咀嚼機能状態の評価における基礎的データを得るため, 健常有歯顎者11名 (年齢24-29歳 : 平均27.0歳) について咀嚼時の口腔の運動経路と発色ガムによる咀嚼能率との対比を試みた.反射性標点を被検者の顔面上のモダイオラス部, オトガイおよび切歯点として下顎前歯正中部よりワイヤーを口腔外へ延長し, 口唇の前方約20mmに付着した.被検者に, 新たに開発された発色ガムを咀嚼させ, その赤色度の増加の度合を咀嚼能力の指標とした.発色ガムを咀噛中の被検者の顔面標点を6方向から6台のVideo cameraからなるモーションキャプチャーシステムを用いて記録した.各20回咀嚼後ごとにガムを色彩色差計 (CR-300, Minolta社製) で測色し, 赤色の程度, すなわちa*値を記録した.さらに同一のガムを20ストローク咀嚼させた後に再びa*値の測定を行い, この操作を続けて5回繰り返し, 計100ストローク, 5段階を記録した.得られたVideo DataをVicon 370 Workstationへ転送し, 3次元運動解析ソフトウェアに導入して以下の区間について運動経路の解析を行った.第1期 (1F) : 第1段階の咀嚼開始後の8秒間.第2期 (1L) : 第1段階終了直前の8秒間.以下, 各段階の終了直前の8秒間内のサイクル (2L-5L).サイクル単位および, 閉口相, 噛みしめ相, 開口相に分けて, 以下のパラメーターについて計測した. (1) 計測区分開始点から終了点までの空間的移動距離累計 (TL). (2) 計測区分開始点と終了点との2点間直線距離 (SL). (3) TLとSLの距離の比率 (T/S). (4) 経路を含む直方体の体積 (立体移動範囲 : Cub). (5) 各計測時点における経路の進行方向に対する3次元的な変更角度の平均 (TH).以下の結果が得られた.1サイクルの所要時間は, a*値の増加に反比例して減少したが, 特に閉口相の速度が増加している.切歯点とオトガイの各パラメータの咀嚼の進行に伴う推移は類似しているが, TL, SL, Vでは, オトガイは切歯点よりサイクル単位と閉口相, 開口相は全体に小さいが, 逆に噛みしめ相では大きい.モダイオラスの咀嚼側では楕円運動, 非咀嚼側では直線的な往復運動に近い経路である.このため, 計測値には, 閉口相と開口相での咀嚼側と非咀嚼側の差違が認められた.すなわち, 閉口相では各期で比較するとCub, TL, SL, Vは咀嚼側の方が非咀嚼側より大きく, 逆に, T/S, THは咀嚼側の方が小さい.このように咀嚼側の方が広い範囲をより速く, スムーズに運動しており, 非咀嚼側より運動が活発であることが示唆された.
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