1943年に労働科学研究所の行った調査によれば、一人前の大工が本格的な仕事で使う道具は179点、そのうち槌は4種類9点であった。これが近・現代における建築用の槌の標準編成である。
本稿は、近・現代の槌の構成を出発点にして、その前の時代である近世における建築用の槌の構成を明らかにしようとしたものである。近世の実物、文献、絵画等の諸資料を調査した結果、次のように要約することができる。
(1) 近世の建築木工事に用いる槌の種類としては、少なくとも「カナツチ」、「サイツチ」(「木槌」)、「アヒノツチ」(「カケヤ」)の3種類があった。
(2) 近世の建築木工槌の用途は、片手使い木製槌がノミ叩き用、片手使い鉄製槌が釘打ち用、大型木製槌が部材組み立て用であった。
(3) 近世の片手使い鉄製槌の形状には、両小口が方形で大小の差があるもの、両小口に大小の差があり大きな小口が円形のもの、両小口が同じ大きさで円形のもの等があった。
(4) 近世の片手使い木製槌の形状は、両小口が同じ大きさであるが、八角形のものと円形のものとがあった。
(5) 近世の大型木製槌の形状は、両小口が同じ大きさであるが、円形のもの、楕円形に近い長方形のもの、八角形のものがあった。
(6) 18世紀後半から19世紀にかけて、ノミ叩き用の槌が木製から鉄製に移行したと考えられる。
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