理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
選択された号の論文の1509件中51~100を表示しています
一般演題 口述
  • ―自己運動錯覚の強さと知覚タイミングに関する心理物理的実験結果から―
    金子 文成, Romaiguere Patricia, Kavounoudias Anne, Blanchard Caroline, Rol ...
    p. Aa0172
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 自己運動錯覚(錯覚)とは,体性感覚入力や視覚入力により,現実には運動をしていないにもかかわらず,あたかも自己の四肢が運動しているように錯覚することをいう。脳機能イメージングや生理学的手法により,錯覚最中には一次運動野を含む運動関連領野の賦活あるいは皮質脊髄路の興奮性が増大することが示されてきた。このことは,脳卒中片麻痺症例における異常半球間抑制に対する治療や運動学習の促進に対して,この方法が貢献できる可能性を示す。本研究では,視覚入力で錯覚を引き起すための新たな方法を開発し,その方法で生じる主観的感覚を心理物理学的指標によって定量的に示すことを目的とした。【方法】 16名の健康な成人を対象にした。被験者は,実験に先立ち,自己運動錯覚とは何かという説明を十分に受けた。その後ベッド上に背臥位となり,ヘッドカバーを装着されて自己身体が視野に入らない状況下におかれた。前腕を腹部に置き,体性感覚入力を生じないように工夫された。被験者は,ヘッドカバーの頭側に開けられた穴から,鏡を通してスクリーンを見ることができた。スクリーンは,ベッドから3m離された場所に設置されていた。ベッドの上方向(被験者の腹側)の30cm程度離れた空間にカメラを設置し,被験者の指先から前腕までが画角に修まるように調整した。そのカメラで写している映像を実時間でスクリーンに投影した。結果として被験者は,手指と手関節の運動を行なった場合に,鏡を通してスクリーン上に自分が行なっている運動をみることができた。数分間,被験者は自分の身体運動とスクリーン上の動画とがマッチしていることを認識するために,手指と手関節を動かしながら動画を観察した。その後,規定の方法で手関節の背屈と掌屈を反復し,その運動を動画として記録した。それ以降,被験者は安静を保ち,記録された動画が投影されているのを観察するように指示された。動画は30秒間投影され,その後,観察中に自己運動錯覚を知覚したかどうかを質問した。錯覚を知覚した場合には,オリジナルのコンピュータプログラムと知覚を申告するスイッチを用いた検査を行い,動画を開始した時間から自己運動錯覚を知覚した時間までの時間遅れを計測した。初回から錯覚を知覚したかどうかにかかわらず,時間遅れ2秒以内に自己運動錯覚を知覚できるようになるまで,トレーニングとして動画観察を反復して行わせた。一日のトレーニング時間は休憩を含めて1時間程度とした。最終的に,2秒以内で錯覚を知覚できるようになった場合に主観的な錯覚強度を質問し,ビジュアルアナログスケール(VAS)で示した。VASは,運動方向と3相に分類した運動角度毎に調査した。VASは,運動方向と運動相の2要因について,反復測定による2元配置分散分析を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,ヘルシンキ宣言に基づき,事前に研究目的や測定内容等を明記した書面を用いて十分な説明を行った。その上で,被験者より同意を得られた場合のみ測定を開始した。【結果】 14例の被験者が,2-8日間のトレーニングにより,時間遅れ2秒以内で錯覚を知覚するようになった。14例の被験者における平均(±SD)の錯覚知覚時間遅れは,1.67 (0.26) secであった。運動方向と運動相で区別しない総合的な錯覚の強さを表すVASは,77.0mmであった。統計学的に,運動方向と運動相のそれぞれの要因に主効果がなく,交互作用が有意であった。多重比較により,掌屈が最大に近い運動相では背屈よりも掌屈運動時の方が有意に強く錯覚を引き起していることが示された。 また,掌屈運動において,より掌屈角度が大きくなる運動相で強い錯覚を生じたことが示された。【考察】 我々の過去の報告では,被験者の四肢末端が本来あるべき場所で,末梢部位と動画が連続するように設置したモニタ上に動画を映写することで錯覚を誘起していた(Kaneko F, 2007)。またその追試において,提示した動画を映された場所が本来の四肢末端のあるべき場所からずれていた場合には,錯覚が引き起されないことが明らかとなった (Kaneko F, 2009)。それに対して今回は,身体が本来は存在しない場所へ設置したスクリーンに動画が投影された。本研究は,自己身体の存在しないような遠隔場所に動画が映された場合であっても,視覚刺激によって錯覚を引き起こすことが可能であることを示した初の報告である。また,その強さは運動相の影響を受けることが明らかとなった。【理学療法学研究としての意義】 遠隔的に投影した動画で錯覚を誘起できれば,錯覚の誘起を運動学習に応用する際の臨床的簡便性が格段に高まる。また,今回の錯覚誘起方法を用いれば,機能的脳機能イメージングで錯覚中の脳活動を探索することができるようになり,臨床応用のための理論構築に貢献できる。
  • ─三次元動作解析装置を用いた検討─
    遠藤 弘司, 福井 勉
    p. Aa0173
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 筆者らは,先行研究で座面高20 cmと40 cmからの立ち上がり(Sit to Stand;STS)動作における上肢補助の必要性と身体機能の関連を検討し,20 cmのみ前方リーチ(Forward Reach;FR)距離と関連したことを報告した.このように統計学的な関連を認めるSTS動作とFR動作だが,動作上どのような関連性があるかは明らかではない.よって,本研究の目的は,STS動作とFR動作の関連性を三次元動作解析を用いて検討することである.【方法】 対象は整形外科的,神経学的に問題のない健常男性11名(年齢30.5±1.9 歳,身長172.5±4.2 cm,体重67.7±5.6 kg)とした.計測には三次元動作解析装置(VICON Motion system社,MXカメラ8台)と床反力計(AMTI社)を用い、サンプリング周波数は100 Hzとした.マーカーセットにはPlug-in Gait full body modelを採用した. 解析動作は40 cmからのSTS動作(STS40),30 cmからのSTS動作(STS30),20 cmからのSTS動作(STS20),FR動作とし,各3試行ずつ計測した.変数は,身体重心(Center of Gravity;COG)の前方変位量(COG変位量),足圧中心(Center of Pressure;COP)の前方変位量(COP変位量),股・膝・足関節伸展モーメント,股・膝・足関節屈曲角度とし,3試行の平均値を用いた.各変数は,STS動作では最大となった時点,FR動作ではFR距離10 cm(FR10),15 cm(FR15),20 cm(FR20),25 cm(FR25),30 cm(FR30)の瞬間より抽出した.COGおよびCOP変位量は,FR動作ではFR距離0 cmからの各前方変位量とした.STS動作では,終了肢位である立位時からの各最大前方変位量とした.FR距離は右第2中手骨マーカーの前方変位量とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究に関して,文京学院大学大学院保健医療科学研究科倫理委員会の承諾を得た.事前に対象に研究の趣旨,内容および調査結果の取扱い等に関して説明し同意を得た.【結果】 Friedman検定の結果,STS40・30・20間ではCOG変位量,膝関節伸展モーメント,股・膝・足関節屈曲角度で有意差を認めた.FR10・15・20・25・30間では,全ての変数で有意差を認めた. Wilcoxonの符号付き順位検定の結果,COG変位量は,STS40に対してFR10で有意に小さく,FR20・25・30で有意に大きかった.STS30に対してFR10で有意に小さく,FR30で有意に大きかった.STS20に対してFR10・15で有意に小さかった.COP変位量は,STS40に対してFR15・20・25・30,STS30に対してFR20・25・30で有意に大きかった.STS20に対してFR10で有意に小さく,FR25・30で有意に大きかった.股関節伸展モーメントは,STS40に対してFR20・25・30,STS30・20に対して全てのFR距離で有意に大きかった.膝関節伸展モーメントは,STS40・30・20に対して全てのFR距離で有意差に小さかった.足関節伸展モーメントは,STS40・30に対してFR20・25・30,STS20に対してFR25・30で有意に大きかった.股・膝・足関節屈曲角度は,STS40・30・20に対して全てのFR距離で有意に小さかった.【考察】 STS40・30・20間およびFR間で有意差を認め,かつSTS動作とFR動作の比較で有意差を認めない場合があったのは,COG変位量のみであった.先行研究においてSTS動作の可否とFR距離に統計学的な関連が認められていた理由に,COG変位量に関連性があったことが考えられる.特にSTS20においては,FR20・25・30と有意差を認めず,その範囲内に歩行自立などのカットオフ値を含むFR距離によるバランス能力評価に関連する可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】 異なる身体機能の評価法でも,動作上同じ側面を評価している場合があり,相互の共通性や相違性を考慮する必要性があることを提起できたことに,本研究の意義があると考えられる.
  • 田宮 創, 江口 勝彦, 高橋 正明
    p. Aa0174
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 従来から心肺機能の評価にはトレッドミル,自転車エルゴメータ等の負荷装置を利用した運動負荷試験が用いられてきたが,近年,場所や機器の有無に制限されない起立運動による方法(以下,反復起立運動負荷法)が検討されている. 反復起立運動負荷法は,基本動作である椅子からの立ち上がり動作を負荷に用いる方法で,椅子の高さと立ち上がり動作の頻度を変化させることで負荷量を調節する方法である.先行研究の多くは両上肢を胸の前に組んだ姿勢で行っているが,片麻痺者やバランス能力が低下している症例では困難であり,手すりの使用により安全に施行することが可能になると考える. また,一般的に中等度以上の片麻痺者の立ち上がり動作は,患側での支持性が弱いことから健側指向であることが多く,健側下肢筋の疲労を招きやすいと考える.これに対し,手すりを使用することで,健側下肢荷重率,健側下肢への負担を低減させることが可能になり,重度片麻痺に対する反復起立運動負荷法の臨床応用につながる可能性があるのではないかと考える. 一方,手すりには,廊下などで移動時に使用する横手すりと,トイレ・浴室等で起立時に使用する縦手すりがある.しかしながら,立ち上がり動作時における,下肢負担の手すりによる差異は明らかではない.  本研究の目的は,反復起立運動負荷法の臨床応用に資する為に,手すりの違いが下肢負担の軽減に及ぼす影響を明らかにすることであり,今回は,脳血管障害片麻痺者を対象に,縦および横手すりを用い,立ち上がり動作時における健側下肢荷重率を検討した. 【方法】 対象は,介護老人保健施設を利用している脳血管障害片麻痺者6例(男性1例,女性5例,平均年齢75.2±10.9歳,平均発症後期間85.3±19.2ヵ月)であった.内訳は左片麻痺2例,右片麻痺4例,下肢ブルンストロームの回復段階はステージIIが3例,IIIが3例であった.また,立ち上がり動作は自立,歩行が可能であるが,日常的な移動には車いすを使用しており,下肢に重篤な整形外科疾患がない例とした. 起立動作開始肢位は,対象者の腓骨頭の高さの椅子に,座面前端が大転子から大腿骨外側上顆までの距離の60%の位置になるように座らせ,膝関節屈曲100°(健側),90°(患側)で,足は肩幅に開き健側上肢にて手すり把持とした.また,健側下肢下に高さ20mmのデジタル体重計を置き,患側下肢下および座面も合わせて補正した. 横手すりは一般的な公共施設で用いられる高さである700mm-800mmの中間の750mmとした.身体からの距離は,先行研究と同様に上肢を前方挙上し第3指が手すり中央部に触れる位置とした.縦手すりはトイレ等に設置する基準に合わせ,座面中央から健側側方に350mmで,前方で大腿骨外側上顆の位置とした. 立ち上がりの動作速度は,1動作5秒(起立2.5秒,着座2.5秒)とし,立位は健側膝関節を完全伸展させた後,直ちに着座するよう指示した. 横手すりと縦手すりの2条件にてそれぞれ3回ずつ立ち上がり動作を行わせ,デジタルビデオカメラにてサンプリング周波数10Hzにて健側下肢荷重量を記録した.記録した数値を各対象者の体重で除し,健側下肢荷重率(%kg)とした.立ち上がり動作時間をX,健側下肢荷重率をYとしてトレンドを描き,peak値および積分値を算出した.得られたデータは統計解析ソフトR2.8.1(Free software)を用い,横手すりと縦手すりの2条件について対応のあるt検定にて分析した.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象は本研究の目的・方法・参加による利益と不利益などの説明を十分に受け,全員自らの意思で参加した.また,本研究は本学研究倫理委員会の規定に基づき,大学院研究倫理審査により,承認され実施した.【結果】 健側下肢荷重率の積分値は,横手すり303.7±29.4,縦手すり253.7±35.3と,条件間で有意差を認めた(p=0.016,95%信頼区間:13.78-86.35).peak値は,横手すり73.9±7.5%kg,縦手すり81.7±6.8%kgと,有意差を認めた(p=0.003,95%信頼区間:3.92-11.61). 【考察】 横手すりに比べ縦手すりを使用した方が健側下肢への荷重を減少させた.また,手すりによる立ち上がりやすさの違いについて,6例中4例が縦手すりの方が立ち上がりやすかったと答えた.縦手すりの使用が,立ち上がり動作時における健側下肢への負担を低減したと考える.本研究の結果より,横手すりによる身体重心の前方移動の補助よりも,縦手すりによる身体重心の上方移動の補助が立ち上がり動作時の下肢負担を軽減させることが明らかになった.【理学療法学研究としての意義】 縦手すりの使用により,片麻痺者の健側下肢荷重率を軽減することが可能であり,縦手すりが反復起立運動負荷法の臨床応用に利用できる可能性がある.
  • ─弁別課題による検討─
    若田 哲史, 森岡 周
    p. Aa0175
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 脳損傷や脳病変により生じる高次脳機能障害の一つとして,失行症といわれる臨床症状が知られている.失行症では,意図的な模倣動作や道具使用などが困難となり日常生活の獲得が大きく阻害される.道具使用の認知基盤は,道具の機能的特徴に関する知識である機能的知識(Mechanical Knowledge),操作方法に関する知識である操作的知識(Manipulation Knowledge),使用目的に関する知識である概念的知識(Conceptual Knowledge)に分類される(Bohlhalter,2009)。これまでの研究では,課題の呈示方法において画像を用いた場合と単語を用いた場合があるが(Ishibashi,2011, Buxbaum,2002),これらの研究は,それら知識に基づく処理負荷が同じであるか異なるかが明らかではない (Moreaud,1998).そこで本研究では,認知課題の一つであるGo-No go課題を用いて,その正答数と反応時間を分析し,各知識の文字・画像提示による負荷量の違いを明らかにすることを目的として以下の実験を行った.【方法】 整形外科的・精神医学的な既往のない右利き健常成人8名(男性4名,女性4名,平均年齢±標準偏差:30.2±4.14)が実験に参加した.被験者はデスクトップコンピュータのスクリーンから1m離れた位置で椅子座位となり,Go-No go課題を行った.プロトコルはクロスマーク0.5秒-道具(1)呈示1秒-クロスマーク0.5秒-道具(2)呈示2秒とし,64セット連続で行い,それを1セットとした.呈示する道具は,先行研究を基に83の道具から選択した.機能的知識課題では,画像条件・文字条件とし,各条件の中で道具(1)と(2)が同じ機能を有するかを弁別させた.操作的知識課題では,道具(1)と(2)が同じ操作方法かを弁別させた.そして概念的知識課題では,道具(1)は道具(2)を対象とした道具かを弁別させた.コントロール課題は道具(2)呈示後ランダムにキーを押す手続きを用いた.これらの計4課題を実施し,課題の順序は被験者ごとにランダムに変更した.被験者は課題が一致すれば右示指で,一致しなければ左示指でなるべく早くキーを押すことを求められた.なお,一致する課題32セット,一致しない課題32セットとした.各課題において時間内に正答できた数を抽出し,要因1を画像・文字,要因2を機能的知識・操作的知識・概念的知識とし,二元配置分散分析を用いて統計処理した.事後検定としてはBonferroni法を用い各要因の値を比較した.また,各条件の弁別時間をコントロール課題から減算し,それを加算平均した値を抽出し同様の統計処理を行った.統計学的な有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は畿央大学研究倫理委員会の承認を受け、研究実施の際には参加者に対し研究の趣旨を十分に説明し,同意を得た上で実施した.【結果】 二元配置分散分析の結果,弁別時間においては有意な差は認められず,正答数において要因2で有意な差が認められた(p<0.05).事後検定の結果,操作的知識は概念的知識と比べて有意に正答数が少なかった(a<0.05).また,弁別時間では有意な差は認められなかったが,操作的知識においてわずかに高値を示した.【考察】 機能的知識課題と概念的知識課題においては,意味記憶が関与する側頭葉が主に活動する課題であるのに対し,操作的知識課題では身体運動を一人称的にシュミレーションする (Goldenberg,2005)ため,それには頭頂葉,運動前野,補足運動野といった複数の皮質領域が関与する.したがって,操作的知識課題は他の2課題よりも高度な処理が求められる.この理由から,操作的知識課題は認知的負荷が大きくなったことが考えられ (Stephan,1995),これにより正答数が有意に低下し,弁別時間の延長傾向が認められたと考えられる.また,画像・単語条件では有意な差は認められなかった.画像は呈示により受動的な識別が可能であるのに対し,単語は呈示後自らがイメージを想起しなければならず,脳活動の違いがあると考えられるが(Phillips,2002),今回の結果から,その処理負荷に大きな差がないことと考えられた.今後は実際に脳活動を計測し検証する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 操作的知識の処理負荷が本研究によって高いことが明らかになった.本研究成果は,失行症の治療や介入方法についての基礎的データとして有用であると考えられ,今後の高次脳機能障害に対する理学療法研究の発展につながると考えている.
  • ニノ神 正詞
    p. Aa0862
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 片脚立位は運動器不安定症や最近提唱されたロコモティブシンドロームの診断項目にもなっており、簡便な立位バランス能力の評価として使用されている。片脚立位は健常成人では足関節戦略優位にて行っていると言われているが、今回足関節外内反に着目し、主動作筋による単純な足関節外内反運動ではなく、外反筋と内反筋の協調的運動が重要になるのではないかと考えた。そこで、本研究の目的は、足関節外内反制御能力が片脚立位保持能力に及ぼす影響を明らかにすることである。【対象、方法】 対象は、健常成人15名とした。内訳は年齢30.8±7.8歳、身長165.2±8.2cm、体重57±10.8kg、性別は男性9名・女性6名。方法は、1バランスパッド(AIREXバランスパッド)上での閉眼片脚立位時間と、2左右方向のみに不安定とした不安定板(OG技研製角型DIJOCボード)上片脚立位にて、メトロノーム(SEIKO製)の音(80回/分設定)に合わせて左右交互に床にボード端を何回接地できるか回数を測定した。1・2とも左右各1回のリハーサルを行い同一検者での測定とし、1では測定結果は3回実施しその最高時間とした。2では開始肢位をボード内側・外側傾斜位それぞれとし、ボード端の床への接地音とメトロノーム音が重ならなくなる直前までの回数をビデオにて確認し、測定結果は内側・外側傾斜位各3回実施しその最高時間の平均とした。又、一週間後にも同様の測定を行い再現性の確認もした。さらに、2の課題に対して足関節(特に外内反)の関係性を調べるために、上記被検者の内6名でShoehorn Brace装着にて2と同課題を左下肢で行った。統計処理は、足関節外内反制御能力と片脚立位保持時間の関係性について Spearman順位相関係数を、1回目と2回目の再現性についてはICC級内相関係数を用いた。また、Shoehorn Brace装着・非装着時での比較はWilcoxon順位和検定を使用した。【説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき研究の目的・方法を説明し、同意を得た上で実施した。【結果】 右足関節外内反制御能力と右片脚立位保持時間1回目P<0.05 rs=0.81、2回目 P<0.05 rs=0.74、左足関節外内反制御能力と左片脚立位保持時間1回目P<0.05 rs=0.71、2回目 P<0.05 rs=0.53となり、それぞれに強い相関が認められた。級内相関係数はICC(1,1)右外内反0.87右片脚立位0.79、左外内反0.92左片脚立位0.84で再現性も確認された。また、Shoehorn Brace装着・非装着時での比較については、P<0.05と有位差が認められた。【考察】 片脚立位は静的立位といいながらも呼吸や心拍動によって微妙な重心移動を伴っている。いわば内乱刺激に応じてバランスを取る必要があり、足関節での姿勢制御が重要な役割を担っていると思われる。今回メトロノームを使用した課題としたことで、外乱刺激に運動を合わせるため重心を適正に保つ能力が求められ、その役割として足関節外内反筋による求心性・遠心性運動を巧みにコントロールする能力が必要になるのではないかと考えた。課題2において、Shoehorn Brace装着することで、回数に有位に差がみられたことは足関節による制御が重要な役割を果たしていることを示唆し、本研究に強い相関がみられたということは、足関節外内反能力の重要性を支持する結果となった。つまり、足関節外反時には外反筋の求心性運動、同時に拮抗筋である内反筋の遠心性運動を、内反時では逆の運動というように、常にこれらを繰り返し巧みにコントロールしていると思われる。今後は、設定課題2と足関節外内反運動との関係性をより客観的なものとするために、筋電図での検証を行っていく必要がある。また、訓練としての効果も検証していくことで、効率的な運動プログラムの構築につながる可能性もあると考える。【理学療法学研究としての意義】 片脚立位はバランステストや訓練プログラムとして多用されている動作であり、足関節機能が重要な役割を担っている。今回、健常成人における足関節外内反制御能力との関係性を明らかにすることで、適切な評価や効率的な運動プログラムの構築につながる可能性があると考える。
  • ─損傷側による違いに着目して─
    石澤 かおり, 斎藤 功, 若狭 正彦, 齋藤 明, 岡田 恭司
    p. Aa0863
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 陳旧性前十字靭帯(ACL)損傷膝についてはこれまで運動学的、力学的変化や筋活動の変化などから多くの報告がされている。しかしACL損傷患者の歩行を足圧分布の観点から検討した研究は少なく、さらに損傷側を利き足側と軸足側とに細分し検討した研究は稀である。また足圧分布測定装置を用いた研究ではその評価項目が一般化されておらず、統一した見解が得られにくい現状にある。そこで、本研究では足圧分布測定装置での代表値である足圧中心(COP)軌跡を利用した簡便なパラメーターを用い、ACL損傷患者の歩行時の足圧分布を利き足側損傷と軸足側損傷とで比較検討することを目的とした。【方法】 2010年7月から2011年7月までに、秋田県内の調査協力病院8施設にACL再建術の目的で入院した片側の陳旧性ACL損傷患者24名(ACL損傷群:男性13名、女性11名)を対象とし、ACL再建術の前日、または2日前に調査した。被験者の利き足を通常時にボールを蹴る側、反対側を軸足と定義しACL損傷群を利き足側損傷群と軸足側損傷群に細分類した。また対照として健常若年者22名(健常群:男性13名、女性9名)を調査した。足圧分布の測定には足圧分布測定システムF-scan(Nitta社製)を用い、対象者の歩行時足圧分布を測定した。歩行路は8mとし両端に各1mの助走路を設け、中間部の6mの範囲で得られた下記の項目のデータを平均化して用いた。測定項目はCOP軌跡前後長比(%COP) 、COP軌跡移動範囲面積比(%CLA)、COP軌跡最大横振幅値(GSA)の3項目とした。%COPはCOP軌跡開始地点と終了地点の前後方向の距離(mm)を足長(mm)で除した値とした。%CLAはCOP軌跡開始地点と終了地点を結ぶ直線(a)とCOP軌跡で囲まれる面積を画像処理ソフトウェアImage J(NIH)を用い算出し、片脚立位時の足底部接地面積(mm2)で除した値とした。GSAは直線(a)と、COP軌跡の0.03秒毎のプロット点の距離の最大値とした。統計解析はACL損傷群での健側と損傷側の比較と、健常群での利き足と軸足の比較は対応のあるt検定にて行った。ACL損傷群と健常群間の比較では正規分布の有無によって2標本t検定か、Mann-Whitneyの検定を用いた。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は秋田大学大学院医学系研究科倫理委員会にて承認を得て実施した。またヘルシンキ宣言に従い、対象者には事前に本研究の内容を十分に説明し、書面にて研究参加の同意を得た上で実施した。【結果】 軸足側損傷群では損傷側の%COPが0.63±0.08、%CLAが0.20±0.09、GSAが2.29±1.76と、健常群の軸足側(%COP:0.68±0.06、%CLA:0.37±0.20、GSA:5.27±4.80)に比べ有意に小さかった(p<0.05)。軸足側損傷群での損傷側と健側との比較では差がみられなかった。利き足側損傷群では同一被験者間での左右の比較でも、健常群の利き足側との比較でも差がみられなかった。また健常群で軸足側の%CLAは0.37±0.20、利き足側の%CLAは0.52±0.24と、軸足側で低値を示した(p<0.01)。【考察】 今回用いた%COP、 %CLA、GSAは簡便に測定できるパラメーターであり、正常歩行と異なるCOP軌跡を検出することが可能で、陳旧性ACL損傷のうちの軸足側損傷群でCOP軌跡が短く(%COPの低値)なり、かつより直線的(%CLAの低値、GSAの低値)になるという結果を容易に得ることができた。これらのパラメーターの他の下肢疾患への応用が期待される。【理学療法学研究としての意義】 足圧分布測定装置による評価では多様なパラメーターから有用性の高いものを厳選し、効率的に病態を判断することが必要である。今回提示したCOP軌跡を中心としたパラメーターは簡便で、陳旧性ACL損傷患者のような検知しがたい異常歩行を数値化することができた。今後はACL損傷患者だけでなく、他の下肢疾患にも足圧分布から見た解析法を確立し、障害像をより明らかにし、より効果的なリハビリテーションへと繋がることが期待される。
  • ─鷲足包への機械的刺激前後のSLR変化に着目して─
    越水 さゆき, 中村 泰陽, 吉尾 雅春
    p. Aa0864
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 臨床場面においては、滑液包に徒手的圧擦を加えると関節可動域が改善されることがある。今回、滑液包の一つである鵞足包に徒手的圧擦刺激を加え、刺激前後のSLRを行い、滑液包圧擦の効果を確認した。また、鵞足包特有の役割を追及する為、鵞足包以外に、鵞足共通腱と大腿骨内側上顆(以下、筋膜部)に機械的刺激を加えた場合のSLR前後の変化も測定し、比較検討した。【方法】 実験1:滑液包への圧擦刺激の効果を確認する目的でおこなった。対象者は、健常人24名(男性11名、年齢25.8±3.5歳)である。対象者はプラットホーム上で仰臥位姿勢にした。いずれの対象者も大腿骨大転子が同位置となるようにした。まず、右下肢のSLRを他動的に行った。検者は2名で構成し、検者XがSLRの反対側下肢を固定し、検者Y1がSLRを行った。左右いずれの下肢に圧擦刺激を加えるかは、検者Xの任意とした。刺激を加える場合は、20秒間徒手で行い、約10秒後に再度SLRを行った。検者Y1がSLRの最終域を判断したタイミングで、定点よりデジタルカメラで画像撮影した。次に左下肢のSLRを行い、右下肢に刺激を加えなった場合のみ、刺激を加え、約30秒後に再度SLRと画像撮影を行った。検者Y1は、この約30秒間はその場を離れ、閉眼して待機した。また、検者Y1の心理的な影響をなくすために、刺激を加えなかった場合も同様に約30秒後にSLRと画像撮影を行った。定点カメラは、対象者の測定下肢側を真横から撮影できるように、プラットホーム上の大腿骨大転子の位置から1.8mの距離でカメラのレンズが大腿骨大転子と概ね同じ高さ(床面から53cm)になるように設置した。撮影した画像から、画像解析ソフトimageJを用いて、SLR角度を測定した。得られた結果は、Excelの統計ソフトStatcel2を用いて、分散分析とt検定を行った。実験2:鵞足包刺激と鵞足共通腱刺激、筋膜部刺激との相違を検討する目的で行った。対象者は、健常人56名で、aグループ28名(男性12名、年齢27.8±4.1歳)、bグループ28名(男性12名、年齢27.6±4.3歳)に分けた。刺激部位は、実験1での刺激を加えなかった場合の代わりに鵞足共通腱(aグループ)と筋膜部(bグループ)を追加した。また刺激は電動歯ブラシのヘッドの土台面を用いた。手順は、実験1と同様であり、検者Xと検者Y2で行った。【倫理的配慮、説明と同意】 当院倫理委員会の承認を得た上で、対象者に本研究の趣旨を説明し、同意協力を得た。【結果】 実験1では、鵞足包刺激を加えた場合のSLRの角度変化の平均値は8.2±6.8°であった。鵞足包刺激を加えなかった場合は-1.2±4.7°で、両者に有意差が認められた(p<0.01)。実験2のaグループでは、鷲足包刺激を加えた場合のSLR角度変化の平均値は2.9±2.3°、鵞足共通腱に刺激を加えた場合のSLR角度変化の平均値は3.0±2.5°で、両者に有意差は認められなかった。bグループで、鷲足包刺激を加えた場合は2.6±2.4°、筋膜部に刺激を加えた場合は3.2±2.3°で、両者に有意差は認められなかった。また、検者Y1と検者Y2による検者間の相違を調査するために、実験1と実験2のいずれにも属する7名において鵞足包刺激前のSLR角度の平均値を比較した。Y1(実験1)が測定した値は54.0±5.1°、Y2(実験2)が測定した値は70.5±7.0°であった。【考察】 実験1より、鵞足包の徒手的圧擦の効果が確認できた。徒手的圧擦のみで有意差が認められた可能性として次の要因を考えた。刺激面積の相違、刺激種類の相違(圧刺激と振動刺激)、対象者の皮膚の湿潤による電動歯ブラシの滑りにくさである。検者Y1に比して、検者Y2ではSLR角度が大きい傾向があったため、変化を見るために十分の可動域がなかった可能性があり、検者間の影響も今後の検討すべき課題である。【理学療法学研究としての意義】 滑液包の役割を追及することにより、関節可動域制限の評価と治療に役立てることができる。
  • ─変形性膝関節症患者の歩行時の酸素動態の特性─
    後藤 強, 三浦 哉, 出口 憲市
    p. Aa0865
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 現在,高齢者人口の増加とともに変形性膝関節症 (膝OA) に代表される膝の変性疾患が増加しており,我が国の膝OA人口は1,200万人に及び,65歳以上の高齢者の約13%が罹患していると報告されている.また,膝OA患者は変形性股関節症などの合併症としても頻度の高い疾患であり,膝痛のために身体活動量の減少,肥満および生理・運動機能の低下を来たし,その結果として生活機能全般が低下することにより,徐々に重篤な要介護状態に陥ることが予測される.これまでに膝OA患者を対象に歩行時の表面筋電図,加速度計,床反力計および三次動作解析装置などのバイオメカニクス的報告は多数存在しているが,筋における循環および代謝の観点からの検討は少ない.また,整形外科疾患である膝OA患者の歩行時の運動処方は確立されておらず,近赤外分光法 (NIRS) を用いて筋の循環および代謝面から酸素動態について検討することにより,膝OA患者の歩行時の酸素動態の評価および基礎的データの証明をすることができる. そこで本研究では,膝OA患者の有効な治療および評価法を確立するための基礎的データを得るために,歩行時の酸素動態の特性を明らかにすることを目的とした.【方法】 対象者は,膝OA疾患を有する中高齢者7名 (膝OA群) および疾患を有しない中高齢者7名 (対象群) であった.彼らは,自由歩行速度測定後,トレッドミル上で静止立位2分間の安静後,自由歩行速度の75%の速度 (75%FGS) でトレッドミル歩行2分間,自由歩行速度 (100%FGS) でトレッドミル歩行2分間および自由歩行速度の125%の速度 (125%FGS) でトレッドミル歩行2分間の順で3条件のトレッドミル歩行を2分間の回復を挟みながら連続して合計14分間実施した.なお,回復時の姿勢はトレッドミル上で静止立位であった.測定の際には,前脛骨筋 (TA) および腓腹筋内側 (GM) に近赤外分光法のプローブを装着し,酸素化ヘモグロビン (oxy-Hb) および血液量 (BV) の変化を連続的に測定して,各条件の歩行開始10秒前の平均値から歩行終了10秒前の平均値の差 (Δ) を算出した.【倫理的配慮】 本研究は,徳島大学総合科学部人間科学分野における研究倫理委員会の承諾を得たものであり,対象者には事前に文章および口頭にて研究内容・趣旨,参加の拒否・撤回・中断などについて説明し,承諾を得た後に研究を開始した.【結果および考察】 膝OA群のTAにおけるΔBVは,75%FGSで8.4±6.7μmol,100%FGSで13.8±7.4μmolおよび125%FGSで9.7±6.7μmol,GMでは,それぞれ2.8±3.4μmol,3.3±3.5μmolおよび2.8±2.7μmolであり,各条間に有意な差は認められなかった.対象群のTAにおけるΔBVは,それぞれ9.9±3.7μmol,3.7±10.6μmolおよび9.7±6.7μmol, GMでは,それぞれ6.7±6.0μmol,8.0±7.5μmolおよび8.8±7.6μmolであり,各条件間に有意な差は認められなかった.膝OA群のTAにおけるΔoxy-Hbは,75%FGSで8.0±6.0μmol,100%FGSで10.3±7.2μmolおよび125%FGSで11.2±8.0μmol,GMでは,それぞれ5.4±5.2μmol, 8.2±8.8μmolおよび8.4±9.0μmolであり,各条件間に有意な差は認められなかった.対象群のTAでは,それぞれ7.6±3.6μmol, 8.6±3.9μmolおよび8.2±4.0μmol,GMでは,それぞれ4.5±4.1μmol, 9.2±8.5μmolおよび9.7±8.4μmolであり,GMについて75%FGSと125%FGSとの間に有意な差が認められた (p<0.05).このように膝OA群と対象群との間で歩行速度の上昇に増加に伴う酸素動態の違いが生じた原因として,膝OA群では,下肢のアライメント不良が生じることにより,下腿部の筋ポンプ作用を効率的に行うことができず,酸素供給不足となったためにΔBVおよびΔoxy-Hbともに条件間で著しい変化が認められなかったと考えられる.一方,対象群におけるTAは歩行周期全般で筋活動が生じるために,Δoxy-Hbの著しい増加は認められなかったが,GMにおいては,下肢における筋ポンプ作用の中心を担うことで,静脈還流の促進および動脈血流量の増加が起こり,酸素供給が効率的に行うことによりΔoxy-Hbの著しい増加が認められたと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 本研究を基に膝OA患者の歩行に対する運動処方を考えた場合, GMの歩行周期の特性に応じて臥位もしくは立位での求心性収縮および遠心性収縮のトレーニングを行い,最終的には実用的な歩行に繋げていく必要があると考えられる.今後,バイオメカニクス的研究と併行し,体幹および上肢の骨格筋における代謝および循環を踏まえた包括的な評価および治療法の確立も同時に必要不可欠であると考える.
  • 谷口 匡史, 福元 喜啓, 建内 宏重, 塚越 累, 高木 優衣, 後藤 優育, 大塚 直輝, 小林 政史, 市橋 則明
    p. Aa0866
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 変形性膝関節症(以下、膝OA)患者では、一般に大腿四頭筋筋力の低下を呈することが多く、歩行機能やADL制限の一因となる。近年、超音波画像診断装置を用いた骨格筋の構造・形態的特徴の定量的評価法が普及し、筋厚だけでなく筋輝度測定の有用性(Pillen 2006)が報告されている。筋輝度は骨格筋内の脂肪・結合組織など非収縮組織の比率の増加といった筋の質的変化を表しており、筋厚減少だけでなく筋輝度の増加も筋力低下と関連するとされている(Fukumoto 2011)。膝OA患者では大腿四頭筋の量的変化だけでなく質的変化が生じていると考えられるが、健常者と比較した大腿四頭筋の筋厚・筋輝度の変化は明らかではない。本研究の目的は、膝OA患者における大腿四頭筋の量的・質的変化を明らかにすることである。【方法】 膝OA患者17名(膝OA群;年齢62.0±7.6歳、身長154.1±5.0cm、体重55.4±5.6kg)および健常女性16名(健常群;年齢57.7±6.4歳、身長155.9±6.0cm、体重52.4±6.3kg)を対象とし、大腿四頭筋筋厚および筋輝度の測定を行った。膝OA群は、全員両側OAであり、疼痛優位側を解析対象とした。Kellgren–Lawrence (K-L)分類は、GradeI-IIが9名、GradeIII-IVが8名であり、変形性膝関節症患者機能評価尺度(JKOM)は平均16.9±11.8点であった。超音波診断装置(GEヘルスケア社製LOGIQ Book e)を使用し、安静背臥位における大腿四頭筋の横断画像を撮影した。8MHzのリニアプローブを用い、ゲインなど画像条件は同一設定とした。大腿直筋(RF)および中間広筋(VI)は、上前腸骨棘と膝蓋骨上縁を結んだ直線の中点、外側広筋(VL)は大転子と膝関節外側裂隙を結んだ直線の中点、さらに内側広筋(VM)は膝蓋骨上縁より斜め45度上方5cmの位置を撮影部位とした。得られた横断画像から各筋の筋厚(cm)を計測し、また画像処理ソフト(Image J)を使用して、各筋の領域における筋輝度を算出した。筋輝度は0から255の256段階で表現されるグレースケールで評価され、高値を示すほど白色部位であることを意味する。健常群における各筋の筋厚・筋輝度の平均値を基準値として、膝OA群における各筋の測定値を増加・減少率として算出した。統計学的検討として、膝OA群と健常群における筋厚および筋輝度の比較には対応のないt検定を使用した。また、膝OA群における各筋の筋厚・筋輝度の増加・減少率の比較には、kruskal-Wallis検定および多重比較を用いた。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 本研究は、倫理委員会の承認を得て実施した。対象者には本研究の目的を十分に説明し、書面にて同意を得た。【結果】 筋厚は、膝OA群におけるRF(健常群; 2.05±0.32cm, 膝OA群; 1.73±0.18cm)、VI(健常群; 1.84±0.44cm, 膝OA群; 1.43±0.31cm)、VM(健常群; 2.05±0.37cm, 膝OA群; 1.48±0.28cm)が健常群に比べて有意に低下していたが、VL(健常群; 1.71±0.47cm, 膝OA群; 1.80±0.38cm)には群間の差がなかった。健常群における筋厚の平均値に対して、膝OA群の筋厚減少率が小さい順にVL;105.3%、RF;84.3%、VI;77.6%、VM;72.3%であり、VLは他の3筋に対して有意に高値を示した。また、筋輝度は膝OA群のVMで健常群よりも有意に高値(健常群; 81.2±20.3, 膝OA群; 98.5±13.7)を示したが、その他の筋では差がなかった。さらに、健常群における筋輝度の平均値に対して、膝OA群の筋輝度はVM;121.3%、VI;110.9%、VL;103.6%、RF;102.9%の順に増加率が高く、VMはVL、RFに対して有意に高値であった。【考察】 膝OA群では健常群に比べてRFやVI、VMの筋萎縮が生じていたが、VL筋厚は維持されていた。また、膝OA群における大腿四頭筋の中でもVLは他の3筋に比べて有意に筋厚が維持されていることが示唆された。膝OA患者では歩行時VLの筋活動が高いことから、VLは量的に維持されやすい可能性が示唆された。また、VMでは健常群と比べ筋輝度が有意に高かったことから、筋萎縮だけでなく非収縮組織比率の増加といった筋の質的変化も生じていることが明らかとなった。【理学療法研究としての意義】 本研究では、膝OA患者において大腿四頭筋の量的減少だけでなく、内側広筋の筋輝度増加が明らかとなった。膝OA患者における大腿四頭筋の量的変化を評価するだけでなく、質的変化にも着目する必要性を示した。今後、大腿四頭筋筋力と筋厚・筋輝度の関連を検討していく必要がある。
  • ─表面筋電図による中間広筋導出からの再考─
    松岡 健, 岩本 博行, 藤原 賢吾, 古田 幸一, 江口 淳子, 田代 成美, 江島 智子, 清水 紀恵, 中山 彰一
    p. Aa0867
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 大腿四頭筋に関してはこれまでに多くの報告があるが,深層に位置する中間広筋機能に関する報告はほとんどない.我々は第46回日本理学療法学術大会において,超音波診断装置を用いて体重支持指数(以下WBI:weight bearing index)と大腿四頭筋各筋厚の関係について検証し,膝70度屈曲位における中間広筋厚とWBIとの間に有意な正の相関があったことを報告した.しかしながら,筋厚と筋力,および筋量(断面積)の関係を示す報告は殆どなくエビデンスを得ていない.そこで今回,Watanabeらの報告で示された表面筋電図による中間広筋放電の導出方法に基づき,角度変化と大腿四頭筋各筋の面積積分値,およびWBIと各筋面積積分値比との関係を検証した.【方法】 対象は下肢・体幹に整形外科的疾患の既往のない健常人男性32名(平均年齢は24.4±4.1歳,平均体重は64.8±9,1kg,平均身長は169.33±8.2cm)とした.表面筋電図の測定筋は右側の大腿直筋(以下RF),内側広筋(以下VM), 外側広筋(以下VL),中間広筋(以下VI)の4筋とした.導出部位としてRFは下前腸骨棘と膝蓋骨上縁を結ぶ線の中央部位,VMは膝蓋骨上縁より筋腹に沿って4横指部位,VLは膝蓋骨上縁より筋腹に沿って5横指部位,VIはVL筋腹停止部位から膝蓋骨上縁までの間隙とした.なおVI導出に際しては超音波診断装置を用いてVI筋腹が表層近くで膨隆する部位を確認したうえ行った.電極は皮膚の電気抵抗を考慮し十分な処理を行い,電極中心距離は20mm,各筋線維走行に並行に貼付した.測定にはキッセイコムテック社製BIMUTASIIを用いた. まず座位にて膝伸展0度(徒手筋力検査法に基づく段階5の肢位)における右大腿四頭筋の最大随意等尺性収縮(以下,MVC: maximum voluntary contraction)時の筋活動量を計測した.筋活動量は付属のプログラムによって計算された面積積分値により評価した.次に右膝関節屈曲30度,45度,70度位における大腿四頭筋各筋のMVCより面積積分値を計算し,0度でのMVCに対する割合(以下,%MVC)を計算して各筋間で比較検討した.測定は1回で5秒間のMVCを実施し,間3秒間の面積積分値を用いた.測定肢位はBIODEX上端座位とし,角度調整もBIODEXにて行った. WBIは座位にて膝関節70度屈曲位, MVCを測定し,体重比にて算出した.比較項目は1)WBIと各角度におけるVI/RF比, VI/VM比, VI/VL比,2)各筋の角度別筋積分値の変化とした.統計処理には角度別の面積筋積分値の比較にはSPSSによる一 元配置分散分析法,および多重比較(Bonferroni法)用い,WBIとVI/RF比, VI/VM比, VI/VL比の関係にはPearsonの相関係数を用いた.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 全ての被験者には動作を口頭および文章にて研究趣旨を十分に説明し,同意を得たのちに検証を行った.【結果】 膝伸展トルクは膝70度で最高値を示し角度減少に伴い低値を示した.面積積分値の比較では,RFにおいて70度(平均240.4±173.8%)と30度(平均136.5±115.4%)に有意差を認めた(p<0.05).同様にVLにおいても70度(平均307.7±236.8%)と30度(平均190.1±167.9 %)に有意差を認めた(p<0.05).VIにおいては70度(平均397.2±369.3 %)と45度(平均213.7±198.2 %),70度と30度(平均55.4±44.2%),45度と30度間で有意差を認めた(p<0.05).VMは角度変化での面積積分値に有意差は認めなかった.WBIと各筋比の関係においては,70度のWBI(平均114.13±13.57)とVI/RF比(平均2.0±1.9)(r=0.6,p<0.01), VI/VL比(平均3.9±3.7)(r=0.41,p<0.01)に中等度の正の相関を認め,VI/VM比(平均2.2±2.3)(r=0.37,p<0.01)との間に弱い正の相関を認めた.【考察】 面積積分値の結果よりRF,VLは屈曲70度,45度間では同程度認められ,屈曲45度から30度間で活動に変化が起こることが示唆された.VMは他3筋の活動が屈曲30度で低下する中で,角度に影響なく同程度の活動を示し,特に膝屈曲30度からの膝伸展運動への大きな関与が示された.VIにおいては屈曲70度,45度,30度と角度減少に従い有意に低値を示したこと,またWBIとVI/RFの関係より,屈曲70度でのVI機能は身体移動能力・体力指数であるWBIに大きく関与していることを示した.また膝傷害予防の観点からも更なる検証が必要と考える.【理学療法学研究としての意義】 VMの結果より膝伸展最終域における重要性を確認した.身体移動能力指数・体力指数であるWBIとVI機能の関係を示した.今後は選択的なVIトレーニング方法の確立へ向けて負荷量・肢位についての検証が必要である.また今回は健常人のみの検証であり,対象群との比較,CKC下での変化について検討したい.
  • 水澤 一樹, 江原 義弘, 古川 勝弥, 田中 悠也
    p. Aa0868
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 立位バランスのひとつである静的立位姿勢保持は足圧中心(COP)の動揺から評価できるとされる(島田ら,2006).バランスに関与する要因は生理学的要因と物理学的要因に大別され,生理学的要因としては視覚・前庭迷路・体性感覚が挙げられる.水澤ら(2011)は物理的要因である身体特性のみではCOP動揺を十分に説明できないことを報告し,COP動揺には生理学的要因が強く影響していることが予想される.これまで生理学的要因とCOP動揺の関係については多くの報告がなされており,前庭迷路と面積系,深部感覚と単位面積軌跡長など,各生理学的要因に特有のCOP動揺パラメーターの存在が明らかとなっている.しかしこれまで視覚に特有のCOP動揺パラメーターについては明確な報告はなされていない.視覚とバランスの関係を追究し,各生理学的要因に特有のCOP動揺パラメーターを明確にすることは,バランスの性質をより明確にする上で必要なことである.そこで本研究の目的は,視覚情報の有無が静的立位姿勢保持中のCOP動揺に及ぼす影響を検討し,視覚に特有のCOP動揺パラメーターを追究することとした.【方法】 対象は健常男性11名とし,本研究について十分な説明を行い,書面にて同意を得た.床反力計2台を用い,サンプリング周波数100Hzにて対象者のCOPを抽出した.対象者には直立姿勢を60秒間保持させ,開眼・閉眼にて各1回ずつ計測した.その後,COPにおける単位軌跡長・左右方向単位軌跡長・前後方向単位軌跡長・左右方向最大振幅・前後方向最大振幅・矩形面積・実効値・実効値面積・左右方向標準偏差・前後方向標準偏差・集中面積の全11種類の要約統計量を算出した.そしてCOPの要約統計量が視覚情報の有無により差異があるか検討するため,開眼条件と閉眼条件間で対応のあるt検定あるいはWilcoxonの符号付順位和検定を行った.なおCOP動揺の各要約統計量間は強い相関関係にあるため(水澤ら,2009),交絡の影響を考慮し,視覚情報の有無を従属変数,各要約統計量を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析も行った.有意水準はp=0.05とし,それぞれ効果量(ES)も求めた.差の検定にはR2.8.1(Free software),多重ロジスティック回帰分析にはSPSS12.0J for Windows(SPSS Japan)を使用した.【倫理的配慮】 本研究はヘルシンキ宣言に則り,新潟医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得て実施された.実験に先立ち,対象者には本研究について十分に説明を行い,書面にて同意を得た.【結果】 視覚情報の有無によって有意差を認めた要約統計量は,単位軌跡長(p<0.05;ES=0.52)と前後方向単位軌跡長(p<0.05;ES=0.74)の2種類であった.なお多重ロジスティック回帰分析の結果,前後方向単位軌跡長が有意な変数(p<0.05)として選択された.【考察】 視覚情報が減少した場合,左右方向よりも前後方向の動揺が影響を受けるとされる(Dienerら,1982;中田,1982).本研究において視覚に特有のCOP動揺パラメーターは前後方向単位軌跡長であり,先行研究と同様の結果が確認された.なお単位軌跡長とは単位時間当たりの軌跡長であり,速度(距離/時間)を意味する.そのため視覚は静的立位姿勢保持中のCOP動揺の大きさではなく,速度に影響を及ぼすことが新たに明らかとなった.【理学療法学研究としての意義】 理学療法では立位バランスの客観的指標としてCOP動揺を参考にすることが多いが,本研究結果は視覚が立位バランスに及ぼす影響を判断する際の一助となる.
  • 石川 康伸, 平井 達也, 間瀬 浩之, 加藤 英樹
    p. Aa0869
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 立位制御には視覚,体性感覚,前庭覚を中心とした様々な入力情報が影響している.特に視覚は身体動揺の知覚に優位性を持ち(永田ら2001),繊細な立位制御において重要な役割を担う.理学療法において立位練習を実施する際にも視覚情報を考慮することは必要不可欠であるが,患者の最も近くにいるセラピストという存在を視覚情報と捉え,その影響について検討した研究は,我々が渉猟した限り見られない.本研究は他者の立ち位置が主体者の立位制御に影響し得るのかを検討するための基礎研究として,視標の位置が健常成人の重心動揺にどのような効果を及ぼすのか調査することを目的とした.【方法】 対象は矯正視力を含む両目視力が正常な健常若年成人11名(平均25.3±2.1歳)であった.対象には,下肢荷重計(アニマ社製G620)上にタンデム立位(右下肢前方)を取り,できるだけ安定して立つように指示した.その際,指標条件をa.目の前に何もない統制条件,b.目の前に視標(高さ2mの棒)を設置(0°条件),c.20°横に視標を設置(20°条件),d.40°横に視標を設置(40°条件),e.60°横に視標を設置(60°条件)の5条件とした.視線を一定の位置に保つため,すべての条件で目の前の光の点滅を数えるように指示した.aからeの条件を対象者毎に対象者の右側もしくは左側でランダムに実施した.計測時間は30秒,取り込み周期は100Hzとした.1回目の測定を各条件につき1回ずつおこない,24時間以上間隔を空けて,2回目の測定を各条件1回ずつおこなった.データ処理は,実効値を算出し,1)再現性の確認として,対象者ごとに試行2回目を1回目で除し百分率を算出(2回目/1回目×100),その各条件の平均を一致率とした.2)各条件の比較として,実効値の各2回の平均値を従属変数として条件間による一元配置分散分析を実施した.3)主効果が認められた場合,Ryan法による多重比較を実施した.いずれも有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の主旨と倫理的配慮について書面と口頭にて説明し,署名にて同意を得るとともに,当院倫理委員会にて承認を受けた(承認番号23-001).【結果】 1)一致率は統制条件で106.0±15.2%,0°条件で93.2±14.8%,20°条件で93.3±22.5%,40°条件で98.9±18.6%,60°条件で99.0±19.8%であった.2)実効値の結果は統制条件が0.88±0.15cm,0°条件が0.60±1.0cm,20°条件が0.66±0.09cm,40°条件が0.84±0.16cm,60°条件が0.93±0.14cmであり,各条件間において主効果が認められた(F(4,40)= 30.329,p<.05).3)多重比較の結果,統制条件,40°条件,60°条件の各条件に対して,0°条件と20°条件が有意に低い値を示した(p<.05).なお,0°条件と20°条件の間には有意差は認められなかった.【考察】 一致率について,平均は93.2-106.0%,SDは14.8-22.5%の範囲であり,測定の再現性には問題がないと考えられた.本研究の結果,統制条件,40°条件,60°条件に比べ,0°条件,20°条件の実効値が有意に低値を示したことより,視標の位置が中心視付近にある方が立位姿勢の安定化に貢献する可能性が示唆された.石原ら(2005)は視野が重心動揺に与える影響について,中心視に比べ周辺視が立位制御に貢献しているとしている.本研究は,視標に棒を用いたことから,0°の中心視に近い条件であっても上下の周辺視情報が含まれる.そのため,中心視と周辺視を比較している先行研究との対比は出来ないが,視標が中心視付近である条件のほうが立位制御に貢献することが示された.このことは,上下視野を含む視標を用いた場合,中心視からの距離が立位制御に影響する可能性があることを示す.また,本研究では視線を固定するために光の点滅による固視点を用いた.そのため,固視点と視標との距離が立位制御に影響した可能性も推察される.しかしながら,本研究の結果からではどちらの要因が立位制御の安定化に重要であるのかは明らかにできない.今後は,立位制御へ影響を及ぼす要因について,中心視との距離なのか,固視点との距離なのかを明らかにするとともに,モノでなくヒトを視標とした場合の立位に与える影響を検討する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は,視標の位置要因が対象の立位制御に影響を与えている可能性を明らかにし,臨床における立位練習の際の条件決定に有益な情報となり得る.
  • ─高齢入院患者における検討─
    加嶋 憲作, 馬渕 勝, 中谷 京宗, 河邑 貢, 山﨑 裕司
    p. Aa0870
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 片脚立位時間は測定が簡便なため,臨床で広く利用されている.しかし,片脚立位能力は下肢筋力の影響を強く受けることが指摘されており,測定困難な症例が少なからず存在する.我々は,新たなバランス評価法として,市販体重計を用いた下肢荷重率の測定法を考案し,下肢支持性や歩行能力を反映する有益な指標であることを報告してきた.下肢荷重率の測定は,両足底を接地させて実施させる点で片脚立位時間に比較して重症例にも対応できるメリットがある.本研究では,下肢荷重率測定の臨床応用を目的として下肢荷重率と片脚立位時間の関連について検討した.【方法】 対象は,高齢入院患者143例(男性87例,女性56例)である.中枢神経疾患や明らかな荷重関節の整形外科疾患,認知症を有する者は対象から除外した.下肢荷重率の測定は,市販の体重計2枚に左右の脚をのせた立位で行った.片側下肢に最大限体重を偏位させるように指示し,5秒間安定した姿勢保持が可能であった荷重量(kg)を体重(kg)で除し,その値を下肢荷重率(%)とした.片脚立位の測定時間は30秒を上限とし,各脚2回の測定のうち最高値を採用した.左右脚の平均値を算出し,5~10秒未満,10~30秒未満,30秒以上の3段階に区分した.次に下肢荷重率を60%未満,60~70%未満,70~80%未満,80~90%未満,90%以上に区分し,それぞれ3段階に区分した片脚立位が可能な症例の占める割合を比較した.統計解析には一元配置分散分析およびBonferroni法を用い,危険率5%を有意水準とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には,研究の内容と目的を説明し,同意を得た後に測定を実施した.【結果】 片脚立位5~10秒未満の症例(23例)の割合は,下肢荷重率60%未満,60~70%未満,70~80%未満,80~90%未満,90%以上の順に,0%,0%,13.0%,43.5%,43.5%であった.片脚立位10~30秒未満(40例)では,0%,0%,0%,27.5%,72.5%,片脚立位30秒以上(19例)では,0%,0%,0%,10.5%,89.4%であった.いずれの片脚立位時間も下肢荷重率の低下に伴い,片脚立位を遂行できた症例の割合は減少する傾向にあった.下肢荷重率70%未満では5秒間の片脚立位,下肢荷重率80%未満では10秒間の片脚立位が全例で遂行不能であった.下肢荷重率は片脚立位5~10秒未満と10~30秒未満及び30秒以上の間に有意差を認めた(p<0.05).本研究の対象例のうち24例は片脚立位動作自体が不可能であったが,下肢荷重率の測定は24例ともに可能であり,その下肢荷重率は50~76.1%に分布した.【考察】 下肢荷重率の低下に伴って,片脚立位を遂行できた症例の割合は減少した.片脚立位時間が5秒以上遂行できた症例の割合は,下肢荷重率80%から顕著に低下し,下肢荷重率70%未満では遂行不能であった.下肢荷重率はバランス能力の評価法として,片脚立位時間と同様の傾向を示すものと考えられた.また,143例中24例において片脚立位時間の測定が不能であったのに対し,下肢荷重率の測定は全例で可能であった.このことから,片脚立位時間の測定が困難な重症例のバランス評価方法として下肢荷重率の活用可能性が示唆された.重症例に対するバランス評価方法としての下肢荷重率の有用性については,片脚立位が困難な症例を対象として,動作能力や他のバランス指標との関連性を検討することで明らかにしていく必要がある.【理学療法学研究としての意義】 下肢荷重率は,これまで評価が困難であった重症例に対しても適応できるバランス評価方法として期待できる.
  • 渡邉 観世子, 谷 浩明, 石原 正規, 樋口 貴広, 今中 國泰
    p. Aa0871
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 下肢の骨折や靭帯損傷などに対するリハビリテーションでは、回復段階に合わせた荷重量を患側下肢で調節する練習を通して早期の歩行動作の自立を目指している。この体重移動練習では、平行棒や杖により上肢の支持を用いながら下肢の荷重量を調節することが多く、下肢の荷重量調節には上肢の操作が少なからず影響していると考えられる。本研究では、平行棒での上肢支持を伴う左右への体重移動課題を用い、上下四肢の各荷重変化とそれら四肢間の相関から体重移動における荷重量調節を検討した。さらに四肢間相関、特に上肢との相関が下肢の荷重量調節の正確性にどのように関与するかについても推察した。【方法】 若年健常成人23名(男性10名、女性13名)に対し、体重移動方向(左側、右側)および調節する荷重量(体重の1/3、2/3)を対象者内要因とした4条件の体重移課題を呈示した。それぞれの体重移動課題の1試行は3秒間で行うこととし、各条件10試行行った。体重移動課題遂行中には下肢の荷重量を2枚のフォースプレート(Kyowa 特注)、上肢の荷重量を2つのロードセル(Kyowa LUR-A-1KNSA1)により計測した。四肢の荷重変化に伴う四肢間相関については、3秒間の荷重変化データの10試行の平均荷重量を用いて、2肢間ずつ(6組)の相関係数(負相関は荷重量増減調節を示す)を対象者ごとに各条件で求めた。体重移動課題の正確性は、目標荷重量(体重の1/3もしくは2/3)からの体重あたりの偏倚性(CE/w)、変動性(VE/w)、および総合誤差(RMSE/w)を指標とした。さらに、四肢間相関と正確性との関係を各四肢間相関係数(Fisherのz変換値)と正確性指標との相関分析により検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は所属機関倫理委員会の承認を受け(承認番号10-41)、対象者には研究目的と計測内容について口頭と紙面にて説明し、同意書の署名をもって同意を確認した。【結果】 四肢間の荷重変化に伴う四肢間相関は、いずれの条件でも両下肢間に-0.99前後の高い負相関を認めたが、その他の相関は条件により異なっていた。特徴的な結果は(1)左側1/3移動条件では左下肢への体重移動(左下肢荷重量の増加、右下肢荷重量の減少)とともに左上肢の荷重量が減少し、左上下肢間の相関および右下肢-左上肢間の相関とCE/wとの間に有意な相関を認め(それぞれr = -0.44, p < 0.05、r = 0.44, p < 0.05)、左上肢が正確性に関与していることが示唆された。(2)左側2/3移動条件では左下肢への体重移動(右下肢荷重量の減少)とともに右上肢の荷重量が減少し、右上下肢間の相関とCE/wとの間に有意な相関(r = -0.43, p < 0.05)、さらに両上肢間とCE/wとの間に有意な相関(r = -0.42, p < 0.05)を認め、右上肢が正確性に関与していることが示唆された。一方、右側体重移動条件では、いずれも四肢間相関と正確性との間に有意な相関を認めなかった。【考察】 左側1/3移動条件では、左上下肢間及び右下肢-左上肢間相関が高いほど左下肢の荷重量調節の正確性が低く、左側2/3移動条件では右上下肢間及び両上肢間相関が高いほど左下肢の荷重量調節の正確性が低いことが分かった。つまり、左側1/3移動条件では左上肢、左側2/3移動条件では右上肢が体重移動調節に関与すると正確な荷重量調節が妨げられると推察された。これらの上肢の荷重変化は、単に上肢のみの調節だけではなく、左側1/3条件では体重移動に伴って上半身(上部体幹や頭部)を右側へ、また左側2/3条件では上半身を左側へ傾斜させるという上半身の姿勢調節も反映していると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から、臨床における荷重量調節の指導方法についての示唆を得た。すなわち左下肢の障害において、回復段階の初期(1/3荷重を練習する時期)には左上肢荷重量の減少(もしくは右側への上半身の傾斜)、回復段階の後期(2/3荷重を練習する時期)には右上肢荷重量の減少(もしくは左側への上半身傾斜)の関与が下肢の荷重量調節を阻害する可能性があるため、これらの上肢や上半身の傾斜に依存しないような調節方略を指導する必要があることを示唆している。本研究では体重移動に伴う荷重量調節について、健常者が示す基本的な特性が明らかとなり、今後は実用的な指導方法の提案に向けて、臨床場面での検討が必要と思われる。
  • ─姿勢安定度評価指標(IPS)を用いた考察─
    鈴木 康裕, 石川 公久, 江口 清
    p. Aa0872
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 重心動揺計はバランスや姿勢の安定性の評価機器であり、動揺面積や軌跡長、ロンベルグ率(以下重心動揺計各指標)などを主な指標として臨床上で多く用いられている。しかし、それぞれを用いた単一の評価指標では潜在的なバランス能力を抽出できない側面がある。それを補う指標として姿勢安定度評価指標(Index of Postural Stability:以下IPS)がある。IPSは立位姿勢保持に関して、重心動揺や重心を随意的に動かせる範囲である安定域の2つの概念を用いて動的・複合的に姿勢の安定性を示すために考案された。IPSを用いた先行研究は多く、その再現性やbergバランスとの相関は高く、また高齢者の転倒予測値も報告されている。しかし一方で、IPSは重心動揺計各指標との比較の報告は少なく、再現性の系統誤差や最小可検変化量(以下MDC)、またIPSに影響する要素の検討など基礎的な臨床指標の報告は見当たらない。本研究の目的は、IPSと重心動揺計各指標の変動率を比較し、また再現性の検討を系統誤差により行い臨床指標としてMDCを算出することである。またIPSを構成する指標の中から影響を及ぼす要素を検出する検討も併せて行った。【方法】 対象は当院リハビリテーション部に所属する職員である健常女性22名とし、年齢27.1±5.3歳、BMI20.3±2.0であった。各指標の測定には重心動揺計(アニマ社製Gravicorder GS-10 typeCIV:測定周波数20Hz)を用いて2回行った。IPSは前後、左右の重心位置の距離を乗じた矩形面積と平均重心動揺面積(中央・前方・後方・右方・左方に重心移動した位置における矩形重心動揺面積の平均値)を用い、log〔(安定性限界面積+平均重心動揺面積)/平均重心動揺面積〕とした算出した。IPSの測定は被検者の足底内側を平行に10cm離した軽度開脚立位とし、それぞれ10秒間の重心動揺を測定した。重心動揺計各指標であるロンベルグ率・動揺面積・軌跡長の測定は30秒間の閉脚立位で行われ、開眼・閉眼で計測した。各指標の変動率 は各指標の1-2回目の測定値より、差の絶対値/平均値 にて算出した。重心移動距離(前・後・右・左) は、中央重心位置より前後左右の重心位置によるその距離にて算出した。 これによりIPSに影響を与える指標として、重心動揺面積(中・前・後・右・左)と重心移動距離より9項目。統計解析は、IPSとロンベルグ率・動揺面積・軌跡長の変動率(1-2回目間)を一元配置の分散分析を用いて比較し、検討した。IPSの平均値と差(1-2回目間)により系統誤差の有無をbland-altman法を用いて検討しMDCを求めた。そしてIPS(1回目)と9項目との関係を単相関係数にて検討し、その中で有意な関連性を認めた項目のみ重回帰分析を用いて検証した。使用統計ソフトはSPSS(ver11)を用い、全ての統計的有意判定基準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には、研究の内容と目的を説明し、同意を得た後に測定を実施した。【結果】 それぞれの指標の1-2回目の変動率については、IPS5.0±3.7%、ロンベルグ率58.5±32.5%、外周面積38.4±19.4%、軌跡長27.1±16.8%となり、IPSとその他については有意な相違を示した。IPSの1-2回目の系統誤差は認められず、MDCは0.22と算出された。IPSと9項目の各因子については、決定係数0.885において右重心移動距離、中央・後方・右方・左方動揺面積の5項目に有意に相関が認められた。【考察】 今回の結果において、IPSが1-2回目による重心動揺計測における指標の中で最も変動率が少なかった。IPSは多項目から複合的に算出されるため、表層的な現象ではなく潜在的なバランス能力をよく表す評価指標となる可能性を示唆する結果となった。一方でその他指標の変動率の大きさは、先行研究ですでに示されている重心動揺計による単独評価の1-2回目における再現性の乏しさを裏付ける結果となった。 今回の研究によりIPSは系統誤差を認めず、またMDCは0.22であることが分かった。先行研究でICCによる検討によりIPSの再現性の高さはすでに報告されているが、これは偶然誤差の検討であり系統誤差ではない。このように系統誤差による再現性の検討を行い、またMDCを算出することは臨床上有意義であると考えられる。IPSを構成する指標項目において影響を与えうる項目の検討を行った結果、距離では1項目、動揺では4項目が抽出された。IPSすなわち複合的バランス能力は重心を単に拡げるだけではなく、動揺を抑えるという要素が関与している可能性が考えられた。また重心移動距離・動揺抑制能力が中心から後方にかけてのバランス保持能力に重要であることが示唆された。【理学療法研究としての意義】 本研究の結果から、重心動揺計を使用する際のより適切な指標としてIPSが有効であることが分かった。これは今後のバランス評価における一助になりうると考えられ、理学療法研究として意義があるものと考えられる。
  • 青木 修, 大谷 啓尊
    p. Aa0873
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 姿勢制御において、視覚の役割が重要であることは広く知られている。健常者の立位重心動揺を調べた研究では、視覚参照点までの距離が近いほうが、遠い場合よりも重心動揺が小さくなることが報告されている。臨床において、立位バランスの不安定な者は、前方よりも下方を見ることで、あるいは広い空間よりも狭い空間で不安感が軽減することがある。これは、近い距離にあるものを見ることで視覚的な定位を得て立位動揺を制御していると考えられる。つまり、視覚参照点までの距離が近いほうが、フィードバック情報としての立位姿勢の傾きを鋭敏に検知できていると考えられる。今回我々は、立位姿勢で外乱を与えた際に起こる姿勢制御反応時間は、視覚参照点までの距離が近いほうが、遠い場合に比べて早くなると仮説を立て、健常者を対象とした実験を行った。【方法】 被験者は健常成人8名(年齢29.1±4.8歳)とした。姿勢制御の反応を測定するにあたり、被験者の股関節および膝関節を硬性装具で固定し、関与する関節を足関節のみに限局した。開始肢位は両上肢体側下垂位で、閉脚立位とした。後上腸骨棘の高さで装具にひもを取り付け、後方から2kgの重錘で牽引した。外乱刺激は、10秒間の計測中の任意の時間において急に牽引を離すことで抜重し、前方への外乱を与えた。外乱刺激開始を検出する目的でひもに小型加速度計を、刺激に対する反応を検出する目的で右腓腹筋に筋電図を取り付けた。サンプリング周波数は1000Hzとした。加速度計の波形と筋電図の波形から、外乱刺激に対する姿勢制御反応時間を計測した。上記の測定環境下で、視覚参照点までの距離を1.5mおよび6.0m、閉眼の3条件とし、3試行の平均反応時間を算出した。直径3cmのマーカーを視覚参照点として、注視するよう指示した。3条件の比較にあたり対応を持たせるために、被験者ごとにデータをブロック化してSteel-Dwassテストを用いた。有意水準は5%とした。【説明と同意】 本研究は当院の倫理委員会により承認され、実施に当たっては被験者に書面を用いて本研究の目的と方法を説明し、同意を得た。【結果】 1.5m条件での反応時間の171.2±31.1ms、6.0m条件では219.9±21.8ms、閉眼条件では262.9±32.2msであった。すべての条件間の比較において有意差が認められた(1.5m vs. 6.0m:p<0.05、1.5m vs. 閉眼:p<0.01、6.0m vs. 閉眼:p<0.05)。【考察】 視覚からのフィードバック情報を基にした運動の潜時は50~70msとされる一方、体性感覚のフィードバック情報を基にした運動の潜時は100~150msとされており、その差は30~80ms程度である。本研究では姿勢制御反応時間は、開眼条件(1.5mおよび6.0m条件)で約170ms~220ms、閉眼条件で約260msと遅いものであったが、本研究の開眼条件(1.5mおよび6.0m条件)と閉眼条件の反応時間差は約40~90msであり、感覚モダリティの違いによる反応時間の差は報告と一致する。視覚フィードバックの潜時は、ランプ点灯でスイッチを押すような運動開始反応の潜時であり、本研究で実施した外乱に対する立位姿勢制御反応とは異なる。このため、報告された潜時よりも反応時間が長かったものと考える。本研究結果から、視覚参照点が近いほうが外乱刺激に対する姿勢制御反応は早く起こることが示された。視覚参照点が近いほど重心動揺が小さくなることを報告した研究では、視覚参照点が近くなることで網膜上の像の変位や動眼筋の固有感覚情報が正確になるためと報告されている。本研究結果も、視覚フィードバック情報が正確になることで、姿勢制御反応も早くなったのではないかと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究では健常者において、外乱に対する姿勢制御反応は視覚指標の遠近に影響を受けるのかについて調べた。その結果、視覚指標が近いほうが姿勢制御反応は早く起こることが示された。本研究は姿勢制御反応が視覚参照点の距離に影響を受けることを示した基礎研究である。本研究結果はバランス練習の際の難易度を設定する上で有益な情報であると考える。
  • 山口 智史, 藤原 俊之, Yun-An Tsai, 里宇 明元
    p. Aa0874
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 Patterned afferent electrical stimulation (PES)は,末梢神経からの高周波感覚刺激によってdisynaptic reciprocal inhibition(RI) を修飾し,脊髄可塑性を誘導することが知られている(Perez et al, 2003).また経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は,極性に依存して,大脳皮質の興奮性を変化させることが可能である.Fujiwara et al.(2011)は,tDCSによる皮質運動野の興奮性の変化が,PESによるRIの修飾を変化させることを報告している.今回,われわれは,PESとtDCSの同時使用によるRIの変化を検討した.【方法】 対象は健常成人10名(平均年齢32.1±4.2歳,男性7名,女性3名).PESは周波数100Hzの刺激パルス10発を1 trainとして,この刺激trainを0.5Hzで20分間刺激するものである.刺激は総腓骨神経に行い,刺激強度は前脛骨筋の運動閾値とした.tDCSは,刺激強度を1mAとし10分間行った.Anodal tDCSでは陽極電極を,左側下肢一次運動野の直上に置き,陰極電極を対側右眼窩上に置いた.Cathodal tDCSでは陰極電極を,左側下肢一次運動野の直上,陰極電極を対側右眼窩上に置いた.課題は,1)PESのみを20分間行う(PES),2)PES20分のうち最初の10分間にanodal tDCSを同時に加える(anodal tDCS+PES),3)同様にcathodal tDCSを10分間同時に行う(cathodal tDCS+PES)の3課題とした.課題はそれぞれ1週間以上の間隔をあけて実施した. 評価は,ヒラメ筋H波を用いた条件―試験刺激法により,RIを測定した.解析は,試験刺激のみで誘発されるH波振幅に対して条件刺激を与えたときのH波振幅の比を求め,条件刺激によるH波振幅の減少をRIの強さとした.試験刺激は脛骨神経にて行い,M波最大振幅の10~20%の振幅のH波が誘発される刺激強度とした.条件刺激は腓骨頭の位置で総腓骨神経を刺激し,その強度は前脛骨筋の運動閾値とした.また条件-試験刺激間隔は0,1,2msecとした.測定は介入前,10分間の介入後,20分間の介入後,および,持続効果を検討するために介入終了後10分と20分に実施した.統計解析は,反復測定2元配置分散分析,多重比較検定(Bonferroni)を用い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 所属施設の倫理委員会での承認を受けたうえで,被検者に実験内容を十分に説明し,本人の意志により書面にて同意をえた.【結果】 分散分析の結果から,課題(PESのみ,anodal tDCS+PES, cathodal tDCS+PES) と 評価 (介入前, 10分間の介入後, 20分間の介入後, 介入終了後10分,介入終了後 20分)に交互作用を認めた(F [8, 64] = 13.17, p < 0.01).多重比較検定では,PESのみでは,介入前と比較し,20分間の介入後および介入終了後10分において,RIが有意に増強した.Anodal tDCS+PESにおいて,介入前と比較し,10分間の介入後から介入終了後20分まですべての評価で有意にRIの増強を認めた.一方で,cathodal tDCS+PESでは,有意差を認めなかった.【考察】 本研究の結果から,PESとanodal tDCSを同時に行うことによって,PESのみと比較し,RIが早期に増強され,その効果が持続することが示唆された. 今回,PESのみでは20分間の介入後にRIの増強を認めた.一方で,PESとanodal tDCSを同時使用することによって,10分間の介入後にRIが増強した.これは,RI増強には感覚刺激と同時に皮質興奮性を高めることが重要であることを示唆するものと考えられる.また効果の持続においても,PESのみと比べ,anodal tDCSを同時に行うことでRIの増強が持続した.さらに,PESとcathodal tDCSを同時に行うことで,RIの増強は消失した.このことから,RIの効果持続においても,皮質興奮性が関与していることが示唆される.今後,中枢神経疾患例を対象として,RIの障害に伴なった痙縮や同時収縮などの運動障害に対しても,その効果を検討していきたい.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,PES とanodal tDCSを組み合わせることで,PESにより得られるRI修飾効果を促進する可能性を示した.
  • 藤本 修平, 山口 智史, 田中 悟志, 田辺 茂雄, 定藤 規弘, 横山 明正, 近藤 国嗣, 大高 洋平
    p. Aa0875
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 経頭蓋直流電気刺激は,頭蓋上に電極を貼付することで,極性に依存し脳活動を修飾することが可能である.近年,この直流電気刺激を脊髄に対して適応する手法(transcutaneous spinal cord direct current stimulation:tsDCS)によって,post activation depressionの低下(Winkler et al,2010),疼痛への耐性が増加する効果(Truini et al,2011)が報告されている.また体性感覚誘発電位の振幅の減少(Cogiamanian et al, 2008)が報告されており,tsDCSの効果は脊髄レベルだけでなく,大脳皮質レベルにも影響を与える可能性がある.今回,さらに詳細なメカニズムを解明するために,tsDCSが皮質脊髄路興奮性および脊髄反射経路に及ぼす影響を検討した.【方法】 実験は1)皮質脊髄路興奮性への影響,2)脊髄反射経路への影響を検討した.対象は健常男性10名(平均年齢26.1±3.5歳)であった.直流電気刺激はDC stimulator(Neuro Conn製)を用い,Winkler et al(2010)の方法に準じて,陽極電極(35cm2)を第12胸椎棘突起部,陰極電極(50cm2)を上腕三頭筋部に貼付し,刺激強度2mA,刺激時間15分で実施した.実験1)では,経頭蓋磁気刺激による運動誘発電位(Motor Evoked Potential :MEP)による評価を,介入前後および介入後10分,介入後30分に実施した.記録筋は前脛骨筋およびヒラメ筋とした.試験刺激は,安静時運動閾値(50μV以上のMEPが50%以上)を100%とし,強度を10%ずつ増加させ130%までの4条件にて行った.計測はそれぞれの強度で10回施行した.解析は,介入前後の皮質興奮性の変化を検討するため,介入前の各刺激強度の最大MEP振幅で,介入後の最大MEP振幅を除した値を算出した.実験2)では,脊髄反射経路への影響を検討するため,ヒラメ筋H反射を用いた条件・試験刺激法を用いた.条件刺激は総腓骨神経とし,前脛骨筋の運動閾値の強度で刺激した.試験刺激は脛骨神経とし,すべての評価時において,最大M波の10~20%のH反射が誘発される強度とした.条件試験刺激間隔(ISI)は,0,1,2,10,100msとし,刺激はランダムに各10回ずつ刺激を行った.ISIについて,2msをreciprocal inhibition,10msをpresynaptic inhibitionのD1,100msをpresynaptic inhibitionのD2とした.解析は,試験刺激で誘発されたH反射の最大振幅値とそれぞれのISIにおけるH反射最大振幅値の減少の割合とした.また最大H反射振幅値(Hmax)および最大M波振幅値(Mmax)を計測した.評価は,介入前後および介入後15分に実施した.統計解析は,それぞれの評価項目について介入前後の変化を比較するために,Tukeyの多重比較法およびShaffer法にてαエラーを補正しWilcoxon検定を用いて検討した.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき,事前に研究内容を説明し同意を得た.【結果】 介入前後の前脛骨筋およびヒラメ筋のMEPにおいて,いずれの刺激条件でも有意差を認めなかった.Hmax/Mmaxにおいては,介入前0.38±0.13,介入後0.33±0.13,介入後15分0.34±0.14であった.統計解析の結果,介入前と介入後,介入前と介入後15分で有意差を認めた.ISI=10msにおいて,介入前0.76±0.11,介入後0.83±0.07,介入後15分0.83±0.09で,介入前と介入後,介入前と介入後15分で有意に抑制の減少を示した.ISI=2msおよび100msにおいては,介入前後で有意差は認められなかったが,100msでは抑制が減少する傾向であった.【考察】 本研究の結果から,tsDCSは脊髄のmotoneurons pool の興奮性を持続的に減少させるとともに,presynaptic inhibitionにおいても持続的に抑制を減少させることが示唆された.一方で,皮質脊髄路の興奮性や2シナプス性介在ニューロンであるreciprocal inhibition には影響を与えなかった.今回の結果から,中枢神経疾患にtsDCSを適応する場合において,motoneurons pool の興奮性を減少させることから,痙縮などの筋緊張異常に用いることができる可能性があると考えらえる.【理学療法学研究としての意義】 tsDCSが脊髄反射経路へおよぼす影響を検討し,理学療法における治療の一手段として適応できる可能性を示した.
  • 山下 彰, 鈴木 俊明, 文野 住文
    p. Aa0876
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 脳血管障害片麻痺患者の脊髄運動神経機能の興奮性の評価としてH波、F波を用いて検討されてきている。H波、F波の評価方法としては、波形そのものを分析する方法が一般的であるが、鈴木らは上肢の母指対立筋において脳血管障害片麻痺患者26名のH波、F波出現様式を検討している。脳血管障害片麻痺患者における下肢のH波、F波の出現様式に関しての報告はなく、健常人を対象とした研究報告も認めない。そこで今回は、脳血管障害片麻痺患者の客観的な機能評価としてH波、F波の出現様式の変化を臨床応用する前段階として、健常者を対象に刺激強度増加に伴うヒラメ筋のH波とF波の出現様式を検討した。【方法】 対象は神経学的及び整形外科学的に自覚的、他覚的所見を有さない健常成人10名(男性7名、女性3名、平均年齢28.8±9.4歳)を対象とした。方法は背臥位にて膝伸展位でベッド端より足部を出した肢位にて被検者の右ヒラメ筋よりViking Quest(Nicolet)を用いてH波、F波を導出した。脛骨神経(膝窩部下方)に対して0.5Hzの刺激頻度と0.2msの持続時間で32回刺激は常時一定とし,刺激強度を弱刺激から最大上刺激まで増加させた時のH波・F波の出現様式の分析について検討した。刺激電極は2極の表面刺激電極を陰極部の膝窩下方へディスポーサブル電極を配置し、クリップ式電極で電極を挟み、陽極部を膝蓋骨より上方の部分に配置した。H波・F波記録は皿型表面電極で探査電極を下腿内側2/3にあるヒラメ筋単独部位の筋腹上に、基準電極を内果上に配置した。出現様式は鈴木らの研究同様4つのタイプに分類した。刺激強度の増加によりH波は認めずにF波が出現するパターンをタイプ1とし、刺激強度の増加によりH波が出現し、その後H波が消失しF波が出現するパターンをタイプ2、刺激強度の増加に伴いH波が出現し、その後H波波形のなかにF波が出現するパターンをタイプ3、刺激強度の増加に伴いH波が出現し、F波は出現しないパターンをタイプ4とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究ではヘルシンキ宣言の助言・基本原則および追加原則を鑑み、予め説明した本研究の概要と侵襲、公表の有無と形式、個人情報の取り扱いについて同意を得た被験者を対象に実施した。【結果】 ヒラメ筋のH波・F波出現様式は10名ともにタイプ3であった。【考察】 ヒラメ筋の脊髄神経機能の報告は、H波を用いた研究がほとんどであり、F波の報告は散見する程度である。H波の機序はIa感覚神経線維を興奮させ、それが単シナプス性に接続している脊髄前角細胞を興奮させ、筋活動電位を発生させる。F波は最大上刺激(M波の1.2倍)によって生じた興奮により運動神経を逆行したインパルスが脊髄前角を経て、再度運動神経に戻り、順行性に筋に伝導して導出される。F波刺激強度は通常、M波の最大振幅を認める120%程度(最大上刺激)を用いるとされている。しかしながら、脳血管障害患者や健常者でもときに最大上刺激でH波が認められるとも言われている。鈴木らの上肢のH波・F波出現様式結果はタイプ1~4になるにしたがって、筋緊張の亢進の程度は高まることを報告した。要するに、H波、F波の出現様式は筋緊張の程度を反映することがわかった。そこで脳血管障害片麻痺患者のヒラメ筋の筋緊張評価のひとつとして、今回はH波、F波の出現様式の変化を検討した。健常者では、H波が弱刺激で出現し、強刺激でもH波は残存するが、H波の波形とほぼ同様な潜時でF波が出現した。本研究結果から、上位中枢が興奮していない健常人においてもH波が高振幅で出現した状態でF波が出現することがわかった。脳血管障害片麻痺患者では筋緊張が正常域なものはタイプ3、上位中枢の興奮性が増加し、筋緊張が亢進している状態では、H波が高振幅で出現し、そのためにF波が出現しにくくなり、タイプ4になる可能性がある。逆に急性期で下肢への上位中枢の興奮性が低下し、筋緊張が低下している症例ではタイプ1か2になる可能性もある。このように出現様式の変化が筋緊張の程度を反映する可能性が考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果より健常者におけるH波、F波出現様式の変化について考察した。今回の結果だけでは、理学療法評価には反映することはできないが、ヒラメ筋のH波、F波の出現様式の正常パターンを理解できた研究であった。今後、脳血管障害片麻痺患者のヒラメ筋よりH波・F波出現様式及び波形分析を行っていくことを考えており、理学療法領域において運動機能評価と組み合わせれば客観的な機能評価として用いることが可能であると考えている。
  • 立本 将士, 山口 智史, 田中 悟志, 横山 明正, 近藤 国嗣, 大高 洋平, 定藤 規弘
    p. Aa0877
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation: tDCS)は,頭蓋の外に置いた電極から微弱な直流電流を流して大脳皮質の興奮性を促通する方法であり,リハビリテーション効果を促進するための新しい補助的治療法として期待が高まっている.陽極刺激は電極直下の大脳皮質の興奮性を一時的に促通し,また陰極刺激は抑制することが報告されている.運動皮質興奮性の促通を目的とする場合,陽極電極を運動皮質の直上に,陰極電極を対側の前額部に置く場合が一般的とされている.しかし,陰極電極を前額部に貼付することで,直下の前頭葉に対する抑制効果の影響が懸念されるため,実際の臨床応用を視野に入れた場合,頭部以外に貼付する方法が望ましい.今回われわれは,陰極電極の貼付位置を上腕部においても下肢運動皮質の興奮性の促通効果が得られるかを検討した.【方法】 対象は,健常男性10名(平均年齢26.2±4.1歳)であった.tDCSの刺激は,強度2mAで10分間とした.実験条件は,1)陰極電極(50 cm2)を右前額部に貼付する条件,2)陰極電極を右上腕部に貼付する条件,3)陰極電極を右前額部に貼付し,最初の15秒間のみ刺激を行う偽刺激条件の3条件とした.陽極電極(35cm2)は全ての条件で左下肢一次運動野の直上に貼付した.経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation: TMS)にて運動誘発電位(motor evoked potential: MEP)を測定し,最もMEPが観察される部位を下肢一次運動野とした.皮質興奮性への効果を検討するため,TMSによる右前脛骨筋のMEPを記録した.TMSの最低刺激強度(resting motor threshold: RMT)は,50μVのMEPが50%の確率で出現する強度とした.TMSは,RMTの100%,110%,120%,130%の強度で,それぞれ10回の刺激を行った.評価は,tDCSの介入前,介入直後,介入後10分,介入後30分,介入後60分に行った.データ処理は,個々の波形からMEPの最大振幅値を算出した後,それぞれのTMS刺激強度での平均値を算出し,介入前の値を基準とした割合で比較した.統計解析は,それぞれの刺激強度において反復測定二元配置分散分析,Bonferroni法にて多重比較検定を行った.有意水準は5%とした.また刺激による副作用の有無を観察するため,心拍および脈拍をtDCS介入の前後で全ての条件において測定した.【倫理的配慮、説明と同意】 東京湾岸リハビリテーション病院倫理審査会の承認後,全対象者に研究内容を説明し,同意を得た.【結果】 分散分析から,刺激強度120%及び130%の条件において,交互作用(120%:F[8,72]=4.975,p<0.001,130%:F[8,72]=2.515,p<0.05)を認めた.このことは,電極の貼付位置の違いによりtDCSの介入効果に差があったことを示唆しているため,更に詳細な分析を行った.多重比較検定では,刺激強度120%において,陰極電極を前額部に貼付した条件では介入前と比較し,介入後10分,介入後30分にMEPの有意な増大を認めた.また陰極電極を上腕部に貼付した条件においても,介入前と比較し,介入後10分,介入後30分,介入後60分にMEPの有意な増大を認めた.一方,偽刺激条件においては,介入の前後でMEPの有意差を認めなかった.前額部条件と上腕部条件との間に関して,MEPの有意差は認めなかった.刺激強度130%においても120%と同様に陰極刺激を前額部と上腕部に貼付した条件において介入後にMEPが増大した.偽刺激条件においては,介入の前後でMEPの有意差を認めなかった.また全ての条件で,心拍および脈拍に介入前後で有意差を認めなかった.【考察】 今回,陰極電極を上腕部へ貼付することで,前額部への貼付と同様に下肢運動皮質興奮性の増大を認めた.本研究から,下肢運動皮質興奮性の促通を目的とした場合,陰極電極の貼付は上腕部であっても,効果が得られることが示唆された.また,心拍や脈拍のバイタルサインに有意な変化は検出されず,その他の副作用も観察しなかった.これまでの研究では,陰極電極を前額部に貼付していたため直下の前頭葉に対する抑制効果の可能性が排除できなかった.特に実際のリハビリテーション医療への応用を考えた場合,下肢運動トレーニングとtDCSを複数日連続して組み合わせて実施するデザインが考えうるため,そのような陰極電極による前頭葉への抑制効果の可能性はできるだけ排除したほうが望ましい.今回の結果から,陰極刺激を上腕部に貼付した場合でも,前額部に貼付した場合と同様の下肢運動皮質興奮性の促通効果が得られたため,陰極刺激の貼付位置は,前額部よりも上腕部のほうが望ましいと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 tDCSをリハビリテーション効果を促進するための補助的治療法として応用する際に,より最適な電極貼付位置について本研究成果は新しい手掛かりを与えると考えられる.
  • 西上 智彦, 辻下 守弘, 渡邉 晃久, 牛田 享宏
    p. Aa0878
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 物理的に同じ痛み刺激であっても感じる・訴える痛みの強さは個人によって異なることが知られている.臨床上,主観的痛みの違いによって,外科的手術後や腰痛症などで感じる・訴える痛みの強度が異なるため,どの理学療法プログラムを行なっていくかの判断が困難となる.これまでに,痛みを強く感じる群と感じない群での脳活動の違いが報告されており,前頭前野もその一つに挙げられている.前頭前野と痛みの関係については,社会的疎外課題時に活性化しその時に感じる社会的痛みを軽減させること(社会機能)や前頭前野外側部が注意課題時に活性化し痛みを軽減させること(認知機能)が報告されている.このように前頭前野は多面にわたり痛みに関与しているが,主観的痛みの違いと前頭前野の社会機能,認知機能との関連性は明かではない.本研究の目的は身体的痛み刺激時の主観的痛みが社会的疎外課題による感じる社会的痛み及び注意課題時のパフォーマンス,さらに,各課題時の前頭前野の脳血流量と関係があるか検討することである.【方法】 対象は健常女性21名(平均年齢21.2±0.6歳)とした.身体的痛み刺激,社会的疎外課題,注意課題を各3回ずつ行い平均した値を採用した.身体的痛み刺激は温・冷型痛覚計を用いて,49℃の熱刺激をプローブにて左前腕に30秒間行った.身体的痛み刺激終了後に痛みの程度をvisual analog scale(VAS)にて評価した.社会的疎外課題についてはWilliamsらの方法を参考にCyber-ball課題にて80秒間行なった.Cyber-ball課題後に社会的ストレスに関する質問紙に回答させた.注意課題については2-back課題を用いて行なった.2-back課題は計30問を60秒間で行い,30秒経過後に痛み刺激を身体的痛み刺激課題時と同様な手順で加えた.痛み刺激前30秒間(Pain -)と痛み刺激中30秒間(Pain +)の課題の正答率をそれぞれ求めた. 脳血流酸素動態は近赤外光イメージング装置(fNIRS,島津製作所製,OMM-3000)を用いて各課題時にそれぞれ測定した.測定部位は前頭前野とし,国際10-20法を参考にファイバフォルダを装着した.各プローブの位置の解剖学的な位置の推定はOkamotoらの方法を参考に,前頭前野背外側部,前頭前野腹外側部の位置を推定した.測定開始前は安静とし,酸素動態が安定した後に測定を開始した.解析対象は酸素化ヘモグロビン(oxyHb)とし,脳活動の活性化の指標として安静時の脳血流量の平均値から課題時の脳血流量の平均値を減じ,その得られた値を安静時の標準偏差で除すことで各chごとのeffect sizeを求めた.統計処理はPearsonの相関係数及び身体的痛みを目的変数,その他の変数を説明変数としたStepwise重回帰分析を行った.なお,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は甲南女子大学倫理委員会の承認を得て実施した.事前に研究目的と方法を十分に説明し,同意が得られた者のみを対象とした.【結果】 痛み刺激時のVASは平均60.8±17.9(26~92)であった.身体的痛みは社会的痛みと正の相関関係(r=0.45)が認められた.また,身体的痛みと社会的疎外課題の左前頭前野背外側部の脳血流量に負の相関関係(ch5:r=-0.43)が認められた.さらに,身体的痛みと注意課題時(Pain -,+)の右前頭前野腹外側部の脳血流量と負の相関関係(Pain -,ch7:r=-0.58,ch14:r=-0.50)(Pain +,ch7:r=-0.59,ch14:r=-0.44)がそれぞれ認められた.一方で,身体的痛みと身体的痛み刺激時の前頭前野の脳血流量との相関関係は認めなかった.重回帰分析の結果,身体的痛みに影響を与える因子として注意課題時(Pain+)における右前頭前野腹外側部の脳血流量のみが抽出され,標準化重回帰係数βは-0.59であった(ch7:R*2=0.31).【考察】 本研究結果から,主観的痛みが強い人の特性として,社会的疎外感を感じやすく,社会的疎外時や注意課題時に前頭前野を活性化できない人であることが示唆された.さらに,重回帰分析の結果から,主観的痛みは前頭前野の社会機能よりも認知機能により関連していることが明らかになった. 【理学療法学研究としての意義】 身体的痛み刺激時の主観的痛みと前頭前野の社会機能や認知機能に相関関係が認められることを明らかにしたことで,今後,主観的痛みを軽減させる手法,つまり,何らかの侵害刺激に対して感じる・訴える痛みを軽減させる手法として,前頭前野の社会機能,認知機能を高める理学療法が有効である可能性を示唆した点.
  • 冨澤 孝太, 中島 裕貴, 溝口 なお, 伊藤 文香, 下 和弘, 城 由起子, 松原 貴子
    p. Aa0879
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 従来,理学療法分野において振動刺激は筋スパズムの軽減や末梢血液循環の改善などを目的に利用されてきた物理的刺激の一種である。また,振動刺激を用いてリラクセーション効果や鎮痛効果を謳ったマッサージ機器が一般に市販されている。しかし,これらの振動刺激による疼痛抑制効果ならびに振動周波数など刺激様式による効果の違いについては,ほとんど検証されていない。一方,東洋医学では,経穴への鍼や指圧などの物理的刺激が広汎性に鎮痛効果をもたらすことが古くから知られており,その疼痛抑制機序に内因性オピオイド系(Mayer DJ, 1977),下行性疼痛抑制系(Haung C, 2004; Kim JH, 2004),ストレス鎮痛(Bossut DF, 1991)などが関与することが示唆されている。しかし,経穴への振動刺激による鎮痛効果については未だ調べられていない。そこで本研究では,経穴への異なる周波数の振動刺激が痛覚閾値に及ぼす影響を検討した。【方法】 対象は健常成人46 名(男性26名,女性20名,平均年齢20.0±1.1歳)とし,室温25±1℃に設定された実験室内でベッド上背臥位とした。振動刺激は,対象の右前腕にある経穴手三里(肘関節外側の3横指下方に位置し,頚肩腕症状の特効穴)に,低周波数振動器(HM-162,オムロン)を用いて周波数8.5 Hz,振幅5 mmの低周波数振動刺激(低周波数群),または高周波数振動器(YCM-721,山善)を用いて周波数114.8 Hz,振幅2 mmの高周波数振動刺激(高周波数群)を10分間与え,sham群は振動端子を当てるのみとし,刺激前後10分間を安静とした。圧痛閾値(P-VAS)は,刺激前,中,直後,10 分後に,プッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH)を用いて,事前に調べた各個人の最大耐力の80%強度で両側手三里に加圧した時の疼痛強度を視覚的アナログスケール(VAS)で測定した。なお,統計学的解析は,各群の経時的変化についてFriedman testおよびTukey typeを用いた多重比較検定を,P-VASの群間比較についてKruskal-Wallis testおよび Dunn’s testを用いた多重比較検定を行い,有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は全対象に対して研究内容,安全対策,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について十分に説明し,同意を得た上で行なった。実験は安全対策の履行ならびに個人情報の保護に努めて行った。【結果】 低周波数群,高周波数群ともに,刺激側P-VASは刺激直後に有意に低下した。両振動刺激群の刺激対側及びsham群ではP-VASの変化は認められなかった。また,P-VASの各群間比較においても有意な差は認められなかった。【考察】 今回の振動刺激では刺激側にのみ疼痛抑制効果を認められた。振動刺激は振動受容器へ入力され,刺激部近傍の機械的侵害受容器の脱感作,圧痛閾値の低下を惹起したことから,振動刺激による異なる受容器を介した疼痛抑制機序には中枢神経系の関与が示唆される。しかしながら,従来,東洋医学においては,経穴への物理的刺激が中枢神経系の鎮痛機序を介して広汎性に疼痛を抑制するといわれている一方で,今回の振動刺激による鎮痛は局所的な効果にとどまったため,従来の東洋医学的な物理的刺激とは異なる振動性の鎮痛機序を介する可能性が示唆された。また,今回の8.5 Hzと114.8 Hzの両周波数の振動刺激では,同様の疼痛抑制効果が刺激を開始し10分経過後に認められた。従来,振動周波数0~40 Hzは遅順応型受容器のMerkel触盤で受容する一方,200~250 Hzは速順応型受容器のPacini小体の受容周波数帯とされており,その間の周波数帯については明らかでない。しかしながら,本研究で用いた振動の両周波数ともに遅順応性に同等の効果を示したことから,0~115 Hzの振動周波数もMerkel触盤の受容周波数帯に含まれる可能性が考えられる。以上のことから,振動刺激は中枢性鎮痛機序を介して疼痛を抑制し,刺激周波数や刺激部位によって疼痛抑制効果に違いがあることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 鎮痛効果を十分に検証されないまま鎮痛を目的として使用されてきた振動刺激の生理学的な疼痛抑制機序を検証し,振動の有効周波数および振動受容器特性を明らかにできたことは非常に独創的な研究成果である。さらに近年その鎮痛効果が高く評価されている経穴に対して振動刺激により疼痛抑制効果が得られたことから,理学療法の臨床,学術研究において振動刺激が幅広く応用できうることを示した点で本研究は非常に意義深い。
  • 村瀬 裕志, 古名 丈人, 井平 光, 水本 淳, 大國 美佳, 安田 圭祐
    p. Aa0880
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 高齢者は屋内で過ごす時間が多く、居住空間のなかでは歩行の開始や停止および、方向転換を頻回に繰り返す必要がある。歩行開始動作は複雑な姿勢調節のもと遂行されており、足圧中心(Center of Pressure:以下COP)が遊脚側後方へと移動することで重心との位置関係にずれが生じ、前方への推進力が得られる結果、一歩目が踏み出される。高齢者における歩行開始動作の特徴は、COPの移動が若年成人と比して減少し、効率的に一歩目を踏み出すことができないことが挙げられる。一方、高齢者にとって居住空間には転倒の危険因子が多く混在する環境である。その中でも特に夜間の移動に関しては、照度が不十分であることによって障害物の認知が困難になることだけでなく、視覚情報が制限されることで姿勢調節に影響を及ぼす可能性がある。そのため、異なる照度環境下における歩行開始動作の姿勢調節について検討する必要がある。そこで、本研究では照度の違いが歩行開始動作に与える影響を明らかにするとともに、その加齢による影響も検討することを目的とした。【方法】 対象は若年成人群10名(平均年齢22.9±0.6歳)と地域在住高齢者群10名(平均年齢74.4±5.6歳)とした。選定基準として、歩行する際に杖などの補助具が必要な場合、裸眼または矯正視力が0.5未満の場合、急性な神経学的・整形外科的な診断を受けている場合は対象から除外した。課題は安静立位からの歩行開始動作とし、検者による動作開始の合図の5秒後に快適な速度にて歩行を行うこととした。この課題に対してデジタル照度計(ミノルタ株式会社製)を用いて明所条件(200lux以上)と暗所条件(1~5lux)を規定し、それぞれの条件において5回ずつ実施した。なお、課題の施行順は無作為とした。暗所に順応するための視覚的な生理反応である暗順応を考慮し、暗所条件測定前には30分の暗順応時間を経てから測定することとした。測定器具は床反力計(Kisler社製)を用い、サンプリング周波数1000Hzで安静立位から一歩目が踏み出されるまでのCOPの後方移動距離を記録した。また、暗所条件における恐怖感などの心理的要因を測定するために、左端の0を「まったく恐くない」右端の10を「とても恐い」とした10cmの直線を使用し、暗所条件ではどの程度の恐怖感を感じたのかをVisual Analog Scale法(以下VAS)にて聴取した。統計学的分析は、明所条件におけるCOPの後方移動距離に対してMann-WhitneyのU検定を行い、若年成人群と高齢者群で比較した。また、COPの後方移動距離に対して群(若年成人群、高齢者群)と照度条件(明所条件、暗所条件)を要因とした反復測定分散分析を行い、照度の違いによる加齢の影響を検討した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は札幌医科大学倫理委員会の承認を得た上で行った。また、対象者には書面および口頭にて十分な説明を行い、書面にて同意を得た。【結果】 U検定の結果、明所条件におけるCOPの後方移動距離に群間で有意な差は認められなかった(p>0.05)。暗所条件では高齢者のCOP後方移動距離(2.1±1.3 cm)、若年成人のCOP後方移動距離(2.5±1.6 cm)であり、反復測定分散分析によってCOPの後方移動距離に群と課題条件の有意な交互作用が認められた(p<0.05)。また、暗所条件における恐怖感についてVisual Analog Scale法にて聴取したところ、両群ともに1cm未満であり群間に有意な差は認めなかった(p>0.05)。【考察】 若年成人群と比較して高齢者群は暗所条件における歩行開始時のCOP後方移動距離が有意に減少しており、暗所条件のように視覚からの情報入力が制限されている状況では前方への推進力が十分に得られていない可能性が示唆された。暗所条件では視覚からの情報入力が減少することで周辺環境の認知が困難となり、その影響は視覚機能が低下した高齢者の方が大きかったと考えられえた。また、暗所条件における恐怖感はVASにて両群ともに1cm未満という結果であったため、今回の環境設定では心理的要因による影響は少なかったことが予想された。したがって、周辺環境の認知が必要であるフィードフォワード制御によって姿勢調節がなされている歩行開始動作は、視覚からの情報入力が大きく貢献しており、視覚機能が低下している高齢者では歩行開始動作が不安定になることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 高齢者は身体活動の変換期である歩行開始動作において、視覚情報が制限される状況では不十分な前方推進力のまま動作を実行していることが示された。これは環境の変化による高齢者の姿勢制御の適応に関する基礎的な知見を補完するものであると考える。
  • 春田 みどり, 大矢 敏久, 太田 進, 内山 靖
    p. Aa0881
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
    会議録・要旨集 フリー
    【はじめに、目的】 加齢変化により頭部の前方突出を呈することが知られている。また、頸部痛では頸部の屈曲の程度が強いことや、頸部の位置と顎関節の機能に密接な関連があるとの報告がされている。これまで、姿勢評価として胸椎や腰椎の彎曲角度を測定する方法は数多く報告されているが、頸椎では、頭部や頸部の屈伸角度を測定するものの頸椎の彎曲を測定することは少なく、非侵襲的な測定方法は確立していない。そこで本研究では、非侵襲的で臨床適用が容易でかつ信頼性の高い頸椎彎曲の測定方法を検証することを目的とする。【方法】 対象者は健常大学生10名(年齢23.6±3.0歳)であった。頸椎彎曲の測定は3方法で行った。方法1(以下;「二次元法頸椎彎曲角度」)は、ビデオカメラによる二次元動作解析により頸椎彎曲角度を算出した。被験者は7か所にマーカーを装着し、5秒間前方の印を注視して座位を保持し、ビデオカメラ1台にて計測した。方法は、Kuoの方法に準じて行った。第2・5・7頸椎棘突起を結ぶ角度を頸椎彎曲角度とした。また、鼻翼・耳孔・第1胸椎棘突起を結ぶ角度を頭部伸展角度、耳孔・第一胸椎棘突起・胸骨丙を結ぶ角度を頸部伸展角度とし、頭・頸部のアライメントの指標とした。方法2(「ゲージ法彎曲指数」)は、型取りゲージを用いて第2頸椎棘突起から第7頸椎棘突起の形状を計測し、彎曲の頂点の高さを第2・7頚椎棘突起の距離で割った値を頸椎彎曲指数とした。方法3(「定規法彎曲指数」)は、自在曲線定規を用いて「ゲージ法彎曲指数」と同様に頸部後面の形状を計測し、頸椎彎曲指数を算出した。3方法を異なる日に同様に測定を行い、再現性を検討した。統計処理は、級内相関係数(ICC)を用いた。3方法から算出した各測定値と頭・頸部伸展角度との相関はPearsonの相関係数を用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 所属施設生命倫理審査委員会の承認を得た上で行った。被験者には、個別に研究内容の説明を行い文書により同意を得た。【結果】 3方法から算出した各測定値は、「二次元法頸椎彎曲角度」は160.3±8.1°、「ゲージ法彎曲指数」は0.1±0.0、「定規法彎曲指数」は0.1±0.0であった。検者内のICCは、「二次元法頸椎彎曲角度」は0.72、「ゲージ法彎曲指数」は0.84、「定規法彎曲指数」は0.55であった。また、二次元法の頭部伸展角度は106.3±10.2°(ICC 0.93)、頸部伸展角度は89.0±6.0°(ICC 0.71)であった。「二次元法頸椎彎曲角度」は頭部伸展角度と負の相関(r=-0.7)、「ゲージ法彎曲指数」と頭部伸展角度は正の相関(r=0.7)がみられたが、頸部伸展角度ではいずれの彎曲角度・指数とも有意な相関関係はみられなかった。【考察】 「二次元法頸椎彎曲角度」と「ゲージ法彎曲指数」では高い再現性が得られた。各測定値と頭・頸部伸展角度の相関関係は、「二次元法頸椎彎曲角度」では頭部伸展角度と負の相関関係、「ゲージ法彎曲指数」では頭部伸展角度と正の相関関係が認められ、頸椎の彎曲が大きいほど頭部が伸展することが示された。よって「二次元法頸椎彎曲角度」と「ゲージ法彎曲指数」は、頭部伸展に伴う頸椎彎曲のアライメント変化を表している可能性が考えられる。「二次元法頸椎彎曲角度」は、二次元動作解析を用いて頭部や胸椎、腰椎、下肢の関節を全身のアライメントを測定する際に同時に頸椎の彎曲を測定することが可能であるという点で有用であると考える。高齢者の姿勢変化を脊柱変形のみでなく頭部位置にも注目した報告があり、加齢による姿勢の変化は、胸椎や腰椎のみだけでなく頸椎にも及んでいると考えられる。そのため、加齢による姿勢変化を胸椎や腰椎のみの測定だけでなく頸椎彎曲角度を測定することで新たな知見を得ることが出来ると考える。「ゲージ法彎曲指数」は、3方法のうち最も再現性が高く、より簡便であったため頸椎のアライメントを測定する際には、臨床適用が容易な方法である。頸部痛や顎関節機能障害などにおいて頭頸部の水平軸に対する傾きを評価指標にすることが多いが、頸椎の彎曲アライメントを測定することで新たな知見を得ることが出来ると考える。今後、X線画像によって計測した頸椎彎曲角度との比較などから妥当性を検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 臨床適用が容易で非侵襲的な頸椎の彎曲角度を作成するための基礎資料が得られ、加齢による姿勢変化を呈する高齢者の姿勢評価や治療法への発展が期待できる。
  • 若尾 勝, 田中 勇治, 徳村 拓哉, 針金 和, 竹内 じゅん, 山岸 まゆみ, 川上 真弓, 福光 英彦, 星 虎男
    p. Aa0882
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 ADL能力と摂食嚥下機能の関連性について臨床場面で簡便に使用できる指標はあまり多くない.そこで,荻島の摂食嚥下重症度を簡略化して3段階にした摂食嚥下レベルを用いて,座位能力,摂食嚥下機能,尿失禁の有無につき分析,検討した.【方法】 対象は,2010~2011年に,当院入院中に理学療法を実施した患者88名(男性39名,女性49名,平均年齢81.7歳,運動器疾患67名,脳血管疾患21名,平均在院日数61.3日)である.座位能力,摂食嚥下機能は理学療法終了時に実施した評価から,尿失禁の有無は入院期間中のナース記録から抽出した.座位能力はHoffer座位能力分類(JSSC版 座位能力分類と略す)で評価した.摂食嚥下機能については,荻島の摂食嚥下重症度IV段階を3群に簡略化した摂食嚥下レベルを使用した.レベルの1~3群の分類は以下の通りである.1群:I重症 経口摂取なし(G1~G3),2群;:II中等症 経口摂取と代替栄養(G4~G6),3群:III軽症 経口摂取のみとIV正常(G7~G10 ).摂食嚥下機能評価の参考値として,荻島の10段階の摂食嚥下機能グレードも実施した.分析方法として,座位能力分類と摂食嚥下機能については,Kruskal-Wallis検定およびSteel-Dwassの多重比較を用いて検討した. 座位能力分類と尿失禁の有無については,尿失禁の有無により2群に分けて座位能力分類の差をMann-WhitneyのU検定およびクロス集計表により分析した.また,同様の方法で摂食嚥下レベルと尿失禁の有無について分析した.すべての有意水準は5%未満とした.【説明と同意】 本研究は当院倫理委員会で承認を得たのち,対象者に本研究の趣旨を説明し,同意を得て各データの個人識別ができないように実施した.【結果】 座位能力分類と摂食嚥下レベルを分析した結果,分類1と対応する分類2(p<0.05)および分類3(p<0.01)では摂食嚥下レベルが有意に低く,分類2と3の間には有意な差は認められなかった.座位能力分類と10段階の摂食嚥下グレードを分析した結果,分類1と対応する分類2(p<0.01)および分類3(p<0.01)では摂食嚥下グレードが有意に低く,また分類2と3の間には有意な差は認められず,簡略化した3群の摂食嚥下レベルと同様の結果を得た. 尿失禁の有無により2群に分けて座位能力分類の差を分析した結果,尿失禁(有)の群は尿失禁(無)の群より有意に座位能力が低いレベルであった(p<0.01).クロス集計表では,尿失禁(無)の群では座位能力分類2,3の症例数は0であった.尿失禁の有無により2群に分けて摂食嚥下レベルの差を分析した結果,尿失禁(有)の群は尿失禁(無)の群より有意に摂食嚥下レベルが低くかった(p<0.01).クロス集計表では,尿失禁(無)の群では摂食嚥下レベル1,2の症例数は0であった.【考察】 座位能力分類と摂食嚥下レベルについては,座位能力が高ければ経口摂取が可能であり,座位能力が低いか座位保持ができない場合は摂食嚥下機能に問題を生じることが判明した.簡略化した摂食嚥下レベル3群および10段階の摂食嚥下グレードは,座位能力分類との関係がほぼ同様であり,座位と摂食嚥下機能の関係について,簡略化した摂食嚥下レベル3群と座位能力分類3段階を臨床上簡便な評価基準として活用できると考えている.座位能力分類と尿失禁の有無では,座位能力が低ければ尿失禁が有ることがわかった.小林らによると,尿失禁群と非尿失禁群ではADLの予後予測因子に妥当性を持つとされ,座位を含む基本動作能力が高ければ尿失禁が少ないと考えられる.尿失禁と摂食嚥下レベルについては,骨盤底筋を含む頸部体幹機能,覚醒レベル,精神面,認知面などの影響が推察され,座位能力が不良の場合尿失禁がみられ,摂食嚥下レベルが低いことがわかった.座位能力分類2,3では,簡略化した摂食嚥下レベル1,および2,尿失禁(有)が多く,分類1では,簡略化した摂食嚥下レベル3,尿失禁(無)が多くみられた.座位能力分類3段階に対して,簡略化した摂食嚥下レベル3群,尿失禁の有無に有意な関係が認められ,座位能力を高めることが重要であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 摂食嚥下機能および尿失禁有無は座位能力との関係が深く,座位能力を高めることがこれらの改善に重要であることが確認された.また,Hoffer座位能力分類(JSSC版)と本研究で用いた摂食嚥下レベルは,臨床場面の中で,座位能力,摂食嚥下機能,尿失禁のそれぞれの関係について,簡便な指標として活用できると考えている.
  • 水野 公輔, 柴 喜崇, 池田 憲昭, 上出 直人, 鈴木 良和, 佐藤 春彦, 竹内 昭博, 平賀 よしみ, 福田 倫也
    p. Aa0883
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 高齢者では,骨粗鬆症に起因する脊椎椎体圧迫骨折や椎間板変性によって脊柱が変形し,不良姿勢となることが報告されている.特に胸腰椎後弯変形を呈すると,バランス能力や呼吸機能が低下し,死亡率も上昇することが示されている.また,地域在住高齢者の転倒には,歩行時の骨盤運動が影響すると報告され,歩行時の脊柱・骨盤のアライメントや運動の評価は重要であるといえる.しかし,立位や歩行時のアライメントや運動の評価には,位置計測装置のある研究室内での計測が必要であり,従来,多くの対象者に対して運動学的評価を行うことは困難であった.そこで我々は,小型・安価・簡便であるiPod touchを用いた測定系を開発し,その実用性を検証している.本研究では,地域在住高齢者を対象に,立位,歩行時の脊柱・骨盤のアライメントおよび運動の計測を行い,iPod touchによる脊柱・骨盤の運動学的評価の妥当性を検証することとした.【方法】 対象は地域在住女性高齢者44名(年齢71.1 ± 5.1歳,身長152.1 ± 5.2 cm,体重52.4 ± 7.1 kg)とした.調査項目は,年齢,身長,体重,過去1年間の転倒歴を聴取したのち,安静立位時,10m快適歩行時,10m最大努力歩行時の脊柱・骨盤のアライメントおよび運動を計測した.計測にはApple社のiPod touch(101g,58.9 × 111 × 7.2 mm)と自作のアプリケーション『GR2.3c』を用いた.この『GR2.3c』はiPod touchに内蔵されている加速度センサーと3軸ジャイロスコープを使って加速度や角度を計測し,取得したデータはテキスト形式のファイルとしてiTunes を用いてパーソナルコンピュータに取り込み,解析することが可能なアプリケーションである.脊柱に関しては,iPod touchを胸骨体に合わせ,X軸を脊柱の前後傾方向,Y軸を脊柱の左右傾方向,Z軸を回旋方向となるようにテープで固定した.骨盤に関しては,仙骨後面にiPod touchを合わせ,X軸を骨盤の左右傾方向,Y軸を骨盤の前後傾方向,Z軸を回旋方向となるようにベルトで固定した.なお,歩行時のアライメントは定常歩行中における各軸のピーク値を,脊柱・骨盤の運動は各軸の振幅値をそれぞれ解析対象とした.統計はアライメントおよび脊柱・骨盤の運動に関して,それぞれ年齢,快適歩行時間,最大努力歩行時間との関係をPearsonの積率相関係数を算出して検討した.なお,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 倫理的配慮として,本研究はヘルシンキ宣言に基づき,参加者には研究内容について口頭および書面にて十分に説明を行い,書面にて同意を得た.【結果】 安静立位時(r=-0.43,p<0.01),快適歩行時(r=-0.37,p<0.05),最大努力歩行時(r=-0.43,p<0.01)ともに年齢が高くなるほど,脊柱の前傾を認めた.また,骨盤の回旋が大きいほど,快適歩行時の歩幅の増大(r=-0.46,p<0.01)と時間の短縮(r=‐0.38,p<0.05),最大努力歩行時の歩幅の増大(r=-0.43,p<0.01)と時間の短縮(r=‐0.31,p<0.05)を認めた.【考察】 近年,iPod touchやiPhoneに内蔵されているセンサーを利用したアプリケーションが続々と登場している.我々は『GR2.3c』の開発,かつ理学療法分野への応用を試み,これまでにアライメントに関する瞬時のフィードバックや,データ解析が可能なアプリケーションとなっている.iPod touchは一般に普及しているデバイスであり,これまでの姿勢計測装置に比べて,小型かつ安価であることはいうまでもないが,『GR2.3c』を用いることで,簡便さに関しても非常に有用で,臨床への応用が可能といえる.これまでに再現性の検証を行い,本研究では,地域在住高齢者を対象に,iPod touchによる脊柱・骨盤の運動学的評価の妥当性を検証した.高齢者では加齢に伴い脊柱が前傾することや,骨盤の回旋角度が大きいほど,歩幅が大きく歩行時間も短縮することが,これまでに多くの研究室内での調査で示されてきた.本研究でも同様の結果を示し,加齢による変化や歩行時の運動学的変化を捉えることが可能であった.すなわち,地域在住高齢者を対象としたiPod touchを用いた脊柱・骨盤の運動学的評価は,妥当性を有し,今後,臨床への応用も期待できる測定系であるといえる.【理学療法学研究としての意義】 iPod touchを用いた測定系が,地域在住高齢者を対象とした調査において,妥当性を認めたことから,臨床への応用も期待できる測定手段になり得ることが提示できたと考える.
  • ─変形性膝関節症の評価─
    田中 紀行, 寳珠山 稔
    p. Aa0884
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 関節音図(Vibroarthrography: VAG)は、変形性関節症(OA)の機械的摩擦を振動信号として活用し、関節軟骨表面の状態を評価する非侵襲的な手法である。初期研究は、実験的環境下にて膝関節から発生する音をマイクロフォンにて記録していたが、近年の加速度計の発展により膝関節の機械的振動を広帯域周波数にて記録が可能となった。本研究の目的は、膝OA患者のVAG信号を日常生活動作の起立着座動作時に測定し、膝OAの非実験的研究下でのVAG特性を明らかにすることである。【方法】 78名145膝の被験者が研究に参加した。内訳は、健常若年群25名50膝(男性13名、女性12名、平均年齢25.1±4.2歳)、健常高齢群26名49膝(男性8名、女性18名、平均年齢72.5±11.5歳)、OA群27名46膝(男性5名、女性22名、平均年齢73.2±9.3歳)であった。健常群は、OA兆候がなく、また過去に整形外科疾患及び神経疾患のないものとした。OA群の診断は、膝関節のX線画像より骨棘形成の有無、関節裂隙狭小化や臨床症状による痛みの有無、関節動揺、可動範囲の制限等を聴取し、整形外科医師が判断した。X線画像よりKellgren-Lawrence Grading System(KL)のステージ1-3に分類されたものをOA群の対象とした。OA群の内、外科手術を受けたもの、神経疾患による二次的なもの、慢性関節リウマチ、その他全身疾患によるものは除外した。対象者は、椅子に着座し膝関節90度屈曲位で足底と床面を設置した状態を開始ポジションとした。足幅は対象者の肩幅程度とした。三軸加速度センサは、膝関節外側裂隙の皮膚表面に配置し、ポテンショメータは内側に骨軸を大腿骨及び脛骨として設置した。起立着座動作は検査者の指示のもとに実施し、タイミング及びスピードはコントロールされた。被験者は、膝関節90度屈曲位の座位から膝関節完全伸展位の立位を起立とし、椅子に腰をかけた状態を着座とした。起立着座動作は、10秒間で1回実施できるタイミングとスピードで2回実施し、20秒間継続してデータを計測した。加速度センサ及びポテンショメータの信号は、0~350ヘルツの帯域幅フィルタを通過した後に記録された。信号は、3キロヘルツのサンプリング周波数にてアナログデジタル変換した後にパソコンに転送された。VAG信号は、運動や身体動揺に起因する振動ノイズからの区別を行うため、25ヘルツのハイパスフィルターを用いて低周波ノイズを最大限除外した。VAG信号から算出したRMS値を50ヘルツごとの6段階のグループで平均値を算出し、各グループ間にてANOVAを用いて比較した。ANOVAにて主効果が認められた場合、Tukey-Kramer法を多重比較検定の方法として適応し、5%未満のp値を有意水準とした。ポテンショメータからは膝関節の角度変化をモニタリングした。運動速度は、角度変化のはじまりから終わりまでを計測した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の目的及びその他の内容は、参加者全員に説明し、内容を理解した上で同意の得られた対象者に実施した。本研究は、名古屋大学倫理委員会の承認を受けて行った。【結果】 各群の主効果は、50-99 (F(2, 142)= 10.44, p<0.001)、 100-149 (F(2, 142)= 7.98, p<0.001)と 250-299ヘルツ (F(2, 142)= 5.22, p<0.005)で有意差が認められた。統計解析の結果は、250-299ヘルツで健常若年群と比較してOA群が有意に高値を示した。50-149 ヘルツは、健常若年群及び健常高齢群と比較してOA群が有意に高値を示した。健常若年群と健常高齢群の有意差は認められなかった。各群の起立着座動作時の膝関節の屈伸スピードに有意差は認められなかった。【考察】 本研究結果は、OA患者はVAG信号が大きいと言う先行研究結果と基本的に同様の結果を示した。しかし、先行研究でのVAG信号は実験的研究下で記録されており、座位にて膝屈伸を行うという実験的要素では、VAG信号は主に膝伸展時に出現したと報告されている。この結果は、主に膝蓋骨の機能的な異常と報告されている。本研究のOA群のVAG信号は、可動時全般に観察されたことより、先行研究とは異なる病理学的変化を示す有益な情報であると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究方法を用いることによりOAの病理学的変化を簡便にかつ短時間に評価できる。OAの早期発見を可能とするスクリーニング的な方法としての今後の活用が可能であると考える。
  • 竹林 秀晃, 滝本 幸治, 宮本 謙三, 宅間 豊, 井上 佳和, 宮本 祥子, 岡部 孝生, 森岡 周
    p. Aa0885
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに】 日常生活の動作は,様々な筋収縮様式や力の加減や運動速度の調節により成り立っている。臨床場面においては,求心性収縮(Concentric contraction:CON)より遠心性収縮(Eccentric contraction:ECC)の方が困難な場面が多くみられ,転倒等にも関与すると考えられる。CONとECCでは神経系活動の違いが報告されており,ECCでは,伸張反射およびH反射興奮性が低い,皮質脊髄路の興奮性も低い,運動関連電位は有意に高いことなどより複雑な神経系活動が求められることが関与している。これらのことからCONとECCを単なる関節運動のパターンとして分けるのではなく,神経系の違いによる運動の協調性に対する評価・トレーニンとして捉える必要があると考える。そこで,加齢による影響について視標追従課題におけるCONとECC時の関節位置制御の特性を探ることを本研究の目的とした。【方法】 対象は,地域在住でADLに支障のない65歳以上の健常高齢者48名(年齢75.6±7.0歳,男性18名,女性30名:高齢者群),若年成人30名(年齢21.9±2.1歳,男性14名,女性16名:若年群)した。運動課題は,NKテーブル上での椅坐位での膝伸展(0°~90°)のCONとECC運動を右から左にスクロールされていくPC画面上の基線を追従する課題とした。実験プロトコルは,5秒間の安静後,10秒で90°~0°までのCON後,2秒間保持させ,10秒で90°~0°まで戻すECCを2回分繰り返す課題とした。負荷量は,2kgに統一した。計測には,HUMAC360(CSMi社製)を使用した。本機器は,ケーブルの長さの変化により関節位置を検知する装置であり,ケーブルの長さで補正した関節位置情報の線形図をPCの画面上に表示し,実際の関節位置と目標値がリアルタイムに呈示される機器である。データ処理は,サンプリング周波数100HzでPCに取り込み,各自の最大伸展時の長さで正規化し,目標値と応答値を%表示となるようにした。関節位置評価は,目標値と応答値の絶対誤差平均,恒常誤差平均,最大誤差値,変動係数を求めた。統計学的分析は,CONとECCそれぞれ高齢者群と若年者群の比較には,paired t test,各群間におけるCONとECCの比較にはunpaired t testを用いて検討した。なお,有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】 実験プロトコルは,非侵襲的であり,施設内倫理委員会の承認を得た.なお,対象者には,書面にて研究の趣旨を説明し,同意を得た.【結果】 絶対誤差平均では,高齢群・若年群ともにECCの方が有意に大きく(p<0.01),群間比較では高齢群の方がCON・ECCともに有意に高値であった(p<0.01)。恒常誤差平均においては,高齢群・若年群ともにCONでは,誤差値は-となり,ECCにおいては+を示し,有意な違いを認め(p<0.01),ECCにおいては高齢群の方がより高値であった(p<0.01)。最大誤差値,変動係数には有意差は認められなかった。【考察】 本実験での視標追従課題は,力の加減と関節位置制御を同時に求められる課題である。ECCでは筋が伸ばされながら収縮しているため筋紡錘からのインパルス発射頻度は増加するにもかかわらず,伸張反射や皮質脊髄路に対する何らかの神経的抑制機序によりで筋の長さを円滑に引き伸ばしていると考えられる。絶対誤差平均の結果から高齢群・若年群ともにECCが関節位置制御の難易度が高く,高齢群でより顕著であった。これは,ECCにおける複雑な神経系の抑制機序が加齢により影響を受けることによるものと考えられる。ECCでは,同じ角度のCONの局面に比べてわずかに小さなトルクを発揮する筋弛緩の要素が必要である。運動単位の脱動員は,脱動員閥値張力が高いとされている。ECCでは,力を抜きすぎた場合は,運動単位の動員し,そこから調節のため再び脱動員しなければならないというより複雑な調節が必要となる。そのため,可能な限り力を抜きすぎないような制御をしている可能性がある。そのため恒常誤差においてECCで+を示し,高齢群の方がより高値であったと思われる。これらのこは,同じ力仕事量であっても,運動制御特性が異なることを示している。【理学療法学研究としての意義】 CONとECC時の神経学的な背景の違いを外部出力としての関節位置制御で評価できる意義は大きく,今回若年者・高齢者ともにECCの調節の困難性を示した。また,加齢による関節位置制御の特性を明らかにすることにより,臨床場面や高齢者の体操教室等のプログラムを考える際の根拠になる。
  • 内藤 幾愛, 斉藤 秀之, 矢野 博明, 柳 久子, 長澤 俊郎, 小関 迪
    p. Aa0886
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 正常運動発達には、座位から膝立ち、片膝立ち、立位の段階があるが、大川ら(1988)は、脳卒中患者では立位の歩行に比べ膝歩きは難易度が高いと報告している。そのため脳卒中患者に対する理学療法として、立位だけでなく膝立ち位での課題も練習されている。Cipriani(1995)や相本(2011)は、後進歩行や膝歩きが身体機能に与える運動学的影響を検討している。しかし、後進歩行や膝歩き時の脳内動態をMiyai(2001)が提唱する近赤外分光法(Functional Near-Infrared Spectroscopy;fNIRS)で可視化を試みた報告はなく、健常成人を対象とした歩行様式の差異による脳活動の報告も見当たらない。健常成人を対象に、トレッドミル上での立位、膝立ち位における前進、後進歩行時の脳内血液酸素動態が異なるかどうかをfNIRSにて検討することを目的とした。【方法】 対象はT病院に所属する脳脊髄疾患および整形外科疾患の既往のない右利きの理学療法士・作業療法士・言語聴覚士70人とした。課題はトレッドミル上で立位および膝立ち位の前進歩行(前進)、後進歩行(後進)の4課題とした。被険者間で同等の負荷量となるよう、被験者ごとに各課題2回の10m快適歩行速度の平均値より時速を算出し、その1/2をトレッドミルの設定速度とした。脳内血液酸素動態の測定は、島津製作所製の近赤外光脳機能イメージング装置FOIRE-3000を用い、Haradaらの研究(2009)に準じ、全42チャンネルで計測した。手順は20秒休息、60秒課題、20秒休息の1施行を連続3施行測定し、課題順序はくじ引きにて順不同とした。fNIRSデータの解析には酸素化ヘモグロビン値を用い、3施行を加算平均し、補正と正規化を行った。課題開始後20秒から60秒の平均値から課題開始前10秒間の平均値を減じた値を賦活量とした。42チャンネルを12領域に分け、各領域の平均値を算出した。統計学的検討はSPSS16.0Jを用い、安静に対する課題時の増減の比率の検討にカイ2乗検定、賦活量の各領域における課題間の比較に反復のある一元配置分散分析、多重比較にはBonferroniを用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言を遵守し、筑波大学大学院人間総合科学研究科研究倫理委員会の承認を得て実施した。T病院の職員に研究内容を説明し、文章のもとに十分な説明を行った上で参加同意の署名を得て実施した。【結果】 対象は、平均年齢25.2歳±2.4歳、男性35人であった。歩行速度は立位前進で4.9±0.5km/h、立位後進が4.0±0.7km/h、膝立ち位前進2.4±0.4km/h、膝立ち位後進1.6±0.4km/hであった。脳内血液酸素動態測定において、補足運動野は、膝立ち位後進で増加する比率が高く(χ2=4.6、p<0.05)、左体性感覚野は膝立ち位前進、後進で増加する比率が高かった(各χ2=5.7、χ2=6.9、各p<0.05、p<0.01)。内側体性感覚野は、膝立ち位前進と後進で増加する比率が高く(各χ2=14.6、χ2=12.9、全てp<0.01)、右体性感覚野は、立位後進、膝立ち位前進と後進で増加する比率が高かった(各χ2=4.6、χ2=6.9、χ2=8.2、各p<0.05、p<0.01、p<0.01)。また、右前頭前野は膝立ち位の前進に比べ後進で増加し、右運動前野は立位前進に比べ後進で増加した(p<0.05)。補足運動野は立位、膝立ち位ともに前進に比べ後進で増加した(p<0.01)。左感覚運動関連領野では後進において立位よりも膝立ち位で増加し(p<0.01)、左体性感覚野は前進、後進ともに立位に比べ膝立ち位で増加した(各p<0.05、p<0.01)。【考察】 健常成人を対象としたトレッドミル上の4つの異なる歩行時のfNIRSによる脳内血液酸素動態は異なることが確認された。すなわち、前進に比べ後進歩行で右前頭前野と右運動前野、補足運動野領域が、立位より膝立ち位の歩行の方が、左感覚運動関連領野および左体性感覚野が賦活されることが示唆された。前頭前野は注意を集中する活動状態の運動と行為の調整に関与し、運動前野と補足運動野は、運動学習時に高い活動を示すと述べられている。本研究の前進と後進歩行の比較から、後進は前進歩行に比べ注意を要し、調節機能が必要となるため、それに関与する前頭前野や運動前野、補足運動野の活動が必要となり賦活増加を認めたと考える。また立位に比べ膝立ち位は、床との接触面積が多く、脊柱起立筋や大殿筋の筋活動が高い動作と言われている(木下、2006)。感覚運動関連領野や体性感覚野が賦活した今回の結果は、木下の報告を支持する結果と考える。【理学療法学研究としての意義】 各歩行様式による脳内血液酸素動態の差異を活かし、脳卒中患者の脳の損傷部位や障害に応じた歩行課題を選択することで、脳病態生理の根拠に基づいた効率的な神経理学療法を行える可能性が示唆された。
  • 植田 耕造, 信迫 悟志, 藤田 浩之, 大住 倫弘, 草場 正彦, 森岡 周
    p. Aa0887
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 運動開始前に大脳皮質が活動していることは周知の事実である.歩行開始前においても運動前野,補足運動野などの活動が増加し,この活動は歩行プログラムの生成に関与すると考えられ,歩行速度の増加や,言語指示による歩行開始の予期により変化することが報告されている(Suzuki 2004,2008). 理学療法の臨床では歩行パターンを随意的に変化させることを対象者に要求することがあり,このためには歩行開始前に歩行プログラムの修正を高次運動野が行う必要があると考えられる.しかし,歩行パターンを変化させる時や,それを反復した時の歩行開始前(歩行準備状態)の大脳皮質活動の変化は報告されていない.揃い型歩行(Step-to gait; STG)は正常歩行(Normal gait; NG)から歩行パターンを随意的に変化させる必要があり,異なる歩行様式である (Drerup 2008).本研究の目的は,NGからSTGへ歩行様式を変化させる時や,STGを反復した時の歩行準備状態の大脳皮質活動の変化を調べることである.【方法】 健常者10名(男性8名,女性2名,平均年齢22.7±2.1)を対象とし,3条件の歩行動作を行ってもらい,歩行準備状態の脳活動を機能的近赤外分光イメージング(fNIRS,FOIRE-3000,Shimadzu)にて計測した.歩行課題は,30mのNG,15mのSTG(STG1),STG1と振り出す足を逆にしたSTG (STG2)の3条件を,各3回ずつ,NG,STG1,STG2の順序で,全て任意速度にて行った.STG1は,5名は右足,残り5名は左足から振り出した.STGの説明は,実験者が動作を行い,被験者に観察してもらう形で実施した.計測は,安静立位20秒後に各歩行課題を行った.NIRSは,横5×縦6でファイバーを配列し,左右前頭から頭頂を含む49チャンネルで測定し,測定項目は酸素化ヘモグロビン濃度長(oxy-Hb)とした. 解析に用いる時間帯は,各歩行課題安静立位時の3秒から8秒中の5秒間(安静時)と歩行開始前の5秒間(歩行準備状態)としたが,血液動態反応は関連する脳神経活動から数秒遅れるため(Jasdzewski 2003),実際のデータ抽出時は,それぞれ3秒遅らせたデータを抽出した.各歩行課題において,effect size[ES=(歩行準備状態のoxy-Hb平均値-安静時のoxy-Hb平均値)/安静時のoxy-Hb標準偏差]をチャンネルごとに算出した後,左右感覚運動野(SMC),補足運動野(SMA),左右運動前野(PMC),左右頭頂領域(PC)の7領域に分けROI(region of interest)解析を実施した.各領域において,NGとSTG1,STG1とSTG2の条件間比較をWilcoxonの符号付順位検定を用いて実施した.統計学的分析には統計ソフトR2.8.1を使用し,統計学的有意水準を5%とした.【説明と同意】 全ての被験者に対して,研究内容を紙面および口頭にて説明し,同意を得た.なお本研究は畿央大学研究倫理委員会(受付番号H23-12)にて承認されている.【結果】 NGに比べSTG1では,左右PMCのみ有意なES値の増加を示し(P<0.05),他の領域に有意な差は認められなかった.STG1に比べSTG2では,左右PMC(P<0.01)と左右SMC(P<0.05)で有意なES値の低下を示し,他の領域に有意な差は認められなかった.【考察】 NGからSTGへ歩行様式を変化させる時には左右PMCの活動が有意に増加した.精密な下肢制御と姿勢制御を必要とする歩行をイメージする課題ではPMCの活動が増加する (Bakker 2008)ことからも,歩行様式の変化にはPMCの関与が考えられる.実際の歩行では,このPMCの活動は歩行準備状態から生じていることが本研究の結果から示された.これは歩行プログラムの修正に関与すると考えられる. STGを反復した時には左右PMCと左右SMCの活動が有意に減少した.歩行が自動化されるとSMC活動の減少が見られ(Miyai 2002),新しい歩行パターンの適応学習と小脳の興奮性の変化が関係する(Jayaram 2011)ことから,歩行が自動化すると皮質から皮質下機構へ制御が移動すると考えられる.本研究の結果からは,歩行の自動化に伴い歩行準備状態においても皮質下機構が関与する可能性が示された.【理学療法学研究としての意義】 本研究結果は,歩行パターンを随意的に変化させるためには歩行準備状態のPMC活動を増加させるような介入が必要であることを示唆する.また歩行の反復により歩行準備状態の脳活動が変化する可能性が示された.
  • 上原 一将, 守下 卓也, 船瀬 広三
    p. Aa0888
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 近年,リズム運動を用いた介入が脳卒中後の運動機能回復に有効であることが報告されている(Ackerley et al., 2011).我々は先行研究として一側肢の運動リズムの違いが同側一次運動野(ipsilateral primary motor cortex,ipsi-M1)に及ぼす影響について経頭蓋磁気刺激(Transcranial magnetic stimulation, TMS)を用いて検討した結果,ipsi-M1はその運動リズムの違いに依存して興奮性が変化する(1Hz, 3Hz条件は促通,2Hz条件は抑制)ことが明らかになった(Uehara et al., 2011).そこで,本研究では運動リズムの違いに依存したipsi-M1の興奮性変化に起因する神経回路網(皮質内抑制回路,半球間抑制回路)の変化についてpaired-pulse TMSを用いて検討することを目的とした.【方法】 被験者は右利き健常成人28名 (年齢21-28歳,男性16名,女性12名).被検筋は両側第一背側骨間筋(FDI)とし,Ag-AgCl 表面電極を用いて筋電図(EMG)を記録した.本実験における課題は,最大筋収縮(MVC)の 10%の左示指外転反復等尺性運動を以下の条件で実施した.a)1Hz,b)2Hz,c)3Hz,d)持続的等尺性収縮(10% of MVC),f)at restとし,a)~c)それぞれの条件のビープ音を被験者に与え,運動を正確に同調するよう指示した.本実験では上記課題中にipsi-M1のi)short intracortical inhibition(SICI)/ intracortical facilitation(ICF),ii)long intracortical inhibition(LICI)を記録し,さらにcontra-M1からipsi-M1方向へのiii)interhemispheric inhibition(IHI),iv)dorsal premotor cortex(PMd)-M1 connectivityを記録した.TMSの刺激方法についてはSICI,ICF,LICIに関しては同一のfigure-of-eight coilから2連発刺激(条件刺激(CS)+試験刺激(TS))を実施した.刺激部位はipsi-M1のFDI刺激最適部位とした.刺激間隔(ISI)については,SICIは3ms,ICFは12ms,LICIは100msとし,CS intensityはSICIとICFでは右FDI安静時閾値(RMT)の0.8倍,LICIではat rest条件で50%の抑制量が得られる刺激強度を用いた.一方,IHI及びPMd-M1 connectivity(PMd-M1)に関しては2つのfigure-of-eight coilから2連発刺激(CS+TS)を実施した.刺激部位について,IHIでは,ipsi-M1及びcontra-M1各々のFDI刺激最適部位とし,右M1(contra-M1)にCS,左M1(ipsi-M1)にTSを与えた.ISIは10msと40msを用い(IHI10,IHI40),CS intensityは右FDIのRMTの1.0,1.2,1.4倍の3条件とした.PMd-M1はNi et al. (2009)の方法を用いて実施し,PMd刺激部位は右FDIの刺激最適部位から2.5cm前方,1.0cm内側の位置とした.ISIは10msとし,PMd刺激強度は右FDIのRMTの1.2,1.4倍とした.SICI,ICF,LICI,IHI及びPMd-M1のTS intensityは試験刺激単独で1mVの運動誘発電位(MEP)振幅値が得られる強度とした.統計処理は,SICI,ICF,LICIは各々one-way repeated AVOVAを実施し各課題条件間の違いを検討した.IHI,PMd-M1は“課題条件”,“条件刺激強度”の因子によるtwo-way repeated ANOVAを行った.なお,有意水準はp<0.05とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に基づき実施され,広島大学大学院総合科学研究科倫理委員会の承認を得て,被験者には十分な説明と書面にて同意を得た上で実施した.【結果】 LICI及びPMd-M1では“課題条件”に有意差が認められた(LICI:F4,49 =6.61,p<0.01,PMd-M1:F4,79 =3.60,p<0.01).Post-hoc testからPMd-M1は2Hz条件で他条件と比較して有意な抑制がみられた(p<0.05).一方,LICIは2Hz条件で有意な脱抑制がみられ,その他の条件では抑制が強くなった(p<0.05).IHI10は,“課題条件”に有意差が認められた(F4,149 =6.04,p<0.01)が,at restとリズム条件間に有意差は認めた (p>0.05)が,リズム条件間内で有意差は認められなかった(p>0.05).SICI,ICF,IHI40には有意な変化は認められなかった.【考察】 本研究結果からPMd-M1及びipsi-M1のLICIが一側手指の運動リズムの変化に深く関与するという新たな知見が得られた.PMdは外部刺激によるリズム運動に深く関与していることが報告されている(Zatorre et al., 2007; Ruspantini et al., 2011).つまり,リズム運動中のPMdからの入力がipsi-M1の興奮性を変化させていることが示唆される.LICIに関しては,ipsi-M1の興奮性とは異なり1Hz,3Hz条件では抑制が強くなり,2Hz条件では脱抑制が観察された.これはipsi-M1の過剰な興奮性変化を防ぐための補足的な活動である可能性が示唆される.【理学療法学研究としての意義】 近年,脳卒中の運動機能回復を目的としたリハビリテーション介入方法として注目されているauditory-motor interactionの神経生理学的背景及び今後の臨床応用に有益な知見である.
  • ─fMRIによる分析─
    多田 裕一, 松田 雅弘, 白谷 智子, 妹尾 淳史, 新田 收
    p. Aa0889
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 身体意識の生起には、感覚器官を通して外界や身体の内部に関する刺激を受容して情報処理を行う必要がある。その中でも関節位置覚は重要であり、上肢の位置覚課題時の際における脳活動はこれまでに報告されてきた。しかし、足底面への刺激を変化させた条件で足関節の位置覚が脳機能にどのような影響があるのか明らかではない。そこで本研究の目的は、足底刺激の違いが足関節の位置覚を識別する課題時の脳活動に及ぼす影響を機能的MRI(functional MRI;fMRI)で分析することとした。【方法】 対象は健常成人12名(男性8名、女性4名)とし、平均年齢は22.2(20-25)歳であった。課題は他動的に足関節底背屈運動を連続的に実施した。識別課題は足関節20°底屈位を通過した回数を被験者自身に数えてもらうこととした。その際に、足底面への刺激を変化させ、課題Aは突起刺激なし、課題Bは突起刺激ありとして塩化ビニール樹脂製の約2mmの突起を10mm間隔に均等に設置したものを利用した。脳内活動の計測に用いたMRI装置は、フィリップスエレクトニクスジャパンのAchieva3.0TQuasar-dualである。MRIの測定条件は、標準ヘッドコイルを用い、gradient echo(GRE)型echo Planar(EPI)法にて、TR[msec]/TE/FA[deg]=4,000/35/90、FOV230mm、スライス厚5mm、スライス枚数25 枚、マトリックスサイズ128×128の条件で撮影した。全対象者は、MRI装置内で安静背臥位となり裸足、閉眼とした。また、右足部を被検足とした。スキャン時間はtaskおよびrestを各々40秒間とした。課題はそれぞれ3回ずつ繰り返し、課題の間にはrestをとった。なお、課題AとBはランダムにて実施した。解析と統計処理はSPM8を用いて解析を行った。解析はまず位置補正、脳の標準化、平滑化を実施した。その後、集団解析にて被験者全員の脳画像をタライラッハ標準脳の上に重ね合わせた。その上で、1)課題Aとrest、2)課題Bとrest、3)課題AとBのサブトラクションを行い、MR信号強度がuncorrectedで有意水準(pく0.001)をこえる部位を求めた。さらに関心領域は、一次体性感覚野や運動野、補足運動野、二次体性感覚野、前頭前野、角回、縁上回、大脳基底核、小脳とした。【倫理的配慮、説明と同意】 実験に先立ち被験者に内容を文書で説明し同意を得た。本研究は平成22年度首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認を得ている。なお、被験者に有害事象は発生していない。【結果】 課題Aとrest、課題Bとrestのサブトラクションの結果については、左半球の一次体性感覚野と二次体性感覚野、補足運動野が同じように賦活した。ただ、右半球の縁上回が課題Aにてより賦活していた。また、課題Aと課題Bのサブトラクションについては、「突起刺激あり」より「突起刺激なし」が左半球の補足運動野が6ボクセル、右半球の一次体性感覚野が23ボクセル、縁上回が8ボクセルとより有意に賦活していた。【考察】 「突起刺激なし」と「突起刺激あり」の条件にて共通に賦活していた領域については、左半球の一次体性感覚野、二次体性感覚野、補足運動野が賦活していた。先行研究により、補足運動野は運動の企画・初期、一次・二次体性感覚野から入力としての体性感覚応答としての役割が報告されており、本研究での足底への表在感覚入力による影響により賦活したことが示唆された。そして、二次体性感覚野は注意への感度、他動運動に反応としての役割が報告されており、本研究での足関節を他動的に動かし関節角度を識別した影響により賦活したことが示唆された。「突起刺激なし」が「突起刺激あり」の条件よりも賦活していた領域については、右半球の一次体性感覚野と縁上回が賦活していた。右半球は空間的注意に関与しているとの報告がある。縁上回は空間・位置に関する概念と自己の身体イメージが生じるとの報告や運動を誘発するための体性感覚空間の情報処理が行われ、系列運動の空間イメージが産生されるとの報告がある。また、一次体性感覚野は近位よりも遠位の運動が両側性投射をすることが明らかになっており、本研究は足関節にて実施しているため両側性投射をしやすかったのではないかと考えた。これらより、識別する際に右半球の縁上回に情報を効率的に伝達するために感覚情報が両側性投射され、「突起刺激なし」では、感覚情報が少ないために右半球の一次体性感覚野もより賦活しなくてはならず、この領域のネットワークがより活性化した可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 「突起刺激なし」では右半球の縁上回と一次体性感覚野が賦活していた。これは,「突起刺激なし」では「突起刺激あり」と比較して表在感覚の条件が違うため、足関節位置覚を識別する際に脳内のネットワークを活性化することが示唆された。
  • 大西 秀明, 菅原 和広, 大山 峰生, 相馬 俊雄, 桐本 光, 田巻 弘之, 村上 博淳, 亀山 茂樹
    p. Aa0890
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 自発運動時の脳活動を脳磁界計測装置で計測すると「運動関連脳磁界」波形が観察される.この波形は3つの著明な振幅から構成され,それぞれ「運動磁界」,「運動誘発磁界第一成分(Movement Evoked Magnetic field 1; MEF1)」,「運動誘発磁界第二成分(MEF2)」とよばれ多くの報告がある.また,体性感覚刺激時に導出される「体性感覚誘発磁界」に関する報告も多々あるが,動作を伴う能動的な触覚刺激時における脳活動についての報告は極めて少ないのが現状である.そこで,本研究では能動的触覚にかかわる神経基盤の一部を解明することを目的とした.【方法】 対象は健常成人男性7名(28.7±8.7歳)であった.脳活動の計測には306ch脳磁界計測装置(Vectorview,Neuromag)を利用し,運動に伴う「運動関連脳磁界」を計測した.課題動作は右示指屈曲運動とし,示指先端指腹部をアクリル板上に接触させた状態から示指近位指節間関節を屈曲してアクリル板を擦る動作とした.アクリル板は,表面が滑らかなアクリル板と,幅2mm・高さ0.7mmの突起12個を1mm間隔で付着させたザラザラしたアクリル板の2種類を使用した.課題動作は5秒間に1回程度の頻度で40回以上行い,示指屈曲運動開始を基準として加算平均処理を行った.誘発された磁界波形は1Hzから50Hzのバンドパス処理を行い,MEF1とMEF2のピーク潜時と電流発生源(Equivalent current dipole:ECD)および電流強度を算出した.【倫理的配慮、説明と同意】 本実験を実施するにあたり新潟医療福祉大学倫理委員会にて承認を得た.また,被験者には書面および口頭にて実験内容を説明し実験参加の同意を得た.【結果】 2種類のアクリル板のどちらを使用した際も,運動に伴う「MEF1」「MEF2」ともに明確に記録することができた.MEF1のピーク潜時をみると滑らかなアクリル板を使用した際には33.6±9.2 msであり,ザラザラしたアクリル板を使用した際には38.6±16.9 msであった(P>0.05).MEF1における電流強度は滑らかなアクリル板では24.5±5.6 nAmであり,ザラザラしたアクリル板では28.3±8.4 nAmであった(P>0.05).MEF2のピーク潜時は,滑らかなアクリル板を使用した際には178.6±24.2 msであり,ザラザラしたアクリル板を使用した場合(179.3±27.9 ms)であった(P>0.05).一方,MEF2の電流強度については,滑らかなアクリル板では13.1±4.7 nAmであり,ザラザラしたアクリル板を使用した場合(19.96±4.5 nAm)に比べて有意に小さい値を示した(P<0.05).ECDはいずれも一次体性感覚野近傍に推定された.【考察】 運動直後に観察される「MEF1」は運動開始後約40msで観察される波形であり,筋紡錘の活動を反映し,電流発生源は一次運動野と考えられている(Onishi et al. Clinical Neurophysiology 2011).本実験では,どちらの課題遂行時においても運動開始後約40msで観察され,過去の報告と同様であった.一方,我々の先行研究では,手指を動かさずに示指先端に接触したアクリル板が他動的に動くような動的触覚刺激を行った場合,触覚覚刺激後約40msで著明な振幅が検出でき,表面が滑らかな条件とザラザラの条件で潜時および振幅ともに差が認められないことが明らかになっている(日本生体磁気学会誌,2011).これらのことから,本実験におけるMEF1には,筋紡錘による入力と皮膚表在感覚からの入力がともに含まれているものと考えられるが,MEF1に対する表在感覚からの入力は触覚刺激の種類に影響されないことが明らかとなった.MEF2は示指伸展運動の場合には運動開始後約170ms後に認められると報告されているが,本実験においても同様に示指屈曲運動開始後約170ms後に観察され,ピーク潜時は触覚刺激の種類に影響されずに一定であった.しかし,MEF2の電流強度はザラザラした表面を擦った際に有意に大きな値を示し,MEF2が表在感覚刺激の種類に影響されて変動することが明らかとなった.このことは,MEF2が運動に伴う表在感覚を反映している可能性を示唆しており,能動的触覚機能に関与している成分と推察できる.【理学療法学研究としての意義】 理学療法領域において,運動障害や体性感覚障害を評価・治療の対象にすることは非常に多い.本研究は能動的な触覚刺激の神経基盤を解明しようとするものであり,将来的には運動障害や感覚障害の定量的な評価指標の開発に貢献できると考えられる.【謝辞】 本研究は「文部科学省科学研究費補助金基盤(B)」および「新潟医療福祉大学研究奨励金(発展的研究)」の助成を受けて行われた.
  • 田中 貴広, 鎌田 理之, 松木 明好, 平岡 浩一
    p. Aa0891
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 姿勢恐怖は静止立位中の足圧中心動揺の減少や屈筋の活動増加、伸筋の活動低下を誘発することから、運動制御に影響を与えることが明らかになっている(Carpenter et al. 2001)。映像により恐怖を誘発した場合も皮質脊髄下行路の興奮性が関与していることが証明されている(Coombes et al. 2009)。転倒恐怖を伴うであろう転倒イメージは屈筋の皮質脊髄下行路を促通し、伸筋を抑制する(Hiraoka 2002)。また不安などの情緒は近位筋の活動を高めることが明らかになっている(Bloemsaat et al. 2005)。これらより、姿勢恐怖は屈筋の皮質脊髄下行路を促通し、とりわけ近位筋である体幹屈筋に与える影響が最も大きいと予想できる。本研究は姿勢恐怖が皮質脊髄下行路興奮性に与える影響を検証した。【方法】 若年健常者9名、年齢28.4±5.4歳を対象とした。横45cm、縦90cm、高さ60cmの台上での静止立位保持(LS条件)と、横23cm、縦27cm、高さ60cmの台上での静止立位保持(SS条件)を実験条件とし、静止立位は閉眼、閉脚、両上肢は体幹側面から離れないよう指示した。また実験者や実験機材は被検者から2m以上遠ざけた。実験条件の施行順序は無作為とした。 恐怖の程度はvisual analogue scale(VAS)と心電図のR-R間隔にて評価した。VASは左端を全く恐く感じない、右端を想像する最大の恐怖と規定し、各条件中における主観的な恐怖の程度を計測した。身体動揺を観察するため、圧センサーを右母趾球、右踵部足底面に貼付した。皮質脊髄下行路の興奮性の評価はダブルコーンコイルを接続したTMSと筋電計を用いた。筋電計電極をTMS負荷側と対側の右内腹斜筋と同側の左内腹斜筋に貼付した。右内腹斜筋のホットスポットおよび運動閾値を決定し、コイル中心をホットスポットに合わせた。実験者によるコイル固定は姿勢恐怖や身体動揺に影響を与えるため、弾性包帯と吊り下げ装置にてコイルを固定した。刺激強度は運動閾値の1.2倍とし、10秒間の間隔を保ち各条件とも連続20回TMSを負荷した。 1)主観的な姿勢恐怖、2)心拍数、心拍変動、3)前足部、後足部荷重量、荷重比率(前/後荷重量)、4)背景筋放電量(BEMG)、5)MEP onset、offset、6)MEP面積値を算出した。なお5)、6)は条件間でBEMGが近似しない施行を除外し算出した。統計解析にはWilcoxonの符号順位検定を用いた。有意水準は5%とした。【説明と同意】 実験は大阪府立大学研究倫理委員会の承認を得て実施した。被験者には実験の目的、方法、及び予想される不利益を説明し同意を得た。【結果】 VASスコアはSS条件で有意に増加したが、心拍数、心拍変動は有意差を認めなかった。後足部荷重量はSS条件で有意に減少した。前足部荷重量は増加傾向にあったが、有意差は認められなかった。荷重比率は有意に増加した。BEMGはSS条件で両側ともにやや増加する傾向にあったが、有意差は認められなかった。MEP onsetは両側ともに条件間の変化は認められなかった。MEPoffsetは同側でSS条件で有意に延長した。対側MEPもSS条件で延長する傾向を認めたが、有意差は認められなかった。MEP面積値は両側ともにSS条件で有意に増加した。MEP面積値の変化はBEMGが近似しない施行を除外した後も有意な変化を認めた。【考察】 SS条件はVASスコアを増加させたことから姿勢恐怖を誘発したと考える。姿勢恐怖はBEMG有意な増加を示さず、荷重を前方へ移動させたことから、姿勢恐怖は姿勢制御戦略を変化させたが、体幹屈筋はこれに関与していないと考えられた。SS条件ではBEMGを調整後もMEP面積値を増加させたことから姿勢恐怖は皮質脊髄下行路興奮性を促通していることを示唆した。随意収縮によるMEP増加はfirst motor unitが動員されることにより、MEP onsetの短縮を伴う。本研究で観察されたMEP面積値の増加はMEP onsetの変化を伴わず生じているので、姿勢恐怖は随意収縮とは異なるメカニズムが作用していると考えられる。MEP onsetの変化を伴わず、MEP面積値を増加させる皮質脊髄下行路の促通形態は姿勢調節に伴う促通形態と類似しており、姿勢恐怖による皮質脊髄下行路の興奮性促通は姿勢調節と同様のメカニズムが作用していた可能性も考えられる。【理学療法学研究としての意義】 高所などによって誘発された姿勢恐怖に関する研究は近年、問題視されている転倒恐怖症のメカニズム解明に繋がると考えられており、本研究の成果は転倒恐怖症の神経生理学的メカニズム解明の一助になる可能性がある。
  • 濵上 陽平, 関野 有紀, 田中 陽理, 坂本 淳哉, 中野 治郎, 沖田 実
    p. Aa0892
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 我々はこれまで,ラット足関節不動化モデルにみられる痛覚過敏に関して調査し,いくつかの知見を得てきた.具体的には,不動2週目から痛覚過敏が生じ,同時期に足底表皮の菲薄化,末梢神経密度の増加が観察され,また,不動期間が8週間におよぶと不動を解除しても痛覚閾値の低下は回復せず,脊髄後角細胞にも感作が認められた.つまり,本モデルにおける痛覚過敏には末梢組織と感覚神経系の両者が関わっていることが示唆され,その一因として感覚刺激入力が不動によって減弱することを考えている.一方,Andreら(2007)の臨床研究によれば,複合性局所疼痛症候群(CRPS)患者の患部に対して感覚刺激入力として振動刺激を負荷したところ,痛みの程度が回復したとされており,大変興味深い結果である.これまでのところ,その作用機序は不明であるが,不動が一要因とされているCRPSとラット足関節不動化モデルの間に類似性があるとすれば,振動刺激は不動に伴う痛覚閾値の低下に対しても有効である可能性は高い.そこで本研究では,ラット足関節不動化モデルに対して振動刺激を負荷し,痛覚閾値の低下,皮膚組織の変化,感覚神経系の変化に対する影響を検討した.【方法】 本実験では,8週齢のWistar系雄性ラット20匹を無処置の対照群(n=4)とギプスを用いて右側足関節を最大底屈位の状態で8週間不動化する実験群(n=16)に振り分け,さらに,実験群は不動のみを行う群(不動群;n=8)と不動の過程で振動刺激を負荷する群(振動群;n=8)に分けた.実験期間中は,すべてのラットに対して週に1回の頻度で,von Frey filament (VFF;4,8,15g )刺激を用いた機械的刺激に対する痛み反応の評価を行った.また,振動群に対してはバイブレータ(メディアクラフト社製)を用いた振動刺激を右側足底部に15分間負荷し,その頻度は週5日とした.実験期間終了後,足底部の皮膚組織,第4腰髄ならびに後根神経節(DRG)を採取した.そして,組織学的・免疫組織化学的手法を用い,足底皮膚組織における末梢神経密度,表皮厚の計測,DRGにおけるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)陽性細胞の断面積の計測,脊髄後角におけるCGRP陽性線維の分布状況の解析を行った.なお,DRGと脊髄後角におけるCGRP陽性の細胞・神経線維は,一次感覚神経細胞の可塑的変化の指標として用いた.【倫理的配慮】 本実験は,長崎大学動物実験委員会が定める動物実験指針に基づき,長崎大学先導生命体研究支援センター・動物実験施設において実施した.【結果】 機械的刺激に対する痛みを評価した結果,不動群では不動2週目から4,8,15gすべてのVFF刺激に対する痛み反応が増強し,痛覚過敏の発生が確認された.また,その症状は不動期間に準拠して顕著となった.一方,振動群では4gのVFF刺激に対する痛み反応は変化せず,8,15gのVFF刺激に対する痛み反応は増強したものの,不動群と比較して有意に軽度であった.次に,組織学的・免疫組織化学的解析の結果,足底の表皮厚は不動群,振動群,対照群の順に有意に低値を示し,また,末梢神経密度は対照群に比べ不動群,振動群は有意に高値を示し,不動群と振動群の間に有意差は認められなかった.DRGにおいては,対照群に比べ不動群,振動群のCGRP陽性細胞の面積は有意に高値を示し,CGRP陽性細胞の大型化が認められたが,不動群と振動群を比較すると振動群の方が有意に低値を示した.また,脊髄後角に分布するCGRP陽性の神経線維は,不動群,振動群,対照群の順に多かった.【考察】 今回の結果,不動の過程で振動刺激による感覚刺激入力を促すと,不動に伴う痛覚過敏を軽減できる可能性が示唆された.また,その作用機序には振動刺激によって足底表皮の菲薄化,DRGにおけるCGRP陽性細胞の大型化,脊髄後角におけるCGRP陽性線維の増加が抑制されることが関与していると推測される.先行研究によれば,不動によって生じるDRGのCGRP陽性細胞の大型化,脊髄後角のCGRP陽性線維の増加は,広作動域ニューロンの活性化と増加を引き起こし,このことが痛覚過敏発生の要因になると報告されている.そしてこれらの変化は,振動刺激という感覚刺激入力によって抑制されたことから,痛覚過敏の発生には末梢に対する感覚刺激入力の減弱が一要因になっていたと推察する.ただ,足底表皮の菲薄化が抑制されたことに関しては,痛覚閾値や振動刺激との関係が明らかではなく,また,他種の感覚刺激入力によっても振動刺激と同じような効果が得られるかどうかは不明で,今後さらに検討を加えていきたい.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,不動が原因で発生する痛みの治療手段として,振動刺激による感覚刺激入力の有効性を示したものであり,痛みの予防と治療を考えていくための理学療法研究として十分な意義があると考えられる.
  • 本田 祐一郎, 近藤 康隆, 佐々部 陵, 片岡 英樹, 坂本 淳哉, 中野 治郎, 沖田 実
    p. Aa0893
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 肺や肝臓など,内臓器の機能異常を惹起する病態の一つに線維化があり,その要因は炎症などを発端としたコラーゲンの過剰増生とされている.そして,近年の分子生物学的研究手法の発展により,線維化の際に過剰増生するコラーゲンの分子種も明らかになってきており,具体的にはタイプI・IIIコラーゲンがタンパクレベルならびにmRNAレベルにおいて増加することが示されている.一方,先行研究ではギプスなどによる関節固定で骨格筋が不動状態に曝されると,コラーゲン含有量が増加するとともに,それを主要構成成分とする筋周膜や筋内膜には肥厚が認められ,これらの変化は骨格筋の線維化の徴候を示唆するとともに,筋性拘縮の病態の一つとされている.しかし,これまでは骨格筋の線維化の際にタイプI・IIIコラーゲンがどのような動態を示すのかは明らかになっていなかった.そこで,演者らはこれまで不動化したラットヒラメ筋の組織切片を蛍光免疫染色に供し,その画像解析からタイプI・IIIコラーゲンの動態を検索してきた.その結果,筋周膜,筋内膜ともに不動によってタイプI・IIIコラーゲンが増加し,筋内膜に限っては不動4週まで不動期間に準拠してタイプIコラーゲンが増加することが明らかとなった(第45・46回日本理学療法学術大会).しかし,これまでの検索はタンパクレベルであり,しかも画像解析に基づく半定量分析にすぎないため,不動に伴う骨格筋のタイプI・IIIコラーゲンの動態を結論づけるには課題が残っていた.そこで,本研究では骨格筋内のタイプI・IIIコラーゲンの動態をmRNAレベルで検索し,不動に伴う線維化,さらには筋性拘縮のメカニズムについて検討した.【方法】 実験動物には8週齢のWistar系雄性ラット50匹を用い,両側足関節を最大底屈位で1・2・4・8・12週間ギプスで不動化する不動群(各5匹,計25匹)と同期間,通常飼育する対照群(各5匹,計25匹)に振り分けた.各不動期間終了後は麻酔下で左側ヒラメ筋を摘出し,RNA laterに浸漬した後に以下の手順でReverse Transcription Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)法に供し,タイプI・IIIコラーゲンmRNAの発現量を定量化した.具体的には,RNeasy Fibrous Tissue Mini Kit(QIAGEN)を使用して筋試料中のRNAを抽出し,QuantiTect Reverse Transcription kit(QIAGEN)を用いてcomplimentary DNA(cDNA)を作製した.cDNAはサーマルサイクラーによる増幅反応を実施した後に電気泳動を行い,発光したバンド像をコンピュータに取り込んだ.そして,画像解析ソフトを用いてバンドのdensityを計測し,その値をinternal controlの値で除したものをデータとして採用した.なお,internal controlにはGAPDHを用いた.【説明と同意】 本実験は長崎大学動物実験指針に準じ,長崎大学先導生命科学研究支援センター・動物実験施設で実施した.【結果】 各不動期間とも不動群のタイプI・IIIコラーゲンmRNAの発現量は対照群に比べ有意に高値を示した.また,不動群のタイプIコラーゲンmRNAの発現量は不動1・2週に比べ4・8・12週は有意に高値を示したが,不動4・8・12週の間には有意差は認められなかった.一方,不動群のタイプIIIコラーゲンmRNAの発現量は各不動期間で有意差は認められなかった.【考察】 今回の結果から、各不動期間とも不動群のタイプI・IIIコラーゲンmRNAの発現量は対照群よりも有意に高値を示し,これは先に報告したタイプI・IIIコラーゲンの蛍光免疫染色像の画像解析によって得られたタンパクレベルでの結果と一致していた.つまり,骨格筋を不動状態に曝すことでタイプI・IIIコラーゲンの増加が惹起されると結論づけることができ,このような変化が不動に伴う骨格筋の線維化のメカニズムの一つといえよう。次に,不動群のタイプIコラーゲンmRNAの発現量は不動1・2週に比べ不動4・8・12週は有意に高値を示し,先に報告した自験例でも筋内膜に限っては不動4週まで不動期間に準拠してタイプIコラーゲンが増加することが明らかとなっている.そして,先行研究によれば不動期間の延長に伴って骨格筋の伸張性低下,すなわち筋性拘縮が顕著になるとされており,生体内においてタイプIコラーゲンは硬度が要求される組織で含有率が高いことはよく知られていることである.つまり,今回認められた不動期間の違いによるタイプIコラーゲンmRNAの発現量の変化は筋性拘縮の進行に関与していると推察される.【理学療法学研究としての意義】 本研究はラットヒラメ筋のタイプI・IIIコラーゲンの動態が不動によって変化するか否かをmRNAレベルで検索した基礎研究であり,その成果は不動に伴う骨格筋の線維化のメカニズム,さらには筋性拘縮の進行のメカニズムの解明につながるものであり,理学療法学研究としても意義深いものと考える.
  • ─筋の長軸部位別検討─
    木村 繁文, 石川 琢麻, 栗山 敬弘, 稲岡 プレイアデス 千春, 山崎 俊明
    p. Aa0894
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 廃用性萎縮筋においては,筋線維の萎縮や毛細血管数の減少が生じ,伸張刺激などの機械的刺激は筋の萎縮抑制のみでなく,毛細血管数を増大させることが報告されている.そこで本研究では近年,骨格筋血流量の評価に有用とされているタリウム‐201トレーサー(201Tl) を用い,廃用性萎縮筋に対する伸張運動が血流動態に与える影響と毛細血管数の関係を検討するとともに,血流量および筋萎縮とその抑制の関連について長軸部位別に検討し,血流動態と筋萎縮抑制の関係を明らかにすることを目的とした.【方法】 対象は8週齢のWistar系雄ラット(n=39)の両側ヒラメ筋で,これらを対照群(C群:n=10),2週間の後肢懸垂(以下HS)による非荷重で廃用性筋萎縮を惹起する群(HSA群:n=7),HS中に伸張刺激(以下ST)を加える群(STA群:n=7),HS後,筋摘出直前にSTを加える群(HSB群:n=7),HS,及びST終了後,筋摘出直前にSTを加える群(STB群:n=8)の5群に振り分けた.伸張運動は間歇的伸張運動とし,体重の50%の負荷にて10日間実施した.実験期間終了後,201Tlを腹腔内投与し,両側ヒラメ筋を摘出した.右側ヒラメ筋は201Tlの取り込み率の測定に使用した.その後,筋を長軸に4分割(0-25%,25-50%,50-75%,75-100%)し各部位の201TIの取り込み分布を測定した. C,HSA,STA群の 左側ヒラメ筋は,筋長の25 %(近位部),50% (中央部),75% (遠位部)切断面の凍結横断切片に Hematoxylin‐eosin染色を実施し,筋線維横断面積(Cross‐Sectional Area:以下,CSA)を測定した.また Alkaline phosphatase染色を実施し,毛細血管数を測定し,毛細血管数/筋線維数(C/F 比) を算出した.各群の取り込み率の比較は一元配置分散分析を,部位別の群間の取り込み分布比,各群の部位間の取り込み分布比の比較には,群間と部位間で二元配置分散分析を行い,その後Tukeyの方法による検定を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は本学動物実験委員会の承認を得て行った(承認番号:AP‐091481).【結果】 CSA の群別の比較ではHSA群,STA群において各部位間に有意差が認められ,近位部<中央部<遠位部の順に高値を示した.部位別の比較では全部位においてHSA群<STA群<C群の順に高値を示した.C/F 比の群別の比較ではC群の中央部は有意に低値を示した.部位別の比較では近位部においてC群と比較し,HSA群は有意に低値を示した.STA群は有意差を認めなかった.遠位部ではC群と比較しHSA群とSTA群は有意に低値を示した.【考察】 我々は第46回本学会において,非荷重により血流分布は遠位部の血流は阻害され近位側に偏位し,また日常的な伸張刺激により筋の血流分布が常態に保たれる可能性を報告した.本研究のC/F 比の結果においては,非荷重,あるいは伸張刺激による血管数への影響は部位ごとに異なり,近位部においてはその影響が最も大きく,血流分布とは一致しなかった.このことから,廃用性萎縮筋の血流の分布には血管数のほかに,血管の構造的な退行が起因している可能性が考えられた.CSAの測定結果から,非荷重による筋萎縮進行,あるいは伸張刺激による筋萎縮抑制効果は部位間に相違があり,近位部がその影響を最も受けやすいことが示された.また本研究において,部位ごとの血流分布とCSAの増大の傾向は異なり,血流分布の変化が筋萎縮やその抑制効果に与える影響は小さいと考えられた.【理学療法学研究としての意義】 本研究は廃用性萎縮筋では伸張刺激に対する血管数や筋線維横断面積の反応が部位間で異なることを示し, 理学療法における伸張刺激方法の工夫の必要性を示唆した.また伸張刺激が血流動態の常態化へのアプローチとしても有効であることを示した.このことは,理学療法の基礎データとして有用である.
  • ─ラットを用いたトレッドミル走での検討─
    中村 浩輔, 酒井 成輝, 水野 奈緒, 田崎 洋光, 肥田 朋子
    p. Aa0895
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 理学療法対象者の中で,長期臥床者や治療のために関節を固定している者や,麻痺などから不動化状態を呈する者などは,痛みを訴えることが少なくない.近年,我々の研究室から不動化に伴い痛覚過敏が生じることや,不動化に陥る前に温熱刺激を加えることで,先取り鎮痛効果が得られたことを報告している.受傷・発症前に運動習慣のあった患者では,このような不動化に陥っても疼痛の訴えが少ない印象があり,運動習慣もまた先取り鎮痛効果を示すのではないかと考え,不動化によって生じる痛覚過敏に対し,不動化前のトレッドミル走が痛覚過敏を予防できるか,特に皮膚痛覚閾値だけではなく,筋圧痛閾値についても検討した.【方法】 対象は8週齢のWister系雄ラット10匹とし,トレッドミル走を行うT群と行わないC群に分けた.T群には25m/sで1日20分,5日間トレッドミルを走らせ,その後,両群とも左後肢のみ足関節底屈位でギプス固定を行い(それぞれT-G群,C-G群),右後肢はそのコントロール(T-C群,C-C群)とした.固定期間は4週間としたが,週5日間は,イソフルラン吸入麻酔下にてギプスを取り除き,覚醒後,皮膚痛覚および筋圧痛閾値を測定した.皮膚痛覚閾値測定には自作の数種類のvon Frey フィラメントを用いて,逃避反応を利用して調べた.測定は各肢で1週間ごとのデータの平均値を各期間の代表値とした.筋圧痛閾値はRandall-Selitto装置(ウゴバジレ社製)を用いて,皮膚痛覚測定と同頻度で計測した.固定4週間後に灌流固定し,L4-6の後根神経節を摘出し,10μm厚の凍結切片にサブスタンスP(SP)免疫組織化学染色を施した.その後,全細胞数に対するSP含有細胞数を算出した.統計には,1要因分散分析(対応あり,対応なし)と多重比較検定,Mann-WhitneyのU検定,Kruscal-Wallis検定を用いた.【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は,本学動物実験委員会の承認を得て実施した.【結果】 T-C群,C-C群の皮膚痛覚閾値は,4週目まで有意差は認められなかった.C-G群は0週目から順に49.6±11.2g,51.4±4.9g,37.6±4.0g,29.6±0.8g,23.5±1.6gとなり,0週と1週目,1,2週と3,4週目,3週と4週目の間に有意な低下が認められた(p<0.05).T-G群においては,0週目から順に36.8±4.8g,51.4±4.5g,46.6±4.0g,34.4±2.2g,29.8±3.8gとなり,1週と2,3,4週目,2,3週と4週目の間で有意に低下した(p<0.05).4週目の時点で,T-G群とC-G群の間には有意差が認められた(p<0.05).C-G群の筋圧痛閾値は,0週目から順に83.8±0.6g,79.2±1.1g,75.4±0.7g,73.9±0.4g,74.6±0.7gとなり,0,1週と他の週すべてに有意差を認めた(p<0.05).T-G群では,0週目から順に83.9±0.6g,79.6±0.8g,77.1±1.2g,75.1±1.4g,75.9±1.6gとなり,0週目と比較し他の週すべてで有意に閾値が低下した(p<0.05)が,1週目以降には有意差は認められなかった.SP含有細胞比率はC-G群では13.1±4.7%, T-G群では13.6±3.9%,C-C群では8.8±2.5%,T-C群では9.4±3.0%であり,各群間に有意な差は認められなかったが,ギプス固定をしたC-G群,T-G群はC-C群,T-C群と比較し,SP含有細胞比率が多い傾向であった.【考察】 今回の疼痛行動評価の結果から,不動化により皮膚痛覚閾値が低下することに加え,筋圧痛閾値も低下することが示された.また,不動化前のトレッドミル走は,皮膚・筋の痛覚過敏をある程度抑制する効果があり,運動習慣のある場合には不動化による痛覚過敏を予防できることが示された.一方,ギプス固定群のSP含有細胞比率は,ギプス固定を行っていない群と比較して高い傾向がみられた.これは,Guoらと同様の結果であった.しかし,T-C群とT-G群の同細胞の含有比率間に差はなく,トレッドミル走の影響は受けなかった.そのため,今後は他の痛みの神経伝達物質であるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などの発現についても検討していく必要があると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 不動化に陥る前のトレッドミル走は,不動化による皮膚および筋の痛覚閾値低下を抑制することが示唆された.このことは,運動習慣の有無が不動化による疼痛発生に影響している可能性を示しており,予防の観点から運動習慣の大切さを伝えるデータとなりうる.
  • ─筋線維横断面積および筋核動態からみた肥大と再正反応の経時的変化─
    都志 和美, 西川 正志, 山崎 俊明
    p. Aa0896
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 長期臥床などによる廃用性筋萎縮では、早期に萎縮筋の肥大・再生を促す事が重要である。しかし、実際の臨床場面では、萎縮進行中に介入が行えることは少なく、ある程度進行した状態から介入が開始されることが多い。筋萎縮に伴う筋の脆弱化は諸家によって示されており、再荷重開始時より全荷重をかけることは、過負荷である可能性がある。そこで、廃用性筋萎縮を惹起後に荷重刺激を加え、荷重刺激開始早期の萎縮筋の変化を経時的に分析・検討し、萎縮筋に荷重刺激が与える影響と肥大・再生反応の過程を明らかにすることを本研究の目的とした。【方法】 49匹のラットヒラメ筋を実験対象とし、非荷重群・再荷重群・コントロール群を設定した。非荷重期間は2週間(H14群)とし、再荷重群は非荷重後に再荷重1日群(R1群)、3日群(R3群)、7日群(R7群)、10日群(R10 群)、14日群(R14群)とした。コントロール群は、実験開始期(C群)とした。染色法は免疫蛍光抗体法を用いてジストロフィン・DAPIの染色とHE染色を用いた。検討項目として、筋線維横断面積(以下CSA)、筋核数(以下MN)、筋核ドメインサイズ(以下MDS:一つの筋核によって支配される限られた筋細胞質量)、壊死線維・中心核線維の発生割合を挙げた。統計学的分析は、CSA、MN、MDSはBonferroniの多重比較を、壊死線維・中心核線維の発生割合の比較にχ2検定を用いた。有意水準は5%とした。なお、本研究は金沢大学動物実験委員会の承認を得て実施した。【結果】 非荷重によってCSAは減少し、再荷重によって増加傾向を示した。CとR10群、H14とR3群、R1とR3群間以外の全ての群間で有意差を認めた。非荷重・再荷重によるCSAの全体的な減少・増加は、ヒストグラムにおいてそれぞれ左・右への偏移で表わされた。R10・R14群では小径線維(~400μm2)が多く認められた。MNはC群に比較し、H14・R1・R3群で有意に減少しており、R7・R10・R14群では減少した値を示したが、有意差は無かった。また、H14群より有意に増加を示した再荷重群はなかった。MDSは非荷重によって減少傾向を示したが、有意差は無かった。H14群に比べ、再荷重群は経時的な増加傾向を示した。有意差はH14・R1・R3群とR14群間で認めた。壊死線維の発生割合は、後肢懸垂、再荷重開始により共に有意に増加した。R1群において最大値を示し、その後は減少傾向を示した。R1とR7・R10・R14群間において有意差を認めた。また、H14とR1・R3・R10群において、C群よりも有意に大きい値を示した。中心核の発生割合は再荷重に伴い徐々に増加した。H14・R1群とR7・R10・R14群間、C群とR14群間で有意差を認めた。【考察】 MNは再荷重開始早期には増加を示さず、その後徐々にコントロールレベルへの回復を示した。しかし、2週間の再荷重ではコントロール群まで回復しなかった。CSA・MDSの変化の過程に注目すると、共に再荷重3日目までの増加の程度は小さく、再荷重7日以降より著明な増加が認められている。再荷重7日目はMNがコントロール群と有意差がないレベルまで回復した時点と一致している。筋肥大・再生は再荷重に伴い開始されるが、MNの増加がCSAやMDSの増加に影響を与え、肥大の効率が上がった可能性が考えられる。CSAのヒストグラムより、再荷重10日、14日群において小径線維が多く認められた。壊死線維の再生時に小径線維が発生するためと考えられる。中心核線維は、再荷重に伴い増加傾向を認め、再荷重7日以降は非荷重14日と再荷重1日群に比較して有意に多く認められた。中心核は筋再生時だけでなく、肥大中の新たな筋核の分化においても認められると考えられ、中心核線維と小径線維の増加時期に相違を認めた可能性がある。また、中心核線維が小径線維よりも早期に増加したことより、再荷重開始直後は肥大が再生よりも多くの割合で起こっている可能性がある。しかし、本研究では肥大や再生時の指標となる筋衛星細胞の活性化については分析検討しておらず、さらなる検討が必要であると思われる。【理学療法学研究としての意義】 筋肥大・再生の過程は一様ではなく、時期によって増加率に相違があることが示された。そのため、肥大・再生の経過を考慮した萎縮筋に対する理学療法介入時期・方法の検討が効率的でより効果的な理学療法を提供するうえで必要であると考えられる。筋肥大が再生よりも早期に起こる可能性があり、低負荷から介入を開始し、筋損傷の発生を抑えながら肥大を促すと治療効果が大きい可能性があるが、今後の検討が必要だと考えられる。
  • 片岡 英樹, 中野 治郎, 吉田 奈央, 坂本 淳哉, 森本 陽介, 本田 祐一郎, 沖田 実, 吉村 俊朗
    p. Aa0897
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 日常の臨床では,糖尿病(DM)に罹患した患者が安静臥床や活動性低下により廃用性筋萎縮,筋力低下を呈すると,その後の理学療法において筋力の改善が思うように得られないことを頻繁に経験する.一方,先行研究によれば,DMモデル動物の骨格筋は細胞増殖やタンパク質合成を促進するIGF-1が減少し,さらに,高血糖に伴う血管障害により毛細血管数も減少すると報告されている.IGF-1や毛細血管数の増加は,筋肥大の過程において認められ,廃用性筋萎縮の回復過程においてもこれらの動態は重要な役割を担うものと考えられる.つまり,DMでは高血糖ゆえにIGF-1や毛細血管の動態が通常とは異なり,廃用性筋萎縮の回復が得られにくいのではないかと推測される.しかしながら,この点を明らかにした報告はこれまでなされていない.そこで,本研究ではDMモデルラットを用い,高血糖が不動に伴う廃用性筋萎縮の回復に与える影響を組織化学的ならびに生化学的に検討した.【方法】 実験動物には10週齢のWistar系雄性ラット29匹を用い,そのうち15匹に対してはstreptozotocin(STZ)を投与してDMを人為的に惹起させ(DMラット),残りの14匹には生理食塩水を投与した(正常ラット).そして,STZの投与3日目に血糖値を測定した後,それぞれのラットを,2週間通常飼育を行う通常飼育群(正常ラット,n=4;DMラット,n=5),両側足関節を最大底屈位の状態で2週間ギプス固定を行う固定群(正常ラット,n=5;DMラット,n=5),2週間のギプス固定後にギプスを解除してさらに通常飼育を2週間行う再荷重群(正常ラット,n=5;DMラット,n=5)の3群に振り分けた.実験期間中は,1週間に1回の頻度で血糖値の測定を行った.実験期間終了後,麻酔下で両側腓腹筋を摘出し,右側試料は組織学的解析に,左側試料は生化学的解析に供した.組織学的解析として,凍結連続横断切片を作製し,一部の切片にはミオシンATPase染色(pH 4.5)を施してタイプI・IIa・IIb線維の筋線維直径を計測した.また,一部の切片にはアルカリフォスファターゼ染色を施して毛細血管を可視化,カウントし,筋線維一本あたりの毛細血管数を算出した.また,生化学的解析として,筋試料を均一化した後,ELISA法にてIGF-1含有量を測定した.統計処理には一元配置分散分析を行い,有意差を認めた場合には群間比較のためにFisherのPLSD法を適用した.なお,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮】 本実験は,長崎大学動物実験委員会が定める動物実験指針に基づき,長崎大学先導生命体研究支援センター・動物実験施設において実施した.【結果】 STZ投与3日目には,DMラットの血糖値は正常ラットのそれに比べ有意に高値を示し,これは実験期間を通して継続して認められた.組織学的解析の結果,タイプI・IIa・IIb線維の平均筋線維直径は,正常ラット,DMラットともに通常飼育群に比べ固定群と再荷重群は有意に低値を示し,固定群と再荷重群を比較すると,すべての筋線維タイプとも正常ラットでは再荷重群が有意に高値を示したが,DMラットではこの2群間に有意差は認められなかった.また,筋線維一本あたりの毛細血管数は,正常ラット,DMラットともに固定群と再荷重群は通常飼育群に比べ有意に低値を示し,固定群と再荷重群を比較すると,正常ラットでは再荷重群が有意に高値を示したが,DMラットではこの2群間に有意差は認められなかった.生化学的解析の結果,IGF-1含有量は正常ラットでは固定群に比べ再荷重群が有意に高値を示したが,DMラットではこの2群間に有意差は認められなかった.【考察】 今回の結果,正常ラットでは再荷重によりギプス固定に伴う筋線維萎縮の回復が認められた.そして,再荷重に伴いIGF-1や毛細血管数が増加したことから,これらは廃用性筋萎縮の回復に伴う変化と捉えられる.一方,DMラットでは再荷重を行っても廃用性筋萎縮の回復は得られず, IGF-1や毛細血管数の増加も認められなかった.先行研究において,高血糖状態では筋損傷後の筋線維横断面積の回復が得られ難いという報告があり,これは本研究の結果を支持している.したがって,DMによる高血糖状態で,かつ廃用性筋萎縮を呈した骨格筋は,筋肥大に関わる因子の反応性が正常状態とは異なり,これが筋線維萎縮の回復を妨げる原因になることが示唆された.ただ,高血糖がIGF-1や毛細血管数の動態に影響をおよぼすメカニズムは不明点も多く,今後検討を加えていく必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,高血糖状態では廃用性筋萎縮の回復が得られ難いことを実験的に示したものであり,DMを合併した患者の廃用性筋萎縮に対する理学療法を再考,開発するための基礎データの一つとして意義あるものと考えられる.
  • ─筋収縮張力低下と歩行能力低下に着目して─
    金口 瑛典, 小澤 淳也, 山岡 薫
    p. Aa0898
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 我々は2011年度の本学会において、ラット後肢懸垂による筋萎縮と毛細血管数減少に対する間歇的な荷重 (weight bearing: WB) 及び全身振動運動 (whole-body vibration: WBV) の効果を検証し、WBは筋萎縮に、WBVは筋萎縮と毛細血管数減少の両方に対して抑制効果があることを明らかにした。そこで今回、WBやWBVによる筋萎縮の抑制は、筋収縮張力の低下を抑制し、その結果、歩行能力が維持されると仮説を立てて検証を行った。【方法】 8週齢の雄性Wistar ratを使用し、通常飼育群 (CONT群、n = 10)、後肢懸垂群 (HS群、n = 10)、後肢懸垂期間中に1日20分間のWBを行う群 (HS + WB群、n = 9)、後肢懸垂期間中に1日20分間のWBVを行う群 (HS + WBV群、n=10) の4群に分けた。後肢懸垂は尾部懸垂法を用い、実験期間は2週間とした。WBは1日20分間懸垂を中止し、四肢荷重を行った。WBVは全身振動刺激装置 (JET-VIBE: YKC社) を用い、四肢荷重状態で4分間の垂直振動 (55 Hz) と1分間の休止のサイクルを4セット (計20分間) 毎日行った。実験終了後、15度の昇り勾配で、幅3 cm、長さ100 cmの角材 (ビーム) 上を歩行する所要時間を測定するbeam walking testを行った。30秒以内で歩行可能であったものを歩行可能群、不可能であったものを歩行不能群と規定した。なお、歩行途中にビーム上で立ち止まるもの、ビーム上での立位姿勢は可能だが歩行しないものは除外した。また、ビーム上で立位姿勢をとれないものは歩行不能群とした。また、各群5匹 (HS + WB群のみ4匹) のラットを使用し、修正クレブス液中でヒラメ筋の等尺性強縮張力 (20 Hz) を測定した。統計処理は一元配置分散分析を行い、有意差が認められた場合には多重比較を行った。なお、beam walking testの結果に対しては、χ二乗検定を適用した。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,広島国際大学動物実験委員会の承認を得て (承認番号 AE09- 010) 実施した。【結果】 beam walking testの結果、歩行可能群の割合 (歩行可能数/全歩行数) はCONT群で100% (9/9)、HS群で20% (2/10)、HS + WB群で89% (8/9)、HS + WBV群で75% (6/8) であった。CONT群は他の群と比較して歩行可能群の割合が有意に多く、歩行不能群の割合が有意に少なかった。一方で、HS群は歩行可能群の割合が有意に少なく、歩行不能群の割合が有意に多かったことから、後肢懸垂によって歩行能力が低下したことが示された。また、HS + WB群とHS + WBV群は他の群と比較して、歩行可能群および不能群の割合に有意差がなかったことから、後肢懸垂による歩行能力の低下を抑制したことが示された。摘出ヒラメ筋強縮張力について、CONT群に対する割合はHS群で8%、HS + WB群で37%、HS + WBV群で24% でありいずれも有意に低下したが、HS + WB群とHS + WBV群はHS群よりも有意に大きかった。また、HS + WB群とHS + WBV群間に有意差はなかった。【考察】 後肢懸垂中に間歇的なWBやWBVを行うと、行わなかった場合と比較してビーム歩行可能群の割合が大きく増加した。また、後肢懸垂後の摘出筋の収縮張力はWBやWBVにより有意に低下が抑制されたことから、筋収縮張力低下の抑制が歩行機能の向上に貢献した可能性を示唆する。さらに、廃用による筋力低下への影響は、筋萎縮よりも神経活動低下の要因が大きいと予想されるが、廃用期間中に運動を行うことで神経活動は維持される (Kawakami et al., 2001) と報告されている。したがって、歩行時に発揮される筋力は、in vitroで測定された筋収縮張力と比べ、HS群とHS + WB群およびHS + WBV群間の差が大きくなることが予測される。WBVはWBの廃用抑制効果に相乗的な作用を与えると予測したが、効果はいずれのパラメータに対してもWBと同程度であった。WBVは、伸張反射を介して筋収縮を誘発する (Ritzmann et al., 2010) が、筋紡錘の機能は後肢懸垂によって顕著に低下する (Zhao et al., 2010)。したがって、廃用筋においては反射性の収縮を十分に誘発することが出来なかったと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 WBやWBVは、複雑な動きを必要としないため比較的安全であり、虚弱高齢者や認知症患者にも適用しやすい。本研究の結果から、廃用期間中に短時間の間歇的WBやWBVを行うことで、筋機能や歩行能力をある程度維持できる可能性が示唆された。
  • 森本 陽介, 吉田 奈央, 近藤 康隆, 片岡 英樹, 坂本 淳哉, 神津 玲, 中野 治郎, 沖田 実
    p. Aa0899
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
    会議録・要旨集 フリー
    【はじめに、目的】 ステロイド剤を用いた治療は多くの疾患に行われるが、多様な副作用が問題となる。中でも、運動器の副作用であるステロイド筋症の発症は速筋線維優位の筋萎縮が生じ、その予防対策は理学療法における重要な課題である。先行研究では運動負荷による予防効果が報告されているが、臨床では原疾患そのものの特異的な病態や二次的な廃用症候群のために積極的な運動負荷が実施できないことが多く、運動負荷に変わる新たな方法の開発が求められている。そこで、我々は廃用性筋萎縮に対する治療効果が証明された温熱刺激に着目し、これまでのラットの実験モデルを用いた検索において、温熱刺激の曝露によってステロイド性筋萎縮の進行が抑制されること、また、そのメカニズムの一つにHeat shock protein(Hsp)72の発現が関与していることを明らかにしてきた。しかし、最近になってステロイド性筋萎縮を呈した骨格筋では、成長因子の一つであるInsulin-like growth factors(IGF)-1が減少するとともに、血管新生因子であるendothelial nitric oxide synthase(eNOS)が減少し、その結果として骨格筋内の毛細血管が減少する可能性があることが報告された。つまり、温熱刺激によるステロイド性筋萎縮の進行抑制効果のメカニズムにはHsp72の発現に加え、上記の要因に対する影響も十分に考えられる。そこで本研究では、骨格筋内のIGF-1含有量や毛細血管数を検索に追加し、これまでの結果と併せて、温熱刺激によるステロイド性筋萎縮の進行抑制効果のメカニズムを検討した。【方法】 実験動物には8週齢のWistar系雄性ラット32匹を用い、ランダムに生理食塩水を投与するControl群(C群、n=10)、ステロイド剤を投与するSteroid群(S群、n=10)、ステロイド剤投与と温熱刺激の曝露を行うSteroid & Heat群(SH群、n=12)に振り分け、実験期間は2週間とした。ステロイド剤には生理食塩水で希釈したリン酸デキサメタゾンナトリウムを用い、体重1kgあたり2mgの容量を週6回の頻度で傍脊柱に皮下注射し、C群に対しては同様に生理食塩水を皮下注射した。また、SH群に対する温熱刺激は42℃に設定した温水浴内に後肢を60分間浸漬する方法で行い、その頻度は3日に1回とした。各群の実験期間終了後は速筋線維主体の長指伸筋を採取し、試料は組織学・組織化学的検索および生化学的検索に供した。具体的には、前者の検索としてH&E染色による病理観察、ATPase染色により筋線維タイプの分別ならびにそれらの筋線維直径の計測(1筋あたり200本以上)、アルカリフォスファターゼ染色による毛細血管の可視化とその定量(筋線維1本あたりの毛細血管数の算出)を行い、後者の検索としてWestern blot法によるHsp72含有量の定量、ELISA法によるIGF-1含有量の定量を行った。統計処理には一元配置分散分析とその事後検定にBonferroni法を用い、危険率5%未満をもって有意差を判定した。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は長崎大学動物実験委員会で承認を受けた後,同委員会が定める動物実験指針に準じて実施した。【結果】 壊死線維や再生線維などの病理所見はすべての群で認められなかった。そして、タイプI・IIa線維の平均筋線維直径はC群とSH群に有意差は認められず、S群はこの2群より有意に低値を示した。また、タイプIIb線維の平均筋線維直径はC群に比べS群とSH群は有意に低値を示したが、SH群はS群より有意に高値を示した。同様に、筋線維一本当たりの毛細血管数もC群に比べS群とSH群は有意に低値を示したが、SH群はS群より有意に高値を示した。次に、Hsp72含有量はC群とS群に有意差は認められず、SH群はこの2群より有意に高値を示した。また、IGF-1含有量はC群に比べS群とSH群は有意に低値を示し、この2群間にも有意差は認められなかった。【考察】 今回のS群には、筋線維萎縮が発生するのみならず、IGF-1含有量や毛細血管数の減少が認められ、これらの変化は先行研究で報告されたステロイド性筋萎縮の病態を表しており、モデル作製は妥当であったと考えられる。一方、温熱刺激を曝露したSH群では筋線維萎縮の進行が抑制され、併せてHsp72の増加と毛細血管数の減少の抑制を認めたが、IGF-1含有量には変化はみられなかった。したがって、温熱刺激によるステロイド性筋萎縮の進行抑制効果のメカニズムには、IGF-1の動態は影響しておらず、Hsp72や血管系の変化が強く関与していると推察される。【理学療法学研究としての意義】 以前より温熱刺激がステロイド性筋萎縮の予防に効果があり、新たな治療方法になり得ることを報告してきたが、本研究を通じてそのメカニズムの一端が明らかになり、エビデンスに基づいた新たな治療方法の開発のためには本研究は不可欠であり、意義深いと考える。
  • 金澤 佑治, 前川 健一郎, 奥村 裕, 藤田 直人, 藤野 英己
    p. Aa0900
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 廃用によって生じる退行性変化の一つに骨格筋における毛細血管密度の減少がある.この廃用による骨格筋の退行性変化に対しては多角的な予防法が検討されている.本研究では,核酸と塩基性タンパク質(特にアルギニン)を多く含むヌクレオプロテイン(NP)に着目し,廃用性筋萎縮に伴う毛細血管の退行性変化に対する予防効果を検討した.NPの主成分の一つであるアルギニンは一酸化窒素合成酵素(NOS)の基質となり,血管拡張因子である一酸化窒素(NO)の生成に関与している.アルギニンを摂取して運動を実施すると,骨格筋における毛細血管密度が増加したと報告されている.本研究では,不活動期間中にNPを摂取すると廃用性筋萎縮に伴う毛細血管の退行性変化を予防できるとの仮説を立て,NPの摂取が萎縮筋の毛細血管へ及ぼす効果を検証した.【方法】 8週齢の雄性SDラット21匹をコントロール群(CO;n=7),後肢非荷重群(HU;n=7),後肢非荷重期間中にNPを摂取する群(HN;n=7)の3群に分けた.HN群には,1日当たり150mg/kgのNPを2回に分けて,2週間の実験期間中に毎日経口投与した.2週間の実験期間終了後,ペントバルビタールによる麻酔下でヒラメ筋を摘出し,ドライアイスで冷却したアセトン中で急速凍結した.得られた筋試料から10μm厚の横断切片を作製し,アルカリホスファターゼ染色,コハク酸脱水素酵素(SDH)染色,ミオシンATPase染色(pH4.3)を施した.光学顕微鏡で観察した組織所見を撮影し,画像解析ソフト(NIH-Image J Ver1.62)を用いて毛細血管/筋線維比,筋線維あたりのSDH活性,筋線維横断面積,筋線維タイプ構成比率を測定した.得られた結果は一元配置分散分析とTukey-Kramerの多重比較検定を行い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 全ての実験は所属施設における動物実験に関する指針に従い,動物実験委員会の許可を得た上で実施した.【結果】 毛細血管/筋線維比において,HU群はCO群と比較して有意に低値を示したが,HN群はHU群に比べて有意に高値を示した.HN群のタイプI線維のSDH活性は,CO群やHU群に比較して増加した.タイプIIA線維のSDH活性では,HU群はCO群に比べて有意に低値を示したが,HN群はHU群に比べて有意に高値を示し,CO群との間に有意差を認めなかった.HU群とHN群の体重,筋湿重量,筋線維横断面積はCO群と比較して有意に低値を示し,HU群とHN群の間には有意差を認めなかった.また,筋線維タイプの構成比率では,タイプIIA線維の占める割合がHU群とHN群ともにCO群に比べて有意に増加した. 【考察】 2週間の非荷重によって生じる骨格筋内の毛細血管密度の低下は,NPの摂取によって軽減できた. NP投与はタイプI線維とタイプIIA線維のSDH活性の低下を予防した.通常飼育下での動物を対象としたSuzukiの報告では,運動にアルギニン投与を組み合わせた場合,運動のみを実施するよりもヒラメ筋ではNOSの発現量と毛細血管/筋線維比が有意に増加している.NPにもアルギニンが多く含まれているため,NOSの発現を背景とした毛細血管における退行性変化の予防効果が予想される.一方,筋湿重量,筋線維横断面積,筋線維タイプ構成比率の結果から,筋萎縮や速筋化に対するNPによる予防効果は認めなかった.これらのことから,NPは毛細血管や酸化系酵素に特異的な効果を示し,廃用性筋萎縮が惹起されるような環境下で毛細血管の退行性変化と代謝の抑制を予防できることが明らかとなった.【理学療法学研究としての意義】 廃用性筋萎縮に伴う骨格筋における毛細血管密度の減少や,筋線維におけるSDH活性の低下のような退行性変化を予防することは,骨格筋への酸素供給や筋線維によるATP生合成にも影響を及ぼすことが予想され,早期回復の観点から意義があると考える.
  • ─軟骨全層欠損モデルを用いた病理組織学的検討─
    高橋 郁文, 細 正博, 松崎 太郎, 小島 聖, 渡邉 晶規, 北出 一平
    p. Aa0901
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 軟骨代謝において荷重をはじめとする力学的負荷は必要不可欠である.荷重が軟骨代謝に及ぼす影響については既に多くの報告がなされており,軟骨への力学的負荷は適切な負荷であれば軟骨代謝を亢進させるが,不足または過度であれば軟骨代謝は減少するとされている.また,荷重はサイトカインや成長因子を刺激し,滑液の循環を促すことで軟骨細胞の分化・増殖,基質の産生に影響を与えていると報告されていることから,軟骨修復にも重要な役割を果たしていると推測される.しかしながら,軟骨全層欠損モデルを用いて軟骨修復に対する荷重の影響を検討した研究は著者が検索した限りわずかしか見当たらない.以上から,本研究ではラット軟骨全層欠損モデルと後肢懸垂による非荷重環境を組み合わせることで荷重が軟骨修復に及ぼす影響を病理組織学的に検討した.【方法】 対象として9週齢のWistar系雄性ラット40匹を使用した.腹腔麻酔下にて左膝関節を最大屈曲位とし,剃毛後,膝関節前面を消毒した.皮切後,関節包を露出し,キルシュナー鋼線を用いて関節包上から深さ2.0mm,直径0.8mmの軟骨全層欠損を大腿骨内顆荷重部に作成した.穿孔後,穿孔部からの出血を確認し,皮膚を縫合した.実験動物は自由飼育を実施する荷重群と後肢懸垂を実施する非荷重群の2群に20匹ずつ分け,さらにそのそれぞれを10匹ずつ術後1週群,2週群に無作為に分類した.外科的処置後は,膝関節の固定と免荷や関節可動域練習は実施せず,ケージ内を自由に移動でき,水,餌を自由に摂取可能とした.飼育期間後,安楽死させ,左後肢を採取しホルマリンにて組織固定を行った.組織は脱灰した後,切り出しを行い,膝関節内側部断面標本を作製した.中和,パラフィン包埋後, 3μmに薄切し,ヘマトキシリン・エオジン染色を行い,光学顕微鏡下で穿孔部位を撮影し,画像をもとに修復組織及び軟骨の状態を観察した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は金沢大学動物実験委員会の承認を受けて行い(実験番号AP-112206),実験動物の飼育,実験および屠殺は金沢大学宝町地区動物実験指針に遵守して行った.【結果】 全対象において外科的処置後数時間で覚醒し,歩行を開始した.全実験期間を通じての死亡例はなく,肉眼的また病理組織学的にも感染はコントロールされており,実験終了時点で創は治癒状態であった.病理組織学的結果では,非荷重群の全対象において,大腿骨および脛骨の関節軟骨の菲薄化を認めたが,関節軟骨の表面への膜状構造物の侵入は認められなかった.軟骨損傷部位は両群とも術後1週,2週おいて,肉芽組織と無腐性壊死を伴う関節軟骨片によって修復されていたが,表面の不整は荷重群よりも非荷重群の方が軽度であった.【考察】 本研究の目的は,軟骨全層欠損モデルを使用して荷重が軟骨修復に及ぼす影響を明らかにすることであった.病理組織学的検討の結果において,非荷重群において関節軟骨の菲薄化が認められたことから後肢懸垂により関節軟骨に対する減負荷が生じていたと考えられた.軟骨損傷の修復においては両群ともに肉芽組織と無腐性壊死を伴う関節軟骨片によって修復されていたが,修復組織の表面の形状に差異が認められ,非荷重群においてより良好な修復が得られた.これは荷重群において修復組織が力学的負荷に対する十分な強度を得る前に,関節面に対して荷重が加えられたため,不整となってしまったと考えられた.このような現象はMosaicplastyに関連する研究においていくつか報告されており,同様の現象であると考えられた.これらのことから本研究にて得られた結果から,軟骨損傷後の早期荷重は修復組織に対する一定の危険性を伴う可能性が示唆された.今後は懸垂期間を延長することで,長期的な経過を検討するともに,免疫組織化学的検討など多面的に修復組織の検討を行っていく必要があると考える.【理学療法学研究としての意義】 現在,関節運動や荷重などの力学的負荷が軟骨代謝に及ぼす影響はIn vivo, In vitro共に幅広く研究されているが,軟骨修復に対する力学的負荷の影響は十分に解明されているとは言い難い.この分野の研究が発展することで軟骨損傷後における荷重の開始時期や,早期荷重のメリット・デメリットが明らかになると考えられ,エビデンスに基づいた理学療法を展開できるようになると考えられる.
  • 柴山 靖, 小出 益徳, 梶栗 潤子, 伊藤 猛雄
    p. Aa0902
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 円滑な運動を行うためには、その運動に関与する個々の骨格筋のエネルギー代謝のバランスを考慮した調節機序が必要である。骨格筋の供給動脈には交感神経が密に分布しており、中枢神経はその興奮性を調節することにより個々の骨格筋のエネルギー代謝のバランスを調節している。また、シェアーストレスや内皮細胞刺激物質は内皮細胞から種々の弛緩因子を遊離することにより、血管トーヌスを調節している。しかしながら、骨格筋供給動脈の収縮調節機序の詳細は不明である。我々は、ラット後肢の赤筋と白筋の供給動脈における内皮依存性弛緩反応の弛緩機序の相違について明らかにした。研究に使用する動脈は、ヒラメ筋(赤筋)に血流を供給する腓腹動脈と長趾伸筋(白筋)に供給する前脛骨動脈とした。【方法】 10週齢のWister系雄ラットを使用した。実体顕微鏡下にて、腓腹動脈と前脛骨動脈を採取した。摘出血管を縦切開後、輪状切片標本を作成し、張力歪計にセットした。溶液は灌流にて投与した。交感神経機能を消失させるため、グアネチジン(5 µM)を1時間投与した。まず、高カリウム溶液(128 mM)による収縮を得た(最大収縮反応を得るため)。次に、α1アドレナリン受容体作動薬フェニレフリン (10 µM)による収縮発生中にアセチルコリンを投与し、アセチルコリンによる弛緩反応を得た。さらに、標本を一酸化窒素(NO)合成酵素阻害薬であるL-NG-ニトロアルギニン(L-NNA:0.1mM)で1時間処理し、L-NNA存在下でアセチルコリンによる弛緩反応を観察した。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は名古屋市立大学動物実験倫理委員会の規定に従って行った。【結果】 高カリウム溶液による収縮の大きさは、腓腹動脈と前脛骨動脈で同じであった。L-NNA は高カリウム-収縮を両動脈で同程度に増加した。フェニレフリンによる収縮の大きさは、腓腹動脈と前脛骨動脈で同じであった。L-NNA はフェニレフリン-収縮を両動脈でともに増大させたが、その増加は前脛骨動脈>腓腹動脈であった。アセチルコリンは両動脈でフェニレフリン-収縮を抑制したが、その強さは腓腹動脈>前脛骨動脈であった。前脛骨動脈でのアセチルコリン-弛緩反応はL-NNAによって抑制されたが、腓腹動脈でのアセチルコリン-弛緩反応はL-NNAによって抑制されなかった。【考察】 安静時の血流は赤筋>白筋である。一方、運動時、赤筋の血流はそれほど増加しないが白筋の血流は著しく増加する(Williams and Segal, 1993)。このことより、骨格筋のエネルギー代謝はその血流調節と密接に関連している可能性がある。アセチルコリンやブラジキニンやシェアーストレス刺激は、内皮細胞の細胞内Ca2+濃度を上昇させ、NO合成酵素(eNOS)を活性化することによってL-アルギニンからNOを生成させ、血管を弛緩させる。また、これらの刺激は、内皮細胞から内皮依存性膜過分極因子(EDHF)やプロスタサイクリンを遊離させることによっても血管を弛緩させる。L-NNAはeNOS阻害により、NO生成を抑制し、アセチルコリンによる内皮依存性弛緩反応を抑制する。本研究で、L-NNAは前脛骨動脈でのフェニレフリン収縮を増大させるとともに、アセチルコリン-弛緩反応を抑制した。一方、ラット腓腹動脈で、L-NNAはフェニレフリン収縮をわずかにのみ増加させ、アセチルコリン-弛緩反応に影響を与えなかった。このことから、(i) 前脛骨動脈では、内皮細胞由来NOが交感神経興奮による収縮を抑制している、また、(ii)腓腹動脈では、NO以外の内皮由来弛緩因子がアセチルコリンによる弛緩反応に関係している、さらに、(iii) 運動時の血流増加(ずり応力の増加)は、白筋供給動脈における内皮細胞でのNO生成増加により血流を増加させる、可能性が明らかとなった。以上の結果より、骨格筋の供給動脈の内皮依存性弛緩反応は赤筋と白筋で異なっていることが明らかとなった。今後、これらの調節機序をさらに明らかにするとともに、病的状態における骨格筋供給動脈の機能変化とその発生機序に関する検討、さらに、骨格筋供給動脈の機能変化に対する運動療法の効果などに関する検討を進めていく。【理学療法学研究としての意義】 より効果的な運動療法を考えていく上で、骨格筋のエネルギー代謝調節に密接に関連する骨格筋供給動脈の内皮依存性調節機序を明らかにすることは重要である。
  • 堀 紀代美, 林 功栄, 鈴木 重行, 易 勤, 山口 豪, 尾崎 紀之
    p. Aa0903
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 閉塞性動脈硬化症などの末梢性動脈閉塞症(peripheral artery disease: PAD)は軽症期には手足の冷感や一定の距離の歩行で下肢の筋に痛みが出現する間歇性跛行が症状として最も多く、進行すると安静時にも疼痛が起こり、QOL(Quality of Life)やADL(activities of daily life)の低下をもたらし、大きな問題となっている。臨床においてPADには理学療法の有効性が認められ、ガイドラインにおいても監視下運動療法が推奨されているが、間歇性跛行や安静時疼痛などの痛みの発生は理学療法を実施する上で大きな支障となることが多い。しかしながら、このような虚血性疼痛の発生および維持機構は基礎的にも臨床的にもほとんど研究が進んでいない。本研究ではPAD で見られる虚血性疼痛の分子メカニズムを明らかにするため、モデルラットを作製し、その病態ならびに下肢の虚血に起因する筋の痛覚過敏に関与するイオンチャネルを検索した。【方法】 ラットの左総腸骨動脈および左腸腰動脈を結紮することで下肢の血流を阻害したPADモデルラットを作成する。対照群では動脈の露出のみ行う。このモデルラットにおいて、下腿の皮膚血流量の測定、足部の皮膚温の測定、熱刺激および機械刺激による皮膚の疼痛行動の評価、機械刺激に対する筋の疼痛行動の評価、および歩行能力テストによる間歇性跛行の評価を行った。また、動脈結紮による組織の壊死および再生の有無を確認するため、ラットの下腿の皮膚や腓腹筋の組織学的検討を行った。さらにPADモデルラットで見られた痛覚過敏に、疼痛への関与が報告されているイオンチャネルのTRPV1、P2X3,2/3、ASICsの拮抗薬を使用した行動薬理学的検討も加えた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、国際疼痛学会の倫理委員会が定めたガイドライン(Zimmermann 1983)および金沢大学動物実験規定に準拠し、金沢大学動物実験委員会の承認のもとに実施した。【結果】 PAD群では動脈結紮処置後の行動評価より、皮膚の機械的痛覚過敏は1週まで、筋の機械的痛覚過敏は3週まで認められ、間歇性跛行は12週まで続いた。また、皮膚血流の減少が6週まで、皮膚温の低下が4週まで認められた。組織学評価より、処置後4日では筋の壊死像が観察された。疼痛行動評価で筋の痛覚過敏のみ認められる2週目(14日)の行動薬理学評価より、筋の痛覚過敏に対し、TRPV1拮抗薬は効果を示さなかったが、P2X3,2/3ならびにASICs拮抗薬は筋の痛覚過敏を抑制した。【考察】 PADモデルラットは慢性的な筋の痛覚過敏と間歇性跛行を呈し、PADの痛みのメカニズムの解明に有用である。下肢の血流阻害による筋の痛覚過敏には、P2X3,2/3、ASICsの関与が示唆され、PADにおける虚血性の筋の疼痛の発現に重要と思われた。【理学療法学研究としての意義】 本研究は,PADの慢性虚血性筋痛のモデル動物を確立したものと考えられる。このモデル動物を用いたPADによる慢性虚血性筋痛のメカニズムを明らかにする取り組みは、臨床現場でPADの運動療法を行う理学療法士にとって、病態の把握や評価、現行の理学療法の適切な処方・実践に繋がり、さらに本モデルを用いた新たな理学療法の開発も期待できる意義深い研究であると考える。
  • 小澤 淳也, 金口 瑛典, 田中 亮, 木藤 伸宏, 森山 英樹
    p. Aa0904
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 不動や麻痺が生じた関節では、軟骨細胞数や軟骨基質の減少、菲薄化といった退行性変化が生じる。一方、関節への機械的負荷の蓄積もまた軟骨を変性させ、変形性関節症 (以下:OA)を誘導すると考えられている。そのため、関節軟骨の維持には適度な機械的刺激が重要であることが示唆される。関節への機械的刺激を制御する因子の一つに下肢筋力がある。膝伸展筋力の低下は、単に動作能力に悪影響を与えるだけでなく、膝OAの発症・進行に関与することが示唆されている。原因として、膝伸展筋力低下による膝関節安定性低下や、歩行時の床反力に対する衝撃緩衝能低下により、膝関節への機械的刺激が増加することが予想される。膝関節と同様、足関節も床反力に対する衝撃緩衝機能を持つ。特に底屈筋は、膝関節屈伸時の回旋運動にも作用することから、足底屈筋力低下は膝関節の力学的負荷を増大させ、膝関節を不安定化させると推測される。しかし、足関節筋力が関節軟骨に及ぼす影響については不明である。そこで今回、1) 低強度の走行運動が関節軟骨の代謝に及ぼす影響、2) 足関節底屈筋力が低下した状態での走行運動が関節軟骨代謝に与える影響について、血清軟骨代謝マーカーを測定して調査した。【方法】 13週齢雄性Wistar rat (合計35匹) を使用した。ラットを無処置群、走行1、3、6週群、BTX+走行1、3、6週群(各群5匹) に分けた。走行は、12 m/minの速度で合計60分のトレッドミル走行を5日/週行った。BTX+走行群のラットには、右腓腹筋に体重2 U/kgのbotulinum toxin type A (BTX) を注射し、足関節底屈筋力を低下させた。注射後3日より、走行群と同様の条件で走行を行った。走行後に大腿直筋と腓腹筋を採取し、筋湿重量を測定した。血液も同時に採取し、type II collagen分解の指標であるtype II collagen cleavage (CIIC)、type II collagen合成の指標であるtype II collagen C-propeptide (CPII)、軟骨基質の主要な成分であるアグリカンの合成の指標であるaggrecan chondroitin sulfate 846 epitope (CS846) の血清中濃度をELISA法にて測定した。統計処理にはDr SPSS for Windowsを使用し、一元配置及び二元配置分散分析と多重比較を用いて検定した。統計学的有意水準は全て5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、広島国際大学動物実験委員会の承認を得て行った。【結果】 腓腹筋の筋湿重量/体重(重量比)は、BTX+走行1、3、6週群で対照群に対しそれぞれ90、61、43%といずれも有意に減少した。大腿直筋重量比は、走行3、6週群で対照群に対し、それぞれ113および110% と有意に増加したが、BTX+走行群ではいずれも有意差は認められなかった。対照群と走行1、3、6週群、および対照群とBTX+走行1、3、6週群における一元配置分散分析では、CIIC、CPII、CS846濃度にいずれも有意差は認められなかった。Type II collagenの合成/分解比を示すCPII/CIIC比は、走行群では走行距離依存的に増加し、走行6週群で対照群の150%と増加を示した(P < 0.05)。BTX+走行群では、走行1週で対照群の148%と増加傾向がみられたが (P = 0.059)、その後は135% (3週)、107% (6週) に減少した。二元配置分散分析による走行群とBTX群との比較では、CIIC、CPII/CIIC比で走行期間とBTXの有無による有意な交互作用 (相殺効果) が認められ、その後の多重比較で走行6週においてBTXの有無の単純主効果が有意であった。【考察】 走行運動を行ったにも関わらず、BTX投与6週後においても腓腹筋重量比は有意な減少を示したことから、筋力低下が全実験期間中に生じていたことが推測された。血清軟骨代謝マーカーの結果から、低強度の走行運動は軟骨基質の合成を促進させることが示唆された。一方、底屈筋力低下が生じたラットでは、走行に伴う軟骨合成を一過性に促進させるものの、その後は促進効果が減退した。これは、底屈筋力低下により歩容が変化し、走行時の床反力の緩衝作用が減少したことで、足・膝関節に懸かるメカニカルストレスが過剰となり、足、膝関節の軟骨代謝が異化に傾いた結果と考えられた。足関節底屈筋力低下は走行運動による軟骨同化作用を抑制することから、歩行や走行運動を行う際には、足関節筋力強化や歩容改善を行う必要がある。【理学療法学研究としての意義】 継続的な歩行や走行運動は軟骨分解を抑制させるため、軟骨保護作用の可能性がある一方、下肢筋力が低下した患者では長期的には効果は期待できない。本研究は、関節軟骨保護を目的とした運動療法の治療プログラム開発に有用なデータとなる。
  • 北出 一平, 細 正博, 松崎 太郎, 上條 明生, 荒木 督隆, 高橋 郁文
    p. Aa0905
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに】 関節の不動にはギプス固定などにおける機械的刺激の欠如によるものの他に、脊髄損傷などの麻痺における不動が存在する。我々の先行研究において、脊髄損傷2週後の膝関節の病理組織変化を観察した結果、滑膜様組織の増生、小型リンパ球の浸潤、関節軟骨表面において紡錘型細胞による膜状組織の増生、脂肪細胞の萎縮を認めたことを報告している。また、損傷時より弛緩性麻痺を呈していた後肢が、脊髄損傷2週時において痙性もしくは反射様の動作が後肢全体に認められていた。関節構成体以外の所見としては、ギプス固定後の坐骨神経周囲の変化の報告がなされており、神経束と神経周膜の密着、神経周膜の肥厚が出現したと報告されている。今回、ラット脊髄損傷2週後における坐骨神経周囲組織の変化について検討した。【方法】 実験動物は9週齢のWistar系雌ラット6匹を使用した。無作為に選んだ3匹のラットに対して、椎弓切除後にT8-9胸椎レベルを完全に離断し、次いで筋および皮膚を各々縫合し、脊髄損傷モデルを作成した。また、残りの3匹を対照群とした。脊髄損傷ラットに対しては、手圧排尿/排泄を毎日2回行った。また、全てのラットの飼育中には行動に制限を加えず自由に移動、摂食、飲水を可能とした環境設定とし、後肢関節の可動域を変化させるような介入は加えない事とした。2週間の飼育終了後、実験動物を深麻酔後、可及的速やかに両側の後肢を股関節から離断し、皮膚を剥離して標本として採取した。採取後は10%中性緩衝ホルマリン溶液にて組織固定を行い、Plank Rychlo液にて脱灰操作を行った。その後、標本を大腿部の中間部にて大腿骨長軸を垂直に切断し、大腿部断面標本を採取した。次いで5%無水硫酸ナトリウム液にて中和操作を行い、脱脂および脱水操作後にパラフィン包埋を行った。標本を滑走式ミクロトームにて3μmにて薄切した後に、ヘマトキシリン・エオジン染色を行い、光学顕微鏡下で坐骨神経周囲の観察を行った。脊髄損傷後2週の脊髄損傷群と同週齢の対照群の観察肢は、各3匹6肢とした【倫理的配慮】 本実験は、金沢大学動物実験委員会の承認を得て行われた。なお、飼育方法に関しては金沢大学宝町地区動物実験指針に基づいて行われた。【結果】 対照群では、坐骨神経内の神経束は神経周膜と遊離しており、神経束と神経周膜の間に空間を認めた。また、神経周膜そのものも同心円状の多層構造を示していた。これに対して脊髄損傷群では神経束と神経周膜最内層の密着が観察された(6肢中6肢)が、同心円状に配置する神経周膜間には、密着傾向を示す例(6肢中3肢)とそうでない例(6肢中3肢)が見られた。【考察】 不動における関節可動域制限を筋性、結合組織性、関節性、神経性および皮膚性と分類されている。また、関節の可動性低下の初期症状は筋性が主であり、不動期間の長期化により他の要素が複合的に合併されると報告されている。ギプスによるラット膝関節固定2週後の坐骨神経周囲を観察した先行研究にて、坐骨神経周囲の神経束と神経周膜の密着および神経周膜の肥厚を認めたとしている。今回のラット脊髄損傷モデルにおける不動後肢の坐骨神経周囲では、ギプス固定モデルと相違し、神経束と神経周囲最内層の密着は観察されたが、神経周膜間の密着傾向は軽度にとどまり、同心円状の配置がある程度維持された結果であった。脊髄損傷後の後肢動作の変化として、刺激を与えた際に生じる”kick movement”が、およそ損傷2週時から生じると報告されている。我々の先行研究においても、損傷時より弛緩性麻痺を生じていた後肢は、損傷2週から痙性もしくは反射様の動作を観察したと報告している。これらのことより、ギプスなどの強制された固定での病理組織変化とは異なった要因として損傷2週時から確認される後肢の不随運動などが関与している可能性が考えられる。また、今回の正常ラットでは神経束と神経周膜間に空間を認めていたが、この空間に関する報告は我々が検索した限り見当たらず、標本作成過程における人工像である可能性が高い。しかしながら、今回の脊髄損傷モデルにおいてこの人工像が出現しないという結果は、神経束と神経周膜の密着、ひいては神経束周囲の柔軟性や滑走性の低下などといった神経性の関節可動域制限を引き起こしている可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 ラット脊髄損傷モデルの坐骨神経周囲は、神経束と神経周膜内側部の密着を認め、神経束の柔軟性や滑走性の低下を引き起こしている可能性が考えられた。また、神経周膜間の密着の程度は様々であり、後肢の痙性や反射様の不随運動に関与している可能性が示唆された。
  • 長谷 紀志, 岩田 全広, 土田 和可子, 鈴木 重行
    p. Aa0906
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【目的】 筋力増強は,長期臥床や神経疾患あるいは骨関節疾患により生じた筋力低下を改善し,運動機能を向上させる。筋力は筋断面積と相関する(Narici G, et al., 1992.)ことから,筋力増強は筋断面積の増大つまり筋肥大に寄与するところが大きいと言われている。骨格筋線維(筋細胞)は過負荷やストレッチなどの機械的ストレスの増大に応答して肥大する。筋細胞が機械的ストレスに応答し,その効果が発揮されるためには,(1)機械的ストレスの受容,(2)化学的シグナルへの変換,(3)シグナル伝達,という3段階の過程を経る必要がある。機械的ストレスによる筋肥大に関わるシグナル伝達((3))については盛んに研究が進められているが,機械的ストレスの受容((1))や化学的シグナルへの変換((2))についてはほとんど解明されていないのが現状である。この点について,筋以外の細胞では,細胞表面接着分子の一種であるインテグリンが機械的ストレスを最初に受容するメカノセンサーとして働くことが提唱されている(Schwartz MA, et al., 2010.)。したがって,筋細胞においても,インテグリンを介して機械的ストレスが受容される可能性がある。そこで本研究では,機械的ストレスによって誘導される骨格筋肥大が,インテグリンを介して引き起こされるかどうかを検討した。【方法】 実験材料には,マウス骨格筋由来の筋芽細胞株(C2C12)を使用した。I型コラーゲンをコーティングしたシリコンチャンバー内に筋芽細胞を播種し,増殖培地にて2日間培養しサブコンフルエント状態にまで増殖させたところで,分化培地に交換して筋管細胞に分化させた。その後,Ara-C(10μM)を培地に添加して3日間培養することで残存する筋芽細胞を除去した後,実験を行った。実験群としては,通常培養した対照群,ストレッチ(頻度1/6 Hz,伸張率112%)を行った群(S群),インテグリンβ1/β3阻害薬(echistatin,25 nM)を培地に添加した群(E群),echistatinを培地に添加してストレッチを行った群(E+S群)の4群を設けた。筋肥大の評価は,Stittら(2004)の報告を参考に以下に示す方法で筋管細胞の横経を計測した。ストレッチ開始から72時間後に筋管細胞の位相差顕微鏡像をデジタルカメラで撮影し,PCに取り込んだ。そして,Adobe Photoshop CS5を用い,1本の筋管細胞につき50μm等間隔で計3箇所の横径を計測し,その平均値(mean±SD)を算出した。なお,計測に用いた筋管細胞は,細胞のアウトラインが明瞭で形が管状であるものとし,計測した細胞数は各群とも100本以上であった。統計処理には,一元配置分散分析を適用し,各群間において有意差が存在するかどうかを判定した。一元配置分散分析にて有意差を認めた場合は,多重比較検定にTukey法を適用し,2群間に有意差が存在するかどうかを判定した。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮】 本研究で使用した細胞は,市販されているものであり倫理的問題はない。【結果】 S群の筋管細胞の横径(19.6±10.8μm,n=113)は,対照群(14.7±5.4μm,n=119)に比べ有意に増大したが,E+S群(16.5±6.6μm,n=111)ではその増大が有意に抑制された。E群(15.7±6.9μm,n=123)の筋管細胞の横径は,対照群に比べ有意差は認められなかった。【考察】 ストレッチにより筋管細胞が肥大し,その肥大はインテグリンβ1/β3阻害薬であるechistatinにより抑制されたことから,本研究において観察された機械的ストレスによる筋肥大はインテグリンβ1またはβ3を介して引き起こされたと考えられた。この点について先行研究を渉猟すると,Kaufmanらの研究グループは遺伝子工学的手法を用いてインテグリンα7トランスジェニックマウス(α7BX2-mdx/)utr/マウス)を作製したところ,α7BX2-mdx/)utr/マウスの骨格筋では野生型マウスと比べインテグリンα7β1の発現が増加する(2001)とともに,機械的ストレスによる筋肥大効果も増大することを報告している(2011)。これらの報告と本研究結果を加味すると,機械的ストレスによって誘導される筋肥大はインテグリンα7β1を介して引き起こされるものと推察されるが,詳細については不明であり今後の検討課題である。【理学療法学研究としての意義】 機械的ストレスによる骨格筋肥大に関わる分子メカニズムが解明されることは,理学療法士が日常的に行っているリハビリテーション手技の科学的根拠の確立につながるとともに,筋萎縮の予防や回復促進をもたらす効果的かつ効率的な筋力増強法の早期開発を可能にするものと考えている。
  • 中島 宏樹, 石田 章真, 玉越 敬悟, 嶋田 悠, 石田 和人
    p. Aa0907
    発行日: 2012年
    公開日: 2012/08/10
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    【はじめに、目的】 日常生活での慢性ストレスは、うつ病の重要な危険因子であり、うつ病などの精神神経疾患は世界疾病負担の原因のうち約14%を占め大きな問題となっている。慢性ストレスがうつ病の原因となる機序のひとつに、視床下部-下垂体-副腎皮質 (HPA) 系の亢進によるコルチコステロンの過分泌が関与している。長期にわたるコルチコステロンの暴露は、神経系に可塑的変化をもたらし、うつ病の発症や進行に関連すると考えられている。一方、運動習慣はうつ病発症の予防効果を有することが報告されているが、その機序については不明な点が多く、運動による神経系の形態変化を調べた報告はない。本研究では、慢性拘束ストレス(CRS)負荷による抑うつモデルラットを用いて慢性ストレス環境でのトレッドミル運動が抑うつ発症と前頭前野や海馬の樹状突起に及ぼす影響を検討した。【方法】 実験動物には6週齢の雄性SDラットを使用し、CRSを負荷する群(CRS群)、CRS負荷とトレッドミル運動を行う群(CRS+Ex群)、最小限の処置のみ行う群(Con群)に振り分けた。拘束ストレスには、内径5 cm、長さ20 cmの透明な円筒を使用し、CRS群およびCRS+Ex群には1日3時間、21日間連続でこの円筒内に閉じ込める拘束ストレスを負荷した。また、CRS+Ex群はCRS負荷の直後に1日30分、21日間のトレッドミル運動を行わせ、速度は5 m/分(5分間)、8 m/分(5分間)、11 m/分(20分間)とした。抑うつ行動評価にはスクロース消費テスト(SCT)を週1回、強制水泳テスト(FST)をCRS負荷終了後に行った。SCTは4%スクロース溶液と水を3時間同時に与え総消費量に対するスクロース消費率を算出した。FSTは、ラットをプール(水温:25±1 ℃)内に5分間放置し、immobility timeを測定した。また脱血時に副腎を採取しその重量を体重比で算出した。脱血後、脳組織を取り出し、左半球はGolgi-Cox染色に、右半球は抗MAP2抗体(樹状突起マーカー)による免疫組織化学的染色に用いた。Golgi-Cox染色後、前頭前野Anterior cingulate(AC)、Prelimbic(PL)、Infralimbic(IL)領域の第II、III層錐体細胞と海馬歯状回顆粒細胞層およびCA3、CA1領域の錐体細胞を領域毎にSholl’s analysisにより解析した。MAP2の免疫染色像も同領域別にImage Jにより染色性の解析を行った。また、別の脳組織を用いて前頭前野および海馬におけるMAP2のウェスタンブロット法による蛋白量の定量化を行った。【説明と同意】 本実験は、名古屋大学医学部保健学科動物実験委員会の承認のもとで行った(承認番号:022-032)。【結果】 SCTでは、CRS群のスクロース消費率がCRS負荷開始7日目以降Con群より低く、14日目以降CRS+Ex群よりも低値を示した( p <0.05)。FSTにおいてはCon群に比較し、CRS群はimmobility timeが有意に長かった( p <0.05)。副腎重量体重比はCRS群が他の2群に比べ有意に高かった( p <0.05)。また、組織学的評価ではSholl’s analysisの結果、海馬歯状回領域における樹状突起長はCRS群が他の2群に比べ有意に短かった( p <0.05)。MAP2の光学濃度は、前頭前野PL、IL領域および海馬歯状回領域においてCRS群が他の2群と比較し有意に低値を示した( p <0.05)。ウェスタンブロット法では、CRS群の前頭前野におけるMAP2の蛋白量が他の2群に比べ有意に低値を示した( p <0.05)。一方、海馬領域のMAP2蛋白量は群間に有意差はみられなかった。【考察】 CRS群はSCT、FSTでの結果から抑うつ症状がみられ、CRS+Ex群では、運動による抗うつ効果が示された。CRS負荷によりHPA系が亢進し副腎皮質が肥大したものと考えられる。コルチコステロン受容体(GR)は前頭前野や海馬に豊富に存在し、HPA系の制御に重要な役割を果たす。また、HPA系の亢進に伴うコルチコステロン‐GR複合体がCREBでのリン酸化を阻害しBDNF mRNAの転写を抑制することが報告されている。このような機序により、前頭前野や海馬歯状回領域での樹状突起退縮が生じ、抑うつ症状がみられたと推察される。それに対し、CRS+Ex群では拘束ストレス負荷後に運動を行うことで、HPA系の亢進を抑制した結果、特に前頭前野での樹状突起退縮が抑えられたと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 慢性ストレス環境での運動が抑うつ症状、組織に及ぼす影響を検討することで、新たな知見を得るとともにより効果的な運動条件を検討する手段となる。
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