ラット臼歯の生活歯髄切断後の治癒過程, 特に修復象牙質と象牙質橋の形成に対する各種歯髄覆軍剤の効果を, 光学顕微鏡ならびに透過型電子顕微鏡を用いて経日的に観察した.覆軍剤には水酸化カルシウム製剤, フォルムクレゾール製剤および高分子ヒアルロン酸製剤を用いた.麻酔下の雌性ラットの上顎臼歯冠部歯髄を歯科用タービンで除去し, 上記のいずれかの覆軍剤で直接歯髄覆軍を行った.覆髄面はグラスアイオノマーセメントで修復した.水酸化カルシウム製剤で直接歯髄覆軍を行った場合, 断髄後2日では断髄面は血餅を含む壊死層に覆われ, 下部の歯髄には好中球やマクロファージ等の炎症性細胞が浸潤していた.断髄後7日には, 断髄面下部の歯髄内には線維芽細胞様細胞や象牙芽細胞様細胞が分化・増殖し, 象牙芽細胞様細胞は既存の象牙質壁に球状の石灰化球を形成した.断髄後30日および60日には修復象牙質の形成が歯髄腔全体に拡大し, 断髄面下部には明瞭な象牙質橋が形成された.フォルムクレゾール製剤で直接歯髄覆軍を行った場合は, 断髄後7日から14日には断髄面下部の歯髄内に象牙芽細胞様細胞が分化し, 既存の象牙質壁に球状の石灰化球を形成した.断髄後30日および60日には, 修復象牙質の形成が歯髄全体に拡大し, 断髄面下部に明瞭な象牙質橋が形成された.高分子ヒアルロン酸製剤で直接歯髄覆軍を行った場合は, 象牙芽細胞様細胞の分化・増殖と修復象牙質の形成は良好であったが, 明瞭な象牙質橋の形成が認められなかった.これらの実験結果は, ラット臼歯の生活歯髄切断後の治癒過程において, 水酸化カルシウム製剤, フォルムクレゾール製剤および高分子ヒアルロン酸製剤は, いずれも歯髄内の未分化間葉細胞から象牙芽細胞様細胞の分化・増殖を促進し, 石灰化球の形成に始まる修復象牙質の形成に適した微小環境を形成することを示唆している.また水酸化カルシウム製剤とフォルムクレゾール製剤は共に, 局所的な組織壊死に続く象牙質橋の形成に優れた効果を有することが示された.一方, 高分子ヒアルロン酸製剤は組織為害性がなく, 修復象牙質の形成に優れ, 歯髄覆軍剤のキャリアーとして有用であることが示唆された.
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