下FRT)も参考値として測定した.測定値および算出値を統計および散布図で分析した.年齢およびそれぞれの各算出値はPearson積率相関係数を用いて分析した.さらに年齢を独立変数としてIPSを従属変数とする2次回帰分析を施行した.また,過去1年間の転倒経験回数を0回,1回,2回以上に分類し,年齢と各算出値との散布図を作成した.【倫理的配慮、説明と同意】 参加者は,東京都内のK養護老人ホーム居住者,同施設職員,本大学学生および同職員で,事前に測定に関する説明を行い,参加意志決定後であっても辞退することが可能であることを伝えた上で参加の同意を得た.なお,本研究について植草学園大学研究倫理委員会に申請し承認を受けた.【結果】 年齢と前後移動域間(r=-0.73),年齢とIPS間(r=-0.76)および年齢とFRT間(r=-0.78)に危険率1%未満で強い負の相関が認められた.また,年齢と左右移動域間(r=-0.64),年齢と安定域面積間(r=-0.67)に危険率1%未満で負の相関を認めた.年齢と重心動揺面積の間には弱い相関(r=0.37)を認めた.年齢とIPSの散布図から,過去1年間の転倒回数0~1回経験者と2回以上の者との境界がIPSの値0.70付近にあり,また年齢が60歳を超えるとIPS値が急に低下すること,ばらつきが大きくなる傾向にあることが確認された.FRTにおいても同様の傾向が認められた.重心動揺については,加齢によって増加する傾向が確認できるがばらつきが非常に大きくなっていた.2次回帰分析によると年齢とIPSの重相関係数はR=0.82であり,線型回帰より当てはまり具合が良好であった.【考察】 立位姿勢で重心を移動可能な範囲は,前後方向,左右方向ともに加齢によって減少することが示された.また,IPSやFRTにおいても同様の結果が認められており,高齢になると立位での動作が不安定になりやすいことが窺える.高齢者は立位姿勢での安定性が低下する傾向にあり,年齢とIPSおよびFRTの散布図および2次回帰分析の結果によれば60歳代から急に低下することが示され,この年代からの立位姿勢の安定性低下の予防が転倒の防止に重要であることが示唆されている.【理学療法学研究としての意義】 立位姿勢の安定性が加齢により低下し,特定の年代からは急激に低下することを示す本研究は介護予防において有用であると考える.
  • 諏訪 健司, 前田 新之介, 橋之口 塁, 本武 千典, 米 和徳
    p. Aa0150
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 近年,腰椎疾患の理学療法において,体幹表層筋のみでなく体幹深層筋による脊柱安定化機能が注目されている。その中で,深部軟部組織の形態計測に超音波画像装置を用いた報告があり,体幹部の筋厚計測においては高い信頼性も示され,健常人において腹部深層筋は、姿勢の変化や骨盤alignmentとの間に強い関係があるとされている。しかし,腰椎疾患患者を対象にした報告は少ないため,腹部深層筋が腰椎疾患患者の症状や姿勢に及ぼす影響は未だ十分に明らかにされているとはいえない。本研究の目的は,腰椎疾患患者を対象に,超音波画像装置を用いて,腹部深層筋厚を安静時およびいくつかの課題遂行時に計測し,姿勢の変化に対する筋厚の変化,また筋厚と腰椎骨盤alignmentや腰部および下肢機能,疼痛との関係について検討することである。【方法】 対象は,本研究の趣旨を理解し,同意が得られた腰椎疾患患者で,腰部もしくは下肢に疼痛,痺れなどの症状のある15名(男性8名,女性7名,平均年齢59.5±18.0歳,平均身長158.5±9.1cm,平均体重57.6±11.0kg)である。腹部深層筋の筋厚計測は,腹横筋,内腹斜筋,外腹斜筋を対象として,超音波画像装置(GE Medical Systems VIVID I CE034)を用いて計測した。計測肢位は,1)背臥位安静呼気;上肢を胸の前方で組み膝窩部に枕を入れた状態,2)自動での下肢伸展挙上(以下,ASLR);片方の膝関節を90°屈曲しASLRを屈曲した膝関節の高さまで行い,挙上した下肢が安定した状態,3)背臥位マンシェット;背臥位安静呼気の状態から腰部に液柱型血圧計水銀マンシェットを入れ,脊柱,後上腸骨棘縁にマンシェットが触れている状態,4)立位安静呼気;背部を壁面に接地させて下肢を肩幅に開き,上肢を胸の前で組んだ状態,5)立位マンシェット;立位安静呼気の状態から腰部にマンシェットを入れ,脊柱,後上腸骨棘縁にマンシェットが触れている状態にて行なった。X-Pの計測は,腰仙角(以下,SS)と腰椎前弯角(以下,LLA)を計測し,その他に疼痛の程度(以下,VAS),指床間距離(以下,FFD)をそれぞれ計測した。統計処理は,統計処理ソフトSPSSを使用した。背臥位安静呼気時の腹横筋,内腹斜筋,外腹斜筋の筋厚を左右それぞれ各3回ずつ計測,その筋厚合計の平均をもとに,それ以外の肢位での筋厚計測の平均を正規化し比較,Pearsonの相関係数を用いて危険率5パーセント未満にて算出した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,医療法人三愛会倫理委員会の承認を受け,対象者には今回の趣旨を十分に説明し,同意書にて同意を得た。【結果】 姿勢の変化に対する腹部深層筋厚の変化については,腹横筋,内腹斜筋,外腹斜筋の順に筋厚の平均が増加した。腹部深層筋厚とSSの関係は,ASLR時の外腹斜筋厚(p<0.01)と腹横筋厚,背臥位マンシェット時の外腹斜筋厚,立位安静呼気時の腹横筋厚(p<0.05)の間に有意な相関を認めた。腹部深層筋厚とLLAの関係は,ASLR時の腹横筋厚と立位マンシェット時の内腹斜筋厚(p<0.05)の間に有意な相関を認めた。腹部深層筋とVAS,FFDとの関係は,それぞれ有意な相関は認めなかった。【考察】 まず,姿勢による筋活動の変化として,背臥位と立位とを比較すると,立位では腹部深層筋厚の増加が認められ,抗重力姿勢において骨盤と胸郭,脊柱を連結しているグローバル筋群の活動と共に腰椎の安定を保つローカル筋群,特に最も深部に位置する腹横筋の筋活動が大きいことが確認できた。次に,腹部深層筋とX線計測の結果に関して,SSとの関係ついては,SSの増大に伴い腹部深層筋厚の増大の傾向があることが確認できた。LLAとの関係については,下肢の運動や腹部筋の随意収縮によって腹部深層筋厚が増大し,LLAも増大する傾向にあった。これらの結果より,腰椎疾患患者において,腹部深層筋と腰椎骨盤alignmentの相互関係が認められることが明らかとなった。また,腹部深層筋は腰椎単独ではなく,骨盤,股関節とも関係することが強く示唆され,腰椎前弯,骨盤前傾の増加で腹部深層筋が優位に活動,あるいは,腹部深層筋の活動により腰椎前弯,骨盤前傾の増加があるとの知見が得られた。しかし,VAS,FFDについては有意な相関は認められず,腹部深層筋は痛みや前屈動作などへの影響が低いことが示された。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果より,腹部深層筋厚は,背臥位と比べ立位で腹横筋,内腹斜筋,外腹斜筋の順で平均筋厚が増加した。腹部深層筋厚と腰椎骨盤alignmentの関係については,腰椎前弯,骨盤前傾の増加で腹部深層筋が優位に活動,あるいは,その活動により腰椎前弯,骨盤前傾の増加があるとの知見が得られた。また,腹部深層筋の活動は,腰椎だけでなく骨盤,股関節とも強い関係があることも示唆された。
  • ─加速度計による立位から着座動作時の仙骨可動域の特徴─
    岡田 覚, 米山 裕子
    p. Aa0151
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに】 立位からの腰掛動作(以下,着座動作)は,腰部疾患を有する者にとって,立ち上がり動作と同様に苦慮することが多く,特に着殿直前での疼痛を訴えることが多い印象を受ける.しかし,着座動作における腰椎や骨盤帯に着目する研究は少なく,重心移動,足関節姿勢制御,体幹前傾角度,筋電図などの検討は行われているが,立ち上がり動作の逆動作として捉えられることが一般的である.Levineらは「骨盤前後傾は腰椎前彎,後彎と等しく動く」と報告しており,脊柱の土台として位置する仙骨可動域は寛骨と同様の動きとして扱われている.しかし,骨盤とは左右寛骨と仙骨とにより構成される総称であり,寛骨の動きを仙骨の動きとして捉えることに違和感がある.Brunner C,Smidt GLらは坐位での骨盤前後傾運動時の仙骨可動域について「回転で0.2~2°,並進で1~2mmの可動域がある」としている.この研究は座位における検討であり,着殿直前の可動域を反映しているとは言い難い.着座動作時に何かしらの動きを有する可能性がある仙骨可動性の研究,報告はなく,各研究の報告を統合,推論し,臨床場面で対応しているのが現状である. 本研究は立位から着座動作の着殿直前時の仙骨可動域の特徴を検討することである.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究に対してはヘルシンキ宣言に基づく倫理的配慮を考慮し,被検者に対して書面,口頭にて研究趣旨を説明し,署名にて同意を得た.【対象と方法】 対象者は測定実施日の過去6か月間で整形外科,中枢神経的に問題がない20名(女性20名,年齢21.95±0.82歳)とした.測定動作は立位姿勢から座面に着座する動作とした.測定に際し,加速度計(MicroStone社製MVP-RF8)を2機用いた.基準となるセンサーは床面に設置し,もう一方を第2仙椎後面の体表へ両面テープにて貼付した.立位測定肢位の足部位置は肩幅とし,被検者と座面との距離は着座時に大腿中央部が座面先端に接する位置とした.また,座面高は下腿長に設定した.立位骨盤傾斜角度は加速度計の絶対角度を用いて算出し,絶対角度0°を基準とした前傾群(12名),後傾群(8名)の2群に分類した.着座動作は,上肢が座面,身体に触れる以外は制限を設けず,動作速度は任意とした.着殿直前時は,座面最前端に接地した圧センサー(徳永総器研究所製 ぶるっピー4i送信機)に右大腿部中央が接し,警告音が鳴った場面と定義した.なお,着殿直前時の仙骨可動域は,立位からの着座動作開始時に0基準として座面に接した際を可動域とした.床面を基準としたセンサーと仙骨部のセンサーとのX回転角との相対角度(MicroStone社製 動作角度計測ソフトMVP-DA2-S Rev1.2)を算出し,-方向を前傾,+方向を後傾と定義した.動作は3回実施し,平均値を指標とした.加速度計の精度を保つため動作実施毎にジャイロ校正を実施した.統計解析は,2標本のt検定を用いて各群の着殿直前時の仙骨可動域の差を求めた.この検定に際し,データが正規分布に従うかをShapiro-Wilk検定にて確認した.すべての検定における有意水準はp=0.05とした.今回の統計解析はSPSS Ver11J(SPSS JAPAN)を用いた.【結果】 前傾群の着殿直前の仙骨可動域は1.97±12.9°,後傾群は-4.71±5.5°であった.本研究における検者内信頼性(ICC1.1)は0.87であった.Shapiro-Wilk検定は,前傾群はp=0.802,後傾群はp=0.538であり,正規分布に従わないとはいえないことを確認し,2標本のt検定を適用した結果,p=0.186であり有意な差は認められなかった.前傾群,後傾群での平均差は6.68°であり,95%信頼区間では-3.53°~16.91°であった.【考察】 本研究においては有意な差は認められなかったが,立位から着殿直前時の角度変化では,前傾群は後傾方向へ1.97±12.9°の可動域を有し,後傾群は前傾方向へ4.71±5.5°の可動域を有する結果となった.今回は健常者での検討であるが,立位時に仙骨が前傾位にある場合は着殿直前時に後傾運動が起こり,仙骨が後傾位にある場合は前傾運動が起こりうることを示唆する結果となった.この結果はVleeming Aらの「前屈トルクが仙腸関節の安定化を促す」という報告に一致する.特に後傾群では仙骨前傾により,仙腸関節での安定性を動作中の関節運動でおこなう傾向があると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 本研究において,立位姿勢での仙骨傾斜角度により着座動作における着殿直前時の仙骨可動域に特徴がある可能性が示唆された.このことから,腰部疾患者の着座動作における椎間板内圧の変化,仙腸関節,椎間関節への器械的ストレスを予測できる可能性があることは,今後の腰部疾患患者へのアプローチを広げる可能性があるという点で意義があると考える.
  • 永井 宏達, 大塚 直輝, 松村 葵, 高島 慎吾, 建内 宏重, 市橋 則明, 坪山 直生
    p. Aa0152
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 肩関節に疾患を有する症例では,肩関節運動時の肩甲骨動態や筋活動に異常がみられることが多い.一般に,肩関節疾患を有する患者における肩甲骨の異常運動としては,肩甲骨の内旋,前傾,下方回旋,などが報告されている.筋活動の特徴としては,僧帽筋上部線維の筋活動増大,僧帽筋下部線維,前鋸筋の筋活動減少などがみられる.また,肩甲骨の動態・アライメントに影響を及ぼす因子として,脊柱が後彎することで肩甲骨の前傾,内旋,下方回旋は生じやすくなるとされる.一方で,日常生活場面での上肢挙上動作には,体幹の屈伸のみでなく回旋動作を伴うことも多い.そのため,体幹回旋による影響を明らかにすることは臨床的に重要である.本研究の目的は,体幹回旋が上肢挙上時における肩甲骨動態および筋活動に及ぼす影響を明らかにすることである.【方法】 対象は健常若年男性15名(21.9 ± 0.5歳)とし,測定側は利き手上肢とした.測定には6自由度電磁センサーLiberty (Polhemus社製)および,表面筋電図測定装置 (Noraxon社製)を用いた.4つのセンサーを肩峰,三角筋粗部,胸骨, 第2仙骨に貼付し,肩甲骨,上腕骨,胸郭,骨盤の3次元データを収集した.筋電図は,三角筋前部線維,僧帽筋上・下部線維,前鋸筋,広背筋,大胸筋に貼付した.なお,電磁センサーと筋電図はトリガーを利用して同期させた.測定動作は,胸郭に直行する面上での屈曲動作とし,4秒で挙上する課題を座位で実施した.測定回数は,体幹回旋中間位・体幹同側(測定側)回旋位・反対側(非測定側)回旋位でそれぞれ5回ずつとし,最初と最後の施行を除いた3回の平均値を解析に用いた.体幹の回旋角度は,それぞれ30°に規定した,なお,解析区間を胸郭に対する上肢挙上角度30-120°として分析を行い,解析区間内において10°毎の肩甲骨の運動学的データ,および最大随意収縮で正規化した筋活動量 (%MVC)を算出した.筋電図学的データは上肢拳上10°毎に前後100msec間の平均値を用いた。なお,肩甲骨の運動角度は,胸郭セグメントに対する肩甲骨セグメントのオイラー角を算出することで求めた.肩甲骨の運動は内外旋,上方・下方回旋,前後傾の3軸として解析を行った.統計処理には,各軸における肩甲骨の角度および,各筋の筋活動量を従属変数とし,体幹の回旋条件(中間・同側・反対側),上肢挙上角度を要因とした反復測定二元配置分散分析を用いた.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の内容を紙面上にて説明した上,同意書に署名を得た.なお,本研究は本学倫理委員会の承認を得ている.【結果】 肩甲骨運動の特徴としては,体幹を同側に回旋することで,上肢挙上時の肩甲骨の外旋が有意に増大していた (同側回旋位 > 中間位 = 反対側回旋位,体幹回旋主効果: p < 0.01),また,肩甲骨の上方回旋も,体幹を同側に回旋することで有意に増大していた (同側回旋位 > 中間位 = 反対側回旋位,体幹回旋主効果: p<0.01),肩甲骨の後傾は体幹回旋による有意な影響は見られなかった .筋活動の特徴としては,僧帽筋上部線維が,体幹を反対側に回旋させることで有意に増大していた(反対側回旋位 > 中間位 = 同側回旋位,体幹回旋主効果: p < 0.05).一方,僧帽筋下部線維は,体幹を反対側に回旋させることで有意に減少していた (中間位 = 同側回旋位 > 反対側回旋位,体幹回旋主効果: p < 0.05).その他の筋には,体幹回旋による有意な影響は認められなかった.【考察】 本研究の結果,上肢挙上時に体幹を同側に回旋させることで,肩甲骨の外旋,上方回旋が大きくなることが明らかになった.また,体幹を反対側に回旋させた状態で上肢を挙上することで,僧帽筋下部線維の活動が抑制され,僧帽筋上部線維の筋活動は増大することが明らかになった.これらの結果は,体幹の回旋状態が,肩甲骨周囲筋の筋活動および,肩甲骨の動態に影響を及ぼしていることを示唆している.体幹同側回旋に伴う,肩甲骨の外旋,上方回旋の増大は,一般に肩関節疾患を有する症例にみられる異常運動とは逆の動態を呈している.体幹の同側回旋に伴い肩甲骨が外旋位となることで,体幹と肩甲骨の剛性が低下し,肩甲骨運動が誘導された可能性が考えられる.一方で、反対側回旋では,僧帽筋下部線維の筋出力低下を,僧帽筋上部線維が代償することで肩甲骨運動を確保していた可能性がある.【理学療法学研究としての意義】 肩甲骨の内旋,下方回旋の増加は肩関節疾患を有する多くの症例に多くみられ,また僧帽筋下部線維の動員がうまく行えず,僧帽筋上部線維の過活動を呈している症例も多い.これらの症例においては,体幹の同側回旋をとりいれた挙上トレーニングを実施することで,筋の再教育,および肩甲骨運動の誘導につながり,より効果的に理学療法を進められると考える.
  • 松村 葵, 建内 宏重, 永井 宏達, 中村 雅俊, 大塚 直輝, 市橋 則明
    p. Aa0153
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 上肢拳上動作時の肩関節の機能的安定性のひとつに肩甲骨上方回旋における僧帽筋上部、下部線維と前鋸筋によるフォースカップル作用がある。これは僧帽筋上部、下部と前鋸筋がそれぞれ適切なタイミングでバランスよく作用することによって、スムーズな上方回旋を発生させて肩甲上腕関節の安定化を図る機能である。これらの筋が異常な順序で活動することによりフォースカップル作用が破綻し、肩甲骨の異常運動と肩関節の不安定性を高めることがこれまでに報告されている。しかし先行研究では主動作筋の筋活動の開始時点を基準として肩甲骨周囲筋の筋活動のタイミングを解析しており、実際の肩甲骨の上方回旋に対して肩甲骨周囲筋がどのようなタイミングで活動するかは明らかとなっていない。日常生活の場面では、さまざまな運動速度での上肢の拳上運動を行っている。先行研究において、拳上運動の肩甲骨運動は速度の影響を受けないと報告されている。しかし、運動速度が肩甲骨周囲筋の活動順序に与える影響については明らかになっておらず、これを明らかにすることは肩関節の運動を理解するうえで重要な情報となりうる。本研究の目的は、上肢拳上動作の運動速度の変化が肩甲骨上方回旋に対する肩甲骨周囲筋の活動順序に与える影響を検討することである。【方法】 対象は健常男性10名(平均年齢22.3±1.0歳)とした。表面筋電図測定装置(Telemyo2400, Noraxon社製)を用いて僧帽筋上部(UT)・中部(MT)・下部(LT)、前鋸筋(SA)、三角筋前部(AD)・三角筋中部(MD)の筋活動を導出した。また6自由度電磁センサー(Liberty, Polhemus社製)を肩峰と胸郭に貼付して三次元的に肩甲骨の運動学的データを測定した。動作課題は座位で両肩関節屈曲と外転を行った。測定側は利き腕側とした。運動速度は4秒で最大拳上し4秒で下制するslowと1秒で拳上し1秒で下制するfastの2条件とし、メトロノームによって規定した。各動作は5回ずつ行い、途中3回の拳上相を解析に用いた。表面筋電図と電磁センサーは同期させてデータ解析を行った。筋電図処理は50msの二乗平均平方根を求め、最大等尺性収縮時の筋活動を100%として正規化した。肩甲骨の上方回旋角度は胸郭に対する肩甲骨セグメントのオイラー角を算出することで求めた。肩甲骨上方回旋の運動開始時期は安静時の平均角度に標準偏差の3倍を加えた角度を連続して100ms以上超える時点とした。同様に筋活動開始時期は安静時平均筋活動に標準偏差の3倍を加えた値を連続して100ms以上超える時点とした。筋活動開始時期は雑音による影響を除外するために、筋電図データを確認しながら決定した。筋活動のタイミングは各筋の筋活動開始時期と肩甲骨上方回旋の運動開始時期の差を求めることで算出し、3回の平均値を解析に用いた。統計処理には各筋の筋活動開始時期と肩甲骨上方回旋の運動開始時期の差を従属変数とし、筋と運動速度を要因とする反復測定2元配置分散分析を用いた。事後検定として各筋についてのslowとfastの2条件をWilcoxon検定によって比較した。有意水準は0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の内容を十分に説明し同意を得た。なお本研究は本学倫理委員会の承認を得ている。【結果】 屈曲動作において、slow条件ではAD、UT、SAが肩甲骨上方回旋よりも早く活動を開始していた。一方でfast条件では全ての筋が上方回旋よりも早く活動を開始していた。分散分析の結果、筋と運動速度の間に有意な交互作用が得られ(p<0.01)、事後検定の結果、運動速度が速くなることでMTの筋活動は有意に早く開始していた。外転動作において、slowではMD、UT、MT、SAが肩甲骨上方回旋よりも早く活動を開始していた。一方でfastでは全ての筋が上方回旋よりも早く活動を開始していた。分散分析の結果、筋と運動速度の間に有意な交互作用が得られた(p<0.05)。事後検定の結果、運動速度が速くなることでMTとLTの筋活動が有意に早く開始していた。【考察】 本研究の結果、運動速度を速くすることで屈曲動作においてMTが、また外転動作においてはMTとLTの筋活動のタイミングが早くなることが明らかとなった。また運動速度を速くすると、肩甲骨の上方回旋の開始時期よりもすべての肩甲骨固定筋が早い時期に活動し始めていた。これは運動速度が肩甲骨固定筋の活動順序に影響を及ぼすことを示唆している。拳上動作の運動速度を増加させたことにより、速い上腕骨の運動に対応するためにより肩甲骨の固定性を増大させるような戦略をとることが考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果、運動速度に応じて肩甲骨固定筋に求められる筋活動が異なることが示唆され、速い速度での拳上動作では、肩甲骨の固定性を高めるために僧帽筋中部・下部の活動のタイミングに注目する必要があると考えられる。
  • 渡邊 裕文, 大沼 俊博, 藤本 将志, 高崎 恭輔, 谷埜 予士次, 鈴木 俊明
    p. Aa0154
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 我々は今までに座位での体重移動による姿勢保持の腹斜筋群の働きについて研究を進めてきた。一昨年の本学術大会より体幹前面部から側腹部へ複数の電極を配置し、同様に検討してきた。今回、動的な場面での腹斜筋群の働きを明確にする目的で、座位での側方リーチ動作時の腹斜筋群の筋活動を複数の電極にて検討したので報告する。【方法】 対象は健常男性10名(平均年齢23.7歳)の左側腹斜筋群とした。被験者に課題の座位での側方リーチ動作を以下のように説明した。フォースプレート(AMTI社)の台上に開始肢位である足底を床に接地しない座位で両肩関節外転90度を保持する。次に外転90度を保持した一側中指の指尖から側方20cmに移動距離測定器を配置し、メトロノームに合わせ、1秒間開始肢位を維持する、1秒間で20cm側方へリーチする、リーチ肢位を1秒間保持する、1秒間で開始肢位に戻る、という課題を解説し数回練習させた。この時、頭頸部は垂直位とし前方の一点を注視、両上肢は開始肢位から床と水平位のままリーチさせ、課題に伴うリーチ側でない反対側骨盤挙上と体幹側屈、自然な両股関節内外旋は許可した。そしてテレメトリー筋電計MQ-8(キッセイコムテック社)にて、左側腹斜筋群の表面筋電図を測定した。測定した腹斜筋群はNgの報告から、外腹斜筋単独部位(第8肋骨下縁)、内外腹斜筋重層部位(肋骨弓下縁部)、内腹斜筋単独部位(鼠径部内方)に電極を貼付した。また腹斜筋群は前記した内外腹斜筋重層部位以外に11電極を用い、内腹斜筋単独部位の上方で両上前腸骨棘を結んだ線上に1電極、その上方で両腸骨稜を結ぶ線上に1電極、そこから肋骨にかけて3電極(前面内側部)、内外腹斜筋重層部位直下から骨盤に3電極(前面外側部)、さらに大転子直上の腸骨稜上部から肋骨下端に3電極(側腹部)を配置した。側方リーチ動作は両側で実施し、測定時間は15秒間とし時間内で3回実施した。測定項目は、圧中心(COP)の左右変位と各電極部位での筋電図波形とした。また20cm側方へリーチしたタイミングが分かるように、リーチ側中指に電極を配置した。なおCOPの変位と筋電図には同期シグナルを入れ、測定後に総合解析装置(キッセイコムテック社)を用いCOPの変位と筋電図を同期し、筋電図波形は筋電図に精通した理学療法士が活動開始などを確認し、COPとの関係を検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験はヘルシンキ宣言を鑑み、予め説明した実験概要と侵襲、公表の有無と形式、個人情報の取り扱いに同意を得た被験者を対象にした。【結果】 COPの変化は全対象者にリーチ側へCOPが変位する前に、反対側へわずかに変位してからリーチ側へCOPが移動した。またリーチ肢位保持から戻る時も同様であった。表面筋電図波形は全対象者で左側リーチ動作にて同側の内腹斜筋単独部位とその直上の電極より、COPが左側へ変位する前に一度右側へ移動する時と、リーチ肢位保持から開始肢位へ戻ってくる(COPが右側に変位する)時に波形を認めた。右側リーチ動作での反対側腹斜筋群では、COPの右側への変位とともに全電極で波形が確認でき、リーチ肢位保持時まで活動が持続した。なかでも内腹斜筋単独部位とその直上の電極ではリーチ肢位から開始肢位へ戻る時まで活動が継続した。【考察】 動作開始時のCOP逆応答現象は諸家らで多数報告され、本課題でも側方リーチ動作開始時やリーチ肢位保持から戻ってくる時のCOPの変位は、逆応答現象と考えた。左側リーチ動作での同側内腹斜筋単独部位とその直上の電極から、リーチ動作開始時のCOP逆応答現象時と、リーチ肢位から戻っている時期に筋電図波形を認めた。この同側内腹斜筋単独部位とその直上部の働きは、COP逆応答現象である右側へ一度COPを変位させる活動と、リーチ肢位から戻ってくる時の骨盤左傾斜を戻す活動と考えた。右側リーチ動作での反対側腹斜筋群では、COPがリーチ側へ変位している間、全電極で筋活動を認め、これは反対側腹斜筋群全体として骨盤挙上と体幹側屈に作用したと考える。なかでも内腹斜筋単独部位とその直上の電極からは、リーチ肢位を保持し開始肢位へ戻ってくる時まで活動が継続し、持続的に骨盤挙上位を保持するための働きと考えた。【理学療法学研究としての意義】 座位での側方リーチ動作を用いる時、本研究より以下の点に着目する必要がある。1)移動側腹斜筋群は、内腹斜筋単独部位とその直上部の活動によるリーチ動作開始のCOP逆応答現象時の活動とリーチ肢位から戻る時の活動を促していく。2)反対側腹斜筋群は、体幹前面部と側腹部全体で、COPがリーチ側へ変位している時の骨盤挙上と体幹側屈作用を高めていく。なかでも内腹斜筋単独部位とその直上部ではより持続的活動が必要となる。
  • 吉崎 邦夫, 佐原 亮, 浜田 純一郎, 遠藤 和博, 五十嵐 絵美, 横田 創, 遠藤 敏裕, 藤原 孝之
    p. Aa0155
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 上肢挙上の際,上腕の外旋運動を伴うことが報告されている.また凍結肩や症候性腱板断裂では,外旋運動制限のために挙上が制限される.これまでの研究において,上肢挙上時の上腕回旋運動は静的肢位で評価されることが多く,挙上時の外旋運動を動的かつ挙上面の違いによりに比較した報告は少ない.本研究の目的は三次元動作解析装置を用い,異なる挙上面での上肢挙上運動と上腕外旋角度の関係に利き手側(DS: Dominant Side)と非利き手側(NS: Non dominant Side)で違いがあるか調査することである.【方法】 対象は肩に愁訴がない健常男性20名,平均年齢22歳(19~35歳),身長170±5cm,体重69±16kgの両肩とした.測定は基本的立位肢位から,矢状面(以下前挙),肩甲骨面,前額面(以下外転)での挙上を各3回試行した.挙上動作を三次元動作解析装置(MotionAnaiysis製,MAC 3D system)で記録し(frame rate 200Hz),角度情報を三次元動作解析ソフト(キッセイコムテック製,KineAnalyzer)にて解析した.体表マーカーは肩甲骨(肩甲棘内縁,肩甲棘中央部),上腕骨(骨頭前・後,内・外側上顆),脊椎(C7,L5)にスキンアーチファクトを考慮して挙上中間位にて貼付した.肩甲骨に貼付した2点のマーカーを結んだ線を肩甲棘軸,上腕内・外側上顆のマーカーを結ぶ線を上腕軸として,2本の軸のなす角を上腕回旋角度とした.外旋角度は上腕挙上角度10度ごとに最大挙上角度まで算出した.統計処理はSPSS for Windows Ver.18Jを用いて二元配置分散分析(p<0.05)により比較した.【倫理的配慮,説明と同意】 本研究は,学校法人こおりやま東都学園 研究倫理委員会の審議により承認されたもの (倫理委07-002) であり,本研究の趣旨を充分に説明し書面で同意を得た被検者の参加により実施した.【結果】 各挙上面での上肢の最大挙上角度に有意差はなかった.各挙上面での平均外旋角度は前挙(DS: 57.5度,NS: 55.4度),肩甲骨面 (DS: 50.1度,NS: 44.8度),外転(DS: 47.7度,ND: 49.0度)であり統計学的に差はなかった.しかし挙上面の違いにより比較すると,挙上10~40度までは外転での外旋角度は前挙よりも有意に大きかった.【考察】 これまで上肢挙上時の上腕回旋運動は,三次元動作解析装置だけでなく,精度の高いCTやMRIを用いて計測されるようになった.しかし,これらは静的肢位での評価であり,動的な角度変化を調査した本研究の各挙上面における外旋角度の比較は,上肢の挙上動作の評価を行う上で有用である.DSとNSの各挙上面における上腕外旋角度に差はなく,両腕の比較評価に用いることは妥当と考えられる.また,運動中の上腕外旋運動は,前挙と外転時を比較すると挙上初期に外旋運動が起きていることに着目する必要がある.肩の疾患においては,前挙より外転が制限され,外旋も制限されていることを経験する.本研究から外転は前挙と比べ挙上初期から上腕の外旋が必要とされ,腱板機能として上腕骨外旋を主動する肩甲下筋,棘下筋,小円筋などの関与が重要である.したがって今後は腱板筋群の筋活動を調査する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 理学療法の臨床場面においては,よく患側と健側との比較が行われる.これは対象者のDSとNS(または右側と左側)の関節運動が同じであることを想定しての比較検査法であり,簡単かつ有用である.健常者のDSとNSの動的な関節運動を比較し,違いの有無を検討すれば,この方法の正当性の検証につながり理学療法にとって意味がある.また,各挙上面における上肢挙上時の上腕外旋運動の検討は,考察でも触れたように理学療法の臨床にとって必要な事項であると考える.
  • 森田 泰裕, 藤田 博曉, 新井 智之, 田中 尚喜, 加藤 剛平
    p. Aa0156
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 現在の医療は、受傷後の治療だけでなく予防に関して運動能力・生活環境など様々な部分が注目されている。特に転倒予防対策は、高齢者に対してさまざまな取り組みが行われている。その中でも足趾把持力は、年齢別の筋力の推移や足趾把持力とバランスの関連について、成人を対象とした動的姿勢制御についての研究が多くみられる。足趾把持力は高齢者に低下が著しいといわれているが、動的バランスとの関連を高齢者対象に検討されていることは少ない。足趾把持力と高齢者のバランスとの関連を検討することは重要であると考える。本研究の目的は、地域高齢者の健康増進や転倒予防を促すため、足趾把持力とバランス能力の関連を明らかにすることである。高齢者の足趾把持力と前方リーチ距離との関係を分析し、高齢者のバランス能力について検討する。【方法】 対象は、埼玉県M町在住でシルバーセンターに登録している地域在住高齢者50名(平均年齢69.9±4.6歳(61~80歳)、男性37名、女性13名)である。バランス能力に関連のある項目である、膝伸展筋力、片脚立ち時間、足趾把持力、functional reach test(FRT)を二つの条件で計測(以下FTR条件a:足趾把持可、FRT条件b:足趾把持不可)、10m最大歩行時間(10m歩行)、Time Up and Go test(TUG)、身長、体重を計測した。なお、足趾把持力の測定は、竹井機器製の足趾筋力測定器T.K.K.3360(以後、足趾把持力計)を用いた。統計処理は、膝伸展筋力、片脚立ち時間、足趾把持力、FRT条件a、FRT条件b、10m歩行、TUG、身長、体重のそれぞれの関連をピアソンの相関係数を用いた。FRT条件aとFRT条件bのFRT値については、t検定を用いた。FRTに関連する因子として、従属変数をFRT条件aとし、独立変数をバランス能力に関連のある項目である、年齢、膝伸展筋力、片脚立ち時間、足趾把持力、TUGとし、重回帰分析を用いた。なお、統計学的解析は、SPSS Ver18を用い有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、埼玉医科大学医療保健学部倫理審査委員会の承認を得て実施した。【結果】 FRT条件aの平均は、34.4±5.7cm(男性35.3±5.8cm、女性31.7±4.5cm)であった。FRT条件bの平均は、30.2±5.1cm(男性31.0±5.2cm、女性27.9±4.2cm)であった。各測定項目間にみられる相関は、FRT条件aと10m歩行(r=-0.47,p<0.05)に有意な負の相関を認めた。また、FRT条件aと膝伸展筋力と(r=0.56,p<0.05)、FRT条件aと足趾把持力左右平均(r=0.44,p<0.05)に有意な正の相関を認めた。FRT条件aとFRT条件bはt検定の結果、有意差(p<0.05)を認めた。従属変数をFRT条件aとした、重回帰分析による検定では、標準化重回帰係数βにて足趾把持力0.445にのみ有意な結果を認めた(R2=0.198,p<0.05)。【考察】 半田らは、足趾把持力は重心の位置を積極的に変化させるような場合における立位の平衡調整能力に関与すると述べている。足趾把持力は筋力指標とされる握力と比べ、加齢の影響を受けやすいという報告が行われている。また、片脚立ち時間・上肢前方到達距離・歩行速度・歩幅等に関連すると報告されているが、これらの検討は成人や若年者を対象としておこなわれている。そのため本研究では、加齢の影響を受けやすい足趾把持力は、高齢者のバランス能力低下に関係するのではないかと考え、地域在住高齢者を対象として足趾把持力とFRTを用いて前方リーチの関係を検討した。その結果、FRT条件aと足趾把持力に関係を認めることができ、重回帰分析においても足趾把持力が関連を認めることができた。また、足趾把持をできる状態にあるFRT条件aの方がFRT条件bに比べ高い数値となり、両者に有意な差を認めた。前方リーチは、今回の地域在住高齢者において足趾把持力が相関し、FRTによる前方リーチに足趾把持力が影響すると考えた。したがって、地域在住高齢者において足趾把持力の低下が前方リーチ能力の低下に関連することが示唆された。足趾把持力は立位におけるバランス能力にとって重要な位置づけをしめていると考える。また、高齢者の活動性維持や転倒予防の視点においても、歩行能力や膝伸展筋力の低下を評価するとともに、足趾把持力に対する評価の重要性が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 足趾把持力は、高齢者特有の姿勢により重心が変位し、足趾を使用する機会が減少するため、足趾把持力低下を伴う可能性がある。足趾把持力とバランス能力についての検証は、高齢者において転倒予防や転倒予防のトレーニング内容の検討に繋がると考える。
  • 前谷 祐亮, 小山内 正博
    p. Aa0157
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 股関節内外旋運動と指床間距離(FFD)との関係を述べた研究は複数報告されている。他動的股関節内外旋運動を行うと、FFDが延長するとされている。また、スリングを使用し、股関節内外旋運動を行うとFFDが延長するとされている。一方で、内旋運動と外旋運動を分類して行った研究はなく、各々がどのようにFFDに影響を及ぼすのかは報告されていない。さらに、股関節内外旋運動による身体各位の具体的な関節角度変化を示したものは稀である。そこで本研究は、他動的な股関節内旋運動と外旋運動に分類し、各々がFFDに及ぼす影響を検討するとともに、FFDと身体の関節角度変化との関係を明確にすることを目的とした。【方法】 対象は健常男性大学生16名で、年齢は21.9±2.4歳であった。実験課題はベッド上背臥位、股関節・膝関節90°屈曲位を開始肢位とし股関節内旋他動運動(内旋運動)および外旋他動運動(外旋運動)をメトロノーム(60拍/分)に合わせ左右5分ずつ計10分間行った。開始肢位から最終域までの運動を3秒で行い、最終域で5秒間静止し、開始肢位まで3秒間で戻すという運動を繰り返し行った。運動前後に、1.関節可動域測定、2.立位姿勢撮影、3.FFD測定、4.FFD姿勢撮影を行った。1は日本整形外科学会の方法に従い、ゴニオメーターを使用し、両側股関節屈曲・内旋・外旋・SLRを測定した。2は30cm台上で立位姿勢とFFD姿勢をデジタルカメラ(Canon IXY 10S)にて左側より撮影した。運動施行による身体各位の関節角度の変化を検証するため、A.C7棘突起、B.Th12棘突起、C.L5棘突起、D.S2棘突起、E.左ASIS、F.左PSIS、G.左大転子、H.左大腿骨外側上顆、I.左外果に耳栓と両面テープ付きマジックテープで自作したマーカーを貼付した。3のFFDは立位姿勢と同様の条件にして行い、値は30cm台の面から下方を+値、上方を-値としてテープメジャーを使用し、0.5cm刻みで測定した。4は、3と同時に立位姿勢と同様の条件で撮影した。2、4の姿勢は画像解析ソフトImage Jを使用し、0.01°刻みで以下a~fの項目について解析した。a.C7棘突起とTh12棘突起を結んだ線とTh12棘突起とL5棘突起を結んだ線のなす角(C-L角)、b.Th12棘突起とL5棘突起を結んだ線とL5棘突起とS2棘突起を結んだ線のなす角(T-S角)、c.左ASISと左PSISを結んだ線とL5棘突起とS2棘突起を結んだ線のなす角(P-S角)、d.左大転子と左大腿骨外側上顆を結んだ線への垂線とL5棘突起とS2棘突起を結んだ線のなす角(大腿仙骨角)、e.左大転子と左大腿骨外側上顆を結んだ線と左ASISと左PSISを結んだ線のなす角(大腿骨盤角)、f.左大転子と左大腿骨外側上顆を結んだ線と左大腿骨外側上顆と左外果を結んだ線のなす角(大腿下腿角)。統計処理は、SPSSを用い、Wilcoxonの符号付順位検定で内旋運動と外旋運動の運動後の比較、内旋運動の運動前後の比較をし、危険率は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の目的、方法、趣旨を口頭および書面にて説明し、同意を得て実施した。【結果】 外旋運動後と比べ、内旋運動後のFFD値は有意に延長した。関節可動域は内旋運動施行後の股関節内旋角度が有意に拡大した。立位姿勢では、内旋運動後のPS角、大腿骨盤角が有意に拡大し、FFD姿勢では内旋運動後のPS角、大腿仙骨角が有意に拡大した。内旋運動後に立位姿勢・FFD姿勢の両方角度が拡大したのはPS角のみであった。【考察】 内旋運動を行うとFFDが有意に延長し、PS角・大腿仙骨角・大腿骨盤角が有意に拡大した。FFD延長に伴うFFD姿勢角度の拡大は骨盤周囲に限局していることから、骨盤周囲の姿勢角度変化がFFDに大きな影響をもたらしていると考える。FFDを行う際は同時に股関節屈曲も伴うため、股関節屈曲の可動性もFFDに影響を及ぼすことが考えられる。佐藤らの研究で、股関節の内旋角度を増加させながら股関節を屈曲させると、股関節の屈曲制限が著明になり、その原因として深層外旋6筋が挙げられると報告されている。さらに、新鮮解剖体において股関節屈曲制限因子となるのは梨状筋であるという報告もある。これらのことから梨状筋の短縮が股関節屈曲可動域に影響を与え、FFDにも影響を及ぼす事が考えられる。本研究では、内旋運動を行うとFFDが有意に延長した。内旋運動により梨状筋が伸張される事で、梨状筋の付着部である仙骨と大転子が引き離され、仙骨が前屈し、PS角・大腿腰仙角・大腿骨盤角が拡大する事によりFFDが延長したと考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究により、FFDの延長と骨盤の可動性向上が期待できる。骨盤の可動性低下は腰痛をはじめとする脊椎疾患の一因となる。そこで内旋運動を行うことで、脊椎疾患の改善や予防が期待できるのではないかと考える。また、本研究は内旋運動に限局しているため、より短時間で効果が得られ、患者の負担も軽減できると考える。
  • 堅田 紘頌, 森尾 裕志, 石山 大介, 小山 真吾, 井澤 和大, 渡辺 敏, 清水 弘之
    p. Aa0158
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 ADL能力には,運動制御機能,体幹・下肢の神経筋機能などの様々な因子が影響している.これらの各機能は,加齢に伴い器質・量的に低下し,ADL能力の低下や転倒の原因になりうる.さらに,入院高齢患者は,治療・安静による不活動が各機能・ADL能力の低下を加速させる可能性もある.このような患者に対して,理学療法士は,動作自立度の判定や能力改善のための介入が求められる.しかし,各機能は,互いに関連して動作を構成しているため,能力障害を起こしている要因を複数有している症例は,単一の機能指標のみでは,自立度の判定が困難となる.そのため,各機能指標を総合化した動作自立度の判定が必要である.ADLに影響を及ぼす歩行能力に関しては,下肢筋力やバランス能力など,各機能の基準値に関する報告が散見されるが,因子を総合化した上で,自立度を判定しているものは乏しい.本研究の目的は,高齢患者の歩行能力に影響を及ぼす因子を総合化し,その自立度を判定することを目的とした.【方法】 対象は,2004年4月から2011年3月の間に聖マリアンナ医科大学病院に入院し,リハビリテーション部に依頼のあった連続23499例中,後述する除外基準例を除いた65歳以上の高齢患者1075例(平均年齢75.7歳,男性68.2%)である.なお,全例が両脚での立位保持が可能な例とした.また,除外基準は,不良な心血管反応を示す例,片麻痺や運動器疾患,認知症を有する例とした.測定項目は,歩行自立度,下肢筋力,およびバランス能力指標である.歩行自立度は,歩行自立群(非監視下で50m以上連続歩行可能)と非自立群(監視もしくは介助を要する)の2群に選別された.下肢筋力の指標は,アニマ社製徒手筋力測定器を用い,検者は,座位にて下腿を下垂した肢位で等尺性膝伸展筋力を測定した.我々は,左右の平均値を体重で除した値を膝伸展筋力 [kgf/kg]とした.バランス能力の指標は,前方リーチ距離と片脚立位時間 (OLS)である.前方リーチ距離 [cm]として,我々は,指示棒を用いた前方リーチテストを採用した.OLS [秒]は開眼にて施行され,測定上限は60秒とした.なお,各測定に際して,我々は,十分な練習を被験者に施した後,2回実施し,その最高値を採用した.基礎疾患,年齢,身長,体重,およびBMIは診療記録より調査された.統計学的手法は,Mann-WhitneyのU検定,ロジスティック回帰分析,判別分析を用いた.まず,歩行自立群と非自立群間の各指標を比較した後,歩行自立度に及ぼす因子を抽出した.次にグループ化変数に歩行自立の可否,独立変数に抽出された因子を投入し,歩行自立度判定のための判別式を求めた.なお,統計学的判定基準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,聖マリアンナ医科大学生命倫理委員会の承認を得て実施した (承認番号 :第1967号).本研究に際し,事前に患者に研究の趣旨,内容および調査結果の取り扱い等に関して説明し,同意を得た.【結果】 全1075例中,歩行自立群は854例,非自立群は221例であった.歩行自立群は非自立群に比し,膝伸展筋力(0.48vs0.27kgf/kg),前方リーチ距離(34.4vs24.8cm),そして,OLS(20.9vs2.30秒)全てにおいて高値を示した(p<0.001).ロジスティック回帰分析の結果,歩行自立度に影響を及ぼす因子としては,膝伸展筋力,前方リーチ距離,およびOLSが抽出された(p<0.001).各因子を投入した判別分析の結果,歩行自立度の判定の判別式は,z【+;歩行自立 -;非自立】=(前方リーチ距離×0.125)+(OLS×0.001)+(膝伸展筋力×3.390)-5.563【正答率; 82.4% 誤判別率; 17.6%】で示された.【考察】 高齢患者の歩行自立度に影響を及ぼす因子は,膝伸展筋力,前方リーチ距離およびOLSであった.これらの因子を使用した判別式により,正答率82.4%の確率で歩行自立度の判定が可能であった.臨床場面において,ある因子は,基準値を満たしているが,他の因子が基準値を満たしていない症例が存在し,動作自立度の判定に困惑する場合がある.このような症例に対して,今回の検討で得られた判別式を使用することで,3つの因子の合力としての歩行自立度の判定が可能となる.しかし,判別式により,明らかになるのは,動作自立度のみである.そのため,治療プログラムの立案,効果判定をするためには,対象者の各機能の把握・ADL能力との関連を考察し,先行研究により報告されている各基準値との比較・検討が必要と考えられた.【理学療法学研究としての意義】 本研究結果は,高齢患者の歩行自立度を判定する判別式を表した.この判別式は,82.4%の確率で動作自立度の判定が可能であった.これらの結果は,高齢患者への理学療法実施に関する歩行動作の自立度の判定,治療プラグラムの立案,効果判定および目標設定の一助になるものと考えられた.
  • 白井 智裕, 齋藤 義雄, 長谷川 美幸, 田中 優路, 加藤木 丈英, 加藤 宗規
    p. Aa0159
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 入院患者において移動手段の一つである歩行の自立は、入院中の生活機能や、退院後のQOLに関わる重要な因子である。歩行自立についての判断は様々な方法・指標が用いられているが、なかでもPodsiadloらの提唱するTimed Up and Go Test (以下TUG)は、脳卒中や整形疾患患者、地域高齢者に対し、歩行自立や転倒予測の指標として多く用いられている。またTUGは、歩行速度、膝伸展筋力、ADLなど、他の指標との相関も認められている。しかしながら、TUGの指標には若干のばらつきがみられ、環境の異なる各施設での使用にはさらなる検討を要する事を経験する。当院でも病棟歩行自立の判断は、これらの評価指標に加え、歩行動作の観察や他部門からの情報をもとに、理学療法士が判断する事が現状であった。そこで本研究では、当院入院患者に対しTUGを用いた運動機能評価を行い、病棟歩行自立の判断基準を検討するとともに、当院における有効な客観的数値を示す事を目的とした。【方法】 対象は2010年10月から2011年8月に理学療法を行った当院入院患者から、近位見守り以上の歩行が可能であり、口頭による検者の指示が理解できる46名とした。平均年齢は74.0歳±10.7(49-92歳)、男性16人、女性30人であった。疾患は大腿骨近位部骨折19名、腰椎疾患7名、脳梗塞5名、腰椎圧迫骨折4名、変形性股関節症、廃用症候群が各3名、骨盤骨折、頸椎疾患が各2名、膝疾患が1名であった。除外基準は、手術後10日以内の者や、術後の創部痛が残存する者、既往に下肢の手術歴がある者とした。測定項目はTUGを計測、病棟歩行自立群と非自立群との間でTUG計測値、年齢、性別割合を比較した。TUGは運動機能評価として原法に準じ快適速度にて3回行い、その平均を採用した。計測値は、病棟歩行自立と非自立を予測する為のカットオフ値を、Receiver Operating Characteristic Curve(以下ROC曲線)を用いて検討した。また、自立群内における年代比較(70歳未満と70歳以上)と性別間比較を行った。統計処理はt検定、Mann-WhitneyのU検定にて行い、有意水準5%とした。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき、対象者全員に本研究の主旨を説明し、同意を得た。【結果】 TUG測定値は自立群14.0±3.4、非自立群27.1±12.1で有意差を認めた(p<0.01)。年齢も自立群71.7±8.3、非自立群75.6±12.6で有意差を認めた(p<0.05)。性別割合は自立、非自立群ともに男性:女性=8:15と同一であった。TUGカットオフ値はROC曲線より16.1秒(感度0.91、特異度0.87)と判断した。また、14.2秒以下であると全員病棟歩行自立、25.6秒以上だと全員非自立という結果になった。自立群内における、70歳未満と70歳以上の年代間と、性別間において有意差はみられなかった。【考察】 これまで当院では、歩行自立の判断は理学療法士による主観的評価に頼る事が多い現状があった。そこで本研究では、客観的指標であるTUGを当院入院患者にて計測し、歩行自立の判断基準を検討した。結果、自立群で有意に速く、カットオフ値16.1秒、また14.2秒以下は全員自立であった。先行研究では20秒以下でADLにおける移動課題が自立、屋外移動に十分な速度があるとするものや、地域高齢者の転倒境界値は10-12秒、他に転倒予測値13.5秒と示しており、当院での結果もほぼ近似する値となった。ただし、カットオフ値を含めた14.2秒-25.6秒の間には、病棟歩行自立、非自立群が混在しており、他の要因の影響が示唆される結果となった。また、年齢も非自立群で有意に高い結果となった。歩行機能の縦断的調査では、70代前半から歩行機能低下率が増大するといわれており、今回も加齢による差を認めたものと考えられる。一方、性差割合は自立、非自立群で同一、自立群内のTUG性差も有意差のない結果となった。TUGの性差については男性が有意に速いといわれているが、今回の結果は急性期から亜急性期の運動機能障害を抱える入院患者の歩行自立の判断には、性別は影響しないことが考えられた。以上より、当院における病棟歩行自立のTUG目標値は16.1秒、特に14.2秒以内であれば自立レベルであることが示唆された。また理学療法においては、加齢による運動機能低下に対しての対応を考慮する必要があると考えられた。疾患については今回同一でなく、今後疾患によるカットオフ値の差が生じてくる可能性があり、検討課題と考えている。【理学療法学研究としての意義】 本研究では当院急性期から亜急性期入院患者における歩行自立の判断基準を、運動機能評価の一つであるTUGを用いて行い、客観的数値を示した。今後、他の要因にも着目して研究を継続していく事で、臨床で歩行自立の可否判断を行う際に有益な情報になると考える。
  • ─歩行中の視覚運動制御の検討:第3報─
    吉田 啓晃, 中山 恭秀, 安保 雅博, 樋口 貴広
    p. Aa0160
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 第46回全国学会にて,平地路面において下方を向きながら歩く脳卒中片麻痺者は,麻痺側下肢を遮蔽した場合に歩行速度や体幹動揺に影響があり,麻痺側下肢を視野に入れて歩いている可能性があることを報告した.本研究では平地路面よりも難易度の高い不整地路面において,下肢視覚情報遮断が歩行能力に及ぼす影響を検討した.仮説として,歩行難易度が上がることで足もとの視覚情報の重要性が高まるため,下肢視覚情報遮断がもたらす悪影響がより顕著になると予想した. 【方法】 対象は,脳卒中片麻痺者12名(男6女6,60.9±10.4歳)と健常者7名(男4女3,57.5±2.3歳)とした.片麻痺者は,介助なしに歩行できる者とし,高次脳機能障害を有する者は除外した.内訳は,脳梗塞9例,脳出血3例,右麻痺7例,左麻痺5例で,発症からの期間は平均1062.5±901.4日であった.対象者は,麻痺側下肢の視覚情報を遮断するための遮蔽板を装着し,平地路面(10m)と不整地路面(6m)をできるだけ速く歩行した.その際,第3腰椎部に3軸加速度計を取り付けた.遮蔽には,上前腸骨棘の高さに長方形の紙(横15cm縦20cm)を取り付けた.不整地路面として,フィットネスマット(Airex社製)を床に敷いた.路面要因2水準,下方遮蔽板装着要因2水準の全4条件を各3回,計12試行おこなった.従属変数は,歩行速度及び加速度計から得られた動揺性指標とした.動揺性指標は,10歩行周期分のデータから3軸加速度各成分のRoot Mean Squareを求め,歩行速度の2乗で除した値を用いた.いずれの従属変数も3試行の平均値を求めた.また,床面に対する頭部ピッチ角をビデオ画像より算出した. 解析は,片麻痺者について平地遮蔽なし条件の頭部ピッチ角より下向き群(-10°以下)及び前向き群(-10°より上)に分類した.各群の歩行時の頭部ピッチ角について,路面間の変化を二元配置分散分析にて比較した.各群の路面・遮蔽要因間の歩行速度,体幹動揺の変化は,群内で標準化(z変換)した後,三元配置分散分析(群×路面×遮蔽条件)にて比較した.【説明と同意】 当大学倫理委員会の承認を受け,対象者に目的・方法を説明した後,同意を得て施行した.【結果】 頭部ピッチ角の平均(平地/不整地)は,下向き群(4名)は-11.7±0.8°/-17.9±2.4°,前向き群(8名)は-3.7±3.0°/-8.9±4.8°,健常群は2.7±0.2°/1.7±0.2°であった.二元配置分散分析の結果,交互作用が有意であり,前向き群および下向き群のいずれも,不整地において頭部ピッチ角が低下していることから(p<.01),下を向いて歩く傾向が強くなったといえる.平地遮蔽なし条件における各群の平均歩行速度は,下向き群0.55±0.23 m/s,前向き群1.20±0.45 m/s,健常群1.93±0.24 m/sであった.群×路面×遮蔽条件の三元配置分散分析の結果,路面に主効果があり歩行速度が低かった(p<.01).また,群×遮蔽条件にのみ交互作用を認めた(p<.01).群を含む要因に交互作用を認めたことから,群ごとに路面×麻痺側遮蔽の二元配置分散分析をおこなったところ,いずれの群にも交互作用は認めず,下向き群のみ遮蔽条件に主効果があり歩行速度が低かった(p<.05).以上より,平地・不整地いずれの路面においても,下向き群のみが麻痺側遮蔽の影響を受け,歩行速度の低下,および体幹動揺の増加が見られた.【考察】 片麻痺者は下向き群のみならず,前向き群も不整地において下を向く傾向を示した.しかし,平地・不整地ともに下向き群のみが下方遮蔽板装着の影響を受け,麻痺側遮蔽時に歩行速度が低下し,動揺性は増大した.このように下を向きながら歩く片麻痺者にとって,麻痺側下肢の視覚情報は必要な情報と言える.つまり,麻痺側下肢の機能低下を視覚により補償していることが推察された.しかし,下向き群の麻痺側下肢遮蔽による影響は,不整地でより顕著になるわけではなかった.本実験で用いた不整地路面は,接地状況や立位での荷重感覚がつかみにくく,主に歩行周期の立脚期に影響を及ぼす課題と考えられる.下向き群にとって,平地および不整地で麻痺側遮蔽による影響が同程度であったということは,必要な視覚情報は立脚に関する下肢の情報ではなく,遊脚の情報と言えるかもしれない.つまり,振り出すタイミングや遊脚中の下肢の動きの情報が必要と推察される.さらに,前向き群においても不整地ではやや下方を向く傾向にあったが,下肢遮蔽による影響はなかった.このような症例にとっては,不整地で下方を向くことの機能的意義は,麻痺側下肢を視覚でとらえるためではなく,路面環境の把握や視覚的定位を得るためと考えられた. 【理学療法学研究としての意義】 片麻痺者が歩行中に下方を向くことがフィードバックあるいはフィードフォワード機構に有益かどうか,機能的意義を見極めることが,具体的な介入方法の提案につながると考える.
  • ─ランダム化比較試験による検証─
    土井 剛彦, 牧迫 飛雄馬, 島田 裕之, 吉田 大輔, 堤本 広大, 上村 一貴, 澤 龍一, 朴 眩泰, 阿南 祐也, 大矢 敏久, 鈴 ...
    p. Aa0161
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 軽度認知機能障害(mild cognitive impairment: MCI)を有する者はアルツハイマー病(Alzheimer's disease: AD)への移行リスクが高い。一方、MCIの状態から認知機能が改善される可能性が示されており、MCIはAD発症予防の観点から注目されている。MCIの認知機能低下予防をするために様々な介入プログラムの効果が検討されているが、中でも有酸素運動を中心としたプログラムがMCI高齢者の認知機能向上に効果を有している事が明らかになりつつある。我々は、認知機能低下の予防を目的として有酸素運動を中心とした複合運動プログラムを開発し、歩行プログラムを積極的に取り入れた。しかし、MCIに対して行われている運動プログラムが、歩行能力自体にどのような効果を有しているのかは未だ明らかになっていない。また、高齢者が安定かつ効率的に歩行するためには体幹安定性を高めることが重要とされている。そこで、本研究の目的は、MCIを有する高齢者を対象に、6か月間の複合的運動プログラム実施が、体幹安定性を含む歩行能力にどのような影響を与えるかを、ランダム化比較試験にて検証した。【方法】 対象は、高齢者の認知機能低下予防を目的としたOBU studyに参加し、ベースライン調査を受けた地域在住高齢者135名のうち、Petersonの基準を満たしたMCI高齢者100名(年齢: 75 ± 7 歳、男性: 51名)とし、運動群と講座群の2群にランダム割り付けを実施した。運動群は、有酸素運動を中心とし、筋力トレーニング、バランストレーニング、記憶・学習を要する運動課題や同時課題(dual-task)での運動を複合的に実施するプログラムを行った。一回の介入時間は90分とし、週2回、合計40回を6か月にわたり実施した。講座群の者は、期間中に2回開催された健康に関する講座を受講した。介入前のベースライン時と介入終了時(6か月後)に歩行の評価を行った。歩行の評価には小型の3軸加速度計を用い、第3腰椎棘突起部付近に装着させた。歩行路は平坦な11mとし、中央5mの歩行時間と5歩行周期における加速度データを取得した。歩行条件は通常歩行と数字の逆唱を行いながら歩行するdual-task歩行の2条件とし、周波数解析により歩行の滑らかさを表す指標としてharmonic ratio(HR)、歩行時間から歩行速度を各々算出した。HRは値が大きいほど歩行が安定しているとされ、3軸の各方向におけるHRを算出した。統計解析は、ベースライン評価時における対象特性を群間比較するために対応のないt testを行った。各歩行指標において、ベースライン時と介入終了時の値に対し、介入効果を検証するため、歩行速度以外の指標に対しては共変量に性別ならびに歩行速度を用い、介入要因と群要因を検討する共分散分析を行った。全ての解析は、5%未満を統計学的有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は国立長寿医療研究センター倫理・利益相反委員会の承認を得た後に実施し、対象者より、事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明し同意を得た。【結果】 ベースライン時での対象特性(年齢、性、body mass index)に群間差はみられなかった。各歩行指標において、群要因と介入要因の交互作用により介入効果が認められたものは、通常歩行においては、HRの垂直方向(F = 6.58, p = .012)と前後方向(F = 4.38, p = .039)であり、dual-task歩行においても同じくHRの垂直方向(F = 6.34, p = .014)と前後方向(F = 4.43, p = .038)において有意な介入効果がみられた。【考察】 本研究の結果から、軽度認知障害を有する者に対し、複合的運動プログラムが通常歩行ならびにdual-task歩行時の体幹安定性向上に効果を有していることが明らかになった。高齢者における歩行時の体幹安定性を保つことは安定した歩行を行うために不可欠であるが、運動介入が歩行の体幹安定性に与える効果はこれまで明らかになっておらず、本研究の結果が初めて示したこととなる。効果がみられた要因として、実施した複合的運動プログラムにおいて、有酸素運動メニューや屋外メニューとして歩行を実施した頻度が高かったことやdual-taskのプログラムも歩行を取り入れたものを多く実施したことがあげられる。また、dual-taskトレーニングの効果は課題特異性が高いことが先行研究により明らかとされており、本研究もその結果を支持した形となる。フォローアップを含め、更なる介入効果の詳細な検討を行い、より効果的なプログラムを完成させる必要がある。【理学療法学研究としての意義】 MCIの発症予防ならびに認知機能低下予防に対して運動療法の効果が期待されており、その効果の一つとして歩行能力が改善するというエビデンスを示した。歩行は理学療法士がアプローチする機会の多い動作であり、MCIのための運動プログラムにおいて理学療法が寄与できる可能性を示したと考えられる。
  • ─Functional Balance Scaleによる検討─
    北地 雄, 原島 宏明, 宮野 佐年
    p. Aa0162
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 Functional Balance Scale(FBS)は、多様な項目により対象者のバランス能力を広く評価できる妥当性のある評価指標である。一方で、バランス能力を構成する要素を運動学的に分類するとa.静的バランス(静止姿勢保持と支持基底面の変化のない重心移動)b.動的バランス(支持基底面の変化する重心移動)c.外乱負荷応答に分けられることが知られている。FBSは上記の概念からaとbを主に評価している総合的バランス評価である。しかし、FBSは項目数が多く評価に時間を要する欠点があることも知られている。また、実際にFBSの下位項目を分類した研究はみあたらない。そこで、本研究の目的はFBSの下位項目を分類し、その分類から歩行自立度を判断することとした。【方法】 対象は脳血管疾患により片麻痺を呈した59名である(年齢64.3±12.5歳、発症からの期間83.8±51.1日)。なお、検査結果や日常生活に影響を及ぼすような高次脳機能障害、認知症を有する者はいなかった。調査項目は麻痺側下肢Brunnstrom Stage(下肢BS)、Timed Up and Go test(TUG)の3m最大速度条件、麻痺側下肢荷重率(荷重率)、Barthel Index(BI)、FBSとした。統計学的解析は、事前にShapiro-Wilk検定にて正規性を確認後、各項目間の相関関係をPearsonとSpearmanの相関係数にて検討した。歩行自立群と非自立群の比較はt検定とMann-WhitenyのU検定にて検討した。FBS下位項目の分類は因子分析にて検討した。その後、分類された因子ごとにFBS下位項目得点を並べ替え、FBSの分類因子が歩行自立度に与える影響を確認するため、ロジスティック回帰分析を行った。さらに分類因子に臨床的意義を与えるため歩行自立を判断するカットオフ値をROC曲線から判断した。全ての統計はSPSS18.0J for Windowsを使用し有意水準は5%とした。【説明と同意】 対象者には事前に研究の概要を説明し、理解を得た後、研究参加の同意を得た。【結果】 ほとんどすべてのパフォーマンス指標間に相関関係があり、自立群と非自立群の間に有意差が認められた。FBSの因子分析の結果、第2因子までが有効であった。しかし、臨床的解釈が困難であり因子数を3とし再解析した。その結果、ほぼ同じような結果が算出された。つまり第1因子(因子寄与率53.65%)は動的バランス(項目8,10,11,12,13,14)であり、第2因子(因子寄与率10.70%)は静的バランス(項目2,6,7,9)であり、第3因子(因子寄与率6.91%)は粗大下肢筋力(項目1,4,5)であった。なお、これら因子間の相関関係は良好であった(r=.574~.779)。これらの各因子の合計点によるロジスティック回帰分析(尤度比による変数減少法)において、第1因子のみが採択された(p<.001:偏回帰係数-0.341、定数4.546:オッズ比1.406、95%CI 1.183~1.669:判別的中率78%)。歩行自立を判断するカットオフ値は第1因子、第2因子、第3因子それぞれ14.5/24点、15.5/16点、10.5/12点であった。感度および特異度はそれぞれ71.9および85.2%、81.3および55.6%、96.9および55.6%であった。【考察】 FBSの因子分析では初期解の推定に最尤法を、因子の回転としてバリマックス法を用いた。なお、項目3座位保持は全例満点であり解析から除外した。最初に採択された2因子は、ほぼ静的バランスと動的バランスの概念で説明できる分類であったが、因子負荷量から解釈が困難な項目があった。そこで、因子数を3とし再解析した結果、上記のようになった。なお、項目7閉脚立位は因子負荷量が第2因子で.332であり第3因子で.358とほぼ同様の結果であったため、解釈の容易な第2因子に含めた。各因子の歩行自立のカットオフ値について、第1因子(動的バランス)では感度と特異度のトレードオフが著しかった。つまり、第1因子の得点は自立群と監視群とも比較的広く得点が分布した。第2、3因子は両項目ともほぼ天井効果を示した。そこで、特に第1、3因子(動的バランスと下肢粗大筋力)と歩行自立度の関係を検討した。第1、3因子は線形関係にあり(r2=.525)、第3因子が11点以上あり、かつ第1因子が13点以上の歩行自立群と非自立群の割合は50%、14点以上で33%、16点以上で25%であった。これはつまり、静的バランス、下肢粗大筋力が十分良くなった上で、動的バランス能力が歩行自立度に大きな影響を与えることを意味している。【理学療法学研究としての意義】 今回の結果は、FBSの短縮版として有用である。また、下肢粗大筋力は動的バランスと線形関係にあった。今回のような静的、動的バランスおよび下肢粗大筋力の各項目の検討と、それらの相互作用の結果である全体の能力を考慮することが重要である。
  • ─既知のバランス評価と杖使用有無による分類を用いて─
    宮田 一弘, 小林 正和, 篠原 智行, 後閑 浩之
    p. Aa0163
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに】 バランス能力はわたしたちの行動を支えている重要な身体能力であり、その評価や介入は理学療法士に必須である。バランス能力の評価はBerg Balance Scale(BBS)やTimed Up and Go Test(TUG)などの指標が本邦で広く使用されている。これらは、対象者の継時的な変化や転倒Cutoff値などについて様々な報告がされているが、バランス障害の問題点を明確にし、介入に直接結びつけるには不十分である。Horakら(2009)はバランス障害に対して特異的に介入できるようにバランスを1.生体力学的制限、2.安定限界/垂直性、3.予測的姿勢制御、4.姿勢反応、5.感覚適応、6.歩行安定性という6つの制御システムとして捉えるBalance Evaluation Systems Test(BESTest) を開発した。本研究の目的は、既知のバランス評価や杖使用の有無により対象者を群分けすることで、BESTestが持つバランス制御システムの特性を分析することである。【方法】 対象は入院または通院中に歩行が監視以上であった者73名(男性35名、女性38名、平均年齢70.8±12.4歳)とした。内訳は脳血管障害患者33名、骨折患者28名、脊髄損傷患者8名、切断患者2名、関節リウマチ患者1名、慢性腎不全1名であり、歩行監視18名、歩行自立55名であった。測定項目はBESTest、TUG、BBSとした。対象者をバランス能力別に細分するために、全対象者の中で以下の条件で群分けを行った。[群分け1:TUG] 10秒以下をFast群、10.1~13.5秒をModerate群、13.6~20.0秒をSlow群とした。[群分け2:BBS] 46~50点をLow群、51~56点をHigh群とした。[群分け3:杖の有無]歩行自立者の中で杖なし者をFree群、杖使用者をCane群とした。統計解析は、各群分けの内にてMann-WhitneyのU検定を行い、群分け1の検討では多重比較の際にBonfferoniの不等式にて有意水準を修正した。なお、有意水準は5%とした。【説明と同意】 本研究の趣旨を説明し書面にて同意署名を得た。【結果】 TUGの各群の人数及びBESTest各セクションと合計の中央値は、Fast群35名(1:80.0%、2:85.7%、3:81.0%、4:83.3%、5:93.3 %、6:85.7%、合計82.9%)、Moderate群17名(1:73.3%、2:82.2%、3:69.5%、4:72.2%、5:96.7%、6:71.4 %、合計77.3%)、Slow群13名(1:66.7%、2:77.8 %、3:50.0 %、4:55.6 %、5:80.0%、6:61.9%、合計64.8%)であった。統計解析の結果、Fast-Moderate群間ではセクション6、Fast-Slow群間ではセクション1~6と合計、Moderate-Slow群間ではセクション3と合計で有意差が認められた。BBSの各群の人数及びBESTest各セクションと合計の中央値は、Low群17名(1:70.0%、2:81.0%、3:58.4%、4:69.5%、5:90.0%、6:66.7 %、合計69.9%)、High群41名(1:80.0%、2:85.7 %、3:77.8 %、4:77.8 %、5:93.3%、6:81.0%、合計83.3%)であった。統計解析の結果、セクション1、3、4、6と合計で有意差が認められた。歩行自立者の各群の人数及びBESTest各セクションと合計の中央値は、Free群28名(1:81.8%、2:83.8%、3:79.5%、4:78.0%、5:93.1%、6:82.0 %、合計82.6%)、Cane群24名(1:71.5%、2:85.7 %、3:68.0 %、4:77.1 %、5:92.3%、6:72.8%、合計77.7%)であった。統計解析の結果、セクション3、6で有意差が認められた。【考察】 BESTestの各セクションは、篠原ら(2011)により互いに関連性を有しながらも、それぞれ別の制御システムの評価であることが確認されている。本結果では、BSETestの1、2、4、5のセクションは群分け1のFast-Slow群間のみ、もしくは群分け2において有意差が認められたが、3と6のセクションは最も多くの群において有意差が認められた。このことより、BESTestが持つバランス制御システムは難易度で大きく2つのユニット構造を成している可能性が考えられた。バランス制御の基礎的なユニットに生体力学的制限、安定限界/垂直性、姿勢反応、感覚適応などのシステムが存在し、応用的なユニットに予測的姿勢制御、歩行安定性が存在していると考えることができる。また、本結果は既知のバランス評価とBESTestとの関係から、既知のバランス評価がどのバランス構成要素の問題を示しているのか検討できる可能性も示唆された。本研究の限界は、疾患別に対象者を分類していないことだが、BESTestが疾患特性を示す評価であるのか否かについては今後、検討の必要がある。【理学療法学研究としての意義】 これまでに、バランス能力別に対象者を分類し、その制御システムについて検討した報告は見られなかった。本研究では、BESTestの持つバランス制御システムの特性が明らかになり、それは難易度でユニット構造を成している可能性が示唆された。そのため、本研究は今後、臨床でバランス能力向上を目的とした理学療法介入を選択する際に有意義な知見と考えられる。
  • 丸山 拓朗, 谷 浩明
    p. Aa0164
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 運動学習にはフィードバックによる情報が一定の役割を果たしている.特に,視覚的フィードバックは,目標からの細かいズレを学習者に提示するのが容易なことから,スポーツやリハビリテーションの現場でしばしば用いられている.ただ,こうしたフィードバックをどのような提示様式で与えるかについては,指導者,あるいは用いる機器の特性に委ねられている.そこで,今回,体重移動の課題を用いて,視覚性フィードバックの提示様式を変化させた場合に,そのパフォーマンスの改善や学習効果に違いがあるかを確かめることを目的として研究を行った.【方法】 対象は,神経的,整形外科学的障害を有しない健常成人63名(男性:36名,女性:27名,年齢:19.7±0.83歳)である.運動課題は,静止立位の状態から一側下肢(右)への体重移動とした.荷重目標値は体重の2/3とし,目標値を維持するのではなく,一峰性の荷重曲線を描くように体重移動後は速やかに静止立位へ戻ることとした.運動課題遂行時,対象者の前に置かれたモニタ上に荷重目標値,自ら産出した荷重量を同時フィードバックとして提示した. フィードバック提示方法は,荷重量の変化が針の直線的な動きで表示されるメータ表示と自らの荷重変化が時間軸に沿って表示される荷重曲線表示の二種類とした.この2つの提示方法に,荷重変化の提示方向の違い(垂直方向,水平方向)を加え,メータ表示-垂直方向群,メータ表示-水平方向群,荷重曲線表示-垂直方向群,荷重曲線表示-水平方向群の4群で比較を行なった. 実験は,練習相(18試行)と想起相(6試行)で構成された.練習相では,それぞれの条件で毎試行,視覚性フィードバックが付与された.想起相では,5分後,24時間後にそれぞれ3試行のフィードバックなしの想起テストを実施した.1試行はすべて12秒で終わるように統制した.荷重量の変化は,荷重変換器(共和電業:特注)で検出し,ストレインアンプと一体化したA/D変換器(共和電業:PCD300B)を介して500Hzのサンプリング周期でパーソナルコンピュータに取り込んだ. 測定後,全24試行を3試行ごとの6ブロックに分け,各ブロックで,恒常誤差(以下,CE),変動誤差(以下,VE)を算出し,目標値で正規化した.これら2つの指標の練習相,想起相について,試行ブロック,提示方法,提示方向の3要因による分散分析を行った.統計学的解析にはSPSS Ver.17.0を用いた.【説明と同意】 国際医療福祉大学倫理委員会(11-14)の承認を受け,参加者に紙面および口頭にて十分な説明を実施し同意を得たものを対象とした.【結果】 練習相でのCEは全体的に減少傾向を示し,試行ブロックによる主効果が認められた(F=28.04,p<0.01)ほか,試行ブロックと提示方向の交互作用が見られた(F=6.63, p<0.01).VEは練習相において,メータ表示の方が低い値を示す傾向が見られた.解析の結果,試行ブロック(F=19.84, p<0.01)に加え,提示方法による主効果(F=6.03, p<0.05)が認められた.想起相でCEはすべての条件で上昇傾向を示したが,提示方法にかかわらず,垂直方向での提示が水平方向に比べて低値を示した.解析の結果,試行ブロック(F=35.10, p<0.01),提示方向(F=6.76, p<0.05)の主効果が認められた.想起相でのVEはほとんど変化がなく,統計的な有意差は認められなかった.【考察】 CEの結果は,練習によって体重移動課題がうまくなっていることを示している.加えて,想起相では水平方向の提示が垂直方向のそれより有意に低いことから,体重移動課題の学習においては垂直方向への視覚性フィードバックが有効であると推察される.これに対し,VEの練習中には提示方法による差が認められ,メータ表示の方が練習中のパフォーマンスにおいて有利であることが示された.また,想起相においてCEが24時間後には値を大きく上昇させてしまうのに対し,VEはいずれの条件でも低い値が維持されていた.これは,本研究の課題で,学習者が課題遂行と同時に提示する視覚性フィードバックを利用する際の方略の特徴を表しているとも考えられる.【理学療法学研究としての意義】 今回,体重移動課題の練習では垂直方向へのメータ表示のフィードバックが効果的とする結果が得られた.これは,課題によって最適なフィードバックの提示様式があることを示唆している.この研究結果をふまえ,より臨床的な検証を進めることで,視覚性フィードバックを用いた有効な運動指導方法や治療用機器の設計の一助となる可能性が考えられる.
  • 東口 大樹, 大矢 敏久, 高橋 秀平, 西川 大樹, 上村 一樹, 内山 靖
    p. Aa0165
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 理学療法の臨床現場では学習において視覚によるフィードバック(以下FB)がよく利用されその効果も明らかとなっているが、モニタやスクリーン等の準備が必要となる。一方、聴覚FBは簡易に与えることが可能で臨床現場への応用性が高いが、聴覚FBが及ぼす影響についての報告は限定的である。Ronsseら(2011)は、聴覚FB、視覚FBを与えた際の上肢運動学習において、視覚FBは学習の習熟過程での学習効果が大きいこと、また、それぞれのFBを取り除いたときに視覚FBはその後の学習効果が保持されなかったのに対し、聴覚FBでは学習効果が保持されたと報告している。姿勢制御課題に対する感覚FBの影響について多くの報告があるが、聴覚FB・視覚FBを用いた効果的な運動学習の習熟過程および保持効果への影響は明らかにされていない。本研究では、聴覚FBと視覚FBが姿勢制御課題での運動学習の習熟過程・保持への影響を比較し、その特性を明らかにすると同時に、効果的な運動学習方法を考案するための基礎データを得ることを目的とする。【方法】 対象者は健常大学生32名(年齢21.8±2.4歳)であった。FBの種類と学習習熟過程中にFBを除去するかを考慮し、1)視覚FB群、2) 聴覚FB群、3)視覚FB除去群、4)聴覚FB除去群の4群に分類し、男女によるブロック層別化の上で、無作為に群分けした。対象者は、重心動揺計(アニマ社製ツイングラビコーダ G-6100)上でRomberg肢位となり、運動課題として、足圧中心点(COP)のマーカで、一定速度で動く指標を追従するボディトラッキングテスト(BTT)を1試行あたり30秒間行った。重心動揺計の取り込み時間は50ミリ秒とした。評価指標は、指標とCOPの位置座標との誤差の平均値(以下、誤差平均値)とした。PC画面上に表示される指標を視覚FBとし、一定周波数のメトロノーム音を聴覚FBとした。実験1では、学習の習熟過程にFBの種類およびFBの除去が与える影響を検討するため、同一日内に5試行を1セットとし7セット行った。FB除去群では6セット目から各FBを除去した。実験2では、学習の保持にFBの種類およびFBの除去が与える影響を検討するために、1週間後に、FBを与えた課題と除去した課題を各1セットずつ行った。統計処理は分散分析および事後検定を用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 所属施設生命倫理審査委員会の承認を得た上で行った。被験者には、個別に研究内容の説明を行い文書により同意を得た。【結果】 実験1の誤差平均値は、視覚FB群で聴覚FB群に比べ、全セットで有意に小さかった{1セット目;視覚FB群0.70±0.12(cm)、聴覚FB群1.19±0.30(cm)}{7セット目;視覚FB群0.43±0.07(cm)、聴覚FB群0.81±0.19(cm)}。 実験1の6セット目でFBを除去した場合の誤差平均値は、聴覚FB除去群と視覚FB除去群との間に有意に交互作用がみられ、聴覚FB除去群では視覚FB除去群に比べ変化率が有意に小さかった{聴覚FB除去群5セット目1.09±0.34(cm)-6セット目2.14±0.76(cm)、視覚FB除去群5セット目0.63±0.09(cm)-6セット目2.63±0.53(cm)}。実験2の誤差平均値は、視覚FB群では聴覚FB群に比べ、FBを与えた課題で有意に小さかった{視覚FB群0.65±0.11(cm)、聴覚FB群 1.27±0.36(cm)}。また、FBを与えた課題とFBを除去した課題ともに聴覚FB群と聴覚FB除去群に有意な差はみられなかったが、FBを除去した課題の誤差平均値は、視覚FB群で視覚FB除去群に比べ有意に大きかった{視覚FB群3.31±0.88(cm)、視覚FB除去群2.23±0.55(cm)}。【考察】 視覚FBは聴覚FBに比べ、習熟過程および学習の保持において誤差が小さく、学習効果が大きかった。これは、視覚FBは聴覚FBに比べ空間認知情報が多く位置の誤差修正は習熟しやすいためであると考える。また、視覚FB群は学習の習熟後にFBを除去した場合、与え続けた場合に比べ学習効果の保持が良好となる可能性が示された。一方、聴覚FBは視覚FBに比べ、習熟過程や学習の保持において、そのFBを除去した場合でもパフォーマンスに与える影響が少なかった。トラッキング課題は純粋なFB制御に加え、予測的な制御が関わるといわれている。聴覚FBは視覚FBに比べ、空間認知情報が少なく、学習が習熟するにつれて、予測的な制御が行われるようになることで、内部モデルの形成が促進されるのではないかと考える。【理学療法学研究としての意義】 高齢者や有疾患者などのバランス練習を行う際に、聴覚FBと視覚FBを組み合わせた効果的な練習方法を考案するための基礎データが得られた。今後、介入研究を行うことで学習の習熟初期では視覚FBを用い、習熟が進行とともに聴覚FBを用いることが有効な練習方法となる可能性が示され、効果的な理学療法への発展が期待できる。
  • ―足底圧中心による検討―
    丸岡 祥子, 高木 綾一, 鈴木 俊明
    p. Aa0166
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 あらゆる運動が生じる際には、その主動作に先行した予測的な姿勢制御の機能が求められると報告されており、これを先行随伴性姿勢調節(以下、APA )という。日常生活の場面では肘関節や手関節のような上肢遠位部の関節運動時に姿勢を安定させるために、APA が作用していると考えられる。しかしながら、上肢遠位部の関節運動時におけるAPA に着目した報告は見当たらない。そこで本研究では肩関節屈曲位を保持した状態からの肘関節伸展運動という上肢遠位部の関節運動時COPの前後方向移動パターンに着目し、APAについて検討した。【方法】 対象は整形外科学的および神経学的に問題のない健常男性10名とした。平均年齢は23.8±1.9歳であった。まず、両足底を重心バランスシステムJK-310(ユニメック社製、以下重心計)上に置き、立位姿勢を保持した。運動課題の開始姿勢は右肩関節・肘関節120°屈曲位とし、右示指を側頭部に触れる肢位とした。次に運動課題として、任意のタイミングで右肩関節屈曲位を保持したまま右肘関節を伸展し、前方の対象物に指尖を触れた。このとき右示指の先端に添付した自作のスイッチに対象物が接触することにより動作の開始と終了を判断した。動作課題は、5秒以上開始姿勢を保持したのち、任意のタイミングで1)出来るだけ速い速度で肘関節を伸展する(以下、速い課題)、 2)1秒以上2秒未満で肘関節を伸展する (以下、遅い課題)の2種類の課題を3回ずつ施行した。このとき、重心計よりCOP移動を計測し、それぞれの課題時におけるCOP移動パターンを分析した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には実験の目的および概要、結果の公表の有無と形式、個人情報の取り扱いについて説明し、同意を得た。【結果】 速い課題において、COPが動作開始直前にX軸方向(左右方向)は正の方向(右側)、Y軸方向(前後方向)は負の方向(後方)に同時に移動し始めるパターンが速い課題全30試行のうち16試行であった。その他、速い課題においてはCOP動作開始直前に右側・前方に移動するものが8試行、左側・後方に移動するものが6試行であった。以上のことから、30試行中、COPが後方に移動するのは22試行であった。遅い課題では、COPが動作開始直前に右側・後方へ移動するものが、全30試行のうち5試行であった。その他、遅い課題においては、右側・前方に移動するものが18試行、左側・後方に移動するものが3試行、左側・前方に移動するものが4試行であった。以上のことから、30施行中、COPが後方に移動するのは8試行であった。【考察】 速い課題では、動作開始直前COPが後方に移動するパターンは22試行と最も多く観察された。また、遅い課題において動作開始直前にCOPが後方に移動するパターンは8試行であった。健常者においては一側上肢を高速に挙上した場合、急速な重心の前方化を制御するために動作開始直前にCOPが後方に移動するAPAが生じると報告されている(高木 2007)。また、高木らの報告では、高速に上肢を挙上した場合このようなCOPの移動は測定した対象者全例の全試行で見られたと報告している。本研究の速い課題においても急速に肘関節伸展を行うため、身体重心が急速に前方に変位すると考えられる。そのため、動作開始前に重心を後方に移動させることで、動作開始後の過度な重心の前方移動を予め中和していると推察された。しかしながら、高木らの報告と異なり、速い課題においてはCOPが前方へ移動するパターンが見られた。これは本研究で用いた開始姿勢より肘関節を伸展するという上肢遠位関節の運動では、立位姿勢からの重心の前方化が少ないため、APAの必要性が少なくなったためと考えられた。遅い課題では速い課題と比較して動作開始直前のCOP移動パターンに一貫性はなく、同じ対象者の試行間でもばらつきが認められていた。このことから遅い動作課題は速い課題と比較して肘関節の伸展動作が遅いため、身体重心の変位に対して姿勢の安定化のためのAPAの必要性が低いと推察される。つまり、遠位関節運動を遅い速度で行う課題は、身体にとって容易に支持基底面内に重心を保持することができる課題であると考えられる。以上のCOPの移動パターンの分類により、健常者では高速に上肢遠位関節の運動を行う場合においても、動作遂行に伴う姿勢の不安定を動作開始直前に予め制御するためのAPAが存在することが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究より立位において上肢遠位関節の運動を高速に行うような動作(前方にものを投げる等)においては、動作開始直前のCOP移動を配慮した理学療法評価や治療が必要と考えられた。
  • ─合図の有無による変化─
    齋藤 成也, 菅原 和広, 徳永 由太, 渡辺 知子
    p. Aa0167
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 体幹の動揺を防ぐ姿勢制御メカニズムの一つにfeedforwardコントロールがある.このコントロールは,四肢筋の活動に先行して体幹筋が活動を始めることで,動作による体幹の動揺を防ぎ,脊柱の安定性に重要な役割を果たしているといわれている.また,feedforwardコントロールの発揮は予測の有無により決定され,予測不可能な外乱に対しては当てはまらないことが報告されている.しかし,これらの研究は外部から身体へ外乱を与えるものが多くみられ,自己意志による運動開始時と,視覚誘導性運動時の運動開始時を比較している研究は少ない. また,体幹筋の中で腹直筋はモーメントアームが長く,筋腹が3~4つに分けられるという特殊な形態であり,腹直筋の筋活動を上部線維と下部線維に区別した報告がいくつか存在する.そのため,姿勢制御の際に腹直筋上・下部の筋活動に違いがあるのではないかと考えられる.今回は,(1)上肢挙上時の運動発現要因が,自己の意志による運動と,視覚誘導性運動でのfeedforwardコントロールの違いについて明らかにすることと,(2)腹直筋を上・下部と分類し,両側の体幹筋を計測することで各筋線維の筋活動の特徴を捉えることを本研究の目的とし調査した.【方法】 対象は,神経筋骨格系疾患の既往のない健常右利き男性12名とし,身長は171.7±4.1cm(mean±SD),体重は61.5±5.3kg,年齢は21.3±1.2歳であった.測定筋は三角筋前部線維(Anterior Deltoideus:AD),両側腹直筋上部(Upper Rectus Abdominis:URA)下部(Lower Rectus Abdominis:LRA),両側脊柱起立筋(Erector Spinae: ES)の7ヶ所とした.対象者には,自分のタイミング(自己意志)と光センサーの発光後(視覚誘導性)にそれぞれ右上肢挙上を最大速度で行わせた.得られた筋電図はADの筋活動発現時間を0msとし,各筋線維の筋活動発現潜時を求め,ADの筋電図発現時間との差を算出した.自己意志時と視覚誘導性運動時の筋活動発現潜時の比較については,ウィルコクソン符号付順位和検定を用いた.また,それぞれの条件下での各筋線維間の筋活動発現潜時の比較には二元配置分散分析を行い,事後検定としてTukey-Kramer法を用いた.尚,有意水準は5%に設定した.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者に対しては実験前に口頭で本研究の目的及び内容を説明し,同意を得た.【結果】 自己意志時において左ESは-20.3±30.1ms,右ESは52.4±55.3ms,右LRAは141.5±65.6ms,左LRAは190.2±46.8msであった.一方,視覚誘導性運動時では左ESは51.2±29.6ms,右ESは91.1±56.7msであり,右LRAは176.3±61.2ms,左LRAは223.1±21.1msであった.自己意志時と視覚誘導性運動時の比較では,両側ES,両側LRAにおいて,視覚誘導性運動時が自己意志時に比べ筋活動発現潜時が有意に遅延した.各筋線維の筋活動発現潜時の比較においては,右ESが左ESに比べ有意に遅延した.また,左LRA,両側URAは右LRAに比べ有意に遅延した.【考察】 運動プログラミングには,中枢レベルで2つの回路が存在するとされ,基底核・補足運動野を含む内部回路と,運動前野・小脳を含む外部回路に分けられる.Gazzanigaらによると内部回路は自己誘導運動に働き,外部回路は視覚誘導性運動などに働くとされている.本研究において,自己誘導運動は自己意志時の運動に相当し,視覚誘導性運動は視覚刺激により誘発される視覚誘導性運動に相当する.これら2つの運動プログラミングの違いは,行為を意図してから連合皮質を経由し,運動選択の段階で内部回路と外部回路に分かれることである.その後,両回路の伝達は共に運動野に入力され,各筋群に信号を送る.本研究において,視覚誘導性運動時に体幹筋の筋活動発現潜時が遅延していることから,外部回路を経由する運動ではfeedforward コントロールは発揮されにくいことが示唆された. global muscleの活動は運動の方向性と関連し,垂直スタンスを維持するように重心を移動させるとされている.本研究では,右上肢を前方から挙上することで、重心は右前方に動こうとする.そのため,左後方へ重心を加速する力が必要となり,左ESの筋活動が最も早期に起こったと考えられた.また,拮抗する右LRAが左ESと共同して働くことで,脊柱の剛性を高めているものと考えられた.【理学療法学研究としての意義】 視覚誘導性の運動では,自己意志時に比べ体幹筋の筋活動開始のタイミングが遅延した.これは,外部回路を経由した視覚誘導性運動ではfeedforwardコントロールが発揮されにくいことを示唆している.また,feedforwardコントロールは腰痛症患者においても発揮されない症例が報告されている.そのため,腰痛症患者では運動プログラミングの段階から変化が生じていることが考えられ,今後更に調査していく必要があると考えられる.
  • ─系列反応時間課題を用いて─
    尾崎 新平, 千代原 真哉, 植田 耕造, 佐野 一成, 森岡 周
    p. Aa0168
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 理学療法士はしばしば対象者に,運動学習をより効果的に獲得してもらう言語教示を与えフィードバックを付加する.この教示に関して,課題練習前にその規則について教える意図的学習条件(1)と,教えない偶発的学習(2)がこれまで比較されている.また意図的学習の中でも課題の規則について答えそのものを教える教示(1A)と,ヒントを教える教示(1B)でその効果が比較されている.さらに偶発的学習の中でも規則について主体的に気づいた場合(2A)と,気づかない場合(2B)で効果を比較した研究も存在する(Clara M,2011).しかし,これらの条件(1A~2B)のすべて包含し,どの条件が運動学習をより促進させるかは明らかでない.そこで本研究は,系列反応時間課題(SRT課題)を用いて運動学習の転移に着眼し,上記の条件による効果を検証することを目的とした.【方法】 対象は健常者29名(男性10名,女性19名,平均年齢24.2±2.4歳)を無作為に上記(1A)の意図的答え群(n=8),(1B)の意図的ヒント群(n=7),(2)の偶発的学習群(n=14)に分けた.意図的答え群では,キーボードボタン(以下ボタン)を押す順番に規則があり,どのような順番で視覚刺激が呈示されるか答えを教えた.(1B)の意図ヒント群では,規則があることのみ教示した.偶発学習条件は全課題終了の際に規則があったかを聴取し,(2A)規則に気づいた者を偶発的気づきあり群(n=7),(2B)気づかなかった者を偶発的気づきなし群(n=7)とした.SRT課題は,ソフトウェアERDviwer(島津製作所社製)を用いて作成し、ハードウェアは15インチノートパソコン(HP社製)を使用した.被験者には椅座位で,SRT課題の視覚刺激は「OXXX」「XOXX」「XXOX」「XXXO」の4つのうち1つが呈示され,全群に「O」に対応したボタンを指で素早く正確に押すように指示した.測定項目は,視覚刺激に対応したボタンを正確に押せているか(正解率)と,素早く押せているか(反応時間)をブロックごとに求め,その平均値を算出した.課題は2日間連続で行い,1日目は習得課題とし14ブロック実施した.2日目は保持課題とし1日目と同じ課題3ブロック実施し,続いて転移課題とし1日目とは異なる規則を含んだ課題3ブロック実施した. 1日目最後の3ブロックと,2日目の保持課題3ブロックおよび転移課題3ブロックの値を比較検討した.統計処理には1A~2Bの4群間,習得-保持-転移課題間,規則性の有無間についての三元配置分散分析および多重比較検定(Bonferroni法)を用いた.統計学的有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はおおくまリハビリテーション病院倫理委員会の承認を受け実施した.事前に全ての参加者に対して本研究について説明し同意を得た.【結果】 反応時間においては,群間,課題間,規則間において交互作用が認められた(p<0.01).規則系列では,どの群でも習得-転移間(p<0.05)および保持-転移間(p<0.01)に有意差が認められたが,習得-保持間には認められなかった.習得-転移間,保持-転移間において意図的答え群,偶発的気づきなし群では反応時間が大きく増加した.一方で,意図ヒント群,偶発気づきあり群ではそれらの反応時間の増加は少なかった.正解率においては群間,課題間,規則間において交互作用が認められなかった.【考察】 4群を比較すると,習得-転移間,保持-転移間では反応時間が異なっていた.すなわち,意図ヒント群,偶発気づきあり群では,それらの課題間で反応時間の増加が少なかったため,運動学習の転移が生じたことが明らかになった.運動学習における意図的学習条件の意識的な理解は,課題が変わったことによるスキルの切り替えを加速するとの報告がある(Imamizu H,2007).本研究では,意図的ヒント群に加えて偶発的気づきあり群においてもその効果を認めたことから,課題が変わったことによるスキルの切り替えは,意識的な理解のみでなく,自ら規則性に主体的かつ偶発的に気づく必要があると考えられた.一方,教示の影響が学習保持において差はなかったことが報告されている(Shea CH,2001).本研究でも習得や保持では群間に差を認めなかったことから,先行研究を支持する結果となった.しかし,規則に関する教示が学習を促進する場合(Clara M,2011)と抑制する場合(Mazzoni P,2006)と散見されるため,課題の難易度,課題の様式を変えてさらに教示が学習の保持に与える影響を明確化する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 学術的研究において,学習課題前の教示の効果について未解明な部分がある.今回の結果から対象者自らが運動の規則性に気づくことで,運動学習の転移が起こることが判明した.日常生活の幅広い面で運動学習の転移が要求されるが,本研究は理学療法における効率的な運動学習を検討する上での基礎的情報を提供するに値すると考える.
  • 西澤 公美, 木村 貞治
    p. Aa0169
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 小児の理学療法の臨床場面では,セラピストがデモンストレーションを用いて課題運動を教示することが多いが,こどもと対面して運動を伝える場合には,こどもがその運動を自己のイメージの中で心的に回転させる作業が必要になる.その際,対面観察ではなく背面観察を行い,さらに心的回転がないような模倣方法が最も簡単であると思われるが,対面しての教示と背面からの教示の違いによる模倣効率の差異を定量的に検証した研究はきわめて少ないのが現状である.そこで本研究では,対面教示と背面教示の模倣効率の差異を,動作の正確性と反応時間,そして近赤外線分光装置(以下,fNIRS)を用いた脳の賦活状況を指標として定量的に解析することで,観察者が,速くかつ正確に模倣しやすい教示法について検証することを目的とした. 【方法】 模倣課題は,非対称的な上下肢の動きを組み合わせた姿勢とし,1.教示者と対面した位置(三人称的)で,鏡に映っているかのように模倣する三人称的鏡像模倣,2.教示者と対面した位置で教示者の動きを左右反転させて模倣する三人称的解剖模倣,3.教示者が模倣者の前に後ろ向きに立ち(一人称的),教示者と同側で模倣する一人称的同側模倣,4.教示者が模倣者の前に後ろ向きに立ち,教示者の動きを左右反転させて模倣する一人称的対側模倣,の4種類とし,ランダムに配列した.測定は,安静画面を5秒間見せ,次に模倣の種類(1~4)の指示画面を3秒間見せ,次に模倣課題が示されたフィギュア(POSER7)を6秒間前方のスクリーンに投影して,それと同時に被験者に模倣動作を開始させた. 4条件すべての模倣を1人につき1日1回,計16試行を連続で行なった.4条件の模倣運動のうちどの順で実施するかについてはラテン方格法に基づいて無作為に配列した.最後に模倣の難易度等に関するアンケート調査を行った.解析項目は,1.模倣の正確性,2.模倣の反応時間,3.模倣動作時の脳の賦活状態を示すfNIRSにおけるチャンネル(以下,ch)毎の酸素化ヘモグロビン変化量(以下,oxy-Hb変化量),4.主観的な模倣のしやすさ,の4項目とし,4条件間の比較をFriedman検定を用いて行い,有意差が認められた場合にはWilcoxonの符号付順位和検定を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 この研究への参加の任意性及び個人情報保護について,文書及び口頭で被験者に説明し,同意を得た.本研究は,当施設の医倫理委員会(承認番号:1573)の承認を得て実施した.【結果】 模倣動作の正確性は4条件間で有意差が認められ,三人称的鏡像模倣が最も正確性が高く,三人称的解剖模倣との間に有意差が認められた.模倣反応時間は4条件間で有意差が認められ,一人称的同側模倣が最も速く,一人称的対側模倣及び三人称的鏡像模倣との間に有意差が認められた.oxy-Hb変化量が4条件間で有意差が認められた脳の領域は前頭前野,Broca野で,これらの領域におけるoxy-Hb変化量は,三人称的鏡像模倣は一人称的対側模倣よりも有意に少なく,また,三人称的解剖模倣は一人称的対側模倣よりも有意に少なかった.主観的評価は4条件間で有意差が認められ,一人称的同側模倣が最も模倣しやすいとされ,三人称的鏡像模倣及び一人称的対側模倣との間に,また三人称的鏡像模倣は一人称的対側模倣との間に有意差が認められた.【考察】 本研究の結果,模倣の反応時間,主観的な模倣の容易さという点からは一人称的同側模倣が,模倣の正確性という観点からは三人称的鏡像模倣が他条件に比べて模倣効率がよい教示法であることが示された.また,oxy-Hb変化量は三人称的鏡像模倣が一人称的対側模倣よりも有意に少なかったことから,模倣を正しく行いやすい場合には複雑な脳の神経活動が少なくなるということが考えられた.このことから,三人称的鏡像模倣や一人称的同側模倣など心的回転がない教示法が,運動の学習者にとって模倣しやすい教示法である可能性が示唆された.しかし先行研究では,一人称的模倣が三人称的模倣より能動的な運動方略の形成効率が良いとされていることから,心的回転のない教示法の中でも一人称的同側模倣の方が三人称的鏡像模倣よりもより効果的な教示法であると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 以上より,運動の学習者である患者にとって模倣しやすい教示法として,心的回転がなく一人称的な運動方略を形成しやすい一人称的同側模倣によるデモンストレーションを用いた教示法を実践することが有用であると考えられた.今後は実際の症例を対象として,教示法の違いによる運動学習効果の相違などを検証していくことが課題であると考える.
  • 岡和田 愛実, 金子 文成, 柴田 恵理子, 青木 信裕
    p. Aa0170
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 メンタルプラクティス (以下,MP) とは,技能習得を目的として,運動イメージ想起 (以下,MI) を繰り返し実施することである。スポーツ選手などが外傷により練習を行えない場合,練習休止期間に選手のパフォーマンスが低下する。しかし,ダーツを課題とした研究結果から,経験のある運動が課題であれば,4週間の練習で向上した成績が,3週間の練習休止期間中にMPを行うことで維持されることが報告されている。それに対して我々は,全くの未経験である運動課題に対するMPの効果に着目し,MPが短期的な練習によって向上したパフォーマンスの維持に及ぼす影響を検証することを目的とした。【方法】 対象は健康な成人22名とし,剣道経験者は除外した。課題は未経験の運動として剣道の突き打ちを採用した。被験者はMPを2週間行う介入群と,2週間何も行わない対照群の2群に男女比を均等にした上で無作為に割りつけた (各群男性6名,女性5名)。介入群には,介入としてMPを2週間行わせた。MPでイメージさせる運動は,剣道の突き打ちとし,一人称的に行わせた。先行研究では,運動の非鍛練者が動画を用いたMIを行うことで,動画を用いないM1を行った時よりも運動に関連する皮質運動野領域の興奮性が増大したと報告されている。そこで本研究でも動画を用いたMIを採用した。対照群には,2週間突き打ちのことを考えないよう指示した。実験課題はGo/No go課題による剣道の突き打ちとした。Go/No go課題では,Goの指示が提示された時は壁に貼られた的に向かって突き打ちを遂行させた。No goの指示が提示された時は遂行させなかった。突き打ちの練習は2週間の介入前 (前ステージ) ,および介入後 (後ステージ) に実施した。前ステージでは,突き打ちの教示,安静,突き打ち10回を1セットとし,合計5セット繰り返した。後ステージでは突き打ちの教示を行わなかった。測定項目は的中心と打点間の距離とした。データ解析ではGoの試技を採用し,前ステージの1セット目と5セット目 (pre1,pre2) と後ステージ後の1セット目と5セット目 (post1,post2) を比較した。変数として,的中心と打点間の誤差の平均 (絶対誤差) とその標準偏差 (変動誤差) を算出した。またpre1に対する各測定時期の絶対誤差と変動誤差の変化率を算出した。統計学的解析として,絶対誤差と変動誤差,またそれぞれの変化率について,群と測定時期を要因とした二元配置分散分析を行った。ただし,絶対誤差と変動誤差については測定時期要因の水準をpre1,pre2とし,変化率についてはpre1を除くpre2,post1,post2とした。いずれも交互作用があった場合には単純主効果の検定を行った。有意水準は0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に沿って実施した。また,事前に研究内容等の説明を十分に行った上で,同意が得られた被験者を対象として実験を行った。【結果】 前ステージにおけるパフォーマンスの変化では,絶対誤差,変動誤差ともに両群で時期に主効果があり,pre1に対してpre2が減少した。また群と測定時期に交互作用がなかった。絶対誤差の変化率では,群と測定時期に交互作用があった。そして介入群ではpre2は58.3%,post1は60.0%,post2は63.9%であり,各測定時期において有意な変化がなかった。それに対し対照群では,pre2は69.8%,post1は88.0%,post2は60.8%で,pre2と比較してpost1で有意に増大し,post1と比較してpost2で有意に減少した。またpost1において,介入群と比較して対照群で有意に増大した。変動誤差の変化率では,群と測定時期に交互作用がなかった。【考察】 本研究結果から,両群において突き打ちのパフォーマンスは短期的な練習で向上した。そして,対照群では2週間間後にパフォーマンス低下が検出された。それに対して,介入群においてpre2で向上したパフォーマンスは2週間後も維持された。pre2でパフォーマンスが向上していたことから,前ステージ中に突き打ちが短期記憶されていたと考える。しかし,短期記憶は練習やリハーサルがないと忘却してしまう。本研究では,練習休止期間中のMPがリハーサルとなり,短期記憶の忘却を防いだことによって,介入群でパフォーマンスが維持されたと考える。以上より,練習休止期間にMPを行うことにより,全くの未経験の運動課題であっても,短期的な練習効果が維持される可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究により,MPが短期記憶の維持に貢献する可能性が示唆された。このことは,MPに臨床的有用性があることを示しているという点で,理学療法研究として意義深いといえる。
  • 大澤 武嗣, 溝口 なお, 冨澤 孝太, 市川 歩, 下 和弘, 城 由起子, 松原 貴子
    p. Aa0171
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 近年,歩行のような低負荷の全身運動は,慢性痛患者のADL改善や社会復帰など活動性を増加させるとともに疼痛症状を緩解することが示されるようになり,慢性痛患者に対する集学的リハビリテーションプログラムとして推奨されている。しかし,低負荷の全身運動が,末梢の侵害受容器の感受性や血液循環動態などに及ぼす影響を生理学的に検討した報告はほとんどない。一方,有酸素運動が前頭前野のワーキングメモリーなどの機能を高め,また,前頭前野の活性化が下行性疼痛抑制系を賦活することが示唆されているが,低負荷の全身運動が前頭前野の活動増加を介する疼痛抑制系に及ぼす影響については明らかでない。そこで本研究では,トレッドミルを用いた歩行による低負荷の全身運動を実施し,機械的・熱痛覚閾値,血液循環動態ならびに脳波を測定し,末梢性および中枢性の疼痛抑制効果について検討した。【方法】 対象は,健常若年男性18名(平均年齢20.8±1.2歳,身長170.4±6.5 cm,体重64.2±10.0 kg)とした。低負荷の全身運動は,トレッドミル(Aeromill,日本光電社)を用い,歩行速度4.0km/h(3 METs)で20分間実施し,運動前後15分間を安静座位とした。測定項目は,左右の僧帽筋上部線維の圧痛閾値(pressure pain threshold: PPT)と熱痛覚閾値(heat pain threshold: HPT),血液循環動態,前頭前野近傍の脳波とした。PPTはデジタルプッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH社)を,HPTは温冷型痛覚計(UDH-300,ユニークメディカル社)を用いて,運動前,直後,15分後に各刺激による限界値を測定した。血液循環動態は,近赤外線分光装置(NIRO-200,浜松ホトニクス社)を用いて,酸素化ヘモグロビン濃度(O2Hb)と総ヘモグロビン濃度(cHb)変化を実験中経時的に測定し,運動前,中,15分後の5分間の平均値を算出した。脳波は,簡易脳波測定装置(Mindset,Neuro Sky社)を用いて実験中経時的に記録し,周波数解析によりリラックス・集中の指標となるα波(7.5~11.75 Hz)を算出し,運動前,中,15分後の10秒間の平均値を測定値とした。PPT,HPT,O2Hb,cHbの経時的変化の検討には一元配置分散分析法およびTukey法を,α波の経時的変化の検討にはFriedman testおよびTukey-typeを用い,有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は全対象者に対して研究内容,安全対策,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について十分に説明し,同意を得たうえで行った。実験に際しては,安全対策を徹底し,実験データを含めた個人情報保護に努めた。【結果】 PPT,HPTともに運動前と比較し運動直後,15分後に有意に上昇し,O2HbとcHbは運動中,15分後に有意に増加した。α波は運動前と比べ運動10分後,20分後に有意に増加した。【考察】 トレッドミル歩行により末梢局所の機械的・熱侵害受容器の感受性が低下するとともに,骨格筋の酸素供給量,血流量が増大したことから,低負荷全身運動が広汎性の疼痛抑制効果とともに血液循環動態の増進をもたらすことが明らかとなった。さらに,全身運動によりα波が増加し,疼痛抑制効果が運動後にも持続したことから,低負荷の全身運動により前頭前野の活性化を介して下行性疼痛抑制系を賦活した可能性が示唆される。また,前頭前野は運動そのものによる影響以外に,行為に対しての正の報酬予測によっても活性化されることが報告されており,今回の運動による疼痛抑制効果に正の報酬予測が関与した可能性も考えられる。以上のことから,歩行による低負荷の全身運動は,下行性疼痛抑制系を含めた中枢性の疼痛抑制機序を介して侵害受容器の感受性低下を誘起し,中枢性および末梢性の疼痛抑制効果をもたらす可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 歩行は低負荷の全身運動であり,ADLに直結していることから,臨床においても用いられやすい運動療法のひとつである。本研究は,歩行による末梢性ならびに中枢性の疼痛抑制機序を生理学的に検討し,新たな知見を示した点で非常に意義深い。
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