顎関節症は比較的軽症の疾患であり発症頻度も高いので一般臨床医が診療を担当する機会が多い.そのため診断法としては為害作用が少なく, 大きな設備を必要としない方法が望ましい.顎関節雑音は顎関節症のいわゆる3大症状の一つであり, 近年, 病態との関連が注目され, 顎関節雑音の音響特性を利用して顎関節の病態を診断する試みが行われている.この方法は非侵襲的であり, 比較的簡便であるため, 利用価値が高いものと考えられる.顎関節雑音は顎運動に伴った動的な状態で発現するため, 両者を対比させて評価する必要があり, われわれは従来より顎運動と顎関節雑音の同期解析を行っていた.しかし, これまでの方法では測定機器の電源ノイズなどの不要な信号成分が音響信号に混在することが避けられず, 検出法としては必ずしも十分とは言えなかった.そこで, 今回は従来のシステムの改良型を新たに構築し, この方法における顎関節雑音の再現性, 検出精度を検討した.さらに, 本システムによって得られた無症候者の計測結果について解析を試みたので報告する.新たに構築した顎関節雑音と顎運動の同期システムにおいては顎運動測定器としてはシロナソシステムを用い, 顎関節雑音信号の検出には佐野の方法に従ってエレクトレットコンデンサマイクロホンを使用した.両者から得られた信号をDATレコーダーの左右のチャンネルに記録した.この際, シロナソシステムから出力される信号は10kHzの正弦波を搬送波として利用して振幅変調処理を行った.さらに, 毎分20回の点滅信号に同期して出力されるリズムマシン (Boss DB-66) からのパルス信号をAudio Mixer (SONY S RP-X6004) によってミキシングさせ, DATの顎運動信号と同一のチャンネルに記録した.研究対象は自覚的にも他覚的にも顎関節に異常を認めない被験者8名 (男性4名, 女性4名, 平均年齢27.3歳) 8関節として, 遮音室において安静位と開閉口運動時の顎関節雑音の検出を行った.予備実験として3種類の検出法を検討したところair ventを保ち, 外耳孔を封鎖する方法が最も大きなSN比を示した.また, 3dB未満の平均SN比を示した帯域は測定した112帯域中5帯域のみで, 本法は顎関節雑音の検出法として検出精度の高い妥当な方法であることが明らかとなった.この方法を利用して無症状者の顎運動と顎関節雑音との関係を検討したところ, 次の結果が得られた.1.開口開始点から雑音信号開始および雑音最大振幅までの時間長の変動係数 (CV値) を被験者ごとに比較したところ, 8名中6名で後者の方が小さかった.また閉口開始点から雑音信号開始および雑音最大振幅までの時間長のCV値を比較したところ, 8名中7名で後者の方が小さかった.2.1オクターブバンド分析の結果ではピークを示す帯域は被験者によって異なり一定の傾向は認められなかったが, ピークを示す帯域を開口時, 閉口時で被験者ごとに比較したところ, 2帯域以上の差が認められたのは8名中1名のみであった.以上の結果, 顎関節雑音の時間軸上の計測点としては雑音開始点よりも最大振幅点の方が再現性が高いことが明らかとなり, また共振特性が開閉口時で類似しているため, 無症状者においては顎関節雑音の産生機序が開閉口時で一致している可能性が示唆された.
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