学童期まで完成しにくいといわれている [s] 構音について, 構音器官の1つである歯の交換の影響を検討することを目的として, 音響分析を行った.被験者は健常小児42名および健常成人男性7名とし, すべての被験者に対して口腔内診査と随意運動検査を行った.小児に関してはHellmanの歯齢に加えて切歯の連続性に着目して3群に分類し, さらにすべての被験者に対して聴覚印象による診断を加えて分類, 検討した.音響分析は, 不偏推定法によるケプストラム平滑化対数スペクトルを用い, 描出されたスペクトル包絡の音圧が最も高い値を示した部位の周波数値 (以下最大ピーク値とする) について検討を行った.また, 同じサ行音である [∫] 構音についても同様に分析を行い, [∫] 構音との比較を行った.被験音としては先行および後続母音を [a] とするVCV音節 [asa] [a∫a] を用いた.結果は以下のとおりである.1.構音時の聴覚印象では, 乳切歯で連続性の保たれている群 (乳切歯群) においては, 構音が発達途上の小児が過半数を占め, 永久切歯で連続性の保たれている群 (永久切歯群) では構音が完成した小児が大半を占めていた.2. [s] 構音が完成している小児の [s] 構音の最大ピーク値の平均値は成人より高く, また [∫] 構音時と比較すると [s] 構音時の最大ピーク値は小児, 成人ともに高かった.3.小児の [s] 構音完成群では, [s] [∫] 構音時の最大ピーク値はともに成人より高い値を示した.また, [∫] の最大ピーク値は乳切歯群の方が永久切歯群より高くなっていたが, [s] の最大ピーク値は乳切歯群と永久切歯群で明らかな差異はみられなかった.4.切歯交換群の最大ピーク値を他の構音完成小児群と比較したところ, [∫] では切歯の連続性にかかわらず, 最大ピーク値が増齢的に低下する傾向がみられたが, [s] では切歯交換群を含めて小児群間での著しい差異は認められなかった.5. [s] と [∫] の音響学的相違を最大ピーク間距離によって検討した結果, 切歯交換群で最もピーク距離が短く, 永久切歯群, 乳切歯群, 成人群の順で長くなる傾向がみられた.以上の結果より, 今回用いた分析方法では, 健常小児の [s] 構音時の最大ピーク値は個体差が大きく, 切歯の交換による影響は明らかではなかった.しかし, 同一個体では, 切歯の交換期に [s] と [∫] の最大ピーク値が近似する傾向があることが示唆された.
抄録全体を表示