【要旨】
1917年、イギリスにおいて映画に関する一つの調査報告書が発行された。発行したのは、社会浄化運動団体の一つであった公衆道徳国民協議会である。優生学に基づく人種の劣化に関心を抱いていたこの団体は、それまで苦情が寄せられていた映画の影響について調査をすべく、1916年に映画委員会を設置し、膨大な調査を実施した。
一方、この調査の実施は映画の検閲方針にも影響を与えた。当時、映画の検閲を実施していたのは、映画業界の主導の下に設立された民間組織、英国映画検閲委員会であった。調査の開始には内務省も関与しており、調査結果によっては、内務省が、英国映画検閲委員会とは別の公的な検閲組織を設立することも予想されていた。
そこで委員会は、検閲の方針を強化し、それまで策定されなかった検閲方針を明文化した。それが、後に「T・P・オコンナーの削除のための根拠」と呼ばれるようになったものである。委員会がそれまで拒絶してきた根拠とT・P・オコンナーの根拠の比較、そしてその後の動きを見ていくと、根拠と公衆道徳国民協議会の関心が重なっていることがわかる。社会浄化運動とは、実際には性の浄化を目指した運動であった。T・P・オコンナーが映画から取り除きたかったもの、それらも性についての表現であった。 450頁を超える膨大な報告書には、当時の人々が抱いていた映画に対する不安や期待など、様々な思惑が収められている。それは、映画と行政、社会浄化運動が交差した瞬間を捉えた貴重な資料である。
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