教育社会学研究
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99 巻
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論稿
  • ―日台比較から見る公私分担と多様性の確保の課題―
    香川 めい, 劉 語霏
    2016 年 99 巻 p. 5-25
    発行日: 2016/11/30
    公開日: 2018/03/26
    ジャーナル フリー

     生徒減少期の高校教育機会の確保には,量的不足への対応が求められた拡大期とは異なる位相の問題が孕まれている。この局面では準義務教育機関となった高校に求められる質的に多様なニーズを満たしつつも規模を縮小させることが必要となるからである。本研究は,同じく生徒数の減少に直面しつつある日本,台湾を事例として取り上げ,高校教育機会を維持し続けること,そこで浮かび上がってくる課題について公私関係を軸に検討する。
     日台ともに公立高校の供給不足を私立高校が補完して高校拡大が達成されたため,私立高校はセミ・パブリックな性質を持つようになった。加えて,日本では都道府県に公私協議会を設置して入学定員の按分が行われてきた。それは量的変動のショックを負担し合うことで教育機会の安定的な供給に寄与した。しかし,生徒数が減少し続ける中,定員の按分方式では私立高校の経営が維持できなくなる事態が生じつつある。一方,台湾では2014年の「十二年国民基本教育」実施に伴い,義務教育が実質的に高校まで延長された。この政策は教育機会の平準化や質の均質化を目指すものであるが,少子化の進行,地域間格差などの現実に即したものではない。特に地方で私立職業高校の存続を難しくし,政策の意図とは裏腹に教育機会の平等が担保されない事態が生まれつつある。両社会とも縮小局面で,私立高校の役割をふまえ機会の平等をどう保障していくかが問われている。

  • ―創作オペレッタにみる〈教育的行為としての物語化〉の技法―
    仲野 由佳理
    2016 年 99 巻 p. 27-46
    発行日: 2016/11/30
    公開日: 2018/03/26
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,少年院の演劇活動の分析から「更生」という目的にむけた教育的行為としての物語化の技法を検討し、物語行為がもつ教育的意義を考察することだ。
     矯正施設における言語化の実践として,A女子少年院で毎年上演される創作オペレッタに着目した。創作オペレッタは,非行に至る経験などから脚本を作成する。脚本は,矯正教育上の望ましさに規定された〈変容の物語〉であり,更生の足場として施設内/社会内での生活で機能することが期待される。この〈変容の物語〉が物語環境に応じて変化すると考えた場合,物語化の技法に関する学びは矯正教育上の重要な課題のひとつとなる。
     参加少年と指導者へのインタビュー及び参加少年への自由記述式アンケートの結果,(1)自己理解のための言語資源の獲得,(2)物語化を契機としたコラボレイティヴな関係の構築,(3)社会への再統合にむけた「昇格儀式」的役割,という3つの技法がみてとれた。いずれも,矯正教育が目的とする「改善更生」「社会復帰」を目指して行なわれる物語化の技法である。
     さらに,教育的行為としての物語化には(1)矯正教育が目指す“あるべき変容イメージ”を具体化するという意義,(2)〈変容の物語〉を基盤として,少年院という空間におけるナラティヴ実践に緩やかな共通性/共同性が与えられるという意義,(3)〈変容の物語〉がドミナント化し少年の価値や行動を規制するという意義を指摘した。

  • ―エスノメソドロジーのアプローチから―
    鈴木 雅博
    2016 年 99 巻 p. 47-67
    発行日: 2016/11/30
    公開日: 2018/03/26
    ジャーナル フリー

     本稿は,教師たちが曖昧な校則下での組織的で厳格な指導をどのように/どのようなものとして論じたのかをエスノメソドロジーの方針により解明することを目的とする。ここでは中学校の登校用バッグの色指定をめぐる議論を対象とする。対象校にはバッグの色に関する細則規程はなかったが,生活指導担当者はそれを黒に限定する指導を行っており,保護者からのクレームを機に教師間で議論となった。教師たちの度重なる議論からは,彼/女らが「規程にはないが指導対象となる事項(=不文指導事項)」というカテゴリーを共有していることが確認された。この中間的カテゴリーは,「共通理解による共同的指導は明文規程による義務的なそれに優先する」との規範によって支えられており,こうした規範があることで,不文指導事項は曖昧な校則と厳格な指導との間に折り合いをつけるための妥協の産物ではなく,教師たちの主体的協働の証として積極的な評価を与えられ得るものとなっていた。
     他方で,相互行為のなかでは,文書主義・反管理教育といった規範や,指導の歴史的経緯が参照されていた。しかし,文書に拠らない管理教育的な指導が否定されていないこと,また,指導の歴史が遡及的に構築されていたこと等は規範や歴史が人びとの議論を規定するとの説明が不十分なものであることを示している。むしろ,それらは文脈のなかで参照されることで,それとして表出しながら,その場の議論を構成するという相互反映的なものとして見ることができるだろう。

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