教育社会学研究
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92 巻
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特集
  • 金澤 貴之
    2013 年 92 巻 p. 7-23
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     特別支援教育は,通常教育との本質的同一性を目的・目標としてきたことで,障害への対応としての「支援」を外在化させる状況を生み出してきた。通常教育へのプラスαとしての概念として「特別な支援」を捉える考え方は,今後ますますインクルーシブ教育が加速化していく中,通常教育関係者にとってのわかりやすさを生み出すことになると考えられる。その一方で,重度の知的障害児および知的障害を併せ有する重複障害児においては,「支援」は教育に内在化したものとして,引き続き使用させ続けていくと考えられる。
     また,障害当事者の望む「支援」のあり方が,障害のない教員のそれとは必ずしも一致するわけではないこと,そして健常者である教育者から見れば障害当事者はしばしば支援のあり方を決定する成員の外部に位置していることを鑑みるならば,特別なニーズを持った子どもたちの支援のあり方について検討する際,その支援の方法を誰が決定するのかということにも十分留意しておかなければならない。
  • ──「対話のフロントライン」の生成──
    中田 正敏
    2013 年 92 巻 p. 25-46
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     様々な社会状況の変化と共に,支援というコンセプトは様々な実践に組み込まれつつある。教育の分野でも,学校全体として組織的支援ができる取り組みが求められている。本稿では,第1章で,神奈川県におけるインクルージョンの研究をデータとして,支援ができる組織の問題が,キーパーソンとしてのコーディネーターを中心としたチーム・アプローチや地域資源ネットワーク形成の問題として扱われてきたことを指摘し,「職員室で気軽に真面目な話ができる」組織風土の開発の問題について検討を進める必要性を示した。第2章では,この問題について,実際の高等学校現場における「支援の具体的展開」の実践研究をデータとして,「廊下での対話」とオン・ザ・フライ・ミーティングで構成される「対話のフロントライン」が生成され,支援ができる組織文化が形成されることによって,学校改革やチーム・アプローチ等も実質的なものとなることを示した。第3章では,「対話のフロントライン」の意義について,対話における媒介の転換 の意義,否定的定義の問題性,ノット・ワーキングという枠組み,支援を阻む組織内の障壁の問題などの枠組みで検討を試みた。最後に,「対話のフロントライン」は,全体のシステムの中ではマイクロシステムとして位置付けられ,メゾシステムである学校組織,マクロシステムである教育行政によって支援されて機能を発揮することを示した。
  • ──高校教育システムの「周縁」──
    児美川 孝一郎
    2013 年 92 巻 p. 47-63
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本稿は,「教育困難校」と称される大阪府内の公立3高校でのインタビュー調査に基づき,それぞれの学校のカリキュラムの違い(普通科,専門学科,専門コースを有する普通科)にも着目しつつ,教育困難の様相とその背景,キャリア支援上の諸問題を実態的に明らかにすることを目的とする。そのことを通じて,各高校での熱意ある取り組みや教職員による努力にもかかわらず,そうした次元を超えて,今日の高校教育システムが直面している限界状況を明らかにすることが課題である。
  • ──クリフォード・R. ショウによる地域福祉の理念と方策──
    玉井 眞理子
    2013 年 92 巻 p. 65-82
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     1930年代初頭,スラムの非行地域でクリフォード・ショウらが創始した児童福祉事業,シカゴ・エリア・プロジェクト(= CAP)は,その支援アプローチに注目すべき特徴がある。それは支援者と支援対象者との協働を通して,地域の問題に対する住民のセルフヘルプを促進するものである。
     その意義をとらえるためには,当時の歴史的・社会的背景に目を向けなければならない。設立当初,CAPの支援対象者は新移民であった。東欧や南欧からアメリカに渡ってきた新移民は,北欧や西欧からの旧移民より社会的・経済的に不利な状況に置かれていたが,アメリカが第一次大戦に参戦したのを機に,移民法に象徴されるように,新移民を劣った人種としてみなして排除する考えが,アメリカ社会全体の態度として表明されるようになっていた。
     このような背景のもとで,CAPが支援対象者のセルフヘルプを促進することにより,支援対象者が当事者であるがゆえの知識と人脈を活かした児童福祉事業を実現させたことは,「支援対象者こそ専門家である」というインプリケーションを支援対象者のみならず,広くアメリカ社会に示すものである。
     本研究により得られた知見は,CAPの支援アプローチによって,支援対象者が主体的に課題解決能力を獲得したことに留まらず,自らを〈人間〉としてアメリカ社会に承認させ,ひいては社会的包摂をもたらすものでもあったということである。
  • ──社会学的考察の試み──
    秋葉 昌樹
    2013 年 92 巻 p. 83-104
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本稿の目的は,「フォーラムシアター」と呼ばれる応用演劇の手法によって,養護教諭が日常的に抱える問題意識やその仕事の流儀と向き合う作業を支援する方法について考察し,「教育臨床の社会学」の新たな展開可能性を探ることにある。
     「フォーラムシアター」は,観客ないし演じ手が日頃直面しがちな問題をとりあげ劇として上演し,観客を巻き込んだ 討論と劇の再演を繰り返しながら問題状況における変化,変容可能性を探っていく手法である。それはいわば演劇を用いた社会教育的実践とも言いうるものだが,その応用的性格からか,理論的定式化は必ずしも十分に進められてこなかった。
     本稿では,この手法がもたらす当事者支援の可能性を視野に,筆者が養護教諭らのグループとともに運営してきたフォーラムシアターを事例として分析した。 その結果見えてきたことは,フォーラムシアターという手法によって,参加者である養護教諭が,日頃の葛藤や問題意識を共有しつつ再認識し,またそれらを乗り越えるべく主体的に探究を開始し,今後の変容可能性を見いだしているということである。そして本稿では,参加者によって主体的に見いだされる変容可能性が,フォーラムシアターが備える遊戯性および“未完”性という構造的特質によってもたらされることを明らかにした。
論稿
  • ──いじめ加害者の利益に着目して──
    久保田 真功
    2013 年 92 巻 p. 107-127
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本研究の目的は,中学生を対象とした質問紙調査をもとに,いじめ加害者がいじめによって得られる利益に着目し,いじめをエスカレートさせる要因について検討することにある。
     分析を行った結果,①いじめを続けていくなかでの加害者の心情の変化には,「いじめへの後悔」(いじめをすることに罪悪感や情けなさ,不安を抱くようになる)と「利益の発生」(いじめが楽しくなったり,被害者を服従させることで気分がよくなったり,加害者同士で連帯感を感じるようになる)という2つの側面があること,②加害者が女性の場合よりも男性の場合において,いじめがエスカレートしやすいこと,③「異質」な者を排除することを“口実”としたいじめや,被害者を制裁することを“口実”としたいじめ,被害者の属性とはおよそ無関係な身勝手な理由によって行われる遊びや快楽を目的としたいじめは,エスカレートしやすいこと,④加害者がいじめをすることによって得られる利益を実感するようになった場合に,いじめはエスカレートしやすいこと,などが明らかとなった。
     これらの結果は,いじめのエスカレート化の問題を考えるにあたり,いじめの“口実”や加害者の私的利害に着目することの重要性を示唆している。
  • ──三越における女子販売員の対人技能に着目して──
    江口 潔
    2013 年 92 巻 p. 129-149
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本研究では戦前期百貨店の女子店員を取り上げて,技能観の変容過程を検討する。女子店員の職域が拡大したのは,彼女たちの賃金が安いというばかりでなく,彼女たちの対人技能が評価されたからでもあった。彼女たちが売場の過半数を占めるようになると,彼女たちの振る舞いは標準化されていくこととなる。ここでは,三越の女子店員を取り上げて,以下の3点について検討した。
     女子店員が採用されるようになった当初,百貨店では,彼女たちが永続的に勤めることを前提としていた。ところが,花嫁修業として働く女子店員が多かったこともあり,短い勤務年数が一般的となった。彼女たちの多くは昇進とは無関係に店員生活を過ごすこととなる。
     1900年代初頭には,女子店員は簡単な職務に配属されていた。それというのも,男子店員ほどには専門的な知識を身につけることができないと考えられたからである。その後,百貨店化がすすめられる中で女子店員の丁寧な応対が評価されたことにより女子店員は様々な売場に用いられていくようになる。
     1930年代には店舗の拡大を受けて,女子店員が売場の過半数を占めるようになる。この頃から三越では映画や写真を用いた店員訓練を導入して,標準化された対人技能を女子店員たちに学ばせるようになった。そこでは不特定多数の人に開かれた振る舞い方を身につけられると考えられていたのである。
  • ──傾向スコア・マッチングの応用──
    中澤 渉
    2013 年 92 巻 p. 151-174
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本稿の目的は,中学時代の通塾が,その後の高校進学に及ぼす多様な効果を推定しようとすることにある。通塾は日本人の間でありふれたものになっているが,その教育的効果に関する知見は様々である。一般的に,通塾するかしないかはランダムに振り分けられるのではなく,教育に価値を置く高い階層の出身者ほど通塾する傾向があると思われる。したがって,確かに通塾と進学校進学の間に単純な相関はあるだろうが,それが真の塾の効果なのか,階層を反映した疑似相関なのかの区別がはっきりしない。仮に回帰分析で,階層変数による共変量統制を行っても,通塾と,回帰分析で考慮されていない個人の異質性の間に相関があれば,推定値は誤っていることになる。さらに,塾の効果は誰にとっても同じではないと予想されるが,これまでの分析は効果の異質性を考慮していない。こうした問題点を乗り越えるために,反実仮想的発想に基づく傾向スコア・マッチングを用いた因果効果分析を適用した。その結果,通塾する傾向があるのは,親学歴が高く,関東地方のような都市部出身者で,きょうだい数が少なかった。また通塾の効果は一様ではなく,男女で対照的であった。男性は,通塾する傾向がある人ほど通塾が進学校進学の可能性を高め,女性は逆に通塾しない傾向がある人の進学校進学の可能性を高めていた。最後にこの結果の解釈を提示し,傾向スコア・マッチングの限界と意義について検討した。
  • ──少年院教育と非行仲間との連続性に着目して──
    都島 梨紗
    2013 年 92 巻 p. 175-195
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本稿の目的は,少年院収容を経験した元非行少年の視点から,少年院教育について描き出し,社会から少年院へと移行する際の適応方法を明らかにすることである。そのうえで,少年院と非行仲間集団との連続性を示していく。
     少年院研究は,少年院を「管理・運営」する立場から,少年たちの自己が変容していたという前提のもとに行われてきていた。そのために,非行少年が少年院をどのように経験していたのかという知見や,少年院の教育を経ても変容しなかった場合どのような帰結に至るのか,という知見が不在であった。そこで本稿では,非行少年の少年院生活に対する態度と非行仲間集団への意味づけに着目し,少年が少年院において実行した2つの調整の事例を取り上げた。そして少年院における調整は,少年院教育を維持しながら,非行仲間との関係性を維持する方法であることを明らかにした。
     本稿を通して得られた最大の知見は,少年が実行する調整によって,少年院と非行仲間という,相反する性質を持つ両者との関係性が見事に維持されているということである。その結果少年は,少年院収容によって一旦は地元社会から切り離されるものの,地元社会から施設への移行のみならず,施設から地元社会への移行をも可能にしているのである。したがって,非行少年と仲間との関係性は少年院退院後も継続しうるものとして捉えた上で,処遇プログラムを考案していく必要があるだろう。
  • ──「本名を呼び名のる実践」の応用をめぐって──
    薮田 直子
    2013 年 92 巻 p. 197-218
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本稿は,公立中学校とNPOでのフィールド調査から,外国にルーツを持つ生徒のアイデンティティに関わる教育実践の現状を描くことを目的とする。
     調査地では,近年ベトナムルーツの生徒が「通名」を使用する事例が散見される。そこで具体的に「本名を呼び名のる実践」を挙げ,教師や支援者が生徒の「通名」にどう向き合うかを描く。分析から2つの「転換」が明らかになった。
     まず,従来の実践が象徴としてきた「通名から本名へ」という物語の揺らぎである。在日コリアン生徒を対象とした実践では,本名を表明することが重視されていた。しかしダブルの生徒にとって,また歴史的経緯を別とするベトナムルーツの生徒にとっての表明すべき「本名」とは何か。ここから実践目標に転換が生まれていると位置付けた。
     次に浮かび上がる2つ目の転換は,名乗りという主体的な行動に介入することへの配慮である。本人や保護者の決定に介入しない実践スタイルは,「特定の名乗り:民族名」を過度に期待することで生まれる「教条的」な関わりを避けたいという実践手法の転換であった。
     以上の分析から,オールドカマー,ニューカマー両者を対象に据えた新たな実践の形が明らかになった。また公立学校と同校区内のNPOを事例とすることによって,実践の中心的役割を担ってきた2つの場を比較検討することができた。こうした教育実践の現状を記すことは,「在日外国人教育」の発展に有益な視点を提供すると考える。
  • 戸村 理
    2013 年 92 巻 p. 219-240
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     本論文は明治期慶應義塾における教育課程と教員給与の分析をとおして,当該期間における慶應の経営実態を明らかにすることを目的とする。
     大学教員は教育課程の運営を行い,その対価として給与を得る。このように経営上,教育と財務は不可分の関係にあるが,高等教育史研究ではこの関係性が十分に考察されて来なかった。そこで本論文では教員の雇用形態に着目して「教育と財務の相克」という歴史的課題を考察した。
     教育課程の分析では,専任教員が各学科の授業科目をどれだけの時間担当し,いかに配置されていたのかを検証した。その結果,担当時間および配置ともに学科間で差異があることが明らかになった。
     教員給与の分析では人事管理,人件費分析,教員個人の処遇と負担の実態を検証した。人事管理は採用管理,時間管理,給与管理の3点を考察した。人件費分析では,教員給与総額が年々増加し,とくにその9割が専任教員の給与であることを示した。教員個人の処遇と負担の考察では,専任教員の中に「高給かつ低負担」,「薄給かつ高負担」という階層性が存在することを明らかにした。
     以上の知見を整理すると,慶應では専門性の高い授業科目を担当した少数の専任教員には「高給かつ低負担」という傾向が,それ以外の授業科目を担当した多数の専任教員には「薄給かつ高負担」という傾向がみてとれた。こうした階層性は,経営の維持と発展を目指すがゆえの階層性であったと推察された。
  • ──異年齢の生徒集団における「通過儀礼」としての暴力──
    山口 季音
    2013 年 92 巻 p. 241-261
    発行日: 2013/07/25
    公開日: 2014/07/28
    ジャーナル フリー
     生徒集団における暴力に関する従来の研究は,暴力が継続化する過程において,「被害者」は「加害者」に一方的に拘束されているとみなす傾向にあった。それに対して本稿は,「加害者」からの暴力を「被害者」が肯定的に受容することが暴力の継続化に寄与する過程を明らかにするものである。そこで,20代男性への半構造化インタビューで得られた,中学校の「非行集団」における暴力被害の事例を詳しく取り上げ,それを異年齢の生徒集団における「通過儀礼」としての暴力という視角から分析した。
     事例において,「被害者」は上級生による暴力の被害に苦しんでいたにもかかわらず,暴力を集団の秩序維持のためのものとみなし,肯定的に受容していた。その主な要因として,以下で述べるように,暴力被害が「被害者」の自尊感情を高めるものであったことがあげられる。第1に,「被害者」は同学年の生徒の代表として暴力を受けており,そうすることで同学年の生徒よりも優位な立場でいることができた。第2に,「被害者」は暴力の被害に耐えることで,集団のメンバーからの称賛を得られた。
     以上,「通過儀礼」としての暴力という視角からの分析により,「加害者」から暴力を受けることが利益に繋がっていたために,「被害者」は暴力を肯定的に受容し,暴力の継続化に寄与していたことが示された。本稿の知見は,生徒集団における暴力がいかに継続するのかについて新たな理解を促すものである。
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