ヒト乳歯の生理的な歯根吸収過程における破歯細胞の形態的ならびに機能的分化を知る目的で, 抜去乳歯を化学固定後, 酸性ホスファターゼ活性の電子顕微鏡的検出を試みた.酸性ホスファターゼ活性は, 電顕的には電子密度の高い沈着物質として観察され, そのX線分析ではリン酸鉛が検出され, 酵素活性の細胞内局在を反映していることがわかった.乳歯の歯根象牙質の吸収組織中には, 多くの単核および多核の前破歯細胞が分布していた.これらの前破歯細胞は波状縁rufnedborderを形成せず, 細胞内小器官の分布にも極性が認められなかった.前破歯細胞の酵素活性は弱く, 少数のライソゾームと空胞に反応物質が観察された.この前破歯細胞が吸収象牙質表面に接すると, 象牙質表面に向けて, 無数の細胞突起を派生し, 波状縁様の構造を形成した.同時に強い酸性ホスファターゼ活性が, ゴルジ装置, 粗面小胞体, ライソゾームそして空胞に認められ, 空胞の多くは波状縁様構造物の基部の細胞質に集積していた.破歯細胞の形態分化がさらに進み, 象牙質に深い吸収窩を形成すると, 吸収窩に対して典型的な波状縁を形成し, また, 強い酸性ホスファターゼ活性を示した.さらに酵素活性の反応物質は, 波状縁の細胞間隙と吸収象牙質表面に沿って検出され, 波状縁の基部では, 酵素の開口分泌縁が観察された.しかし, 破歯細胞のクリアゾーンには, 反応物質はまったく認められなかった.また, 髄腔内吸収における未石灰化象牙前質の吸収に際しては, 破歯細胞は強い酸性ホスファターゼ活性を示すが, 形態的には, クリアゾーンのみを形成し, 波状縁は形成しなかった.また象牙質への酵素の分泌像も認められなかった.細胞化学的対照実験では, 酵素活性は, 基質 (trimetap hosphate) に依存し, 阻害剤であるフッ化ナトリウムによって完全に抑制された.以上の実験結果から, 破歯細胞の形態的分化が酸性ホスファターゼの活性化と平行して進むことがわかった.また破歯細胞の多核化は, 象牙質から離れた吸収組織内で進行するが, クリアゾーンの形成には, 象牙質の未石灰化有機基質が関与し, また波状縁の形成には, 前破歯細胞が象牙質の石灰化基質に接することが必須の条件であると考えられた.さらに, 破歯細胞の酸性ホスファターゼは, 細胞外における象牙質の有機性基質の分解と, その細胞内消化機構の双方に関与していることが示唆された.
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