映像学
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107 巻
選択された号の論文の14件中1~14を表示しています
論文
  • 趙 瑞
    2022 年 107 巻 p. 5-17
    発行日: 2022/02/25
    公開日: 2022/03/31
    ジャーナル フリー

    映像表現におけるリアリティの問題は、古くて新しい問題である。1895年にリュミエール兄弟によって『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895年)が上映された際、観客は驚いて映画館から逃げたという有名な逸話がある。これは写実性が現実の列車と結びつき、観客に映像のリアリティが伝達された結果であるといえる。しかし今日のリアリティの問題は、コンピュータグラフィックス技術により現実世界を再構築することから、非現実的な「虚構の写実」、「作家によって作られた写実」を追及することへとその軸が移っており、そこから先端映像技術や作家の創作意識を含めた、さまざまな検討すべき課題が新たに生まれている。

    本論文では、アニメーションにおけるリアリズムのアプローチについて、ダイナミクスアニメーション技術の応用とその表現力の視点から考察し、さらにアンドレ・バザンの映画理論を確認することで検討を行う。具体的には、アニメーションにおけるリアリズムの考え方について、ディズニーが1994年と2019年にそれぞれ制作した『ライオン・キング』を比較し、その問題を分析する。さらに、実験アニメーション作品『Ugly』(2017年)を取り上げ、作家の創作活動を確認していく。

    本論文の目的は、アニメーションにおけるコンピュータグラフィックス技術とその表現を考察することによって、アニメーション表現の変容を明らかにし、今後の創作活動の方向性を示すことである。

  • 水野 勝仁
    2022 年 107 巻 p. 18-38
    発行日: 2022/02/25
    公開日: 2022/03/31
    ジャーナル フリー

    本稿は、エキソニモがUN-DEAD-LINK展に展示した初期のインターネットアート作品の映像とモノとの組み合わせを、N・キャサリン・ヘイルズの「認知者」「非意識的認知」「認知的集合体」という言葉を手がかりに考察していくものである。UN-DEAD-LINK展に展示された初期インターネットアート作品は、その特質と言える作品と体験者とのインタラクションがない状態で展示されている。この状態は、作品を死骸や残骸のように見せている。しかし、エキソニモの言葉を辿っていくと、これらの作品はインタラクションを切り落としたとしても、別のあり方で体験者の意識に現れる可能性を持つように調整されていることがわかる。この作品の別のあり方が、ヘイルズが「認知者」と呼ぶ存在である。彼女は、ヒトを含めたすべての生物とともにコンピュータも世界を解釈して意味を生み出す「認知者」だとしている。「認知者」は認知プロセスとして「物理的プロセス」、「非意識的認知」、「意識のモード」という三つのレイヤーを持っているが、エキソニモは「非意識的認知」のレイヤーで作品の修正を行い、雑多な情報が「非意識的認知」で解釈され、モニターに「意識のモード」として現れるパターンを記録する。さらに、彼らはこの認知プロセスを記録した映像をあらたな「物理的プロセス」と組み合わせて提示し、作品が単なる物質ではなく、「認知者」として現れるようにしているのである。

  • 林 緑子
    2022 年 107 巻 p. 39-59
    発行日: 2022/02/25
    公開日: 2022/03/31
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は、1960年代後半に国内各地で複数発足したアニメーションサークルの特徴を、愛知県を中心に活動してきた東海アニメーションサークルの制作を事例として明らかにし、アニメーション文化史に位置付けることである。アニメーションが、娯楽・芸術・教育などの多様な分野にわたり日常化して久しい。このようなアニメーション文化を考えるとき、作家や産業関係者を育む土壌としてファンコミュニティは重要である。アニメーションに関する従来の研究や批評言説では、1970年代後半からのテレビアニメの人気隆盛に関連したファンコミュニティが主として「オタク」と呼ばれながら、もっぱらの注目を集めてきた。しかし、それ以前の1960年代末には既に、若者たちを中心とするアニメーションの文化サークル活動のネットワークが形成されている。先行研究では、現在のアニメーション文化にまで繋がるアニメーションサークルのネットワークの重要性や実際の制作が見過ごされてきたといえる。これに対して本稿では、東海アニメーションサークルを中心として、領域横断的ネットワーク、制作・受容・上映からなる総合的活動、文化サークルとしてのアニメーションサークルの歴史的意義の三つの観点から、アニメーションサークル初期の制作活動とネットワークについて考察する。それによりアニメーション文化史におけるアニメーションサークルの意義の一端を明らかにしたい。

  • 福島 可奈子
    2022 年 107 巻 p. 60-83
    発行日: 2022/02/25
    公開日: 2022/03/31
    ジャーナル フリー

    本論は、視覚メディア、特に幻燈が明治10年代の「修身」教育に果たした重要な役割を明らかにする。急速な近代化を進めた明治初期、日本の国家教育は、その方針をめぐって洋学・国学・儒学が熾烈な覇権争いを繰り広げていた。その際、教育の「啓蒙」ツールとして文部省が最も注目したのが、西洋から持ち込まれた最新の幻燈であったが、その内容の軸足は西洋啓蒙主義的な智識才芸を養うためのものから、儒教的な仁義忠孝を養うものへと移っていくことになる。文部省の命でいち早く幻燈製作をはじめた鶴淵幻燈舗が、はじめて日本の「修身」教育に関与したのが、明治天皇の勅命で元田永孚が編纂した『幼学綱要』スライドであるが、今回それら一式が新たに発見された。そのため筆者は、それらのスライドが製作されるに至る当時の国家教育観の思想的背景を検証する。

    また当時の「修身」教育は、政府が推奨した洋学や儒教にとどまらず、江戸期から民衆に浸透している実語教や石門心学による「善悪鏡」など様々な道徳観の混淆であった。そしてそれらが、江戸期からの「写し絵」製作・興行主の池田都楽、大阪の花街で西洋幻燈製作や「錦影絵」を興行していた寺田清四郎製の幻燈スライドなどとなって、その「修身」イメージが拡散されていく経過を、実物史料に基づいて歴史的かつ実証的に明らかにする。

  • 堅田 諒
    2022 年 107 巻 p. 84-102
    発行日: 2022/02/25
    公開日: 2022/03/31
    ジャーナル フリー

    本稿では、ジョン・カサヴェテスのデビュー作『アメリカの影』(Shadows, 1959)の制作過程とテクストの俳優演技の分析を行う。『アメリカの影』の制作プロセスにおいて実践されたカサヴェテス独自の即興とはどのようなものか、またそれは作品の俳優演技にどのような効果をもたらしたかを詳らかにすることが本稿の目的である。まず、1950年代のハリウッドにおいて支配的な演技モデルであったメソッド演技について概観する。『アメリカの影』制作以前の俳優であったカサヴェテスに焦点を当て、俳優カサヴェテスの出演作や演技を検討することで、カサヴェテスとメソッド演技の関係性を明らかにする。次に、監督や俳優の発言から『アメリカの影』の制作過程を辿ってゆく。とくにカサヴェテスたちが行った独特の即興に着目し、どのような形で俳優たちとカサヴェテスが協働作業を進めていったかを考察する。そして、制作段階でのカサヴェテス的即興が、テクストにいかなる形で痕跡を残しているかを精査する。とりわけ、どのような形で俳優のアンサンブル演技が展開されているかを検討してゆく。最終的に『アメリカの影』は、俳優カサヴェテスに代わり、監督カサヴェテスが生まれることとなった歴史的な地点であるとともに、カサヴェテスの俳優を中心にした映画作りの出発点ともなったという結論を提示する。

  • 山本 祐輝
    2022 年 107 巻 p. 103-121
    発行日: 2022/02/25
    公開日: 2022/03/31
    ジャーナル フリー

    これまで多くの研究が視点ショットやヴォイス・オーヴァー、フラッシュバックといった映画における主観的技法のメカニズムや歴史を論じてきた。だが一方で登場人物の聴覚を再現する「聴取点サウンド」については、今もなお理論的基盤が確立されているとは言えない状況にある。

    本稿の目的は、この技法が抱える独特な「扱いにくさ」の要因となっている理論的問題を整理し、従来ほとんど議論されてこなかった新たなタイプの聴取点サウンドの存在を指摘することにある。それは、フランシス・フォード・コッポラの共同作業者として知られる音響技師ウォルター・マーチが用いた「隠喩的サウンド」——登場人物の精神状態の隠喩となりうるような、極端に強調された物語世界内の音——と密接に関連している。

    第一節で聴取点の複数の定義を確認した後、第二節では聴取点サウンドが成立する条件を定めること、つまり何をもって登場人物が音を聞いていると判断できるのか、その基準を設定することの困難について検討する。第三節では聴取点サウンドを次の三種類に分類することを提案する。(1)登場人物がその外側から発せられた音を聴く〈知覚的聴取点〉、(2)内面において想像した音を聴く〈心的聴取点〉、(3)両者が二重に作用する〈複合的聴取点〉である。そして具体的な作品を参照しつつ、これまでマーチが実践してきた隠喩的サウンドを〈複合的聴取点〉の音として理論的に位置づけることを試みる。

  • 小川 翔太
    2022 年 107 巻 p. 122-139
    発行日: 2022/02/25
    公開日: 2022/03/31
    ジャーナル フリー

    16 mmフィルムとオープンリール、そして市民運動に支えられた自主制作・自主上映体制を駆使して多様に開花したドキュメンタリー映画の背後にたたずむ膨大な尺数の「アウトテイク」素材群の存在が、制作者の老齢化とデジタル時代の映像保存実践の多元化によって近年顕在化してきた。殊に、証言映画の記念碑的作品である『ショア』(クロード・ランズマン監督、1985年)のアウトテイク素材220時間分が、米国ホロコースト記念博物館の映像アーキビストによってクロード・ランズマン『ショア』コレクションとして整理されたことを受け、証言映画とアーカイブの入り組んだ関係性をめぐる議論が再燃している。本稿は、『ショア』とアーカイブを巡る議論を一つのモデルとして参照しつつも、東アジアのポストコロニアルな空間で周縁化された語りを60年にわたり記録してきた朴壽南(パク・スナム、1935-)の表現活動を取り上げる。2019年に始動した「日韓100人による歴史の証言映像」デジタルアーカイブ企画を手がかりに、皇民化教育を受けた在日コリアン二世の作家が、脱植民地化の文脈で作品創作だけでなくアウトテイク素材のアーカイブ化を位置づけるとき、歴史史料と映画素材、アーカイヴとアーカイブ、フィルムと映像など様々な対立概念をどのように再定義することになるか。モデル未満の不確かさを含むケーススタディとして模索する。

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