脳腱黄色腫症(cerebrotendinous xanthomatosis; CTX)は常染色体劣性遺伝形式を示す先天性代謝性疾患である.CYP27A1遺伝子異常によってミトコンドリア27-水酸化酵素の機能不全をきたし,コレスタノールが組織に蓄積する.CYP27A1遺伝子の変異は,ミスセンス変異,ナンセンス変異,欠失変異,挿入変異,スプライス変異など多岐にわたりこれまで50種類以上の変異が報告されている.CTXの臨床症状は,新生児期黄疸・胆汁うっ滞,難治性下痢,若年性白内障,腱黄色腫,骨粗鬆症,心血管病変などの全身症状と進行性の精神・神経症状からなるが,症状の組み合わせは症例毎に差異が大きい.精神・神経症状として,精神発達遅滞・認知症,精神症状,錐体路徴候,小脳失調,進行性の脊髄症,末梢神経障害,錐体外路徴候,てんかんなどが挙げられる.病初期からのケノデオキシコール酸の補充療法が症状の改善・症状発現の予防となることが報告されている.しかし,重度の精神・神経症状をきたした症例では治療効果は限定的であり,治療によっても症状の進行が認められるため,早期診断が極めて重要になる.
2016年4月に起きた熊本地震は,地域住民の生活環境を破壊しただけでなく,医療環境や神経筋疾患患者の病状にも大きな影響を与えた.県内唯一の医学部附属病院である熊本大学の神経内科における地震後の神経筋疾患患者の緊急入院数は,例年の約2倍であった.県内の神経内科の施設においては,建物の損壊により,主に入院診療に支障が出たものの,全体としては十分な受け入れが可能であった.しかし,緊急時の連絡方法や難病患者の受け入れ先確保,患者への情報提供が不十分であったことなどに課題が残った.
われわれは重症筋無力症(myasthenia gravis; MG)と心疾患の合併について検討するため,MG患者53例の入院時心電図所見を解析した.33例(62.2%)に心電図異常を認め,異常所見としては早期再分極が最も多くみられた.早期再分極の頻度は健常者の有病率と比較して高い傾向が認められた.本研究から,MG患者における心電図異常の頻度は高いことが示され,高齢MGの増加も要因の一つと考えられるが,非高齢者でも重篤な心疾患を合併する場合があり,原疾患および喫煙との関連が推察された.また早期再分極の頻度が高く,今後MGにまれに伴う突然死との関連の検討が必要であると考えられた.
Card placing test(CPT)は我々が開発した新しい視空間・方向感覚検査である.被験者は3 × 3格子の中央に立ち,周囲の格子に置かれた3種類の図形カードの位置を記憶し,自己身体回転なし(CPT-A)または回転後(CPT-B)にカードを再配置する.自己中心的地誌的見当識障害患者ではCPT-AとCPT-Bのいずれも低得点,道順障害患者ではCPT-A得点は正常範囲でCPT-Bが低得点であった.自己中心的地誌的見当識障害患者では自己中心的空間表象そのものに障害があり,道順障害患者では自己中心的空間表象と自己身体方向変化の情報統合に障害があると考えられた.
症例は64歳男性.強直性痙攣,異常行動で発症した.頭部MRIにて一部出血を伴う散在性の大脳白質病変をみとめ,急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis; ADEM)と診断しステロイド療法を施行したところ,病変は消失した.ステロイド投与の減量に伴い新規病変の再発を繰り返し,脳生検では浮腫性変化,血管周囲の炎症細胞浸潤,高度の脱髄変化を伴っていた.成人発症のmultiphasic disseminated encephalomyelitis(MDEM)は多発性硬化症(multiple sclerosis; MS)をはじめとする他の自己免疫性中枢疾患との鑑別が困難であり病理学検討と共に報告する.
症例は61歳,女性.会話がかみ合わなくなり,家族とともに来院した.痙攣や意識消失はなかったが,脳波で左前頭側頭部に発作時てんかん波を,脳血流シンチグラフィーで左側頭葉の血流増加を認めた.以上より左中大脳動脈領域の陳旧性脳梗塞を焦点とした非痙攣性てんかん重積状態と診断した.入院時12誘導心電図では認めなかった陰性T波が第3病日に出現し,経胸壁心臓超音波では左室心尖部を中心に無収縮領域を認めた.冠動脈造影検査で冠動脈狭窄所見がなかったことより,たこつぼ型心筋症と診断した.非痙攣性てんかん重積状態にたこつぼ型心筋症を合併した報告はほとんどなく,貴重な症例と考えられたため報告する.
症例は35歳男性.半年前に全般性痙攣発作を伴う意識消失にて救急搬送されBrugada症候群の疑いを指摘された.意識消失発作にて当科へ緊急受診した.診察中に共同偏視・左上肢の間代痙攣が生じ全身性強直発作へ移行し,約1分で回復した.脳波検査中に,発作性心室細動から心肺停止となり,除細動で洞調律に回復した後に痙攣重積となった.Brugada症候群と診断し,除細動器埋め込み術を施行.以後は抗てんかん薬を中止しているが発作の再発はみていない.Brugada症候群は心室性不整脈と突然死をきたす遺伝性心疾患であり,痙攣発作の診療においてはてんかんまたは不整脈の可能性の両者を念頭に置くことが重要である.
症例は79歳女性.高CK血症・四肢近位筋の筋力低下・筋把握痛が出現し,当科に入院した.四肢筋MRIでは両側大腿筋に炎症性変化を認め,同部位の筋生検では筋線維の大小不同と壊死再生線維を認めた.抗体結果と合わせ,抗signal recognition particle(SRP)抗体陽性ミオパチーと診断した.本例では,入院時より心囊液貯留を認め心囊ドレナージを要した.心囊液は滲出性であり心膜炎によるものと考えられた.また病勢の悪化に伴い,心電図前胸部誘導における陰性T波や心室性期外収縮・非持続性心室頻拍が出現した.これらの異常は,病勢の軽快とともに改善したことから,抗SRP抗体陽性ミオパチーに伴う心膜心筋炎と考えられた.
日本では神経内科医は不足していると言われている.しかし神経内科医の需要と供給についての解析は少ない.そこで日本神経学会卒前・初期臨床研修教育小委員会は,全国の医学部を持つ大学の神経内科講座ならびに神経学会教育施設の責任者に対して,神経内科入局(神経学会入会)推進に関するアンケート調査を行った.全国に80ある医学部を持つ大学からの回答率は77.5%,教育施設からの回答率は42.4%であった.回答があった大学の新入局は平均2.2人であったが,各大学が必要と考える新入局者数は4人超であった.神経内科への入局が増えない理由と対策についても意見を募ったので,その回答結果を分析し報告した.
第218回日本神経学会関東・甲信越地方会抄録
2016年9月3日(土)開催
第215回日本神経学会九州地方会抄録
2016年9月10日(土)開催
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